第38話 努力と脱出
第38話 努力と脱出
「この辺、境界面が沢山ある。何処から外に出る?」
「沢山以前に、私はそれっぽいものを一つも見つけられていないんですけど....」
「こんなにあるのに?視界に映っているのに気が付いてないんじゃない?」
「私、そこまで馬鹿じゃありませんよ!? よくポワポワしてるとは言われますけど....」
「不思議ちゃんとも言われてそう」
「心を読まないで下さい!?」
子供っぽく声を荒げて必死に否定する。
「見えてる物....違うのかな?何が見えてる?」
「壁が細かく見えます。暗くても外と同じぐらい視界が開けてる感じ....ですかね?」
「フーン。自分のことは何か見える?」
「別に....変わったところはありませんね」
全身を確認しても特に変わったところは確認できない。
「イベントリが3個。それは見えてない?』
『何で私のイベントリの数知っているんですか!?」
誰でも持つことができるマジックバックに対して、生まれつき物を体内魔力に変換して保存する事ができる者が存在する。信仰心が強い者も後天的に使い慣れているものしか収納できないという制約のもとで獲得することができる。
「『強視』で見たら三つ分見えた。これは杖と金の十字架、後ワインが見える。意外と飲兵衛?」
「違います!! ワインは週一で祈る時に一口啜るんですよ!!」
「それにしては良いお酒」
キノは何処からか取り出したずんぐりとしたワインの瓶。中身がこぼれない様にされているガラスの蓋を取り外し、香りを嗅ぎながら一口含む。
「え?」
見慣れた瓶。しかし、それがあるはずがない。しっかりと自分の体内魔力と同調させて保管しているのだから。
「あれ?」
身体の中を流れる魔力がざわつきだす。あるはずのものがぽっかりとない。杖や金の十字架はその存在を体の中で感じる。しかし、上質なワインが入った瓶だけがその存在を感じられない。
「キノさん?そのワイン瓶って....」
「これ?ユエルのイベントリから拝借してみた」
「どうやったんですか!?」
「『強視』でみたら、なんかあったから手で触ったら、取れた感じ? 多分、ユエルは見えてる物が私と違うんだね」
「えー、ワイン片手に言われても説得力ないですよ?」
「じゃあ、返す」
棚にしまうかの如くユエルの体に瓶を触れさせると一瞬にして身体に引き込まれ無くなっていった。
「一体どうやってるんですか!?イベントリの所有者でも出し入れは集中力が不可欠なのに....」
「難しい事は分からない。そこに見えたから手を触れたら取れた。魔法は元来そう言う物でしょ?」
「どう言う事ですか?」
『普通の人はダンジョンから出る時に高いアイテムを使うけど、私はダンジョンに閉じ込められた経験があるから普通の人とは見えてる物が違うのかも....?面倒だから、私が手を貸してあげる」
ユエルの目に手を翳し、自分の魔力を流し込む。反射的に瞑った瞼には魔力が流れ、ぼんやりと筋道が発光する。
「普段流れない隅々まで魔力が行き渡ってる感じがします....」
「もっと隅々まで魔力を流さないと先細ってパフォーマンスがどんどん下がる。属性魔法や第二強化術を練習するのも良いけど基礎も大事....」
ゆっくりと瞳を開く。しかし、その視界は先程と何も変わっていない。
「あの....何も変わっていないんですけど?」
「そうでしょうね。魔力を貸すの辞めたし」
「何でですか!?」
「隅々まで魔力を流す感覚は分かったでしょ?自分でしてみて」
「えー!!やってみます....」
強化した瞳に更に魔力を送る。先程と比べて、壁の表面や見えてる空気が変わってくる。
「視界はクリアになってきましたけど、まだ境界面は分かりません!」
「『強視』の網が広くて何も拾えてないね。範囲を狭めて、効果を上げてみて」
「こう....? ですか....?」
慣れない感覚でそこからの無茶振りをこなす。
目に力を入れて更に魔力の濃度をあげる。
「見えた!! 何か壁の小さい穴から吹き出してます!」
「それが境界面。そこから脱出しましょ」
目線と同じ位置の壁から吹き出す魔力を二人で見つめる。
「さて、ここから脱出しましょ」
「外の魔力がダンジョンに漏れてるみたいですけど、どうするんですか?こんな小さい穴は入れませんよ?」
目の隅々まで魔力を集中させてようやく見える画鋲の針ほどの大きさの穴が壁話に開き白い煙のような魔力が放出されている。
更によく見ると四角い形の粒子なのだが、そこまで目を凝らすと気分が悪くなってくる。
「ここに魔法命令文のコードを書いて外と繋ぐ。『マーキング』の魔力を掌に集中させて?」
「『マーキング』? 『印字』の事ですね?」
右手の掌を窄めると薄緑色を帯びた黄色い液体状の魔力を貯める。
「基本魔法の名前また変わってる」
「一々覚えるの面倒ですよね?それでこれをどうするんですか?」
「中と外の境界面を更にあやふやにする。固定術式は使える?」
「一通りは使えます。でも、外の空間と繋げられるんですか?」
「感覚的には境界面に干渉して異物である私たちを吐き出させる感じだから、帰還の書みたいに空間の魔力がなくても問題ない」
そう言って、絵描きが使うような変哲のない古びた筆を渡す。
「わかりました。具体的にどんな効力のある術式にします?」
「さぁ?適当でいいよ。魔力を乱せればそれで」
「適当すぎません?じゃあ、得意な貫通の効力を書きます」
「はーい」
固定術式というのは武器や服に効果を付与する術式の事であり、無機物に特性を付与することができる。武器に貫くという特性を付与すれば殺傷能力が高まり、動かない邪魔な物に付与すれば物体を軽くしたり浮かせたりすることができる。しかし、あくまでも補助的な物であり、貫通の効力を持たせても防御力が遠く及ばない物の前では無力だ。
まじないとして装備品に生産職業の者が自分の作品に付与する程度で、冒険者の間ではイメージを体内で流しそれを魔力に乗せて変換して戦う流動術式が主流である。
前者は魔力を送り込めばいつでも使える。後者は精神が深く影響しており、恐怖心に蝕まられていると魔法にその影響がもろに出るため、臨機応変に使いこなすのが一流だが、年々両方使える冒険者は衰退の一途を辿っている。
「取り敢えず、書けました。魔力を流します」
『印字』の魔法は文字を残す以外にも術式を書いて魔力を流し、文言に意味を与えさまざまな事象を起こすこともできる。
穴のすぐ下にミミズが這ったような数文字が書き加えられる。
術式は共通のものもあれば、その人独自の形態の物や癖がらあり自分で使いやすいようにしている。その為、基本的に意味や発音を読み取ることはできない。
文字に指を触れ魔力を流すとぼんやりと書いた文字が浮かび上がりコードが成立する。穴が大きくなり、人が通れる程の大きさになる。
「これで外と繋がったね」
「外が見えます!! これで外に....」
「あ、馬鹿」
溜息を吐くように息を漏らす。ユエルの手が外を映し出す穴の中に触れるととてつもない勢いで弾き飛ばされた。
「痛い!! 何これ?」
先程貰った入れ物から聖典を取り出し回復魔法が刻み込まれたページを開き火傷のように赤く腫れた右手の治療を行う。
「だめだよ。中と外が繋がってもその間の膜が通れる訳じゃない。無理矢理出ようとすると外に出る力と中に入る力の2つで身体がひしゃげる」
『じゃあ、どうするんですか?』
「ここからは私の番。できた門に道を通せばいい」
マジックバックの中から緑色の羽がついたペンを取り出し、境界面をなぞる。
バチバチと音を立てると緑色の輪っかが浮かび上がり、輪の淵の風景がが中心点へと集まり風景の一部が歪む。
止まることなく風景がどこかへと流れていくのだ。
「これは何をしたんですか?」
「境界面は外からの押し付ける力と内側から外に向かう力が等しい時に生まれ、あたらしい世界になる。それを維持しようとする性質があるから内側から大量の魔力の膜を作って貼り付けた。そうすると濃度の高い側の魔力が外に排出されるからトンネルができる」
言っていることが理解できない。と言う風な顔つきでユエルが歪んだ風景に手を伸ばす。
指が表面に触れると水面に波紋が靡くように揺らぐ。あやふやで暖かい感触が優しく伝わってくる。
「暖かい」
気を緩めたその瞬間、手がドプンと沈み歪んだ風景の中に吸い込まれていく。
「え?」
それを横目で見ていたキノがユエルの身体に急いで抱きつき、二人してダンジョンから姿を消した。




