第四話〈おでかけしよう!〉
〈おでかけしよう!〉
「おおー! ここがシンジュクか! 人が多くてなかなかの魔都だな!」
「そういうこと言わない……」
快晴というほどでもない空模様に迎えられ、私とロナは新宿駅のホームに降り立った。路上のスクランブル交差点を人の群れが交差していくのを見て、私はいきなりうげえと吐き気がした。群衆恐怖症、とまではいかないけれど、私は人混みが苦手だ。
見るのは嫌。
混じるのは最悪。
まともに社会人になれなかったのは、概ねそんな面倒くさい気質のせい……。
「で? 休憩所とはどこにあるのだ?」
「ああ、それなら歌舞伎ちょ……おいこら」
「ロナ、ちょっと疲れちゃったみたい」
「ここまで、電車乗ってただけだよね!? ……はぁ」
どこでそんな言葉を覚えてくるのだ。テレビか? 漫画か? ……いや、実のところ、ある人物に疑いの念を隠しきれないのだけれど……。
「じゃあ、まあ、行こうか」
「しゅっぱーつ」
威勢よく手を上げてくれたが、当面のところのミッションは、駅〈ダンジョン〉からの脱出である。
改札を出て、スクランブル交差点を渡ってメインストリートへ。
アニメのイベントまではしばらく暇なので、ゲームセンターでしばらく時間をつぶすことにして、そちらへ向かう。
「あ」
と、コンビニでジュースを選んでいるとき、ロナが頭を押さえて目を丸くした。
「ヒナ、大変だ……やってもうた」
「やってもうたか」
「帽子忘れた……耳を隠せないぞ」
じっとこちらを見つめる目に、ちょっと涙が浮かぶ。ここまで電車乗ったり人混み抜けたりしてきたのに、今更すぎた。
「うーん、それはまあ、大丈夫だよ」
「ほ、ほんとうか?」
「その証拠に、誰も変な目で見てこないでしょ?」
「そうか? ちらっと覗かれることはあるが」
「その程度じゃ大したことないね。よかった」
ロナを見た人は、そもそもが彼女を外国人と思うだろう。目を引かれるとしたらきれいな金髪とその瞳で、肝心の耳に関しては……。
「まあ、現代じゃあコスプレにしか思われないよな……」
「こすぷれ? 新しいプレイか?」
「あ、うん……そもそもの意味として間違ってないから怒れないな……でも、気になるなら帽子、買おうか? 視線はあるわけだし」
「いや、いい」
気にしていた割にはきっぱりと言い切り、ロナはドアを開けてコーラを手に取った。
「ヒナが素敵だと言ってくれた耳だ。どんな目を向けられようが、ちっとも構わん」
そう言ってくれる。
こんな、取柄のない女に。
「あー……うん、ヒナ」
わしわしとその頭を撫でながら、しゃがんで目線を合わせる。青いきれいな瞳が、澄んだ湖のように私を映し取った。
取柄もないし、コミュ障だけど、この子の好きな私ではいたいな、と最近よく思うのだった。
「私もそのほうがいい。いっしょに歩きたいな」
「うむ! では話もまとまったところで、これを買おう」
満面の笑みで頷き、棚から商品を取って、籠に入れた。
「うん、これを……この……なにこれ?」
「こすめ、というやつだ。化け道具じゃな。ほら見てみろ、この絵の女、こんなに印象のうすい顔して、こすめをつかったら一気に美人じゃ。ヒナも使うといい」
「え、え……と、一応聞くけど、なんで……?」
「ヒナ、大人の女は外を歩くとき、化粧をするものなのだろう? ヒナは不運にもこすめを今まで手に入れられていなかった……だから、今ここで出会えたことが奇蹟。運命なのだ。さあ、今買うがよい!」
「え、えっと、つまり?」
「ヒナ、化粧はしとけ」
ぐさり。
「ぐ……うぅ……っ!」
「な、なんじゃ!? 敵の呪いか!?」
“This is Japan.There are not enemies.Enemy is here.Eminem is God.”
「呪文か!? 対抗しとるのか!?」
「獅子身中の虫……」
今度、ちゃんとしたの買う。
そう決意した。
だから許して。
コンビニを出てしばらく、人とすれ違うときはやはり耳を気にしていたロナだったが、そのうちに気にならなくなったようで、ゲームセンターを満喫し終えると、外の世界の楽しさに目を輝かせていた。
むしろ人の視線を恐れてずっと俯いていたのは私だった……肌が弱いとか言っててごめんなさい、いや肌荒れはしやすいんだけど、今度ちゃんと良いの選びます……。
「じゃあ、そろそろイベントに行こうか」
「うむ……なあ、ヒナ。そろそろホテルに」
「しつこい」
「いや、そうでなく……」
ゲームセンターを出て、駅のほうへとちょっと歩き始めていたところだった。まったく、いつまでも同じ冗談に付き合ってもいられない……と思っていると、隣にロナがいなかった。頭からつま先まで、さーっと血が引いていく気がした。来た道を振り返ると、ロナが電柱にもたれていた。地面に膝をついて、苦しそうに胸を押さえていた。
「ロナ……っ!」
たった数メートルの距離なのに、全力で駆け付けた。
たった数メートルだけど、彼女から目を離してしまった自分が許せなかった。
「ごめん、ロナ、大丈夫……!? どうしたの、苦しい? 苦しいの?」
「……っはあ、ヒナ、済まない……ちょっと胸が詰まって……めまいが」
「なにがあったの? なにが……」
「ここは少し、空気が悪いな……なあに、すぐに良くなる。ちょっとだけ休ませてくれ……」
「ごめん……私、気づかなくて」
彼女の肩を抱えると、いつもよりも小さく感じて胸がどきりとした。
「ヒナ、済まない……せっかくのおでかけなのに」
「いつから? いつから苦しかったの?」
「心配するな、ほんのついさっきじゃ……」
それは嘘なのではないか。もしかすると、電車から降りたときから、彼女は虚勢を張っていたのではないか? 私の楽しみを邪魔しないために……。
「ロナ、ちょっと、休もう。場所は……えっと、どうしよう」
私はあたりを見回した。ちょっとした裏通りだが、どこかで休める場所があるだろうか? ここは都会だ。そのための店はいくつでもある。しかし、自室と変わらずゆっくりと横になれる場所とすると……。
「わ、わかった。ロナ、一回だけだよ」
ロナのためだ。
腹を決めろ。
「一回だけ……一回だけ」
私は彼女を抱えた。
お姫様だっこを、まさか本当のお姫様にすることになるとは思わなかった。
「ホテル、行こう」