016「軍医」
――翌朝。お借りしたシンプルなデザインのエプロンドレスをカットソーの上に着て店の前に立っていると、厳格で威圧感のある、到底お花を買うとは思えない風貌のお客さんが現れた。
「いらっしゃいませ」
愛想笑いを浮かべながら、パリッと糊のきいた開襟シャツを着たゲルマン人風の男にアキミが声を掛けると、店の中に居たシルビアがパタパタと駆け寄り、物怖じすることなく親し気に男と話し出す。
「こんにちは、シュバルツさん。いつものお花なら、用意できてますよ」
「こんにちは、シルビア。それでは、それを貰おうか」
「はーい。ちょっと待っててくださいね」
シルビアが店の奥へと戻ると、男はアキミのほうを向き、その姿を眼光鋭く観察しながら問いかける。
「自分は、この街で医者をしているシュバルツ・G・シルトクレーテというものだが、君は何者かね?」
「えーっと。私は」
アキミが男に圧倒されていると、奥にいたホワイティ―が姿を現し、男に窘めるように声を掛ける。
「そんな風に眉間にシワを寄せて怖い顔をしてちゃ、何も言えないわよ。この子は、アキミさんといって、しばらく、このお店を手伝ってもらうことにしたの。アレンジメントのセンスには欠けるけど、働き者で助かってるわ」
――美的センスが乏しいので、複数の花で花束を作るときは、ホワイティ―さんに任せることになったのである。私には図画だけでなく、工作の才能もないようだ。
「フム。そうであったか。――これは、失敬した。さきの内乱中は軍医の傍らで諜報活動をしていたものだから、つい、見知らぬ人物を疑ってかかる癖がついていてな」
――あっ、そうだった。ここでは、五年くらい前まで内乱があったんだったわ。街に活気が溢れてるから、すっかり忘れてた。
男がアキミに対して軽く頭を下げて陳謝すると、アキミは、あたふたと意味もなく両手を振りながら言う。
「頭を上げてください。全然、気にしてませんから。少しだけ、驚きましたけど」
「こちらが、ご注文のプルメリアです……って、何してるの?」
タッタッタと花束を抱えて走ってきたシルビアは、男に花束を差し出しつつ、横で慌てた様子のアキミに無邪気な疑問を投げかける。
「あぁ、シルビアちゃん。ううん、何でもないのよ。ちょっと、ビックリしちゃっただけだから」
「フーン。――それで、シュバルツさん。ゲンコーは順調かしら?」
「シーッ! そのことは、二人だけの内緒だって言っただろう?」
そう言って、男が慌ててシルビアから花束を受け取ると、ホワイティ―は愉快そうに男に問いただす。
「あら、シュバルツさん。この私に内緒で、シルビアと隠しごとをなさるなんて、水臭いじゃありませんか。おっしゃいなさいよ」
「いや、しかし」
――おやおや? 風向きが面白いほうに流れてきた。
「私も知りたいです。――ねぇ、シルビアちゃん。シュバルツさんは、何を秘密にしてるの?」
「うんとねぇ。――キャッ!」
アキミに話そうとしたシルビアの口を片手で覆うと、男は数枚の硬貨をシルビアのエプロンのポケットに入れ、耳元で一言囁く。
「話したら、この前のことをおばあちゃんに言ってしまうよ? 良いのかい?」
「ん!」
シルビアが首を横に振ると、男はシルビアを放す。そして、ホワイティ―とアキミに会釈をしてから、そそくさと立ち去る。
――何と言ったのかしら? 買ったお花の使い道も含めて、気になるお医者さんだわ。