018「青龍」
――どうやら、このお花屋さんには、変わった紳士を引き寄せる何かがあるらしい。
「おつかいですか?」
アキミは、アイドル時代に培った作り笑顔を貼り付けると、二頭の龍が円形に刺繍されたチャイナシャツを着たアジア人風の少年は、ムッと唇をへの字に曲げて不快感をあらわにしながら、声変わりの済んだ野太い声で言う。
「買い物を頼まれるような歳じゃない。ちゃんと、自分で稼いだ金を持ってる。毎朝の新聞配達に、靴磨き、それから子守や掃除の代行もしてるからな」
――オッと。十歳くらいかと思ったら、もう十五歳を過ぎてるのか。ずいぶん世間ずれしてそうだ。
「失礼しました。何をお求めでしょうか?」
「いつものを、と言っても分からないだろうな。ホワイティ―さんか、シルビアを呼んでくれ」
「はい。少々お待ちください」
アキミは会釈をして店の奥へ向かう。そこでは、ホワイティ―が安楽椅子に座り、花かごを編みながらうつらうつらしている。
――シルビアちゃんは、ミルキーを追いかけて、どこか散歩にでも出かけたみたいね。
「お休み中、すみません。あの、ホワイティ―さん?」
「ん? ……おやおや、アキミさん。ポカポカ陽気で、つい、うたた寝してしまったねぇ。どうしたの?」
ホワイティ―がパッチリ目を覚ましてアキミのほうを向くと、アキミは手短に状況を説明する。
「いま店の前で、チャイナシャツを着た小柄な男の子が、いつものを、と言ってるんですけど」
「あぁ、チンさんが来たのね」
「チンさん?」
「チン・S・ロン。リアリストで愛想のない子だけど、決して悪い子じゃないわ。その子は、ジャスミンの花が好きなのよ。適当に見繕って、渡してあげてちょうだい。どの花か、わかるかしら?」
「はい、わかります。おいくらですか?」
「フフッ。その子は、いつもピッタリのお金しか持ってこないわ。だから、渡されただけ受け取って」
「あっ、はい」
アキミが店に戻り、花瓶からジャスミンの花を抜き取って手早く新聞紙で包んで持って行くと、それを見つけた少年はツカツカと歩み寄り、片手でアキミのエプロンに数枚の硬貨をねじ込み、反対の手で花束をひったくるように受け取る。
「時は金なり」
ぶっきらぼうにそれだけ言うと、少年は雑踏の中へ走り去っていった。アキミは、ポケットから硬貨を出して数えると、少年が走り去った方角を見るともなしに見ていた。
――小銭を集めるのに余念がないけど、ジャスミンを買うお金はケチらないのね。