025「霹靂」
――それから、一夜が明けた。この時点は、二日前と変わらぬ一日が始まると、何の疑いもなく思っていた。
「ウゥ~ン。あぁ、久々に、よく寝た」
ベッドから上体を起こしたアキミが、天窓からさんさんと降り注ぐ朝日を浴びながら、片手で反対の手首を持ち、切り妻状の天井裏に向かって深呼吸しつつ大きく伸びをしていると、部屋のドアを控え目にノックする音がする。
「空いてます。どうぞ」
「おはよう、アキミお姉さん! 元気になった?」
ドアを開けるやいなや、シルビアはベッドの上にいるアキミに向かって突進し、その胸に抱きつきながらハキハキと言った。アキミは、その勢いにゴホッと若干むせながらも、シルビアの髪を撫でながら答える。
「おはよう、シルビアちゃん。もう、すっかり快復したわ。シルビアちゃんこそ、朝から元気ね」
「あのね。お姉さんに、ニュースがあるの! おばあちゃんがね。ラジオを聴いてね。それで、えーっとね」
興奮して伝えたいことが整理できていないシルビアの頭を、片手でポンポンと軽く叩くと、アキミはベッドから起き上がってスリッパを履き、両手でシルビアの背中を押して回れ右させると、そのまま廊下へ向かいながら言う。
「話は、あとでゆっくり聴くから。まずは、朝ご飯にしましょうね」
*
――雲一つない晴天に、稲妻が走る。それくらい、衝撃的な話だった。
「それじゃあ、私がここに居ることを、伝えちゃったんですね」
黒っぽいライ麦パンに、ナイフでマーマレードとバターを塗り広げつつ、アキミは意気消沈して言った。
「ごめんなさいね。私がラジオを聴かなきゃ、良かれと思って連絡することもなかったんだけど」
「ねぇねぇ。シュウスイさんって人は、どんな人なの?」
ホワイティ―が謝意を口にしてる横から、上唇の上に牛乳ヒゲを作ったシルビアが、屈託ない笑顔を向けながら質問した。
「そうねぇ。彼のことを説明する前に、まずは、私の過去をお話しする必要があるわね」
そうしてアキミは、ニッポニアではアイドルをしていたこと、シュウスイは俳優で、結婚間近に一方的に婚約破棄されたこと、そして、この長旅は傷心を癒して再出発するためのものであることを、滔々と告げた。
「……そうだったの。大変だったわね。辛かったでしょう?」
「いいえ。時間と距離を空けたことで、すっかり整理できましたから。このへんで、直接会って話さないといけないでしょう」
「仲直りできると良いわね、お姉さん」
「えぇ、そうね。どういうつもりで来るのか分からないけど、火種を残したままじゃ駄目だわ」
吹っ切れた様子でアキミがサッパリと言うと、ホワイティ―が重い口を開く。
「あのね、アキミさん。言おうか言うまいかと迷ったんだけど、ついでだから言ってしまうわ。実は、そのシュウスイさんに連絡したとき、こちらが花屋だと知って、いまの気持ちに合った花束を作って欲しいとお願いされたの」
「どういう気持ちですか?」
「それは、私の口からは言わないでおくわ。でも、それを聞いて、アンスリウムとブーゲンビリアをメインにしようと思ったの。これで少しは、彼の気持ちが解ったんじゃなくて?」
ホワイティ―が柔和な笑みを浮かべて同意を求めると、アキミは思案顔をしながら頷いた。
――たしか、赤い葉のアンスリウムは「煩悩」と「恋にもだえる心」で、紫の葉のブーゲンビリアは「情熱」と「あなたしか見えない」が花言葉だったはず。これは、ひょっとしなくても、もう一度やり直す方向で話が進みそうね。




