最終話 勇気を出して…
ご覧いただき、ありがとうございます。
「本日は、お招きいただきありがとうございます」
あれから約二週間後の日曜日の昼下がり。私はベルナール公爵家主催のお茶会に出席していた。
ルイ様とのやり取りを思い出したあの日。以前に今日のお茶会の招待状をもらっていたことを思い出し、参加する旨のお手紙を出したわ。ルイ様に謝罪をしたいことがあることも書き加えて……。
ただ、改めてお会いしたいとお伝えするか、謝罪の言葉をお手紙で送ろうか迷ったのだけど、もしお返事をもらえなかった際に心苦しいから、あまり誠実ではない方法だと思いつつこのようにしたの。
「リリスさん、こちらこそお越しいただきありがとうございます」
カトリーヌ様は柔かな表情だけど、何処かその笑顔には影があるように感じた。
それも無理もないかもしれない。何しろ私はカトリーヌ様のお兄様との婚約の約束を反故にしてしまったのだから……。
ん? 反故になってると言うことで良いのかな?
あちらはあくまでも、二年前の誕生会で私が婚約を承諾したのに一年前の誕生会では別の結婚相手を探してるって言ったものだから、先の約束を蔑ろにしてしまったとお考えになってると思うのよね。
そのことに関しては、こちらも詳細をその場で訊かなかったし至らないところも多かったと思うけれど……、正直に言ってもう少し踏み込んだ説明をしておいて欲しかったな……。
私は自分が被害者だと思っていたのが、思わぬところでいつの間にか加害者になっていたかもしれないのよね。
それはどうしても納得がいかないし、自覚してから時々思い出しては気が気では無くて……。
ううん、自分のことはともかく、まずはルイ様にきちんと誤解していたことを説明し謝罪して、それで今日は帰宅しよう。
そう密かに決意をしていると、お茶会が始まり、ティールームに公爵家の女中の方たちがティーカップをテーブルの上に置いてくれた。
テーブルの中央にはケーキスタンドが置かれ、下段にはキュウリのサンドウィッチ、中段にはスコーン、上段にはカップケーキがそれぞれ置かれていて、とても彩りが良くて沈んでいた心が少し浮いてきた。
「それでは皆さん、今日はお集まりいただいてありがとうございます。本日の紅茶は……」
カトリーヌ様がご挨拶を終えると、招待された私を含めた四名の令嬢たちが思い思いに話し始める。
「聞いたところカトリーヌ様は、第二王子様とのご婚約がお決まりになったとか」
「それはとても喜ばしいことですね。心よりお祝い申し上げます」
次々と招待されている令嬢、それぞれメアリー男爵令嬢とマリア子爵令嬢が色めき立った声で話題を切り出した。
その話は初耳だったので驚いたけれど、普段の立ち居振る舞いから清廉潔白と見て取れるカトリーヌ様なら納得だわ。
「皆さん、ありがとうございます。……お兄様よりも早く婚約が決まるのは心苦しいのですが、何よりお兄様にも喜んでいただけたのがとても嬉しいのです」
チラリとこちらに視線を向けたので、たちまち心苦しさが襲ってくる。
ああ、何だろうこの状態……。
ともかく今はお茶会に集中して、後ほどカトリーヌ様にさりげなく切り出してみよう。
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「本日はご馳走様でした。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう」
私以外の三名の令嬢は、エントランスでお辞儀をしてそれぞれの馬車へと御者に連れられ乗っていく。
だけど私はわざとその波には乗らず、そっと柔かに見送っているカトリーヌ様に話しかける機会を探っていると、カトリーヌ様がそっと私と視線を合わせた。
「……リリスさん。お兄様が応接間でお待ちですわ」
「カトリーヌ様、……ご配慮をありがとうございます」
そっとお辞儀をして精一杯敬意を表す。
きっとカトリーヌ様も思うところはあるのだろうけれど、言葉には出さないでおいてくれるのでお心遣いに感謝したくなったから礼を尽くしたくなったの。
正直カトリーヌ様に対しても、事前に概要の説明をしておいて欲しかったと密かに思ったけれど……。
公爵家の侍女に連れられて、二年前と同じ応接間に案内され扉の前で深呼吸をした。
それでも、緊張するわ……。
「ルイ様、リリスお嬢様をお連れ致しました」
ノックを四回叩くと、扉の向こうから声が聞こえる。
「どうぞ」
「失礼致します」
覚悟を決めておずおずと入室すると、二年前と同じように応接間のソファに既にルイ様が腰掛けていた。
……ひょっとして、お茶会が終わるタイミングに合わせて時間をとってくれたのかしら。
もしそうだとしたら、ルイ様にお手間を取らせてしまって申し訳ないことをしたけれど、なんだろう、……胸の辺りがじんわりと温かい。
「……それで、手紙にあった僕に謝りたいこととは何かな?」
侍女が退室し、室内に二人きりになったタイミングで切り出してくれた。
対面のソファに腰掛ける私の瞳をルイ様は真っ直ぐと見つめる。……覚悟を決めて打ち明けよう。
「……実は、その、……私はどうやら勘違いをしていたようなのです」
両手をぎゅっと握って何とか絞り出した。その手は小刻みに震えている。
「勘違い?」
「……はい」
ただでさえ、その先はとても言いづらいのに、ルイ様の眉がひそまったので余計に言い出しづらくなったわ……。
「……二年前にルイ様は私に書類を書くようにと促し、加えてパートナーをお探しだと仰いました」
「……そうだね。……僕は君を選んだのだけれど、君はそうではなかったようだ」
その声は柔らかいようで、どこか冷たさを含んで聞こえて、私の胸は瞬間ズキリと痛んで背筋に冷たい感触を感じた。
思わず逃げ出したくなったけど、ここで逃げ出したらせっかくの機会を逃してしまうし、……とても言いづらいけど勇気を出そう!
「……実は2年前のあの時、私は……ルイ様のあの申し出は……、てっきりお仕事のパートナーをお探しだと思い、……こちらのお屋敷での奉公のお誘いなのだと思ったのです」
「…………」
恥ずかしい……。途端に顔が熱くなってきたから、きっと頬は赤く染まっているのでしょうね……。
ルイ様はと言うと……、チラリと顔を覗いてみたら目を丸くして唖然としているから、とても驚いているみたい。
「勘違い……していた?」
「は、はい……。ですから本日はそのことに対しての謝罪をさせていただきたいと思いまして、お時間を取らせていただいた次第です」
そっと立ち上がり、指先を揃えて深々と頭を下げた。
この国では、目上の貴族に対してたとえ自身が貴族でもこのように頭を下げて謝罪を行うことが一般的ね。
とはいえ、普段はあまりこのような機会がないから果たしてこの形で敬意を持って謝罪する気持ちを表せているのか不安だけど、ともかくなるべく心を込めて姿勢を正そう。
「先日、婚約を……破棄すると伝えられて初めて、真意を理解したのです。……ルイ様には非常に失礼な……」
ことをしてしまい、申し訳ありませんでしたとお伝えしようとしたら、私の右手が不意に握られ咄嗟に見上げる。
すると、そこには柔和な表情をしたルイ様が立っていた──
「……どうか頭を上げて欲しい。……僕の方こそ説明不足だったようだ」
そっとソファまでエスコートをしてくださり、私はそっと腰かける。再び対面のソファに座ってルイ様は小さく息を吐いた。
「……そっか。僕はスワ国に行っている間に君が心変わりをしたのだと思ったんだ。去年の誕生会からこの一年間、君がデビュタントの準備をしていると時折耳に挟んだから、残念だけど君との婚約の約束は破棄させてもらった方が良いと判断した」
そういうことだったのね……。やはり事前に説明をして欲しかったとも少し思うけれど、ルイ様の心内を聞くことが出来て良かった。
「……ということは、君は僕と婚約をすること自体は嫌ではないのかな?」
「はい」
それは本心だった。
今日お会いし改めてルイ様の心遣いに触れて、とても優しい気持ちになれたし、何よりも自分の非もお認めになられて……。
この方とであれば、きっと並んで歩いて行ける──
「私はあなたと、……親しくなりたいと思っております」
ルイ様は先程よりも柔かに微笑んだ。
「僕もそう思っているよ。……嫌な思いをさせたにも関わらず、誤解をしていたことを打ち明けてくれた誠実な君と、もっと親しくなりたいな」
そっと立ち上がったルイ様は、座っていた私の手を取り立ち上がらせるとそのまま手の甲に唇で触れたから、何だかむず痒い気持ちにもなったけれど、その心は安堵感と幸福感で満ちていった。
そうして私たちは、後日正式に公爵家邸で婚約を交わしたのでした。
これからは、お互いに誤解を招かないようにきちんとその都度説明をする様に約束を交わして。
(了)
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