第三話〈おでかけしよう?〉
〈おでかけしよう?〉
「ロナ、たまには昼間にどこか行こうか」
週日の昼下がり。
スーパーマーケットのチラシを床に寝そべって眺めているロナにそう声をかけてみた。
「ホテルか?」
「いやちが……どこで覚えたの?」
……こんな美少女エルフからはあまり聞きたくない単語だ。
ていうか意味わかってるのか?
「まあ、ちょっとそこまで……とかじゃなくてさ。どこか遠くにでもでかけてみたいかな? って」
「むむ? とおく……のホテルか?」
「私を娶ることからちょっと離れろ。ちがうよ、たとえば服とか買いにさ」
「服か! うむ、それはなかなか興味深いところだった」
「お、乗り気?」
「うむうむ。ただ、相談なのだがな」
「ん、なに?」
気高いロナから相談を持ち掛けられるのは珍しいことだ。
「ちょっと待っておれ」
ちっこい少女は金髪をなびかせながら、てちてちと隣の部屋へ消えていった。それから、すぐに白い衣服を二着持って戻ってきた。
「外出するのに、どれを着ていけばいいかの?」
「……あ」
私は己の阿呆さ加減に呆れつつ、天井を仰いだ。
彼女の持つ服は、今着ている分も合わせて、すべて白いワンピースだった。人目のつかない夜以外はそうそう出歩くこともないのでそれで済んでいたが、さあ昼日中の街中へ繰り出そうと考えると……。
「困ったな……」
「うむ、困った……」
これは……。
つまり……。
服を買いに行く服がねえ。
「うう……っ!」
私はソファーから落ち、床に膝をつく。崩れ落ちるような恰好だった。
「ど、どうしたヒナ⁉ おなかでも痛いのか⁉」
「ち、ちがうよ……ぐぅう……こんな非リア的生活を、ロナにさせてしまったことと、己の過去を思い出して……げふっ」
「血を!」
誰であろうと過去の己から逃れることはできない。
これは重大な警句である。
「ヒナ、すまない……私のせいで思い出したくないことを」
「ごめんごめん……ちょっと落ち着いた」
とりあえずこーひーぶれいく。
ロナは私の膝のうえで、心配そうに私を見上げている。
「ていうかな、ヒナ。服を作るくらいなら、私の魔法でちょちょいのぴょんだぞ?」
「ぴょんってなんだよかわいいな……。いや、それはいい」
「どうして?」
「ロナ、約束はなんだっけ」
「こっちの世界では魔法は極力使わない」
「うん、えらい」
撫ででやる。と、えへへーと口元をほころばせた。
「でも、どうして使ってはいけないのだ?」
「それは……」
私は口を閉ざして、彼女の前髪をおでこに撫でつける。なんと言えばいいものか、こういうとき、言葉がちゃんと出てこないことがもどかしくてたまらない。
「いい? こっちではね、魔法なんてものは使えないほうがいいんだよ」
「便利だぞ? 基本なんでもできる」
「なんでもかぁ……そうなんだろうね。でも、それには必ず嫌なものもついてくるんだよ」
「嫌なもの?」
「嫌な視線、かな」
結局うまく言えなかった。
ロナは目をぱちくりさせている。
「それなら、家のなかで済ませればよいのだろう?」
「うーーーん、それは、その……慣れって怖いだろう? 気づいたら外でもやっちゃうかも……」
「外でやらぬように気を付ければいいのだろう?」
「うううううん」
私はこういうとき決断力がなくて困る。彼女に力を使わせまいとしているのは、言ってみれば私のわがままでしかないのだ。一方ではロナに不便な思いをさせて、束縛することになっていはしないか? しかし、もしものことを考えると……。
「しかし、このままではおでかけできんぞ……」
「えっと……うーんと……あ」
思いついた。
「ネットで注文しよう」
「いんたーねっと! それは知っておるぞ。なんでもお届けしてくれる見どころのある奴だ」
「う、うん……まあね」
「今日注文したらいつ届くのだ?」
「あ」
うーーーーん。
うううううううん。
「そういえばさっき、テレビでやっておったぞ。シンジュクとかいうところで、おぬしのすきなあにめのいべんとがやるとか、なんとか……」
「……ロナ」
「ん? なんじゃ」
「……………………いっかいだけ、いいよ」
「お?」
「服、作ろう」
「お? 魔法を使ってよいのか⁉」
「一着だけ! そんで、今回だけ! な!」
「まことか! ふははは、最高の仕立てを見せてやろう!」
張り切って起き上がると、空中に魔方陣を展開し始める。発光するロナの体と、神秘的な奇蹟が目の前で進行するのを見ながら、私は深く深く肩を落とした。
「はあ……」
なんとも、私は。
優柔不断どころか、意思の弱い女である。