017「風来」
――シルビアちゃんへの追究をやめ、気を取り直して水揚げした花を店先に並べていたら、浮世離れした陽気で自然体の、いかにも女癖の悪そうな軟派なお客さんが現れた。
「何かお探しでしょうか?」
アキミが営業スマイルを浮かべながら、アロハシャツを着たラテン人風の青年に声を掛けると、青年はパッと瞳を輝かせ、アキミの手を胸の高さで両手で包み込むように持つと、突然の予想に反した行動にたじろぎ気味のアキミをよそに、うぬぼれた調子で語りだす。
「そのエキゾチックな茶色の瞳、癖のない烏の濡れ羽のような艶やかな髪、そして優雅でグラマラスな肢体。あぁ、今日という日は、僕と君との出会いの記念すべき日になるだろう。これは、奇跡か? それとも、運命か!」
「小芝居は、その辺にしてちょうだいよ、ロッソさん」
一人で感動の舞台に浸っている青年に対し、ミルキーを抱えたホワイティ―が店の奥から歩み寄りながら注意する。すると、青年は両手をアキミから放し、ホワイティ―と話しはじめる。
「嫉妬しないでくださいよ、マダム・タイガース。僕だって、あと二十年早く生まれていたら、マダムのことを口説いているところです」
「お世辞を言っても、ツケは減らしませんからね。――綺麗な女の子を見ると、誰彼問わず口説いて回ってるの。アキミさんも、気を付けなさい」
「あっ、はい」
ホワイティ―とアキミが耳を寄せ、小声で話し合っていると、青年も片手を耳に添えて近づき、そしてその手を胸に当てながら自己紹介する。
「申し遅れましたが、僕の名前はロッソ・S・グル。職業は、愛の伝道師とでもしておきましょうか。以後、お見知りおきを、マドマーゼル・アキミ。――イタタタ」
そう言って、青年がアキミの前に片膝立ちになり、片手を取ってその甲に軽く口づけすると、ホワイティ―に抱えられていたミルキーが腕の中から飛び出し、青年の肩に飛び乗ると、その横顔や首筋に前脚でパンチを繰り出しはじめる。青年は、それを受け流しつつ、シルキーの首根っこを掴んで引き剥がしながら言う。
「何をするんだい、ムッシュ・ミルキー。これからお嬢さんを、芳醇なワインと素晴らしいリュートの演奏が楽しめる場所へ案内しようというのに」
「ミョウ!」
――ミルキーもホワイティ―さんと一緒で、ロッソくんのことを嫌ってるのね。
「ほら、ごらんなさい。ミルキーも反対してるじゃない。ご注文のお花なら、そこの花瓶に挿してありますから、さっさと持って帰りなさい」
ホワイティ―が近くにあるハイビスカスを指差して言うと、青年は花瓶に近づきながら言う。
「こうもアウェーに置かれちゃ、何もできない。残念だけど、また今度、次は僕のホームグラウンドで会えることに期待しよう。この花は、君にあげるよ」
そう言って、青年は一輪のハイビスカスを抜き取ると、適当にシャツの裾で茎を拭い、それをアキミの右耳の上あたりの髪に差し、ウインクをして立ち去った。
――美人だと言われるのは悪くないけど、下心が透けて見えるようなのがいただけないわ。