魔物
「この熱々のスープにパンを浸して食べるのがまた美味い」
リトルデヴィルは満足そうに昼食にありついた。
「スープとパンしかなくて、ごめんなさい」
貧困してはいないものの、裕福とは決して言えない辺境の村の暮らしである、三食なにか口にできれば御の字とはいえ恩人を持て成す食卓として、塩を少しふっただけのジャガイモと玉ねぎの野菜スープと硬いパンでは質素としか言えない。
「なに、美味しいものにありつける事が一番さ」
幼い身で理想と現実に直面したラヴィの申し訳なさげな声に対し、リトルデヴィルは笑顔でラヴィの用意した昼食を賛辞した。
そんなリトルデヴィルに詰所で出た『かつどん』とやらの話で突っ込みを入れるほどオグルは野暮ではない。
とはいえ相手は正体不明の魔物を自称する存在、手放しで……とは言えないが……
いずれ思い出になるだろと、オルグは肯定も否定もしない事にしたのだが、どうやらそれはオグルの母でありラヴィの伯母であるフェリスィテも同意見のようで、ラヴィとの間に着かず離れずの距離を保っていた。
ラヴィの腕には包帯が巻かれている。
凍ったままの腕を晒すのは如何なものかと、フェリスィテが傷を塞ぐ氷の上から巻いたのだ。
「もう、お話はいいの?」
そわそわと気持ちが落ち着かないのか、ラヴィが訪ねる。
「いんや、お偉いさん待ちだ。三時間ほど空くから、家帰って飯食ってまた来いってさ」
ラヴィの問いにオルグが不機嫌そうに答えた。
「リアン様が来るの?」
「俺が知るかよ」
眉間に皺が寄り、オグルの機嫌が更に悪くなる。
「ご馳走様でした」
リトルデヴィルは掌を合わせて軽くお辞儀をした。
「へぇ、魔物も俺たちと同じ感謝の挨拶をするんだ」
「“同じ”かどうかはわからないけど、美味しいものをご馳走してくれたのだから感謝して当然さ」
「あー、食べ物じゃなく作ってくれた奴にって事か……」
「僕は生命維持に、食物の摂取を必要とするわけじゃないからね」
「じゃぁ、なんで喰うんだ?」
食わずに済むならそれに越したことはない……だが人間の三大欲求の一つが食欲であり生命維持である以上、否定する事は当然できない。
食事をしなければ生きていけない人間であるオグルは当たり前に食物を摂取するが、それを必要としなければどれほど気楽だろうとオグルは思わずにはいられなかった。
「美味しいものが食べたいから」
ことも何気に言ってのけるリトルデヴィルに対し、やはり理解できないとオグルは首を傾げる。
「そのうちわかるよ」
更に意味不明なリトルデヴィルの言葉に、オグルは頭をかいた。
「ところで、何処か身体を休める所を紹介して欲しいんだけど」
「それなら俺の部屋使えよ」
リトルデヴィルの要求に即答するオグル。
「いいのか?」
「ああ、うちの村には宿屋なんて無いしな。とはいえお貴族様が使うような立派なベッドじゃ無いが」
「十分だ。お借りするよ」
割り込む隙がない二人の会話にラヴィは不服そうに頬をふくらませながらも、シーツを取り変えるから少し待ってと言い残して二階にあるオグルの部屋へと駆けて行った。
「お前、男だよな?」
「どっちがいい?」
「は?」
オグルとリトルデヴィルの掛け合いだが、リトルデヴィルの返答が予想外過ぎてオグルは間抜けな声を上げた。
「まだ決めてないから」
「おいおい……魔物って全部そうなのか?」
明後日の方向に黄金の視線を泳がせるリトルデヴィルに動揺を隠せないオグルは、問わずにはいられなかった。
「環境による……かな?」
「環境? ……全くわからんのだが?」
リトルデヴィルの曖昧な答えに、オグルの脳内は疑問符が飛び交う。
「で、オグルはどっちがいい?」
「なんで俺に聞くんだよ」
ラヴィを思えば答えは一択である筈なのに、オグルは思わず怖気付いた。
リトルデヴィルが首を傾げる仕草に愛らしさを全く感じない程、オルグは不感症ではない。
リトルデヴィルは見てくれだけは完全無欠なのだ。
見てくれだけは……
「オグルが決めてくれるなら、それもいいかなと思ったから」
「他を当たってくれ」
何処か愉しげなリトルデヴィルと、聞くんじゃなかったと後悔するオグルの姿は対照的であった。
「ところで『リアン様』って美人?」
「あんなん、いけ好かねぇババアだ!!」
「……」
リトルデヴィルは目を細めてオグルを見る。
「そうか……」
「そうだ」
リトルデヴィルの言葉にオグルは念を押した。
「フェリスィテ……」
「馬鹿息子でごめんなさいね」
リトルデヴィルとフェリスィテが同時にため息を着く。
「んだよ……」
リトルデヴィルとフェリスィテの言動に、オグルは苦虫を噛み潰したような表情になった。
「どうしたの?」
シーツを取り替えたラヴィが戻ってきたのだが、微妙な空気にラヴィは少し戸惑う。
「じゃ、部屋借りるよ」
「おう、こっちだ」
リトルデヴィルはすれ違いざまにシーツを交換してくれたラヴィに礼を言って、部屋まで案内するオグルの後をついて行った。
リトルデヴィルとオグルの背が階段を登り、一階からその姿を消すとフェリスィテは頭を抱えたい衝動にかられた。
「ホント馬鹿息子……自分が上手く誤魔化された事に気付いてない所か、どこまで見透かされているのか全くかわかってないんだから……」
「おばさん?」
フェリスィテの言葉に、事情が飲み込めないラヴィが困り顔になる。
「なんでもないわ」
本当になんでもないならどれだけ良かったことか……もしかしたら自分の息子と姪は魔物なんておこがましい、とんでもないモノに目をつけられたんじゃ無いかと、フェリスィテは予感めいたものを漠然と感じたのであった。
9話です。
活動報告にて記載させて頂いたように、推敲が終わったので投稿しました。
次話につきましては本文自体は既に完成していて後は推敲のみ。
近いうちに投稿できるといいなぁ(結局、未定という事だな)