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リトルデヴィルの放浪譚  作者: xnishix
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朝霧

 



 夜明け前。


 まだ闇が残る世界に、真っ白な朝霧が地面に這い、空へと立ち上る。


 季節は秋に差し掛かったばかりだと言うのに、先を遮る霧は深く冷たい。


 幼い少女は、一度その身を震わせて、息を吐く。


 吐き出した息の白さは、まるで季節を飛び越えた冬の様。


 だからといって、日課である水汲みをやめる訳にはいかない。


 いくら親戚とはいえ、居候の身としては少しでも役に立ちたいではないか。


 幼い少女はいつも通り木造の台車に桶を乗せて、村の中心にある井戸まで水を汲みに行く。


 日が昇ると人が増えて並ばなければならないし、後ろに並ぶ人の事を気にしなくていい時間帯である、朝一番に行くのが気も楽というもの。


 ほんの一年前までは、こんなこと気にすること無かったのに……と思わず心の中で愚痴ってしまうのは、目の前に流れる川があるから。


 冷たく澄んだ川の水とそこに住む魚は、この村にとって無くてはならない生活資源であった。


 なのに一年前、その川がの水源が大魔王城だという事で、使用禁止となったのである。


 十年前に光の勇者によって大魔王は討ち滅ぼされ、魔物もいなくなり世界は平和になったのに、下された王令の意味がわからなかった。


 だが、ただの村人である幼い少女が王令に逆らえるはずもなく、一年前に作られたたった一つの井戸が、今この村の唯一の水源なのである。


 ハァ……と思わず零れた溜息が、一層白さを増したように思えた。


『ごめんなさい、ラヴィ。王都にいる父に嘆願書は送ってあるのだけど返事が来なくて……』


 少女の脳裏に申し訳なさげな、美しい女性の表情が浮かぶ。


「リアン様が悪いわけじゃないわ」


 一年前、王国の使者として村での川の使用禁止を言い渡したのは確かにかの女性ではあったが、それはあくまでも使者としてであって彼女自身の意向ではない。


 何しろ王都生まれで王都育ちの生粋のお嬢様、まさか村に井戸が一つも無いなんて思っていなかったらしく、禁令を出した川の水が唯一の水源だと知った時の狼狽え様といったら、まるでこちらが悪いようにさえ思えてきたくらいである。


「そう、悪いのは何も考えていない、馬鹿げたことを言っている連中よ!!」


 水源がどこであれ、水は水。


 いなくなった大魔王に十年経ってもビビっている、腰抜け官僚共に腹が立つ。


「早く川の水が使えるようになればいいのに……」


 村人少女ラヴィは恨めしげに川を見つめながら、桶を乗せた台車を押し、村の中心にある井戸へと足を進めた。






✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕✕






 真っ白な朝霧にふわりと影が浮かぶ。


 藍色のフードローブがゆるりと流れる川の水面に降り立った。


 まるで水面が地面のように、だが降り立ったその足元には確かな波紋が広がっている。


「ん? 寒いのか、スライム?」


 リトルデヴィルはフードの中で、自分の首に寄り添うように左肩にへばりついているスライムに問いかけた。


「外の方がいいんじゃないか?」


 そうリトルデヴィルが言葉にすると、スライムはリトルデヴィルの掌の上に転がった。


 勿論スライムが自分で移動したのではなく、リトルデヴィルがさせたのだが、スライムに異論はない。


 でもちょっとだけ悔しいスライム。


「僕の魔ポッケに入っていれば安全だぞ」


 スライムからの返答は無い。


「別にフードの中でなくても、フードの外の肩でもいいんじゃないか? まぁその場合はフードの余りが乗っかってしまうけど……」


 不服なスライム。


 リトルデヴィルが纏うフードローブは、その身体にそぐわぬ大きさで、サイズが全く合っていない。


 よってあまり余っているのは裾だけでなく、袖も肩幅もフードも皆同様である。


 スライムは恨めしげに、リトルデヴィルのフードの空洞部分に意識を集中させた。






 今を遡る事十数時間、洞窟内でリトルデヴィルのお供をする事になったスライムは、まず自分の定位置を決める事にした。


 いくらリトルデヴィルの身長が低く、歩幅も小さいからと言って、通常よりも小さなスライムが追いつける速度ではない。


 それでなくてもスライムはのろいのだ。


 そんなスライムが真っ先に思い至ったのが、フードの中にある小さな空洞部分。


 意気揚々とフードの中に入ろうとしたした瞬間、弾けた。


 いや、四散した訳ではなく、後方に弾け飛んだのである。


 スライムはのろいが、瞬発力は意外にあるのだ。


 とはいえリトルデヴィルもビックリなその素早さは、通常のスライムを遥かに超えている。


 不可思議な行動をとるスライムにリトルデヴィルは首をかしげ、その姿を目で追った。


 スライム真っ青。




 ないわー




 まさにその一言。


 極寒なんてものじゃない。


 藍色のフードローブの地面に転がるスライムの身体の一部が凍っている。


 纏っているだけのオーラが暴力そのものとか、なんの冗談ですか?






『身体は魔力で出来ている』






 これ魔物の常識。


 魔力の質と絶対量で種族が決まり、属性と役割りによりオーラ量と能力が確定する。


 ちなみにスライムでいえば水属性で特攻・奇襲型。


 粘着、溶解、吸収、分離、透明化の基本能力保持となる。


 生まれながらの魔力の絶対量は不偏だが、質は大魔王様との距離感で変動可能。


 魔力の質とは即ち身分であり、階級である。


 魔物の本質は弱肉強食なので、上下関係は物凄く厳しい。


 が、それ以上に大魔王様を頂点とした一枚岩でもあるので、仲間意識はかなり高い。


 そのせいか弱肉強食なのに、強い上位の魔物が下位の魔物の身の安全を守っていたりする。


 だが状況が状況になれば、下位種は命懸けで上位種の為に道を開くのだから、そういった意味では弱肉強食で間違いはない。


 そしてちょっとお間抜けな話だが、階級があまりにも離れすぎた魔物が不意に接触すると、下位の魔物がうっかり上位の魔物に取り込まれたり、耐えきれず消滅なんて事になり、お陀仏してしまう事実。


 スライムの場合はリトルデヴィルがマジックアイテムである藍色のフードローブを纏っていた事もあり、なんの問題も起きなかったが、下位の魔物にとっては正直、笑えない話である。


 魔力の質の向上には様々な方法があるので、一概にこれといった決まりはない。


『覚醒』と呼ばれる現象であった。


 魔物に“進歩”はあっても“進化”はない。


 魔物は誕生してから生滅するまで、種族が変化する事はないのである。


 その為、下位種にとって直属の上司が誰か……それが大事。


 生粋の縦社会ですから……


 そして魔物の持つオーラは、魔力を具現化させる力である。


 魔物はオーラを纏う事で質量を伴い知覚、視認できる姿形を保ち、その魔物が放てる最大オーラ範囲が能力行使域となる。


 オーラの範囲はその魔物が生成維持できるオーラの総量であり、魔力の絶対量に比例するので不偏である。


 と、まぁそんな感じの小難しい魔物の特性が、あれやこれやとふんだんにスライムの本能にも詰め込まれているのだが、スライムは微塵も理解していない。


 出来る事は出来るし、出来ない事は出来ない。


 単細胞魔法生物に難し事は御法度なので、気にしない。


 それよりも今は、凍った部分を何とかする方が優先である。


 自然凍氷ではないので自然解凍は望めない。


 一部分離して凍った部分を溶解、吸収……それが妥当だろう。


 ただし上手くいくかは謎。


 何せスライムにとって、遥か高みの存在であるリトルデヴィルのオーラで凍ったのだから。


 スライムは自身の魔ポッケから、魔結晶を取り出そうと試みる。


「あ、僕がやるよ」


 スライムが動くより先に、リトルデヴィルがあっさりと凍った部分を溶かしてしまった。


 小さな水滴がスライムの前に現れる。


 すかさず吸収して体積を回復するスライム。


 スライムは意識を、リトルデヴィルのフードの空洞部分に向けた。


 一見、居心地のよさげな場所なのに、極悪そのものとかどんな嫌がらせ? イジメ? イジメですか!?


 地団駄を踏むスライム。


 勿論スライムに足はないので、身体の一部をほんの少し伸ばして藍色の地面をペちペちと叩いているだけなのだが、一体どこでそんな事を覚えてきたのだろう。


「ん~……これくらいでいいかな?」


 リトルデヴィルはそう告げるなりスライムを拾い上げ、有無も言わさずにフードの中の自分の首筋際の肩に乗せた。


 ぷるん。


 スライム異常無し。


 リトルデヴィルのすべすべの肌にサラサラの銀色の髪。


 スライム上機嫌。






 と、まぁそんなすったもんだがあったのが、昨日の夕暮れ時。


 最初はどうも無かったのに十数時間経過した今、スライムに寒気が感じられ始めたのである。


 凍氷するまでには至らないものの、ちょっと居心地が悪い。


 そんなスライムの変化に、リトルデヴィルがすぐさま気付き、現状に至ったのである。


「じゃぁもう少し……」


 今度はリトルデヴィルが動く前にスライムが動いた。


 スライムの無色不透明な身体の中に紅い塊、魔結晶が浮かぶ。


 スライムはリトルデヴィルの手から飛び跳ね、フードの中へと滑り込む。


「僕がすれば済むことなのに……」


 スライムはほんの少し魔結晶を体内で溶かして、リトルデヴィルのオーラに身体を対応させると、魔結晶を大量摂取しないように自身の魔ポッケに収納した。


 魔ポッケ……魔空間ポケット。


 魔物ならば種族、階級問わず誰しもが生まれながらに体内に持つ亜空間貯蔵庫で、その広さは各魔物の魔力の絶対量に比例し、出し入れは意識しただけでできる優れものである。


 スライムはやり遂げた感に満たされ、リトルデヴィルの首筋に擦り寄る。


「くすぐったいよ、スライム」


 リトルデヴィルがクスクスと笑う。


 そんなリトルデヴィルとスライムのもとに「きゃぁ――――――」という絹を引き裂いたような悲鳴が届く。


 何事かと真っ白な朝霧に覆われる世界の中、リトルデヴィルとスライムは声がした方向に意識を向けた。


 ふと、スライムは身体を伸ばしリトルデヴィルの表情を垣間見る。


 リトルデヴィルの黄金の瞳が爛々と輝いていた。







五話です。

魔物と魔力の設定にドン引かも?

笑いのツボが同じなら楽しめるかも?

あれ?シリアス展開どこいった?

そしてやはり次話投稿予定は不明です。

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