第三話 友達の危機
陽が昇り始めるなか、俺は日課のランニングをしている。
俺のいつも通りの朝。だけど、一ついつもと違うところがあった。それは……
「ま、待ってー。師匠早いよー」
そう、俺のクラスメイトであり弟子にもなった、ナナ・スフィアだ。
剣術科の先輩と試合をしてから一日が経ち、ナナの希望で師匠になったのはいいが、俺も教えるのは初めての身。
どうやって教えたらいいか分からない。
だからとりあえず日課のランニングと素振りをやってもらおうと思ったのだが、昨日まで特に訓練もしてこなかった女の子には少し厳しかっただろうか。
「このくらいでへばってたら駄目だぞー」
俺の後ろ、既に体力が尽きかけているのかペースが落ちているナナ。
「そんなこと言ったってー」
「大丈夫、あと少しだから頑張れ」
俺はナナに並び、そう励ます。
息を切らしながらも何とか走っている。
まだ走るのを辞めないだけ根性はあるようだ。
「はぁー、もう動けない」
何とか走り終えて地面に大の字に倒れ込む。
おいおい、女の子がそんなことしていいのかよ。
そんなことを思っている俺に構わず無防備状態のナナ。
まぁ、それだけ疲れてるってことなんだろう。
ならこの後の素振りは無しにするか。
今日は初日だしな。
「じゃあ今日はこれで解散っていうことで」
そう言ってナナに手を差し伸べる。
「うん、ありがとう」
その手を取り立ち上がるナナ。もう息も大分落ち着いてきている。
「じゃあ、授業遅れずに来いよー」
そこでナナと別れて寮に戻り、残りの素振りをしてから学園に向かった。
こうして、初日のトレーニングは終了した。
「おはよう」
俺は教室に入りエミリーとナナに挨拶をする。
「おはよう!」
「お、おは…よう」
まだ会って幾日も経ってないからか、怖ず怖ずとした様子のエミリー。
男性恐怖症……。
こればかりは時間が解決する問題かな。
「丁度アルくんの話をしてたんだ。特訓は放課後やる?」
ナナ、相当なやる気だな。
これは教えがいがありそうだ。
というか、『放課後』という言葉は全国、いや文字通り全世界共通なのか?
「そうだね、放課後にしよう。それに今は見学期間でもある。後半の授業で体育館を一緒に使えないか訊いてみるよ」
「そうだね!」
待ちきれないというように笑みを浮かべるナナだったが、「でも……」と先程までの笑みが嘘のような憂いた顔になり
「体育館には昨日試合をした先輩がいるんでしょ? 大丈夫なの?」
俺は特に気にしてなかったが、ナナにはそれが心配だった様だ。
もし絡んできたらその時に考えればいいと思っていたし大丈夫だろう。
「あの人達は大丈夫でしょ。絡んできたらその時はその時だ」
「まぁ、アルくんがそう言うならいいけどね!」
先程の心配をどこかに放り出したかのように、いつもの明るいナナに戻った。
話が一段落したところで先生も来たようだ。
「さぁみんな席に着いてください。授業を始めます」
アモスの掛け声で皆が席に着き始める。
この世界にも時計はある。
前の世界であったように丸い円盤状の物に文字が円周上に書いてある。
文字はこの世界のものだが、前の世界と配置が一緒なので時間も分かりやすい。
そして今は前の世界で言う午後の一時になったところだ。
この時間、新入生は魔法科、剣術科を選ぶ為にそれぞれの科の見学時間が設けられている。
新入生達は見学、将また体験をして自分に合った科を選ぶことだろう。
「アルくん、早く体育館行こ!」
「どんだけ楽しみなんだよ。それに……」
ナナと体育館に行くのはいいが、この場にはもう一人いる。
「エミリーはどうするの?」
そう、エミリーである。エミリーは剣術科ではなく魔法科を希望の筈だ。折角のこの機会、俺達についているのは勿体無いのではないか。
「私は……大丈夫。もう決めてる……から」
「そう? まぁ、エミリーがそう言うならいいんだけど」
本人がそう言っていることだし大丈夫なのだろう。
エミリーも男性恐怖症というのがあるし、一人じゃ不安なんだろう。
俺達も行くという選択肢はあるが、ナナを弟子にした以上手は抜きたくないし、折角体育館が使えるチャンスならこれは逃せない。なのでエミリーの言葉に甘えとこう。
「よし! じゃあ行こうか!」
「おー!」というナナの声を横に体育館へと向かう。
体育館に着いたのだが、結果から言うと使用許可は難なく下りた。
リーナ先輩からは「君がどんな剣を教えるか気になる」と言われたが、正直そんな期待されても困る。
勝手にハードルを上げないでもらいたい。
因みに、昨日の一件で剣術科の中で俺を知らない生徒はいない。
三年生に勝った新入生というので一躍有名になった。
あの人三年生だったのか。
何はともあれこれで俺の目立ちたくないという密かな願いは入学して早々に叶わなくなったわけだ。
「さ、師匠! 教えて下さい!」
呼び名を変えて気持ちを切り替えるナナ。
済んだことをグチグチ言っても仕方ないか。
今はナナに剣を教えることだけ考えよう。
「ここでやることは一つ。とにかく剣という物に慣れてもらわないといけないから、実戦をするよ。実戦の中で改善した方がいいところをどんどん言ってくから」
どれだけ鍛えても戦闘では経験に頼ることになる時もあるから、実戦あるのみだな。
師匠との特訓もそう教えこまれてた。
俺は借りてきた木剣をナナに渡し特訓を開始する。
カーン カーン
特訓をしているとどこからか鐘の音が聞こえてきた。どうやら授業の終了を知らせる鐘らしい。
いつの間にかそれだけ時間が経っていたようだ。
「ナナ、授業が終わったみたい。これで終了にしよう」
「はぁ……はぁ……うん」
さすがに疲れてるな。
やはり体力が問題か。放課後に特訓をするのはある程度体力がついてきてからだな。
しかし、ナナは運動神経がいいのか、元から素質があるのか分からないが、言ったことを身につけていくのが早い。
これはひょっとすると凄い剣士になるんじゃ……。
そう思ってしまうのは、初めての弟子で気持ちが高揚してるからなのか。
それとも本当にナナにその素質があるのか。
神のみぞ知るところだな。
授業も終わりナナ達と別れの挨拶をした後、ソフィのクラスへと向かう。
「へー、ナナ剣術科に入るんだ。それにアルの弟子かー」
「初めての弟子だしどうやって教えていけばいいか分からないけど、俺なりにやってみるよ」
寮への帰り道、ソフィと並んで歩く。
「大丈夫! アルなら上手く教えれるよ!」
「頑張ってみるよ」
ソフィと別れ寮に戻る。
軽く腕立て、腹筋をやり寝支度を済まして寝る。
ベッドに横になってると自然と考えてしまう。
俺はナナに上手く教えられてるのか?
俺のやり方は間違ってないか?
俺とナナは違う。俺が教えてもらったやり方で本当にいいのか?
俺よりも他の人、そうリーナ先輩の方がいいんじゃないのか?
そんなことが次々に頭に浮かんでしまう。
いや、やめよう。ナナが俺に弟子にして欲しいと頼んできたのだ。
なら俺はそれに全力で応えるまでだ。
よし、俺は師匠を、自分を信じてみる。
次第に眠気が主張をし始める中、そう結論づいて瞼をゆっくり閉じる。
朝になりナナとトレーニングを終えて、いつものように学園に行き自分のクラスへと向かおうとしたら、自分のクラスに人だかりが出来ていた。
何かあったのかと思い歩を進めると、その人だかりの中心にナナとエミリー、そしてある男子生徒三人組がいた。
あいつは確か入学式でナナ達をナンパしてた金髪イケメン野郎か。
どうやらお目当てはエミリーらしい。
金髪イケメン野郎、長いから金髪野郎でいいや。
金髪野郎はまだエミリーのことを諦めてないようだ。
「何度言ったら分かるの!? エミリーはあんた達にはついてかないと言ってるじゃない!」
「口を慎め、田舎の貴族が。 伯爵家ごときが僕に話掛けるな」
うわー、絵に書いたような貴族だな。というか、伯爵ってどれくらい偉いんだ? 口ぶりからしてこいつはそれ以上に偉いってことか?
それなら後ろに男を二人つけてるのも納得か。
「ここは学園よ! 今は爵位は関係ないじゃん!」
「これだから田舎者は。目上の者に対する礼儀がなってないな。まぁいい。僕は寛大な人だからな。今は目をつぶろう。それに僕が用があるのはそこの女だ。安心しろ。少し興味が湧いたから話をしたいだけさ。二人きりでな」
「連れてこい」と金髪野郎は後ろの二人に命令し、男達は「はい」と答え、エミリーの腕を掴んで連れて行こうとする。
「い、嫌……」
エミリーの必死の抵抗も、男二人組の力には及ばない。
さすがに見てられないな。
俺は騒ぎの中心となっているナナ達の下へと向かう。
「待て」
俺はエミリーを掴んでいる男の腕を掴む。
「な、なんだお前は?」
いきなり現れた俺に、二人組の男達は少し狼狽える。
「アルくん!」
「ん? お前は入学式の時の奴か。また僕の邪魔をする気か?」
金髪野郎はイラついた顔して睨んでくる。
寧ろ、こっちのセリフなんだが。
「邪魔というならそっちだろう。第一、エミリーは嫌がってるじゃないか」
「そんなのは関係ない。この僕が選んだのだ。それにすぐに僕の良さが分かるさ」
その性格でその自信はどこからやってくるのか。いや、世界は自分中心に回ってると思っている故の自信か。
「おい、平民。いい加減にしてくれないか? 僕は忙しいんだ。貴様なんかに構ってる暇はない。早く
そいつの腕を離してくれないか?」
「お前らがこのまま帰ってくれるなら離してやるよ」
「この僕に喧嘩を売ってるのか?」
あ、これはやばい流れだ。こいつとやり合うことになりそうな展開だ。だからと言ってこのままエミリーを放っておく訳にはいかない。
エミリーは大切な友達だ。
その友達を守る為なら俺の平穏など安いものか。
「友達を守る為ならいくらでも売ってやるよ」
「調子に乗りすぎたな平民。その言葉を言ったことを後悔させてやろう。放課後、闘技場に来い。あそこなら周りを気にせず、存分にお前を痛めつけれる」
「行くぞ」の合図で金髪野郎と男二人組はクラスを出ていった。
「アルくん大丈夫? あんな約束しちゃって」
男達が出ていった後、ナナが心配そうにこちらに訊いてくる。
「大丈夫。あのままだとエミリーは連れてかれてたから」
「ご…ごめんなさい」
エミリーが申し訳なさそうに謝ってくる。
「エミリーは何も悪くないよ。だから謝らないで」
「そうだよ! 悪いのはあいつだもん!」
ナナの言うとおり、エミリーが悪い要素は一つもない。金髪野郎が十割悪い。
しかし、ああいう奴本当にいるんだな。
俺が勝ったとしても、また因縁をつけてくるに違いない。
いや、勝てるとは限らないか。俺は強くなったと思うが、魔法使いを相手にしたことはない。
経験が足りない。だからこれはいい機会だろう。魔法使い相手に俺の剣はどこまで通用するか。
だからと言って負けるつもりは毛頭ない。
午後にでもリーナ先輩に、どう戦えばいいか訊いてみるか。
「リーナ先輩、ちょっと訊きたいことがあるのですがいいですか?」
「何?」
午後の授業、朝に決めてた通りリーナ先輩に魔法使い相手との戦い方を訊いてみる。
「魔法使い相手にどう戦ったらいいか、か。どうしてそのような状況になったかは気になるけど、魔法使いとの戦いは基本的にこちらが不利」
え?
「剣士は魔法使いに近づく間に魔法でやられてしまう。これが魔法使いとの戦闘が不利な原因。だが、近接戦闘に持ち込めたら剣士のが分がある。しかし先程も言った通り、魔法攻撃を受けながら近づくのは余程の剣士じゃないと無理。それこそかの英雄、ルドルフ様ぐらいでないと」
そんなに相性悪いの?
あれ? もしかして俺負ける?
「友達を守る為なら」とか恥ずかしいこと言っといて、負けるとか悲しすぎるだろ。
何より、エミリーが可哀想だ。
これはよりいっそう気合いを入れないといけないな。
「ん? 今ルドルフって言いました?」
「うん、言ったよ」
聞き間違いかと思ったが、本当にルドルフって言っていた。
「ルドルフを知ってるんですか!?」
「知ってるもなにも、ルドルフ様は数多くの剣術大会で優勝をし、数々の伝説を作ってきた、剣士なら誰もが憧れるお方だ」
そこまで凄い人だったとは。
あの強さだから何かあるとは思っていたが、さすがに想像以上だ。
「どうかした?」
突然黙り込んだ俺を不思議に思ったようだ。
まさか俺がその憧れている人の弟子ですって言うわけにはいかないな。
色々と面倒なことになりそうだ。
話が逸れてしまったが、剣士は魔法使いとの相性が悪いと。師匠ぐらいの強さが必要と。
え、何それ? 勝つの無理じゃね?
魔法がそんなに強いとは。
これはやばいな。
何か策を考えなければ……。
この学園の敷地内には建物が大きく分けて五棟ある。教室や食堂がある本棟や生徒達が住む学生寮、魔法の実技が行われる実技棟や剣術などで使用される体育館、そして闘技場だ。
この学園には年に一回、『競闘祭』という行事があり、そこでこの闘技場が使用されるわけだ。
競闘祭は生徒全員に参加権があり、剣術部門、魔法部門に分かれ、トーナメント方式で試合を行うものらしい。
そして俺は今、その闘技場にいる。
数メートル先には金髪野郎。
対峙する金髪野郎が口を開く。
「逃げなかったのは褒めてやろう。無様に負けるがいい」
余程腕に自信があるのか、自分が負けるはずがないと思っている。
対して俺はと言うと、結局何も策が思いつかなかった。
これはやばいな。
「何だ? 怖いのか? 今からでも遅くないぞ? 地に頭をつけて謝るなら許してもいいぞ」
そんなこと出来るわけないだろ。
「アルくん、頑張れー!」
「が、頑張って」
観客席にいるナナとエミリーが応援をしてくれている。
やるしかないな。策がなくとも自分の力を信じるしかない。
使い慣れた愛剣を握りしめ、俺は意気込む。
「つべこべ言わずかかってこい」
「ふん、舐めた口を」
金髪野郎は手を体の前にもってくる。
「当たりし物に灼熱を、ファイヤーボール!」
金髪野郎がそう口にすると、手から幾つもの火の玉が放出される。
直線的な軌道で向かってくる火の玉は、速度は速いものの避けれない程ではなかった。
普通の剣士ならば反応出来ずに攻撃をくらってしまう。これが魔法使い相手に不利な原因だ。
だが、ルドルフの特訓を受けたアルならば、避けるのは容易だった。
アルは向かってくる火の玉を躱しつつ金髪野郎に接近していく。
「な、なんでこれを避けれるんだ!?」
金髪野郎が驚愕している。
これは当然の反応と言えよう。魔法使い相手に剣士が不利なのはこの世界の一般常識なのだ。
その常識を覆す者が目の前にいるのだ。驚かない方がおかしい。
金髪野郎がアルの行動に反応出来ない間に、アルは自分の間合いまで距離を詰めていた。
そして、剣を金髪野郎の首元目掛けて振りかざす。
勿論、首を斬るつもりはないので寸止めだ。
金髪野郎は首元に止められた剣を見て、顔を青白くさせる。
「俺の勝ちだな」
俺はそう言って剣を鞘に戻す。
「くっ、この僕が平民ごときに……。貴様、名前は?」
「アールスハイトだ」
「貴様の名前覚えたぞ。このギルス・フランコートに盾突いたことを絶対に後悔させてやる。覚えていろよ?」
金髪野郎、ギルスはその言葉を残して去っていく。
「ギルス様ー」と男二人組が金髪野郎、ギルスの後を追いかけていく。
観客席からはナナとエミリーの喜びの声が聞こえる。
俺は今回の戦闘について振り返ってみる。
あまりにも簡単に決着がついてしまった。
自分が思っていたよりも、魔法の速度が遅かった。
拍子抜けしてしまう程だ。
ギルスが弱かった?
いや恐らくそう思う程、俺が強くなってしまったのだろう。
俺は大切な人を守る為に強くなりたいと望んだ。
だが、この強さはあまり知られない方がいいだろう。
魔法使い相手に戦える剣士、注目されない方がおかしい。この力を利用しようとする者も現れるかもしれない。
俺はなるべく力を隠すように心掛けようと、未だ観客席で嬉々とした様子の二人を見て思ったのだ。