ちょっと聴いてくださる?
1万文字を超えてます(笑)
長くなり過ぎた……
突然ですけど。
一つだけ、物語をお話ししてもいいですか?
ふふ、大丈夫です。
ちょっとした、夢の話です。ただ、あまりにも長くて、覚えちゃったんです。
それに現実味を帯びていて……目の前で起きて……。
えぇ、夢ですから、視点は私のでした。
いつの時代かは解りませんが、戦争もよく起きていたから、きっと戦国時代とか、そういう時代だったんじゃないかって思うんです。
え、あ、はい。舞台は日本だと思います。確かかどうかは微妙ですが……話していたのは方言まじりの日本語、だったのかな? 私には日本語に聞こえましたので。
それで、夢の中の私は、たぶん、小さな子供だったと思います。視線が、低かったのと、夢の中の私……あぁ、面倒なので“少女”としますね。その少女を誰かが名前で呼んだ時、その人に向かって少女が「おかあさん」と呼んだんです。
え? 「おっかあ」とかじゃないのかって? さぁ、私の聞き違いかもしれませんが、そう言う事に関してはあまり気にしなかったので……はい、時代背景とか、特に何も。
少女の住んでいた場所……小さな村でしたね。その村は、特別貧しいわけでも、特別潤っているわけでもない、普通の、比較的良い村だったと思います。村の人たちは皆優しい人ばかりでしたし、少女も両親と一緒で幸せだったと思います。少女の声で笑い声が聞こえていましたから。
村の周りには森がありました。むしろ、森の中に、ぽつんと、村があるような感じだったのかもしれません。
えぇ、別の村などに行くための道路のようなものはありましたが、その道を外れれば絶対迷ってしまいそうな、暗くて深い森でした。でも、村にとってその森は、神様の居る森だったんです。
そうですね、信仰です。だから、別の村に行く方向とは逆方向の、森の中に御社を建てて……もちろん、許可を請うために建てる前にお伺いをしていたと思います。御社を建てても良いか、という願いに対して、神が「是ならば次の日を晴れ」、「そうでなければ雨」、と、供物を用意して返事をお願いしたんです。
曇りの日ですか? 確か……「明日を待て」、だったと思います。詳しくは憶えていませんが、少女の両親が話していたのを聞いたところ、確かそうだったと思います。
え? 供物、ですか? 織物でしたよ、えぇ、村の特産品? でしたから。
それで、御社は建てられました。はい。お伺いを立てた次の日、雲一つない青空だったそうです。
それ以来、村の人たちは毎朝毎晩の供物以外でも、その御社に来ては、「今日も良い機織物が売れました」「森神様、聞いて下さい! やや子が無事に八つになりました」などと、ちょっとした世間話から子供のお祝い事などをしていました。
少女も、ちょうど五つの誕生日だったんです。それで、お祝い事はまず、森神様にお供物をしてお参りしてから、でした。私には不思議でしたが、多分、昔は子供の内に亡くなってしまう方もたくさん居たと思うので、「今年も無事に年を重ねられたこと」の祝いも兼ねて、御社に行っていたんだと思います。
あと御社は、親とケンカした子の隠れ場所でもありました。
「ちょっと隠してください」なんて言って……え? 神隠し? ……そういえば、無かったです。どちらかと言うと、隠れて居た筈なのに、直ぐに見つかっちゃってました。
え? あぁ、えーと、ですね……自分が隠れていた場所とは違う所に移動させられた、みたいな感覚でしょうか? まるで、森神様が「早く仲直りしろ」なんていう感じで、子供と親を引き合わせたみたいな……ですので、神隠しとか事件は無かったと思います。
いや、夢の中では……どうなんでしょうね? とにかく、無かったです。
それと、御社を建てて以来、村は栄えたと思います。少しずつ余裕が出てきたんです。織物が売れて、畑も良い感じに豊作で、悪天候なんて滅多に無かったので。
何もなくても幸せでしたが、何となく、以前よりももっと幸せでした。村の人々は、欲は持ちませんでした。賢かったんじゃないのでしょうか? 冬は厳しい場所でもあったので、それに備えて貯えもしていましたから。
御社も雪が降っても大丈夫なように、対策をしっかり立てて……えぇ、もちろん、お伺いしましたよ。必要無ければ、森神様が御自分で何とかなさるであろう、と思っていたんだと思います。
それで、一度、私の夢は終わります。
え? いいえ、まだ続きがありますよ。むしろ、本題は此処からです。
場面が変わるんです。
たぶん、年齢も変わったんだと思います。
今度は、ちょっと背が伸びた位でしょうか……十二歳だった、と思うんです。お前も十二になったんだから、って言う言葉を聞いたので……。
昔はどうだったかは分かりませんが、今の私の十歳くらいの頃よりは、身長が低かったので微妙ですけど……。
とりあえず、さすが夢は進むのが早いなぁ、としか思っていませんでした。
相変わらず、幸せでした。
父も母も……少女の両親は健康そうでしたし、少女も元気一杯って感じでした。
走り回っていました。視線が揺れて、前から後ろを振り返るような仕草もしていました。
とても楽しそうでした。同じ村の子供達と友人になって、……特に、ヒコとは十歳の頃からは何時も一緒で、村の周りを駆けたり、御社に行って「おはようございます」なんて、お参りしたり。
そうそう! ヒコは何でも知っていました。他の子と品格? とかが違っていたんです。村長さんの子だったからでしょうか? はい。村長さん家の子だった筈です。ヒコは少女にも文字を教えてくれたり、町にも行ったことがあったのか、色んなことを教えてくれました。ヒコの夢は、村を出て町に行き、そこで暮らすんだ! って言っていました。ヒコは隣の村の人とも仲が良かったです。村の子達とも仲が良かったけれど、あっちの人とはまるで兄弟のように仲良しでした。不思議だったなぁ……、ふふ。
でもヒコは、他の子に文字を教えられるほど凄い賢いのに、それでいて可笑しな子だったんです。手紙用の紙を欲しがったり、馬を欲しがったり。でも、今となっては、ヒコの話していた言葉の意味も、色々と理由が付くかな……って推測できますけどね。
あ、ごめんなさい。ヒコの話、いっぱいしちゃって……そろそろ話を戻しますね!
えぇと、どこまでお話ししましたっけ……? あ、そうです。思い出しました。
それで、少女と友人達は他にも、森の、木々から落ちている果物を食べたり……へ? あぁ、前もって、森神様にはお伺いしていましたよ。「落ちている木の実や果物ならば、頂いても良いでしょうか?」って。でも、その時は曇りが続いて、きっと森神様も悩んでいたんだと思います。五日ほど曇りが続いた後、晴れました。だから、少女と友人達は、その実を食べたんだと思います。
おいしかったなぁ……あ、いや、味は解りませんでしたけど、少女が美味しそうに食べていたので。夢から目覚めたら、真っ先に林檎齧ろうって思っちゃいましたもん。とにかく毎日が幸せそうだったんです。
本当に、幸せだったんです。
物欲とか無かったわけじゃないけれど、でも本当に、ほとんど何不自由なく、生きていたんです。
ふふ。
ごめんなさい。なんだか感傷的になっちゃいましたね。
だって、繰り返し夢見るんです。……はい、何度も同じ夢を見ました。
え? 前世、ですか? いやいや、そんな大きい事ではないと思いますよ。
あ、ごめんなさい。続けますね。
ある日の事です。
別の村に行っていた村の人が、ある噂を耳にした、と言いました。
「近々、あっちの方で、戦があるらしい」と。
前々から何処かでは戦が度々あったようなのですが、この付近でというのを聞いたのは、その時が初めてでした。森しかない場所ですからね。暗くて深い森でしたので隠れやすいでしょうけれど、一度迷いこんだら……なんて恐ろしさもあった時代でしたし。
でも、本当に戦があるなら、巻き込まれてしまう可能性があったんです。だから、村で大騒ぎになりました。
どうするにしても、周りは森だけでしたし、そもそもの逃げ場がありません。
え? どうしたのかって? まぁ、神頼みでした。やっぱり。
森神様にお伺いをしたんです。
「そちらの森の中に、私共の避難場所を造っても良いですか?」って。
その次の日は晴れて、許されたと村は思いました。すると、不思議な事が起きていたんです!
御社の建っている方の森のちょっと奥……つまりはその御社の裏っ側に、あったはずの木々が綺麗に倒されて、丁寧に積まれていたんです。土地も開けていました。元から開けていたかのように、綺麗でした。まるで、森神様が、これを使いなさいって、言ってくれたみたいでした。
村は森神様の優しさに感謝しました。
感謝して、与えられた木材のみで、新しい村を造りました。十分すぎる恩恵でした。
これで、一安心だ。村の誰もが、そう思いました。
森神様にも、感謝を込めて、今まで以上に供物をたくさん用意しました。お酒もお出ししました。
幸せそうでした。本当に。幸せ、でした。
新しい村が出来るには、幾何かの月日が経ったと思います。
それでも、木材を森神様が集めて下さったおかげで、早く進んだことは確かでした。
「せっかく作ったのだから、村を移ろう」と村の人々は言いました。それよりもまず、貴重品を先に森の村に移そうと行動しました。どんな感じ……うーん、半分がいつもの村に残って、もう半分が新しい村に行き、物を運んだ……でしょうか? 上手く説明できません。とりあえず、そんな感じでしたね。
それで、物を運ぶのには二日かかりました。でも、物を運ぶのは二日間だけでした。
はい。唐突に引越しなんてしたら、お隣の村がびっくりしちゃいますよね。でも、何となく、言わない方が良いって、村長さんが言ったんです。少女の両親がそう話しているのを、こっそり聞きました。
ふふふ。えぇ、夢ですよ。どうかしましたか?
……さぁ、明日だ! と村の人々は今までの村にお別れを、ほんの少しのお別れをするために、お祭りをしました。小さなお祭りです。強いて言うなら今の、忘年会位のちょっとした集まりでした。村長さんが持って来た酒を、歳の上順で飲んでいくんです。男共はもちろん、女も子供もでした。
えぇ、私も……少女も一口だけ頂いていましたね。
「おかあさん、のどあっついよぅ」って、言ってましたから、キツイお酒だったんじゃないでしょうか。うーん……、日本酒、でしょうか? ほら、森に覆われていましたから、近場に川もあったはずです。あー……お米、ですか? すいません。私自身、当時に造られていたお酒を知らないので……。何とも言えませんね。
ヒコも他の子供達も一口頂いて、顔を顰めたり、涙目になっていたり。でも、みんな、一緒になって楽しそうでした。途中、ヒコが厠へ行った時も帰って来た後も、私達は楽しかったんです。
村には何も、嫌な予感は一切していませんでした。
え? その言葉で嫌な感じがくる、気がするんですか? フラグ? よく分かりませんけれど。
……そうですね、その予感は当たっていますよ。けれど、その時は、全く、気付かなかったんです。
本当に、何も、気付かなかったんです……。
いつ頃かは分かりません。きっと、夜中だったと思いますけれど……正確な時間までは。
少女は起きました。家の外から漏れる、光に起こされたんだと思います。あと、まだ、どんちゃん騒ぎでもしている様な声にも。傍で一緒に寝て居た筈の、両親の姿もありませんでした。私は、両親を探しに家の外に出たんです。
外に出たら、真っ赤でした。赤い、赤い火に照らされていました。村中が燃えていたんです。知らない人がたくさんいました。鎧のような物を身に着けていました。鎧……多分、兵士でしょう。戦が近いと言っていたので、その人たちの手には鋭い刃物が握られていました。それらにも、赤い“何か”が滴っていて……気持ち悪かったです。
もちろん、聞こえていた声なんて、どんちゃん騒ぎしているモノではありませんでした。ガシャンガシャンと鎧が揺れる音、肉の裂ける音、家を壊す音、悲鳴に呻き声に嗚咽に、吐血に嗤い声に嬌声……たくさんの、音や声がしていました。
まだ幼い少女には、何が起きているのか、解りませんでした。だから、少女は、両親を探しました。怖かったからです。怖かったんです。すごくこわかった。ほんとうに。
鎧の人は危険だと思って、私は隠れながら探しました。背は低い方でしたので、影に隠れて息を殺したりして。懸命に探しました。当時は草履でしたけど、そんなもの履いていたらいつか転んでしまう事を、日々の遊びによって知っていたんじゃないでしょうか? 裸足でしたもの。
今思えば、本当に、気が気じゃなかったんです。
自分が裸足だとか、崩れた家の木片によって腕を怪我しただとか、本当にどうでも良かった。
ただ、自分の両親の事が心配で、不安で、怖かったんです。ひとりにしないで、って……。
……え? 変な顔をしていますか? 泣きそう? …………。そうですね、そうです。
…………。
…………、……続けますね。
ふふ、大丈夫です。ちょっと、取り乱しちゃいました。
ごめんなさい。私は大丈夫です。私は、大丈夫です。
少女ががむしゃらに両親を探している時、ふと、思い出したんです。
……そうです。新しい村の事を、思い出したんです。
少女は新しい村へと走りました。そこに両親が居ると、願って。気付かれない様に、隠れながらも、意識は新しい村にしかありませんでした。だって、森は焼けていませんでしたから。
えぇ、燃えていたのは村だけです。別の村の方も燃えていたような気がしますが、少女の身長ではどうにも区別がつきません。向こう側が見えないわけでもないんですが、それどころではなかったので。
少女は適当に森の中に潜みました。何時ものところから行くには、リスクがあったんでしょう……少女は御社の場所を探しました。幸いにも、本当に、森の中には鎧の人はいませんでした。何故かは解りませんでしたが……。
少女が森の中で御社を探している時、私は友人の姿を見ました。……息絶えていました。心臓辺りを深く斬られて、苦しそうな顔をして、目を見開いて死んでいました。だから私は、そっとヒコの目を閉じてあげました。せめて、目だけは、と思って。
まだ、泣きませんでしたが、代わりに、酷い吐き気に見舞われました。まるで、心の中がじわりじわりと、何かに侵食されていくようでした。……そして、少女はますます不安になりました。両親は本当に無事なのか、と。
ヒコに、友人に手を合わせ、少女は再び御社を探しました。そして、しばらくして、少女が御社を見つけた時、御社の前には村長さんが居ました。何かを口走って涙ぐんで、森神様に祈っていました。
けれど、すぐ近くに、後ろから鎧の人が来ているのに、村長さんは気付きません。鎧の人が何かを笑って言ってきました。それに村長さんは気付いて、立ち上がって鎧の人を睨んで言いました。そして、御社を壊されまいと背に庇って…………。
赤が飛びました。村長さんの口から、溢れんばかりの、赤が。村長さんと目が合いました。あった気がしました。にげろ、と言われたような気がしました。
けれど、少女は動けなかったんです。
あんなにやさしい村長さんが、何もしていない賢い村長さんが、目の前で死んだんですよ。意識を保っていられる方が可笑しな事でした。でも、何故か少女はその赤から目を逸らせませんでした。見て置かなければならない。そう、子供ながらに思いました。
悔しくて、悔しくて辛くて、何で自分達がこんな目に合わなければならないのか、と思ったんです。だって、あまりにも唐突過ぎて、意味が分からなかったんですから。
そして、村長さんが動かなくなって、鎧の人が御社に手を掛けました。私達の森神様の御社を、壊しました。哂いながら、狂ったように、壊したんです。火をつけたんです。燃やしたんです。
少女は泣きました。我慢していた涙が止まらずに流れていきました。
大切な思い出が、消えていくんです。村も御社も燃やされて、村の人たちは殺されて、どんどん消えていってしまう。少女はいっそう、両親の事が不安になりました。早く、新しい村に行かないと、って、思いました。
……御社を燃やされている時点で気づけばよかったんです。とっくに、ダメだったって。
けれど、その時の私は気付きませんでした。だって、もしかしたら、そこに両親が居るかもしれないって思ったんです。まだ、生きているかもしれないって、思ったんです。その願望を捨てきれませんでした。
私は見つけました。
たしかに、両親は生きていました。
鎧の人たちに囲まれて、弓を持った人たちに囲まれて、今にも射られてしまいそうな父と母を。
少女は走りました。父と母を失うのだけは嫌だった。失うならせめて、私も連れて逝ってほしかった。
「おかあさん、おとうさん」。少女の声に誰もが反応しました。父も母も、鎧の人たちも。
そんな中で鎧の人たちはニヤニヤしながら、弓を一旦下ろしていました。一番偉そうな人がそこに居たので、命令したんだと思います。今ならわかります。あの嗤いは、可哀想だから、この家族を一斉に殺してやろう、っていう非道な嗤いだったのでしょう。最期の別れくらい、与えてやろうとでも思っていたのでしょう。
だって、少女には、最期に父と母と会話した記憶がありますから。
そして、……はぁ。そして、……は、っ。ふ、ふふっ、ふーっ、はぁ。
すいませんっ、は、なんだか息苦しくて。っふ、深呼吸していました。
いえ、大丈夫です。平気です! ……っただ、興奮しているだけですから。
いやです。……あ、の。せっかくですし、このまま聞いていてください。私が言いだした事ですし。
……有難うございます。じゃあ、ちょっとだけ、気持ちを落ち着かせますね、…………。
…………、…………、…………。
…………、…………、…………。
…………、……ふぅ。
ありがとうございます。はい、もう、大丈夫です。
私の続きを、……少女の最期を、聞いてください。
少女は父と母と話しました。
それぞれが、たった一言だけ、です。
「だいすき」「あいしてる」「今度こそ一緒に」と。そして、…………。
それだけで十分でした。
少女は父と母に、前から後ろから抱きしめられて、守られて、……最後まで、守られました。
無数に放たれた矢は、父と母を射抜きました。私には当たらぬよう、父と母は覆いかぶさってきました。私は悲しかった。一人にしないで、と思ったのに、結局、一人になってしまったのですから。
なにより、こんな目に合わせた鎧の人たちが許せなかった。
私達は何もしていないのに。ただ幸せで、皆が居て、両親が居て、いずれは結婚して、子供を産んで、歳を取って、孫を見て、幸せに……幸せに生きるはずだったのに。それがすべて、あの火と、あの鎧と、あの弓と刀と、血で汚されてしまったのです。
少女の心は深い憎しみに囚われました。
夢の中のはずなのに、私の心まで覆い尽くして、離してくれません……。
少女は言い放ちました。森神様に願いました。少女の言霊の、怨み言葉を。強く強く願いました。守ってくれなかったのは、供物が無いからだって、思って。だから、私は。
「殺してやる」
「お前達の子孫も道連れだ」
「燃やしてやる」「燃えてしまえばいい」
「お前達の付けた火のように」「燃えて無くなれ」
「森神様」「森神様お願いです」「私達の村と森神様の御社を燃やしたコイツラヲ」「ユルサナイ」「供物になるから」「ワタシを供物に」
「絶対、絶対に逃がしてやるもんか」「殺してやる」「ゼッタイに燃やしてやる」
少女にも矢が数多に射られました。けれど、少女の怨みの言葉は続きました。
私の目の前が真っ暗になるまで、唇を動かして、村に火をつけた者達を呪いました。
きっと、視界が真っ暗になったんです。少女は亡くなってしまったのでしょうね……。
だからでしょうか? 夢なのに、私、忘れられないんです。何よりも少女が言っていた、燃やす、という言葉が……。夢の少女はどうか走りませんが、私自身は火を見つめるのも好きでしたから、それで夢の中にも影響したのかな? なんて思いますけどね。
……ふふ、ごめんなさい。長ったらしかったでしょう?
これで私の話はお終いです!
* * *
いつの間にか人が疎らになったカフェで、すっかりぬるくなったココアを一口飲んで、喉の渇きを潤す。……もちろん、ぬるくてねっとりと絡むココアでは、乾く渇きも無いけれど、無いよりはマシだと思う。
目の前にいる友人が、私の話が終わったのを見計らって息を吐いた。友人は不思議そうに私を見つめている。
優しいなぁ、と思った私は小さく笑みを返した。突然話し出して、でも、最後まで聞いてくれたのだから。この友人は本当に優しい人だと思う。でも、手にはしっかりメモ帳とボールペン。流石は漫画家志望さん。
「……で? どうして急にこんな話をし出したの?」
「昨日久々に見たし……、話のネタにでもしてくれたらいいな? って思って」
茶目っ気っぽく、ウインクをしてみる。が、友人は此方を疑わしそうに、ジト目で見てきた。……まぁ、呼吸とか表情とかは、隠しきれないからね。仕方が無い、か。
「まぁ、そこそこ面白かったけどさぁ……? うーん、本当にそれだけ? それになんで敬語? それに、呼吸だって可笑しかったし……」
「あら、お話しする時、敬語っぽいと、それっぽいじゃない? 呼吸はね、……そもそも私、グロテスクとかホラー系って苦手じゃない? 思い出すだけで、吐き気が……っう」
「あぁ、そういえばそうだったか。忘れてた、ごめんね」
随分と疑り深いなぁ、と私は拗ねるような仕草をしてみせる。すると友人は慌てて、ごめん、と笑って謝って来た。やはり友人は優しい……もっと疑ってくれてもいいんだよ? だって、友人の直感は外れていたわけではないんだから。
何よりも、別に、友人の漫画のネタになるように言ったわけでもない。
私はただ話したかっただけだ。どうしても、今日、この日に。何故ならば……。
私は、カフェに設置された小さなテレビが移す画面に、ついっと視線を移した。テレビでは、お目当てのニュースがやっていた。
――昨夜未明、××市に住む×××さん一家の自宅が火事になり、……………。尚、未だ火事の原因は不明のままです。現在、警察は放火の可能性も考えおり、…………、続いてのニュースです。
ふふふ、嬉しい。ちゃんと呪いは受け継がれたのね……それとも、やっぱり森神様が力添えしてくれたのかしら? なんて、ね。それに神様の御考えなんて人間には分からないもの、だからあの時だって、どうして救ってはくれなかったのか、私には分からないわ。
でも、いいの。だって、願いは叶ってるもの。
心の中だけで、こっそりと笑みを浮かべて、テレビから視線を外し、友人の顔をチラ見する。
すると、友人の目はテレビに向かっていて、ボーッとしていた。焦点が合ってない様子。……ふふ、ゴメンね。きっと、私がお話した影響が出ちゃったんだわ。でもね、そっちの方が嬉しいの。
だって、そうよね、あなたがそうだって、知ってる。あなたの容姿は、不思議なことに、昔のそれとよく似てる。仕草や話し方もそっくり。そして、よくわからないけど火が怖い、って前に話してくれた。それで私、確信したの! だからこそ、私は、やっと逢えたと思ったわ。あなたに。
私ね、あなたに会いたかったのよ、ヒコ。両親とは再び逢えたのに、あなたが居なかったんだもの。すごく、寂しかったわ。
でもね、きっと逢えるって思ってたわ。だからこうして、同じ大学で逢えた! どういう理由かは分からないけれど、私ね、真実が知りたいの。どうして、ああなってしまったのか。どうして、あの村が引っ越しの準備をしている事が知られてしまったのか、って。
あなたの口から、あなたの知る、本当の話を。
ねぇ、あなたに話した私の夢に、嘘が紛れていたの、知ってた……?
ふふ、あのね、村長さんに切りかかった鎧の人の言葉と、両親からの最期の言葉のことだけど……、ねぇ、ヒコ?
あなたって、本当は村の子じゃなかったのね。武家の子だったのね。鎧の人から聞いたわ。「拾った子供に裏切られるなんてな」って。確かに、よくよく考えたら、あなたと仲良くなったの、十歳くらいだったのよね。でも、それは夢の中だからって思ってた。私だって、初めの頃は、ただの夢だって思ってたわ? でもね、あなたに逢って、思い出したの。
ねぇ、ヒコ? あの時、どうやって村長さんの家の子に成りすましたの? 村長さんの優しさに付け込んだ? それとも、隣の村に居るあなたの知り合いが村長さんに頼んだの? でも、そんな事はもう、どうでもいいの。
ねぇ、ヒコ? あなたは文字も知っていたし、町に戻りたいって夢もあったよね。ねぇ、あそこはいい村だったでしょう? 欲しかったのよね、神様に守られているなんて、何ともすばらしい土地が。
昔からこっそり文を出していたんでしょう? だから、あんなに紙を欲しがってた。隣の村に、あなたの知り合いが居て、その人伝にあなたの本当のお父さんと。だからあんなに仲が良かったのよね? それで、引っ越しで、色々と村から物資が無くなる日を迎えるのを待ってた。祭の時に厠に行ったのは、確認の為だったんでしょ? だから、襲えたのよね、村を、私達を。
でも、あなた、結局、村長さんにバレてしまったんでしょう? だから、斬られたんでしょう? だって村長さん、言っていたもの。「やはり裏切り者はヒコだったのか」って。私が村長さんのところに行く前に、あなた、絶命してたでしょう? 森の中で、ひとりぼっちで。森には、村長さんと私しかいなかったんだから。それに、あなたの顔も、あり得ない、なんて表情してたしねぇ……。
それでも村長さん、心から優しい人だったから、刀をあなたの側に置きっぱなしにして……。自分の身を守るために持っていかなかったのは、村長さんも自分を不甲斐ない、って思っていたから、御社で抵抗しなかったのかしらね?
――……と、思っても。全部、鎧の人の言葉と、村長の言葉から解釈してみただけだもの。私だって、間違っているかもしれないわ。だって、真実はあなたの中にあるんですもの。ねぇ、ヒコ。
だからこそ、だからこそよ。私ね、真実が知りたいの。嘘偽りない、あなたの知るすべてが知りたいの。
あなたが何のために、あの村に居て、何のために、あの日、村を襲わせたのか。じっくりと、お話を伺いたいわ?
……もちろん、私の復讐が終わった後の、最期の楽しみにとっておくから、ね。
「ふふ、」
「あれ、ご機嫌だね」
「えぇ、とっても」
まだ何も思い出していない友人に、密やかに笑みをこぼす。すると、友人はボーッとしていた目を退けて、此方を見てくる。どうしたの? と首を傾げてきた友人に、私は笑みを送るだけだった。
だって、楽しみで仕方がないんですもの。あなたが思い出して、私に気付いて、私の家族に気付いて、どんな顔を見せてくれるのか……、えぇ、楽しみですもの!
ふふ、どんな顔でもいいわ。
今の私は、獲物を目の前にしてるから、しあわせなんだもの。
ふふふ。しあわせなんだから、手を叩くべきかしら? でも、それはヒコが思い出してくれた時に、笑いながら手を叩くように、楽しみは残しておきましょう。
「はやく、燃えてしまえばいいのよ」
そうすれば、きっと、友人も思い出してくれるはずなんだから……ふふふ。
大丈夫。
ただの夢ですよ、きっとね。
神様のお気持ちなんて、人間には分かりません。
もしかしたら、森神様だって、悪い神様で……敢えて助けなかったのかもしれませんし、ネェ? 欲が深くなった神様なら、供物が無ければ、見返りが無ければ……そういう可能性もありますから。
まぁ、一個人の考えですけれどね。