026「終始」
「元の鞘に収まったわけか。ひとまず、一件落着だな」
「ヒュー。ムッシュ・シュウスイも、なかなかパッションのある男だね」
「さすがに、故郷を捨てた上に土下座までされたら断れまい」
ボディーに若草色のラインが引いてある客車の窓の前で、エル・エム・エスの三紳士が三様のリアクションを返すと、車内にいるアキミが、一括に応じる。
「また、いつか遊びに来ますね。――あっ、シルビアちゃん」
アキミが窓枠から身を乗り出して進行方向へと手を振ると、ホームの端からミルキーを抱えたシルビアが駆けつけ、息を弾ませながらアキミに向かって言う。
「あぁ、良かった。お見送りに間に合わなかったのかと思った。こっちの二等車だったのね」
「ミョウ!」
「フフッ。ホワイティーさんが、お餞別代わりにって、用立てしてくださったのよ。若い二人に三等車で四泊五日過ごさせたくないからって」
アキミがシルビアに説明していると、またぞろ三人がコメントを始める。
「この編成は、貴賓車を連結していないからな」
「さすがに、可憐なお嬢さんに赤い切符は渡せないよね」
「汽車賃の節約より、快適さとプライバシーの確保を優先したわけか」
――この亜熱帯での生活も、これでおしまいか。中身の濃い毎日だったけど、過ぎてしまえば、あっという間だったなぁ。
そこへ、ピーッという笛の音が鳴り、車掌がドアを閉めて回り始める。
「そろそろ出発だな。道中、気をつけるように」
「またおいでよ。今度は、もっと素敵な時間を演出するから」
「ビジネスチャンスがあれば、お知らせください」
シュバルツが生真面目に、ロッソが軽妙に、チンが抜け目無く別れの挨拶をすると、アキミは三人に微笑みを返してから、シルビアに向かって言う。
「それじゃあ、またね、シルビアちゃん。ホワイティーさんにも、よろしく」
「はい。バイバイ、アキミお姉さん」
そう言って、シルビアはミルキーの前足を掴むと、肉球を見せるようにしながら左右に振った。アキミは、名残惜しそうな表情を浮かべながらも窓を閉め、ホームに向かって片手を振った。
――これで良かったのよね。うん。これで良いのよ、きっと。
アキミが心の中で納得していると、ボーッという長い汽笛が鳴り、流線型をした汽車が牽引する長距離列車は、亜寒帯の銀世界、モスカルーシ領キエフィア島へ向け、ゆっくりと動き出した。
――全てを清算して一人で這い上がるつもりだったけど、これからは二人三脚で登っていこう。




