執行者の片鱗-3
ちょっとしたお知らせ。執行者の片鱗で、第一章完結予定です。
展開されていた陣が、幾何学的な文字が浮かぶ魔方陣が消えていく。
それは、絶対権限の封印を解除したいうことに他ならない。
私は組んでいた両の手を解き、目を開けた。
「イリス! ライズ! 私は今回の主犯を追います! 2人は救助を続けてください!」
言いたいことは主にライズにあったが、大声でそれだけ伝える。
権限を複数行使するのは久しぶりだが、大丈夫だ。
全身から溢れる聖気が、その自信を確かなものにしてくれる。
封印を解除したことで、消失していた半分の聖気も回収することができた。不足はない。
改めて視界に入る惨状を見て、昂ってくる気持ちを落ち着ける為に大きく深呼吸する。
よし、行こう。
「執行者、特殊権限。権限一の管轄者を行使」
ここから離れている聖気の反応を探す。そしてそれは直ぐに見つかった。
一際大きな、こちらを窺うように動ない反応が一つ。誘われているかもしれないが、行く以外に選択肢はない。
私は全聖気を両足に込めて、王都に来た道を、再び森の中へと駈け出した。
全速力で走っていると、視界を流れていく木々の合間で、何かが光った。
本能的に危険だと判断した私は、速度を落とし聖気を足だけでなく全身に回して防御の姿勢を取る。
次の瞬間、王都で聞いた爆音が辺りに響いた。
轟音と共に周りの木々が焼け焦げ、豊かな緑を育んでいた森林は焦土と化した。
昔、よく話を聞いた廃土のように。
「おやおやぁ? 今のをくらっても無傷とは、貴方人間止めてますねぇ。これは困った」
未だ燃え盛る木々の合間から飄々とした、そんな言葉が似合いそうな胡散臭い男が現れた。
「わざわざこちらに来ていただけるとは、有り難い。貴方の罪、私が裁いて差し上げます」
私は拳を構えて戦闘態勢に入る。
「おお怖い怖い。本当に怖いですねぇ。何ですか? もしや執行者様は戦闘狂のご趣味をお持ちで? いやーこれは困った。私のような一般人に手を上げようとは……。これは仕方がない。全力で反撃するしか、ありませんね?」
人を小ばかにするように早口にそう言うと、男は右手を上げた。
それを合図にどこからともなく私の下へ、砲弾が降り注いだ。その数は数えるのも億劫になるほどだ。
全部聖気で弾いてもいいが、そうした場合足場がめちゃくちゃになる。身動きが取れないという状況は流石に避けたい。
私は回避を選択し、飛んでくる砲弾の軌道に合わせて動き回る。
「おやぁ? これは避けるのですねぇ? ふむふむ」
男が上げていた右手を下げる。それと同時に砲弾の雨が止む。
攻撃が止んだその隙を狙い、地面に穴を開けて半ば埋まっている砲弾に指を強引にめり込ませて男へ放る。
投げられた砲弾は空気を割って、音をたてながら男へ一直線に飛んでいく。
「これは危ない」
瞬間的に男の拳が大量の聖気を纏った。砲弾が直撃する間際に男が拳を振り抜く。
これぐらいでやられるような奴とは思ってはいなかったが、想像以上の相手かもしれない。
仮にも私が全力で投げた砲弾は、拳が接触した点を中心に粉々に砕け散った。
「いやはや恐ろしい。一歩間違えば死んでいましたよ? いくらその権限があるとはいえ、死を安直に与え過ぎではないですかぁ?」
男の言葉に、何の罪もない人たちが、爆発に巻き込まれ散っていった光景が。
悲惨という言葉では表しがたい惨状が。
助けを求めて逃げ惑う人々の姿が。
それが起きるまで何も気づくことができなかった自分への苛立ちが。
脳裏に浮かぎ上がってきた情景に、私の中で一つの感情が爆発する。
「貴様が、貴様がそれを言うかッ! 名ばかりの宗教団体が、人々を惑わし、あまつさえ手にかけるとは……ふざけるなッ!」
私は何も考えず、言葉を溢れさせた。
地を蹴って男へ肉薄する。私はそのまま様子見などせずに、全聖気を込めた拳を振るう。
男はその拳を避けることなく、片手で受け止めた。
「なッ!」
今起こった事実に、私の口から驚きの声が漏れた。
「まさかではないですか、このまま貫かれて絶命するーとか思っていませんでしたぁ? だとしたら、はっはっは片腹痛いですねぇ。まぁこちらとしては想像以上の聖気量だったので、纏っていた魔法が消し飛ばされてしまいましたが。まったく、姿を見せることになるとは予想外です。してやられましたよッ」
女の蹴りが私の腹部に直撃し、蹴り飛ばされる。
しばし放心していた私は、ろくな防御姿勢も取れずにまともにくらってしまった。
地面を何度か転がって、肘を地面に打ち込み強引に回転を止める。
「くぅ……。今、魔法と言いましたか?」
ふらふらになりながらも立ち上がって私は問いただす。だが、言葉を出しながら顔を上げて気付いた。
醜い男の姿はどこにもなく、そこにいたはずの場所には、同じ衣服を着こむ女の姿があった。
「改めまして。リレイス大幹部の一人。ゲリムゲリデと申します。生意気な執行者様にはここで死んで頂きますので、この名乗りは意味を成しませんが。ではさようなら」
女が開いた右手を、私に向けた。
身構える時間もなく、聖気の塊とも違う漆黒のエネルギーを持った何かに、私は貫かれた。