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第一部 第二章「挫折からの再起」

 選抜チームを決める試験を行った翌日。

 本日の星見MBクラブは定休日なので、お休み。

 その日の放課後。悠哉は一人、MBで使用する競技武器の販売・調整を行っている魔具ショップを訪れていた。

「いらっしゃい……やあ、悠哉君か」

「こんにちは、テルさん」

 店に入って早速声を掛けてきたショップのエプロンを着た男性に、悠哉は親しげに挨拶を返す。

 いかにも温厚そうで線の細いこの男性は、乃木野輝夫のぎのてるお。魔具ショップ「乃木野魔具店」の店主で、今年28歳の独身。名字の「乃木野」で分かると思うが、悠哉達が暮らしているアパートの大家の息子であり、灯里の兄。そして、悠哉達が幼い頃から付き合いのある年の離れた幼馴染である。

 MBで使用される競技武器に魅了された――所謂武器オタクという人で、大学卒業後は競技武器を製造するメーカーに就職した後、現在の魔具ショップの経営を始めたという経歴の持ち主だ。

「今日は一人かい? 珍しいね」

「ええ、まあ。……あの、テルさん、試用ルーム使ってもいいですか?」

「試用ルームをかい?」

 試用ルームというのは、魔具ショップに併設された個室のことだ。

 洋服店の試着室みたいなもので、店舗で販売されている競技武器をダミー相手に実際に使ってみて自分に合ったものを確かめたり、ショップで調整した武器を試すことができる。簡易ではあるが、バトルフィールドと同じ機能が備わっており、少人数での試合くらいなら出来たりする。

 その個室を使いたいと悠哉は願い出たが、武器の試用なんて理由じゃない。個人的に、ただ単にダミー相手に体を動かしたい。そんな個人的な願いだ。

 その意図を、長年の付き合いの輝夫は読み取っていた。

 いくら親しい幼馴染とはいえ、そんな特別扱いを許しては、店舗を経営するものとして他のお客に対して示しがつかない。

 だから許してはいけないのだが、真剣な面持ちの幼馴染に、輝夫は弱かった。

「いいよ。ただし、ルームを使いたいお客さんが来るまでだよ」

「ありがとうございます」

 深々と頭を下げた後、悠哉は試用ルームへ入る。

 そして装置を操作してダミーを出現させ、片手剣を手に戦い始める。


―――――


「……やれやれ、僕も甘いもんだ」

 輝夫は苦笑いを浮かべなら、一人愚痴る。

 昨日の試験で、MBクラブの選抜メンバーに選ばれなかったこと。

 それに対する悔しさを感じていることを妹である灯里から聞いていたこともあり、輝夫はついつい悠哉の気分転換になればと試用ルームを使わせてしまった。

「とりあえず、このことを苦情としてお客さんから来ないように注意しないと」

 そう心に決める、なんだか小心者な輝夫である。

「あ、いらっしゃいませ」

 そんな矢先、早速お客さんが来店する。

 気難しそうなお客さんではないように。そう心で祈りながら輝夫は挨拶をして、その心配が杞憂であるお客さんだと分かり、表情に出さずに安堵する。

「こんにちは、店長さん。今月号のMB雑誌、入荷してますか?」

 店にやって来たのは、白銀色の髪を持つ少女。悠哉と同じ学校の制服を着ている。

 この少女はどうやら常連客のようで、気兼ねなく輝夫に尋ねる。

「ああ、入荷してるよ。ちょっと待ってて」

 そう言い、輝夫はバックヤードへ入る。

 待っている間、手持無沙汰気な少女は、店内を見て回ることで暇を潰すことにしたようだ。

 きちんと整列された、競技武器の数々とMB関連の雑誌。それらを眺めた後、ふと試用ルームの方で足を止める。

 試用ルームは、店内から中が見れるように店舗側の壁はガラス張りで出来ている。そのガラスの向こうでは、訓練用ダミー相手に悠哉が片手剣を振るっていた。

「彼は……」

 悠哉をじっと見つめ、白銀髪の少女はぽつりと呟く。

「やあ、お待たせ~」

 と、ここで少女が依頼していた雑誌を手に、輝夫がやって来る。

「おや、どうかしたかい?」

「いえ。今試用ルームにいる人が、クラスメイトの人だったので」

「へぇ、そうなのかい」

 そういえば、妹は悠哉君と同じクラスになれなくて密かに落ち込んでたなぁ、と関係ない事をつい思い返す輝夫。

「彼、クラスでの自己紹介の時に、『将来の夢はMBで一番になることです』と言っていたのでよく覚えています」

「あー……ホント相変わらずだな、悠哉君は」

「店長さんのお知り合いなんですか?」

「そうだよ。小さい頃からの幼馴染なんだ。昔っからMBが大好きでねぇ。よく口にしてたよ。『MBで一番になる。誰よりも強い選手になる』ってね。MBに熱中している悠哉君は、それはもう真剣で、可愛いものがあったねぇ。まあ、幼馴染達の中で一番可愛かったのは僕の妹だけどね」

 小さい頃の悠哉を思い出してか、頬を僅かに緩ませ、語る輝夫。ついでに妹自慢も暴露している。

 そこに。

「なに昔のこと懐かしんでるんですか。おっさんみたいですよ」

 試用ルームから出てきた悠哉が、輝夫に呆れ混じりに突っ込んだ。


―――――


「やあ、悠哉君。もういいのかい?」

「ええまあ。こっちの方を見てるお客さんがいたので、空けないといけないと思って」

「あぁ、いや。この子は……」

「って、あれ? ……確か、同じクラスの天海さん?」

 輝夫が何か説明しようとしたが、それよりも早く、知り合いである少女だと気付き、悠哉は名を呼ぶ。

「こんにちは、藤宮君。こんなところで会うなんて、奇遇ね」

 白銀髪の少女――天海詩織あまみしおりは、淡々とした面持ちで、悠哉に挨拶を返す。

 上質な糸のように白銀に輝く綺麗なセミロングの髪。クールな表情の顔立ちは、同年代の女子の中でも可愛いより綺麗といった印象がしっくりくる整ったもの。体付きは、女性特有の起伏も目立ち、全体的に細くしまっており、スタイルの良さが極まっていた。

 クラスの中で一際目に留まる程、美少女と言ってもいい彼女は、とても印象強かったので、悠哉も記憶に覚えていた。

「ここに来るってことは、もしかしてMBやってるのか?」

 少し浮ついた気持ちで、悠哉は詩織に尋ねる。

 普通であれば、偶然クラスの美少女と会えたことに浮つくところであるが、悠哉は同じMB好きの同士に会えたかもしれないという喜びで浮ついていた。

 MB一筋のせいで、どこかずれている男である。

「いいえ。ただ、父がやっていたこともあって、競技を見るのが好きなの」

「そうなんだ、観戦専門か」

 やっていないことに少し残念そうにするが、それでも同好の士を見つけて悠哉は嬉しい気持ちになる。

「天海さんは、どこのチームが好きとかある?」

「そうね。……日本に限定しないなら、魔法と戦技のバランスの良さが一番の、イギリスのチームかしら。戦い方に優雅さがあるし。圧倒的火力で攻めるアメリカのチームも見てて面白いけれど」

「なるほどな。じゃあ――」

 同じクラスとはいえ、悠哉と由利はこれまで会話したことがない、ほとんど初対面と言ってもいい関係である。だが、共通の話題ということもあり、打てば響くかのように二人の会話は白熱していた。

 心底楽しそうに話す悠哉と、クールな表情のままだが、どことなく楽しそうな様子である詩織。

 そんな二人から離れ、雑誌を手に除け者感丸出しの輝夫であった。

「あ、テルさん。すいません」

 輝夫の存在を思い出したかのように気に掛ける悠哉だったが。

「いいよいいよ。僕のことは気にせずごゆっくり~」

 若干、哀し気な背中を向けて輝夫はレジの方へとフェードアウトしていった。

 あれは少し時間を置いておかないといけないか、と悠哉は一体放置しておくことにした。

「そういえば、藤宮君。先程、試用ルームであなたを見ていたのだけど」

「ああ」

「なんだか、焦りや迷いの様なものを感じ取れたわ」

「っ……」

 詩織の指摘に、悠哉は言葉に詰まる。

 その指摘は、まさに悠哉の図星を突いていたのだ。

「……そんなことが分かるなんて、天海さんは凄いな」

「そんなに凄くはないわ。……にしても、試用とはいえ焦りや悩みを持ち込むのはあまり良いコンディションとは言えないわね。……何かあったの?」

「……まあ、ちょっと、ね」

 語って話すことではない。だけど、今の悠哉は誰かに少しでも、この気持ちを吐き出したい気分でもあった。

「実は昨日、父親から電話があってさ。昨日クラブであった大会の選抜試験の結果はどうだったかって。

 結果は……まあダメで。そしたら、ちょっと口論になったんだ。……前から父は俺がMBを続けるのに対して否定的で、今回はちょっといつもより酷くてな。まあ、中学からやってて、全然大会に出れてないから仕方ないかもしれないけど……。

 そこで、言われたんだ。今回の夏の地区大会で優勝出来なかったら、先を望めないということできっぱりMBを諦めろ、って。

 俺もその時は頭に血が昇ってから、つい約束してしまって……。その焦りと、あと全然強くなれないって悩みが、出てしまっていたんだろうな」

 自嘲気味に、悠哉は笑う。

 我ながら、無茶な約束をしたものだ。地区大会に優勝する為には、大会に参加する為のチームを作らなければならない。寄せ集めではダメだ。優勝出来るチームでなくて。

 だが、そもそも自分自身が強くならなければならない。クラブで大会の選抜チームにえらばれなかった自分では、勝ち進めるわけがないのだから。

 だけど、そうしなければもうMBを続けられない。そう考えれば考える程、悠哉の心に焦りが生まれる。

「……藤宮君」

 詩織が、悠哉に対して声を掛けようとしたその時。

「おっと、お客さんだ。いらっしゃいませ」

 お店に、新たなお客さんがやって来た。

 その客は――

「おやおや、こんなところで会うなんてな。藤宮悠哉」

「……佐藤」

 悠哉のクラブの同期――佐藤であった。

「クラブが休みの日でもMBばかりのようだな」

「そう言う佐藤こそ」

「まあ、俺はお前と違って選抜チームに選ばれた身だからな。これからのことも考えて、色々と入用なのさ」

 嫌味を含めた佐藤の言葉。

 普段の悠哉なら、何も気にせず、受け流していた。

 だが、今の悠哉の心境ではそうすることは出来ず、佐藤の言葉に無意識に手を強く握る。

「にしても、お前もホント諦めが悪いな。今回のことで、自分には本当に才能がないと気付いて辞めると思ったんだがなぁ」

「あれくらいで……辞めるかよ」

 目に見えて分かるくらい、不機嫌な気持ちを込めて悠哉は返す。

 その普段ではない態度に、佐藤は目を付ける。

「おいおい、本気か? どうやら、自分の実力が全く理解できていないみたいだな。お前程度じゃ、一生大会に出ることは出来ないというのに」

「そんなもの……やってみなきゃ分からないだろ」

 分かりやすい佐藤の挑発に、感情を込めて悠哉は言い返す。

 まんまと佐藤の思惑にハマってしまった。

「じゃあ、身の程を教えてやるよ。店主! 部屋を借りるぞ!」

「ええ!? いや、確かに機能的には問題はないけど、本来そこは戦う場所じゃないぞ」

 突然のことに輝夫は狼狽えるが、今の悠哉に試合をさせるわけにはいかないという冷静な判断で試合を拒否する。

 しかし――

「テルさん、俺からもお願いします」

 強く、悠哉が願い出る。

 相手の挑発を受けるというらしくない悠哉の行為に、強い思いを感じ取り、輝夫は根負けした。

「……あぁ、もう。仕方ない。手短でお願いするよ」

 輝夫の了承を得て、悠哉と佐藤は試用ルームに入る。

「ルールはシンプルに、HPがなくなった方の負けの決闘式だ。異論はないな?」

「ああ」

「それじゃあ、準備しろ!」

 悠哉と佐藤は腕輪を取り出し、右腕に着ける。

 そして、腕輪の機能を起動し、二人は光に包まれる。

 光が収まると、二人の姿は学校指定の制服姿から、競技用防護服へと姿を変えた。

「カウントゼロになったら試合開始だ。いいな?」

「……」

 無言で頷く悠哉。

 二人の間に、無機質な機械音がカウントを響く。そのカウントがゼロを告げた瞬間――二人の試合が始まった。

「先手必勝!」

 魔力で身体能力を強化した佐藤が、FAらしく、悠哉に向かって真正面から突撃する。

 同じポジションである悠哉は、真っ向からの衝突には付き合わず、佐藤の左側へ回り込み、佐藤からの一撃を回避する。

 攻撃を放った直後の隙を狙い、すかさず悠哉は片手剣を佐藤に向かって振るうが、佐藤は素早く剣で受ける。

 鍔迫り合いの形になるが、長く硬直はしなかった。

 佐藤の魔力で強化した腕力に押し負け、悠哉は後ろに下がる。

 その後を追うように佐藤は悠哉へ詰め寄り、片手剣の連撃を繰り出す。

 悠哉は冷静に一撃一撃を剣で防ぐが、ここでも腕力で押し負けるところがあり、剣を体に受け、HPが削られていく。

「ははは、やはり無様だな! その程度の力しかないから、お前は選抜チームには選ばれないんだよ!」

「くっ!」

 言葉で言い返す代わりに、連撃の隙を縫って、反撃の一撃を悠哉は振るうが、佐藤に後ろへ下がられ、躱される。

 ならば、と。

 悠哉は追撃として、剣に魔力を溜めた後、思いっきり振るって、魔力の斬撃を放つ。

 初級の遠距離用魔術『スラッシュショット』。

 その一撃は、真っ直ぐ佐藤へと向かって行く。だが、虚しくも佐藤が前面に展開した魔力壁によって防がれた。

「斬撃は、こうするんだよ!」

 お返しというばかりに、佐藤は悠哉と同じ斬撃を放つ。その勢いは、先程悠哉が放ったものよりも強い。

 悠哉も佐藤と同じく魔力壁を展開して、斬撃を防ぐ――が、その直後。

 展開した魔力壁にヒビが入る。

「そんな脆い盾など、こうだ!」

 距離を詰めてきた佐藤の一撃により、魔力壁はいとも容易く壊れてしまった。

 砕け散る魔力の残滓を目に、悠哉は悟る。

 嫌でも悟ってしまった。勝てない、と。その要因は、明確だ。

 MBで重要な要素――魔力出力の差。傍から見ても、悠哉と佐藤で使う技の出力は悠哉の方が脆く、弱いと分かる。そしてそれは、試合中にどうにかして差を埋められるものではなかった。

 猛然と攻める佐藤の剣撃を避け、悠哉は魔力で強化した片手剣で攻撃するが、その攻撃はほとんど魔力壁で防がれる。魔力壁を壊せないので、一撃を与えられない。

 逆に佐藤からの攻撃で避け切れないものを、悠哉は剣や魔力壁を展開して防ぐが、魔力壁を破壊されたり、受け止めきれずに押し切られるばかりだった。

 そんな、一方的なやり取り。奇跡的な逆転劇など介入する暇はなく。

「これで終わりだ!」

 佐藤が放った渾身の一撃を受け、悠哉のHPはゼロとなってしまった。

「これで分かっただろ?」

 試合後、膝をつく悠哉に向かって勝者である佐藤は言い放つ。

「その程度の実力しかないんだよ。そんなお前が、どれだけあがいても無駄だ。それは、お前がよく分かっているんじゃないか?」

 確かに。自分の実力は自分がよく分かっている。だからこそ、努力をして……。

「中学からやってるのに、一向に弱いままだもんな。才能がないんだよ、MBの。そんな奴が、クラブにいると目障りなんだよ。これを機に辞めてしまえ。じゃあな」

 言いたいことを好き勝手言い残し、佐藤は試用ルームから出て、そのまま店からも去って行った。

 一人、試用ルームに残された悠哉。

 その胸中は、悔しさで一杯だった。

 佐藤の言い分に、全く言い返せなかった。それは正直、自分でも分かっていたことだ。

 昔から、努力をしてきた――いや足掻いてきたと言ってもいい。

 必死に、必死に、必死に。

 けど、その結果はついてこない。

 佐藤の言う通り、弱いままだ。強くなんて、なれていない。

 やっぱり、いくら好きでもダメなのか……。

 諦めるしか……ないのかな……。

 暗い気持ちが、心を押しつぶそうとする。そんな時――


「あなたは、諦めるの?」


 降り注がれた、その言葉。

 見れば、いつの間にか詩織が隣にいた。

「俺は……」

 弱々しく呟くが、悠哉はその先の言葉を発しない。

 迷っている。それが、今の悠哉から感じられる。

「本当に諦められるのなら、諦めるのもいいと思うわ。あなたの人生だから、誰もあなたの選択を責められない。……けど、その選択で後悔するのなら、諦めるのは止めなさい。その後悔は、一生あなたに付きまい、苦しめる」

 そう語る詩織の目に、一瞬悲しいものが見えた。

 詩織の言葉を受けて、悠哉はもう一度、深く考える。

 MBを始めたきっかけは、幼い頃に競技を見て、憧れを抱いたからだ。

 最初は、そんなもの。

 だけど、実際にやれるようになってから、本当に楽しくなって……のめり込んで……これに人生を費やしてもいいと、考えるようになった。

 幼馴染のヤスとエリもMBを始めてくれた時は、本当に嬉しかった。そして、三人で約束した。大きな大会で、一緒に戦い、優勝すると。

 俺一人だけの問題じゃ、ない。

 俺の気持ちは……あぁ、そうだ。分かり切ってる。

「諦められる……わけがないっ!」

 強く。

 強く。

 強く。

 悠哉は、固い決意を口にする。

 その決心を口にしたら、思いが口から溢れ出す。

「昔からの夢だったんだ、この競技で一番になることが! 誰かに否定されたからって、諦めたくない! 諦められる筈がない!!」

「そう」

 悠哉の本心を聞けたからか、そこで、ふと詩織は笑顔を見せる。

 その詩織の笑顔に、思わず悠哉は見惚れてしまう。

 だが、それも一瞬の事。

 すぐさま、詩織は真剣な眼差しで悠哉を見据える。

「あなたの決心は分かったわ。けど、これからどうしていく? 諦めないにしても、今のままではあなたが今より強くなることはないわ。それは、今のあなたが物語っている」

「それは……」

 詩織に痛いところを突かれ、悠哉は言葉に詰まる。

 今のままを続けても、正直結果は変わらないだろう。突然、才能に開花すれば話は別だろうが、そんな奇跡にすがるほど、楽観的ではない。

 悠哉が答えに言いあぐねていると。

「そこで、提案なのだけど」

 詩織は突然、そう切り出す。

「地区大会が終わるまで、私があなたのコーチをするわ」

「天海さんが……?」

「ええ」

「……君がコーチだなんて。そんなこと、君に出来るのか?」

 疑問たっぷりに、悠哉は聞く。

 それも当然。

 MBが好きといっても、観戦するのが主だと言っていたのだから。そんな彼女に、教える技術があるのか。

 だが。

「……今の藤宮君は、本当に自分に合った戦い方を、鍛え方を知らない。私なら、それを教えてあげられる。私が、あなたを強くして見せるわ」

 そう語った詩織の眼差しに、力強く、強固な意志を感じた。

 その瞳を見つめていると……どうしてだろうか。彼女と一緒なら強くなれるんじゃないかと不思議と思える。

 彼女を、信じられる。

 一度は諦めかけた夢。それをどうにかできるなら……彼女に賭けてみよう。

 そして。

 これでダメなら……。もし地区大会を優勝出来なければ……。その時は、やはり俺には無理だったと、潔くMBを諦めよう。

「…………分かった、天海さん。俺を……強くしてくれ!」

 様々な思いを込め、悠哉は答える。

「ええ。約束するわ、必ず、私があなたを強くする」

 詩織から差し出される手。

 その手を悠哉は掴み、互いに固く握手を交わした。


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