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掌編小説集 「魔法の速度」 収録例

掌編「足元」

作者: 蓮井 遼


お読みいただきありがとうございます。


 昔、それは珍しい百足(むかで)がいた。何が珍しいかって他の百足とは違ってこの百足は現状に飽きたらない知りたがりであった。

 この百足はずっと生きている限りのことを丸飲みしていた。百足はもうここには知らないものなどないと思うと居場所を変えてそこで起こることを丸飲みするよう移動する習慣があった。そういう行動をいくつか繰り返した後で、百足は生きている限りのことを全て丸飲みしたような気になった。生きて知るものごとが大体わかってしまうと、百足は生きていることよりも死んでいることに魅力を感じた。死んで起きることを丸飲みしようと思ってきたのである。

 ところが、死んだあと起こることを他の百足や虫に訪ねても、誰ひとりよくわかっていなかった。きっと死んだあとには何かあるんだろう、確かめたくなった百足は、わざと人の靴の裏にへばりついて、その靴が道路に踏みつけた時、百足は簡単に砕け死ぬことができた。

 その百足がいなくなってから、他の百足は死んだ百足が土産話に復活するのを待ったが、いつまで待ってもその百足は来なかった。百足たちの中では、本当に消えてしまったのか、死の世界の中で迷子になったのか心配になり後追いしたものもいた。そのなかでも悪運強く靴にへばりついた最中に風で飛ばされなかなか砕けられないものもいた。

 だが、集団のなかの数は減る一方だった。だれひとり、土産話にも迷子を連れ戻しに帰ったものもいなかった。残ったもののなかでは、死の世界とは強烈な眠気で辺りが覆われずっと眠ってしまうだろうとかそもそも死の世界がないのではないかと呟くものもいて、集団のなかで動揺が走った。

 そのとき、もう百足たちが戻ってこないし再会することもないと認めてしまった百足たちには死んでいった百足たちの面影が記憶にすきこんでいった。その現象のあとで百足たちは思い知らされた。生きていくことはなんと儚いことだと。

 中には百足たちの動揺の空気のなかにも、われ関せずという百足もいた。その百足は集団に諭した。「ああ、別に大したことじゃないさ。昨日の今日で死んでしまうものを幾つも知ってるだろう」

しかし、百足たちは彼の言葉に反感を募らして訴えた。

「んなことあってたまるか、生きているうちがすべてだ」と。

彼の言葉は残されたものたちの何の慰めにもならなかった。

 百足たちが悲嘆に暮れたある夜であった。百足たちの寝床に別の百足がやってきた。百足は休んでいる百足たちの群れに静かに印をつけて去っていった。 翌朝になると、百足の群れはそれぞれに寄せ合わされ丸くくっついてしまった。盛り土のように群れが合わさると膨れていった。一匹だけ、群れを諭したものだけ彼らと同じにはならなかった。

「なんだ、どうしたんだ」

群れの仲であれこれ喚いていたが一向に変わらなかった。

「君達は生に固執して一体化してしまったのだ。それは一つの形を成して建造物となり留まるのだろうよ」

彼は群れの百足たちに話したが、もう誰も固まってしまったので反応しなかった。一瞬、彼は固まりの中に紛れ込もうとしたが躊躇した。彼はかつての群れから離れ、独立してさまようことになった。

だが、さまよってばかりでは彼は体力が減って疲れるばかりなので、砂漠の方まで行って干からびてみることに決めたのだった。

 砂漠は日の光が果てしなく彼は干からびそうだった。彼が力尽き果て動きが止まりそうなところを蠍がたまたま通りかかった。

「こんなところでなにしてるの」

蠍の問いに彼は答えた。

「干からびようと思っていた」

「どうして」

「疲れてしまった」

「じゃあ、いいとこがあるわ」

と蠍は彼を自分の寝床に運んだ。そこには子の蠍もいて彼に栄養のある砂漠の虫の死骸を口に運んでくれた。体力が戻り、百足は蠍に言った。

「もうなにもなかったんだ、どうしてまだ・・」

「あなたが何もなくてもわたしにはすることがあるわ、何もないなら手伝ってよ」

蠍はそう言って百足に子蠍の食料のため使いに行かせた。彼が集めた虫たち、少し柔らかいものばかりだが、それを今度は子蠍が食べた。彼は子蠍のその仕草を愛しくも思った。

彼は蠍に言った。

「それが君のとどまる理由か」

「そうよ。この子がいるから私は居続けるの」

 次の夜であった。蠍たちの寝床に別の百足がやってきた。この百足は子蠍に隠してあった印を刈り取っていった。蠍はそれに気づくことができず翌朝、蠍は子蠍の死骸を食べた。そのあとで百足に言った。

「なにもなくなったわ」

「少しはこの気持ちがわかったかい」

「あなたとは違うわ。わたしにはあの子がいた」

「違うもんか、僕にもずっと前に兄弟を失った。向こうを探していなくなってしまった」

二人はそのあと喋らなかった。  

 この日の夜、百足と蠍はもうひとりの百足に会った。百足は子蠍を連れていた。彼は驚いた。

「おまえは帰ってきていたのか」

やって来た百足が答えた。

「帰ったといえば、そうだが少し違う。おれはあっち側についている」

蠍が叫んだ。

「どうしてこの子を連れてく必要があるの」

「別になにも、おれは連れていくようになっている」

百足が言った。

「おい、そっちを知って満足か」

「おう。ただ、こうなるとは思わなかったがな」

「私を身代わりにできないの」

蠍はその百足に尋ねた。

「まあ、できなくもない」

「じゃあそうして」

「そんなんじゃなにもならない、君は僕を留まらせたのにこれじゃ全くよくない」

百足はそう言ってもうひとりの百足に近より、印をつけた。

「僕は君に会いたかったんだ、君のとこに行くよ」

無理矢理、子蠍は百足の手元から生の只中へ離された。

死んでいる百足が言った。

「なにもかもがあった。ただ、君は当然いなかった、まさか君がまだいるだなんて」

そして妙な現象が起こった。二人の百足は繋がり合って固まってしまった。蠍の親子はそこでできた柱を見つめていた。二人が重なった柱の下でしばらく親子は生活をしていた。

 だが、それから二週間経ったあと、強い砂嵐がまきおこり、柱も蠍の親子もぼろぼろになってしまった。彼らだったものは解体されて細分化され砂嵐に巻き込まれた鳥の体毛に貼り付いたので、彼らが印を着けることはなくなり、かろうじて砂嵐から脱出した鳥は、羽を広げて飛行を続けた。そのあとしばらくして落雷がその地に唸りを上げたが、鳥は丁度いい足場の上で休め回避することができた。休めている足場から声が伝わってきた。

「お帰り、どうだった」

「どうもこうもない、まだこうやって飛んでいるのだから」






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