第83話 歌舞伎役者
第83話 歌舞伎者
未知の食べ物の前に怯んでいると何処からか音が聞こえてくる。
歯切れの良い野菜の葉を小動物が食むようにサクサクとした音だ。耳を澄ませると、パリパリ、サクサクと言う音が混じっているのがわかる。
屋台に目を向けると、これを調理してくれたニーナが指先で摘みながら口に運び嬉しそうにニコニコしながら透明な薄い何かを食べていた。
『あの、これって....』
本当に食べても大丈夫?毒とか入ってない?真っ白どころか透明でスケスケで嫌らしいし、輪切りにされてるこれは食べていいものなの!?とこれを差し出したキノに言ってやりたい!
しかし、ニーナの方を度々見ながらエナと馬車から降りてきた女の子は飲み物や食べ物に手を付けずにキョロキョロと辺りを見回す。
キノやエナよりももっと質の良い生活を送っているのにも関わらず、食べ方が分からないのかと馬鹿にされているように思えてならない。
キノの内心では
(熱々になってるからガッツいて火傷とかしないよね?)
心配で心が一杯だったのだが思いやる気持ちは全く伝わっていない。
思いやる気持ちが伝わらないとは良く言うが、
嘲笑っているように見えているのであればそれは
思いやる側にも問題があるのだろう。
『頂きます!!!』
グルグルと頭の中で回っていた事。それを払拭する為にも透明で薄いお菓子を摘み、口に運ぶ。
歯に触れた所から蜘蛛の巣状にヒビが入り、噛み砕くと手で持っていた部分まで粗く砕ける。
予想していなかった食感のせいか口の中に入った破片に驚きながら、口を動かし食べ進める。
口に入れた時の爽やかな塩気が甘味に変わる様を楽しみながら小さな幸せを噛み締める。
『美味しい! 何これ!?』
『私も食べてみよ』
なんとも美味しそうに食べる様子に釣られたエナが同じように食べ進める。
今までに経験したことのない食感に驚きながら一枚食べてはまた次を口の中に詰め込んでいった。
『こっちの飲み物は....? 苦味が....酸っぱい?』
真っ黒な飲み物に口を付けて啜る。口の中一杯に酸味と苦味が広がり一気に飲み込む。舌が痺れ喉の奥を鳴らし吐き出そうとするのだが、後から僅かな甘味が追いかけてきた。
『あ〜、にっがい。何これ?』
エナはその大人の味が飲み込めなかったようで下ベロを出して苦味に悶えていた。
『コーヒーって言う飲み物。 苦いならこれ入れな』
丸いでっぷりとした瓶の中に真っ白な粉が入っている物をエナに渡す。
『ありがとう』
木の蓋を開けてサラサラとコーヒーに入れる。遠慮がちに入れるのかと思いきや、入れた粉が山のようにつもりゆっくりと沈んで行くほどの量を入れた。
『ふぅ』
白い粉が何なのか分からないのだが、そんなに沢山入れたら身体に悪いことだけは容易に分かる。
しかし、それを口に含んで一息着いた時の表情は筋肉がこれでもかと言う程緩み切り、最初に飲んだ時のビターな表情からは考えられない程スウィートで幸せそうな顔をしていた。
『その白い粉ってやばい粉何ですか....?』
『何でそんなこと思うの?』
『だって、眉間に皺を寄せるほど苦いって言ってたのに今はこんなに幸せそうな顔をしてる。同じ物じゃないみたい。絶対やばい粉ですよね?』
エナの表情と白い粉が詰まっていた瓶を交互に見ながらキノを怯えながら見る。
『確かに表現によってはヤバい粉。キメてみる?』
『いえ....結構です!』
個人的には人をこんなにしてしまう薬は気になるものの、それを試してしまったら人として何かが終わってしまうのではないかと怖くなる。
『遠慮しないで。さぁ....!』
エナが使い終わって半分以上が無くなった粉の瓶の上の方を指先で掴み僅かに揺らす。
まるで鏡に自分の気持ちが写っているかのように見えて仕方ない。
『知ってるんだよ、私。貴方は鳥籠に押し込められて可愛い子ぶってる。だけど本当はいけないことにも興味があるって....』
『そんな事は....』
『でも、分かる。未知の事に触れたり、新しい事に挑戦するって怖いよね? だから、手伝ってあげる。怖いのは最初だけ。一緒に一歩を踏み出そ?』
キノが蓋を開け、自分の指で中の白い粉を人差し指で掬い上げる。
溢れないようにそのままゆっくりと羨望の眼差しで見てくる口に向かって吸い込まれていく。
『あ〜ん』
『あ、あー』
促されるようにして口を大きく広げるとベロにキノの指が触れ粉が口の奥へと入っていく。
反射的にキノの指が残っている状態で甘く口を閉じてしまった。
『ひゃあ! 危なく指、食いちぎられる所だった』
『そんなことしませんよ!?』
棒読みで驚いているふりをしているように見えるキノにそう返事をすると、心の中がザワザワとする。やばい粉を口にしてしまった罪悪感が芽生え今すぐにでもこの場を離れて口の中に入ってしまった粉を濯いで吐き捨てたいと思っていた。
しかし、直ぐにそんな考えはエナがコーヒーの中へ入れた白い粉なように消えてなくなる。ベロを口の中で動かすと鮮明に味が稲妻のように脳に駆け巡っていった。




