アイスの完成
100話目らしいです。早いものですね。
皆で手分けして……いや、私が身体強化も駆使して皆で転がしたアイスは完成したかな? 試しに一本だけゴレムスくんにお願いして小さいボトルを取り出す。これマイナス二十度近くになってるはずだから素手で触るのは危ないんだよね。うん、いい感じだ。
「ほら、リリ。音がしなくなったでしょ?」
「ホントですわね……。何故ですの?」
ボトルを振っても音がしないのはアイスが出来たからだ! とりあえず味見がてら取り出してみよう。ゴレムスくんにボトルの口を開けてもらって、スプーンでかき出す。
「せっかくの初アイスだしね! リリの頑張りのお陰だからリリが初めに食べるといいよ」
スプーンにアイスをのせてリリの口元に近づける。貴族令嬢として恥ずかしいのか、未知の食べ物に対する抵抗感か、リリは口を開けない。母親のヘレナ様はミルクレープを散々私にあーんして貰ってたんだから気にしなくていいと思う。
「ほら、あーんだよ。あーん」
「あ、あーん」
促されてためらいがちに口を開く。そっとスプーンを口に入れると、リリは大きな瞳を溢れんばかりに見開いた。
「んんん、んんんんんんん」
「ごめん、何言ってるか全然わからないよ」
驚きで咄嗟に何かを伝えようとしたリリだけど、教育の賜物か口に物が入っているから喋れなかった。
私も味見だ。久しぶりに食べるアイスはバニラエッセンスがないから風味が少し劣るけど、それでもしっかりとミルクと卵の味がして美味しい! これから始まる夏本番には毎日食べよう! お風呂上がりに庭園を見ながらアイスを……いや、庭園には蜂の巣に飲み込まれた初代辺境伯の像があるからなぁ……。
「ノエル! これすっごく冷たくて甘い……ってわたくしのスプーンですわよ! それ!」
「ん? あー貴族のマナー的には良くなかったかな? ごめんね、別の用意するよ」
「い、いえ、別にそれくらい構いませんけれど……」
リリは顔を真っ赤にしてそう言う。潔癖な人なんかはこういうの気にするだろうし、私の配慮が足りなかったよ。
新しいスプーンをリリに渡して二人でアイスをつつく。
「シャルロットは冷たいの平気かな? 食べられる? ダメそうなら出すんだよ?」
シャルロットを抱きかかえてから口元にアイスを持っていくと食べてくれた。吐き出したりもしないけど、こんなに冷たい食べ物が初体験なのか仕切りに首を傾げている。美味しさよりも不思議が勝ってる感じかな? おしりをフリフリしないから、そこまで好みではなかったのかも。シャルロットもグルメですなぁ。
「ノ、ノエル! あ、あーん!」
「ありがとう! あーん」
シャルロットに食べさせていて食べれていないのを気遣ってくれたリリが食べさせてくれる。リリも初めて自分で作ったアイスにご満悦な様子で、小鼻をピクピクとさせている。
「それじゃあ食べ終わった事だしフレデリック様とヘレナ様にも持っていこう! リリが初めて作ったお料理だからフレデリック様は泣いて喜ぶと思うな」
「お、大袈裟ですわよ!」
「あ、あの! 師匠……我々は……?」
料理長がおずおずと聞いてきた。すっかり忘れてたよ。一本食べちゃったから残り九本だ。私たちは人数的に五本あれば足りるね。
「じゃあ料理長とアンズにそれぞれ一本ずつで、後二本は皆で分けてよ」
ゴレムスくんにフタあけをお願いして料理長に渡した。
「リリが作ったような物だからリリにちゃんと感謝する様に!」
料理長は受け取ったボトルを頭を下げながら頭上に掲げた。料理人たちも深々と頭を下げている。
「か、感謝しながら召し上がりなさいな」
荷物を全部バスケットに入れて、ツンデレチックなリリと一緒に執務室へ向かう。腕にバスケット、背中にシャルロット、両手でゴレムスくんを抱えて大変だ。
執務室に着くと、リリがドアをノックする。
「お父様、入ってもよろしいですか?」
「リリアーヌか? 入っていいよ」
執務室にはアンドレさんとヘレナ様も一緒にいる。丁度良かったね。
「リリアーヌが執務室に来るなんて珍しいわね。どうかしたの?」
「ええ。実は先ほどノエルと一緒にスイーツを作りましたの! それをお父様とお母様にも召し上がって頂きたくて……」
リリがモジモジと少し恥ずかしそうに言う。娘が初めての手料理を食べて欲しいと恥ずかしそうに言うなんて、フレデリック様には会心の一撃だろう。
「お、おお! リリアーヌが料理を……? それは嬉しい! 嬉しいが、大丈夫か……?」
「どういう意味ですか!」
「ノエルちゃんに教わったのでしょう? それなら平気よね」
私のスイーツ作りに対する信頼感か、ヘレナ様は心配してないみたい。バスケットからボトルを二本取り出してアイスをお皿に盛り付けた。アダマンタイト製のボトルを見てフレデリック様は少し引きつった顔をしたけど、アイスをみて興味深そうな顔に変化した。アダンマタイトはブルーメタリックで結構お気に入りだよ。綺麗だし可愛い。
「これはアイスと言いますの。冷たくて美味しいスイーツなのでどうぞ召し上がって下さいまし!」
二人は特にためらうことなく口に運ぶと大きく目を見開いた。
「恐ろしく冷たい食べ物だな。暑くなり始めた今にはピッタリだ。こんな物を作るなんてリリアーヌは凄いじゃないか!」
「ええ、本当だわ! 凄いわよリリアーヌ、おいで!」
大袈裟だと言いながらも、両親にもみくちゃにされるリリは満足気だ。リリがこれをキッカケに自信を持って前へいけたらいいんだけどね。
陰口なんて所詮は陰口だ。目の前に行ってなんか文句あんなら聞くけど、とでも言えば黙りこくるんだよね。そんなものの為にリリが人との間に壁を作るなんて、私は勿体ないと思うよ。
「アレクサンドルも喜びそうだ。もう持っていったのか?」
その言葉を聞いてリリはビクッと肩を震わせた後、私の方をチラチラと見る。リリとしては特にアレクサンドル様に対して思う事はないみたいだけど、私はリリの魔法をバカにしたことを未だに許してはいない。恨んでるとかそういうことはないけど、だからといってリリの魔法の恩恵にあずかることは認められない。
「えっと、アレクサンドル様の分は用意してないんです。あとアンドレさんの分も」
「ふむ。それだけ作るのが大変だった、ということかな?」
「いえ。そこまで大変な物でもないのですが、このアイスは現状リリの魔法がなければ作れません。ですが、先日アレクサンドル様とアンドレさんはリリの魔法の練習を見てバカにしたんですよ。平民の遊びだとかなんとか言って。それなのにリリの魔法の成果ともいえるアイスを食べさせるのは私が許せませんでした」
アンドレさんは無表情で無言だった。特に思う事がないのか、自分から何かを言う必要がないと思っているのかはわからない。フレデリック様は片方の眉をあげて何かを考え、ヘレナ様はボトルの中をほじくっている。アイス気に入って貰えてよかったですけど、今はそういうタイミングではないと思います。
「アンドレ、何か弁解は?」
「そうですね。私はリリアーヌ様の魔法をバカにしたことなど一度たりともありません。それは旦那様もご存じかと思います。しかし、ノエルさんの言う事に心当たりがないわけでもありません。恐らく誤解が生じてしまったものかと」
「ええ。わたくしもそう思いますわ。お兄様はおバカなので知りませんが、あの時アンドレがお兄様に味方したのは何かあるんだろうなと思っておりました」
そういえばリリはそんな事言ってたね。でも魔法の練習をしてただけで何の誤解が生まれるのさ。
「それならアレクサンドルを呼ぶのが早いか。アンドレ」
アンドレさんがかしこまりました、と頭を下げて執務室を出て行った。リリの魔法や努力をバカにしたのが誤解じゃなかったら私のデコピンとクローゼットに閉じ込める刑にしてやろう。