第1話 婚約を破棄されました…
ご覧いただき、ありがとうございます。
初めて令嬢ものを書きました。温かい目でお読みいただければ幸いです。
「リリス嬢申し訳ない。僕との婚約を破棄して欲しい」
日曜日の昼下がり。
ルイ様は目の前でティーカップをテーブルの上に置くと、スッと立ち上がり一瞥してから応接間を退室して行った。
「婚約………………破棄?」
何のことだろう。…………そもそも私って、婚約していたっけ……。
突然の出来事にただ呆然とするしかなく、目の前に置かれたクッキーを眺めるけれど、何も思い当たらない。
私は今年で十六歳になる伯爵家の三女で、確かに結婚適齢期ではある、うん。
お姉様方お二人は、既に侯爵家と伯爵家のご嫡男に嫁がれているし、そろそろ私も相手を探そうとお父様がこの間仰ってたから、デビュタントを張り切って用意していたくらいなのだけれど……。
呆然としていると、いつのまにか乳母のアンが心配そうに私の顔を覗き込んでいる。彼女は私が幼い頃から世話をしてくれる、まるでもう一人の母のような気のおけない存在だ。
「お嬢様。ルイ様は既にお帰りになられましたけれど、どうかなされたのですか?」
「アン。何かルイ様は勘違いをなされているようなの。……私と婚約破棄をされたいと仰ってたけれど、そもそも私は婚約自体していないはずよね……」
瞬間、アンは狐につままれたような表情をした。
「婚約……ですか?」
目を遠くして考え込んだけど、やがて大きく首を横に振って苦虫を噛み潰したような表情をする。
「……こんなことを訊くのも変だとは思うのだけど……、私って婚約していたのかしら……」
「いいえ? 少なくとも私は初めて聞きましたが……」
「そうよね……。うん、きっとルイ様は何か勘違いをされていらっしゃるのね?」
「そう……ですね……」
ルイ様はこのアウル王国に古くから続くベルナール公爵家のご嫡男で、何度かご生誕パーティーにご招待いただいた際に顔を合わせてお話したくらいで、正直に言うとあまり面識もなく婚約のような込み入ったことをお話ししたことは無かったと思う。
だから、先日私にご用件があるとお手紙をいただいた時には、それはもう驚いたのだけど……まさか婚約を破棄されるとは……。婚約した覚えもないのに……。
ただ、お手紙をいただいた時に、何か引っかかったような気はするのよね……。
「お嬢様、ともかく旦那様に一度お訊ねになられたらいかがですか? ご婚約のことでしたら家同士のこと。必ずご当主様がご存知のことですから。奥様はお茶会にお出かけなさっていますし」
「確かにそうね! 分かったわ。お父様も今はお仕事にお出かけなさっているから、今晩の食事の際にでも訊いてみるわね」
「お嬢様、どうか気をしっかりお持ちくださいね」
私はどこか上の空でアンに頷いた。
ともかくこの『告白していないのに振られた』ような気持ちを早くどうにかしたくて、動き出したくなる衝動をなんとか抑えた。
□□□□□
その日の夜。
食堂の上座で子羊のポアレを優雅に食してナプキンで口元を拭うお父様に、様子を窺いながら意を決して切り出してみる。
「……あの、お父様。少々お伺いしたいことがあるのですが」
「何だ」
お父様は、食器をお皿の上に置いて斜め横に座る私を凝視する。基本的に無口な方だし表情も乏しいから、日常会話も緊張するのよね……。
「……つかぬことをお聞きしますが、私には婚約者がいたのでしょうか?」
「……婚約者?」
その眼光が鋭く私を射抜くことを知っていたので、思わず目を瞑って身構えてしまう。
「……リリスはこれから社交界入りすることが決まっている。……今は婚約者を選別する段階ではないか」
「……そうですよね」
「何かあったのか?」
「それが……」
口を濁らせていると、真正面の席に座るお母様が察したような表情をして私に対して首を小さく横に振って、代わりに話を振ってくれた。
「本日お屋敷に、ベルナール公爵家のご嫡男ルイ様がお越しになられたそうだけど、どのような御用件だったのかしら?」
お母様は伯爵夫人なだけあって、度胸に優雅さも兼ね備えていらして、加えて常に察しが良い。
だから私がお父様にお聞きしたいことが今日の来訪者であるルイ様にあることを瞬時にご理解してくれたのだわ。
お母様のお心遣いを無下にしないためにも、意を決して本件をお伝えしなければ。
「……実は今日、……ルイ様から婚約破棄を伝えられてしまって……」
「婚約、……破棄? ベルナール公爵家のご嫡男から確かにそう言われたのか?」
「……はい」
「……いや、ベルナール公爵家程の家であれば、たとえそうでなくても直接本人からそのようなことを伝えるなど通常は無いはずだが……」
「……そうですよね……」
そうなのです。婚約自体大事なことなので、そもそも契約書も何も持たずに直接口頭で伝えるなんて……、ん? あれ、また何かが引っかかるような……。
「リリス。何か思い当たることがあるのかしら?」
お母様はすかさず私の表情の変化にお気づきになられたみたい。
「えっと、そうではないのですが、何かが引っかかるような……」
「引っかかる?」
「はい。……でもそれがなんなのかは正直に言って分からなくて……」
「そうか。……本来なら我が家から直接抗議をしたいところだが、相手が公爵家なだけにそれもままならない。……悪いがお前の方で何か心当たりを探してはくれないか?」
お父様の視線は厳しかったけど、どこか温かみも感じられた。
「……はい。何とか探してみます」
「できる範囲で良いからな」
「……はい」
不意打ちに大きな懸案事項を抱えてしまったことに対して、全く腑に落ちないけれど、私自身何かが引っかかっている気がするので、それがなんなのかを知りたい気持ちも大きくなっていった。
うん、このままじゃスッキリ眠れないものね……。
お読みいただき、ありがとうございました。
次回もお読みいただけると幸いです。
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