冬の王女の探し物
冬童話2021のやつー。
街で育つ子供が最初に教え込まされるものは森の怖さだ。
日が昇っている間は道に迷い、夜が来れば熊や狼の吐息が闇に響く。
冬の訪れと共に冬の王女の王国となり、一歩踏み入れば二度と戻ってこられない。
街に残る古いおとぎ話も混ざった教訓だが、大人たちですら冬になると森には近づかない姿に子供たちは眉唾なものではないことを肌で感じ取るようだ。
その街では長い間、子供が森に入り行方知れずになる事件は起こっていなかった。
だが、それが今目の前で起ころうとしている。
雪が舞う夜闇の街道を歩き一直線に森へ向かって進むのは防寒用に皮のコートを羽織ったまだ幼い少年だった。
ただもし少年のそばに彼の保護者か友達がいたとして、果たして彼を止められたかどうかは非常に怪しいところに見える。それは、皮コートの幼い少年は眠りながら歩いていたから。
両目をしっかりと閉じ、たまにいびきを漏らしては体を揺らす。足を大きくふらつかせることもあったが、そのたびに見えないなにかに支えられて姿勢を正す。
少年は一瞬の迷いすら見せることなく森の中へと入っていく。
そんな彼の後ろ姿を雪混じりの突風がかき消した。
少年がその後どうなったかは誰も知らない。
一つだけわかることは、もう街で少年の姿を見ることはできないだろうということだった。
1/全6 はじまり
今日も空を灰色の雲が覆っている。
冬のはじめから降り続く雪はいまだ一向に止む気配を見せていなかった。
朝日を浴びる街を埋め尽くすのは屋根を白く染めた家々だ。
大通りに面している以外これといって特徴のない一軒家の中ではレンガ積みの暖炉の前で少年が毛布に包まってうなだれていた。幼い顔が不機嫌で困り果てている。
つい先ほど朝食を食べ終わったばかりだが、あとはもう昼食までなにもすることがない。
昼食も食べ終わってしまったらその後はもうなにもすることはない。
家の中で飛び跳ねると金切りを声を上げて母親が棒で叩いてくるし、外に遊びに行きたくても自分だけでなく街の子供は誰ひとり外に出ることを許されていなかった。
街で決められたからそれを破るわけにはいかないし、破ったら両親に泣きながら叩かれて自分も大泣きする羽目になってもう大変なことになるのだ。
街がそんなことになったのは季節が春も半ばを過ぎたあたりからだ。
今頃は本当なら畑仕事や家畜の世話、父の狩りの獲物を捌いたり冬の間に壊れた家の修理なんかに借り出され遊んでいる暇もなく、だからうぇーいとサボっては叱られるそんな時期なのだ。
それなのに稜線走る山々や街から街をつなぐ太い街道は未だ白に覆い尽くされ、緑も土もまるでない。
冬がなぜか終わらない。
「今帰ったぞ」
木製扉が開き、父親が街の集会から帰ってきた。
「お帰りー」
少年は首だけ向けて声を掛ける。
外から帰った父親の手はなにも持っていない。
集まった大人たちで本当に今後のことを話し合っていただけのようだった。
「ねえ、お父さん。外に遊びに行ってきていい?」
「すまん、まだ駄目だ。せめて雪が止むまで待ちなさい」
「えー。雪、止むの?」
「明日にはきっとな」
少年は天井の向こうに広がっているだろう灰色の空を見上げた。
「そっか。明日止むなら今日は我慢するね」
何度も繰り返されたやり取りに少年はひっそりと息を吐いた。
2/全6
もう長い間少年は友達に会っておらず、友人の方からも少年に会いに来てはくれていなかった。
冬に入ってすぐの頃、雪が降る街の大通りを走り回っていてもなにも言われなかったのに、今では外に出ることすら難しくなっていた。
雪が降り続き、一日たりとも止まないことに大人達が気づいた今は、家の中でだってなにをするにも、おしっこすら両親の確認や許しがいるようになっていたからだ。
僕がおしっこを一人でできるようになったのはいつだと思っているのだろう。
困り顔を浮かべていた少年を丸々と太った飼犬が真っ直ぐな瞳で見上げた。
3/全6
ベッドに入った少年は、しばらくして両親が外出する音を聞いた。
行き先は分かっている。街の集会所だ。もういつものこととして慣れてしまった。
とはいえ最近はその回数が増えて、一日おきぐらいに大人達が集まっているみたいだった。
点呼しているらしい。点呼というのがよくわからない。
名前を呼ぶことにどんな意味があるのだろうか。
そんなとりとめのないことを考えていると、自分がうつらうつらしてきていることに少年は気づいた。
朝になれば両親は帰っている。
寝てしまおうと少年はベッドに潜り込んだ。
4/全6
うねる地面の至る所から巨大な木々が突き立っている。
幹には綿みたいな雪が張り付き、綿毛みたいになっていた。
森だ。
大人達から決して近づいてはならないと言われていた冬の森の中を、煌びやかな宝石で飾り付けられた純白のドレスの少女が一人歩いている。
少女は時折木の幹に手を付きながら、雪に覆われた地面をその大きな瞳でぎょろぎょろ見回していた。
氷でできた大きな鳥が近づいてきて少女の頭上高くに伸びていた太い枝にとまる。
鳥に気づいた少女が顔を上げてなにか言うが、氷の鳥はあざ笑うかのように一声鳴くと飛び立っていった。少女は小さく白い息を吐いて、また地面へと視線を落とした。
5/全6
少年の住む街で小さい頃から何度も聞かされる冬の王女のおとぎ話。
森は世界で最初に春が訪れる場所。
だから冬の王女は春を呼ぶための鍵を探して冬の森を歩き回る。
冬の王女である彼女の周りはすべてのものが凍り付く。
冬の精である氷鳥や雪狼でさえも冷たく寒く凍えてしまう。
だから彼女はいつも自分の王国で一人。
冬に森へ近づいてはならない。
冬の王女に見つかれば、心まで凍り付くそのときまで鍵探しを手伝わされる。
春を呼ぶ鍵は、決して冬の王女のそばでは見つからない。
春は冬の王女が去ったその場所に現れるものだから。
少年は夢から目覚めた。
驚いて短く声を上げていた。
もしかして今の少女が冬の王女だろうか。
本当にいたんだ。
部屋の中には香ばしいスープの香りとパンの焦げる匂いが漂っていた。
少年の母親が作る朝食ができた合図だ。
ベッドから下りて食堂へ向かう少年は、テーブルに食事を並べている両親が食べ物と薪の量を心配する声を聞いた。
窓の外を見る。雪は止みそうにない。
このまま家の中で死んじゃうのはやだなぁ。
少年はそう思った。
6/全6
森の中で少年は目を覚ました。
「え?」
少年の正面に立っていたのは、煌びやかな宝石で飾り付けられたドレスを身に纏う少女だ。
夢で見た少女。冬の王女。
「よくきたわ、私のしもべ。私は冬の王女。冬の森の何処かに隠された春を呼ぶ大いなる秘鍵を探しているの。あなたもたった今から私を手伝うのよ」
今まで友人と遊ぶこともできないまま街の決まりに従い、両親の言いつけを守って家でじっとしていた。今度は見つかることのない冬の王女の捜し物を手伝うことになった。
場所が変わっただけで決まりに従い言いつけを守るのはなにも変わらない。
だけど、不思議なことにどんどん少年の心に力が湧き上がってきていた。
「どうして……?」
考えてもわからない。少年は考えてもわからないことは考えないことにした。
「ま、いいっか!」
少年は一度体に力を込めると、白い息を吐く王女の肩に羽織っていた皮のコートをかけてさっそく周囲の地面を見回しはじめた。
また冬ネタになってしまった(;´Д`)時期的にどうしてもなー……。
てか冬も王女も一緒じゃんか。まるで成長していn……い、いやそんなことはないはず……。
評価ありがとうございますありがとうございますありがとうございます。