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新-執行者アリス  作者: 至福の鯱
第一章‐王都認定式編‐
7/27

執行者の日常-6

たぶん、ほのぼの回です。3300ぐらいです

 イリスが使徒へと昇華した日から、一週間が経った。

 失われた血もすっかり元に戻せたようで、イリスは今日も元気に勤めを果たしている。

 掃除、洗濯、料理と、有体に言えば家事全般。それに加え勉学と鍛錬があり、信徒は一日にやらなければならないことが多い。

 細かいスケジュールが決まっているわけではないので、この前のイリスのように上手く繋げれば早めに終わらせることも理論上は可能だ。

 それでも一日かけて終わらせるものを、ほぼ半日で終わらせたイリスは余程時間管理が上手いのだろうが。

 そんな訳で、療養で暇になったイリスは、使徒になったにも関わらず他の信徒の手伝いという勤めを――もとい指導をしているのだった。

「イリス……その辺にしてあげたらどうですか? もうお昼の時間ですよ?」

 執行者という立場上私は信徒の勤めに対して口を出すつもりはなかったのだが、さすがに限界だった。

「違う、違いますよ。ここはこうして、こうした方が絶対いいです。ほら、簡単でしょう?」

 今やっている勤めは勉学だ。

 イリスなりに分かりやすく教えようとしているのだろうが、元にしている知識量が違い過ぎて上手く伝わらない、といった状態だろうか。

 信徒たちは個人の意思に関係なく、神殿で信徒の契約を交わした時に一つの誓約を誓わされる。

 王都で最難関と呼ばれる、フォールンハウト学院の卒業試験を受けなければいけないという制約を。

 これは新たな使徒が決まった際に、残りの信徒たちが身の振り方を考えられるようにと、今代のハウト国王が考えたものだ。

 私たちが日々過ごしてきた原初の神殿は、イニティム王国――ハウト国王が仕切る管轄内の中でもかなり特殊な位置にある。

 ほぼほぼ南端といった所で、ここから更に南に数分歩けばお隣のアリアル公国に着いてしまうぐらいだ。事実上の国境になる。

 勿論神殿の管理もある為ここに残るという者も――望んで信徒になりに来ているのだから当然と言えば当然だが――大勢いる。

 だが今イリスが相手をしている信徒はなんと、先生になりたいという夢を持っているらしい。

 何でも実家が貧しく、信徒に出る補助金目当てで契約を結んでみたら結べてしまい、仕方なくここで暮らすことにしたのだという。

 世知辛いしわ寄せを垣間見たが、確かにそういう考え方もあるのかと私は嫌に納得してしまった。

 お金がない時に、信徒になれれば一軒家が買えるような補助金を毎年もらえる。と、知ったら飛びつくのも無理はない。

 条件を満たしていると認められ無事契約を結べたことで家族は喜んだが、自身は複雑な心境だったのだろう。

 だがそれもイリスが使徒へと昇華したことで、信徒としてではなく自身の気持ちで、今後のことを自由に選択できるようになった。

 何よりフォールンハウト学院の卒業試験は特殊なもので、試験結果によって就職先を優遇してくれる制度がある。

 上手くいけばその場で教員として採用してくれるかもしれないと、共用スペースで必死に問題に向かっていたところに今回イリスが声をかけた。というのが今に至る一連の流れだ。

 私も邪魔をしないように見守っていたのだが……もうかれこれ5時間休みなしだ。

 そろそろ休憩した方がいい。

「……イリス様、アリス様がお昼だから休憩してはどうかとおっしゃていますが?」

 私の声に気付かず指導を続けるイリスに、恐る恐るという体で信徒が声をかける。

 本人にそのつもりがなくとも、無視をされた形になる私にとっては有り難い気使いだった。

 けれど、イリスを様呼びなのがなんとも面白い。

「はい? ……えっと、すみませんアリス様。集中してて聞こえませんでした。そうですねお昼ご飯にしましょうか。といってもこれから作らないとですけど。ん? アリス様何で笑っているんです?」

 おっと、いけないいけない。

 緩んだ口元を引き締めて何事もなかったかのように振る舞う。

「笑ってませんよ」

「笑ってましたよ?」

「それよりイリス、今日は作っていなかったんですね」

 料理が勤めの一環となっている原初の神殿では自炊は基本中の基本だ。

 基本なのだが、いつものように私の分を含め作ってあるものだと思っていたので、私も今日は特に用意していない。

「すみません忘れてました……」

「それだけ真剣に教えていたんですね。私もイリスを充てにしてましたので何も用意していないのです。困りましたね」

「うーん空腹に耐えつつ作るしかないですね」

 手をお腹に当ててイリスは私にそう言った。

「そうですねぇ」

「あの……」

 仕方がないかと話しが纏まりかけていた所で声をかけられた。

「どうしました? えぇーと……」

「シルク・フォレイスと言います。シルクとお呼び下さい」

 私が名を知らないことに気付いて、シルクは名を教えてくれた。

「ダメですよアリス様。ご自身の信徒のお名前は把握しておかないと」

「そうしたいのはやまやまなんですが、今現在何人いると思っているのですか?」

「……それもそうですね」

 信徒の受け入れは使徒が見つかるまで行われるので、いくら内包している聖気量で弾いていると言っても、増えに増えていた。

 アリスがこの世に執行者として生まれた十七年前から、この前まで。

 常時神殿にいる者は少ないため正確な人数は分からないが、既に四桁は越えている筈だ。

 その名を全て覚えろというのは少し無理がある。

「そもそも私が信徒の中で名を知っていたのはイリスだけですよ」

「あれ、そうだったんですか?」

 イリスから頬に赤みがかかった笑みを向けられる。

「そうですよ……あ、すみません。それでシルク、どうしたんです?」

 ほったらかしにしてしまったシルクへ私は向き直した。

「いえいえ気にせずに! 私なんかに謝らないでください!」

 無駄に執行者なんてやっているとこういうことになるので面倒だ。

 いや、無駄ではない。神に怒られそうなので訂正しておく。

「えっとですね。よろしければ私のお昼を一緒に食べませんか? 一人分なので物足りないとは思いますが」

 シルクは足元にあった自分の荷物から、お弁当を取り出してテーブルに広げた。

 見ただけで美味しいと思える丁寧なお弁当だった。

「こんなに素敵なものを頂いてもいいのですか?」

「素敵だなんてそんな……。アリス様は何をお食べになられますか?」

「それではお言葉に甘えまして……と思いましたが箸が足りませんね。取ってきますか」

「いえ、私のでいいですので。まだ口を付けていませんから。これなんていかがですか?」

 シルクは口早に言うとおかずを一つ持ち上げ私の口元まで運んでくる。

「……自分で食べれますよ?」

「私がこうしたいので、よろしければご奉仕させてください」

 私はなぜか急に積極的になったシルクに困惑しつつ、特に断る理由もないので運ばれた物を口に含む。

「やはり美味しいですね。実はだいぶお腹が空いていたんです。見てるだけでもお腹は減るものですからね。もう少しだけでいいのでおかわりしてもいいですか?」

「駄目です」

 シルクに話していたのに隣から返答が返ってきた。

「なぜイリスが決めるのです? シルクのお弁当ですよ? ……心配しなくてイリスの分も残しますから大丈夫ですよ」

「アリス様、私は別に食い意地をはっているわけではりません」

「? ではなんだと言うのです?」

 イリスの言いたいことが分からない。

「アリス様、イリスはアリス様の使徒になりました。私がいない時は仕方がありませんが、今この場には私がいるのです。ですから、アリス様にご奉仕するのはイリスの役目です。シルクさん、箸をお借りしても?」

「あ、はい。どうぞ」

 口調は丁寧だが、イリスの目が笑っていない。その雰囲気に呑まれたのかシルクは素直に箸を渡していた。

「ありがとうございます。ではアリス様、お口を開けてくれますか?」

 私も素直に口を開けた。そこにイリスが、私がまだ口にしていない具を運ぶ。

「はい、どうぞ。美味しいですか?」

「ええ、美味しいですけど……」

 シルクが作ったものだと今言うのは自殺行為だと思ったので、腑に落ちないが黙っておく。

 勢いに流されたシルクは今更になって自身が何をしていたのか理解したようで、顔を赤くしていた。

 私は特に気にしない質なので、正直そんな反応をされても困る。

 ……理由は分からないが、イリスが私を思う感情の正体には気付いていた。

 だがちょっと重いかもしれないと、私は次々に運ばれるものを咀嚼しながらそう思うのだった。

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