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青き翼の覇者(ブレイカーズ)  作者: 伊藤真之
3/3

双青(3)

謎のMobの調査を終えて、つい先ほどわたしと響子さんは施設に戻ってきていた。響子さんは今報告に言っているため、部屋にはわたし一人だ。

わたしはさっき、竜の渓谷であの人たちに見られそうになって急いで奥に逃げたが、最後の一部屋で失態を犯してしまった。

走っていたら転んでしまい、竜の一体に目を付けられたのだ。すぐに追いついてくるはずなかったのに、あまりに焦っていたわたしは反射的にスキルを使ってしまった。その上、その状態で放置してきてしまった。

もちろん、このことは響子さんには言っていない。もし知られたなら、罰を受けることは確定だ。でも、ずっと隠していられる自信もない。私はドジだと自覚しているから。

「どうしよう。正直に言えば許してくれるかな。ううん、そんなに甘くないよね。」

わたしは誰もいないと思い、つい声に出してしまっていた。

「また失敗でもしたのか、チビ助。出かけるたびにミスをするのか、お前は。いっそあっぱれだな。」

声の主は部屋の天井にぶら下がっていた。

この男は芳賀峰鬼柳はがみねきりゅう、皆からはハガネと呼ばれている施設最強のプレイヤーだ。ボスはもっと強いらしいが、わたしはボスの顔すら知らないので、わたしが知る中で最強のプレイヤーだろう。

「どうしてそこにいるんですか。それにわたし、失敗はよくするけど毎回はしてないです。少し前に、37回目のお使いで初めて失敗せず戻って来れました。」

ハガネはわたしの頭に手を乗せて撫でた。

「悪かったな、たった一回の成功をしらなくて。お前も成長してたんだな。まあ、それでもお前は実力だけならここのナンバー2だからな。」

確かに歳はハガネの方がいくつも上だ、でも子ども扱いはされたくない。私は施設で一番年下だから、よく子ども扱いされる。だが、わたしは現在12歳、本来なら中学生になっているはずだ。それに、わたしはもう一人で戦える。それでも、みんな子ども扱いする。

「子ども扱いは止めてください。私もう12歳ですから。あと、ここにいる理由、早く教えてください。やっぱり、スキルの練習ですか。」

ハガネは神出鬼没だ。本人いわく、自分のスキルを磨いているらしいが、わたしはハガネのスキルをしらないので、これが練習になるとは思えていない。

「いや、今日は違うよ。謎のMobってやつのこと知りたくってな。あのヤマタノオロチよりも強いんだろ、戦ったら面白そうじゃねえか。」

戦闘好きのハガネらしい理由だ。わたしには戦いが好きになる気持ちは理解しがたい。だって、誰かを傷つけるのも嫌だし、自分が傷つくのも嫌だから。だからこそ、わたしのスキルはわたしに合っていると思う。氷は誰かを傷つけずに動きを封じられるから。

「確かにすごく強かったと思います。しかし、私が一度凍らせてから響子さんが痺れさせたので、倒すには至ってはいませんけど、わたしでも十分勝てたと思います。ハガネなら一瞬で倒せると思いますよ。」

ハガネは少し残念そうな顔をしていた。ハガネは常に強敵を求めている。でも、なかなか巡り会えないらしい。会いたいものに会えないで落ち込む気持ちは、わたしもよく分かる。

「そうか、その程度か。ありがとな、プリンセス。今度機会があったら、俺と戦わないか。お前なら、きっといい相手になる。」

プリンセス、ここでの私のあだ名が変化したものだ。しかし、わたしはそのあだ名が好きじゃない。

ハガネはそれを知っていながら、わたしをそう呼ぶのだ。

「その呼び方は止めてって、いつも言ってるでしょ。」

わたしはつい向きになって、声を荒げていた。しかし、ハガネは微動だにしない。

「敬語忘れてるぜ、白雪姫。」

そう言い残して、ハガネは部屋から出て行った。私はその背中に向けてつぶやいた。

「わたし、戦いは嫌いです。」


ヘルハウンドとの戦闘が始まってかれこれ30分以上、戦闘はまだ続いていた。

現在は少し距離を取っていて、その姿は見えない。だが、かなりの傷を負わせたはずだ。希少種でなければ、既に終わっていてもおかしくないほどに。

今のところ、ぼく自身に目立ったけがはない。軽いかすり傷や擦り傷程度だ。しかし、さっきは危なかった、一歩間違えば死んでいただろう。まさか、岩の後ろに身をひそめていた時に、岩を砕いて強襲を駆けてきたのだから。どうにかヘルハウンドの攻撃は避けたが、崩れてきた岩でかすり傷等を負った。

ヘルハウンドの体は炎に覆われていて、普通の攻撃はなかなか体に届かない。ぼくは耐炎弾を使って攻撃していた。この弾は炎に対して強く、ヘルハウンドの体まで届く。しかし、殺傷能力は普通の弾よりも落ちるため、心臓までは届かない。そのため、傷を負わせて少しずつ弱らせていた。

その成果は確実に出てきて、ヘルハウンドの動きはかなり鈍くなっていた。最初に足を攻撃していたこともあるが。

ヘルハウンドは弱ると炎が弱くなる。それを狙って、銃弾で心臓を打ち抜けばそれで終わりのはずだった。しかし、今は予想外の事態に陥っていた。ヘルハウンドが狂乱状態に陥ったのだ。

狂乱状態では、炎が弱まることはないし、能力も高くなっている。攻撃を受ければ、一撃死もあり得る。かなり厄介な状態だ。それなのに、ぼくは心の中で「おもしろい」とより強く思っていた。お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒の時には感じられない感覚だ。久しぶりにそれを感じていた。

ぼくはけっこう戦いが好きなのだ。昔は強い相手を求めては様々なフィールドを駆け廻り、かなり危険な目にもあい、お兄ちゃんを呆れさせ、お姉ちゃんを心配させていた。その頃の血がいまでもうずくのだろう。だから、今この戦いを面白く感じている。

ヘルハウンドとの距離は約1キロ半ほどといったところ、まだ狙撃までには余裕がある。ゆっくりと準備をしてもいいだろう。そう考え、油断していたのが仇となった。

銃の準備を終えた直後、ぼくは数人のプレイヤーに囲まれていた。見た感じ、友好的なプレイヤーには思えない。敵意さえ感じる。おそらく、さっきつけていた奴らだろう。ぼくがなかなか出てこなかったから、痺れを切らして降りてきたのだろうか。

そのまま止まっていればよかったものの、ぼくは内心そう思った。だって、彼らは死にに来たようなものなのだから。

普段なら、傷を負わせるが命までは取らなかった。しかし、今は高位Mobとの戦闘中、プレイヤー数人まで相手をするならスキルを使わなくてはならない。そして、スキルを見られたならば、その相手は生きては返せない。

お兄ちゃんやぼくは今までもそうやって来たのだ。身を守るために。それは今も変わらない。

「お前は、双青の妹だな。」

どこかのフィールドで見られていたらしい。ありえないことではないが、よく妹と分かったものだ。もしかしたら、別の方法で知ったのかもしれない。

「そうだけど、おじさんたちは何の用。依頼者には見えないんだけど、山賊って感じならするけど。お兄ちゃんやお姉ちゃんに用なら伝えるけど。」

男の一人、最初に言葉を発したリーダーらしき男はじっと僕を見つめていた。武器の確認をしているのかな。

「いや、それは後でいい。お前を捉えたその後で、な。」

やっぱり。思った通りすぎて、ため息が漏れた。もっと面白い展開を期待していたのだが、そうはいかないみたい。

ここにはもうすぐヘルハウンドもやってくる。そうなれば、おじさんたちに付き合ってはいられない。しかし、銃弾や剣で心臓をやられれば生きてはいられないので、無視もできない。やはり、スキルを使うしかないのだろう。

ぼくは両腕を上に挙げた。もちろん、銃口も空を向いている。

「諦めがいい奴だな。こちらも手間がかからなくて助かる。何せ、あの双青の妹だ。無傷でとらえるのはかなり厄介だと思っていたからな。」

よくしゃべる男だ。本当に犯罪グループのプレイヤーなのだろうか。ぼくはよく知らないけど、皆そうなのかもしれない。

しかし、彼は勘違いしている。ぼくは決して降伏したわけではない。これはただ相手を油断させるための演出に過ぎない。結果は予想以上で、敵は完全に油断している。これ以上のチャンスはない。

ぼくはすぐさま行動に移った。ヘルハウンドとの距離もちょうどいい具合だった。今が最高のタイミングだった、彼らに本当の恐怖を教えられる。

彼らの一人がぼくの方に銃を向けた。殺すつもりはないはずだし、おそらく、睡眠弾でも打ち込むつもりだろう。どんなに強いプレイヤーでも、体制を持たない限り状態異常にはなるので、受けるわけにはいかない。

ぼくは一瞬で銃口をその男に向けて、銃弾を放った。お兄ちゃんほどうまくはないけれど、早撃ちはできるのだ。

銃を撃とうとした男は、銃弾を受けてその場に倒れた。装填していたのが耐炎弾だったためだろう、その男は死んでまではいないようだ。かろうじて生きている。

「きさま、抵抗する気か。だましたな。」

「ぼくは一言も言ってないよ、降伏しますなんて。君たちが勝手に勘違いをしただけだよ。」

リーダーらしき男は険しい顔つきになった。戦うしかない、そう理解したのだろう。

しかし、それは間違いだ。今逃げれば殺しはしないのに。まだ僕のスキルを見ていないから。

「まあいい。子供を傷つけるのは好きでないが、やるしかないみたいだな。抵抗したことを後悔するといい。」

彼らは一斉に武器を取り出して、ぼくに攻撃しようと向かってきた。動きから見てプレイヤーとの戦闘に慣れていることはよく分かる。ずっとこんなことをしてきたのだろう。ぼくには関係のないことだが。

その時、地面が揺れた。地震ではない。あいつが、ヘルハウンドが近くに来たのだ。

「ナイスタイミング。」

ぼくは誰にも聞こえない声でつぶやいた。

彼らは驚愕して、動きを止めた。高位Mobが突然現れたのだから当然だ。しかも、それが希少種となれば尚更だろう。狙っていたぼくに動揺はないが。

次に、彼らはヘルハウンドについている無数の傷に気が付いた。そして、これをぼくが付けたものだと悟るまでに時間はかからなかった。

「お前、こいつと戦っていたというのか。一人でこいつと。そんなことが。」

ようやく気が付いたようだ。そう、君たちは手を出してはいけないものに手を出した。それがどういうことか、分かっているかな。

「さあ、戦いを始めよう。ごめん、違ったね。戦いなんかじゃなく、一方的な殺戮だったね。」

ぼくはその言葉と同時に、右手を上に挙げた。そしてひとこと唱える。

禁書庫開閉インデックスオープン

言い終えると、ぼくの手に一冊の本が現れていた。これがぼくのスキル、禁書庫インデックスゲージだ。

右手を下ろして本に目を通した。このスキルでは、何の本が出てくるかは自分でも分からない。それが大きな欠点だ。

「今回は雷の禁忌書か。炎に対しては不利だけど、しかたないか。」

彼らの一人がぼくの持っている本を凝視する。やはり、気づいてしまったらしい。

「このスキルは、6年前にわずか8歳で極東リーグ中学生以下の部で優勝した図書館と同じものだ。いや、こいつがその本人だ。」

そうか、あの大会のことを覚えていたのか。あの頃の僕はまだまだ未熟だった、いろいろな意味で。

「ぼくのことを覚えてる人がいたんだ、光栄だよ。でもね、ぼくはあの頃の僕が大嫌いなんだ。それなのに、君のせいで昔の僕を思い出しちゃったじゃないか。それにこのスキルを見た。生きては返せないよ。」

彼らの顔に恐怖が浮かんだのをぼくは見逃さなかった。そして、彼らは逃走を図った。そんな彼らと後ろから迫っているヘルハウンドを認識しながら、ぼくは左手を本のページにかざした。


なぜこうなったのか、考えたところで解るはずもない。しかし、何かがあったことには間違いない。

そういえば、ここに来るまでの途中で、一度だけ少女を見た気がしたはずだ。今考えられる原因としてはそれしか思い当たらない。

しかし、その少女の正体など知りもしないのだから、何もわからないのと変わりはない。

確かに言えることは、あの少女が見間違いだったとしても、誰かがここに侵入していたということだ。そして、ここは最深部手前の部屋なのだから、何者かが最深部まで行ったということになる。つまり、討伐を頼まれた謎のMobに用があったのだろう。

まあ、犯人探しは俺らの仕事じゃないし、爺さんにでも頼んでおけばいいだろう。

ただ、一つだけ気になることがある。

「ジャン、お前の熱属性の攻撃を氷にあててみてくれ。」

「いいけど、青治は何か分かったの。」

「いや、そうじゃない。ただ、もしかしたらと思って。念のためだ。」

俺の考えが正しければ、おそらくこの氷は。

ジャンはすぐに銃を出し、壁の氷目がけて熱の弾を放った。壁を狙ったのは、氷が解けて竜が動き出すのを恐れたからだろう。

ジャンの放った熱の弾は氷に当たると弾かれて、エネルギーが分散して消えた。まさか熱の弾が氷に弾かれるなんて思っていなかったらしく、ジャンはただ茫然としていた。

やはり予想通りだった。この氷は解けなかった。つまり、これは

「永久氷塊、これを使えるものは極東にただひとりだけのはず。雪花の女王、元白川家当主、白川凍花。極東最強の氷使いにして、元五代家6代目の当主。でも、」

さすがは天宮家の人間、このくらいのことは、知っていて当然のようだ。

「8年前の事故で白川凍花は亡くなっている。そして、当主を失った白川家は五代家から外れ、代わりに海神家が五代家になった。現在では、白川の拠点としていた北海道、東北地域は海神家が拠点としてる。そうだろ、渚。」

「その通り。だから、これを使えるものなど今はいないはずなのに、どうしてこんなところに。」

まあ、普通に考えればそうなるだろう。溶けない氷、永久氷塊を生み出せるプレイヤーは世界で白川凍花だけと言われていた。血も繋がっていないのに同じ能力を持つ者など、現れるはずないのである。

「でも、絶対ではない。これ以上考えても意味ないだろうし、俺たちは俺たちの目的を果たそう。もしかしたら、この奥も同じようになってるかもしれないけどな。」


ヘルハウンドがぼくのすぐ後ろで大きく口を開いている。このまま口を閉じられたら、ぼくは即死だろう。しかし、口が閉じられることは永遠になかった。

ヘルハウンドの口が閉まる前に、巨大な雷がヘルハウンドを打った。ヘルハウンドの体からノイズが走った。ヘルハウンドの心臓はその一撃により、ようやく停止したようだ。次の瞬間、ヘルハウンドはけ下も形も残さず消滅した。残ったのは、ぼくのストレージに入ったアイテムだけだ。

「打った雷は計17発。さすがの耐久力だったな。もっと楽かと思ってたけど、ずっと使ってなかったから感覚が鈍ったのかな。」

もちろん、雷にやられたのはヘルハウンドだけではない。ぼくの周りには、黒い炭になったプレイヤーの残骸がいくつも散らばっていた。あまりに無残な光景だ。加減を少し間違えたかな、反省しないと。

「ひっ、た、助けてくれ。」

ただ一人だけ、リーダーらしき男だけは残っていた。大雑把に放ったとはいえ、直撃を避けたのはさすがと言えるだろう。しかし、余波を受けて電気で体がしびれて動けなくなっているみたいだ。さっきまでとは違い、みじめな姿だ。

ぼくはゆっくりと本から手を放した。

男の顔に安堵の表情が浮かぶのが見えた。

ぼくの手から本が消えた。元の禁書庫に格納されたのだ。その瞬間、男が動いた。痺れていたのは演技だったようだ。

「所詮は子供、甘すぎるぜ。」

男は隠し持っていたのであろう短剣を懐から出し、それの切っ先をぼくに向けた。男の目は勝利を確信していた。

ドンッ。

一発の受精が響く。それと同時に男の顔色が喜びから恐怖に変わる。男の胸からは血が溢れ出していた。

銃声はぼくの持っている銃剣から発せられたものだ。つまり、男を撃ったのはぼくだ。

「油断したのはどっちかな。君の過ちは、手を出してはいけないものに手を出したことだよ。現実では、この教訓をしっかり生かせるといいね。」

心臓を撃ち抜かれた男は、すぐに死を迎えた。この世界では死んだら終わり、男がこの世界に戻ってくることは決してないだろう。

目的も果たしたことだし、あとは帰るだけだ。ダンジョンの奥には脱出用ゲートが存在するので、それを使えばすぐに出られる。

お兄ちゃんとお姉ちゃんもそろそろ帰ってくるころかな。でも、友達も一緒といっても、今回は謎のMobが相手、いつもよりは時間がかかっているかもしれない。負けることだけはないだろうけど。

「碧ちゃん、すごかったね。強いとは思っていたけど、これほどだったなんて。今までは本気を見せてくれなかったから知らなかったよ。もしかしたら、お兄さんたちにも劣らないんじゃないかい。」

突然声を掛けられた。相手はおそらく、もう一人の追跡者だろう。そして、ぼくは彼を知っている。彼はクラスメイトの須藤裕輔、クラスではぼくに次ぐ実力者だ。一緒にクエストをしたことも何度かある。しかし、ぼくのスキルを見せたことはない。いくらパーティーで仲間になっても、ぼくはお兄ちゃんとお姉ちゃん以外の人の前でこのスキルを使うつもりはないからだ。

今の発言から察するに先ほどの戦いを見ていたのだろう。普通の中学生なら、その光景には耐えられずに嘔吐したり、気絶することだってあり得るだろう。この世界での死は、あまりにリアルすぎるから。

よく見れば、裕輔君も少しばかり顔色が悪そうだ。トッププレイヤーといえどまだ中学生、プレイヤーの死を見るのには慣れていないだろう。ぼくが言えた事じゃないが。

まあ、ぼくの場合はいろいろあって、人の死にはもう慣れてしまっている。この世界でプレイヤーを殺すことにも慣れている。おかしいと思うかもしれないが、そうしなければ生きてこられなかったのだから、仕方のないことだ。

「今の見てたってことは、ぼくのスキルも見てたってことだよね。だったら死んでもらわないといけないかな。たとえ同じクラスだとしても、それだけは譲れないから。」

裕輔君は一歩後退った。しかし、逃げ出さない分だけ冷静である。さっきの連中よりは一枚も二枚も上だ。でも、背中を見せて逃げ出したその瞬間に、殺されると理解出来ているようだ。だからこそ、逃げずに説得しようと考えたのだろう。

「勝手に見たのは悪かったっよ。でも、このことは誰にも言わないから、見逃してくれないかな。僕たち友達だろ。」

「本当に誰にも言わないって保証はあるの。もし言ったら家族全員を殺すって約束しても、ぼくが見てないところでなら、君がいくら話しても僕には分からないんだから。口約束だけじゃ、信頼は薄いよ。ぼくの性格は知ってるでしょ。」

裕輔君はこくりと頷いた。

もし、ぼくを説得できたら助けてあげようと思えるほどの仲だが、難しかったかもしれない。裕輔君は黙ってしまっている。

仕方なく、ぼくは銃口をゆっくりと動かし始めた。危機を感じれば何かを思いつくかもしれない。そう考えたのだが、裕輔君に何かを思いついた様子はない。

「まあ待て、神谷碧。少し話を聞いてくれないか。」

ぼくでも、裕輔君でもない声が、裕輔君の後ろの方から聞こえた。

さっきまで気配はなかった。つまり、今来たばかりということだ。そして、ぼくは声の主を知っていた。

「あなたが出てくると思っていたよ。それで、何の用かな、裕輔君にぼくの監視までさせて。」

声の主は、岩の間から姿を現そうとしていた。ここからでははっきりとは見えないが、それでもぼくの予想に間違いがなかったことだけは分かった。

「少し面白い遊びをしようと思ってね。それで、あなたに用があったというわけよ。」


私たちは凍りついた部屋を後にした。

今は最深部へと続く長い回廊を進んでいた。

この先に行けば謎のMobの正体が分かる。そう思うと、つい足早になってしまう。私は青治と違って、考えることはあまり得意でない。だから、分からないことは直接見て確かめる方なのだ。だからこそ、つい急いでしまう。

それでも、特にとがめられることはない。元より、青治以外のみんなは私をとがめるなどと言う考えはないだろうし、青治も青治で少しばかり急いでいたからだ。

青治が急いでいるのはさっきの部屋の惨状を見たからだろう。最深部の様子がかなり気になっているのは間違いない。

私も気にならないでもない。だって、あれをしたプレイヤーは極東最強の氷使いと同等のスキルを持つことになる。興味がわかないはずがない。

青治のことだ、その相手と戦いたいと思っているだろう。青治は冷静に見えて戦い好きだから。

最後の回廊は、いつ来ても長い。まあ、変わる方がおかしのだが、最後まで来てこんなに歩かないといけないなんて、面倒で仕方ない。プレイヤーによっては、このボスの前の時間が緊張感を掻き立てるのでいいと思っているらしいが、私にはその気持ちが理解できない。

約500メートル続く回廊の先が見えてきた。最深部を照らす灯篭の光が小さな光の筋に見える。真弥ならすでに最深部の様子が見えているだろう。

最深部まであと20メートル。最深部は目の前というところで強い風が私たちに吹きつけてきた。自然の風でないことは明らかだ。つまり、この先にいるMobは風を使う。

でも、おかしい。

「どうして、まだ最深部に入ってないのに。もしかして、異常現象だからあり得るの。」

渚ちゃんも動揺している。

それも当然だ。普通のダンジョンでは、Mobの縄張りであるエリアに入らなければ、こちらが手を出さない限り襲ってくることはまずない。そして、ダンジョンボスの縄張りは最深部のみなのだ。

でも、ここにいるのは普段のボスではなくイレギュラーなボス。ダンジョンの基本に縛られていなくても不思議はない。

「来てるぞ。みんなしゃがめ。今すぐに。」

真弥にだけは何かが見えているようだ。かなり切羽詰っている様子、ここは素直に従っておこう。

真弥の指示で私たちは一斉にしゃがんだ。青治を除いては。そうだ、青治にも見えているんだ。

「青治、何をしている。危険だ、早くしゃがまないと、」

真弥には見えているからこそ、その危険性が分かっているのだろう。

「大丈夫。青治の心配はいらないよ。絶対にミスはしないから。」

私は真弥の耳元でそっと言った。

次の瞬間、無数の羽が矢のごとく飛んできた。まるで矢の嵐だ。しゃがんでいた私たちには当たらず、すぐ上を通過していった。真弥が切羽詰っていたのもうなずける。

青治はというと、矢のちょっとした隙間を抜け、かわせないものは剣と銃で弾き、奥に向かって進んでいた。

「さすがというか、あきれるというか。だが、実力は本物。尊敬に値する。」

その様子を見て真弥も安心したようで、そう呟いていた。

大技が専門の私では、さすがにまねできないだろう。青治の接近戦闘術は認めざるを得ないのだ。

「私もそう思う。実力だけは認められる。」

渚ちゃんもそう呟いていた。今までは私の方が目立っていたかもしれないが、これを見れば青治の実力を理解せざるを得ないだろう。

青治は最後の羽を剣で切り落とすと、それと同時に銃の引き金を引いた。この距離なら必中のはずだ。

その直後、再び強風が吹き荒れた。これではなかなか近づけない。

再び銃声。青治がもう一度引き金を引いたのだ。青治が無駄に撃つはずがない。仕留められなかったにしても、同じ距離からまた撃つほどバカでも無謀でもない。つまり、青治が外した。いや、かわされた。

直後、金属音が辺りに響いた。次の瞬間、同時に二つの銃弾が天井に当たった。

どちらでもなかったのだ。一発目は、さっきの風で押し返されたのだ。速度は変わらずに。

「片手銃の低速度と低威力が裏目に出たか。俺の弾じゃ奴には届かない。碧がいればな。」

この先にはいったい何がいるのだろうか。少なくとも、私が会ったことはない。だって、青治の銃が通用しないMobなど、今まで見たこともないのだから。

「羽ってことは鳥獣種ですかね。それとも羽毛を持つタイプの竜、どちらもあり得ますよね。」

「そうだね。佳苗ちゃんって意外とMobに詳しいんだ。治癒術師目指すのにMobの知識ってあまり必要ないと思うんだけど。」

「そ、それは、・・・私、実戦は苦手ですけど、小さいころからよくお父さんの本を読んでいて。それで、Mobとスキルの知識だけには自信あるんです。」

スキルとMobに関する本を持っていたということは、佳苗ちゃんのお父さんは研究者か交戦者ということかな。

いや、それよりも、佳苗ちゃんがスキルに詳しいということは、青治や碧のスキルが分かってしまう可能性も高いということだ。それは少し困る。

でも、佳苗ちゃんならいいわけで信じてくれるだろうから、大丈夫かな。たぶん。

「渚さんの妖精が何か言っているみたいですけど、いったいどうしたんですか。」

渚ちゃんとその妖精が何かを話していたようだ。佳苗ちゃんには、しっかりと聞こえていたらしい。

「空がここにいるMobが狂乱状態になってるって。空の能力には状態認識もあるから間違いはないけど。でも、まだ傷も負わせていないのになるなんて、おかしい。」

確かに、私たちがしたのは青治が銃を撃っただけだ。しかも、それは押し返されて当たってすらいない。とても狂乱状態になるような状況だとは思えない。

ありえるとすれば、あの部屋を凍らせた誰かが何かをした。しかし、この先のMobは死んではいないということだ。つまり、倒せなくて逃げた。

でも、永久氷塊を作れるようなプレイヤーが倒せない敵とは、いったいどれだけの強さなのだろうか。想像もつかない。

それでも、その敵を倒さなくてはならない。それが私たちのやるべきことなのだから。

「蒼奈、波を頼む。その隙をついて最深部に入る。こんな狭い通路で戦い続けるのは不利だからな。それでいけるか。」

私はすぐに手を前に向けた。青治はすぐに作戦を考えた。なら、その時間を無駄にはできない。私は、岩を除去した時以上の波を繰り出した。これなら、同時に羽の攻撃も防げる。だが、問題は風の方だ。強風に煽られたら、波が押し返されるかもしれない。

しかし、風が吹くことなく波は最深部に流れ込んだ。意外だった。さっきの銃弾に対する反応から考えて、今回も風で防ぐと思っていた。青治が何かをした様子もない。

「相手もかなり利口だな。うまく空中に逃げたか。でも、隙はできた。みんな、今のうちに最深部に入るぞ。遅れるな。」

私は、すぐに波を鎮めて消した。それと同時に、私たちは最深部へと突入した。

すぐには分からなかったけれど、突入しながら考えて、青治の言ったことの意味が分かった。

いくら強い風を吹かせたとしても、波は銃弾とは違い液体だ。すべてを完全に押し返せるとは限らない。つまり、少しでも危険を避けるために風を吹かすのではなく飛んで、躱したのだ。

最深部を見渡すと、奥の方に氷のかけらが散らばっていた。やっぱり、さっきの部屋を凍らせた何者かが手を出していたのだろう。謎の高位Mobとの戦いが狂乱状態から始まるなんて、とんだ災難だ。

「上にいる。気を付けろ。」

真弥の言葉で上を向くと、天井近くに巨大な鳥獣がいた。やけに暗いと思ったら、私たちは、倒すべき敵の影の上にいたのだ。

巨大な鳥獣はゆっくりと下降して、私たちの前に降り立った。狂乱状態でありながらも、私たちへの警戒は忘れていない。これほど利口なMobは他にいるだろうか。ただの図体だけの相手ではない、それだけは確信した。

「この大きさ、羽毛に覆われた羽、シムルグですかね。でも、極東帝国には生息しないはずです。」

シムルグは確か、ブレイカーズの本戦でも登場していた。直接戦うことはなかったけれど、姿は見ている。それとは少し違う気がする。

「いや、違う。後ろをよく見ろ。」

青治に言われて、私たちはMobの下半身の方を見た。毛の色は上半身が黒白に対して、後ろは金色。すごく対照的だ。

それだけではない。鳥にはない尻尾があり、後ろ脚は鳥のような前足とはまるで違い、獣のように屈強なものだ。これは、どこかで見たことがある。でも、名前が出てこない。

「神獣グリフォン。どうして、こんなところにいるの。」

佳苗ちゃんがかすれ声でそう言った。驚きのあまり声がうまく出せないようだ。私だって驚愕している。

神獣グリフォン。今まで現れたのはたった一度。エクストラクエスト「財宝の守護獣」でのみと聞いている。そして、その時は27のギルドによる連合軍、プレイヤー計300人でどうにか撃退したと言われている。

神獣の中では下位クラスだが、普通のMobとは比べようにならないほど強い。あまりにも予想外の敵だ。


「グリフォン?シムルグだと思っていましたけど、違ったんですか。神獣、強いん、ですかね。」

わたしは報告から戻ってきた響子さんに、調査してきた相手がシムルグではなく、神獣グリフォンだと教えられた。

「当選でしょ。神獣は他のMobとはレベルが違うわ。Mobの中のブレイカーズみたいなものね。かつては300人ものプレイヤーでどうにか倒したらしいわ。まあ、あなたの極寒地獄アブソリュートゼロのおかげでどうにかなったけれど、氷は砕かれたでしょ。普通はありえないことよ。」

確かに、わたしのあの氷が砕かれたのは初めてだった。でも、氷なんだし砕けないなんてことはないはずなので、おかしとは思わなかった。

「そうなんですか。だったらハガネもつれていけばよかったですね。強い相手と戦いたがっていましたし。神獣なら本気でやれたんじゃないですか。」

響子さんはため息をついた。何かおかしなことでも言ったのだろうか。そんなつもりはないのだが。

「言ったでしょ、300人でどうにか倒したって。さすがにハガネでも一人じゃ無理よ。あなたの力なら、Mobとの戦闘はハガネより上、PvPでは勝てないと思うけどね。」

響子さんがわたしをほめてくれることはなかなかない。わたしは渓谷でのミスも忘れて、うれしい気持ちでいっぱいになった。


絶対に勝てない、私はそう思った。だって、あの伝説の神獣なのだ。7人で倒せるとは思えない。

私は恐怖で膝をついてしまった。立ち上がろうとしても、足が動かない。

「大丈夫、佳苗。無理しないで、佳苗は下がっていてくれ。」

そんな私に真弥は優しく声をかけてくれた。すごく安心できた。でも、勝てるとは思えないのに変わりはなかった。

「真弥、いくらなんでも無理だよ。相手は神獣、300人を相手にした化け物だよ。」

私がそう言っても真弥は引こうとする様子を見せない。すごいとは思う。神獣を前にして全く怯んでいないのだから。

「300人か。私の敵はもっと多いかもしれない。その程度がどうしたというのだ。」

真弥はそう言って、矢をつがえて引いた。

真弥の敵、どういう意味なのかはさっぱり分からない。でも、真弥の強さがそれに起因するものだとは感じた。

青治さんと蒼奈さんも戦う気だ。二人とも武器を構えている。

ジャンと渚さんは動けていない。驚きから目が覚めていないのだろう。

秀明さんは破れかぶれといった様子で武器を構えている。

でも、私のように怯えている人は誰一人いない。わたしだけが怯えているわけにはいかない。私はそう思い、どうにか立ち上がろうとした。

その時には、既に戦いが始まっていた。

真弥さんが矢を放ったのと同時に、グリフォンは風を起こして矢を押し返す。真弥さんは、その矢を避けると別の方向からさらに矢を放つ。グリフォンもそれに合わせて風の方向を変えていく。矢はどちらにもあたらない。

青治さんはその隙をつくように、風の中を突っ切っていく。しかし、グリフォンは青治さんにも意識を集中している。前足の鉤爪で青治さんを狙ってきた。でも、青治さんは躱そうとしない。このままではまともに受けてしまう。

わたしは思わず目を瞑ってしまった。しかし、何も聞こえてこない。

不思議に思って私が目を開けると、巨大な水の帯が、グリフォンの前足を縛って動かなくしている。蒼奈さんがそれに手を向けていることから、蒼奈さんの力だと思われる。

青治さんは蒼奈さんを信頼していた。だから、自分では避けようとしなかった。攻撃だけに集中したのだ。

その青治さんは、既にグリフォンの腹の下。跳び上がると、剣と銃で腹を攻撃した。そして、すぐにグリフォンから距離を取った。グリフォンが痛みで悲鳴を上げた時には、既に30メートルは距離を取っていた。そして、その悲鳴によってジャンと渚さんは驚きから目が覚めて、武器を構えだした。

後は私だけだ。私が動ければ全員でやれる。綿日だけ見ているわけにはいかない。動かないと。でも、足がうまく動かない。このままでは足手まといになってしまう。

「佳苗ちゃんの気持ち、私にもよく分かるよ。勝てないと思える相手を目の前にするのって、すごく怖いよ。」

私の傍にはいつの間にか蒼奈さんがいた。話しかけられるまで気が付かなかった。

「昔は、私も今の佳苗ちゃんと同じだった。いつも怯えて、二人の背中ばかりを見つめてただ立ってるだけ、私は弱かったから。でも、そのままじゃダメだって知ったから、見ているだけじゃ強くなれないって。佳苗ちゃんは強くなりたいって思ってる。」

蒼奈さんが弱かった、いつも怯えてばかりいた、そんな姿は私には想像できなかった。でも、誰でも最初はそうなのかもしれない。そうも思えた。

「強く、強くなりたいです。みんなの役に立てるように。」

蒼奈さんは私を見つめてそっと頷いた。

「じゃあ、前に進んでみよう。怖くても、少しずつでいいから進んでみよう。そうすれば、きっと強くなれるよ。」

蒼奈さんは、それだけ言うとすぐに元の場所に戻っていった。

私には、蒼奈さんの言葉がすごく心に響いた。ただ怯えているだけじゃダメ、自分が弱いとわかっているのだから、強くなるために動かないとだめなのだ。強くなるためには、誰だって努力しているのだから。

「ありがとうございます、蒼奈さん。」

私はそう言いながら、ようやく立ち上がった。そして、私は強くなる、そんな思いを込めて笛を吹いた。今までで一番力強い音色だと感じられた。


蒼奈は何を言ったのだろうか。佳苗を恐怖から解放するなんて。それだけではない、一つ成長したように感じる。

矢をいくら放っても、すべてが風で押し返されてしまう。私は攻撃を加えることはできていない。だが、私が風をひきつけているからこそ、皆が攻撃をできているのだと思えば、私の行動は無駄ではない。しかし、それは、一人では何もできないということだ。それではだめだ。私には一人で戦い抜ける力が必要なのだ。野望を成し遂げるために。

私は弓に三本の矢を同時につがえた。風は今も強く吹き付けている。ただ放っても押し返されるだけで何の意味もない。どうにかこの風を突破しなければならない。

その方法は二つ。一つは風に押し返されないほどの力で矢を放つこと、もう一つは風の一方方向にしか吹かないという弱点を突いて、全方位から同時に攻撃をすること、どちらをやるにしても、そう簡単にできることではない。

いや、もう一つある。風の届かない方向から攻撃を加えればいいのだ。しかし、そんな方向はあるのだろうか。あるとすれば、上の方向だろう、今までのこいつは横にしか風を吹かしていない。だが、上に風を吹けないという確信はない。それはやってみなければわからないことだ。まずはやってみよう。

私は、弓につがえた三本の矢を一本は体、一本は頭に向けて直接放ち、残る一本を真上から落ちていくように放った。

直接放った二本、それは風により押し返された。これは分かっていたことだ、別に問題はない。最後の一本は天井付近まで達すると、そこから真下、グリフォンの頭めがけて落下してきた。これで、こいつが真上にも風を吹かせられるかが分かる。

グリフォンの風は、まだ私に強く吹き付けてきている。少しでも気を抜けば、その瞬間に壁まで吹き飛ばされてしまうだろう。しかし、風の方向が変わる気配はない。真上には風をふけないのか。

矢は速度を上げながら落下してきている。もう、グリフォンのすぐ上にまで落下してきていた。これなら当たる、私はそう確信した。

しかし、次の瞬間グリフォンの尾が矢を叩き落とした。矢は何にもあたらず地面に落下した。

ダメだった。矢を当てることはできなかった。だが、無駄ではなかった。真上からの攻撃なら風では防がれない。こいつの動きにさえ注意していれば、確実に矢を当てられる。これは大きな収穫だ。攻撃の糸口がつかめたのだから。

私が攻撃の糸口を見つけている間にも、グリフォンの傷は増えていた。青治と蒼奈の連携にかなり翻弄されているようだ。

私は、今度は10の矢を弓につがえた。ちなみに、私が一度につがえられる矢の限界数は17本だ。

私はそれらすべてを天井目がけて放った。矢は天井付近まで達すると、先ほどと同様にグリフォン目がけて落下してきた。

予想通り、グリフォンは再び尾を動かし始めた。全部が防がれるとは思わない。しかし、同じ手で二度も防がれるようではだめだ。それに、矢が当たっても大した傷にはならない。

私はさらに、真っ直ぐ五本の矢を放った。それらは風に押しかえられることなく進んだ。しかし、矢の軌道に敵は入っていない。矢はグリフォンには当たらず正面の壁に刺さった。

それと同時に矢は爆発した。放ったのは爆裂矢だ。

爆発によって壁が崩れ、岩がグリフォン目がけて落ちてきた。それを受けたグリフォンは姿勢が崩れた。尾は矢を防ぐには至らず、矢はグリフォンの体と頭に命中した。

しかし、矢は刺さらなかった。弾かれて地面に落ちた。予想外だった、毛が金属並みに硬いなんて。これでは矢が通らない。

天宮さんやジャン、秀明さん、それに佳苗の加勢もあり、グリフォンの傷は前よりもかなり増えている。しかし、グリフォンの金属並みに硬い毛が鎧の代わりとなって、深手に至る傷は一切ない。

「真弥、ナイス。」

どうしようもないのかもしれない、そう思いかけた時、声をかけてきたのは青治だった。

体勢を崩しているグリフォンの頭部の上にいた。普通の状態では高すぎて登れなかっただろう。でも、今は体勢を崩していたため、頭は低い位置にあった。その隙に上っていたのだ。

グリフォンは青治に気づくと、すぐに振り落とそうとした。あれだけ丈夫な毛を持ちながら、どうしてこれほどまで必死に青治を落とそうとするのだろうか。しかし、丈夫な毛が仇となり、毛につかまっている青治さんに落ちる気配はない。すると、尾を青治目がけて振り払ってきた。

青治は銃の引き金を引いた。次の瞬間、グリフォンは悲鳴を上げた。右目が潰されていたのだ。そうだ、全身に毛が生えているわけではない、目のように毛のない部位もあるのだ。

悲鳴を上げながらもグリフォンの尾は止まらなかった。もう一つの目を守ろうと必死なのだろう。

青治は頭から飛び降りた。選択として正しいだろう。

さらに、青治は飛び降りながら毛におおわれたグリフォンの顔面を切りつけた。再びグリフォンは悲鳴を上げ、その間に青治は地面に降り立った。

そう言えば、最初の青治の攻撃でもグリフォンは悲鳴を上げていた。つまり、青治の攻撃はグリフォンにダメージを与えている。硬い毛がありながらどうして。いや、簡単なことだ。青治の剣の方がグリフォンの毛よりも硬度が高いということだ。

金属と言っても鉄や銅、銀などの現実にある金属や王鉄や金剛銅などのこの世界特有の金属など様々な金属がある。特に、この世界特有の金属は希少だが現実にある金属とは別格の硬度を誇り、武器の素材として重宝される。つまり、グリフォンの毛がいくら金属並みの硬度であっても、傷を負わせられる武器がある可能性はあるということだ。青治の剣は、まさしくそんな武器の一つなのだろう。

青治なら、ダメージを与えられる。突破口が見えてきた。これを伝えなくては、グリフォンが攻撃をやめている今のうちに。

すぐに私は側に降り立っていた青治に話しかえた。

「青治、」

「分かってる。でも、俺だけじゃない。お前の弓、何故かは知らないが俺の剣や銃、蒼奈の杖と同じ素材、青銀でできている。それに、物理攻撃でなければ効く。ジャンの熱攻撃も。」

青治がそこまで理解しているなんて知らなかった。ただスキルを読めるだけではない、本当の意味でよく見えている。普通は弓で攻撃するようには言わない。私の武器のことも見抜いている。そして、スキルのことも。

「分かった。できるだけはやってみる。だが、この使い方はあまりしないから、うまくできる保証はないぞ。」

「かまわないよ。その時は俺が多くやればいい。ただそれだけだ。」

青治は、そう言うと再びグリフォンに向かっていった。

青治は物理攻撃でなければ効くと言っていた。ジャンの熱や蒼奈の水のように。なら、これはどうだろうか。

私は一本の矢を弓につがえた。


僕たちは、今神獣を、グリフォンを相手に戦っている。

入学式の日、彼ら双青と呼ばれている二人に出会った。その時は彼らのことを知らなかった。知った後はすごい人たちなんだと思った。でも、強さ以外はあまりに普通で僕たちと変わらないように思えた。

だから、こんなことになるとは思っていなかった。一緒にギルドを作って、一緒に冒険して、最初の敵はまさかの神獣。

でも。そんなに怖くはなかった。思っているのは、こいつを倒せたらすごいんじゃないだろうか、そんな気持ちだ。

ぼくは再び銃を構えた。ぼくの攻撃は効いている。そう確信していた。

真弥の矢や、秀明の刀は毛で弾かれている。毛はかなり硬いのだと思う。ぼくがただの銃弾を撃っていたら、きっと二人と同じ結果になっていたと思う。でも、ぼくが撃つのは熱の弾、いくら硬い毛を持っていようとも、熱は防げない。だからこそ、効いている確信があった。

ぼくは銃の引き金を引こうとした。

その時、グリフォンの下腹部で爆発が起きた。僕たちの中に、そんなスキルを使える者はいないはずだ。なら、いったい誰が。

その答えはすぐに分かった。

爆煙が晴れると真弥が爆発した辺りに弓を構えていたから。でも、真弥のスキルは空間認識ではなかっただろうか。

「なるほど、爆裂矢か。考えたみたいだね、真弥は。やっぱり、さすがだよ。」

爆裂矢、そういえば、ヤマタノオロチ戦でも使っていた。

そうか、爆発も僕の熱と同じ、いくら硬い毛があっても防ぎ切れるものではない。しかも、よく見ると爆発したのは、最初に青治が傷をつけた部分だ。つまり、真弥は青治の付けた傷を利用して攻撃した。僕ではそこまでできる気がしない。

「ジャン、今のうちだよ。あっちに気を取られてるんだから、特大のかましてやろう。」

そうだ、僕は僕にできることをやればいいんだ。それがチーム、ギルドというものだ。

「わかった。こっちの準備はいいよ、蒼奈は、聞くまでもないか。」

「分かってるじゃん。それじゃあ、かますよ。」

蒼奈の掛け声に合わせ、僕と蒼奈は熱の弾と水の球の特大の一撃を放った。

グリフォンがそれに気づいた。しかし、真弥に気を取られていたため、気づいた時には既に遅かった。僕らの一撃はグリフォンが風を吹かせる前にグリフォンに届いた。そして、グリフォンは再び土煙で姿が見えなくなった。

「倒せましたか。」

補助に力を入れていた佳苗が少し緊張した様子でつぶやいた。その気持ちはよく分かった。神獣を倒せたかもしれない、そう思うと緊張してしまうのは。神獣をよく知っている佳苗なら、なおさらだろう。

「まだだよ、気を抜かないで。」

蒼奈は断言した。僕には分からないが、敵の殺気か何かがまだあるのだろう。

煙が晴れると、やはりグルフォンはまだ立っていた。神獣というだけはあるのだろう。

「すごいタフだね。やっぱ心臓を潰すしかないのかな。でも、心臓の位置が見当もつかないよ。こんな化け物じゃ。」

もしかしたら、ヤマタノオロチのように心臓がいくつもあるかもしれない。いや、神獣だ。心臓なんてものはなく、完全に滅ぼすしか、ないのかもしれない。


さて、奴らは今頃苦戦しておるところか。さすがに双青の二人でも簡単には倒せんだろうな、神獣は。

しかし、彼らに頼むしかなかった。昔のように無駄に大勢でやれば混乱して余計な死者を出すだけ、少数精鋭がいいのだ。

神獣の心臓はありえない場所にある。それを破壊するのはトッププレイヤーでも至難の業。しかし、奴らならやってくれる、そう思ったからこそ選んだ。

渚は少し心配だが、あの子は真同様に天才、わしを越えられる才能がある。この戦いを通してまた一つ強くなれるだろう。武のことは少し不安だが、わしにやれることは何もない、でも、彼らならどうにかしてくれるだろう。

「はっはっはっ、」

わしは思わず笑ってしまった。

「どうしました、一誠様。何かあったのですか。」

「いや、ちょっと滑稽でな。この国最強と言われる一族天宮家の当主であるわしが、高校生の力に頼っていると思うてな。主もそう思うだろう、蓮也。」

この部屋には三人いた。一人はわし、もう一人は執事の秀雄、最後の一人が客人の蓮也だ。

「別におかしくはない。ここでは強さがすべて、年齢など意味はない。現にブレイカーズは若いものが多い。と蓮也は思ってる。」

話をするのは連れの妖精、いつも思うが変わったやつだ。

「どうせなら主に頼んでもよかったな。」

「俺だって高校生だ、双青と何も変わらない。それに、俺では孫のためにはならないことくらいわかっているだろ。と連夜は思ってる。」

「そうだな。わしらはここでのんびりしていよう。秀雄、茶を持ってきてくれ。」

「はい、一誠様。」

秀雄はすぐに部屋を出て茶を入れに行った。しかし、こやつと二人とは緊張するものだ。


さすがは伝説の神獣、やはり簡単にはいかないか。

ジャンの熱や蒼奈の水の攻撃では決め手にはならないようだ。しかし、ここで蒼奈が酸を使うのはかなり厳しい。味方まで巻き込みかねないのだから。

グリフォンが再び動き始めた。

グリフォンは雄叫びを上げると、翼を広げて天井近くまで一気に飛び上がった。グリフォンは上から俺たち全員を見下ろしているようだった。

上空のグリフォン目がけて真弥の矢が放たれた。その数は10本、かなり弓に熟練しないとできない技だ。だが、これが限界には見えない。まだ、少し余裕を残しているようにみられる。

グリフォンは翼を羽ばたかせて強風を起こした。その風によって、矢は押し返されて地面に落ちた。

最深部は横だけでなく縦にも広い。天井近くまで上がったグリフォンと俺たちの間には、100メートル以上の距離がある。いくら銃弾やスキルによる攻撃を放っても、届く前に風で押し返されてしまうことは目に見えている。左目も潰せていたらよかったのだが。

そんなことを考えていると、風が止んだ。

上を見上げると、グリフォンは羽ばたくのを止めて翼を大きく上にあげていた。そして、一度だけ、今までよりも力強く羽ばたかせた。その強風は俺たちを地から引きはがそうとする。だが、距離があったため、誰も飛ばされることはなかった。

しかし、それだけで終わりではなかった。

「また、羽が来ているぞ。気を付けろ。」

そう、真弥の言う通り、無数の羽が俺たち目がけて降り注いできた。奴の狙いは、最初からこれだったのだ。上からでは、さっきのようにしゃがんで躱すこともできない。逃げ場はどこにもない。

蒼奈の反応は早かった。真弥の言葉と同時に、水で自分を中心に屋根を作り上げた。さすがに、この広い最深部全体を覆うには至らないが、全員がはいる分には全く問題ない大きさだ。

屋根の下に既にいたのは後方から攻撃、支援をしていたジャンと佳苗だけだ。だが、秀明はすぐにその下には入れる位置にいて、既に動いているし、渚は瞬間移動があるので問題ないだろう。残る真弥だが、能力的には躱せる可能性はあるが、少し心配でもある。

蒼奈も同じように思ったのだろう。秀明と渚が水の屋根に入るのを確認して、すぐに真弥の上空にも、小さいが同じものを作り出した。

俺はまだ無防備なわけだが、蒼奈は手を貸したりはしない。だが、別に問題はない。すべて躱せばいいのだから。

水、いや、酸の壁に先頭の羽がふれた。同時に羽は溶けてなくなっていく。酸の力は攻撃でも使えるが、守りにも使える。

そのすぐ後に、地上にも羽が降り注いだ。適当ではなく、俺たちを狙って放ったみたいで、俺には相当数の羽が降り注いできた。

俺はそれらを左右前後に動いてかわし、よけられないものは剣と銃で弾いた。降り注ぐ羽は全く手を緩めない。数秒間でしかなかったが、そんなふうに感じられた。中には頬や腕にかすり、小さな傷をつけてくれたものもあった。だが、大きな傷を負わせられたものは、一つもなかった。

グリフォンは第二射を放とうと構えていた。こちらには、攻撃する隙も与えてくれないようだ。昔も、この攻撃で多くのプレイヤーがやられたのだろうと思われる。

この攻撃は確かに強力だが、それゆえの弱点もある。攻撃直後の隙が、かなり大きいのだ。だから、地上にいる時は使わなかったのだろう。

グリフォンが再び翼を羽ばたかせる。それによって起きた突風が俺たちに吹き付けてくる。蒼奈は、どうにか酸の壁を維持していた。もし崩れれば、大変なことになっただろう。

グリフォンの放った羽は、再び酸の壁に当たっては溶かされた。蒼奈の守りを破ることはできていない。そして、俺のいた場所を中心にいくつも地面に突き刺さっている。しかし、そこには誰もいない。

俺はもう地面にはいなかった。グリフォンはようやく気付く、自分の背の上に俺がいることに。しかし、動けない。羽を放った時の反動で。

「青治、いつの間に。」

もちろん、最初にそれに気づいたのは真弥だった。真弥の声で他の皆も俺のことに気づく。

「瞬間移動?でも、それは天宮のスキルのはずじゃ。どうして青治が。」

秀明も真弥や渚には劣るものの、高校生のレベルははるかにしのぐプレイヤー、察しはかなりいいようだ。確かに、今のは瞬間移動だ。でも、これは俺のスキルじゃない。秀明の言う通り、渚のスキルだ。

俺は、左の翼の付け根を剣で切りつけた。いくら俺の剣がこいつの毛より硬いと言っても、毛が全く役に立たないわけではない。硬質な毛は鎧のように俺の攻撃をある程度は防いでいる。だから、筋までは断ち切れなかった。これでは落下しない。しかし、このまま空中戦になれば、俺たちの方が不利なのは確実だ。

最後の手段、もう一つの目を潰し、視界を奪う。そうすれば、羽による攻撃に隙が生まれる可能性もある。そう思い、俺は頭部の方へグリフォンの背を走った。

しかし、剣の一振りで時間を使ってしまったため、グリフォンが動き始めた。今回も、どうにか毛につかまって耐えている。それに加えて尻尾まで襲ってくる。

さすがにここでは跳べない。さっきとは高度が違うのだ。瞬間移動で動こうにも、暴れまわっているグリフォンの頭に、ちょうどよく移動できるとは思えない。

この、渚の瞬間移動というスキルは、空間の座標を指定しそこへ移動するもの。そのあめ、グリフォンの頭に移動しようと考えても、瞬間移動した瞬間と瞬間移動後で頭の位置が変わっていれば、元々頭のあった位置に移動することになり、グリフォンの頭へは移動できない。

尻尾が俺に迫ってくる。だが、俺に恐れはなかった。なぜなら、あいつらがこの隙を見逃すはずがないからだ。

暴れていたグリフォンが、急に動きを止める。しがみつく必要はなくなり、俺は難なく尻尾をかわした。

動きが止まった理由、それは単純だった。真弥の放った矢を止めるために、グリフォンは風を吹かせた。そのために動きが止まった。翼の羽ばたきの力を、動くためではなく風を起こすために使わなければならなかったのだから、当然だ。

動くことよりも風を起こすことを優先したので、当然矢は風で押し返されるはずだ。しかし、矢が動きを止めた一瞬、押し返されるよりも先に、矢は爆発した。おそらく、速度が0になると爆発するようにしてあったのだろう。

爆風は天井まで届いたが、矢の爆発した高さから考えると、爆発によるダメージはなさそうだ。ただ、爆煙で下が見えなくなった。グリフォンの視界はふさがれたのだ。さて、あいつらは何をしてくるかな。

煙の中から現れたのは、ジャンの熱の銃弾だった。

グリフォンはそれを難なく避けた。しかし、放たれていたのはそれだけではなかった。水の刃が、グリフォンの左の翼を切り落とした。

水はダイヤモンドさえも切り裂ける。グリフォンの硬質な毛を切るくらい、朝飯前なのだ。

「なるほど、水より目立つ熱で気を逸らして、その隙を水の刃で狙ったか。考えたのは蒼奈だろうな。」

片翼を失ったグリフォンは、当然ながら、飛べるはずがない。残った右翼でどうにか落下速度を落としてはいるが、かなりの勢いで地面に落下している。このまま落ちれば、グリフォンに乗っている俺もただでは済まないだろう。だから、もちろん脱出する。

しかし、ここまで来ておきながらただ隙を作っただけっていうのは情けない。ここは一矢報いるとしよう。

俺は既に頭の上までたどり着いていた。しかし、この位置からでは目を狙えない。かと言って、ここで跳び降りてもグリフォンも落下中のため、攻撃を加えられなくなるだけだ。重さから考えて、グリフォンの落下速度の方が明らかに早いだろうから。

仕方なく、俺は頭頂を渾身の勢いで切りつけた。グリフォンはその痛みで悲鳴をあげる。しかし、それだけではなく羽ばたくことへの集中が切れたようで、落下速度がさらに増した。もちろん俺は、瞬間移動ですぐに脱出した。


青治のスキルは、天宮さんと同じ瞬間移動だったのか。でも、さっきまでは、私と同じように空間を認識できるタイプのように思えた。そうでないと、説明できないような行動をしていたのだから。

でも、空間把握と瞬間移動、両方の特性を持つスキルなど聞いたことない。私の知らないスキルの可能性もあるが、2つのスキルの特性は違い過ぎる。そんな2つの特性を持つスキルなど存在するのだろうか。しかし、現に青治は使っている。だも、もう一つの可能性もある。もしそうだとしたら。

そんなことを考えていると、青治は地面に降りてきていた。瞬間移動だろう。間違いなく。

青治の方の方に振り向こうとした時、大きな音と地響きが起こった。グリフォンが落下したのだ。

これで倒せたかもしれない。私はそう思った。しかし、グリフォンは動き始めた。まだ死んでいない、倒せていない。ここまで来ると、タフというより、不死身に思えてくる。

でも、昔には倒されている。決して不死身ではないのだ。必ず弱点があるはずなのだ。体のどこかにある心臓という名の弱点が。

「こいつ、どうやったら倒せんだよ。」

秀明も私と同じように思ったようだ。

「私の酸で、跡形もなく溶かせば死ぬと思うけど。」

確かに、蒼奈の酸で溶かされてしまったら、たとえグリフォンでも生きてはいられないだろう。

「いくらやつが丈夫でも、死なない生き物、いやMobはいない。いくらおかしな状況だろうと。奴が翼を無くした今がチャンスだ、一気に片を付けるぞ。」

青治は常に冷静だ。全く揺らがない。私の目指す強さが、そこにある気がする。

青治の言葉で、秀明と天宮さんが青治と共にグリフォンに向かっていった。ジャンと蒼奈は遠距離からの攻撃でグリフォンをひきつけ、佳苗は皆の補助についた。私も負けてられない。

私は15本の矢を、同時に弓につがえた。できないことはない、でもかなり重い。どうにか矢を引く。何度もやっているが、今回は100本以上の矢を放った後だ。さすがにきつい。

ようやく矢を引ききった時には、青治たちが攻撃を始めていた。だが、グリフォンもただやられているはずがない。

足や尻尾で青治たちを攻撃しようとする。しかし、それらは蒼奈の水で防がれる。近接攻撃をしている三人は目もくれていない。

グリフォンが咆哮する。グリフォンは怒っているのだろう。でも、そんなもので青治たちが怯むはずもない。

狙いは定まった。私は最大まで引いた15本の矢を、すべて同時に放った。矢は、弧を描きながらグリフォンに迫る。しかし、青治たちに気を取られているグリフォンが、矢に気づく様子はない。

矢がグリフォンの体に当たるが、硬質な毛によって弾かれてしまった。そのためか、グリフォンは矢のことを全く気にしていない様子だ。

「秀明、渚、少しこいつから距離をとれ。」

青治は私の矢に気づいたようだ。もし気づいてもらえなければ、自分で言うしかなかっただろう。でも、青治なら必ず気づくという自信があった。

青治たちは全員がグリフォンから距離を取る。私はそれを確認してから、一本矢を弓につがえ、間を置かずに放った。

しかし、矢はグリフォンからずれている。全く当たる気配もない。だが、これでいい、狙い通りだ。

矢は、グリフォンの足元辺りの地面に突き刺さった。と、同時に、さっき弾かれて地に落ちた15本の矢が、一斉に炎を上げた。炎はあっという間にグリフォンの体にまで燃え移る。グリフォンは、残ったつばさで懸命に風を起こし、どうにか鎮火させた。

しかし、炎で体のあちこちを焼かれ、硬質な毛は、所々でこげていたり、燃えて灰になっていたりした。作戦は予想通りにいった。これで、グリフォンの防御力はかなり落ちたはずだ。

「真弥、やるな。これで攻撃がしやすくなった。」

青治はそう言ったときには既にグリフォンのすぐ側にいる。そして、毛のなくなった部分を正確に銃で撃ち抜き、さらに剣で切りつけた。グリフォンは今まで以上に深い傷を負い、大量の血を身体から流した。

続けて、秀明と天宮さんも攻撃を加える。グリフォンはさらに傷を負い、痛みのために悲鳴をあげた。

私も三人に負けないよう、矢を数本同時に放つ。今までは毛で弾き返されていた矢も、毛のない部分では深く突き刺さり、グリフォンに更なる傷を負わせた。

グリフォンはさらに怒ったのか、フィールド上を暴れ始めた。青治たち三人は、どうにか側から離れた。もちろん、青治以外は蒼奈の援護があって。

私は距離を取って、何本もの矢を放ち続けた。暴れ続けるグリフォンに、少しずつ矢が刺さっていき、全身に数え切れないほどの傷ができる。それでも、グリフォンが止まる気配はない。それどころか、だんだん激しく暴れてきた。

私や青治、ジャンは距離を取りつつ、遠距離攻撃を加える。天宮さんと秀明は、蒼奈と佳苗の援護の元、暴れるグリフォンにどうにか近づき、攻撃を加える。グリフォンの傷は体全体に無数にできていた。

すると、グリフォンが今までの悲鳴とは違う、咆哮を上げた。その瞬間、みんなの動きが鈍くなった。自分のステータスを見ると、スタン状態に陥っている。まだこんな隠し玉を持っていたなんて。

グリフォンは、動けないでいる秀明と天宮さんを尻尾で薙ぎ払う。当然、二人はそれもまともにくらってしまう。死ぬことはないだろうが、二人はかなりのダメージを受けたはずだ。すぐには立ち上がってこられないだろう。

グリフォンが次に狙ったのは青治だった。青治にも尻尾が迫る。当たる直前、スタン効果が切れた。青治はぎりぎりで剣でガードする。しかし、勢いまでは殺しきれず、後方に吹き飛ばされた。

尻尾はそのまま私の方に向かってきた。だが、自由に動ければ、躱すことなどたやすいことだ。私は屈んで、尻尾は私の真上を通っていく。尻尾が通り過ぎる直前、私は弓を振るう。

青治は言っていた。私の弓ならグリフォンの毛の上からでも攻撃ができると。なら、毛のない今なら、きっと。

私の弓に付いている刃が、グリフォンの尻尾に食い込む。だが、それだけでやめるつもりなど全くない。私はさらに力を加え、弓はどんどん尻尾に深く食い込んでいく。そして、ついに、弓は尻尾を切断した。切れ落ちた尻尾は動きを止めて地面に落ちた。

グリフォンは今までで一番の悲鳴をあげる。咆哮ではないので、スタン状態には陥らない。

「真弥、上に気をつけろ」

グリフォンは悲鳴をあげながらも、私を足で踏みつぶそうとして来ていた。これぐらいなら、よけるのは難しくない。そんなふうに考えていた。

しかし、私はなれない近接攻撃で体勢を崩し、その場で転んでしまった。すぐに上半身を起こしたが、グリフォンの足はすぐ上に迫っていた。まだ立ち上がれていないこの状況では、スキルを使わなければよけることは不可能。そして、これをくらえば死ぬ可能性もある。しかし、彼女の前でスキルを使うわけにはいかない。

私は最後の抵抗として、目を閉じずにグリフォンを睨みつけた。そんなことでグリフォンが怯むことなどないけれど。

だが、私が潰されることはなかった。

私は、最初は蒼奈か青治が止めたのだと思った。しかし、私の前にいたのはどちらでもなく、天宮さんだった。

「天宮さん、どうして私を。」

「さっきの借りを返した、ただそれだけ。他に理由はないからね。」

私は天宮さんの言葉に少しほっとした。ただ借りを返されただけ、それなら気が楽だ。


これはただ借りを返しただけ、そう、他意はない。真弥を、ここにいるみんなを仲間だと、守りたいと思ったわけじゃない。そんな理由じゃない。そんなんじゃない。私は何度も心の中で言い聞かせた。

しかし、そうでないのは、自分が一番よく分かっていた。

真弥のピンチを見たとき、反射的に動いてしまったのは事実だ。借りのことなんて考えていなかった。でも、極東最強の一族として、他のプレイヤーを助けるのは当たり前のこと。全然おかしくなんかない。

「天宮さん、気を付けて。」

真弥が私の薙刀の先を指差している。私はグリフォンに踏み潰されそうになった真弥を助けたのだから、そこにあるのは、もちろんグリフォンの足の裏だ。

そうだ、私は今。

余計なことを考えていたせいで、グリフォンの足の下にいることを忘れていた。私は少しずつ押されてきている。力を入れることを忘れていたら、今頃は二人で潰されていただろう。

だが、このままでもいずれは押しつぶされてしまう。蒼奈はあっちで佳苗やジャンの防御をしていて、こちらに手を出す余裕はないだろう。もしかしたら、あるかもしれないと少し期待もしているが。

いや、そんなんではだめだ。他人の力に頼ってはいけない。私は天宮の一員、一人で戦えないといけないのだ。

でも、グリフォンの踏み付けを止めているのもやっとの状態。少しでも力を抜けば、すぐにでも押しつぶされてしまう。脱出の余裕もない。

そう思っていると、突然グリフォンの足が軽くなった。

「私も力を貸す。助けてもらったのだから。それに、このままでは私も潰されてしまうからな。」

後ろで転んでいた真弥が、逃げずに弓に付いた刃をグリフォンの足に刺して、グリフォンの足を押し返そうとしていた。

「助けてあげたのに、どうして逃げないの。2人でやっても、グリフォンの力に勝てるとは思えないのに。」

私は正直じゃない。本当はうれしいのに、他人に頼りたくないという思いから、協力してくれているのに、その行為に対して否定的な態度をとってしまう。

本当は「ありがとう」と、その一言を言えばいいのに。私は一度も言ったことがない。

だって、私は天宮の人間。守られる立場ではだめなのだから。

「大丈夫だ、作戦がある。お願いだ、協力してくれ。」

「・・・。」

どうしよう。本来なら協力すべきなのだろうが、それでは、また借りができてしまう。でも、このまま押しつぶされれば、死ぬ可能性もある。意地を張って死ぬのはあまりにもみっともない。

「分かった。今だけは、一緒にやろう。でも、本当に今だけだからね。」

「今だけは」なんて、意地を張っているのは明らかだ。やっぱり私は素直じゃない。

「分かった。じゃあ、同時に全力で押し返してくれ。そしたら、天宮さんは瞬間移動でここを離れてほしい。」

なんだか、ほとんどを真弥に任せてしまうような作戦だ。仕方ないのは分かっている。一緒に戦うのは今日が初めて、相手のことをよく知らないし、相手との連携なんてまともに取れないのだから。自分の力をもとに作戦を考えるのは当たり前だ。

私は小さくうなずいた。真弥は頷き返してくれた。

「じゃあいくぞ。3,2,1、」

次、真弥が0と言ったら、その瞬間全力でグリフォンの足を押し返す。そしたら、あとはここから離れるだけ。

「0.」

私と真弥のタイミングは、初めてとは思えないほど見事に合い、グリフォンの足は大きく後退した。これなら、真弥にも脱出する余裕は十分にある。

なぜだか私はほっとしていた。別に、真弥さんが心配だったからではなく、わたし一人だけ助かったりでもしたら、気分が悪いし、天宮としての名折れだと思ったからだ。

言われたように、私はすぐに瞬間移動をした。でも、正直でない私は素直に従うはずもない。

私は、真弥を再び押し潰そうとしているグリフォンの足の付け根あたりに移動した。そして、薙刀を豪快に振る。私の薙刀の素材は赤晶鉱でできている。その硬度はルビーにも匹敵する。鉄の硬度の毛ぐらいは鎧にもならない。その一撃は、グリフォンに大きな傷を負わせた。たぶん、グリフォンの押す力が少しは弱まったと思う。

ただ逃げたりなどしない。私のちょっとした意地だった。

下を見ると、足の下から真弥が脱出したのが見えた。これで安心だ。私は自然と息をついた。

その直後、グリフォンの足元が爆発した。真弥を見ると、グリフォンの足元の方に弓を構えていた。真弥が爆裂矢を放ったのだと分かった。その爆発で地面が陥没し、グリフォンは足を取られた。真弥はここまで考えていたのか。やっぱり、わたしなんかより、ずっとすごい。

いや、そんな風に考えてはだめだ。私は誰よりも強くなくてはいけないのだから。

「渚、真弥、二人ともナイスだ。今のすごかったぞ。息もぴったりだった。」

私たちを褒めてくれたのは青治だった。でも、これはほとんど真弥が考えてやったこと。私はただそれに合わせたに過ぎない。褒められるようなことなど何も。

「さっきのことは礼を言う、ありがとう。天宮さんのおかげでうまくいった。」

真弥はいつの間にか私の傍にいた。そして、そう声をかけてくれた。

そっか、私が真弥を助けたから、今の状況になった。私だってみんなの力になれているんだ。

私は真弥が少しうらやましく思えた。私と同じで、一人で戦おうとしている、そう感じた。でも、私には言えない「ありがとう」を正直に言える。

「油断しないで、まだ終わってないんだから。」

私たちの方に蒼奈の喝が飛んだ。

そうだった。私たちは戦っているんだ。グリフォンはまだ倒れていない、戦いは終わっていない。今回のお爺様からの依頼はグリフォンの討伐、倒してようやくクリアなのだ。

でも、今思うと不思議だ。

あのお爺様が調査をミスしたり、中途半端に終わらせて依頼をするなど考えられない。だとすれば、お爺様は相手がグリフォンだと知ったうえで、私たち7人だけに行かせたということになる。いくらブレイカーズの双青がいるとはいえ、神獣を相手にするには無理があると考えるのが普通だと思う。

でも、現にいま7人だけでグリフォンをここまで追い詰めている。つまり、お爺様はこうなることをわかっていたのだろうか。いつものことだが、お爺様の考えていることはよく分からない。

ドンッ

背中に痛みが走る。

私はいつの間にか背中を壁に打ち付けていた。いや、グリフォンの突風で打ち付けられていた。風はまだ吹き付けていて、動くのさえ難しい。

周りを見回してみると、秀明さんも同じように壁に貼り付けられていた。蒼奈は水の壁で風を遮っていたが、ジャンさんと佳苗さんの二人も守るために大きな壁を作っているためだろう、わずかだが、風が壁の隙間を抜けている。

もちろん、青治は無事だ。剣を地面に刺して風を耐えている。この風はそれだけのことで耐えきれるものなのだろうか、少し疑問にも思った。でも、あの二人を普通の視点で見ても意味がないことは、これまででよく分かっている。

そういえば、真弥は・・・・・・、誰よりもグリフォンに近い位置に、腹ばいでいた。確かに、足元の方の風が弱い。足だけなら少しは動かせる。あの一瞬でそれに気づいて動いた。やっぱりすごい。

私なんて、考え事に気を取られていて、気づいた時にはこの状態で動けなくなっていた。すごく情けない。

でも、片翼を失ったはずのグリフォンが、今までで最も強いこれだけの突風を起こせるとは思えない。じゃあ、この風はいったい。

私はフィールドの中央に目をやった。

そこには、天井近くまで達する巨大な竜巻が存在した。風の発生源は間違いなくあれだ。じゃあ、あれはなぜ発生したのだろうか。

よく目を凝らしてみた。すると、竜巻の中の様子がうっすらとだが見えた。

グリフォンが口から風を出している。つまり、これは風のブレス。竜が使えるのだ、より高位の神獣が使えてもおかしくはない。

油断していた。相手は神獣なのだと言い聞かせていたはずなのに。もう倒せると、高をくくっていた。私はまだまだ未熟だ。

おそらく、これが最後の切り札。これを破れば勝てると思う。でも、動けない状態では何もできない。

それだけではなかった。よく見ると、風に乗って何かが流れてきている。今まで二度も見た、グリフォンの羽だ。あの鋭い羽が、いくつも風邪に乗って流れている。まだ端の方までは来ていない。しかし、それも時間の問題。いずれ、私は羽に切り刻まれるだろう。このままなら、全滅だ。


迫りくる無数の羽、それらを防ぐ方法はない。

蒼奈でも、この風の中ではむやみに酸は使えない。酸は敵だけに有効なものではなく、仲間にもダメージを与えてしまうから。

秀明と渚は動くのも厳しいだろう。真弥は動けると思うが、その場から動くのは難しそうだ。ジャンや佳苗ではこの風を突破するのは無理だ。

つまり、ここは俺がやるしかないか。できれば、あれは見せたくないが、そうは言っていられないかもしれない。

俺は、瞬間移動でグリフォンの背後を取った。もちろんそこは空中、掴まる場所なんてないので、すぐに吹き飛ばされてもおかしくない。だが、ここで吹き飛ばされるわけにはいかない。

次にやることは決まっている。蒼奈の力ならうまくいくはずだ。


青治さんは再び瞬間移動を見せた。渚さんの能力と同じなのは間違いない。

蒼奈さんのおかげで、私とジャンは風の影響をほとんど受けていない。風は吹きつけてくるが、吹き飛ばされてしまうほどのものではない。しかし、ジャンの攻撃は風にかき消されてしまい、私はまともな攻撃をできない。せっかく守ってもらっているのに情けない。

一瞬風が弱くなった、そんなふうに感じた。でも、吹き付けてくる風の強さはあまり変わっていないように感じる。

「青治、あれ使ったんだ。まあ、今日は特別許してあげる。その代わり、その鳥頭倒さないとだめだからね。」

蒼奈さんの声が、風に乗って聞こえてきた。

「今の、どういう意味だろう、ジャン。」

「今のってなんだい。僕には何も聞こえなかったけど。」

今の蒼奈さんの声は、私にしか聞こえていなかったようだ。

蒼奈さんの言葉から察するに、青治さんが何かをしたのだろう。攻撃のすきを作るために。そのせいで風が弱くなった。そういうことなのだろう。

それにしても、青治さんは瞬間移動に空間認識、それ以外にもまだあるなんて、オールラウンダーなのだろうか。そんなスキルは本に載っていなかったが。本に載っていたスキルでいくつもの能力を使えるものは、・・・何かあった気がするが、名前が出てこない。

青治さんは風に押し返されず、グリフォンへの距離を縮めていっている。たぶん、どうにかして風の流れを乱したのだと思う。だから、私に吹き付けていた風の感じ方が変わった。そう考えれば、すべてのつじつまが合う。

パンッ

鋭い銃声が響いた。青治さんが銃の引き金を引いたのだろう。風の影響で速度が落ちているのだろう、銃弾は私の目でも捉えられた。

速度は落ちているが、押し返されている様子はない。たぶん、銃弾が通っているのは、青治さんが作り出したグリフォンへの道なのだろう。そうでなければ、銃弾はとっくに押し返されていたと思う。

銃弾は毛が剥げてむき出しになったグリフォンの皮膚を貫いた。グリフォンは悲鳴を上げ、風が少し弱まったのを感じた。そして、宙を舞っていた羽は、勢いを失い地面に落ちた。

しかし、グリフォンを捉えたのは青治さんの銃弾だけではなかった。真弥の矢が、グリフォンの下腹部、皮膚のむき出しになっている部分に刺さっていた。

「利用させてもらったぞ、青治。」

小さくなった風の音の間から、真弥の力強い声が聞こえてきた。私は少しほっとした。グリフォンにいちばん近かった真弥が、最初に羽にやられてしまうと思ったから。真弥が無事ならみんなもまだ。

「わざわざ道作ってやったんだ。やってもらわないと困るぜ。」

青治さんは真弥の矢が通る道も作り、真弥はそれに気づいて矢を放った。二人の連携は完璧だ。この二人が一緒に戦うのは今日が本当に初めてなのだろうか。私では、初めてでここまではできない、絶対に。

続けざまに、青治さんと真弥は銃弾と矢をグリフォン目がけて放つ。それらは、一発の狂いもなく、全弾毛のない部分に命中した。

グリフォンの放っていた風は、徐々に弱くなってきているように感じた。事実、秀明さんと渚さんは、壁から少し離れていて、動けるようになっているようだった。みんなが無事で、なんだか少しほっとした。

しかし、次の瞬間、青治さんの銃弾と真弥の矢が、グリフォンの風によって跳ね返された。青治さんと真弥は、その風で少しばかり押されているようだった。そう、グリフォンが再び風を強めている。まだ、終わりじゃなかった。

再びグリフォンの悲鳴。

瞬間移動をした渚さんの一撃が、グリフォンの首筋を切り裂いていた。グリフォンは、すぐさま渚さんを振り払った。

すると、その直後に、いつの間にかグリフォンに近づいていた秀明さんが腹部に一太刀入れた。グリフォンは、さらなる悲鳴を上げながらも秀明さんを振り払った。

「ジャン、佳苗ちゃん、二人とも風に耐えられる自信ある。少しの間だけ、この壁を解いても大丈夫。平気なら、大きな声で返事して。」

蒼奈さんは、何かをするつもり、なのだろう。蒼奈さんには、蒼奈さんにしかできないことがあるのだ。なら、私は私にしかできないことをやろう。それが、今の私に必要なことだと思うから。

「私は大丈夫です。私だって、このくらいの風耐えてみせます。皆さんに負けてばかりではいられませんから。」

私は叫ぶように返事した。ジャンはどんな選択をするのだろうか。私と同じとは限らない。私は、今日、一人一人いろんなやり方があるのだから。

「僕も平気だよ。佳苗の言う通り、守られてばかりではいられないからね。蒼奈は蒼奈のやるべきことをやって。僕たちは僕たちにやれることをやるよ。」

蒼奈さんは、私たちの方に顔だけ向けて、力強く頷いた。私は、自分の考えが認めてもらえたように思えて、なんだかとてもうれしかった。

しかし、油断ばかりしてはいられない。直後、風が私たちに吹き付けてきた。気を抜いたら、簡単に飛ばされてしまいそうだ。蒼奈さんはこんな風を、いや、もっと強い風からも、私たちを守り続けてくれていたのだ。やっぱり、すごいな。

蒼奈さんだけじゃない、青治さんや真弥、渚さんに秀明さん、前衛の四人も、この風の中で戦い続けてきたのだ。みんな本当にすごい。今さらで申し訳ないけど、みんな頑張っているんだと、はっきり分かった。

私がみんなの役に立てること、私にしかできないこと、それは決まっている。あれしかないに決まっている。

私のスキルは、今まで思っていたのと少し違っていた。青治さんは、それを気づかせてくれた。でも、私の目指すものに変わりはない。母のように、みんなの力になれるように、最高の治癒師になってみせる。だから、今は今できることをやる。

渚さんと秀明さんは、ずっと壁に押し付けられていた。それに、壁に激しくぶつかっている。私は、その傷の治癒を試みた。大した怪我ではなく、すぐに治りそうだ。

あれ、私はいつから怪我の具合まで分かるようになったのだろうか。少なくとも、みんなと出合う前はできていなかった気がする。母は、相手の痛みを理解できてこそ、真の治癒師になれる、そう言っていた。つまり、私も成長している。それを実感して、なんだかうれしくなった。

私は今、みんなの痛みを感じられている、そんな能力があるわけじゃない。ただ、みんなの気持ちを感じているだけ。

母の言葉の意味はよく分かった。今まで、傷は他人事のように思えていた。痛そうだな、治してあげよう。そんな気持ちだった。それじゃあ、本気ではやれるはずがない。相手の痛みを自分も感じ、その痛みを真に理解出来て、それで初めて本気で治癒ができるんだ。

「ありがとう。さすがだね、佳苗さん。こんなに力強く優しい治癒ができるなんて。天宮の治癒師より上かもしれないよ。」

渚さんが私を褒めてくれた。私でも、みんなの力になれた。そう感じて、すごくうれしい気持ちになった。

「佳苗、サンキュー。また助けてもらっちまったな。これからも頼むぜ。」

お礼を言われると、治癒師をやっていてよかったと思える。だって、誰かのためになったことを実感できるから。

私は突然の強風に飛ばされそうになった。急に風が強くなったのは、青治さんがした何かの効果が薄れたからだと思う。みんながやってくれると油断していた。私では、壁に叩きつけられただけで、かなりの傷を負うだろう。だって、受け身の取り方もまともに知らないのだから。

しかし、私は壁にぶつかることなく、その場から吹き飛ばされることはなかった。

「佳苗、大丈夫。間に合ってよかったよ。」

私は、ジャンに腕をつかまれていた。ジャンは、風から耐えるのに自分だけでも大変だろうに、私も支えてくれた。

私は再び地面に足をついた。これでもう、ジャンの支えがなくても大丈夫だ。

「ありがとう、ジャン。油断してた。もう大丈夫。」

ジャンは、私がちゃんと足をついていることを確認すると、手を放して、グリフォンに銃を向けた。

ジャンが引き金を引く。ジャンの銃からは、銃弾ではなく熱の光線が放たれた。この光景にも、だいぶ慣れた。

ジャンの光線は、グリフォンの顔面を強襲する。グリフォンは一瞬怯んだが、すぐに体勢を立て直し、私たちの方に視線を向けた。

グリフォンに直接視線を向けられても、私は怖いと感じなかった。私でなく、ジャンが標的だと思ったからじゃない。仲間が一緒だったから。一人では怖くても、みんながいれば怖くない、そんな感じだ。


ジャンのおかげで隙ができた。これならいける。作戦は、こいつを倒すところ、つまりは最後まで完全に出来上がっている。後は、これを成功させるだけだ。

グリフォンは、ブレスを放とうと構えた。狙いはジャンたちに間違いない。

「お前の相手はこっちだ、鳥頭。敵を間違えているようじゃ、お前はまだまだ三流だ。」

俺は、グリフォンの脇腹を、剣で深くえぐった。案の定、グリフォンはブレスを止めて悲鳴を上げ、俺の方に視線を移した。でも、もう遅い。

「青治ナイス。ちょっとだけ遅れたかもだけど、準備完了。水仙縛化アクアバインディング。」

蒼奈の周りを漂っていた水の球が、グリフォン目がけて放たれた。

水の球は、グリフォンに近づきながら、細長い帯のような形に変わっていく。

グリフォンは、それに気づいてかわそうとした。しかし、それは叶わなかった。水の球が放たれた直後に、グリフォンの足はいくつもの水の帯で地面に固定されていたから。しかも、その帯は地面から出ていて、さらに上を目指して伸びてきている。いずれは、体全体がからめ捕られるだろう。

そして、蒼奈自身が放った水の球。それが変化してできた水の帯は、グリフォンの口が開かないように、嘴に巻き付いた。

グリフォンはそれを外そうと、無理やりブレスを放つ。風はグリフォンの口の中で暴れて、水の帯を引きちぎろうとする。しかし、水の帯はさらに姿を変えた。表面から無数の棘が生え、それらはグリフォンの嘴に刺さった。それにより、帯はより外れにくいものとなり、できた穴からは風が漏れだし、口の中で風が暴れることもなくなった。

「えぐいな、マジで。」

隣に来た秀明が、ボソッとつぶやいた。

蒼奈が聞いていたら怒るだろうな。とは言っても、ここからではさすがに聞こえないだろう。いくら強くても、耳がいいというわけではないのだし。

さて、これでグリフォンは何もできないか。後はとどめを刺すだけでいいはずだが、いかんせん心臓の位置が分からない。しかし、心臓に当たるまで攻撃をし続けるのは面倒だし、見た目がかなりひどいものになりそうだ。特に蒼奈がやったら。

再び強い風が吹き付けた。だが、先ほどよりは強くない。ジャンや佳苗でも耐えていられるほどのだ。しかし、どうやって起こした。今、グリフォンは口も足も封じられているはずだし、片翼だけでは全体に風を吹かせることはできない。

俺たちはグリフォンの方を振り返った。

「どういうこと。まだやれるっていうの。」

声を出したのは渚だけだが、皆が驚いているのは間違いない。ジャンや佳苗は驚きのあまり言葉を失ったという様子だ。なぜなら、グリフォンは全身に風を纏っていたからだ。グリフォンは動いていない。つまり、これはこいつが起こしたものじゃない、自然に起きたものか、スキルのような力で起きたものか、ということだ。

コール音がなった。この音は電話か。ということは。

俺は急いで電話に出た。他のやつから見たら、こんな時に電話なんてのんきだと、そう思うだろう。俺は特に人目は気にしないので、どう見られようが別にかまわないが。

「青治、神獣についての解析ができた。でも、遅かったみたい・・・だね。私としたことが、情けない。」

「さすがだな、恭子。こちらの様子はリアルタイムでお見通しか。なら分かってるだろ、まだ誰もやられちゃない、間に合ってるよ。それに、お前が無理だったら、他にできるやつはいねえよ、俺が知る限りでは。早速頼むぜ。」

ちょっと間があった。おそらくだが、電話越しに頷いたのだろう。律儀な奴だ。

「まず、今起きてることだけど、それは、神獣のアライメントリリース、意味は属性解放。神獣はそれぞれ違った属性を持っている。それを無から生み出すのが、アライメントリリース。スキルと同じようなもの、だと思っていい。」

「なるほど。このグリフォンは風の属性ってわけか。やたらと風使ってきやがるからな、こいつ。」

「そう、その通り。さすが青治。理解が早い。」

今のは、見てれば誰でも分かったと思うのだが。まあ、今は黙っておこう。あいつがいつ来るか分からないし。

「あともう一つ。心臓のこと。神獣の心臓は一つだけ。」

「そうか、心臓はあるんだな。倒せるってわかって少し気が楽になった。倒せないやつだったら、跡形もなく消さないといけなかったからな。それで、心臓はどこにあるんだ。かなり傷を負わせたとは思うんだが、まだ破壊できてない。」

「・・・・・・。」

恭子が沈黙した。何か言いにくいことでもあるのだろうか。まさか、心臓は壊せないとかいうわけはないだろうが、何かがあるのは間違いない。まあ、相手は神獣、何があったっておかしくない。それは、今までの戦いでよく分かっている。

「そうは・・・、いかないかも。」

「つまり、跡形もなく消す必要があると。」

「・・・そういうこと。なぜなら、神獣の心臓は血管の中を流れているから。つまり、常に移動し続けているということ。運が良ければ破壊できるかもしれない。その確率は、」

「いや、聞かなくていい。お前が、運が良ければっていうことは、その確率は限りなくゼロに等しいということなのはよく分かってる。」

「つまりそれは、私と青治が言葉を通じなくとも、お互いの考えていることが分かるほどの関係、ということ。」

「何言ってるんだよ、こんな時に。」

「確かにその通りね。だから、冗談はこのくらいにしておく。」

こいつの話し方には感情がこもってないから、何考えてるのかよく分からん。他のやつから、よく、何を考えてるのかが分からないと言われる俺が言えた義理ではないが。

「最後に一つ。神獣も、所詮はただのMobの一種。狩る側じゃなく、狩られる側。それに、双青に不可能はない。」

「そうか、ありがとな。」

「お礼はまだ。」

「じゃあ、いつすればいい。」

「鳥頭を倒してから。」

「了解。また後で。」

言葉を言い終えると同時に、通信は切れた。

さて、「不可能はない。」か。そこまで言われたら、やらないわけにはいかないな。双青の名に懸けて。

グリフォンの方を見た。依然、風に包まれている。いつ何を仕掛けてきてもおかしくはない。こちらをうかがっている、そんな感じだ。

「相手だ、デカブツ。俺は今から、お前を倒す。」

グリフォンが、俺の方を向いた気がした。挑発スキルを持たない限り、Mobが言葉の挑発に乗ることはない。勘違いか、ただ言葉に反応しただけか、そのどちらかだろう。

俺は、グリフォン目がけて一直線に駆けだした。何をしてくるかは分からない。だからこその正面突破だ。

案の定、グリフォンは動いた。グリフォンの周りに収束している風の一部が、大きな渦になって俺の方に向かってきた。

渦までは約50m。これだけの距離からでも、強い風が吹き付けてくる。まともに受けたら、怪我だけじゃ済みそうにないな。なら、当たらなければいいだけだ。

「青治、いいところは、一人だけに持っていかせないから。だから、渦の相手は私がしてあげる。」

俺の手前に、突然出現した巨大な水の壁は、大きな風の渦と激突した。風は水も他のなにもかもを吹き飛ばそうと、突き進んでいこうとしている。それに対して、水は渦を飲み込もうとしている。

気体と液体、盾と矛、違いはあれど、目的は同じ。相手の消滅。

同じ意思のもとに繰り出された二つの力は、互いに飲み込みあい、共に消滅した。

蒼奈は少し不満そうだ。いくら相手が神獣とはいえ、自分の得意な力のぶつかり合い。それで引き分けた。蒼奈にとっては許しがたいことだろう。俺的には、神獣と互角なだけで十分にすごいと思う。しかし、蒼奈は勝たないと済まない性格なのだ。

蒼奈のおかげで渦は消えていた。おかげで、俺はそのまま突っ切ることができた。残りの距離は20メートル。長いようで短い距離だ。

グリフォンは風に乗って上昇を試みた。攻撃を止めたのは、蒼奈の前では防がれるだけだと判断したのだろう。つまり、さっきのはかなり全力に近い力。これなら、どうにかなりそうだ。

「みんな、こいつを飛ばさせるな。また、羽が来るかもしれない。」

俺の言葉で最初に動いたのは、やはり真弥だった。俺と蒼奈を除けば、この中で最も優秀で冷静だ。

しかし、真弥の放った矢は、グリフォンの纏う風によって尽く弾き返された。矢は風に不利なのだから仕方がない。

その後に、渚が、ジャンが、秀明が動く。

渚は、瞬間移動でグリフォンの真上に回り込む。そして、薙刀でグリフォンに切りかかる。

ジャンは銃を構え、引き金を引いた。それだけで、いくつかの熱の光線が銃から放たれた。

秀明は、戦闘系のスキルでないため、刀で直接切りかかった。

それらの攻撃は、すべてが風によって弾き返された。その間に、俺と奴の距離は10メートル近くにまで縮まっていた。だが、このままでは間に合わない。

その時、俺の体が軽くなり、いつもより早く走れているような感じになった。その理由は見なくても分かった。なぜなら、佳苗のフルートの音色が耳に入って来たから。

ぎりぎりグリフォンに追いつく。とは言っても、奴は数メートルだけは飛んでいる。直接攻撃が当たる距離ではない。

だから、俺は剣を真上に投げた。

現実にあるどんな金属よりも硬度の高い金属、青銀でできた俺の剣は、風を裂いて、風の中に消えていった。

直後、風の中から悲鳴が上がり、グリフォンの上昇が止まる。剣は、狙い通りに跳んでくれたようだ。

「くそ、少し高いか。」

この距離では、決まる確率はだいぶ低い。あと数メートル近づけば確実だが、跳んで、空中でやるのはかなり厳しい。だからと言って、剣をくらいながらも落ちてこないこいつを落とせるような遠隔攻撃を、俺は持っていない。

「なら、少しだけ落とせばいいんだな。だったら、私がやって見せる。矢は風などには屈しないことを見せてやるさ。」

真弥は15本もの矢を、同時に弓につがえている。これはこの戦い二回目、まだ成長途中の高校生の力ではかなりの無理をしないとできないことだ。おそらく、真弥の左手と左腕は、かなりボロボロなはずだ。

それでも、真弥は矢を放った。グリフォンではなく空にめがけて。

矢は天井近くで弧を描き、グリフォン目がけて落下してきた。さっきも使っていた曲射か。確かに、上から落とすのにはちょうどいい攻撃だ。これならうまくいくかもしれない。俺はそう思った。

矢は真上から降り注いだ。グリフォンの風は上も覆っており、矢は跳ね返された。しかし、それだけで終わるはずもなかった。跳ね返された矢は、一斉に爆発を引き起こした。つまり、矢は全て爆裂矢だったわけだ。

実体のない爆風は風だけでは防ぎきれないようで、グリフォンも巻き込まれていく。矢の数が数だけあって、爆発範囲がかなり広く、威力もかなりのものだ。さっきやらなかったのは、下に跳ね返された矢だと皆を爆発に巻き込む可能性と、逆にグリフォンを上に挙げてしまう可能性があったからだろう。

佳苗も真弥の怪我に気づいたようで、真弥の腕の治癒を始めていた。様子を見ると、無茶をしないように叱っているように見える。そういえば、あの二人は仲が良かったな。

「私も派手にやろうかな。」

蒼奈のちょっと危険を感じる言葉の直後、グリフォンに滝のように水が叩きつけた。見た限りはただの水、少しだけ安心した。

爆風で落下していたグリフォンはさらに速度を増して落下してきた。

もちろん、すぐ下にいる俺は、このままではグリフォンの下敷きになってしまうだろう。

それでも、俺は逃げずに、落ちてくるグリフォンに向けて銃を構えた。たかが銃弾の一発で倒せるほどは弱っていない。つまり、銃を撃ったところで下敷きになることには変わりない。

「青治。」

「青治さん。」

秀明と佳苗が叫ぶ声が聞こえた。心配も必要はないのにな。まあ、この状況だし無理もないか。でも、双青に不可能はない、らしいんだよな。

「青治、やっちゃえー。」

それほど大きい声というわけではなかったが、蒼奈の声は自然と耳に入ってきた。不思議なものだ。

そうだな、生意気な妹に言われたとおり、やるとするか。

俺は銃の引き金を引いた。

限界解放フルバースト。」

と同時に、そう呟いた。言葉にする必要があるわけでもないのに、昔からの癖だ。

俺の銃から放たれたのは、小さな銃弾ではなかった。直系30メートルほどにもなる、巨大な熱の光線だった。

「これって、僕の。」

ジャンは無意識のうちにそう呟いているようだった。

熱の光線は風ごとグリフォンを包んだ。眩い光の中で、グリフォンが暴れているのがよく分かる。しかし、その抵抗むなしく、足の先から燃えて、灰になっていく。あまりに強い熱の中では、生命は生きていられないのだ。

そして、グリフォンは、全に消滅した。

「ミッションコンプリートか。」


「さすが青治、神獣撃破おめでとう。」

私は称賛を送った。

「心がこもってないな、あいかわらず。それに、ここで言っても聞こえてないだろ。直接会って言えよ。」

「それは私の自由。私は今言いたかった、だから言った。ただそれだけ。それ以外に理由はない。」

「それも、そうだな。」

私と彼は一つの部屋の中にいた。他には誰もいない。いや、いるはずがない。なぜならここは。

「それで、次はどうするつもりなんだ。お前がただで恩を売るとは思えない。裏があるんだろ。」

彼は長い付き合いだけあって、私のことをよく理解しているようだ。それを友と呼ぶのか、仲間と呼ぶのか、それとも同志と呼ぶのか、よくは分からない。まあ、そこはあまりこだわらなくてもいいことだろう。

「まあ、そうなる。ちょっとした頼みたいこと。彼らなら、いえ、彼らでないとできないことを。」


「青治」

「どうした、ウンディーネ。」

「感じていた気配が消えています。あれは一体なんだったのでしょう。」

そういえば、ウンディーネはここから知っている気配を関いたと言っていた。その正体は分からずじまいか。あの少女と関係があるのだろうか。それとも、また別の何かと関係がるのだろうか。



青治の攻撃でグリフォンは消えた。最後の攻撃は僕のスキルと非常によく似ていた。その攻撃がどんなものかは分からないが、とにかく僕たちは勝ったんだ、あの神獣に。何度も危険な場面はあったけれど、勝ったんだ。

僕は、青治に近づき、ハイタッチを交わした。すると、これは夢でなく、本当なんだと実感できた。

「やったね、青治。」

「ああ、みんなでつかんだ勝利だ。」

青治はみんなでというけど、危険な場面でも率先して攻撃を仕掛けた青治や、数々の攻撃から皆を守った蒼奈の力はかなり大きいと思う。

周りを見渡してみると、勝ったことで緊張の糸が切れたのか、へたり込んでいる佳苗と、その傍に立って話をしている真弥、どさくさに紛れて渚に抱き着こうとしている蒼奈、周りの空気に乗せられたりせず蒼奈を避ける渚、それぞれが勝利を喜んでいることがよく分かった。

「蒼奈は、相変わらずだな。碧がいれば、渚も解放されるだろうが。」

そういえば、一人忘れている気がする。そうだ、秀明はどこにいるのだろうか。さっき見回したときは見なかったけれど。

「青治、さっきのはすごかったな。」

秀明の声は背後から聞こえた。僕はあわてて振り返った。その時には、既に青治が振り返っていた。声を掛けられる前から気づいていたみたいだ。でも、秀明はいつから後ろにいたのだろうか。

「まあ、あれは奥義みたいなものだ。だから最後まで残しといた。」

「そう、か。」

秀明は続きを言おうとして、無理やり言うのを止めたみたいだった。言いたいことがあれば、素直に言えばいいと思うのだが、それが難しいという人も多いらしい。なんなら、僕が代わりに聞いてもいいのだが。秀明が言いたかったことが何なのか、僕には見当もつかない。

「秀明さんが言わないのなら、私が代わりに言うよ。私も知りたいから。嫌とは言わせないからね、青治。」

今度は渚が僕たちの背後にいた。

渚には、秀明が聞こうとしたことが何なのか、分かっているようだった。

渚の方に振り返ると、その数メートル後ろで、蒼奈が険しい顔をして僕たちのことを見ていた。なんだか、ものすごい危険を感じるのは、僕の気のせいだろうか。

さらにその後ろでは、真弥と佳苗も僕らの方を見ていた。口を挟んでくる様子はなさそうだが。

「そうか。話ならここで済ませてくれ。外に出てからの質問は受け付けない。それならいい。」

青治は、まるで腹をくくったみたいな言いようをした。青治には、何を聞かれるのかが分かっているのだろう。それでも、あえて直接言わせようとしている。その真意は分からない。

「分かった。」

渚は、いったん言葉を切り、深く深呼吸をした。

「じゃあ、率直に尋ねるよ。青治の最後のあれは、ジャンさんの攻撃と同じ、そう、だよね。」

「そうだ。光族熱の攻撃そのものだ。」

僕のスキルは基本属性スキルだから、使えるプレイヤーが他にいてもおかしくはない。でも、そこじゃないのだろう。青治は、今日だけで4つの能力を使ったんだ。でも、それが青治のスキルなのではないか。

「それと、同様に瞬間移動、空間認識も使ってた。それは、私や真弥のスキルと同じ、でいいよね。」

青治はすぐに答えず、数秒間沈黙した。きっと、次にいう言葉を考えているのだろう。

「間違っては、いない。認識の齟齬はあるようだが。それで、本題は何だ、渚。」

佳苗と一緒に後ろにいる真弥の顔つきが、少し険しくなった気がした。僕には、青治が何かまずいことを言ったようには思えないのだが。

「つまり、それは、青治が他人の能力を使える、ということだよね。」

「それで、どうした。俺のスキルは、ただの特殊遺伝スキルだよ。かなり珍しいかもしれないが。」

渚は、青治に一歩詰め寄ってきた。まるで追い立てるかのように。


なるほど、渚は知っていたのか、あのスキルのことを。まあ、知っていてもおかしくはないか。あの天宮家の一員なのだから。

「だけど、私は、他人のスキルを使うスキルをこの世界で一つしか知らない。転写コピー、10番目の禁術スキル。その力は、直接触れた相手のスキルを一時的に自分が使えるようになるというもの。元は普通のスキルだったけど、禁術スキルさえも使えるスキルだったから、10番目の禁中スキルになったって聞いてる。」

みんなの視線が俺に集まる。蒼奈の視線は、「どうするの。」と訴えかけてきているようだった。

いつかは話すつもりでいたが、まさか初日でばれることになるとは、予想外だ。まあ、グリフォンが出たのだから仕方がないか。

それに、考えようによっては、やるはずだった予定を早めただけともとれる。なら、今予定を早めて進めていけばいいだけだ。そうすれば、何の問題もない。

「渚の言う通り、俺のスキルは転写コピーだよ。嘘偽りなくな。」

俺の発言で、みんなが静まり返る。ここまでのみんなの反応は予想通り。ここからが、話の本番だ。

「でも、能力は少し違う。禁術スキル自体が隠されて来たものだから、本当のことが書かれたものなんて、存在しなくて当然だが。」

みんなは俺の話に耳を傾けている。

「コピーは触れた相手か、同じパーティーまたはギルドの仲間のスキルを使うことができる。さっきの戦いでも、俺はジャンに触れてなかっただろ。もちろん、渚と真弥にだって触れてない。先日は渚に触れて使ったけどな。」

みんなは真剣な表情で俺を見ている。

ただ聞き入っている様子ではあるが、それだけではなく、渚のように疑問を感じているといいた様子でもある。未知の力に対する疑問、俺も何度も感じてきた。だからこそ伝えられる気がする。

「みんなから隠していたのは確かだ。でも、それは信用していなかったからじゃない。禁術スキルを使うものは、誰でもやってきたことだ。例外なく。それは、自分の身を守るため。そして、周りの者の身を守るため。」

渚は俺の顔を見て、一度、こくん、と頷いた。その表情は、真剣そのものだ。こいつがどう動くかで決まる。そう感じた。

「それは知ってる。お爺様が言ってたから。その力を悪用しようという者もいるから、その者達から身を隠してきたんだって。世界の秩序を守るために。」

あの爺さんが教えたってことは、最初からこの展開まで持っていくつもりだったわけか。くえない爺さんだ。

「まあ、俺は目立ってるけどな。コピーはうまく使えば普通のスキルと勘違いさせることもできるから。でも、スキルを隠してきたことは先代と変わらない。」

みんなは再び沈黙する。

沈黙を破ったのは、佳苗だった。

「あのー、それなら青治さんはなぜ私たちにこのことを話すんですか。青治さんなら、いくらでもごまかせると思うんですけど。他人のスキルが分かるのは、青治さんだけですから。」

佳苗の言葉で、渚は何かに気づいたような顔をした。真弥も同じような顔をしている。感のいい奴ならもう気づいたか。

「嘘をついて、自分のスキルがどんなものか知れ渡るよりも、危険を冒して真実を言い、私たちに他言は無用だと、無言の要求をしたといったところか。さすがは青治、考えたようだな。」

「ああ、その通りだ。ばれた時は、こうするって決めてた。」

真弥は、俺の言葉の真偽を確かめているようで、じっと目を見つめてきた。

嘘を判断するには相手の目を見ろ。目には動揺が一番よく映る、そんなことをどこで覚えたのだろうか。普通の高校生がそんな子尾を知っているはずない。俺よりもこいつの方が秘密の多い気がする。

「だが、もしかしたら、私たちの中の誰かが言いふらすかもしれないのに、よく話す気になれたな。」

「言いふらしたりなんてしないよ、真弥。そうですよね、皆さん。」

佳苗は珍しく真弥に食って掛かった.佳苗には仲間を疑う、裏切るといった発想はないようだ。そんなことでは将来が少し心配にもなるが、そこが佳苗のいいところでもあると思う。こちらの信頼がないと、相手の信頼が得られるはずないのだから。

「簡単なことだ、真弥。俺はただ、お前たちを同じギルドの仲間を信頼してる。だから話した。それだけだ。」

俺の言葉で、場が再び静まり返る。

「フフッ、」

その沈黙は、蒼奈の笑いで途絶えた。みんなは一斉に蒼奈の方を向く。蒼奈はそれでも笑いつづけた。そして、ようやく笑うのを止めた。

「大丈夫か、蒼奈。いきなり笑い出して。まるで霊にでも取りつかれたみたいに。と、いうか、霊にとりつかれてただろ、そうじゃないと、今の行動はありえない。」

「え、日本では例にとりつかれると笑い出すの、秀明。日本の霊って面白いんだね。」

秀明は答えるのに戸惑っている。まあ、普通はこんな質問されないだろうからな、日本人には。でも、ジャンのような外国人なら、してもおかしくない。

「えーっと、それは、なんていうか。こんなんだから、こうだ、みたいな。」

「秀明さん、なんだか秀明さんの方がおかしくなってますよ。大丈夫ですか。」

そんな秀明を、佳苗は律儀に心配する。なんだかめちゃくちゃになってきた。

「それで、なんで笑ったの。」

渚は、冷静に蒼奈に尋ねている。ただ、少しぎこちない気もする。冷静でいようと、意識してやっているようで、本当の渚ではない、そんな感じがした。

「だって、まさか本当のことを堂々と話すなんて思わなくて。私だったらそんな発想には至らないよ。」

「確かにそうだよね。私が同じ立場だったら、おんなじことはしない。と、いうか、できない。」

渚は首肯する。

まあ、蒼奈のスキルは俺たち以上にあれだからな。さすがの俺も、蒼奈のスキルだけは口にできない。これは、決して知られてはいけないことだから。知っているのは、俺と蒼奈とアリスと親父だけ、碧でさえも知らない真実を。

「だが、あれを言われたら、言いふらすなんてできない。ある意味反則だ。」

真弥はしてやられた、酔言うような顔をしている。そして、その言葉に渚も頷く。この二人は、意外と気が合うのかもしれない。

そういえば、さっきまでいた位置に蒼奈がいない。いったい、どこにいった。

あたりを見回してみる。

すると、壁際にいる蒼奈を見つけた。

話し相手もいないし、少し話でもしようかと思い近づくと、誰かと話をしているようだった。

ウンディーネだろうかと思ったが、声が全く聞こえてこない。つまり、蒼奈は今、電話中ということだ。その相手として考えられるのは、碧だけだ。さが、それにしては、少し焦っているような様子だ。何かあったのだろうか。少し心配になり、俺は蒼奈に駆け寄った。

「青治、どうしよう。」

俺が傍に来ると、蒼奈はすごく焦った様子で話しかけてきた。さっきまで笑っていたのが嘘のようだ。

声が聞こえるということは、電話は切れたみたいだ。

「何があった。」

「碧が、碧がさらわれたって、そう電話が来た。相手は極東手国学園の裏庭で待ってるって。私が緑を置いていったから、一度声かけて連れてくることもできたのに。碧なら、熱が下がればすぐにでも来るってわかってたのに。」

碧がさらわれた。

でも、いったい誰が。


「閣下、極東にてグリフォンが倒されました。予想以上の対応です。他にも、聖ローマ帝国、北欧連邦、ソビエト大帝国、NAUにおいてもそれぞれ一体ずつ神獣が対されたとの報告が。作戦を早めた方がいいかと存じます。」

「そうか。」

閣下はまるで動じていない。この事態が分かっていたかのようだ。しかし、わざわざそのようにする理由も見当たらない。閣下の一体何をお考えなのだろうか。私ごときでは、理解することもできない。

「そんなに心配そうな顔をするな。これも予想の内だ。少し彼らを試してみただけにすぎん。」

閣下の前ではちょっとしたことでこちらの心さえも読まれてしまう。さすがは閣下。

「彼らとはいったい。」

「世界最強のプレイヤーたち、ブレイカーズだ。どの国でも、彼らの力で倒したというのは確認済みだ。」

さすがは閣下、私が知らないうちにそこまで調べ上げているとは。しかし、このままでは私の立場も・・・。

「心配せずともいい、主には主の役割がちゃんとある。しかし、ブレイカーズ、奴らの力は本物だ。注意せねばならないな。」

やはり、私の考えはお見通しのようだ。

「ブレイカーズの対処はどうお考えで。」

「対ブレイカーズ用の戦闘部隊、そのメンバーがもうじき集まる。奴らならば、ブレイカーズと互角にやりあえるはずだ。」

「それは大変頼もしいですね。では、あれを集めるのも彼らの仕事ですか。私たちでは厳しいですし。」

「そのつもりだ。しかし、今は情報を手に入れるのが先だ。どこにあるか、いや、いるかはまだ分かってないからな。情報収集は頼むぞ、桔梗。」

閣下が私を頼りにしてくださっている。ならば、その閣下の信頼にこたえなくては。閣下のおかげで今の私があるのだから、そのご恩に少しでも報いなければ。それが私の生きる意味だから。


俺たちは、最深部の奥にあるゲートを使い、ダンジョンから脱出した。そして、今は碧を連れ去ったやつの指定した極東帝国学園高校の裏庭へと向かっていた。今のところ、次の連絡は来ていない。

一応、みんなにも話をした。渚と真弥は家の事情もあるらしく、ダンジョンから抜けた後、すぐに別れた。

つまり、今は俺と蒼奈、それに加えて佳苗にジャン、秀明の五人になっている。

「佳苗ちゃん、大丈夫。無理しなくていいよ。神獣との戦いを終えたばかりなんだし。」

佳苗はだいぶ疲れているようだ。疲れているとは言っても、ここは仮想世界。肉体的にではなく精神的にだが。

しかし、仮想世界故、精神の疲れは体の動きにもかかわってくる。つまり、実際に疲れているのと大きな変わりはない。

「いえ、大丈夫です。私は直接戦闘していたのではなく、後ろから皆さんの支援をしていただけですから。」

「でも、スキルを使うだけでも精神的な疲れは出てくる、無理になったらちゃんと言えよ。」

「はい、わかりました。」

竜の渓谷近くにはゲートがないため、一度近くの町に寄らなければならない。そこになら、ゲートがある。

しかし、今考えてみると不自然だ。

病み上がりとはいえ、あの碧が摑まるなどと言うことは、かなり腕の立つ相手でなければ無理だ。最低でも、学園五指以上の実力がなければ無理だ。それは、俺たちがよく知っている。

もし仮に、連れ去られたとしても、待ち合わせ場所が学校の裏庭というのもおかしい話だ。

極東帝国学園高校は俺たちの学校であるが、わざわざそこを待ち合わせ場所にする必要はない。他の人に会ってもおかしくないのだし、誘拐犯としてはいい場所ではないだろう。それに、特別な日は除くが、学校に入れるのは学校関係者だけだ。

しかし、俺の見立てでは生徒でも先生でも、碧を捉えられるほどに腕の立つ相手はいないと踏んでいる。学園五指も例外ない。

だが、会長が言っていた男なら、キングならできるかもしれない。しかし、目的がまるで分からない。

「青治、どうした。さっきから黙って。」

俺が考えを巡らしている間も、蒼奈たちは、いろいろ話をしていたようだ。親睦を深めあうのはいいことだろう。

「いや、ちょっと考え事してた。今回の誘拐、どうも腑に落ちない点が多いと思ってな。秀明はどう思う。」

秀明は難しそうな顔をした。こんな訊き方では、答えるのが難しかったか。

「正直に言うと、よく分かんねえ。青治の考えることは、俺に理解できそうにない。誘拐は誘拐、それでだめなのか。考えるのは、昔から苦手でな。親父も言ってたが、鍛冶は頭じゃない、心で打つものだってな。」

「それを言うなら、腕じゃなく心、じゃないか。普通でも頭じゃ打たないだろ。」

「そ、そうだったかもしれない。」

後ろを振り向くと、走りながらにも関わらず、蒼奈が佳苗にいろいろとしていた。ジャンは、少し困った様子でそれを見ている。

佳苗には悪いが、しばらくは、そうしておいてもらえると助かる。蒼奈が暴れださないためにも。

「あ、もしかして、あれって町じゃないかな。遠くてはっきりとは見えないけど、あれは建物っぽい気がする。」

ジャンは、前方右斜めの方向を指差して言った。

確かに、あれは町だ。この辺りにあるのだから、来るときにも寄った八王子に違いないだろう。

思っていたよりも早く着いた。神獣との戦いを終えたばかりで、みんな疲れがかなり溜まっていると思っていたが、そうでもなかったようだ。佳苗だけは疲れが出ているようだが、思っていたほどではない。

「そうだな。ゲートは町の中央だ。そこから極東帝国学園高校まで移動するぞ。」

俺たちは、町が見えてから10分ほどでゲートまでたどり着いた。

「ほら、早く。」

蒼奈にせかされて、最後にジャンがゲートに入った。

「言い間違えるなよ。いくぞ、」

俺の言葉に皆は頷いた。

「「「「「転移、極東帝国学園高校。」」」」」

言葉を言い終えると同時に、俺たちは淡い光に包まれた。


「お爺様、これが依頼の報告です。」

私は、青治に頼まれた報告書をお爺様に渡した。いつの間にか、記録用アイテムを使っていたらしい。どこまでも抜け目がない。

「そうか、なるほど。渚も頑張っておったようじゃな。昔から渚は人の輪に入るのが苦手じゃったから、少し心配しておったが、不要じゃったな。」

「お爺様、心配してくださったのはうれしいですが、そのような心配などしないでください。私はもう子供ではないのですから。お爺様は、いつまで私のことを子ども扱いするのですか。」

お爺様には小さいころから幾度となく世話になっている。よくかわいがってくれているのは分かるし、感謝もしている。それに、お爺様は今の天宮家を作った天宮家最高の功労者であるので、尊敬もしている。だから、私もお爺様のように強くなりたいと、昔から思っている。

しかし、いつまでも子供扱いされるのは、正直あまりうれしくないし、できれば止めてほしい。

「そうか、渚ももう高校生じゃからな。しかし、わしからすればまだまだかわいい孫、心配せずにはいられんわ。」

確かに私はまだまだ未熟、心配されるのは当然かもしれない。でも、私だって天宮家の一員なのだから、少しは認めてくださってもいいのではないか。

「すねておるのか。そんなに早く一人前になって何がしたい。」

「そ、それは。」

強くなって何がしたいか、考えたことがない。ただ、天宮家の一員だから、認めてもらいたいから強くなりたい、そうとしか考えたことがなかった。

「それが決まらぬようでは、まだまだ子供じゃよ。将来を決めるための時間、それが子供じゃからな。」

私は、何も言い返せないままお爺様の部屋を出た。

「・・・・、か。まさかな。」

廊下に出た直後、お爺様が何かを言ったのは聞こえた。だが、最初だけは聞き取れなかった。文脈的に誰かの名前だとは思うけど、いったい誰のことだろうか。


天宮さんのことが頭から離れない。

今日、私は天宮さんを助け、逆に助けられもした。しかし、彼女は天宮だ。

私は頭を振るい、どうにか気を紛らわそうとした。これ以上考えていたら、おかしくなってしまいそうだったから。

ここは鎌倉、私の住む町。今、私は町の弓道場に来ていた。

弓に矢をつがえて、的を狙って矢を放つ。昔から、幾度となく繰り返してきたことだが、これをしている時だけは、心から他の思いがなくなり、的に矢を当てることだけに集中できる、こんな時にはうってつけの場所だ。

1本、2本、3本と立て続けに矢を放つ。どれも、狙いに違わず的のほぼ中央を撃ち抜いた。

今日も調子は悪くない。佳苗のおかげで、腕の痛みを無くなっている。今日もノルマの100本を、中心の円にあてられそうだ。

「今日もやってるね、真弥ちゃん。なかなか来ないから、今日は来ないのものだと思ったよ。来てくれてうれしいよ。」

再開しようと立ち上がったところで、ここの道場の師範である将吾さんに話しかけられた。

彼は、まだ小さかった私に弓道を教えてくださった恩師だ。昔は、お金のなかった私にこの道場をただで使わしてくださったりもした。今の私があるのは、将吾さんのおかげとも言える。

今でこそ私の方が上手だが、将吾さんはここの最高師範であり、かなりの実力者だ。昔は極東帝国各地のダンジョン制覇などに貢献していたらしい。私が最も尊敬している人の一人だ。

「将吾さん、こんばんは。今日はダンジョンに初めて入って、それで来るのが遅くなりました。」

将吾さんは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにいつもの顔に戻った。おそらく、一日で戻ってきたからだろう。ダンジョン経験者だからこそ、ダンジョンの過酷さを知っているはずだ。

「お前の実力なら問題はなかったと思うが。それにしても、戻ってくるのが早い、さすがだな。それで、どうだった。」

「い、いえ。私一人の力では一日で制覇などできません。あの双青や他にも学校の同級生たちと行きました。」

青治や蒼奈がいなければ制覇だって難しかっただろう。将吾さんの話によれば、ダンジョンは総勢50人近くのプレイヤーで攻略に当たるのが当たり前だったらしい。だから、普通は七人で制覇すること自体が奇跡に近い。

「それで、実感しました。私はまだまだ未熟です。今の私では、野望を達成することは絶対にできません。だから、あの二人の傍で戦い、さらに自分を磨いていきたいと思いました。あの二人を見ていれば、今までは手の届かなかった領域に近づける、そんな気がするのです。」

将吾さんは少し心配そうな顔をしていた。

私が野望のことを言うと、将吾さんはいつも同じような顔をする。野望の内容は言ったことはないが、私の様子から、かなり危険なことだとは察しているようだ。

心配はかけたくない。でも、これは絶対に達成しなければならないのだ。一族の誇りに懸けて。そして、誰にも内容を教えることはできない。

「強者から学ぶことは多い。お前の考えは正しいよ。けどそれを自分の力に変えられるかは、お前次第だ。」

「はい、アドバイス、ありがとうございます。」

将吾さんには、いつも助けてもらってばかりだ。いつかは恩返しがしたい。その時まで私が生きていられたならば。

「無理せず、頑張れ。」

将吾さんは声援をひとこと言うと、他の生徒の元へと歩いて行った。


俺たちは極東帝国学園の正門前に移動していた。

時刻は午後7時、普通は学校に来るような時間ではない。しかし、碧をさらったやつの命令により俺たちは夜の学校に訪れていた。

「なんだか、不気味ですね。こんな夜に学校に来たことは初めてなので、夜の学校が昼と全然違うのに驚きました。」

本当は何も変わっていないはずだが、周りの雰囲気や光の少ない状況が不気味さを醸し出しているのだろう。

中学の頃、友人と何度か夜の学校に忍び込んだ経験のある俺からすれば、まるで新装直後のようなここの校舎は、それほど不気味には感じない。

まあ、本当に新装というわけじゃなく、この世界では建物が古くなることはないので、常に新装のような状態なだけだが。

「よし、じゃあ、突入しよう。善は急げとも言うし。」

「蒼奈、焦り過ぎだ。入るなら裏からだろ。こっちは開いてない。」

「でも、青治なら真弥の瞬間移動で中に入って、中から開けられるんじゃないかな。」

ジャンの考えはなかなかだが、まだ少し甘い。

「忘れたか、ここも一応ダンジョンだぞ。」

「ダンジョンでは外から中にも、その逆でも干渉することができない、これで合ってますよね。」

佳苗は覚えがいい方のようだ。戦闘は不向きだが、それ以外の面ではかなりの活躍が期待できる。

「ああ、相手もそのくらい分かってるはずだから、開いているとすれば、裏門のはずだ。少し距離はあるが回るぞ。」

俺たちは学校の敷地に沿って裏まで回った。学校の周りは非戦闘圏なので、Mobに襲われることなく、ほんの数分で裏門までたどり着いた。

「門は開いてるみたいだな。それにしても、犯人はよく夜の学校を使えたな。誰でも使えるわけでもないと思うんだが。」

秀明は完全に開ききった門を見つめながら呟いていた。

「誘拐犯なのに、かなり堂々としていますね。相手は双青なのに、その余裕はいったいどこから。」

佳苗の言う通り、かなり堂々としている。門を開放したままで、よく閉められなかったものだ。

しかし、ここに関係があり、なおかつ俺たちにも関わりがあるやつでこんなことをする奴に、一人だけ心当たりがあった。

だからこそ、この先では、きっと面倒な事態になるだろうと感じた。あいつもいったい何を考えて。

俺はこの先でのことを想像して、ため息が漏れた。

「青治、何ため息をついてるの。早くいかないと、犯人はすぐそこなんだよ。」

主に、お前と犯人のせいだ。それと、共犯者のせいでもあるか。

「分かったよ。すぐに終わらせよう。」

まじで、すぐに終わらせたかった。無理なのは分かっていたが。

蒼奈は、我先にと裏庭へと向かって走っていく。それに、秀明、ジャン、佳苗も付いていく。俺は、その後ろを見失わない程度の速さで走った。

蒼奈たちは全く振り向かずに、ただひたすら裏庭を目指して走っている。俺のことは、すでに眼中にはないようだ。その確認が取れたので、そろそろ別行動を開始しよう。

俺は、もう一度だけ蒼奈たちの方を見た。

やはり、後ろを振り返ろうとする様子はない。

俺はすぐに脇道へそれ、別ルートの移動を開始した。


私たちは、どうにか蒼奈さんに付いていっていた。蒼奈さんは全くつかれている様子はなく、常に全力で走っている。そのため、見失わないようについていくだけで精一杯で、他のことに気を回している余裕もなかった。

蒼奈さんが右に角を曲がり、続いて秀明さん、ジャンも角を曲がって姿が見えなくなった。

私も後を追って角を右に曲がると、目の前にジャンの背中が迫り、止まる暇もなく追突した。

「きゃっ。」

その衝撃で、私は転倒した。ジャンは前のめりになったものの、転倒には至らなかったようで、少し安心した。

「大丈夫、佳苗。」

ジャンはすぐに手を差し伸べてくれて、私は手を借りて立ち上がった。

「ありがとう。いきなり立ち止まって、どうしたの。」

「ああ、そこが裏庭なんだよ。」

ジャンが指差した方向には、いくつもの花壇があり、たくさんの花が咲いていた。そして、その奥に人影も見えた。

「あ、あの人が犯人。」

辺りは暗く、ここからでは顔は見えないどころか、誰かがいるくらいしか分からない。

「あなたは誰、碧をどこにやった。教えないのなら、どうなっても知らないよ。」

蒼奈さんの言葉からは殺気が感じられた。

私は、本能的に一歩下がった。

人影が近づいてきた。何かを手に持っているのが見えた。何なのだろう。金属の光沢はなかった。まさか、爆弾とか。

「安心して、そこのあなた。危険なものじゃないから。」

犯人が初めて言葉を発した。それが私に向けられたものだとは分かった。しかし、この暗闇で私が怯えたのがどうやったら分かるのだろうか。

「あなただったんだ、碧をさらったのは。何が目的なの、桐花。いえ、桐花先輩でしたね。」

先輩、ということは、この人はこの学校の人。それで、蒼奈さんの知り合い。桐花、どこかで聞いたことのある名前だ。

「蒼奈、まさかこいつあの須藤桐花か。学園五指の一人、風弾姫クイーンの。」

そうだ、クラスの誰かが言っていたのだ。学園五指のナンバー3、クイーン。その人がいったいなぜ。

「その通り。彼女は須藤桐花、学園五指の一人。そして、私や青治と同じ道場にいた人の一人。」

桐花さんは手に持っていたものを上に投げた。私はつい目で追ってしまった。

それは眩い光を放ち、辺りが明るくなった。これは今日、何度も青治さんが使っていた。そう、蛍玉だ。

「あれ、」

辺りが明るくなった途端、桐花さんが予想外というような顔をしていた。

「どうしたの。」

蒼奈さんは強気で言葉を発する。言われているのが私だったら、私は逃げてしまうだろう。

「青治はどうしたの。姿が見えないのだけれど。」

私たちは一斉に後ろを振り向く。そこには誰もいなかった。

「「「「・・・・・・。」」」」

一瞬の静寂。

「そうみたい、だね。それよりも、碧をどこにやったの。」

蒼奈さん、まさかのスルー。

たぶん、青治さんの心配など不要だと思っているのだろう。私もそう思う。

「それにしても、いつ消えたのかな。」

「走ってるとき、だと思います。」

その前までは青治さんがいたのは見ている。走りだしてからは、確認する暇もなかったので見ていなかった。

「まあ、あなたがいれば青治は別にいいか。居場所、教えてほしかったら、私を倒してみなさい。」

桐花さんの目的は蒼奈さんだったらしい。

しかし、戦いを挑むなんて、あまりにも無謀に思える。蒼奈さんと青治さんは学園五指の会長を倒しているのだから。

蒼奈さんは剣の柄のような武器を取り出した。ダンジョンでも見たけれど、あんな形の武器を私は知らない。

「いつ見ても変わった武器ね。こちらも、本気で行かせてもらうわ。」

桐花さんが取り出した武器はただの一丁の銃。武器としてはいたって平凡なものだ。

しかし、相手は学園五指のナンバー3.まだ、何かを隠しているかもしれない。蒼奈さんもそのくらいは気づいているだろう。

先に動いたのは蒼奈さんだった。

蒼奈さんの手元から水の球がいくつも放たれる。それらは桐花さんへと一直線に向かっていった。

桐花さんが銃の引き金を連続で引いた。何発もの銃声が辺りに響く。しかし、肝心の銃弾は見えない。銃から銃弾が放たれたのは見えなかった。つまり、銃弾が早すぎるか、銃弾が放たれていない、ということなのだろうか。

直後、蒼奈さんの放った水の球が、突然破裂した。それに続いて、次々と水の球が破裂していく。何が起こっているのか分からなかった。

「風弾。」

私の隣で、秀明がそう呟いた。そういえば、彼女は風弾姫と呼ばれている。風弾とは、いったい何なのだろうか。

「秀明さん、今何が起こっているのか、分かりますか。私には、さっぱり分からないんですけど。」

「ああ、桐花先輩のスキルは基本属性スキル空気族風で、現学園五指唯一の、基本属性スキル使い手だ。そして、最も得意とする攻撃が風弾、その名の通り風の銃弾だ。だから見えない。風だからな。」

確かに、風は目で見ることはできない。つまり、今のは、風の球が水の球と当たって、両方が消滅した、ということなのだろう。

本で読んだが、基本属性スキルは使い手が多いため、攻略方法が分かっているらしい。

そのため、現代では基本属性スキルの使い手は、その力の使い方を工夫し、唯一の力として確立させていっているらしい。その成功例がブレイカーズの一人、電撃銃のハンドスタンガンだと言われている。桐花さんも、努力を重ねてこの戦い方を身につけたのだろう。

蒼奈さんは再び水の球を放った。あの蒼奈さんが、同じ手を何度も使うとは思えない。つまり、この水の球には何かがあるのだろう。

「何を企んでるのか知らないけど、こんな手は通じないわよ。」

桐花さんもそれを承知の上で、引き金を引いて銃弾を放つ。風の銃弾は、再び水の球を破裂させた。

直後、破裂した水の球の水しぶきが細い針状に変化して、桐花さん目がけて動いた。

「水には決まった形がないんだよ。だから、破裂させられたってまだ使えるってわけ。」

蒼奈さんの二段構えの攻撃を、桐花さんはぎりぎりでかわして見せた。数本はかすったようで、頬などから微量の血が出ているのが見て取れる。

「蒼奈、それは水だけでなく風も同じよ。風にも形はないわ。」

蒼奈さんは何かに気づいたようで、素早くその場で屈んだ。その直後、蒼奈さんの髪が風を受けてなびいたように見えた。

私の予想に過ぎないが、おそらく、蒼奈さんの頭の上を風の何かが通り過ぎたのだろう。でも、蒼奈さんには、なぜ見えない攻撃を察知できたのだろうか。そうでなければ、今の動きはできなかったはずだ。

「なるほど、私への対策はばっちりってことね。空気中に目に見えないほど薄い水の膜を作り、それに触れたせいで私の攻撃は察知されたのね。これじゃあ見えない意味はあまりないようね。」

「まじかよ。」

「さすが蒼奈。」

秀明さんやジャンの驚きは、私にもよく分かった。

この世界では、スキルを使う時にイメージが大切になる。例えば、蒼奈さんのように水の球を飛ばすには、水の球とそれが動く様子をイメージすることで初めて成立する。つまり、今蒼奈さんがやっている水の膜のような目に見えないほど小さいものはイメージがかなり難しいのだ。それにもかかわらず、空気中に見えないほどの薄い水の膜を作るなんて、さすがは蒼奈さんだ。

「じゃあ、そろそろ本気で行くよ。覚悟してね、桐花。そして、碧をさらったことお後悔しろ。」

最後の蒼奈さんの言葉からは、ものすごい殺気を感じて、私はさらに一歩後ろに下がった。


ぼくは屋上から眺めていた。お姉ちゃんと桐花の戦いを。このためにぼくは協力したのだ。

桐花はお姉ちゃんを負かせると思っているようだ。しかし、そんなことができないと、ぼくは思っている。

だから、桐花にお姉ちゃんに逆らうことが意味のないことだと分かってもらうために、ぼくは協力した。だって、お姉ちゃんとお兄ちゃんが最強だと分からない人がいるのは、ぼくとしては見過ごせないから。

もちろん、お姉ちゃんの戦う姿をじっくり見たかったという思いもあった。

バタンッ

突然、背後で扉の閉まる音がしたので、ぼくは咄嗟に振り返った。しかし、そこには誰もいない。

「扉を開ける音もしなかったし、気のせいかな。お姉ちゃんの戦いに集中しよう。いい場面を見逃しちゃったら嫌だからね。」

僕は再び屋上から下をのぞいた。お姉ちゃんたちの様子は先ほどと変わっていない。見逃してはいないようでほっとした。

お姉ちゃんは波で攻撃に出ていた。これなら風の球では防ぎきれないだろう。決まったかな。

「碧、楽しそうだな。蒼奈の戦いを見れて満足か。」

「うん。でも、お姉ちゃんが勝つのが分かってるから、ちょっとスリルはないかな。」

あれ、ここにいるのはぼく一人のはずだ。じゃあ、今の声はいったい誰の声だろう。まさか、幽霊なんてことはないだろう。

もう一度振り返るが、やはり誰もいない。また、気のせいかな。今日はやけに空耳が多い。

こんな時に空耳が聞こえるなんて。今はお姉ちゃんが戦っている最中なのに。

ぼくはもう声を無視することを決めて、再びお姉ちゃんたちの方を眺めた。

「そう言えば、お兄ちゃんはどこにいるんだろう。お姉ちゃんとは一緒じゃないみたいだけど。」

ぼくは、何となくそう呟いた。

その直後、ぼくの右肩に手が置かれたのを感じた。その感触には、覚えがあるような気がした。

声は無視しようと決めたぼくも、さすがに肩に手を置かれては振り返る。そこには、お兄ちゃんが立っていた。

「お兄ちゃん、ここにいたんだ。いつからここにいたの。それに、こんなところで何してるの。」

「お前が最初に振り返った時だ。今まで気付かないなんて、注意が足りないぞ。それと、何してるは、こっちのセリフだ。」

お兄ちゃんは、普段は優しいけど、今はなんだかかなり怖い。どうして・・・だろう。

「ぼくは、・・・・・・」

そうだ、こんな状況で捕まってるとは言えない。どう見ても嘘にしか見えない。まあ、実際に嘘だけど。となれば、ああいうしかない。

「逃げたんだよ。それで、ここに身をひそめてたんだ。それで、お姉ちゃんを見つけたから見てたんだよ。ほ、本当だ、よ。」

お兄ちゃんのプレッシャーで今にも潰されてしまいそうだ。この状況では、嘘を言うのにもかなり精神力が必要だった。

「そうか。しかし、なんで俺たちに連絡しなかった。」

「そ、それは、慌ててたから。」

言葉一つが鉛のようだ。このままでは精神が持たない。早くこの状況をどうにかしないと。

「碧、お前は蒼奈の力を信頼してるよな。」

「当たり前だよ。お兄ちゃんとお姉ちゃんは最強だって、常に思ってるよ。忘れたことなんてない。」

今の言葉は、自然と口から出ていた。今までで、一番楽に答えられたと思う。

「それはそれでどうかと思うが、まずは置いておこう。それで碧、信頼してるのに、何で蒼奈のもとに行かない。桐花がいても、蒼奈ならどうにかしてくれるんじゃないか。」

「それは当然だよ。お姉ちゃんの傍は、世界で一番安全だもん。それに、桐花ならぼくでも勝てるだろうし。でも、今回は桐花との作戦があるから、ぼくは出ていけないんだよね。」

「そうか。」

「あっ、・・・しま、」

気づいた時には、既に遅かった。口をつぐむのがあまりにも遅すぎた。

さすがはお兄ちゃん、誘導尋問まで心得ているなんて。いや、ここは感心している場合などではない。

お兄ちゃんから感じられる空気は、すごく嫌な予感がした。

「お兄ちゃん、顔怖いよ。」

「・・・・・・。」

お兄ちゃんは無言で僕を見つめた。それが、僕により大きなプレッシャーを与えた。

「・・・お、怒ってる、よね。」

お兄ちゃんは面倒に巻き込まれることを嫌う。強い相手と戦える時は別だが。

そして、今回面倒に巻き込んだのは、どう考えてもぼくだ。

「当たり前だ。今すぐにでも説教したいところだが、もう七時過ぎ。早く帰らないと八重さんの雷が落ちる。それだけはできるだけ避けたいし、帰ってからだ。覚悟しておくことだ。」

「う、うん。」

ぼくは、お兄ちゃんに逆らえるはずもなかった。


私の放った波は桐化の頭上を越えている。逃げ場はどこにもない。でも、桐かは余裕の表情だ。まだ、何かあるのだろう。

桐花は、素早く銃をホルダーに収めた。武器を変える、ということだろうか。しかし、他に武器らしいものを持っている様子はない。

桐花は両腕を後ろに引いた。この構えは見たことがある。そう、私や青治、碧が現実世界で行っている実戦武術道場でやった技の一つに似ている。桐花も、昔は通っていたので知っていてもおかしくはない。

確か、この型からの技は衝撃を与えて吹き飛ばすことに適していたはずだ。まさか。

桐花は両手の掌で波の一点を掌打した。その瞬間、波の一部に大きな穴が開き、桐花はその間をくぐり私に向かってきた。

「体術スキルを身に付けてるなんて思わなかったよ。昔より強くなったんだ、桐花。」

「当たり前でしょ。そうでなきゃ、あんたに挑んだりなんてしないわよ。」

桐花は拳を握りしめて、次の攻撃を繰り出そうとしている。大技じゃ間に合わない。それなら。

私は、自分の体の表面に、急いで薄い水の膜を作った。時間がないので、目に見えないほどの薄さではなく、目で捉えられる程度のものだ。

桐花はその水の膜に気づいたようだが、貴重な攻撃チャンスだと考えたのだろう、一瞬躊躇したが、すぐに拳を振るった。

桐花の拳は私のみぞおちに迫ってきた。私は急所を避けるために、身体をわずかに動かした。そのため、拳は私の下腹部に命中した。

「蒼奈さん。」

後ろからは、佳苗の心配そうな声が聞こえた。

しかし、心配はそれほどいらない。私は、拳の命中箇所の水の膜を、ぎりぎりで厚くしたので、大きなダメージにはならなかった。

とは言うものの、全くダメージがないわけでもないので、ご飯の前でよかったとそんなふうに思った。

「まだまだ。」

桐花は、さらに反対の拳を振り上げて、追撃するつもりのようだ。しかし、そんなことをみすみす許す私ではない。私は、下腹部を覆う厚めの水の膜の水を矢状にして、不意打ちを仕掛けた。

桐花はすぐに攻撃対象を切り替え、水の球を拳で弾き返そうとした。もちろん、私はこの程度の攻撃が決まるほど甘い相手でないことくらい、承知の上だ。だからこそ、対策は立てている。

桐花の拳は水の球を的確に捉えたが、水の球が弾かれることはなかった。水の球は、分散して桐花の体にかかった。

私は、水が服に染み込む寸前で水の操作を再開した。分散した水は、細い糸上になり、桐花の体を縛り上げた。

しかし、それで手は封じられたものの、足まで縛れるほどの量の水はなく、足を動かすことはできたようだ。そのため、桐花はいったん距離を取ろうと後ろに下がった。だが、その動きまでが、私の予想した行動だ。

「足元に気をつけてね。」

バシャッ

私が声をかけたのと同時に、桐花は私が桐花の背後に作っていた水たまりに、足を踏み入れた。そして、水たまりの水は紐状になり、桐花の足を絡め捕った。

「いつの間に。」

「さっきの波だよ。ちゃんと後ろも警戒しないとだよ、桐花。それじゃあ、私に挑むのはまだ早いよ。出直してきてね。」

「まだ、終わってなんかない。」

桐花は、巻き付いている水の紐をどうにかしようとあがき続けていた。

このままでもあれだし、とどめくらいはきっちりと付けておこう。学校の圏内はどんなに攻撃をしても死ぬことはないのだから。桐花もそれを知ったうえで、ここでの勝負を挑んだのだろう。

「これで、終わりだよ。」

私は桐花に右手を向けた。そして、右手の先から渦を作り出し、それを桐花目がけて放った。

さすがの桐花も、渦の当たる直前で目を瞑った。しかし、渦が桐花に当たることはなかった。

なぜなら、渦は、桐花に当たる直前でその軌道を変えたからだ。渦は桐花のすぐ横を通り抜けて行った。

いくら経っても、何の衝撃もなかったためだろう。桐花は目を開いて辺りを見回した。軌道のずれた渦は、桐花が見た直後に、スキルの効力を失い、ただの水となり地面に落ちた。

「どうして、・・・どうして、当てなかったの。私を憐みでもしたの。そんな同情などいらない。ここでなら死ぬこともないんだから。」

「私は何もしてないよ。本気で当てるつもりだったし。」

「えっ、ならどうして。」

桐花は、今の状況が呑み込めず、混乱しているようだった。私には、ウンディーネが軌道を変えたのが分かっていたが、桐花にそれを言うことはできない。

「ウンディーネ、どうして軌道を変えたりしたの。」

私は、話しているのが分からないように、小声で口もなるべく動かさないようにウンディーネに尋ねた。

「命令されたからです。」

「命令?私そんなのだしてないよ。」

「はい、蒼奈からのではありません。青治からのです。」

その言葉を聞いて、私は咄嗟に背後を振り返った。

「蒼奈、それに桐花も、怪我はないようだな。それならいいか。」

そこには、碧の襟首をつかんだ青治が立っていた。いったいどこで何をしていたのだろうか。

「青治、碧を助けたんだ。さすが。」

「いや、違うよ。」

「どういうこと。」

青治の方を見ると、碧がきまり悪そうに、顔をそむけていた。どうしてだろうか。それに、違うって。

「こいつは共犯だ。つまり、この誘拐自体が仕組まれたことだ。」

「「「「・・・・・・、え、えええー。」」」」

事情を知らない私たち四人の驚きの声が、校舎全体に響き渡った。しかし、その後に教師がやって来るという、最悪の事態には至らなかった。


「お姉ちゃん、騙したりして、ご、ごめん。ちょっと面白そうだと思って、それで協力したんだ。」

「気にしてないよ、碧。だって、私はあなたのお姉ちゃんなんだから。妹に迷惑かけられることなんて普通でしょ。それに、一人にして置いていった私も悪いんだから。だから、今度は一緒に冒険しようね。」

碧は蒼奈のことじっと見つめ、沈んでいた顔は笑顔になった。そして、碧は蒼奈に抱き着いた。

「うん、約束だよ。」

さて、これで偽りの誘拐事件は終わりか。まあ、あとで碧への説教は残っているが。

抱き合っている二人のもとに、近づいている桐花が視界に入った。ジャンたちは、戦いの続きでもするのかと思ったのだろう。一歩あとずさった。

俺は桐花のことを少しは知っているので、戦うつもりはないと分かっていた。桐花は負けず嫌いだが、潔い。

「私の負けね、蒼奈。でも、次戦う時は、絶対にあなたに勝つわ。覚悟しておきなさいよ。」

桐花のその言葉で安心したのだろう。佳苗は安堵している様子だ。

「それは無理だよ。だって、私はあなたに負けるつもりなんか、これっぽっちもないから。」

2人は、お互いに数秒間にらみ合い、視線を逸らした。それを見て、昔も、仲悪そうに見えたがこの二人は意外と息があってたことを思い出した。

「あの、一つ聞いてもいいですか。」

秀明が桐花の方を向いて尋ねた。

「別にかまわないけど、なにかしら。」

秀明は、少し言いづらそうに口をもごもごさせたが、すぐに、意を決したようで、声を発した。

「なんで、蒼奈と戦いたかったんですか。知り合いの様なので、昔負けたことがあるから、とかですか。」

確かに、秀明たちは蒼奈と桐花の事情を全く知らない。なぜ戦いを挑んだのか、不思議に思っても仕方がない。

「負けた、か。そんな理由じゃないわよ。そんなことでいちいち勝負を挑んでいたら切りがない。私は蒼奈に50回以上も負けているからね。はっきりした数も覚えてない。道場で一緒だったころは、何度も挑んではそのたびに負けていたわ。」

桐花は少し懐かしんでいるようだった。懐かしむと言っても、たったの3年前でしかないが。

「じゃあ、いったいなぜですか。」

佳苗もかなり興味があるらしく、話に入ってきた。

「それは、・・・、口では言えないわ。いろいろと、ただいろいろとだけ言っておくわ。それと、あなたも気を付けた方がいいわよ。」

「気を付けるって、・・・いったい何を。」

佳苗たちは、一様に、何を言っているか分からない、というような様子だった。しかたない、俺から少し言っておくか。

「忘れたか。蒼奈の気に入ったやつに対しての行動を。たかがあいさつが、頬にキスだぞ。」

「あー、そう言えば、そうだったかも。」

ジャンが思い出したように言った。佳苗と秀明も思い出した様子だ。

「そんなあいつだ。さらに発展したらどうなるか、想像してみろ。まあ、おすすめはしないが。」

俺は、背後から肩をたたかれて振り返った。そこには、いつの間にか桐花が立っていた。すごい暗い表情で。

「青治、それ以上は言わないで。思い出したくもないんだから。また、同じようなことになると考えると、鳥肌が立ってくるわ。」

「大丈夫だよ。あいつ、今は別にかなり気に入ってる奴いるからな。お前の心配も杞憂だよ。最初から、戦う必要なんてなかった。」

俺の言葉でかなり安心したようで、桐花の表情が一気に明るくなった。

「そうか、それならよかった。」

桐花は視線を俺から佳苗に変えた。

「まあ、せいぜい気を付けることね。先輩からのアドバイスはそれだけ。あの子に抵抗は無意味だからね。」

佳苗は、不安そうな表情で、ただこくりとだけ頭を縦に振った。

そして、桐花は手を振りながら裏庭を出て行った。

蒼奈は、俺たちの会話に気づく様子もなく、未だに碧と抱き合って笑っていた。

「さて、俺たちもそろそろ帰ろうか。今日はかなり遅くなったからな。」


夕食を済まし、さらに碧への説教も終えて(蒼奈の介入によって)、俺は自分の部屋に戻ってきていた。

今までもいろんなことはあったが、今日は特にいろいろなことがあった。自分的には、五年前のあの日の次に大きな転機になったと思う。

最初は竜の渓谷での討伐クエストから始まり、ギルドを作ることになり、神獣と戦ったり、果ては桐花と碧による狂言誘拐、一日で起きたことにしてはあまりにも多いように思える。

しかし、これほど早くギルドを作ることになるとは思ってなかった。ギルドを作るとしたら、あいつがアリスがこっちに帰ってきてからのつもりだった。

だが、あいつもあいつでかなり忙しいだろうし、今回のことがなければ永遠に作ることもなかったかもしれない。

「蒼き翼か。」

このギルドはどこまでいけるだろうか。それは、俺たち次第だよな。でも、このギルドはいつか大きくなる、俺はそんな予感がしていた。

竜の渓谷で見た少女、永久氷塊、神獣がいた謎と、気になることはたくさんあるが、今の俺たちではどうしようもないことだ。

隣の部屋からは物音一つしない。蒼奈のやつはもう寝たのだろう。寝起きは悪いが、寝つきはいい奴だからな。

ギルドができたことで、これからの戦いでは苦労などがかなり増える気もするが、多くの仲間と冒険ができることだし、

「楽しみだ。」

明日も学校があることだし、そろそろ俺も寝るとしよう。明日の朝も蒼奈を起こしてやる必要があるかもしれないからな。

俺はベッドに入り目を瞑った。その途端、眠気に誘われ俺の意識は途切れた。


「やっぱり、グリフォン程度じゃ相手にならないわよね、あの二人には。あなたもそう思うでしょ、シェイド。」

「当たり前だろ、彼らにはウンディーネが付いてる、神獣程度が相手になるはずない。」

少女は肩に精霊を乗せて一人草原に立っていた。激しい雨にもかかわらず、傘も差さずに。

周りには、数人の男が血を流して倒れている。少女の左手には一丁の銃が握られていた。

もちろん、ここは現実世界などではなく、アナザーアースの中だ。

「きさま、よくも仲間を。」

一人の男が岩の後ろから姿を現した。おそらく、倒れている男の仲間と思われるその男は、手には大きな剣を持っていた。そして、その男は剣を構えて、少女に向かって突撃しようとした。

バンッ

一発の銃声と共に、その男は剣を地面に落とした。だが、まだ立っている、死んではいない。

撃たれたのは手のようで、血の流れる手を抑えている。

「相手に、ならないわね。さようなら。」

少女はいつの間にか男の目の前に立っていた。

そして、次の瞬間右手を振るった。直後、男は血を流して地面に伏した。少女の右手には血の付いた剣が握られていた。

「フフッ、次はいったい何が起こるかしら。楽しみよね、青治。あなたならどうするか、私も楽しみよ。次会える時を、楽しみにしてるわね。」

周りの男たちには目もくれず、少女と精霊はその場を後にしていった。

どうも、伊藤真之です。

青き翼の覇者ブレイカーズ双青は無事完結です。ようやく一つ目が終わり、ちょっとした達成感を味わっています。出来がいいわけでもないのに。

読者の皆様、今回の作品はどうでしたか。竜の渓谷の奥では、まさかの神獣との戦い、最初からハードすぎましたよね。そこは青冶と蒼奈が強すぎるので仕方ないと思っていただきたいです。

それから、碧の誘拐事件、あっさりと終わりましたよね。物足りないと思った方もいたかとしれません。学園五指と言っておきながら双青の二人には全く手が出ない人たちばかりでしたね。

それにしても、二人はなぜそれほどに強いのだろうかと思った方もいらっしゃると思います。その秘密は後々明らかになりますので、ぜひ今後も見てください。

では、前回と同じように次回予告で締めさせていただきたいと思います。

次回のサブタイトルは白雪です。これだけで話の内容が少し見えてきた方もいるのではないでしょうか。お思いの通り、次回は謎の氷使いの少女雪を巡った話になります。

真弥についてはどうなのかという方もいると思いますが、それはまた次ということで。代わりにはなりませんが、双青の過去も少しばかり出てきますので、そちらで我慢していただければと思います。

このぐらいで次回予告は終わりにしましょう。

今までのとは違いまだ完成していないので、次作の投稿までだいぶ時間がかかると思いますので、その点はご了承ください。

読者の皆様、これからもよろしくお願いします。

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