第一部 第一章「突き付けられた現実」
一九九九年。その年に、地球に一つの隕石が飛来した。
人類滅亡だなんだと騒がれたが、蓋を開けてみれば、その隕石による被害はせいぜい小さなクレーターが出来た程度。被害らしい被害などなかった。
だが、その隕石は被害の代わりに、人類に新たなる力をもたらした。
それは、魔力――
おとぎ話や空想の中にしかなかった超常現象を可能にする力。
落ちて来た隕石にそれが多量に含まれていたのか、隕石の衝撃で元々地球内に内包していたものが溢れ出したのか。その原因はまだ解明されていないが、事実、世界中に新たに蔓延した魔力元素は人体に影響を与え、体内に魔力の発生元となる魔力炉を生み出した。
そして、魔力炉から魔力の通り道――魔力脈路を通して魔力を使うことで、物語にあるような魔法又は魔術というような不可思議なことが出来る様になった。
新たな力を身に付けた人々は、この力を徹底的に調べた。何が出来るのか。何に役立てるのか。その結果、生活の中で便利に利用できる可能性を見出した。その反面、人を容易に傷つけることが出来ることも。
魔力の悪しき面に気付いた人々は、この魔力を用いた戦争が起こることを恐れ、世界各国で協力し、魔力の平和利用を目的とした世界魔術協会を設立。魔力の使用について、厳しく監視することにした。
そして、時は流れ。
魔力が登場してから人々の生活の中に溶け込んでいく中で、正解魔術協会の運営の下、魔力を使った新しいスポーツ競技が生まれた。
その競技の名は、『マジックバトリング』――通常MB。
サッカー場の二倍以上の広さはある仮想空間のバトルフィールド内で五人一組のチーム同士が、武器と魔術を駆使して自らの技量を競い合う世界初の魔法競技。細かいルールは様々あるが、基本的なルールは選手に設定された体力値――HPを武器や魔術で削り、それをゼロにして相手を倒したら勝ちというものだ。
互いの実力のぶつけ合いと戦略展開の熱さ。なにより魔力という見栄えも派手な力を唯一使う競技ということもあり、魅入られる者も多く、瞬く間に世界規模の人気競技となった。
今では年代別の大会が世界各国で開催されており、オリンピック競技にもなっている。その頂点を目指そうと多くの者がプロ選手を目指す。そんな者達の為に、選手を育成するクラブチームがいくつも誕生した。
日本のとある一人の高校生。彼も、MBで頂点を目指すその一人であった。
―――――
二〇三二年四月一日
星見高校はこの日、入学式を迎えていた。
関東地方――東京都内にある高校で、文武両道の精神を掲げ、生徒を育成している。部活動の規模が都内では有名なくらい多く、放課後は新入部員獲得の為の勧誘で校内はどこも賑わっていた。
星見高校の新入生のクラスの一つ――1年A組もこの勧誘の熱気に充てられたのか、放課後になるとどの部活に入るかでとても賑わっていた。
「なあ、お前はどの部入る?」
「中学からやってる陸上部にしようかと思う」
「新入生歓迎でやってたダンス部とか興味あるなー」
「あれ、ダンス部じゃなくてよさこい部だよ」
「黒魔術部とかあるかな」
「いや流石にないだろ……って、部活一覧にあるぞ!?」
男子も女子も部活の話で盛り上がる。
そんな中、周りの賑やかさに我関せずの少年が一人いた。
その少年は帰り支度を済ませると、早々に教室から出ようとした所でクラスの同級生に声を掛けられる。
「あ、なあ、どっかの部活に入るのか?」
呼び止められた少年は足を止め、顔だけを同級生の方へ向け。
「いや、部活には入らない。俺には目指しているものがあるから。それじゃあ、また明日」
そう言い残すと、颯爽と――流石に廊下を走ると注意されるので、早歩きで――少年は学校から去って行った。
「おいおい、あいつに部活のことなんて聞いても意味ないだろ。自己紹介の時に言ってただろ?」
「そういや、そうだったな。『MBで一番になる』……あれって、マジだったんだな」
「ああ。あんなに急いで出て行ったんだ。多分、地元のクラブに行ったんだろ。……余程好きなんだろう」
「かなり重症な気もするがな」
―――――
星見高校のあるこの地区に複数あるMBクラブの一つ――星見MBクラブ。
星見地区では一番有名なMBクラブであり、中学・高校・大学の三つの部がクラブ内にあり、数多くの選手が在籍している。
そんな多くの選手達の為に星見MBクラブが所有する練習場は、選手達が広々と扱えるようにサッカーのスタジアムと同じくらいの広さがある。敷地の主な場所に芝生が敷かれており、その芝生の周辺は走り込みができるよう長距離走のコースがある。
その練習場の芝生の上に、誰よりも早くクラブに来た一人の黒髪の少年が座り、丁寧にその手に持つ布で、片手剣を手入れしていた。
一見すると、剣を持った少年など通報されてしまいそうなものだが、この片手剣はMBで使用する競技武器だ。野球で言うところのバットとグローブ、テニスでいうラケットのようなものだ。
見た目は鋭利な刃物であるが、これで人を傷つけることは出来ない。刃で人を斬っても切り傷は出来ず、感じる痛みも実際に斬られた際の痛みの十分の一程度となっている。
それなのも、そのように武器には呪術的措置を施してあるからだ。
MBは、人と人とが戦うものだが、競技――スポーツだ。血が流れて良いものではない。なので、使用する競技武器は全て安全を考慮した、呪術的措置を施したものを使用することになっている。
勿論、痛みは少ない、怪我はしないと言っても、むやみやたらと人に振りかざしていいものではない。もしそのように使用すれば犯罪行為となる。そこは、基本的なマナーだ。
「おーい、ユウー」
名前を呼ばれ、作業する手を止めて声のする方を向く。
見ると、黒髪の少年に向かって手を振る少女と気だるそうな少年が歩み寄って来る。その二人の姿を見て、黒髪の少年は片手剣を片付ける。
「やっと来たか。遅いぞ、二人とも」
やれやれといった感じの呆れ顔を、やって来た金髪の少年と橙色の髪の少女に向ける。
「いやいや、お前が早すぎるんだよ、ユウ。学校終わってすぐに走っていくかね、普通」
170後半くらいはある高い身長に、地毛にしては不自然な色合いなので染めたと分かる金髪。一見すると二枚目そうに見えるが、軽薄そうな印象と紙一重な少年――松本泰樹は呆れた様子を見せる。その手には、競技武器である槍を肩に担いでいる。
「これくらい、普通だろ。むしろ、学校なんて行かずMBの練習をどっぷりしてたいくらいだ」
ユウと呼ばれた黒髪の少年――藤宮悠哉は、さも当然といった様子で答える。
これと言って特筆するところはないが、MBについて話す際は、その瞳が輝いていた。
「いや、流石にそれはどうよ」
「まあ、それがユウだもんね。仕方ないよねー」
自身の使う競技武器である狙撃銃を抱えた橙色の髪の少女――不知火恵理那は、にししっと笑う。
少しクセのある髪を右側頭部で結ったサイドポニーと大きな橙色の瞳が特徴的な少女。笑った顔からは子犬の様な人懐っこさと元気の良さを感じさせる。
顔立ちは幼さを少し残しているが、ジャージでは隠せない程豊かに育った胸部が目立つ。
「仕方ないってなんだ?」
「相変わらずのMB好きってことだよー」
「そういうことか。ならまあ、いいか」
「いや、いいのかよそれで」
「ああ、まあな」
「……どういう意図で言っても、とりあえずMB好きってことにしたら褒め言葉として受け取りそうだよなぁ、お前」
「? よく分からないが、とりあえず柔軟して準備をしよう」
そんな他愛なく気安い会話を交わした後、三人は持っていた武器を置き、柔軟体操を開始する。三人という奇数なので、まず悠哉と恵理那が組み、泰樹は一人で可能な柔軟をすることにした。
「いやー、男の子なのにユウは体が柔らかいよねー」
悠哉の前屈を手伝っている最中、恵理那が感嘆をこぼす。
「まあ、毎日風呂上りに柔軟してるからな。体を柔らかくしてれば、怪我もしにくくなるし、動きも機敏になれるしな。それに、今日はとにかく頑張らなきゃいけないしな」
「んー……今日って、何かあったっけ?」
恵理那がそう言った瞬間、柔軟をしていた悠哉と泰樹の動きが止まる。
そして、悠哉は信じられないといった表情で恵理那を見る。何故そんな顔して見られるのか分からず、恵理那は疑問符を浮かべる。
「お前……本気で言ってるのか、それ?」
「? うん」
質問の意味をよく分かってないまま頷く恵理那に、悠哉と泰樹は揃ってため息をついた。それに恵理那はさらに疑問符を頭に浮かべる。
そんな恵理那に、泰樹は呆れながら口を開く。
「エリ、お前って奴はよぉ~……ホントに、バカだな」
「あー! バカって言った! ユウ、聞いた!? ヤスがわたしのことバカって言ったよ今! 自分は女の子をナンパして負けばっかのくせに!」
泰樹の言い様が頭に来て、恵理那はなんともどうでもいいような内容で激しく言い返す。その内容は泰樹にとって気が触れたのか、頭に血が昇る。
「今それ関係ないだろ!? それに負けばっかじゃねぇ! ちゃんと連絡先交換できてるわい!」
「交換しててもどうせ相手からはなにも来ないよ。ヤスから送ってもどうせテキトーな感じの内容で返って来るよ」
「ど、どうせデマカセだろ」
平静を装うとするが、泰樹の動揺は隠せていない。その動揺を見抜き、恵理那はトドメの一言を発する。
「女の勘がそう言ってるよ」
「お前の勘ってたまによく当たるから前言撤回してくださいお願いします!」
泰樹は一息で言い切り、瞬く間に恵理那に向かって土下座をする。それで恵理那は、ご満悦な表情を浮かべた。
言い争いは、何故か泰樹の負け。
そのやり取りに、「何やってんだか……」と悠哉はさらにため息をつく。
「で、……何の話だっけ?」
どうやら先程のやり取りでそもそもの内容を忘れてしまったようだ。恵理那は頭に再び疑問符を浮かべている。
「……やっぱバカだな」
「んん~?」
小さな泰樹の呟きを耳にした恵理那は、土下座をしている泰樹の頭に向かって狙撃銃を振り下ろせるように両手で持ち上げる。
重厚そうな見た目の銃。それを頭に振り下ろされたらどうなるか……。一応、競技武器であるから、怪我はしないが、痛いものは痛い。
それを見た泰樹は地面に深々と頭をこすり付け、さらなる謝罪の意志を見せる。その姿に満足し、狙撃銃を下ろして恵理那は勝ち誇ったように大きな胸を張る。
またも恵理那の勝利。いや、なんの勝負なんだろうか、これは。
このまま見ててもさすがに話が進まなさそうなので、悠哉は説明することにした。
「……今日何があるか、って話だったろ」
「ああ! そだったね。で、何があるの?」
「その前に確認するが……今日、何があるか本当に分からないのか?」
「今日? 何があるか? …………はっ! もしかしてお肉の特売日!? 今日のご飯はお肉で豪勢なんだね!?」
「違う。どうしてそうなる」
「え~テンション上がらない? わたしはやる気マンマンになって頑張るよよ!」
「少なくとも俺は違うな」
「そっか~。じゃあ、何なの? 教えて教えてー」
答えを知りたがる子供のように恵理那は悠哉にすり寄り、答えを催促する。
そんな様子に、はぁ……っと悠哉はため息をついてから。
「……今日は、夏の大会に参加するチームメンバーを決める選抜試験の日だろ」
「……ああ! そういえばそうだった! あはは、うっかり忘れてたよー。そっかそっかー。だから、ユウは気合が入ってたんだね。納得納得」
疑問を解消してか、恵理那は気分よさげに頷く。
MBの公式大会――それは、MBをやっている選手にとって大切な、自身の実力を世界に示すことが出来る大事なもの。
公式大会は年代別に開催されており、十三歳~十五歳の年代が参加する、中学の部。十六歳~十八歳の年代が参加する、高校の部。十九歳~二十二歳の年代が参加する大学の部。そして、二十歳以上のプロ選手で行われる全日本大会だ。
悠哉の言う大会は、これらの中で高校の部になる。この部の大会は、参加条件を満たしていれば学校の部活でも地域のMBクラブでも、個人的に結成したチームでも自由に参加することができる。
大会の開催時期は、五月から七月に開催される夏大会と九月から十二月に開催される冬大会の、年に2回開催される。どちらの時期も、地区大会から始まり、次に地区大会の優勝者で争う地方大会、そして地方大会の優勝者達で争う全国大会で、高校の部日本一のMBチームを決める。
その大会に出場することとなる星見MBクラブの選手を、今日選抜試験で決めるのだ。
「すっかり忘れてるとか、そんなんで大丈夫かよ?」
「モチのロン。大丈ー夫! 三人で一緒に上を目指す約束だもんねー。わたしも負けられないよ」
心配そうにする泰樹に向かって、恵理那はグッと右の親指を立ててサムズアップをしてみせる。
いつも通りの前向きさに悠哉は、呆れながらも思わず頼もしいと微笑む。
悠哉と泰樹と恵理那。三人は小学生の頃からの幼馴染で、お互いのことを「ユウ」、「ヤス」、「エリ」と愛称で呼ぶ合う間柄だ。
何をするのも三人一緒で。最初に悠哉がMBを始め、あとの二人も続いてMBを始めた。
そんな三人が掲げた目標は、三人一緒のチームとなり、大会で優勝すること。なので、今回の選抜試験は三人にとって大事なものだった。
気合を入れ直し、悠哉達が改めて柔軟を再開した、その時。
「おいおい、めでたい奴らだな。そんなに張り切って。自分達が選ばれると思っってるのかよ」
三人に対し、突っかかるような物言いをしてくる者がいる。
それに泰樹と恵理那は、見るからに不機嫌そうに顔をしかめる。二人ほど明らかに表情には出していないが、悠哉も内心で不機嫌さを抱く。
「お前は……斉藤!」
「佐藤だ! 間違えるな!」
名前を間違えた泰樹に向かって、佐藤、と自らの名を声高に叫ぶ少年。
佐藤は、悠哉達と同じ星見MBクラブに所属する選手だ。
「どうでもいいだろ。で、一体何の用だよ?」
「どうでもよくないわ! ……ふん、同期として親切心で忠告してやろうと思ってな。実力が伴わない奴が大きな夢を見ない方がいいとな。特に、藤宮みたいな“根無し草”はな」
「……」
あざ笑うかのような視線を、佐藤は三人――いや、悠哉に向ける。
それに気付いていても悠哉は、あえて反応を見せない。
悠哉達と同期である佐藤は、どうにも気に入らないものがあるのか、何かにつけて三人――特に、悠哉に対してよく何かにつけて突っかかって来るのだ。今みたいなことも、これまでに多々あった。
だから、一々反応を返していたらきりがない。反論したら反論しただけ、佐藤は言い返してくる。なんとも不毛なやり取りか。
それが分かっているから、内心腹が立っても悠哉は反応しない。言いたいことがある者には、言わせてやることにしている。
それに。
悠哉が何も言わなくても、激しく言い返す幼馴染が二人もいるのだから。
「そんなもん、やってみないと分からないだろ! お前だって、偉そうなこと言ってるが、選ばれるとは限らないぞ」
「そうだそうだ、角砂糖! そんな甘い名前してても、現実はそんなに甘くないぞー!」
泰樹と恵理那が強気に言い返す。
幼馴染を貶され、大人しくしてはいられない二人である。
「待て不知火! 誰がそんな甘い名前だ!」
「え、違うの?」
「佐藤だってさっき言っただろう!! 何故間違える!? 絶対にわざとだろ!」
泰樹と恵理那には散々名前を言い間違えられるので、佐藤は激しく抗議する。
泰樹はわざと言い間違えているだろうが、佐藤には残念だが、恵理那は素で間違えている可能性がある。
「ふん、まあいい。せいぜいあがくことだな」
流石にいつものやり取りなので、引き際を見きわめており、嫌見たらしく言い残して佐藤は三人から離れていく。
その後ろ姿を、泰樹と恵理那は塩でも巻きそうな顔で睨む。
「ユウ、あいつの言うことは気にしなくていいぞ。どうせ選抜チームのライバルを減らすための揺さぶりだろ」
「ああ。分かってる」
大して気にしていないといった様子で、悠哉は泰樹に返す。
そうだ。人にどう言われようと関係ない。今は試験のことだけに集中だ。
ぽつぽつとクラブの選手達が練習場に集まっていく中、人知れず悠哉は拳を強く握りしめた。自身の心の中にある、一抹の不安を隠すように。
―――――
クラブ開始の時間となり、選手を指導するコーチ陣の一人が選手達の前に立つ。
「本日は、以前より話していた夏の大会に参加するメンバーを決める選抜試験を行う。試験は、ポジションごとに行う」
五人一組で戦うMBにも、バスケットボールのような選手達のポジションが存在する。
そのポジションは、フロントアタッカー・バックアタッカー・サイドアタッカー・センターアタッカーの四種類。
ただ他のスポーツ競技と違い、MBにはポジションによって魔術による補正と制限があるのだ。
主に接近戦で戦うフロントアタッカー、通称FA。最前線で敵陣に果敢に切り込んでいくポジション。競技内で選手に設定されるHPが最も高く、攻撃力にプラスの補正がかかる。その代わり、遠くから相手を攻撃できる遠距離用の魔術や支援、攪乱系の魔術がほとんど使えないという制限がかかる。
遠く離れた遠距離から魔術や魔導銃で戦うバックアタッカー、通称BA。FAとは正反対で、最後方から遠距離用魔術や銃火器型の武器で敵を攻撃、味方を援護していくポジション。設定されるHPは全ポジションの中で一番低く、さらに移動範囲が自軍陣地内の中央から最後列までと制限されている。補正としては、遠くまで見通せる視力強化と遠距離魔術に対しての防御力上昇がある。
奇襲を得意とするサイドアタッカー、通称SA。相手への奇襲・攪乱を主とするポジション。HPの多さは全ポジション中、三番目。上級レベルの遠距離用魔術と支援系の魔術が使用出来ないが、移動系や奇襲系、攪乱系の魔術が使える。補正は、移動速度上昇がある。
最後に、近・中距離で戦うセンターアタッカー、通称CA。主に敵の牽制・味方の補助を行うポジション。HPはFAの次に高く、上級レベルの遠距離用魔術以外の魔術は全て使うことが出来る。その代わり、補正といえる補正がないのが特徴だ。
この4ポジションの中から、自分に最も合ったポジションを選び、MBの選手は試合を行うのだ。
「では、それぞれ自分のポジションの所へ集まり、それぞれのコーチの指示に従って試験を始めること。俺からは以上だ。では、各自解散」
その号令で、クラブの選手達はそれぞれ自分のポジションに分かれていく。
「それじゃあ、頑張れよ。ユウ、エリ」
「ユウも、ヤスもまたあとでねー」
「ああ。お互い頑張ろう」
泰樹は、SAのグループへ。恵理那は、BAのグループへ。それぞれが自分のポジションへ向かうのを見届け、悠哉はFAのグループへと向かった。
「全員、集合したな」
FAの担当コーチが、ぐるりと集まった選手達を見渡す。
「それでは、これより試験を開始したいと思う。まずは内容を説明する。試験は、一人ずつ用意したバトルフィールド内にて、出現する仮想標的――ダミーと時間制限まで戦い続けてもらう。その戦い方を見せてもらい、合否を決めさせてもらう。質問はあるか?」
そこで、またコーチが選手達に視線を向ける。
選手達からは、質問をするものはいなかった。
「……ないようなら、これから試験を開始する。順番に呼ぶから、呼ばれたものはフィールドに入ってくれ」
コーチからの説明が終わり、選抜試験が始まった。
呼ばれた選手が、バトルフィールドに入っていき、ダミーと戦いを繰り広げる。
このバトルフィールドは、魔術によって作り出された仮想戦闘空間だ。
魔術には、威力の高いものや爆発を伴うものがある。そんなものを試合とはいえ、現実の世界で好き放題放っていたら、被害や修繕がバカにならない。それを防ぐために、魔術協会によって編み出されたものだ。
現実の世界とは切り離された空間なので、この中でどれだけ暴れても、現実に被害は出ないとのこと。
ちなみに、クラブで使っているこのフィールドは、魔術協会から配布されたすでに術式を込められた魔道具によって展開されたもの。クラブのコーチの誰かが魔術で展開しているものではない。そもそも空間系の魔術は扱いが難しく、原理や術式は、魔術協会の極秘なので詳細を知る者は協会に属している者しか知らないらしい。
「次、佐藤!」
「はい!」
クラブが始まる前に、悠哉達に突っかかっていた佐藤が呼ばれ、その実力を披露する。
「やっぱ、高一の中じゃ、佐藤が一番上手いな」
「ああ。今回、選抜入りするかもな」
佐藤の実力に、選手の中から賞賛の声が挙がる。悠哉の耳にそれらが聞こえてくるが、平静さ維持する。
他者の評価は気にしない。気にしてはいけない。自分と他人は、違うのだから。
佐藤の番が終わり、バトルフィールドから出てくる。
その際、佐藤はあざけるような視線で、ちらりと悠哉を見る。その目はまるで、お前にここまで出来るか、と挑発しているようにもとれる。
それすらも無視して、悠哉は自分の番を待ち――
「次、藤宮! フィールドへ!」
「はい!」
緊張を吹き飛ばすように悠哉は力強く返事をし、武器である片手剣を手に、バトルフィールド内へ入る。
すると、芝生一面だったグランドから一転。正方形のタイルが敷き詰められた床に、2メートルくらいの大きさの正方形の障害物がいくつか点在するだけの、質素な場所へと変わった。
そこに、片手剣を持ったマネキンのようなもの――訓練用ダミーが悠哉と相対する位置に続々と現れた。このダミー達も、バトルフィールドと同じで魔術によって作られたものだ。ちなみに、作成難易度はフィールドよりも低く、選手の中にはダミーを作り出して戦う者もいる。
「準備はいいか、藤宮?」
フィールド外からコーチに呼びかけられ、悠哉は右腕の袖を捲り、そこに着けた腕輪を出す。
この腕輪は、世界魔術協会より支給されている魔道具。MBをやっている選手全員に配られ、試合中には必ず着用を義務付けられている。というのも、この腕輪には、試合中に必須の機能が内蔵されている。
その機能の一つは、選手のHP管理。相手の攻撃を受けた時、残りHPはどれくらいかの管理をこの腕輪で行っている。そしてHPがゼロになった時、戦闘不能となり、腕輪の機能でフィールド外へ自動的に転移するようになっている。
そして、もう一つ。重要な機能がある。
腕輪を出した後、悠哉は腕輪の機能を起動する。
すると、悠哉の体は突然、光に包まれる。
その光が収まると、悠哉の恰好は、それまで店に売ってあるどこにでもあるジャージ姿だったのが、星見MBクラブのロゴの入ったジャージに変わっていた。
この衣装は、競技用防護服。使用者の魔力で形成された衣服であり、選手への攻撃をすべて引き受け、怪我を防ぐものである。競技を安全に行うにあたり、必要となる重要な機能だ。
ちなみに、この競技用防護服のデザインは、個人で自由に設定することが出来る。その為、人によっては西洋の騎士の様な恰好や少女向けの魔法少女の衣装だったりと、かなり個性的なものにしたりする人もいるのだ。悠哉のこのデザインは、自分でしたものではなく、クラブ指定の共通デザインのものだ。
競技用防護服へ着替えた後、片手剣を何度も握り直し、その感触を確かめた後。
「……いつでも」
覚悟を決め、そう言った。
「分かった。……それでは、試験開始!」
コーチからの合図で、片手剣を持った訓練用ダミーの一体が悠哉に向かって走り出す。
それに対し、悠哉は身体能力を強化する魔術を発動し、全身の筋力を底上げする。そして向かってきたダミーが振り下ろしてくる剣を自分の剣で受け止め、刃を逸らして受け流す。そこから、隙だらけのダミーの胴に向かって剣を振り抜き、斬り捨てる。
胴を裂かれたダミーは魔力の粒子となり、霧散する。機械的に動くダミーはそれに臆することはなく、次は二体同時に向かってくる。
悠哉は、向かってくる内の一体に対し、集めた魔力で作った弾丸を放つ。
その弾丸が足元に当たったことで、ダミーは一体、足を止めることとなる。その隙に、悠哉は向かってくる残りのダミーへと向かい、剣劇を繰り広げ、危うげなく倒す。そして、足を止めたダミーへと向かい、倒す。
「よし! 次!」
意気揚々と悠哉は声を上げ、次のダミーと戦闘へ向かって行った――
―――――
悠哉の試験が終わってから、2時間後。
クラブの選手全員の試験が終わり、コーチ陣で評価内容を元に選抜チームの選手の最終審議が行われていた。
まだかまだかと、選手達は待ち――そして。
「全員、待たせたな」
コーチ陣が戻って来て、その中の一人が前に出る。
「では、選抜チームの発表をする」
一人、また一人と、名前を呼ばれていく。その中には、佐藤もいた。佐藤の名前が呼ばれた時、泰樹と恵理那は露骨に悔しそうな顔をしていた。
選抜メンバー全員の発表が終わったが、その中に悠哉達の名前はなかった。
そして次に、補欠メンバーの発表が始まった。
試合に出る主要選手、さらに控えの選手に欠員が出た時用の選手。欠員が出ない限り試合に出ることはないが、可能性はゼロではない。
せめて、ここで選ばれたい。その想いを胸に、悠哉達三人は発表を待つ。
「松本泰樹!」
泰樹は名前を呼ばれ、「うしっ!」と小さくガッツポーズをとる。
「如月恵理那!」
続いて恵理那が呼ばれ、「やったー!」と喜び、悠哉に抱き付く。
その時、二人に視線が集まるが、補欠でも選抜に選ばれたことへの羨ましさというより、妬みようなものだと感じる。主に男子達から悠哉へのものなので、何の妬みかは言わなくても分かるだろう。
その後も補欠メンバーが続き。
「……以上だ」
コーチは選抜メンバーの発表を、そう締めくくった。
最後まで、悠哉の名前はなかった。
―――――
選抜メンバーの発表で、本日のクラブは終了となった。
いつもは泰樹と恵理那と一緒に帰る悠哉だが、今日は選抜メンバーに選ばれた泰樹達は残って今後の練習スケジュールの説明を聞かなければならなかったので、一人で帰っている。
悠哉自身、今日は一人で帰りたい気分だったので、丁度良かった。
「……また、ダメだったか」
悠哉は一人帰り道を歩く中、ポツリとこぼす。
悠哉が星見MBクラブに入ったのは中学一年の頃。毎年、悠哉は選抜メンバーの選ばれるよう努力し続けていたが、中学の三年間、これまで選ばれることはなかった。それに引き続き、今回の大会でも選ばれなかった。
これで、四連敗だ。
しかも、今回は補欠ではあるが、泰樹と恵理那の二人は選ばれた。幼馴染二人が選ばれた嬉しさはあるが、その反面、置いて行かれたというもの悲しさもある。
今回の悔しさは、いつもよりもずっと、悠哉の心に重くのしかかった。
そんな思いの中、悠哉は今暮らしているアパートへと辿り着いていた。
悠哉が現在暮らしている鉄骨構造の二階アパート――「つきみ荘」。築年数は古いが、最近改築したこともあり、外装内装共に真新しさが目立つ。
現在、このアパートに暮らしている住人は悠哉以外に泰樹と恵理那、そしてこのアパートを管理している大家一家のみだ。
心配を掛けない様、今感じている悔しさを表面に出さない様にと心に決めて、悠哉はアパートへと足を進める。
「あ、ユウ。おかえり」
悠哉がアパートへ着くと、ブラウン色の髪の女の子が声を掛けて来た。
「……ああ。ただいま、灯里」
少女の名は、乃木野灯里。このアパートの管理人をしている夫婦の娘で、これまた悠哉とは小学校からの付き合いの幼馴染だ。
下ろしたブラウン色の髪を二つに結っており、目はやや吊り目気味で気の強そうな顔立ちをしている。部屋着に包まれた体は、スポーツをしていないが、やせ過ぎず、太り過ぎずの良い意味で平均的である。ただし、胸の部分に関しては平均以下であった。
「……何か用か?」
「えっ? な、なんで?」
「いや、どうも帰りを待ってたみたいだから」
声を掛けてくる時、わざわざ大家一家の暮らしている部屋から出てきた様子はなかったので、多分外で待っていたのだろうと悠哉は予想して聞くと。
「べ、べべ別にあんたを待ってたわけじゃないわよ!! たまたま外の掃除をしようとした時にあんたが帰って来たから声を掛けただけよ! 違うからね!」
「こんな時間に掃除、ね」
「そ、そうよ! なんか文句ある!?」
「いえ」
慌てながら必死そうに言う灯里。
その態度から、自分から「そうです」と言っているようなものなんだが、追求しようものならさらに声を荒げて否定してくる。しまいには、実力行使でこちらを黙らせに来る。
長年の付き合いで灯里の性格を把握している悠哉は深くは追求しないことにしていた。
「あー……。え、と……」
本当は用があったのに必死になって否定した態度を取った為、言うに言えず、しどろもどろになる灯里。見事な自爆ぶりであった。
「そ、そういえばヤスとエリの二人は? 一緒じゃないなんて珍しいわね」
言おうとしていたことは恐らく諦め、灯里は今気が付いたことを聞く。
まあ、クラブ終わりはいつも三人で帰って来ることを知っているから、気になって聞いたのは本心だろう。
「二人は……補欠だけど選抜メンバーに選ばれたから、今後の練習の説明で居残り。だから、今日は俺一人なんだ」
「あ……そう、なんだ」
今日MBクラブで大会に参加するメンバーを決める試験があったことを、灯里は知っていた。本当はその結果をさっき聞きたくて、帰りを待っていたんだろう。
それを先程の悠哉の返答で察することができ、灯里は返す言葉を失う。
小さい頃から悠哉と一緒にいたので、灯里は悠哉がどれだけMBに真剣か知っていた。そして、悠哉の悔しさもどれだけのものか、分かったのだろう。だから、安易に言葉を口にはできなかったのだろう。
沈黙が、気まずい空気を作る。
「まあ、俺の力不足だったってことだ」
そんな空気をどうにかしようと、悠哉は努めてなんでもないように言い、力なく笑う。
「なによ……」
「灯里?」
「なによ、その顔!!」
顔を赤くし、きっ、と悠哉を睨みつける灯里。
「そんな無理して笑わなくていいわよ! 知ってるんだから、ユウが必死に頑張ってるの。だからこそ、悔しいのも。だから、あたしに気を遣わず、悔しいなら素直に悔しがりなさいよ! で、また明日から頑張りなさい! それが、ユウでしょ」
どうにも悠哉の態度が気に障ったようで、灯里が怒り心頭といった具合で言い切った。
ふと見ると。その眼尻には、光るものが見えた。
一方的な言葉だったが、悠哉を思ってのことだろう。少しだけだが、悠哉の心は軽くなった気がした。
「……心配してくれて、ありがとな」
素直に悠哉が灯里に感謝を伝えると。
「っっっっ~~!!」
これまでにないくらい、トマトの如く顔が真っ赤になった。
「し、心配なんてしてないし! 見ててイラっとしたから言いたいこと言っただけだし! 感謝される理由もないし!」
ふんっと、灯里は顔を逸らす。見えた横顔は、耳まで真っ赤に染まっていた。
「それでもありがとうな」
「っっ~~! じ、じゃあ、ご飯準備出来たら呼ぶから、それまで部屋でべそべそ悔し涙でも流してなさい! またね!」
乱暴な言葉を言い残し、灯里はさっさと部屋へ戻って行った。
どうにも昔から、悠哉が灯里に感謝を伝えると真っ赤になって暴言を言い残して逃げ去る癖があった。何年も経つが、悠哉はその理由が未だに分からない。
相変わらずの灯里にやれやれと思いながら、悠哉はアパートの二階に借りている自室に戻る。
「ふう……」
荷物を置き、ベッドに腰掛けた後、そのまま倒れ込む。天井を見つめ、今日の事を振り返る。
「あぁ……悔しい、な」
ぽつりと、本音をこぼす。
本当に、今日の事はかなり悔しい。泣いてしまいそうだ。けど、さっきの灯里のおかげで幾分か気は晴れたので、流石に泣くまではなかった。
それでも、心の整理をつけたいのでしばらくこのままでいさせてもらおう。
そう決めて、目を閉じた所で。
ブー、ブー!
スマホが鳴っている音が耳に聞こえて来た。
長さからして、電話の着信だ。
気分的に今は面倒だと思いながらも、電話は出た方がいいと考え、体を起こしてスマホを手に取る。
電話の相手を確認して――慌てる様に悠哉は電話に出た。
「はい、悠哉です」
そして、電話の相手といくつか言葉を交わした後、悠哉は電話を切った。
その表情は、青ざめていた。