番外編? ケモミミ族とエルフ族1
「何でござろう、あれは」
赤い髪オールバックのエルフは淫らに学生服を着て、目の前の奇怪な生物を指す。
森の緑に反抗するかのように、赤い毛並みの狼が緑色のスライムのようなものを食べている。
「ふむふむ、この森のモンスターと見たっ、我の異世界伝説の第一歩を飾るとき、この身に宿り真の力が解放されるのでござろうっ!」
「ござるさんうるさいっ、あの狼に気づかれますって」
「もう遅いみたいですよ」
やる気も覇気も感じさせない青髪エルフと黒髪エルフは呆然と狼を見る。
「我の電光ここに走るでござる」
「ござるが、逃げた」
「でも狼も追いかけてるみたいですけど」
***
「ふむ、逃げてたと思わせ本当はおびき寄せられたとは思わないでござろう。我の真の力を見せるときっ」
赤髪エルフの土門マノカは両手を前に出し、腰が引け杖を持ったお爺さんみたいな格好で狼と対峙する。
赤い狼は声を唸らせ、ゆっくりと距離を積める。
「ふふ、まだでござるな? 覚醒は」
土門は後ずさると、狼はその隙をつき、一気に距離を近付けにきた。四本の足で直進に走る狼は早い。一秒もたつくらいには八メートルの距離を埋める。
「覚醒っ」
目の前の狼は悲鳴と共に首から血液を放出し倒れた。
「ふむ、ふははっ。見たでござるか我の力をっ」
土門は叫ぶと不意に心に響く機械的な声が聴こえる。
「ナンでござる、二人以上の討伐で、経験値250獲得? おお、level1からlevel3になったでござるよ。それにしてもこの狼素材とか剥げるでござろうか?」
疑うように狼を覗き込もうとした瞬間、森が騒いだ。
「なんでござる。この揺れるような響きは」
「私の獲物に触れてんじゃねぇよ、このハエヤロウっ」
赤髪エルフは頬にくる衝撃で首が折れ、その場で倒れる。
そこには長い尾をゆらし、青い獣耳が目立つ人の姿をした女の子が黄色い瞳で見下ろしていた。
***
「君達大丈夫ですですか?」
黒いシャツを鎖帷子で纏い、真紅のチャイナドレスを腰回りで折り返し胴の部分を帯のようにする。二の腕と太ももは露出して、茶色い肌と銀髪がその色気を際立たせていた。今の恵那森姫兎はゲーム時の装備で行動している。
目の前のエルフの女の子三人組はモンスターに怯えて腰を抜かしている。
「この赤い狼はフレイドッグっ言いますます。駆け出しの冒険者三人がかりなら、ほんのすこしの怪我くらいで直せますますよ」
剣についた狼の血を振り落とし、腰につけた鞘におさめる。
我ながらキャラ臭いと思いながらも姫兎は演じる。クラスメイト達と別行動して援護に入り、彼らを町まで誘導するため。
彼女の固有転生スキル━━《*→←”*の記憶》により、ヘルアンドヘブンのキャラデータのステータスで行動が可能になった。
「ひっ、わ、私達、お金とか持ってないんで、その、許してください」
一人が頭を下げると他の二人もつられて頭を下げる。
「どうしたですですか? 私は私は悪いエルフではないですですよ?」
「えっと、ねぇ、どうしようぅ」
「どうしよぅとか言われてもわからないよ。変な話し方だし、狼みたいのを一撃で仕留めたんだよ。いろんな意味で怖いよぅ」
「馬鹿っ二人とも、聞こえるでしょ」
頭を下げた状態でエルフの女の子三人はこそこそと話す。
「あのぅ、このしゃべり方はわざで、陽気なエルフの剣士を演じてるだけですです」
「聞こえてたじゃないっ」「どうしょぅ」「とりあえず謝ろう」
エルフの女の子三人組は礼の姿勢を崩さず、震えた声で言葉を出す。
「すみませんでしたっ。悪気はないんです」
他の二人もその声に続く。
「あれ……」
姫兎は怯える同級生を前に動揺する。姫兎はただ彼らを陰ながら支援したいだけなのだ。この世界のことを広く浅く知っている彼女は本来の姿でその知識を語れない。確証こそはないが、もし、ヘルアンドヘブンの元プレイヤーだと知られれば、同級生から異世界転生の原因という理由で言葉攻めにあう可能性だってあるから。
「あの、私達、急いでるので、もう、行ってもよろしいでしょうか?」
同級生から敬語で話しかけられて微妙な疎外感に襲われる。
━━私ってそんなに怖いかしら?
姫兎の姿は、妖艶なエルフの剣士といって過言ではない。スタイル美貌が抜群によく美人フエィス、話口調も明るめで、凛とした雰囲気と真逆のギャップがある。怖いという部分を感じさせないエルフだ。
しかし、彼女達にすれば、異世界に来て右も左もわからず、恐怖心と不安感に潰れそうな心情だ。剣を持ち狼を一撃で仕留め、話口調と容姿のギャップがあるエルフは怪物に見えるだろう。
「もし、町にいくなら、そこを真っ直ぐ行った方向に橋が掛かってるからそこを渡って道取りをたどればつくですですよ」
仕方なく不自然だと思いながらも姫兎は強引に助言をする。
「はいっ、有難うございます。それでは私達は失礼します」
エルフの女の子達は直立不動の姿勢になり、また頭を下げ、逃げるようにはや歩きで去っていた。
「はぁ、誰だって怖いですですよね。こんなモンスターと戦えとか普通の高校生ができるはずがないですです」
姫兎は彼らは本当に不幸かもしれないと思うと同時に自分が普通ではないと認めてしまう。
「後は、土門くん達か」
姫兎には彼らの安全を護らないといけない責任感がある。ため息を漏らしながらふと思う。
━━彩月君はどうしてるんだろう。
***
「あれあれ、おいってっ」
青い獣耳、黄色い瞳、長く細い青い尾、ケモミミ族の女の子は青ざめた表情で白目を向く赤髪のエルフを見下ろしていた。
蹴っても叩いてもつねっても反応しない。恐る恐る口許に手を当てると呼吸をしていない。
「………」
青ざめた表情で固まるケモミミの女の子。
「おーい、ござるさんいきてますか?」
「それともしんでますか?」
森の奥から聞こえてくる微かな声に気付き、ケモミミの女の子は慌てて木に登る。
「あそこで寝てるっすね」
「ござるさん狼に死んだふりって有効なんですか?」
青髪と黒髪のエルフの男が二人、倒れている赤髪のエルフへと近づく。
「…………なんか、白目向いてるんだけど」
「青田、これってござるさん死んだんじゃ」
「えっ、黒井さすがに狼に追われて無傷で死ぬって有るか?」
倒れてる仲間を目の前に淡々と言葉を並べる二人のエルフ。
ケモミミの女の子は耳を動かして声を拾う。
「ござるさん、起きてくださいっす」
「なぁ、息してないんですけど」
黒い髪のエルフが赤い髪のエルフの呼吸を口に手を当て確認していた。
ケモミミの女の子は不機嫌な表情で木から飛び降り,両ひざをクッションに着地する。
「そいつは私が殺した。お前らも殺されたくなかったらこの森から出てけ、ここは我らケモミミ族の森だ」
女の子はエルフ二人組から視線を合わせず告げる。
「殺した?」「君が」
「自分等の縄張りも理解できないハエを殺して何が悪いっ」
二人のエルフは気だるげに声を鳴らす。
「別に、悪くないと思うっすけど」
「そうそう、テリトリー犯したござるさんが悪いわけですし」
仲間を殺されたはずなのに怒りも怯えもしないエルフ二人にケモミミの女の子は不気味さを感じる。
「お前たち仲間殺されて平気なのか?」
「俺達が殺したわけじゃないし、君が僕たちを殺そうってするならそれなりに反抗はするっすけど」
「ござるさんが死んでも怒る理由ないですしね」
ケモミミ族の女の子は顔色一つ変えないエルフに怒りを感じてくる。
「このハエどもがっ、何でっ仲間を殺されて平気な顔知るんだよっ」
「えっ、だって」「ござるさんは……」
「我ここにて、復活っでござるぅっ」
「ひっ」
赤髪のエルフは勢い良くと目を開けて、叫ぶ。ケモミミの女の子は彼が死体だと思っていた分、突然すぎて膝を曲げ頭を両手で押さえ体を丸める。
「えっ? 何事でござる?」
「ござるさん死んだんですよ」「よかったすね。覚醒できて」
赤髪エルフは特異転生スキルにより蘇生した。
「我としたことが死んでしまうとは情けないでござるな。まさか覚醒ってスキルが蘇生った意味だったとは不覚でござる」
「だから、言ったっすよ。蘇生スキルだって」
「青田の鑑定スキルって役に立ちますね」
「鑑定羨ましいとか思ってないでござるからね。主人公は我でござるもんね」
赤髪のエルフの一言は森に静寂を与える。女の子はその静寂を壊すかのように震えた声を鳴らす。
「私を騙したんだなっ」
「ほえっ、なんとことでござろう」
ケモミミの女の子は涙をため睨む。両手を強く握りしめ、尾を立てる。
女の子は大地を力の限り蹴り体を浮かせ、拳から渾身の一撃を赤髪エルフの頬へとぶつけた。
「━━ぅ」
土門は体をひねり吹き飛ばされ木に衝突した。木は衝撃で折れ音をたて倒れる。
「っ痛いでござろうっ」
首が折れても不思議ではない一撃を喰らい、土門は生きていた。
「ござるさん丈夫ですね」
「もう一撃来ますっけど」
頬を手で撫でる土門に向かい女の子は走り、頭を両手で掴むと助走の勢いを乗せた膝蹴りを顔面へと食らわせる。
「カゥ、ロィ……」
カグリと気を失う土門に女の子は容赦なく膝蹴りを続ける。