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023「哀惜」

――夕暮れ時。今日は、お花屋さんの外で常連さんに会う日らしい。半休のはずなんだけどなぁ。

「なんだ。シュバルツのおっさんがコソコソ恋愛小説を書いてることも、ロッソの野郎がレストランで働いてることも知ってるのか。チッ。来て間もないアンタから情報料を稼ぐ、絶好のチャンスだったのに」

 ノートを閉じながらチンがあからさまに舌打ちし、顔をアキミとは反対側に向けると、ベンチで隣に座っているアキミは、片手を口元に添えてクスッと笑いをもらしつつ、面白がる。

「残念でした。お昼前に会ってたら、明日のお花代を節約できたかもしれないわね」

「まったくだよ。あとは、あんたが知って得をしそうなのは、シルビアにルイスというボーイフレンドが居ることくらいだけど」

「それも知ってるわ。シルビアちゃんはルイスくんに夢中だけど、まだ片想いなんでしょう?」

「何で、そんなことまで、もう知ってるんだよ。俺よりも、よっぽど情報収集がうまいじゃないか。腹立たしい」

 チンが不貞腐れていると、アキミは浴衣の帯のあいだからがま口を取り出し、元気づけるように努めて陽気に言う。

「まだ、知らないことは一つ残ってるわ。愛想が無くてセコセコしてるチンくんが、どうして、愛想の良さや朗らかな気品を表すジャスミンを好んで買いに来るのか、私には見当が付かないんだけど、教えてくれないかな?」

 アキミがナチュラルな笑顔を浮かべて訊ねると、チンは気を良くして口の端に笑みを湛えつつも、プライドを保とうとしながら冷静に答える。

「フン。そちらから求められた情報の開示には、対価を要求すると言ったはずだ。それに、その情報は俺の生い立ちにも関係する極めてプライベートな情報だから、高くつくぞ?」

「多少は、お高くても目を瞑るわ。おいくらなの?」

 アキミがらっきょ玉をパチッと弾いて開くと、チンは片手でがま口を持つアキミの手を押し返しながら言う。

「小銭なら、間に合ってる。話せば長くなることもあるから、俺をホワイティ―さんのところへ招待してくれ。んで、晩ご飯をご馳走してくれれば良い。それで、つり合う」

「あら。そんなことで良いなら、お安い御用よ。ホワイティ―さんもシルビアちゃんも、きっと喜ぶわ。さっ、行きましょう」

 立ち上がったアキミが片手を差し出すと、チンは一瞬、驚いたような表情をしてアキミを見たが、すぐに視線をそらして伸ばされた手を取った。本人は気づいていないが、チンの顔が夕焼けのように赤面していたので、アキミは思わずクスッと笑った。そして二人は、花屋を目指して並んで歩きだした。

――結局、このあとのディナーの席で、チンくんがお花を買うのは、内乱で帰らぬ人となった両親の墓前に供えるためであることが判明したの。地獄の沙汰も金次第とばかりに、何にでも損得勘定を働かせるのは、高価な薬が買えなくて母親を亡くしたからでもあるんだって。お金持ちになって長生きしてやるという強い意志があるのは結構だけど、もうちょっと素直に甘えることを覚えたほうが良いわね。そうしたら、ジャスミンが好きだったお母さんも、草葉の陰で安心するわ。

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