第80話 お転婆
第80話 お転婆
「あー、やっと抜けられた。これくらい熱心に研究もしてくれれば良いんだけど....」
押し寄せる人の波から這うようにして抜け出し、息を切らしながら愚痴を溢す。
「大丈夫?」
そんなボロ雑巾みたいな女の子にキノが手を伸ばす。
「ありがとう」
伸ばされた手を掴み、立ち上がる。手で服についた砂を落としながらも顔を顰めていた。
「もぉー、最悪! まだ出発もしてないのにこんなに汚れるなんて!」
「背中払ってあげる」
強引に回転させ、背中に付いた汚れをはたき落とす。
「確かこの屋台を宣伝してた人だよね?」
「そう。美味しかった?」
「凄い美味しかった!! あれどうやって作ったの!? 魔物は食べたことあるけど、いつもは塩漬けだったり燻製だったりであんまりおいしくないのに....」
「調理方法教えようか?」
「ええ!? いいの!?」
子犬のように目をキラキラさせながらキノを見つめる。
「いいよ。ここじゃ落ち着かないし、あっちで話そ」
エナに手招きをして門までの直線に作られた屋台を外れ壁に沿って建てられた屋台の方に向かう。
キノはいつも通り無表情で飄々としている。付いてきた女の子は餌付けされた様にルンルンしながら何の疑問も持たずに着いてくる。まだ会話があれば幾分か楽なのだが、終始無言。
ふと女の子の方をみると、駆け出し冒険者風の格好が似合わないほどやけに整っている顔立ちで頬っぺたを擦りむいていた。
「ひゃっ!! 何!!?」
「あ、ごめんなさい。頬っぺた擦りむいてたから....」
キノと一緒に並んで歩いていたエナが自分の右頬を触り、それに釣られ、鏡に映った像を見るように、擦りむいた頬に手を触れる。
「絆創膏?」
「小さいやつしかなくてごめんね」
「とんでもないです! ありがとうございます」
食べ物を見た時の憂いとは違う優しさを孕んだ笑みが表情に宿った。
「あそこで良い?」
「あ、最低限話せればどこでも....」
キノが指さした先を見るとまた一風変わった店が視界に入る。
屋台の前には白い丸いテーブルが置かれ、その周りには白く塗られた4つの椅子が佇んでいた。
それも1つではなく、数え切れないほど沢山置かれていた。
「未完成だけど、私たちが話す分には困らない」
その中の一組で3人が腰を下ろし、話を始める。
「なんて言うか、凄いですね。さっきの料理といい今まで見たことない物が沢山...」
「見たことがないんじゃなくて、見ようとしてなかっただけじゃない? さっき食べた料理も私は何年も前から食べた」
「キノ!! いくらなんでもそんな言い方....。王城で働いてる人に対して失礼じゃない!? 身分が高い貴族の人や技能を認められた人達なんだよ?」
いつも以上にぶっきらぼうなキノの言い方にエナが焦りを見せる。城に抱えられた時点で何らかの特殊技能を持っていることが多く、この国の中では王族の次に偉いとされている。
「いえ、確かにその通りです。私は自分の興味を満たすことだけを優先してきた。その通りです....」
目をひそめ、表情から笑顔が完全に消える。
先程まで煌びやかだった雰囲気が一気に地獄に様変わりする。
通夜の様に重苦しい空気が身体に纏わり付き、
口が動こうとしない。
「分かってるならそれでいい。 二人は何を頼む?」
苦虫を噛み潰したような顔をした二人の手を握ってすぐ近くの出店の前に連れて行った。
「あれ? デンケンやニーナがいない?」
「あの子達に店番させてたの?」
「流石に、大の大人があんなに押しかけたらデンケンやニーナは押し潰されちゃう。それより小さい子には留守番を頼んだけど、どうしても行きたいって聞かないから端っこの店番を任せた」
「すみません、誰がいらっしゃらないですか?」
二人にしかわからない話をしている横で屋台の奥に向かって大きな声を上げる。
「あ、はーい、ただ今行きます....! ほら、デンケン! お姉ちゃん達来ちゃったよ!」
「嘘! 早くね! まだ来ないと思って言われてた物何も用意してないぞ!」
店の奥の外に通じる扉が少し開き、二人がこちらを見る。
そして直ぐに閉めた。
「どうするんだよ!? ジャガイモに至っては摘み食いしてたらあっという間に無くなったからな!?」
「摘み食い以上に食べるからでしょ!? どうしよう」
本人たちはあくまでもコソコソと内緒話をしているようなのだが、その声は綺麗に聞こえてきていた。
「何か、問題でも起こったんですかね?」
「問題というか、何というか....」
王城勤務の女の子からの疑問にエナが歯切れ悪く答えている。何が起こっているのかは大体想像が付くのだが、理由がくだらなすぎるのでそれを見ず知らずの....、王城という勝組のステータスを持った人に話すのは場違い感がある。というか、子供すらコントロールできないのかと、バカにされそうで怖い。
「大方、商品ができたから味を確かめようとしたけどついつい止まらなくなって、全部食べた。そんな中で私たちが来たから焦ってる」
エナの考えを断ち切るようにキノが思ったことをバンバン口にする。正直というよりも怖い者知らずという印象がエナの中でキノに対する気持ちとして上書きされる。




