015「茶会」
――私は一体、何をしてるのだろうか?
「ごめんなさいね、アキミさん。うちの猫ったら、悪戯盛りなものだから」
「いえ、お気遣いなく」
清潔な白いレースのクロスがかけられたテーブルを囲み、アキミは、さきほどの年配の女と、その女に似た幼い少女と一緒に、戸惑い半分で午後の紅茶を愉しんでいる。テーブルの上には、ソーサーに載せられたティーカップが三つある。それらには、薔薇の花やプラムの実などが、繊細なタッチで描かれている。
――メモが唾液で駄目になった今、優雅にお茶会に参加してる場合じゃないんだけど、輪を抜けるタイミングが掴めない。
「ミルキー。ちゃんと、ごめんなさいしなさい」
「ミョッ、ミョー!」
膝の上に乗せ、胸の前で抱えている猫を、少女が耳を押さえつけて謝らせようとしたので、猫は抵抗の鳴き声をあげた。
「これ、シルビア。ミルキーに乱暴はいけませんよ」
「乱暴じゃないもん。ごめんなさいさせるだけだもん」
――五十歳くらいのご婦人のほうが、ホワイティ―・U・タイガースさん。この花屋さんの店主をしている。で、もう一人のお転婆な女の子のほうは、シルビアちゃん。白猫のミルキーを拾ってきた飼い主である。
女は、少女の手から猫を取り上げると、自分の膝の上に置き、長い毛並みを撫でながら少女に注意し、次いでアキミに同情と提案をする。
「ミルキーにとっては、それが乱暴なんですよ。――でも、お困りでしょう? 屋根裏部屋で良ければ、しばらく使ってくれて構わないんだけど、どうかしら?」
「良いんですか? でも、タダでお借りするのは、気が引けます」
「遠慮しなくていいのよ、お姉さん。私、お姉さんとなら、一緒に暮らしても良いわ。――あっ、ミルキー」
少女が女の提案に賛成してアキミに首を縦に振らせようと持ち掛けていると、猫は女の膝の上から飛び降り、アキミの脚に頬をすり寄せる。
――この白猫ちゃん。すっかり、私に懐いちゃったわね。他に行くあても無いことだし、少しのあいだ、ご厄介になることにしよう。
アキミは猫を膝の上へ抱え上げると、女のほうを向き、おずおずと提案する。
「それじゃあ、住み込みでお手伝いをするということでなら」
「あらあら。華やかに見えて、案外、力仕事が多いから、猫の手も借りたいところだけど。あなた、お商売でお客さんのお相手をしたことがあって?」
――こちらは十年以上、アイドル活動をしてきたのだ。他人のあしらいかたには慣れている。けど、そのことは、あえて伏せておこう。
品定めをするような、不安と心配が入り混じった目をしている女に対し、アキミは猫を撫でてリラックスしながら答える。
「はい。ここに来る前は、カフェで給仕係をしていました」
「まぁ、そうなの。それなら、お願いしても大丈夫そうね。頼みます」
「はい。よろしくお願いします」
話がまとまったことを受けて、少女はイスから降りると、猫の項を掴んで床に放り投げ、アキミの浴衣の袖を引いて言う。
「お部屋は、こっちよ。早く、早く!」
「はいはい。――それじゃあ、ひとまず荷物を置いてきます」
「ウフフ。行ってらっしゃい。――ミルキー、おいで」
静かに微笑み、猫を呼び寄せる女を部屋に残し、アキミは近くに置いてあったボストンバッグを持つと、少女の先導に従い、その場をあとにした。