執行者の邂逅-1
今回からやっと本編に入ります。本当はもうちょっと……十話分ぐらい日常編を詳しく書きたいのですが、いいかげん話しを進めようかと。話しが落ち着いてきたら日常編を後日追加するかもしれません。
「イリス、忘れ物はありませんね?」
「はい。大丈夫だと思います」
後方で荷物の確認をしているイリスへ声をかける。
「王都までは時間がかかりますから、食料が持たないなんてことは止めてくださいね? いくら私たちが死なないからと言っても、空腹は堪えますからねぇ」
翌日。
私たちは原初の神殿の中でも、一般に公開されている正門前にいた。
裏口もあるにはあるにが、ここよりも狭い。
私の愛馬は特殊な馬で普通の馬よりも速く、強く、そして大きい。
その為普段ならば裏口から出入りするのだが、正門前でなければ諸々の準備が出来なかったのだ。
王都へ向かう理由は、イリスの使徒認定報告を正式にするというもの。
いくら神から認定を受けても、王から承諾を――と言っても実質神には逆らえないので形だけなのだが――もらう必要があるからだ。
「分かってますよ、私だって嫌ですもん」
使徒となったイリスと、執行者である私は特殊な権限を持っている。
その副産物により信徒とは違い、条件に縛られずに再生能力を行使することができた。有体に言えば私たちは基本死なない。いや、死ねないのだ。
寿命を除く死に至るような傷は、神の強制力によって修復されるために。
しかしその高い再生能力を持ってしても、どうすることもできないものが二つあった。
一つは血だ。そして二つ目が空腹になる。
内包している聖気の総量は、自身の状態に大きく左右される。
体調が悪ければ減少するし、逆に好ければ増加もする。
これだけであれば普段気を付けていれば、早々聖気を枯渇させるなんてことはないだろう。しかし注意しなければならないのが、空腹時には聖気が恐ろしい早さで減少してしまうという点だ。
食事を摂れば徐々に聖気量は戻っていくのだが、空腹時の減少に比べ、聖気が増加するのには時間がかかる。
そしてこれは聖気の総量が多い者程顕著に表れる。特に神の恩恵を大いに受ける執行者、使徒にもなれば丸一日かけても回復しきれるか不安が残る。
肝心な時に聖気切れでは話にならない。
故に充分量の食事の確保は、私たち神に仕える者の中では当たり前のことだった。
普段聖気を使用している分、使えなくなったときの反動が大きいからという理由もあるが。
「では、行きますよ……ん?」
確認が取れたところで私は馬車を出そうとしたのだが、神殿の方から誰かが駆けてくるのが見えた。
あれは、シルクと……?
「誰か来ますね。二人いるようですけど、イリス分かりますか? シルクは分かったんですが」
「はい? えっと……あぁなんだ、あの子ですよ、アリス様。ほら、私とアリス様の修練を見ていた子です。レリィ・ハルツさんだったと思います」
丁度そこで馬に跨る私の下に、シルクとレリィがやや息を切らしながらやってきた。
「はぁはぁ……。間に合ってよかった。アリス様、よろしければこちらも持っていってくださいませんか?」
シルクは昨日見たお弁当箱を、私に差し出してきた。
「お気持ちは有り難いですが、それはシルクのお弁当箱でしょう? 私たちしばらく帰ってきませんよ? 明日からどうするんです?」
「レリィが予備を持っているらしいのでしばらく貸してもらうことになりました。ですので、受け取ってくださいませんか?」
ちらっとレリィの方を見ると、恥ずかしそうに小さく頷いた。
「そういうことでしたら有り難く頂きますね。昨日食べたシルクのお弁当は美味しかったですからね。期待させてもらいますよ?」
感謝の意味を込めて私はシルクに微笑んだ。
「は、はい! 楽しみにしてて下さい!」
一瞬瞬きを繰り返し、頬を染めながらシルクは答えた。
……じとーとした視線を感じる。
きっとイリスだろう。狙ってやったわけではないので勘弁してほしい。
「それにしても、シルクとレリィは仲がよろしかったんですね? 二人が一緒に居たところを私が見たことないだけかもしれませんが」
イリスは一旦置いておくことにした。
「……昨日三人が仲良くご飯食べてるの見かけたから。……シルク、アリス様にお弁当作ったのはいいけど、その後のこと考えてなかったみたいだった。だから私が声をかけた」
シルクには意外と抜けている部分があるみたいだ。
それより、レリィ。貴方また覗いていたんですね。油断出来ません。
「そうだったんですか。私からもお礼を言わせてもらいますね。レリィ、シルクに貸して頂いてありがとうございます。お蔭でシルクの素敵な料理にありつけますよ」
心の中で思ったことを口に出さず、場を流すことにした。
「……誰かの為に作った物はその人に食べてもらうのが一番」
レリィが私から目線を外しながらそう答える。
その顔は心なしか赤みがかっているような……。
「こほん」
壮絶にわざとらしい咳払いをされたので仕方がなくイリスを見る。
「どうしました?」
今この場で追及されたら、全力でとぼけようと思った。
わざとじゃないんです。
「アリス様、そろそろ出発しなくては予定が遅れてしまいますよ」
? いつもと違う反応に疑問を感じつつ手元の聖時を見る。
「そうですね。ではすみませんが、この辺で行かせてもらいますね」
「はい、いってらっしゃいませ。アリス様、イリス様のご無事を祈っております」
「……二人とも怪我しないように気を付ける」
「ありがとうございます。行ってきます」
流石に声をかけられて無視は出来なかったようでイリスが無難に返す。
「あ、そうだ」
私も挨拶をしようしたところでシルクが声をあげる。
そのままレリィの手を引き、荷台のイリスの下へ向かっていく。元信徒同士、何か話すことがあるのかしれない。
…………。
なるほど、いい子たちですね。
話の内容は予想していたものとは違いましたが。
「そろそろいいですか?」
話が一段落した頃を見計らって声をかける。
「はい。お時間を頂いてしまって申し訳ありません」
「では改めて、行ってきます。皆にもよろしく言っておいてください」
「承りました。いってらっしゃいませ」
「……いってらっしゃいませ」
深々と頭を下げる二人に見送られて、私たちは神殿を発ったのだった。