第31話 不調和と呼び水
第31話 不調和と呼び水
「プルエアさん!?」
勢いよく足がひっぱられる。刺の付いたツルに脚が絡まり引っ張り上げられ、身体が空中に投げ出される。もがきながら抵抗し、脚に巻きついたツルが解けるが、落ちる前に両腕と両脚に棘が付いたツルが絡まり、宙吊りになってしまった。
「へー、こんなこともできるんだ?これ取れるかな!?」
身体を捩りツルから抜け出そうとするのだが、余計に棘が絡まり、血が滴り落ちる。
「痛!燃やして焼き切る!」
指輪に火を扱うための魔力を込めるが、少し火が出るだけで焼き切るには至らない。
「どうしたんですかプルエアさん!?」
首を捩り、右手に付けている指輪を見ると棘が刺さり二つ共割れていた。
「指輪が壊れた!?中の魔力命令式が破損してうまく火が出ない!!光の魔力で補助しながら使ってみる!」
ポッポッポッっと、指輪の光が強くなると同時に砕け散った。
「嘘?やば!!」
「どうしたんですか!?」
「今ある命令式を補助しようとしたら負荷に耐えられ無くなって割れた!」
「どうするんですか!?」
「どうしよう?」
指輪が割れたのを見計らって回復の魔法で傷を癒し、正面から口を広げた龍が向かってくる。
「来ないで!!!」
なす術がないプルエアが恐怖に打ち震え、涙を浮かべる。
「プルエアさん!!」
ユエルが届くはずもない手を伸ばす。
「来ないでよ!!!だって....笑いが止まらなくなっちゃう」
プルエアが口を開く。口の中には指輪に嵌め込まれた宝石よりも二回りは大きい真球状の青い宝石が仕舞い込まれていた。
歯で噛み、固定する。
「ウォータースピア! ウォータージェイル!」
プルエアの身体が球体の水で包まれ、身体に食い込んだ棘が抜け、ツルが落ちる。もう一度身体に巻きつこうとするが、水の壁に阻まれて身体に巻き付けない。
その周りに水の魔力で作られた、数十本もの鋭い槍が現れる。一本一本が黄色く発光し、空中に固定されていた。
ニンマリと水の中で涙を浮かべるほど笑い、広げられた腕を閉じ、手を合わせる。
無言のまま、噛み付いて来た竜の頭目掛けて全ての槍が降り注ぐ。
鱗がひしゃげ、深々と槍が内臓を抉る。先程までの勢いは無く、地面で痙攣しながら項垂れる。
プルエアが包まれた水の球が下降していき、地面に着くと水の球が弾け飛んだ。
「ざっとこんなもんかな。ぷっ」
口の中で割れた宝石を地面に吐き捨てる。
何が起こったのかイマイチ理解できていないユエルの元へと歩いていく。
「どう?見てた?身体と繋がっているものしか強化できない基本魔法や戦士の職業魔法とは違って、光の属性の強化性質は他の魔力や神経強化とかの細かな強化もできるから便利でしょ?」
「良かった!生きてたんですね?」
「私も無事に帰って、優雅なティータイムをしたいからね。一人分なら、ダンジョンのどこにいても入り口に帰還できる回帰の書もあったんだけど、使わずに済んだよ。これ高いし」
脚に巻きついていた防御布が大きな魔女の帽子に戻り、頭に覆い被さる。帽子から手ですっぽりと握りしめられるサイズの書物を取り出し、これ見よがしに見せびらかす。
「それ使っていざって時逃げられたんですか!?あるなら言ってくださいよ」
「アハハ。切り札は最後まで取っておかなきゃ。それに、魔物の魔力が満ちたこの部屋じゃ展開できないし、どっちみち部屋の外に出る必要があるんだ....よ?」
自慢していた高い書物が指先からこぼれ落ち、地面にポロリと転がる。
「あ...おか..いな....」
口がうまく回らない。様々な魔法を使役したせいで魔力切れを引き起こしたのかと身体を確認するが魔力切れを起こすほどの魔力は消費していない。
しかし、身体が熱くなり視界がグワングワンと歪む。
極め付けは胃から込み上げて来た何かをもう一度飲み込もうとした時に手を口に当て派手にぶちまけた時だ。
口から赤黒い血が溢れ、手にべったりと付いたものを見て視界が赤くなる。
そして、力なく地面に突っ伏して倒れ込む。
何が起こったのか誰にも理解ができない。
ただ、プルエアの首に咲いた薔薇の花が完全に開き、今までで一番鮮やかに咲き誇っていた。
力なく倒れ込んだプルエアを介抱すべく、ユエルが鷲の使い魔に柵の解除を命じて障壁を解く。
「プルエアさん!ねぇ、プルエアさん!!しっかりしてくださいよ!!ねぇ!!ねぇってば!!」
身体を抱き起こし、仰向けに寝かせる。口いがいにも目からも流血し、ただ毎でない事態を物語る。
「身体...どうな...たの?...な...が...った?」
「分かりません!今急いで調べます!」
錫杖を翳し、プルエアの身体に解析魔法を掛ける。
「体内で花が咲いてる。魔法耐性の強いプルエアさんにも感染した?」
そんな事を考えているうちにプルエアの息が荒くなる。ゆっくりとだが、棘で負った傷から小さな青い薔薇の花が密集して咲いていた。
「傷口の周りが酷い。何で?」
プルエアから流れ出た地面に広がる血液の溜まり場を見ると身体から出ている鱗粉とは別の青い鱗粉が浮いており、そこから青い薔薇の花が咲いている。
「プルエアさん!?聞こえますか!?魔眼以外でもこの獲物を弱らせる力は発動します!この青い薔薇はツルの棘で身体に入れられた別の青い鱗粉のせいです!魔眼の条件は恐怖と鱗粉の2つで両方に注意しなくちゃいけない!だから、体内での中和を鱗粉にも向けて下さい!!ねぇ!!聞こえてますか!!?」
時間が経過する毎に反応が鈍くなるプルエア。聖典を開きながら傷の治療をしていくのだが、柵の解除で費やした魔力のせいで毒の治療まで手が回らない。
(誰?身体に力が入らない。なのに何でこんなに暖かいの?それに、頭がガンガンする?煩いな休ませてよ?)
どうすれば良いのかと、迷っている内にどんどんとプルエアの身体が冷たくなっていく。
「恐怖に対する対策で強気に攻撃を仕掛けると鱗粉で条件を満たし、障壁の中には鱗粉が届かない代わりに恐怖で条件を満たす....。柵の解除は魔力が集まってるけど、時間はまだかかる。今すぐにでもプルエアさんを脱出させて治療を受けさせないと!」
5体の使い魔が解除を進める柵を確認するが、子供が通れる程の穴しかまだ空いていない。
グルルルルルル
不気味な喉声が聞こえてくる。槍を食らって内臓まで達していた龍の傷が癒えていた。
「あんなに損傷したのにまだ戦えるの!?背に腹は変えられない!!!」
最低限の治療を施し、先程地面に落とした書物を拾い、プルエアを担ぐ。
「貴方!悪いけど、書き換えるよ!!」
柵の近くでプルエアを寝かせ、近くにいた使い魔の鷲を掴み、回帰の書物を体の中に入れ、悶える使い魔に錫杖を翳す。
「何この出鱈目な構造式?もう少し丁寧に作っといてよ?人の使い魔に命令式を追加するのただでさえ大変なんだから...」
そんな事をしていると足首を掴まれる。
「どうかしましたか?プルエアさん?」
力を振り絞り、顔を横に弱々しく振り何かを訴える。まともに話す余力すら残っていない。
「すぐに楽になりますから、目を瞑っていて下さいね」
プルエアの、顔を手で隠しゆっくりと落ち着かせる。
寝てしまうのか、うつらうつらし始めた所で胸ぐらを掴み、柵の地面と接している部分にできた穴目掛けてプルエアを思いっきり投げ込む。頭から穴に綺麗に入ると、そのまま体が抜け、通路へと投げ出される。
「プルエアさんを、よろしくね」
愚痴りながら体内の命令文を書き換えた鷲に微笑みながら声を掛けプルエア目掛けてその鷲を勢いよく飛ばす。
見る見るうちにプルエアに近づいて飛んでいくと、横たわっている身体に触れる。鳥の身体からいくつもの青い文字が溶け出し、通路の地面と壁に一つの大きな魔法陣が展開される。青白い光と共にプルエアの身体が消えていった。
「一人分の回帰の書を魔力を保護して無理矢理行使しました。それをプルエアさんがどう使おうとしていたかなんて私には到底分かりません。危なくなったら一人で逃げようとしてた?前衛二人が居なくなったら使おうとしていた?そんなのどうでも良いんです。どんな形であれ、貴方が使うことができたなら私はそれだけで満足です」
ガラガラと音を立ててプルエアがダメージを与えた龍が起き上がる。
錫杖を構えながら戦おうとするが、勝てる可能性など無いに等しい。パーティメンバー3人が無惨に敗れた上位の相手に後方支援に適正のあるプリーストが単騎で勝てる訳がない。
「願うならば、戦士のお二人が死に戻った後、しっかり生き延びれます様に。身体は燃えて居ましたし、死んでは無いと思いますがどうなることやら?」
完全に体の傷を癒やし、起き上がった巨大な体躯から見下ろされた不快感が体を支配する。
自分自身を攻撃して死に戻る。死に近付く恐怖で身体にマーキングの薔薇が浮かび、失血により死に戻れないまま動けなくなった身体を弄ばれ生きたまま牙で砕かれ死に戻る暇なく命を絶たれる。
そんな最悪を考えてしまい、手の甲には溜息が出るほど美しい薔薇が一輪咲いていた。




