第82話 優しみ
第82話 優しみ
優しみ
『人が、どんなになってもあなたの事を愛してるって言うのは建前。恋人にしろ子供にしろ汚点を美談に変えたいからそう思い込む。それを刷り込まれた相手はどうなる?』
『刷り込まれた相手は優しさにかまけて自分を正当化し出します』
『そう。よく分かってるね』
体験してきたかのような口ぶり。小さな子供に対してそんな事を言わせている事に対してキノとエナが連れてきた女性が何か言いたそうな表情を浮かべているのだが、ゆっくりと耳を傾ける。
『甘い言葉は安心させる偽善には丁度いいけど、人を腐らせる毒でもある。私はみんなを腐らせたくない』
『分かった....』
デンケンにいつものような威勢は感じられない。しょぼくれた顔で俯き、今にも泣き出してしまいそうだ。
『折角の男前が台無し。回復術師の中に手を洗う用の水の魔石を持ってる子がいるからベタベタの手、洗ってきな。ついでに顔も....そしたら、また一緒に作ろ?』
『いいの?』
『自分がやってきたことを嘘をついて誤魔化そうとした。それは悪いこと。だけど、最後には嘘をつかないで認めた。それは賞賛に値するんだよ』
クシャっと頭を撫でて仄かにキノの表情に笑みが浮かぶ。
それを見たデンケンが再び笑うといつもの表情に戻った。
『じゃあ、すぐ手を綺麗にしてくるから!待ってろよ!?』
言うや否や目に止まらぬスピードで裏手から出ると走り去っていった。
『その顔をどうにかするんだよー。蟻に噛まれて夜眠れなくなりたく無いなら』
走り出したらデンケンハはキノの言葉など聞く耳を持っていない。ただ、手を洗うことだけを考えていた。
『じゃあ、改めてオーダー。いつものセットを3人分お願い。付け合わせは私が作るから』
『は、はい!』
やや緊張しながらニーナが作業に取り掛かる。
『じゃあ、二人は少し待ってて』
『はい、分かりました....』
エナにとってはいつもの慣れた光景なのだが、
キノのコロコロ変わる表情を目の当たりにした
女の子は面食らったような表情を浮かべていた。厳しく叱るだけではなくその中の優しさを垣間見た。
『お姉ちゃん....予備のエプロン』
『ありがとう』
ニーナからエプロンを受け取り屋台の裏口に回る。
『では、コーヒーを淹れます。私の....手から目を離さないで下さい....』
ほんわかしている声でニーナが二人に話しかける。耳を澄ませなければ聞こえないほど小さな声ではあるが、心地良く、聞こえないと癇癪を起こすものは居ないだろう。
手元を覗き込むと、自分の胸元まである壷が置いてあり中には赤い砂が敷き詰められていた。
そこ目掛けて黒い粉を入れる。
『確認だけど、私達が飲むのは飲み物....よね?』
『そのはずですけど、このままなら黒と赤が混じった砂を飲むことになります』
色々な意味でニーナから目が離せなくなった。
ニーナが意識を壺に集中させる。髪の毛が僅かにオレンジ色に染まりだした。先程黒い粉を落とした部分が湯呑みのように変形し、次第に持ち手が長く伸びて、草を入れて蒸して吸うパイプのような形になったのだ。
そこにヤカンで少量の水を入れる。
ぼこぼこと一瞬で沸騰しむくむくと膨張。その上澄みをキノが出したティーカップに注ぐと再び壺の中に戻す。
するとまたむくむくと膨らみ、溢れる寸前でティーカップへと注ぎ込む。かなりの熱が加わっているようで一瞬でみずは沸騰し心地よく二人の目に映る。そして、あっという間に、3人分の飲み物ができた。
『飲み物できました』
ニーナの声に合わせてキノが二人の前にコーヒーを出す。
『はい、取り敢えずコーヒー三つ。後は付け合わせに火を....』
『でき...たよ』
弱々しくもニーナが竹で編まれたお皿に5つ分の付け合わせを盛り付けてお盆で運んできた。その中には見慣れない何かが入っているのだが、それが何なのかはよく分からない。
『早いね。2つはニーナとデンケンの分。人が居ない間に休憩して食べて』
『うん、わかった』
エプロンを脱ぎ捨てたキノが裏から回って出てくるとあっという間に見たことがない料理が提供され、口をぽかんと開けてぼんやりとしている二人と合流する。
『じゃ、移動しよ』
自分の分を持たせ、近くのテーブルが備え付けられた椅子に座り、黒い液体と透明な薄く焼かれた何かを凝視する。
『やっぱり座れた方が楽。久しぶりに調理して疲れちゃった』
掌の指を組み、肩を思い切り伸ばす。しかし、二人にはそんな言葉微塵も入ってこない。ただただ、目の前に置いてあるものが何なのか?果たして、スナック菓子のように摘んで口に運んで食べて良いのか?
それだけが頭の中で巡る。
『あの、これってお金....』
『サービス』
『そんな悪い...』
『人の好意を受け取るのも指導者としての資質じゃない?』
『....ですかね?』
被せるようにして正論がキノの口から出てくる。お金を払うのであれば払えないなどとそれとなく伝えればこの食べ物を口にしなくて済むかもしれないと淡い期待があったのだろうが、その期待は崩れ去る。




