執行者の邂逅-6
あと一話か二話程度、アリスが暴走してしまったことについてお話しが続きます。
※漢字表現で迷っている部分がありまして、しばらくの間、前話は漢字なのにこの話しだと平仮名みたいなことが起こると思います。申し訳ありません。
私はなにをしていたのだろう。
戦っていたことは、なんとなくだが覚えている。
だが、なにをどうしたのかが曖昧だった。
私の目の前で、今にも息絶えそうな男が負っている傷は、本当に私がやったものなのか。
理解が追い付かず、頭がどうにかなりそうだった。
「うぅ、ぐず……。アリス様、大丈夫です。私がいますから、執行者とかそんなの関係なく、私がお側にいますから……。ご自身の存在を否定しないでください」
イリスが涙声で私に訴えている。
「なにを、言っているんですか?」
本気で意味が分からなかった。
そのとき私が理解できたのは、イリスが泣いているということだけだった。
「大丈夫、大丈夫ですから……。例えアリス様が執行者じゃなくなったとしても、私はアリス様から離れません。ずっとずっと、一緒にいます。だから、もしアリス様以外に人を殺せる者がいても気にしないでください。アリス様が今までやってきたことは、決して無駄ではありません。執行者じゃなくなったとしても、アリス様は私の特別ですから、だから!」
頭を殴られたかのような衝撃が、私を突き抜けた。
イリスが泣いている理由も、私が暴走してしまった原因も全て分かってしまった。
「イリス! もういいです……。そんなに泣かないで。私は知っています。イリスは笑っている顔が一番似合うんですよ?」
「うぅ、誰が泣かせたと思っているんですか…………ふぅ。これで、いいですか?」
目をごしごしと擦り、微かに涙の跡が残る顔を無理やり作った笑顔で誤魔化して、イリスはそう言うのだった。
「アリス様。私の言っていたこと、伝わりました?」
「はい、もう大丈夫です。……ある低度見透かされているようですし、イリスには話してもいいかもしれませんね。でもその前に、彼を何とかしましょう」
私は倒れ伏す男に視線を移した。
「できるんですか?」
イリスが不安そうに声をあげる。
「権限を使えば。ただ、行使の制限を無視する形になりますので、終わったら私がどうなるか分かりません。今まで破ったことがありませんので」
今回のことは私がどれだけ無理を通せるか測るためにも、必要なことだろう。
なにより、私がやってしまったこととはいえ、この男に死なれてしまっては困る。唯一の手がかりがなくなってしまう。
「なにが起こっても傍にいますから」
権限の行使を肯定する言葉とは裏腹に、その声は震えていた。
心配してくれているのだろうか。
「……手を、握っていてもらえますか?」
私はなにかできないかと考えた末に、イリスへ左手を差し出した。
「はい!」
私が出した手を、イリスが両手で優しく包む。
その手は温かかった。触れ合った場所からイリスの温もりが伝わってくる。お互いが、生きているという実感が、鼓動が感じられる。
「では、いきます。――執行者、特殊権限。権限七の宣告者を選択行使」
言葉にした瞬間に全身の聖気がごっそりと抜け出ていく。
装保有量の半分は持っていかれたかもしれない。
私が権限の封印を解除せずに使用できる権限数は一つ。しかしそれも使用してから三時間経たなければ、新たに権限を行使することができないという欠点を含んだもの。
その制限を無視し、無理やり権限を使用した代償が、聖気の大幅な消失なのだろう。
イリスが力を込めて私の左手を握る。
完全になくなったわけではないが、失われた半分の聖気を回復するのには時間がかかる。その動揺がイリスに伝わったのかもしれない。
「ありがとう。大丈夫です」
私は視線を動かさずそう伝えた。
「……判決を言い渡します。貴方の行いは私が背負うもの。――無罪を。貴方が何の不自由もなく生きられる、自由と言う名の未来を与えます」
言い終わると同時に、男の欠損していた四肢に光が集まる。
傷口が修復され、私が壊して散らばっていた両手両足がその光に導かれるように結合する。接合部の光はやがて大きくなり、男の体全体に広がる。
大きなものから小さなものまで、あらゆる損傷が存在していなかったもののように跡形もなく修復されていく。
男の傷が治っていく様子をただ眺めていて、私には分かった。
あの光は聖気の集まりだ。それも私が先程失った聖気だ。
本来きちんとした手順を踏めば、治療に行われる聖気は神から自然を通して供給される。だが今回はそれをしなかった。だから代用として、私の聖気が持っていかれたのだろう。
損傷の大きさにもよるが、自分の力では精々一人二人助けるだけの聖気量しか持ち合わせがないということ。
それがはっきりと分かっただけでも、制限を無視してまで行使した収穫と言えるだろう。
「う、俺は確か……うわ! それ以上ち、近づくな。もう何もしない! だからもう……? どこもなくなってない?」
男が目を覚ました。
意識が覚醒して何が起こっていたのかを思い出したのか、私の顔を見て慌てて後ずさる。
だが自分が普通に歩けていることに困惑して気が付いたようだ。失われたはずの四肢が、昔のように自分の体に繋がっていることを。
「ど、どういうこと、ことなんだ?」
男の歯が上手く噛み合わず、カチカチと音が鳴る。
私には分かった。それが恐れからくるものだと。だがそれも当然だろう。
目の前に自分を殺しかけた女がいる。
その事実に男は恐怖で足を震わせながらも、背を向けて逃げることもせず、私に説明を求めてきた。
私はその姿を見て思った。
彼は手順を間違ったが、その強い意志は認めるべき尊いものだと。
「すみませんイリス。一つお願いがあります」
「……? なんでしょうか?」
その声からは、はっきりとした不安が感じられた。
「私の代わりに、彼へ説明を。お願いします」
なんとか気を張っていたが、今限界を迎えた。
支えられなくなった体が、地面に向かって傾いていく。
私は自分の意識が落ちていくのを理解した。
閉じられていく視界の中で、瞳に移ったイリスの悲しそうな顔に、胸を痛めるのだった。




