第二話 初めての弟子
朝起きると見慣れない天井があった。
「そうか、あのまま寝ちゃったのか……」
状況を確認したところで起き上がる。
顔を洗い、動きやすい服装に着替える。
水はどうしているかと言うと、蛇口みたいなものに模様が描いてあり、そこに触れると水が出る仕組みだ。
おそらくこれが魔法陣というものだろう。
部屋の中には色々なところにある。
着替え終わったら日課のジョギングと素振りを始める。
ちなみに、重りはもう付けていない。
師匠からもう十分力がついたから重りは必要ないと言われたのだ。
そこからは何もしないと体が鈍るので、体力をつけるという意味も兼ねて毎朝ジョギングと素振りはやるようにしている。
外に出て学園の敷地内を走る。
外はまだ太陽が昇り始めたばかりなのか、空が少し明るいくらいだった。
「本当に広いなぁ」
学園の広さに自然と声が漏れる。
学園の建物は一つひとつがでかいので、必然的に学園の敷地が広くなる。
少し走っていると向こうに人影が見えた。
どうやらその人も走っているようだ。
こんな時間に俺と同じように走っている人がいるのか
そんなことを思いながらすれ違う。
ランニングが終わり、少し素振りをしてから掻いた汗を流す為、シャワーを浴びる。
ここにも魔法陣はあり、触れるとお湯が出てくる仕様になっている。
シャワーを浴びた後は学園指定の制服があるので、それに着替える。
「さぁ、初日が肝心だし頑張っていこう!」
誰が聞いてるわけでもなく俺は頬を叩いて気合を入れる。
外に出ると他の生徒も校舎に向かっているのが見える。
俺もそれについていき、校舎に向かう。
「アル、おはよう!」
後ろから声をかけられたが、その声を聞いただけで声の主が誰だか分かった。
「おはよう、ソフィ」
生まれてからずっと一緒だった家族のような存在。
ソフィもこの学園に通う。
「今日からここに通うんか~。なんか実感ないな~」
ソフィは前方にある校舎を見ながら言う。
「あまり目立たないといいな」
「ふふっ、そうだね」
ソフィがにこりと笑う。
そんな会話をしていると校舎に着いた。
そして、教室の前まで行き、ソフィと別れる。
「じゃあ、授業が終わったら迎えに行くから」
「うん。じゃあね」
ソフィは寂しそうな顔している。
こればかりはクラスが違うのでしょうがない。
授業が終わったら出来るだけ早く迎えに行ってやるか
「おはようアル君」
そんなことを思っていると後ろから声を掛けられる。 この学園で俺の名前を知っている人物は限られる。
振り返ると予想通り、ナナがいた。その後ろにはエミリーもいる。
向こうもちょうど来たところらしい。
「おはようナナ。エミリーもおはよう」
エミリーは俺のことを無言でじっと見ながらナナの後ろに隠れている。
それを見ていたナナは、はぁ~とため息をする。
「ほら、エミリーも。アル君はいい人そうだし大丈夫だよ」
後半の部分はナナが小声でエミリーに言ったので、俺にはよく聞き取れなかった。
それにエミリーはおずおずと頷く。
「お、おはよう」
「おはようエミリー」
挨拶がようやく終わったところで、教室に入る。
教室は前に教卓らしき机があり、その前に生徒が座る長机がある。
よく見るファンタジー学園の教室って感じがする。
教室には他の生徒もおり、もう仲良くなったのかグループが出来ているところがある。
「アル君、あそこ空いてるよ」
ナナが奥の方の席を指して言う。席は自由席らしい。
三人でそこに座って少し喋っていると、明らかに学生ではないだろう男が入ってきた。
スラリと背の高い肉付きのいいローブ姿の男性、おそらくあの人物が先生だろう。
その人が入ってきたことによって、立っていた生徒も席に座っていく。
その男は、生徒が全員席に着いたことを確認して口を開いた。
「まずは皆さん、入学おめでとうございます。このクラスを担当するアモス・ランドルフです。この王立グラスディール高等学園は二つの科に分かれます。それは魔法科と剣術科です。皆さんはこの二つから好きな方を選んで学んで頂きます。授業は前半と後半に分かれており、前半では二つの科が合同で魔法や剣術の特性、また国の歴史などの基礎知識を身に付けてもらいます。後半では、選んだ科に分かれ実技を学んでもらいます」
「へー、剣術科なんてあるんだ」
今の説明を聞いてナナが驚いた表情をしている。
俺も教えるのは魔法だけだと思っていた。
「二人はどっちを選ぶ? 私は魔法かなー」
「私も魔法かな」
二人は魔法を選ぶようだ。俺はどうしようか迷う。
剣術はもう教わっている。
確かに学園が教える剣術には興味があるが、異世界に来たんだから魔法は使ってみたい気持ちもある。
そんなことを考えていると、アモスが再び口を開く。
「こんなことを急に言われても決められない方もいると思います。なので見学期間を設けます。決めかねいている人は実際に見てみて下さい」
その言葉を聞いて、実際に見学してみようと思う。
「俺は見学してみるよ。まだ迷ってるし」
「なんで迷っているの? 剣術に興味あるの?」
ナナが不思議そうな顔をして訊いてくる。
「興味があるもなにも俺は剣士だからね」
「そうなんだ。そういえば、入学式の時に剣を持ってたね」
「うん。だから学園が教える剣術を見てみたいんだ」
ナナはふーんという顔をしていたが、突然何かを思いついたように声を上げる。
「じゃあさ、一緒に見学に行っていい? どんなことやってるか見てみたい」
「え? そんな面白いものでもないよ」
「いいのいいの。エミリーもね!」
「え、う…うん」
何故か一緒に見学に行くことが決まっているようだ。
特に困ることもないだろうと思うしいいだろう。
アモスの話が終わり今日はこれで解散ということなので、早速後半の授業を見に行く。早いに越したことはないからだ。
この学園の実技の授業は、魔法科は全学年が別々で授業をやるが、剣術科は一年生から最高学年の五年生までが同じ場所で授業をするらしい。
理由は剣術科の人数が少ないというのと、魔法科は一年は簡単な魔法をやり学年が上がるにつれて難易度も上がっていくに対して、剣術はそれほど習うことに変化がないからだ。
そして今は魔法科の実技を見学している。
場所はというと、教室のある本棟から少し離れた別棟の中にある「魔法訓練室」というところにいる。
今そこは三年生の授業をしている最中だ。
「万物をも切り裂く、ウィンドカッター!」
一人の生徒がそう言うと、手からブーメラン状のものが高速で撃ちだされた。
撃ちだされたものは壁に当たり霧散する。
あれが魔法か。
この世界に来て初めて見る魔法。いや、それは少し違うだろう。俺が赤ちゃんの時に母さんが見せたあの光も魔法によるものだろう。
つまり、今見た魔法は二回目ということだ。
「魔法すごかったねー」
「うん」
魔法の実技の見学が終わり、今は体育館に向かっているところだ。
次は剣術科の実技を見学しに行こうと思う。
「アル君はどうだった?」
「そうだね。俺にも出来るかなー」
ナナが俺に先程の見学について問いてきた。俺も思い返してみる。
魔法というファンタジー世界だけのものを実際に見れた嬉しさがある。
どうやって発動してるのだろう。
やはり魔力があって、それを消費してるのか。
そんなこと思っていると、気付けば体育館に着いていた。
「生徒結構少ないんだねー」
ナナが体育館に入り、開口一番に言う。
数十人くらいだろうか。
体育館内は木刀がぶつかり合う音や素振りの音などが鳴り響いている。
「なんかすごいね」
俺はナナの曖昧な感想に苦笑いを浮かべる。
「まぁ、確かに初めて見ると迫力があると思うかもね」
「うん、思っていたよりも。エミリーはどう?」
ナナがずっと黙っていたエミリーに話を振る。
エミリーは急に振られたことに驚きながらも、何とか回答をする。
「剣術ってこういうことやるんだ。」
「ただ剣を振っているだけかと思ってたよ」
エミリーの回答にナナは笑いながら言う。
そんなことを話していると、ある話し声が耳に入ってくる。
「おいおい、なんだよあいつら」
「ああいう遊び半分で来られるのが一番嫌いだ」
「まじで剣術を馬鹿にしてるとしか思えないよな」
どうやら男子生徒の三人組がこちらにわざと聞こえる声で話している。
その会話を聞いたナナが怒りを見せる。
「何あの人達! わざと聞こえるように言ってるよね!? ちょっと言ってくる!」
「やめと……あ〜行っちゃったよ」
俺が止めようとした時にはもう既にナナは男達の方へと向かっていた。
しょうがなく後をついて行く。
「ちょっとすいません! 全部聞こえてるんですけど!」
「あぁん?お前らみたいなのはどうせ剣術を馬鹿にしにきたんだろ」
なんだその言いがかりは。
ナナもその言葉には異議を唱えたいようだ。
「違いますよ! どんなことをやっているか見学しに来ただけですから! もしかしたら興味が湧くかもしれないし!」
「ふん、どうせ上手くならずに下手くそで弱いままだわ」
今の言葉はさすがに聞き捨てならないな。
上手くなる、ならないはやってみないと分からない。
俺の場合はそうだったが、別に強くなるだけが目的じゃない。
剣を振るのが楽しいから、そういう理由でも俺はいいと思う。
「別に強くなるだけが目的じゃないと思います。楽しく剣を振れればそれでいいんじゃないでしょうか」
今にも飛び出しそうなナナを制して俺は言う。
その言葉に男達は大笑いした。
「楽しくやれればいい? 馬鹿じゃねぇの? 強くならなきゃ剣を振る意味なんてねぇよ」
なんとも偏った考えだ。
世の中にはそういった考えの人もいるのか。
「知ったような口を叩きやがって。お前に剣術の何が分かる?」
「少しは分かってるつもりです。自分も剣士なんで」
さすがに剣術の全てを分かってるとは言わない。
謙遜を混じえた言葉を言うと、またも男達は大笑いした。
「お前が剣士? この状況で面白い冗談を言うじゃねぇか」
あれ? 俺ってもしかして剣士に見えない?
まぁ、魔剣は置いてきてるから剣士に見えなくてもしょうがないか。
「本当ですよ。三歳の頃からやってます」
「三歳だぁ? そんな見え見えの嘘をつくな」
こいつら全く信じる気ないな。
「本当だよ! アル君はあなた達よりもずっと強いんだから!」
ちょっと何言ってるんですか、ナナさん!
そんなこと言ったら相手が怒るでしょうが。
というか、俺が三歳からやってたとかどれくらいの強さとか知らないでしょ。
「俺らがこいつより弱いって? 冗談きついぜ」
「おい、お前。どっちが強いかこの女に思い知らせてやれよ」
「お? そいつはいいな」
おいおい、まじかよ。
なんで目立ちたくないって思ってるのに初日から先輩と勝負をするんだよ!
俺の気持ちはお構い無しに、話は勝負する方向に進んでいった。
「ちょっと待って下さいよ! 僕はやりませんよ?」
「もしかして負けるのが怖いのか? そりゃあそうだよな。女の子の前で無様に負けたら格好悪いもんな」
なんだこの安い挑発は。
これじゃあ俺が勝負しなかったら逃げたみたいになるじゃんかよ。
勝負することにメリットが無いわけでもない。
この世界の師匠以外の剣士の実力を見てみたいとは思っている。
だからこれはいい機会なのだが、ここで勝負をすると明らかに目立ってしまう。
どっちを取るか、天秤にかけて数秒悩む。
「分かりました。勝負を受けましょう。」
悩んだ末、勝負をすることにした。
やっぱり好奇心には敵わないものだ。
「ふん、俺の方が強いってのを思い知らせてやる」
男達の中の一人がそう言って使っていた木剣を投げてくる。
俺はそれを受け取る。
「ごめんね、私のせいで勝負することになっちゃって。ちょっとムキになってた。私が言うのもなんだけど、無理をしないでね」
申し訳なさそうに謝ってくるナナ。
そのナナの心配する気持ちを振り払うように俺は笑顔で言う。
「大丈夫。これでも昔から師匠に鍛えられたから」
「そっか。じゃあ、エミリーと一緒に応援してるね」
「が、頑張って」
「ありがとう」
ナナとエミリーの応援を受け、これは負けられないと気合いを入れる。
「勝負は一本勝負だ。先に木剣を体に当てた方が勝ち」
「分かりました」
ルール説明が終わり、両者構えて勝負が始まろうとした時だった。
「あなた達何やってるの!」
声のする方を見ると女性がこっちに走ってくる。
長い黒髪を後ろに縛り、動きやすい格好をしている。
この人も生徒なのだろうか。
というか、どこかで見たことがある気がする。
「リーナさん邪魔しないで下さいよ? これは男の戦いなんですから」
なにが男の戦いだ。俺らを馬鹿にしてたくせに。
男の言葉を受け、リーナという女性がこちらを見てきた。
「君はいいの? 相手は上級生よ? 見たところ新入生のようだし」
「大丈夫です」
師匠以外の剣士の実力を見るとはいえ、やるからには負けるわけにはいかないな。
たとえ目立ったとしても、そこは俺の男としてのプライドがある。
「じゃあいいわ。でも私が審判をやらしてもらうわ。それが条件」
俺と男はその言葉に首肯する。
「では、両者構えて……始め!」
まずはお手並み拝見といきましょうか。
「さぁ、かかって……何!?」
男が言い終わる前に突然防御の体勢に入った。
何故なら俺がお互いとの距離、数メートルを一瞬でつめたからだ。
「速い!?」
リーナが、いや俺以外の全員が驚いているだろう。
俺が男達よりも強いといったナナでさえ予想以上の強さに目を見開いている。
そんな空気の中で俺は少しガッカリしていた。
今のは半分の力も使っていなかった。
にも関わらず男はギリギリでその攻撃を防いだ。
師匠なら軽々と今の攻撃は防げたはずだ。
こんなにも違うものなのか。
この男が弱いのか、師匠が他の剣士よりも強いのか。
いや、恐らく師匠が強すぎるんだろう。
元の世界の俺もこの速さで迫られては反応するのも難しいと思う。
まったく、ある意味とんでもない人を師匠にしたもんだ。
師匠の強さが規格外と分かって、もう他の剣士の強さには興味が無くなった。
この勝負も終わらせよう。
間合いをとった後、俺は先程よりも速く動く。
「くそがー!」
男は動きを捉えれないことに憤りを覚え、がむしゃらに剣を振る。
だがその男の行動に意味は無い。
何故なら俺は男の後ろに立っていた。
剣を振り、男の首に当たる寸前で止める。
「ひっ……」
男は小さな悲鳴をあげて腰を抜かす。
「しょ、勝者……新入生!」
数秒の静寂を終え、現状を理解したリーナがなんとか判定を言う。
「す、凄い凄い! 上級生に勝っちゃったよ!」
「うん、何が起きたか分かんなかった」
「嘘だろ……」
ナナとエミリーが興奮している隣では男達が目の前の光景に唖然としていた。
「君、名前は?」
勝負が終わりナナ達のところに戻ろうとした時、リーナが名前を訊いてきた。
「アールスハイトです」
「アールスハイト君か……。私はリーナ・アルゼンシア。この学校の生徒会の副会長をやってるわ。よろしくね」
「よろしくお願いします」
生徒会か……。この世界にも生徒会があるんだな。
「私、剣術科にする!」
ナナ達のもとに戻って早々、ナナが開口一番に言ったことを理解するのに少しの時間が掛かった。
「え、なんで? 魔法科にするんじゃなかったの?」
「さっきのアル君の勝負を見て、剣士って格好いいなって思ったの! それで私もあんな風になれたらなって」
簡単に言ってくれるな。
だけど剣術に興味を持ってくれたことには嬉しい。
「それでね! アル君に教えて欲しいなって。」
「俺が?」
もしかしてとは思ったけど、やっぱり俺が教えるのか。
「うん! アル君には私の師匠になってもらいます!」
師匠か。あの人のように上手く教えれるか分かんないけど面白そうだ。
「分かった。いいよ」
「本当に!? やったー」
ナナがどんな剣士になるのか、どれくらい強くなるのか楽しみだ。
俺は、目の前でクリスマスプレゼントを貰った子どものように喜んでるナナを見ながらそう思っていた。