021「懺悔」
――午後。大口の注文も追加の配達も無いということで、半日お暇をいただいた。せっかくの機会だからと思い、この賑やかな街を散策することにした。すると、大通りから一本入ったところにある小洒落た隠れ家のような佇まいのカフェで、シュバルツさんが書き物をしているのを見かけた。フランス窓越しに手を振ると、ギョッとした顔で慌てだし、周囲を注意深く観察してからこちらに向かって手招きしたので、小首を傾げつつ店内に入った。……はい、回想終了。
「良いかな? ここであったことは、くれぐれも他言無用で頼む」
ウインナーコーヒーの入ったカップをソーサーに置くと、シュバルツは、おもむろにアキミに釘を刺した。そばには、中性紙のノートとマーブル模様の万年筆が置いてある。アキミは、ソーサーからカップを持ち上げて中のレモンティーを堪能してから、視線の端にノートを捉えながら応じる。
「別に、秘密にしなくても良いと思いますけどねぇ。さわりしか読めてませんけど、素敵なラブロマンスじゃありませんか」
「いや、書いたのが君なら、別段の違和感は無いだろうが、自分が書いたとあっては、性別や年齢に不相応だろう。ともかく、軟弱だと思われたくないから、軍の元同僚や医院の連中の耳に入れたくないんだ。協力してくれたまえ」
――案外、厳つい見た目に反して、中身は繊細で感性豊かなのね。まぁ、黙っててあげても良いんだけど。
アキミは天井を見上げ、店の中を包み込むように照らす青い間接照明を見ると、再び視線をレモンティーに戻し、液面に漂うレモンスライスをティースプーンでソーサーの端に避けながら言う。
「それじゃあ、誰にも言わない代わりに、一つだけ質問に答えてください」
「答えられるかどうかは内容によるが、言ってごらん」
「どうして、毎朝のようにプルメリアを買うんですか? 気品やひだまりを求める理由を教えてください」
アキミの質問に対し、シュバルツは苦い顔をしたあと、ひと呼吸おいて静かに断りを入れ、カウンターの奥にいる年老いたマスターに向かって注文する。
「知りたいなら、教えるのはやぶさかでないところだが、その話は、けっして愉快な話ではないよ。それに、悪いが素面では口が重くて話せないから、軽いカクテルを飲ませてもらおうかな。君には、甘い物を頼もう。――マスター。バイオレットフィズと、ゼリーポンチをくれ」
*
――たしかに、お酒の勢いでも借りなければ出来そうにないシリアスな話だった。
七色のゼリーが盛られたフルーツポンチのガラス容器の脇に柄の長いデザートスプーンを置くと、アキミは、やや眉根を寄せて難しい顔をしながら、シュバルツに質問した。
「つまり、かいつまんでいえば、諜報した情報を政府に渡さなければ良かったという罪悪感があるから、あのお店でお花を買うんですね?」
「あぁ、そうだよ。自分がその部隊に所属していなければ、シルビアを不幸にせずに済んだかもしれないと思うと、無駄だと思っていても、少しでも罪滅ぼしをしたくなるのが人情だからな」
そう答えたシュバルツは、ガラス製のタンブラーに入れられたバイオレット・フィズに口を付けた。それ以上、詳しい話を聴けないと判断したアキミは、再びデザートスプーンを手に取り、液面に浮かんでいる蒼白いマンゴスチンをすくい上げた。
――誰が悪いというわけでもないのに、誰もに暗い影を落とすものね。