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よろしければ、どうぞ。
びゅう、と吹いた風がむき出しの二の腕をなで、その冷たさにくっと体がこわばった。
つい最近まではこの時間でも、むっとするほどむし暑かったというのに、いつのまにか秋が近づいているらしい。バイトが始まる前はちょうど良かった夏服のセーラーの裾から入り込む冷気に、何か羽織るものでも持って来れば良かったなぁ、と後悔する。
後で悔いるから後悔。なるほどその通りだ。
ローファーを履いた足をせかせかと動かして家路を急ぐ途中、近所でもなかなか変わらないと評される信号に捕まった。
そういえば帰る旨をまだ伝えていなかったなと、スマートフォンのトークアプリを開く。
[さっき駅を出ました。あと10分ほどで家に着きます]
たまたまスマホを触っているときだったのか、すぐに既読がついた。その数秒後には、返事も。
[叔母さん:晩ごはんは天ぷらです]
読んだ途端に、かっと目を見開いた。黒目がちな丸い目は液晶の光を取り込んでキラキラ輝き、頰が薄っすらと紅潮する。
一目でよくわかる喜びようだった。このあたりが、背が特別低いわけでもないのに「小動物」といわれる所以である。が、本人は気づいていない。
いつのまにか寒さも薄れていた。
スマートフォンをポケットに戻し、交差道路の歩行者信号がちかちかと点滅しているのを眺める。もう数十秒もしないうちに、信号が青に変わるだろう。
「……?」
不意に、ちらちらと揺れる光が見えた。
そちらを見れば、一台のトラックがゆっくりと、しかしふらふらと車体を揺らして走行している。
不審に思って見ていたが、なんとなく嫌な予感がして足を一歩引く。それと同時に、トラックが急加速して向かってきた。
ヘッドライトが目を射抜き、慌てて後ずさろうとした足がもつれてぐらりと傾く。
(こ、このぽんこつ!)
思わず、自分の運動神経を罵る。
体育大会などでは自動的にキツい競技から外されるため、都合よく受け止めていた。むしろ中途半端に運動ができなくて良かったと。訂正、やはり運動神経は必要である。
現実逃避のように関係ないことを考えてしまう。違う、そんなことより、早く体勢を立て直して逃げなければ。
そこまで考えたときにはもう、トラックが目の前まで来ていた。
どぉん、という轟音。
衝撃が一度、二度と体を襲う。
右側が、焼けるように熱い。
(ああ、また…)
ーー私はいつも、遅すぎる。
一応チェックはしていますが、誤字・脱字などありましたらご指摘ください。