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新-執行者アリス  作者: 至福の鯱
第一章‐王都認定式編‐
5/27

執行者の日常-4

基本的に1話2000文字を目途に書いていますが、今回ちょっと長めです。お時間ある時にどうぞ。

といっても3500程度何ですが……。

「それは出来ませんね。今は修練中です。私はイリスの攻撃を凌ぎました。ならば、反撃を持ってして応える、というのが筋というものです」

 まだ動揺を切り離せていないイリスへと、私は淡々と告げる。

「お腹にいきますよ。力を入れなさい」

 掴む足からは漏れ出たイリスの聖気が伝わってくる。

 聖気は神に仕える者たちが与えられた恩恵の一つで、この力が通常では貧弱な人間の体を強化し守っている。聖気の量は素質に依存するものだが、基本は誰しもが持っているものだ。普段は蓋をしてある為、通常の生活の中で息吹くことはまずないのだが。

 聖気の肉体強化は尋常なものではない。信徒にはなりたくないと自力で会得しようとする者を除けば、神殿に行き信徒となる契約を結ぶというのが一般的な取得方法だ。

 ただこの力はあくまでブーストをかけるものであり、蓋が外され聖気が解放されても意識して身に纏わなければ何の意味もないガラクタとなる。

 もちろん、正しく使うことが出来れば先程のイリスが放った凄まじい蹴りを放つことも可能というわけだが。

 イリスへ攻撃を返すべく、私は腕に力を籠め聖気を集中させる。

「行きますよ」

 その言葉にイリスの体が強張ったのが分かった。イリスの纏う聖気が、イリスの腹部へと集中する。

 それを見た私は、予定通りイリスの顔面を右足で蹴り上げた。

「うぁっ」

 凄まじい速度でイリスの身体が飛んでいく。

 私は追撃すべく地を蹴って、宙を飛ぶイリスに並走する。そのまま聖気を纏わせたままだった右腕でイリスの腹部めがけて振り抜いた。

 拳が肉を貫く感触がした。それを確かめるように大量の血が跳ねる。私の攻撃で飛ぶ勢いのなくなったイリスの身体から腕を引き抜いて再び右足で蹴りを放つ。今度は聖気を纏っての攻撃となる。狙いは風穴の空いた胴体。

 骨の軋む音、折れる音、皮が裂け、血が噴き出す音。そうして肉体が壊れる音が響き、イリスの体は二つに分かれた。


「これは……駄目かもしれませんね」

 私は自分がしたのにも関わらず、酷く冷静に考えていた。

 補佐役と言っても使徒と執行者の差は圧倒的だ。では使徒見習いである信徒と執行者であればその差はどれだけあるのか。答えが今の状況だ。訓練とは名ばかりの、一方的な殺しになる。

 初めは心が痛かった。

 例え執行者の誓約で信徒への手加減が強制的に出来ないとしても。一度修練を始めたら、死ぬまで止められないということを。

 時には手を抜こうと攻撃を一切しないこともあった。でも、一瞬の意識の途絶えと共に、相手をしていた信徒は心臓を手で貫かれ絶命していた。私の伸ばした、私の腕で。

 使徒を見つける為、信徒を昇華させる為。これは神に強制された行い。そこに私の意思があろうとなかろうと、阻むことは出来ないのだと、私はいつからか諦めという逃げの選択肢を選んだ。

 今まで何人の信徒が執行者である私に修練とは名ばかりの虐殺にあったのか。数えたくもない。考えたくもない。仕方がないのだと。私に出来ることはないのだから。

 それが執行者、神の代理人たる私の逃避という意思だった。

 イリスがここ、原初の神殿に来てからだいたい5か月程になる。神殿の掟で最初の3か月は勤めが優先となり修練は受けられない。しかしイリスは短い期間の中でも積極的に時間を作り、その度に生き延びた。それでも使徒として認められなかった為、今回で5回目の修練となる。

 何度も何度も、どんなに身体を傷付けてもイリスは諦めなかった。

 私がまだ平常を保てているのは、はっきり言って彼女の存在が大きい。

 裁きで心を汚し、修練で魂を削っていた私に、あの時彼女は、話しかけてくれた。

 攻撃をしない私の意思に、嘲笑うかのような執行者としての責務を強制されて。

 命を落とした信徒を、腕の中で抱えたまま立ち尽くしていた私に。

 彼女は――


「アリス様お疲さまでした。このままでは可哀想ですから、彼女のお墓を作りましょう」

 見知らぬ信徒が声をかけてきた。

 その瞳にたくさんの涙を溜めながら。

「……なぜ貴方が泣いているのですか?」

「人が亡くなることは悲しいことです。私はまだここに来て日が浅いですが、それが修練の結果だとしても、そう思います。故に泣いているのです。悲しいことですから。そして、そう思うことは間違いではないと思います」

「……そういうものですか」

「はい。現に今アリス様も泣いているではないですか」

 私はその時何を言われたのか、全く理解できなかった。

「私が泣いている? ふざけたことを言わないでください。修練は使徒を見つける為の神の行為。その過程で死人が出たとしても、それは信徒が器足りえなかったまでです」

 理解できなかった私は、先の行いで見つけた逃避という偽物の答えを肯定した。

「……では、アリス様の頬を流れているこれは、いったい何だと言うのですか?」

 彼女はそう言って私の頬に触れた。触れた指を彼女が離し、私に見えるように前に出した。

 出された彼女のその指は、確かに濡れていた。

「なぜ貴方の指は濡れているのですか?」

「アリス様が泣いているからですよ」

「私は、泣いているのですか?」

「はい。その感情は確かなものです。そして私も同じです」

「私は今、悲しみを感じているのですか?」

「はい」

「……悲しむことは良いのでしょうか? 今私の腕の中で眠る彼女の死は、修練の結果で仕方がないことです。そこに私の意思を挟んで良いわけがありません」

「いいえ、挟んで良いのです。確かにアリス様の、相手が死ぬまで止めれないという制約は神に縛られたもので、仕方がないことかもしれません。でも、それは私たち信徒は良く理解しているつもりです。死ぬかもしれない、そう分かっていながら、それでも使徒になる為修練に臨むのです。ですが、死んだ後は? アリス様の誓約は死ぬまでであって、死んだ後に関する誓約はありませんでしたよね?」

「……それは確かにそうですが、そういう問題では……」

「いいんです。強制されていないのなら、それは好きにしても良いということです。都合良く解釈すれば良いのです。ですから、そんなに苦しまないで下さい。私も泣きますから、一緒に泣きましょう。亡くなった彼女の為にも」

「……泣いてもいいのですか?」

「はい」

 

 執行者として生きてきて私はその日、初めて泣いた。

 私の泣き声に他の信徒たちが集まってきても、泣き続けた。亡くなった信徒を力強く抱きしめて。

 私と泣いてくれると言った彼女は私を支えるように寄り添って、泣いてくれた。

 私が泣き止むまで、ただ一緒に泣いてくれた。

 ようやく泣き止んだ頃には、泣き過ぎてお互いの目は腫れていたけれど、それでも彼女は私に笑いかけた。

「アリス様、私の名前はイリスと言います。貴方ではなく、イリスと呼んでくださいね?」

 あの時の笑顔を私は絶対に忘れることはないだろう。


「そんなことがあっても、根ついたものはそうそう消えませんね……」

 私は壊れる目前までいったのを自覚している。その直前でイリスに救われたことも理解している。

 だが、冷え切った感情はそう簡単に戻るものではなかった。

 あの時から今日まで、私はこれまでと同じように何人も手に掛けてきた。けれど、悲しいと思っても、どんなに泣きたいと思っても、あの時のように声をあげて泣くことは出来なかった。

 きっと無意識に感情を抑えているのだろう。

 私は執行者。神の代理人として裁きをもたらす者。この世で唯一の生きるものを殺す権利を得ている者。

 それが生まれながらにして執行者の刻印を体に刻まれていた私。

 原初の執行者アリスの名を継ぐ者の運命さだめ

「お願いイリス……死なないで」

 唐突に口を突いて出たのは、抑圧された私の意思だった。

 自分の言葉に、全身の力が抜ける。これ以上立っていられなくなり、膝から地に崩れ落ちる。

 崩れ落ちた姿勢で下を向いた私の瞳に映ったのは、滴り落ちる涙だった。

「……私が泣いていいのは貴方といる時だけということなんでしょうか。だとすれば、私はこれから泣くことはないのですね」

「いいえ、これからも泣けますよ。私が一緒に泣いてあげます。それと、貴方ではなくイリスって呼んでくださいね」

 下を向いていた私の顔にあの時と同じ笑顔で、イリスが手を差し出していた。

「……復活できたんですか?」

「はい。さすがに死ぬかと思いましたが、愛の力で何とかしましたよ」

 そう言ってイリスは胸を張った。ただでさえ大きい胸をいつものように強調するように。

 その行為にイリスが生きていると実感できた。思わず笑みが零れる。

「ふふ。…………おめでとう。貴方が……いえ、イリスが私の使徒として認められたようです。そして、ありがとう」

 イリスの頬に私の執行者の刻印に似た印が刻まれていた。

「はい?」

 当の本人は全く気付いていないようだけど。


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