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冬の夢

作者: 星野紗奈
掲載日:2019/05/01

どうも、星野紗奈です!

こちらは「夏の夢」と対応した作品となっておりますので、そちらと一緒に読んでいただけるとよりお楽しみいただけるかと思います( *´艸`)

全体的な構成は大体同じで、表現で価値観の差を表そうとした作品です。

そう言ったものが苦手と言う方はお戻りください(-_-;)


それでは、どうぞ↓

 夏。夏と言えば夏休み。だが、夏休みなんて名前だけだ。僕たち学生には勉強という本業がある。夏休みのはじめと終わりの一週間は、夏期講習で学校に行かなければならない。それが終わって家に帰っても、今にも雪崩を起こしそうな山積みの宿題が僕を待っている。夏休みなんて所詮名前だけで、先生も社会も、僕たちを休ませる気なんて微塵もないのだろう。

 今日はそんな夏休みの一日目。

「なあ、暑いな」

「うん、そうだね」

 彼女はぱたぱたと手で仰いでいる。それが微かに風を起こし、彼女の髪を揺らして、首筋につうと汗が伝うのが見えた。それはいつも以上に彼女を色っぽく演出していて、僕の心を刺激する。

「なあ、アイス食っていかね?」

「うん、食べたい」

 それなら、目的地はあのコンビニだ。彼女と思考が一致したようで、行き先に戸惑うことはなく、僕らの足はぶれずに時を刻んでいく。言葉にしなくても、案外考えはわかるものだ。

 太陽がじりじりと照りつけ、僕たちの肌を焦がす。まさに真夏日。この暑さでは、一言話すだけでとても疲れる。だから僕たちは黙って歩く。聞こえてくるはずの砂を踏みしめる音は、蝉の鳴き声によっていとも簡単にかき消された。

 汗が頬を伝い、それを細い腕でぬぐう。彼女はそれを何度も繰り返している。やはり、彼女はどこを切り取っても絵になる。

 こんなことばかり考えているのは、健全な男子高校生としては当たり前のことなのだろうが、なんだか申し訳なくなって、公園に目を向けた。大きな向日葵がずらりと並んで咲いているのが見える。そういえば、いつだっただろうか、花言葉を調べていた時期があった。ある小説で花言葉の奥深さを知り、興味を持ったのだ。向日葵の花言葉は「あなただけを見つめる」。しかし、それが大輪となると「偽りの愛」だという。見た目は明るくて可愛らしいのに、昼ドラにでも出てきそうな性格だ。

 もう少しだ、と自分に何度も暗示をかけ、僕たちはようやくコンビニにたどり着いた。

 自動ドアが静かに開く。店内は冷房が効いていて、僕はこの時代に生まれて本当に良かったと神様に感謝する。しかし、ぎらぎらと輝く太陽に吸収されていった僕たちのエネルギーはそう簡単には回復しないから、僕たちは黙ってアイス売り場へ向かう。アイスを選びながら暫く涼み、僕たちはようやく言葉を交わすようになった。

「なあ、お前は何にすんの」

「やっぱこれかな」

 彼女が手に取ったのは、なめらかなコーヒー味のアイス。少し柔らかいプラスチックの容器が二つ繋がって袋に入っている、いたって庶民的なアイスだ。世間のリア充たちは、男女でこれを分け合うらしい。僕は唐突にそのリア充というのを体験してみたくなり、冗談半分で彼女に言った。

「それ、半分くれよ」

「いいけど、割り勘だからね」

 彼女は意外にもすんなりと了承した。お金に関しては仕方がないから文句はない。いくら安かろうと、学生にとってお金は未来を左右する重要な選択材料なのだ。

 買ったアイスは、向かいの公園で食べることにした。その公園には向日葵はなかったが、かわりに大きな木が何本もあり、ちょうど良い日陰を作っていた。

 日陰に入ると、視界が心地よい明るさになった。日向は明るすぎて、目を開けることさえ辛い。ひきこもりが外に出たら、こんな感じなのだろうか。

 彼女は早速袋を開け、アイスを二つに分けると、片方を僕に差し出した。僕はありがとう、と礼を言ってそれを受け取る。その時、少しだけ手が触れた。伝わってきた指の温度は、確かに彼女のものだ。けれど、何か違う。アイスの袋を捨てに行く彼女を見ながら、僕は手に残った違和感を確かめていた。

 彼女が日陰に戻ってきて、僕たちはアイスに口をつけた。そこに会話はない。アイスは一口目が一番おいしいから、その時だけはアイスを食べることに集中するのだ。きっと、考えていることは同じなのだろう。これぞ、至福の一時。

 最高においしい一口目を終え、元の世界に意識が戻ってきた僕は、少し気まずさを感じた。何を話そうかと考えていると、彼女が先に口を開いた。

「アイスで思い出したんだけどさ、最近『金色夜叉』読んでるんだよね」

「へえ、尾崎紅葉のやつ?」

 聞いたことはあるが、彼女の言うアイスと『金色夜叉』の繋がりは全く分からない。僕がそう考えているのを彼女は察したようで、得意げに説明してくれた。

「そうそう。その中でね、金貸しのことをアイスって言ってたの」

「はあ、なんでそうなったのか全然意味わかんないけど」

「聞けばきっと納得するよ」

 彼女がアイスをちゅうと吸うと、容器が変形し、表面についていた水滴の一部が彼女の腕を伝う。艶っぽい。僕がそんなことを考えているとも知らずに、彼女は話を続ける。

「その物語の時代はね、金貸しのことを『高利貸し』って言ってたんだって。高いに利益の利、それから貸し出しの貸し」

 彼女は近くにあった短い木の棒で、地面の上に漢字を書いてみせる。

「この発音って、氷にお菓子って書く『氷菓子』と似てるじゃない? 氷菓子はその時代のアイスをさす言葉だったから、『高利貸し』を『アイス』って呼んでたんだって」

 『高利貸し』の文字の下に書かれた『氷菓子』はイコールで結ばれ、さらに『氷菓子』の右側に『=アイス』と書き加えられる。

「へえ、すごいな。俺だったらそんな発想ないや」

「でしょう?」

 彼女が自慢げに笑うのを見て、考えたのはお前じゃないだろ、とつっこんだ。僕はところで、と続ける。

「お前、そんな難しい本読めたのか」

「まあね」

 そのあとに小さな声で、理解はできてないけれど、と付け足したのが、僕にはしっかりと聞こえた。僕は笑いながら、またつっこむ。

「それじゃ意味ないだろ」

「そんなことないよ。何事も挑戦が大切なんだよ」

「まあ、それもそうか」

 そういう変なところで自信満々になるところも彼女らしい。僕はまだ笑いが止まらなくて、肩を上下させていたら、彼女はりすみたいに頬を膨らませた。可愛いと思ったのは秘密だ。

「ごめんってば。ははっ、なんかお前らしいな」

「それどういう意味?」

「さあな」

 最後まで僕がその質問に答えることは無かった。彼女はめげずに何度も聞いてきたけれど、適当にあしらい続けたら、諦めてくれた。

 僕たちはアイスを食べ終え、彼女はプラスチックの容器をごみ箱に向かって投げた。しかし、それは縁に当たることも無く、言葉に表すことのできないなんとも中途半端な音を立てて地面に落ちた。

「下手くそだな」

 僕はそう言って、ごみを投げた。すると、ごみは美しい放物線を描きながら、ごみ箱にすっと吸い込まれていった。僕は自慢げに笑ってみせる。

「下手くそで悪かったわね」

 呆れか、それとも諦めか、彼女はため息を一つついてから、ごみの落ちた日向の方へ歩を進めた。僕はといえば、まだ日陰で涼んでいる。所謂、他人の不幸は蜜の味、というやつだ。ふと彼女を見ると、しゃがんで何かを見ているようだ。しかし、この距離ではわからない。しばらくして、彼女は面倒くさそうに手でごみを拾い上げ、ごみ箱に捨てた。ようやく戻って来るかと思えば、彼女はまたそこに戻って、何かをじっと見つめる。このまま放っておいたら、僕のことなんか忘れて、戻ってこないような気がしたから、僕は仕方なく日陰から離れた。

「何してるんだよ」

「ううん、何でもないよ」

 彼女は立ち上がり、僕に笑いかけた。足元には、少し大きな石の近くで右往左往する蟻たち。どうやら彼女も僕と同じくらい質が悪いらしい。

「じゃあ、アイスも食べ終わったことだし、そろそろ行こうか」

 僕が返事をする隙も与えずに、自然な流れで手を引いて歩き出した。僕を導く彼女の手は、そこに在るか無いかわからないような、ふわふわした感じだった。

 日が徐々に傾き、空はすっかり青と橙のグラデーションに染められた。もうすぐ今日が終わるのだ。公園を出てからは、互いに何も言うことはなかった。いや、言えなかった。彼女は詮索しないでほしいという雰囲気を出しているのを、果たして自覚しているのだろうか。僕は彼女の事を全然知らないのだなと、つくづく思う。近くにいるようで、触れられずにすり抜けてしまうような。水の様に、何度すくっても指の隙間から零れ落ちてしまうような。心に妙な感覚だけを残してどこか遠くへ行ってしまう。あれ、同じようなことがあった気がするのは、気のせいか。

 初めは彼女が僕の手を引いて歩いていたのに、いつの間にか僕は彼女の横にいた。どうやら無意識に歩調を速めていたようだ。手は振り払われることなく、繋いだまま。僕は彼女に歩幅を合わせ、遅れることも追い越すことも無く、黙って隣を歩く。ここには僕たち以外に誰もいなくて、今だけは彼女の隣が僕の居場所。それを意識すると、なぜだか少し安心した。それとともに、絡まっていた糸がほどけていくような不思議な感覚を覚えた。

 突然、僕の知らない言葉が脳裏に浮かんできた。これを聞いたら、違和感の正体が掴めるような気がする。夕日に似合う静けさを破って、僕は問う。

「なあ、終わらないのか?」

 僕は本能に従って動いたけれど、彼女の目を見る勇気は無くて、ただ真っ直ぐ前を向いていた。すると彼女は答えた。

「うん、終わらない」

 その一言で、僕は答えにたどり着いた。これは、夢だ。何度も、何度も同じ夢を見ているのに、それに気づくのはいつも遅すぎる。

「いつになったら戻ってくる?」

「私が満足したら、かな」

 時々、彼女はどこか寂しそうに笑うのだ、こんなふうに。僕はそっか、とだけ呟いて、繋いだ手を確認するようにぎゅっと握り直した。

「ちゃんと、戻って来いよ」

「うん、いつかね」

 彼女は僕を安心させるかのように、手を握り返してくれた。ここでは彼女の存在の有無ははっきりと言えないけれど、変わらない事実はちゃんとある。僕が彼女を好いていること、そしてその逆もまた然り。

 日が沈むと、今日が終わる。その後、ほとんどの人には明日が来るが、僕が彼女との明日を見ることはない。いつまでも、いつまでも。

「じゃあな」

「うん、また」

 そんな短い挨拶を交わして、手が離れたところで、僕の意識は途切れるのだ。

「やっぱり、夢か」

 寝相が相当悪かったのか、僕の上には布団が無くて身震いする。もう冬だっていうのに。時計を見れば、既に面会可能な時間になっていた。まあ、彼女と言葉を交わすことは無いのだが。

 静かに病室の扉を開けると、そこには未だ目覚めない彼女の姿があった。

こうなったのは昨年の夏休みの半ばだった。彼女は何を思ったのか、崖から海に飛び込んで、意識不明の重体。その直前に彼女が僕に送信したと思われるメールには『終わりたくない』の一言だけが残されていた。

 多分、僕は本当の彼女を知らないのだと思う。例えば、彼女の言葉ひとつひとつの意味であったり、彼女の些細な動きの変化であったり。あんなにも近くにいたのに、僕は気づくことができなかった。もっと彼女を知っていれば、未来は変わっていたかの知れないのに。過去は変えられないと頭では理解しているのに、目を閉じれば彼女の寂しげな笑顔が瞼の裏にうかび、僕の心を締め付ける。

「早く戻って来いよ」

 そんな僕の言葉は、冬の曇天にとけて消えていった。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『夏の夢』と合わせて拝読しました。 キラキラと輝く青春の一ページが瑞々しく描かれていて、終わってしまう事に恐怖を感じる彼女の心情が良く伝わってきます。 終わらない夢を見続ける彼女に寄りそう…
[良い点] 『氷菓子』の点。
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