放物線
この真っ青な空にキレイな放物線を描けたら、どんなに気持ち良いだろう――容赦なく人を燃やそうとする日射しのシャワーを浴びながら林はそんなことを思った。
「あと一人! あと一人!」
林のいる場所から反対方向の三塁側スタンドでは、まるで宴会のような景気の良い声が聞こえてくる。九回裏、ツーアウト。三年生となった林、その最後の夏はあとわずかで終焉を迎えようとしていた。
そして林はそれを、選外のメンバーが集う場所であるスタンドから眺めていた。炎天下の中、林はただひたすらにチームの敗退を願った。林はもう、解放されたがっていた。
思えば、林には野望があった。林は大きな大会など、プレッシャーのかかる場面でプレーするのが苦手だった。高校ではそれを克服したいと強く思い、野球部の門を叩いたのだった。
周りは初対面だらけ。唯一旧知の仲だったのは、同中である岡田だった。意気込む林に対し、岡田はいつも「一緒に頑張ろう」と短く声をかけてくれたのだった。林は努力し、練習試合に出場するまでになった。
しかし、大事な初試合でタイムリーエラーを犯してしまった。
「下手くそ!」
「え、今のも捕れないわけ?」
チームメイトから罵声が飛んだ。それは林を縮こまらせるのには充分だった。チームメイトの目を恐れ、監督の目を恐れ、林はまともなプレーができなくなっていった。
そんな中、岡田は次第に頭角を現し、レギュラーに抜擢されるまでになった。そんな彼は林にとってもはや憎しみの対象でしかなかった。顔を合わせる度に岡田は何か言いたそうにしていたが、林はそれを無視し続けた。
そうして、入部時に描いた夢は何も叶わず、ベンチ入りさえもできずに林は今、終わろうとしている試合をスタンドからぼうっと眺めていた。
「七番、レフト、岡田くん」
何の巡り合わせか、最後の打者としてコールされたのは岡田だった。本当なら何の関心も湧かないバッターでさらりと終わって欲しかったのに、何とも歯がゆい。まあ、それも仕方ない。仕方ないから、せめてこれで終わってくれ。頼むから、これで最後にしてくれ。侮辱にまみれてここまでやってきて、もうこれ以上は耐えられないのだから。
キン。
唐突に鳴り響いた金属音に、会場は一瞬静まり返った。林の目には、ボールが果てしなく遠くに飛んでいくのが映った。それはさっき空想で描いた、放物線にそっくりだった。
会場は、沸いた。起死回生の同点ホームラン。打ったのは、岡田。
林の中には岡田の記憶がよみがえった。林がどんなに突き放しても、黙々とバットを振っていた岡田。林が足を止めて何もかもを放棄しても、続けることを止めなかった岡田。ゆっくり、堂々とダイヤモンドを一周する岡田が一瞬だけこちらを見た気がした。
岡田の今の気持ちを読み取ることなどできない。しかし岡田の放った打球は、林の無念に寄り添ってくれた気がした。林の断末魔に対する回答のような気がした。
歓声の沸く会場で一人、林はただ涙を流していた。
試合はまだ、終わらない。