執行者の片鱗-1
ちょっと短めです。前回までで一区切りで、今回から片鱗に入ります。
再び王都を目指してから更に十時間が経過し、私たちはようやく目的の場所に辿り着いた。
王都に入るために関門を抜けようと、現在は順番待ちの状態だ。
「スレイプ大丈夫ですか? あとちょっとで休めますからね」
飛ばしに飛ばして満身創痍のスレイプに声をかける。
無理をさせるつもりはなかったのだが、結果としてスレイプは一度も休憩を挟むことなく走り続けた。
手綱の扱い方で、私が急いでることを気付かれてしまったのだろう。
本来なら神殿から王都まで三日はかかるとふんでいたのだが、スレイプの頑張りでだいぶ早く着くことができた。
「リレイスがなにかする前に謁見しなくては……」
私の焦りが言葉となってこぼれる。
いくら執行者といえども、王都で好き勝手に行動することはできない。行動を起こす前に王から許可をもらう必要があった。
「アリス様少し落ち着きましょう。綺麗なお顔にしわが寄っていますよ?」
私の独り言が聞こえたのか、隣を歩くイリスが声をかけてきた。
「あ、でも、そのお顔も素敵ですよ? 凛々しくてかっこいいです」
気を紛らわせようとしてくれているのか、イリスがなにか言い出した。
その言葉に耳を傾けながら、私は異変に気づく。
なにかの音が私に届いた。その音は不安を煽るかのように、次第に大きくなっていく。
「そうそう。正確な時間は聞いていないけど、きっとまだ時間はあるから、大丈――」
――大丈夫。きっとライズはそう言いたかったのだろう。
だがライズがその言葉を言い終える前に、事態は動いた。
関門が私の目の前で、音をたてて爆発した。
その衝撃は爆発し破片となった石材を吸収して強力になり、周りにいたたくさんの人々を血に染めながら巻き込んでいく。
爆発の影響を直に受けたのだろう。
私の傍に弾けた肉体が転がってきた。反射的に手を伸ばしかけたが――その原型は既に分からなくなっており、一目で死んでいることが見て取れた――なにもできないことを理解し、私はその手を力なく握った。
血の匂いが充満し、日常が非日常へと変異していく。
「ぅああああああああ!!」
始めに叫んだその声は、誰のものだったのか。
悲鳴が悲鳴を呼び、場を混沌と化していく。
騒然としながら辺りへ逃げて行く人たちをしり目に、私は行動を開始した。
「イリス」
「は、はい!」
その声は少し震えていた。
「まだ息がある者の救助を。受託者の権限行使を許可します」
「お願いします!」
イリスの声から動揺が消えていた。自分がすべきことを理解したのだろう。
私たちは、執行者と使徒だ。
人々の命を扱う権利を持っている。殺すのも生かすのも、私たちが選ぶことができる。
だからこそ少しでも多くの人を、助けなくてはならない。
「執行者、特殊権限。権限二の委任者を選択行使」
私は全身の聖気を解放し、イリスへと手を伸ばした。
「使徒、特殊権限。権限一の受諾者を選択行使。委任者と接続」
私の手をイリスが繋ぐ。
触れている手を線として、私が持つ聖気の一部がイリスに流れていく。
「委任者から受諾者へ。権限七、宣告者を貸与。……昨日のことは覚えていますね? 私は権限の解除をしていない。きっと修復に使われる聖気はイリスのものです。無理だけは絶対にしないでください」
「はい! こっちは任せてください!」
イリスは声を大にして答え、倒れ伏す人々の下へ駆けて行った。
一瞬手を放したくないという表情が見えたような気がしたが、気のせいだろう。
「俺はどうしたらいいかな?」
私とイリスのやり取りを、黙って見ていたライズが声を上げる。
もう邪魔はしないという意思表示だろうか。
「私は今から爆発物をしかけた犯人を追おうと思います。ただそのためには、私の絶対権限を解除しなくてはなりません。ですが……その間私は解除に集中するため無防備になります。この場にはきっと、まだ事態を見守っているリレイスの連中がいることでしょう。本来これは使徒であるイリスが行うことなのですが、イリスには他にやることがある。だからライズに頼みたいと思います。 ――私を守ってください」
私の最後の言葉に、ライズが目を見開いた。
「権限とかよく分かんないけど、時間稼ぎすればいいってことかな? ……アリス様の方が強いのは俺だって知ってるから、そう言われるとなんか複雑だけど。 ――任された。絶対に守ってみせるよ」
私はライズに酷いことを言っている自覚がある。
昨日はあんなことを言っていたが、私は身内だった者たちと戦えと言っているのだ。正直なところ、断られることも視野に入れていた。
しかし答えと共に背を向けたライズの背中には、なんの迷いも感じられなかった。
「ありがとう。 ――権限十、絶対権限の封印解除に入ります」
全身の聖気が溢れ出し、一つの陣が形成される。
なにかが近づいてくる気配を感じながらも、ライズを信じた私は目を閉じたのだった。