024「暑中」
――昨日、胃もたれしそうな重たい話を立て続けに聞いたせいか、それとも、お昼から照りつける太陽の下で歩き回ったせいか、はたまた、昨夜から風が凪いで寝られなかったせいか。どれが原因かは不明だが、またしても旅行先で貧血になってしまった。新しい環境に慣れ始めたことで、油断してしまったようだ。
「あとで、御礼を言わなきゃいけないなぁ。自分から住み込みの手伝いを名乗り出たくせして、結局、迷惑かけちゃったし」
ベッドの上で横になりつつ、アキミは汗ばむ額を手の甲で拭いながら、誰にともなく天井へ向かって呟いた。
――こっちの部屋のほうが上より涼しく、店舗に近くて看病しやすいということで、一階にあるホワイティ―さんの寝室をお借りすることになったけど、厚意に対する申し訳なさが先立って、リラックスして眠れないわ。
アキミが、落ち着きなく寝返りを打っていると、コンコンとドアをノックする硬質な音が聞こえる。
「シルビアちゃん? 鍵なら、掛かってないわよ」
アキミがドアに向かって声を掛けると、ゆっくりとドアが開き、廊下側から、大中小、見慣れた人影が三つほど現れた。
*
「熱は無いみたいだけど、食欲はあるかしら? 無理に食べなくても良いし、ダイニングまで歩くのが辛かったら、ここへ運んでくるんだけど」
「食欲はありますし、もう歩けますから。ご心配おかけしました」
丸イスに座り、眉をハの字に下げて心配そうに額に手を当てるホワイティ―に対して、ベッドで半身を起こしているアキミが明るく返事をすると、ホワイティ―は手を自身の胸の上に移し、ホッと安堵の息をつく。
「まぁ、それなら良かったわ。――その本は?」
ホワイティ―が、枕頭に置かれた小説に注目しながら問いかけると、アキミはそれを手に取りながら答える。
「これは、シュバルツさんから退屈しのぎにと言って渡されたんです。以前、自費出版した書籍だそうで、売り物では無いそうです」
「あらあら。あの人のことだから、病人が読むには小難しい本なんじゃなくて?」
「いえいえ、とんでもない。思わずページをめくる手が止まらなくなる、素敵なお話でしたよ。あっ、そうそう。新聞よりラジオのほうが稼ぎが良いから鞍替えしたいって、チンくんが言ってましたよ。そう遠くない将来に、彼の声がスピーカーから届くかもしれませんね」
「へぇ、そうなの。チンさんが、ラジオねぇ。根は、おしゃべり好きみたいだから、案外、天職かもしれないわね。ロッソさんは、余計なことを言ってやしないでしょうね?」
「フフッ。ロッソくんなら、せっかく会員制のジャズバーに誘おうと思ったのに、と悔しがってました。紹介が無いと入れないから、不逞な輩は居ないし、マスターは既婚女性だから女の子でも安心で、自分はこう見えてもリュート演奏の腕も玄人はだしなんだとか何とか」
「まったく、相変わらずね。アキミさんは、病人だっていうのに。それじゃあ、小一時間くらいしたら来てちょうだい。新鮮なお野菜と生きの良いお魚が手に入ったから、これから腕によりをかけて美味しい料理を作るわ。ロッソくんには負けるだろうけど」
ホワイティ―は、どこか悔しそうにしながらも笑って言ってのけると、アキミの肩口に優しく手を置いてそっと寝かせ、安心させるように額に軽く口づけしてから立ち去った。
――明日からは、また、この前の通りに戻れるのかしらねぇ。




