紅い塊
ゆらゆらと揺れている。
それはそれはとても気持ち良く、いつまででも眠っていたいくらいである。
ゆらゆらと
ゆらゆらと
上下に
上下?
そこでスライムの意識は覚醒した。
そこは薄暗い洞窟の中。
意識の端っこには洞窟の曲がった先に入口があるのか、陽の光が薄らと差し込んでいる。
その陽の光にスライムは、ジリジリと後退りする。
が、陽の光がスライムのいる洞窟奥部まで届くことはなさそうで、スライムは動きを止めた。
その時ふと違和感に気付く。
洞窟奥部にはあの恐ろしいスライムの身を焼き溶かす、光の粒子が全くないのである。
静かで暗くて冷たい空気。
最高!!
でもここはどこ?
そしてゆらゆらと上下に起伏する地面。
スライムは意識を下方へ向ける。
どこかで見たことのあるような藍色が広がっている。
蘇る真夜中の恐怖。
無色半透明なスライムの身体が紫色に変色していく。
でもゆらゆらと揺れる今の状況は気持ちいい。
気が緩んでスライムの変色もなんだか治ってしまう。
大魔王様の加護も魔力も全く感じられないのにこの安心感。
魔物にとってなくてはならない、ライフラインである二大要素が感じられないのに、一体どういうことだってばよ?
世界は摩訶不思議。
生まれて九年そこそこの若輩スライムの思考回路は、疑問符の嵐である。
とりあえずスライムに出来ることは現状把握。
藍色の地面をゆるりゆるりと移動開始。
あっさり地面がなくなり断崖絶壁に到達する。
スライムは頭上をニュっと伸ばして断崖絶壁を覗き込む。
結構な高さだが、スライムが落ちても消滅の危険性は無さそうである。
とはいえ痛そうなのでしない。
粘体が本質のスライムの癖に痛覚を懸念するとか意味無いことだが、そこはなんとなくである。
気にしたら負けだ。
ちなみに断崖絶壁の下は木の幹であった。
どうやら横倒れになった大木の上に、藍色は広がっているらしい。
洞窟の中に倒れた大木とか自然現象とは考えにくいが、大型の魔物の住処とかなら有り得る話である。
そんな魔力は全く感じないが……
スライムは少し引き返し、今度はそこから左側へ移動を開始する。
今度は結構距離がある。
どのくらか移動した先で、二股に地面が割れた分岐点が現れた。
スライムは分岐点でしばらく迷ったあと、前進することを取りやめて左側へと進行方向を定めて移動する。
またも藍色の地面が消え断崖絶壁に到達する。
どうやら藍色の地面は長細い形をしているらしい。
昨夜見た藍色のフードローブの様に……
思わず進行を止めたスライムの楕円形の身体が、ふにっと片側に比重が掛かり歪んだ台形のようになる。
流石粘体スライム、柔らかい。
移動を再開させたスライムの足取りが、幾分か早く感じられるのは気の所為ではないだろう。
とはいえ所詮スライム、のろい。
今までで一番移動した先にその穴はあった。
「くーくー、くーくー」
小さな桜色の唇から静かに寝息がこ零れる。
やはりというかなんというか、昨夜現れた藍色のフードローブを纏った子供である。
ただし子供と言っても種族不明なので、本当に子供であるかは断言できないが……
金色の瞳は瞼に覆われ今は見えないが、長い銀色のまつ毛が愛らしくも美しいその顔立ちに華を添える。
スライムに全く危機感は無い。
それが逆に奇妙で落ち着かない。
せめて魔力が少しでも感じられれば仲間で、その正体も判別できる。
逆に光の粒子の加護を受ける存在ならば、あの野犬同様スライムの敵である。
まぁその場合この小さなスライムの身では、その存在に触れた瞬間に消し飛んでいるであろう。
だが実際にスライムはその存在の上に乗っかっている。
全然平気。
全くもって無害。
快適。
思わずふんぞり返りたくなるスライム。
いや、スライムは何も偉くない。
「んん……」
寝息を零していた小さな唇から、覚醒を促す声がする。
ゆっくりと銀色のまつ毛の下から黄金の瞳が現れた。
「おはよう。スライム」
藍色のフードローブを纏った子供はそう言うと、ふわぁと欠伸をしたあと華奢な身体を起こした。
当然フードの穴を覗いていたスライムは、コロンと転がり落ちる。
その転がるスライムを小さら掌がすくい上げた。
「ん、朝の挨拶ができるスライムは良いコだ」
そう藍色のフードローブの子供が言うと、それはそれは美しい笑顔でスライムの頭を撫でる。
フードの中でサラリと白く輝く銀色の髪が流れ落ちた。
「え? なんで言っていることが分かるかって?」
確かに『おはよう』と言われて思わず『おはよう』と返したスライムだが、スライムには口もなければ音声発声器官も無いし、思念会話で伝える術もないので意思の疎通がかなり難しい。
言い方が悪いがスライムには発言権がない。
もしスライムと意思の疎通ができるとすればスライムより上位種族の魔物がスライムの思考を読み取る以外にないのである。
逆に言えばスライムと意思疎通がしたければ、スライムより上位魔種族側がスライムの意思を汲んでやらなければならない。
全くもって偉いのか偉くないのか分からない、スライムという魔物なのだがその話は置いておく。
今はスライムの疑問解決が先、なのだがその答えはあっさり返ってきた。
「そんなの同じ魔物なら当然だろ」
それは勿論その通り、同じ魔物なら当然の事。
だが全く魔力を感じさせない存在に、そう言われても説得力ゼロである。
「魔力? ああ、それこのローブのせいだ。これマジックアイテムで外敵要素を弾くのはいいんだけど、同時に僕の魔力も外に出さないから」
有能なマジックアイテムなのはいいが、それは時として弊害となる。
世の中ままならないものである。
「ローブを脱いで魔力を証明してもいいけど、脱ぐなっていわれているしなぁ」
少し困り顔した後付け足された言葉に、スライムの身体が紫色に変色した。
「世界の半分が吹っ飛ぶからって」
『僕はそんなのどうでもいいんだけどねぇ』なんて軽く言ってのける存在に、スライムの思考は真っ白になった。
「なんて、しないから心配しなくていいよ」
世界の半分が吹っ飛ぶことは否定せずに、ニッコリと笑って藍色のフードローブの子供はスライムを撫でた。
まさに美の化身かと思わせるその輝かしい笑顔が邪悪に思えたことが、気の所為では無いことをこの時のスライムには知る由もない。
「魔物証明という訳では無いけど、コレをあげよう」
藍色のフードローブの子供は、スライムを胡座をかいた足の上に乗せると、一度その小さな手を握り締め、そして開くとそこには小さな紅い塊があった。
それを見たスライムが飛び上がる。
高密度の魔力。
上品な輝きと芳ばしい香りは最上級の証。
スライムに嗅覚はないがそこは雰囲気だ。
それは時に生命の石。
それは時に天上の石。
それは時に賢者の石。
それは時にエリクサー。
魔石?
魔晶石?
魔水晶?
そんな魔力が込められたモノではない。
魔力が結晶化した紅き輝きは、全ての存在を否定し肯定する。
上位魔物でもそれを生成できる魔物は大魔王様の他には極わずか、その詳細は末端のスライム如きでは知る由もない、最高機密の極秘情報。
『魔結晶』
スライム大興奮。
真っ白だった思考は何処へやら、あまりの事にスライムの身体が無色からピンク色に変色し、更に赤色になる。
スライムは目の前にある魔結晶と、魔結晶を生成した存在に意識を何度も往復させた。
「うん、食べていいよ。ただ、わかっているとは思うけど少しずつ溶かして摂取する事。一度に取り入れるとスライムが僕の魔力に喰われてしまうから」
フンフンと頷くようにスライムは、その全身を使って肯定の意思を伝える。
「じゃぁ、お食べ」
白い小さな掌の中心にあった魔結晶が、コロンとスライムの方へところがり、スライムは身体を伸ばして魔結晶を体内へ取り込んだ。
無色不透明なスライムの身体の中で、ぼんやりと紅い輝きが揺れる。
「美味しい? それは良かった」
体全身を上下左右に伸び縮みさせて、喜びを表現するスライムを見て、藍色のフードローブの子供はウンウンと頷いている。
そんなスライムの動きがピタリと止まる。
「あ、『様』はいらないぞ。魔物で様付けは大魔王様だけでいいだろ」
スライムは困惑した。
スライムの身体から水滴がタラタラと頭上から零れ落ちては、地面に辿り着く寸でスライムの体内に吸収されるという、リサイクルよろしく無駄のない心情を察してあまりある現象がおきる。
「僕、堅苦しいの嫌いなんだ。他の皆もリトルデヴィルって呼んでるし、気にしない気にしない」
そう、魔結晶を生成した者の名は、リトルデヴィル。
『大魔王城のリトルデヴィル』といえば、誕生したばかりの魔物でさえ本能にインプットされている、魔物界きっての有名人。
全ての魔物の上に君臨する大魔王様を、泣いて土下座させる事において右に出るものはいない大天災。
裏ボスとも称される、見目麗しき小悪魔。
その真名は――――
「あ、スライム。今ちょっとした捜し物していてさ、しばらく付き合ってくれない?」
リトルデヴィルが一点の曇りない笑顔で言い放つ。
勿論スライムに拒否権はない。
四話です。
大魔王様の株が大暴落したような気もしますが、そもそも光の勇者に倒されて落ちる所まで落ちているので気にしなくていいでしょう。
自分にしては頑張っている方です。
とはいえ次話投稿予定は不明です。
スライムの明日はどっちだ!?