裁判
「父上、お呼びと聞いて参りました」
「入れ」
その言葉とともにアレクサンドル様が執務室へと入ってきた。執務室に家族が勢揃いしている様子を見て、アレクサンドル様は不思議そうな表情を浮かべた。これから一体何が行われるのか、アレクサンドル様には想像もつかないだろう。裁判だよ、裁判!
「まぁ座れ」
アレクサンドル様が私の隣の空いてるスペースに座ったので、何となくリリの方へ詰めるとアレクサンドル様はへにゃりと眉を下げた。な、なんかごめんね? 別に避けた訳ではないんだけど……。
「それで父上、皆集まってどうしたんです?」
「あぁ、実はなお前とアンドレがリリアーヌの魔法をバカにしたって話が出ていてな。どういう訳か聞こうと思って呼んだんだ」
「リリアーヌの魔法をバカにする……?」
アレクサンドル様は腕を組んで眉間に皺を寄せた。貴様! 黙秘権か、黙秘権の行使か!
「生憎、思い当たる節がありませんね。勘違いでは?」
「すっとぼけるなんて白々しいですよ!」
「ふむ、じゃあノエルちゃんどういう状況でバカにされたか説明してくれ」
私はいいでしょうと言って立ち上がり、皆にあの日のことを説明する。
「忘れもしません。あの日、私とリリは二人で秘密の特訓をしていました。秘密の特訓をしたキッカケですか? それは魔法の授業を一緒に受けた時に私が気になることが出来たからです」
「うむ、別にこちらからは質問してなかったが続けてくれ」
フレデリック様は私の語り口調が気になるご様子で。こういう入りで再現VTRが流れるのが鉄板だと思うんだけどな。まぁいっか。
「はい。それで秘密の特訓ですから当然周りの人にはバレないように、訓練場の隅っこでやってました。リリは私の要望をどんどん叶えて、それはもう素晴らしい成果を見せてくれました」
リリも小鼻をピクピクさせながら頷いている。お湯も出したし、熱湯も出したもんね。
「そんな時、私たちの秘密の特訓に割り込んできた無作法ものが居たんです。それが、アレクサンドル容疑者とアンドレ容疑者です。彼らは私たちの特訓を後ろから見てこう言ったんですよ。そういう下品な遊びは平民の男がするもんだ、と。当然私達も反論しました。ですが暖簾に腕押し、アンドレ容疑者までもがアレクサンドル容疑者に加担する始末でした。これでは埒が明かないと、怒り心頭だった私とリリはその場を後にしたというのが事件のあらましです」
アレクサンドル容疑者は首を傾げている。言った本人にとっては何気ない一言だったかも知れないけど、言われた人は一生忘れられなかったりするんだぞ!
「父上、確かにそんな話をした気もしますが魔法をバカになんてしてませんよ」
「言い訳なんて見苦しいですよ! アレクサンドル容疑者、素直に認めてはどうです? 故郷のお母さんが泣いてますよ?」
「ふぇ?」
故郷のお母さんであるヘレナ様は未だにボトルをほじくっていた。恐らくそのボトルはフレデリック様のやつだね。二本目だ、二本も卑しくほじくってるよこの人!
私も溶けちゃう前に食べようと思ってゴレムスくんにボトルを渡すと、ゴレムスくんがコアを露出させて魔力払いを要求してくる。コアに触れ、心の中でワオンと犬の鳴き声を出しながら魔力をドンと払う。
支払いは完了したようで、ボトルを開けてくれたからお皿に盛ってリリに渡す。気を付けてね、この部屋には狩人がいるよ。
アイスを用意している間、話を聞いていなかったけど裁判は続いている様だった。
「だから僕は止めたんだよ。女の子がそんな事するんじゃないって!」
「そんな事って?」
「ぼ、僕に言わせるの……? そ、その……ノエルちゃんとリリアーヌが立ってオシッコしてたか」
「んなことするか!」
「ひぐっ!」
私は思わずアレクサンドル容疑者のオデコをバシンと叩いてしまった。いやでも変なこと言い出すから悪いと思う。
アレクサンドル容疑者は目をグルグルさせてソファに寄りかかる様に気を失ってしまった。
「あ、悪は滅びたー……。めでたしめでたし……?」
「それは無理がありますわよ」
というか何の話をして私達が立っておしっこしてることになるんだよ。有り得ないでしょ。気絶してしまったアレクサンドル様のおでこにアイスを取り出した後の冷たいボトルを当てて冷やして上げていると、ヘレナ様が歩いてきてボトルに触れた。どうやらヘレナ様が代わってくれるみたい。息子を思う母の愛だね。
ヘレナ様はボトルを持つと席へ戻り、ボトル内部に張り付いたままのアイスをほじくり出した。三本目だ。
「はぁ……。何となく事情はわかった。ただ何でアレクサンドルもアンドレもそんな誤解をした? いくら水魔法を使っていたとは言えそんな風には見えんだろう」
「そうですね、ではノエルさんに聞いてみましょう。その秘密の特訓とはどのような物だったんですか?」
アンドレ容疑者が私に質問を投げかけてきた。まぁリリの魔法はもう成果もでているし、隠すような事でもないよね。
「あの日は水魔法とは何なのかを調べていた感じですね。だからリリにお願いして水魔法でお湯が出せるか実験したんです。その結果、面白いことにお湯が出せたんですよ。それも湯気が立つほどの熱湯が」
「それですな」
「そう、それです。それがリリの魔法にとって偉大なる一歩でしたよ。さあリリ、皆にも見えるようにゴロッと出してあげて」
リリはスプーンを咥えて、フレデリック様の使っていたお皿に氷をゴロッと出してから引き続きアイスを食べ進めた。
……せっかくのお披露目だったのに本人もアイスに夢中で片手間じゃん! な、なんだとー! ドヤァみたいな展開が欲しかったんだぞ。
私はため息をついてしまったが、フレデリック様とアンドレ容疑者は息を呑んだ。
「氷……」
アイス持ってきて、リリの魔法がなければ作れなかったって言ってるのに随分と驚くね。シャルロットにもアイスを食べさせながら様子をみていると、フレデリック様は眉間を指で揉むようにしてから肺に溜まった空気を長く長く吐き出した。
「劇薬……か」
ヘレナ様が物欲しそうにしているので、仕方なくアイスをもう一本上げることにしよう。だから卑しくボトルほじるのはやめてね。
ゴレムスくんに最後のボトルを渡して、コアを出してもらう。支払いを要求されてないけど、ちょっとやりたいのだ。
「ヘレナ様。アイスもう一本あげるんでワオンって言って貰えますか?」
「わおん!」
ふふっ、可愛いね。魔力をヘレナ様の声に合わせて支払ってからボトルを渡してあげると、お皿に開けることなくそのままほじって食べ始めた。
「お母様で遊ばないでくださいまし! それで、この話し合いはどうなったんですの?」
「さぁ? アレクサンドル容疑者のおでこ叩いてスッキリしたって感じじゃない?」
厳正なる裁判の結果、悪は滅び女性陣は美味しいアイスを食べて頬を緩ませる。ハッピーエンドだね!
「少しアンドレと話し合う事ができた。解散としよう」
フレデリック様の閉廷の合図で裁判は幕を閉じた。ヘレナ様もリリもお行儀なんて忘れてしまったのか、アイスを食べながら執務室を出るのだった。