第43話 紡がれる糸と策略
第43話 紡がれる糸と策略
「制御する力が弱まれば、行き場を失った力は跳ね返る。そんなの魔法力学の常識でしょ?」
キノが投擲した銀色の針が変色し、黒黒とした色に変色していく。そこから幾重にも編まれた鉄の糸が怒りに満たされた戦士の身体に繋がれて自由を奪っていた。そして、その反対側はキノの指に繋がっていた。
「何だこれは!?」
見たこともない現象に息を呑むのだが、決してそれに触れようとしない。
「ユエル、急患」
「え?」
キノが呟き人差し指を軽く引く。身体についた糸が指の動きに連動する様に後ろに動き、引っ張られ身体がキノがいる方向に飛ばされる。
「受け止めて」
「え!?ちょっと!!」
無茶振りに驚きながらも治療が完了したギルド嬢と共に飛んできた身体を受け止める。
「離して!! こんな目に遭わせたアイツを滅多刺しにしてやる!!」
腫れ上がった腕の痛みと何が起こったのか分からない混乱が混じり合い、極度の錯乱状態に陥っていた。こんな状況で動いては身体に負担がかかっているのは素人が見てもわかる。
「悪いけど、動けない様に身体を固定した。治療に専念して」
黒い針から出た糸が切れ、キノの意識した通りに動く。柔らかい糸で地面に服を縫い付け動けない様にした後、折れているであろう患部を動かせない様に糸でぐるぐる巻にする。
「勝手に何すんだよ!!」
『でも、治療しないと!! 今、頭は興奮して痛みを感じにくくなってますけど、それが醒めたら痛みで身動きも取れなくなるんですよ?』
心配そうにユエルが顔を覗き込む。
「そんなの関係な....」
そこまで言うとキノの指が3本饒舌に喋る女の子の口の中に突っ込まれた。
「何か勘違いしてる? 貴方はまな板の上の鯉。私達がどう調理しようが勝手。このままベロを引き抜く事もできるし、黙っていれば身体を治してあげる。どっちみち黙っているのには変わりないんだから、喋らないでじっとしてる方がお得でしょ?」
口の中でベロを触り力を込める。その度本当に引き抜かれてしまうのではないかと身体をビクビク反応させる姿は本物の鯉のようで面白い。
真摯なキノの申し出が伝わったのか急に大人しくなり、顔からは血の気が引いていく。
「わかりましたか?」
笑みを浮かべた最終通告を思わせるその言葉。肯定するかの様に瞼をゆっくり閉じるとまた開ける。その目には今にも涙が溢れそうなほど潤っていた。
「まぁ、私の指を噛みちぎろうとしない腑抜けには元が無理な話」
ゆっくりと口から手を抜き、地面にいつの間にか刺した刀の様な物の柄を握る。
投げた人を回収した時に落ち、地面に刺さっていた針がそのまま地中に吸い込まれ消える。キノが柄を持ち上げ立ち上がると柄の先には黒い針が一本、磁石の様にくっ付いているだけで刀身が見当たらない。
すぐにそれも液状に溶け、柄に吸い込まれていく。
「何だその魔法は!! お前が『放出』の魔法で石を操り攻撃するのとも違う! かと言ってそんな糸を見たこともない! 一体どんな魔法だ!!」
「鍛錬鉄刀」
「何!? 何だそれは!?」
「知らない。防具店で貰った」
「嘘つけ!」
「嘘だと思うなら国中の防具屋を駆け回ってみる?」
「どこまで俺のことを愚弄する気だ!!」
「本当なんだけどな....。それより降伏してくれない? 今なら、見逃してあげる」
その言葉に再び青筋を浮かべ激怒する。
「逃げるだと!! 成り上がりの下民の前で踵を返すなど死んだ方がマシだ!! それに、駒はまだ居る!!」
指をパチンと鳴らすと、テントの中から目が据わった上級回復術師がゾロゾロと出てくる。
「負傷した使えない冒険者は屋敷に戻したが、一人でもあんなに手こずったのに20人を相手にしたらどうなるか、想像できるか?」
もしも、さっきの相手を20人分相手にするのなら、前衛を交代で支えスイッチしている間に受けたダメージを全て癒す方法しかない。
その最重要人物はユエルになるのだが、当人は違う想像をしてソワソワしていた。
「テントの中が気になる?」
「え? いや、これはその....」
チラッチラッとテントの中を気にするユエルにキノが声を掛ける。
「行っていいよ」
「でも、そしたらキノさん達が....」
「テントの中からこんな大人数の人が出てきた今、テントの中ではガジンとプルエアが放置されてる」
想像していた状況と同じことを言葉にされると焦りに拍車が掛かる。
「回復魔法で中和していた傷みがまた出た時の痛みは想像を絶する。早く言ってあげて....」
「でも、そしたら!!」
「良いから行きなさい!! キノさんの優しさが分からないの!?」
真横で上級回復術師の治療を手持ちのポーションで手伝っていたギルド嬢が声を荒げる。
「この状況で貴方を気遣う余裕は今になくなる。これが最後のチャンスなのよ!?」
「でも....」
「でもじゃない!! さっさと行け!!」
諭される様にして涙を浮かべたユエルが足早にテントの中へと戻っていった。
「叱ってくれてありがとう」
『別に....。邪魔だっただけです。それに、私にも獲物ができましたし、20人の相手なんて二人で充分....でしょう?』
身体を糸でぐるぐる巻にした相手から没収したナイフを携え、キノの横に立つ。
「案外安っぽいナイフ。謀反を起こされる事を前提で渡した?」
横でナイフを構えたのを見てキノがポツリと呟く。
その言葉はゲルドの怒りを買うのには充分だが、自分たちの戦力にしては心許ない事を語っていた。
「フン。そのおかげでお前たちを楽に制圧できるのだから俺の采配も中々だろ?」
「じゃあ、こっちも条件を一緒にする」
ピィィィィィィイ!!
口に指を充て、口笛を吹く。辺りに音が響き渡るのだが特に何も起こらない。
「なんとも原始的な足掻きだな。鳥でも呼んだか?」
「呼んだのは友達」
そう呟くとダンジョンの奥の森の中から朱色の矢がゲルドに向かって放たれる。
身を挺して近くに居た回復術師がその矢を撃ち落とそうとする。
ナイフの刃が届く間合いまで引きつけ、斬りつける。矢に刃が当たった瞬間に矢が弾け、残火が胴体を鷲掴みにして身体を締め付けそのまま地面に倒れる。
「この魔法に見覚えあるでしょ?」
『先遣隊に支給した魔導書に書いた『束縛』の魔法か!? どうしてお前が!?』
「死に戻った時に何冊か落ちてたから回収して友達に渡しちゃった」
「この泥棒猫が!? だが、無属性の魔力ではなく火の魔石を使ったのは馬鹿でしかない。水の魔石で消化しろ!!」
無言で数名がポケットの中から蒼炎を思わせるほど深い魔石を取り出し、握りしめ体内の無属性の魔力を魔石で水に変換し、燃える火に掛ける。しかし、一向に消える気配がない。
「なぜ消えない? 火は水を掛けたら消えるはずだろ!?」
予想にもしない不測の事態が起き、取り乱す。しかも、火はどんどんと燃え広がり次々と地面に伏せて身動きが取れなくなっていくのだ。
「知らないの? 魔石は残り滓だから宿ってる魔力は劣化してる。体内で生成された純粋な属性魔法は相性がよくても消せないんだよ?」
その疑問を打ち消すキノの声が聞こえ、頭の中では一つの可能性が浮かぶ。
「まさか、その友達とやらは他の国の奴らか? 一体どうやってこの国に入ってきた!? 数年前に不可侵条約を結び、多少の交易があれど国に招き入れる場合は国の正式な許可が必要になる。不法侵入者における幇助は国家転覆の最上位の罪に問われるぞ!」
「そんな事気にしてるの?」
「国家転覆がそんな事だと!? この場の事が露見したらお前は大罪人になるんだぞ!!」
「私はゲルドのパーティに参加する前、色々な国で雇われのアサシンとして国の偉い人に仕えてた。その繋がりの人だから大丈夫」
「まさか!?国賓扱いで国に入ってきたのか!?」
『それが友達が顔を出さない理由かもね。それに、貴方は此処で死ぬんだし、意味ない』
「たかが、一人の応援で勝ち誇ったつもりか!? この人数で叩き潰してくれるわ!」
その号令と共に、回復術師がキノに襲い掛かろうとするのだがその前に、水の矢、風の矢、土の矢が飛んで来て自由を奪う。
「何!!」
「誰が一人って言った? 私に借りがある国は一つじゃない。国と戦って勝つつもり?」
バッタバッタと取り巻きが倒れていき、やはり魔石のお粗末な力では取り払う事ができない。体内で生成された魔力。即ち他の国の実力者を意味していた。
「くそ!!」
「ゲルド様!?」
馬鹿でかい声と共に一台の馬車が森からベースキャンプへと破竹の勢いで入ってくる。
馬を操るのは先程までギルド嬢が化けていた老風の執事だ。
か大変です!! 急いで屋敷にお戻り下さい!!」
「何事だ!! そもそもお前は本物の執事か!?」
「先程は不覚を取り、言い訳のしようがありません。しかし、今はそれどころでは無いのです!! 急いで屋敷にお戻り下さい!!」
「一体何があった!! 要件を話せ!!」
「治療の済んだ冒険者が次々目を覚まし、損害の補償を求めていると伝令がありました!!?」
「何!! どういう事だ!!」
「軽い探索での募集だった為、死ぬ寸前まで追い詰められるとは思っていなかったようでそれの補填です!!」
「クソ、一体いくらを望んでいる!?」
「先遣隊に至っては成功報酬をそのまま払えと....。それ以降の隊もダンジョン踏破の準備費用を望み、その額は先遣隊だけで1.4兆エールを超えます!!」
「何!! 成功報酬なのだから、出るわけないだろ!! リゾート開発での利益も無くなるのだからな!!」
「しかし、払わないと今後一切ゲルド様からの依頼は受けないと....!!」
「チッ!! 蜜に群がる蛆虫が!」
「とにかく屋敷に帰り、説明くださいませ! 使用人では相手にされません」
「やむおえんか....」
渋々と馬車に乗り込もうと脚を馬車の入り口に掛ける。
「逃げるの? さっきの言葉忘れてない?」
「つくづく、俺の神経を逆撫でるのが好きなようだな。 忘れられるわけないだろ? 貴族でもない平民....。いや、スラムで生まれ育った下民に敗れたんだ。この屈辱、忘れんぞ」
そう吐き捨てると馬車に乗り込み扉を閉める。
「他の方々はよろしいので?」
「どうせ消耗品に過ぎん。それに、いざとなったら父親に泣きつけば損害補償も雀の涙ほどの金だ。しかし、この屈辱だけは忘れんぞ!」
鬼のような形相を浮かべ目からは血の涙を流しそうなほどの目力を発揮していた。




