後編
そして三年目。
今年はアレックス王子もオーレリアも卒業生だ。今年さえ無事にやり過ごせば、恐怖は去る。学園に平和が訪れることを在校生は切に祈った。
今年、断罪される予定のヒロインはすでに決まっている。オーレリアがターゲットに定めた相手にはアレックス王子が付きまとうため、すぐに分かる。
今年ターゲットとなった新入生は、自業自得とも思えた。二人の恐ろしさについては有名で、十分に伝え聞いているはずであるし、大半の者がなるべく目立たないようにと気を付けていたのだ。家格の低い娘は特にだ。
なのに男爵令嬢のエレノアと来たら、入学早々に自らアレックス王子へ接近してきたのだ。取り巻き以外、誰も近寄らない王子へ。
アレックスの取り柄は唯一、その見目麗しさと言っても良い。見た目に惹かれて恋心を抱いたとしても、その中身の残念さ、残忍さに気付けなかったのだろうかと皆思った。
誰か教えてやれば良いのに。
いや、エレノアがターゲットとなるなら、他の者は皆安泰だ。だから黙っていよう、むしろその恋が続くようにと仕向けた者もいたかもしれない。
そして今、三年目の断罪パーティーが進行している。
パーティーが佳境となったとき、声高らかにエレノアの名が呼ばれ、王子とオーレリアのいる壇上へと立つ羽目になった。
「エレノア・セジウィック! この学園を去る前にお前の罪を告発する。王子であり、婚約者のいる私をたぶらかし、オーレリア嬢との婚約を破棄させようと企てた罪だ。証拠を集めるためにお前と懇意にしているように見せかけたが、全ては今日のこのときのため。私の愛はオーレリア嬢へ捧げている。よってお前の出る幕はない! お父上、どうかこの者に厳罰を。ああその前に、エレノア。なにか申し開きがあるなら聞いてやる。土下座して泣いて詫びるなら、私の優しい婚約者がお許しくださるかもなあ?」
にやにやと下卑た笑いを目の前にして、エレノアは顔色を失い、引き結んでいた唇を浅く開いたかと思うと、小刻みに震わせた。
「くっ、くくくっ、はーっはっはっは!」
堪えきれないというように吐き出された笑いが高らかに響いた。
ショックのあまりに気が触れたのかと皆が思ったが、それまで清楚系美少女然としていたエレノアの顔つきが変わっている様が、席の近い者からは良く見えた。
眼が赤く光り、爛々としている。
「今日のこのときを待っていたのは私の方だ、この糞野郎どもが。いいか、よく聞け。二年前、お前らが殺したモニカは私の親友だった。お前らのふざけたお遊びで没落させられたモニカの両親は死に、モニカも後追い自殺した。私は絶対にお前らを許さない。死ね」
地の底から響くような声にはとてつもない迫力がある。
「しっ、死ねですって! 男爵家の小娘ごときが何なのっ!」
「貴様、不敬罪であるぞ! 捕らえて首をはねろ!」
腰が引けながらも強気なアレックス王子とオーレリアに向けて、エレノアは右手のひらを大きく開いて、左手を添えた。
何かを打つ構えだ。
ただの脅しではないと分かるのは、エレノアの足元の影から、ずずずと黒いものが這い出てくるのが目視できたからだ。
エレノアの足元から、背中を伝って伸びてきた黒い影はみるみるでかくなり、少しずつ姿を形成した。ギョロリとした目玉が無数にあり縦横無尽に蠢き、あちこちにある口が開いては牙を見せた。どろりとした液体が滴り落ちると、じゅじゅっと燃えるような音がして、床に黒い穴が開いた。
ひいいっと叫んで、王子の取り巻きの一人が駆け出すと、目にも止まらぬ早さで黒い影が鎌のような刃を繰り出して、すぱんっと取り巻きの首をはねた。素晴らしく切れ味がいい。
血飛沫を撒き散らしながら、ごとんっ、ごろごろごろと転がって壇上から落ちた首に、会場は悲鳴に包まれた。
何が起こっているのか理解できず、これも何かの余興なのかと現実逃避していた脳みそが一気にパニックになったのだ。
一目散に逃げ出す人々。押し合いへし合い、狭い出口を目指して走る。
「無駄だ。愚かな人類どもよ、滅びる用意はいいか?」
エレノアの手の平から発生した、赤黒く透けた火の玉のようなものがどんどん膨らんでいく。
「わ、わわわ悪かった、かか、金ならいくらでも」
「わたくしじゃありまんせんわ、全部この男がっ。わたくしも被害者よ!」
「おいっ兵は何をしておる、早く取り押さえろ! 逃げるな、戻れ!」
「俺だって悪くない、悪いのはこの悪女だ! 俺は騙されたんだ!」
「誰が悪い悪くないなど、私の知ったことか。全員まとめて死ね」
エレノアが放った火の玉によって、この日人類は滅んだ。
ざまぁとはなんぞやをテーマに書いた、ざまぁチャレンジ作です。
ジャンルに悩み、最初コメディーにしていましたが、その他(その他)へ変更しました。