双青(2)
「どうしよう、どうしよう。ねえ、青治。碧が、碧が。」
蒼奈は泣きそうな顔をして、いきなり俺の部屋に飛び込んできた。
鍵が付いていないからと言って、勝手に入ってくるのは止めてもらいたいものだ。しかし、何度言ってもやめないのだ、こいつは。
「そんなに慌てるな、少しは落ち着け。いつものことだろ。大したことはないって八重さんも言ってただろ。頼むから、いいかげんに慣れてくれよ。すぐあれを持ってくから先に行ってろ。」
「わ、分かった。すぐに来てよね、すぐだからね。」
そう言い残して、蒼奈は部屋から出て行った。
「わざわざ二度も言わなくたって聞こえてるよ。」
俺は小さな声でそう呟きながら、熱冷ましを探した。俺の部屋にあるのは、俺が「アナザーアース」にダイブしている最中に使うことが多いからだ。特に夏に。
そして、それが必要であり、蒼奈が慌てているのは、碧がまた熱を出して倒れたからだ。
碧のことだから、学校ではどうにか我慢して、家に着いたらすぐに倒れたのだろう。早退すればいいのに、妙なところで意地っ張りなところがあって、家以外では弱いところを見せたがらない。
こんなことはよくあることだ。大体一か月に一度くらいの頻度で。
碧は生まれつき体が弱く、よく熱を出して倒れるのだ。体が弱いとは言っても、日常生活に支障が出るほどのものではないが。ただ、少し病気にかかりやすい程度に過ぎない。
それなのに、蒼奈は毎回のように慌てて取り乱す。まあ、それだけ蒼奈のやつが碧のことを思っているということだろう。
「お、見つけた。」
少し前のやつだが、問題はないだろう。食べ物じゃあるまいし。
俺はそれを持って、一階の寝室へと向かった。
「ほら、貼ったぞ。これで安静にしておけば大丈夫だろう。」
俺が熱冷ましを貼り終えると、蒼奈も少しは落ち着いたようで、慌ててはいなくなったようだ。
これだけで落ち着きを取り戻せるのなら、最初から慌てないでもらいたい。熱冷ましを貼ったら熱が絶対下がるというわけではないのだから。
「これで大丈夫だよね。碧が倒れたって聞いて取り乱しちゃったな。」
こいつは熱冷ましを貼れば熱が下がると思っているようだ。本当は、八重さんの与えた解熱剤のおかげなのだが。こいつはそれに気づいてないようだ。
まあ、こいつは碧とは対照的で健康優良児で、熱を出したことなんて一度もないためか、解熱剤の存在自体を知らないようだが。
「蒼奈はいつも碧には優しいわね。きっと碧もうれしいに違いないわ、優しいお姉さんがいて。」
八重さんが夕食を作りながら話しかけてきた。それを聞いて、蒼奈は少し恥ずかしそうだが、うれしそうな顔をした。
八重さんについて、怒ると怖いというイメージはかなり強い。まじで、実際に体験すればそう思うのがよく分かるだろう。
だが、普段の八重さんはとても優しい。俺たちは、親代わりとして最高の人だと思っている。
八重さんも、もとは「アナザーアース」のトッププレイヤーだったらしい。昔調べてみたことがあるが、本当だった。
ある大規模戦闘で大きな活躍をしたが、そのために敵に狙われ、やられたらしい。こっちに関しては、本当かどうかはよく分からない。
「蒼奈、碧を見ていてくれ。俺は八重さんの手伝いをする。」
「うん、分かった。ちゃんと見てるよ、目は離さないから。」
いや、そこまではしなくてもいいと思うのだが。まあ、任せておけばいいか。俺は手伝いに専念しよう。
ぼくが目を覚ますと、側にはお姉ちゃんがいてくれた。頭がほんのり冷たい、きっとお兄ちゃんが熱冷ましを貼ってくれたのだろう。
ぼくはいつもうれしくなる。お兄ちゃんとお姉ちゃんの優しさが感じられて。
でも、悲しくもなる。ぼくのせいで今日やるはずだった竜の素材集めの続きは、延期になってしまったのだろうから。
ぼくはこの体が恨めしい。この体のせいでお兄ちゃんやお姉ちゃんを困らせてしまう。強い体だったら、こんなことでお兄ちゃんやお姉ちゃんを困らせることもないのにと、いつも思う。
お兄ちゃんは、家族なんだから困らせるのは当然だと言ってくれるし、お姉ちゃんはぼくが迷惑だなんてことは全くないと言ってくれる。
ぼくは、体以外はとても恵まれているのだろう。
だから、ぼくはこの体までは望まない。恨めしくは思うけれど、身体が弱い分、別のことで恵まれていると思えば辛くはない。
きっと、いつものように明日にはよくなるだろう。そしたら、また三人で冒険ができるはずだ。今は安静にして早く良くなろう。
ぼくは、誰かに気づかれる前にもう一度目を瞑った。そして、再び眠りについた。
私にはどこからか声が聞こえる。
誰もいないはずなのに声が聞こえるのだ。しかも、蒼奈さんや渚さんらがその声と話しているような気がしたことさえある。幻聴に違いないのに、なぜそう思えてしまうのだろうか。
その声は、この世界「アナザーアース」でしか聞こえない。現実世界で聞こえたことは一度としてない。
しかも、その声はある特定の人の側で聞こえる。主に蒼奈さん、そして渚さんだ。
今までも町中で時々聞こえる音はあった。しかし、ここに来るまでは、特定の人の側でよく聞こえるということは知らなかった。新しい発見だ。
いつ頃からだろうか、幻聴が聞こえるようになったのは。いや、この世界に来た時からなのだろう。ただ、私が意識していなかっただけで。
初めて声を意識したのは五年前のことだ。町でいつものように母と歩いていたら、突然聞こえてきた。内容は全く覚えていないが、声は覚えている。若い男性の声のようだった。でも、人間とは少し違うような気がした。
母や父にも相談して、いろんな人を頼ってみた。しかし、この現象の理由を知る者はだれ一人としていなかった。私は一生この幻聴を聞きながら生きなければならないのだろうか。この世界で生きる限り。
それはいつどこで聞こえても変わらない。人間のようだけどどこか違う声、なぜこんな幻聴が聞こえるのだろうか。
その声は変わるときもあるが、特定の相手の側ではいつも同じ声だ。
例えば、渚さんの側では少年のような声で、蒼奈さんの側ではとてもきれいな女性の声。
蒼奈さんの側にいる時に聞こえる声は、他の人の側で聞こえる声とは違う感じがする。似た感じはするけど、格が違うといった感じがするのだ。もしかしたら、蒼奈さんのイメージと重なっているのかもしれない。その通りなのだから。
私がそんなことを考えていると、また幻聴が聞こえてきた。
「まさか双青がやってくるとはな。これからどうするつもりなんだ。」
今回の幻聴は若い男の声だ。初めて聞いた声よりも高貴な感じのする青年のような声だ。
最近は声だけでいろんなことが分かるようになってきた。しかし、どうせ幻聴なのだから意味なんてないのだろう。
私がそんなことを考えながら歩いていると、教室の前についていた。
教室に入ると、ほかの皆は既に来て話をしていた。
今日も楽しい学校生活を過ごそう。私は幻聴のことは忘れ、皆の話に加わった。
ぼくが目を覚ますと、そこはいつものぼくの部屋ではなかった。
「そうか、僕は昨日熱を出して倒れたんだっけ。」
ぼくは体を起こして、おでこに付いていた乾ききった熱冷ましをはがしてゴミ箱に投げ込んだ。それはきれいにゴミ箱の中に入っていった。
昨日よりもかなり気分が楽だ。お兄ちゃんやお姉ちゃんのおかげで熱が下がったのだろう。
ぼくは立ち上がって部屋を出ようとした。
その時、ちょうどよく八重さんが部屋に入ってきた。
「起きていたのね、碧。気分はどうかしら。よくなった。青治と蒼奈はもう学校に行っているわよ。」
「うん、昨日よりもすごくよくなってる。体もだるくないし、快調だよ。」
僕がそう答えると、八重さんはポケットから体温計を取り出した。ぼくは八重さんの考えを察した。
「それはよかったわ。でも、念のために熱を測っておかないとね。自分では大丈夫なつもりでも、大丈夫でないという時も意外とあるのだから。」
ぼくは八重さんから体温計を受け取ると、言われたとおりに熱を測った。結果は数秒で出た。
体温計に映っている数字は36℃、もう熱はないようだ。
昔の体温計は、結果が出るまでに何分も待たなければならなかったらしい。そんな不便な頃に生まれなくてよかったと思う。
でも、よく考えれば、体温計のなかった時代もあるはずである。電気も水道もなく、狩りをして暮らしていたころが。そんな時代よりは、体温計のある時代の方がまだましだろう。
もし、ぼくがその時代に生まれていたら、生きていけなかっただろう。ぼくが自由に動けるのは、あの世界だけなのだから。
「では、昼食でも食べましょうか。食欲の方はあるかしら。」
八重さんに言われてぼくは気づいた。昨日の昼から何も食べていなかったことを。給食は食欲が出なくて、手を付けなかったから。
そして、意識するとすごくお腹がすいてきた。
人間の体は不思議だ。昨日は全く食欲が湧かなかったのに、今日になるとすごいお腹がすいているなんて。
「うん、すごくお腹すいてる。だから、大盛りでお願い。いいよね。」
八重さんは笑顔で答えてくれた。八重さんも心配はしてくれていたのだろう。だから、ぼくの体調がよくなって、笑顔になってくれたのだろう。
「はいはい、分かったわ。今持ってくるから待っててね。念のために、今日の学校はお休みにしておくわね。もう、12時過ぎになってることだし。」
八重さんは昼食、おそらくいつもの卵粥を取りに、台所の方へ戻っていった。あれは、ぼくの好きな食べ物の一つだ。熱を出したときやその後はいつも八重さんが作ってくれる。
きっと、あっちの世界でも八重さんは料理が上手にできるのだろう。もしかしたら、八重さんは料理のスキルを身に着けていたかもしれないと、ぼくは思った。
卵粥が運ばれてくると、ぼくは数分でたいらげた。
ぼくは熱を出して食欲がなくなることが多いが、普段はかなりたくさん食べる方なのだ。たぶん、お兄ちゃんと同じくらいは食べられるだろう。決して、お兄ちゃんが少食というわけではない。
体調はもう万全のようだ。少しリハビリも兼ねてあっちの世界で狩りでもしてきてもいいかもしれない。
でも、八重さんは許してくれるだろうか。八重さんも僕の体調のことはよく分かっているはずだ、きっと許してくれるだろう。
ぼくがリビングの方に出ていくと、八重さんはちょうど出かける前だったようで、いつもの買い物袋を持っていた。
小さいころはよくついて行って、あの袋を持ったりしたものだ。さすがに学校に行かないで出かけるのはだめだろうから、今度ついていっていいか聞いてみることにしよう。そんなことよりも、今はそれ以上に聞かなければならないことがあるのだ。
「ねえ、八重さん。体調も良くなったし、少し体を慣らすためにあっちの世界にいって来てもいいかな。無茶だけは絶対にしないから。」
八重さんは、少しの間、ぼくのことをじっと見つめていた。
「そうね、体調の方は大ジョブだと思うけどね。でも、病み上がりで、青治も蒼奈もいないのよ。いったいどこに行こうと考えているの。」
どこに行くか、考えてなかったな。でも、無茶はしないって言ったし、あまり厳しいエリアに行くのはよくないだろう。それ以前に、却下されるだろう。
でも、簡単すぎるエリアでは体慣らしにもならない。あの辺りがいいかもしれない。ぼくはちょうどいいエリアを思いついた。
「昭和新山はいいかな。あの迷宮はあまり広くないし、迷いにくいし。だめかな。」
八重さんも、元トッププレイヤーなのだから、あのダンジョンのことはよく知っているだろう。だからこそ選んだのだ。知らない場所よりもいいと言われる確率は高いだろうと考えたわけだ。
「まあ、あそこならいいかしら。碧なら問題ないだろうし。しかし、くれぐれも気を付けて行かないとだめだからね。万一のことがありえるんだから。あの世界では。そこのところは、よく承知しているでしょ。」
ぼくは表面上穏やかに装ったが、心の中では何度もガッツポーズを上げた。
「うん、分かってる。気を付けていってくるね。八重さんも気を付けて出かけてね。」
ぼくはどうにか気持ちを抑えて、ゆっくりと階段を上がった。
八重さんに内心を知られたくないのもあったが、また体を壊してしまうことを、恐れているということもあった。
今日の最後の授業は数学だった。レベルの方はそれほど高くはない。
いくら名門校と言っても、「アナザーアース」の中の学校だ。現実世界の一般の進学校に比べれば、レベルが低いのは当然なのかもしれない。
昨日はレクリエーションでほとんどの時間を使っていしまったために、今日は偶然なかったが、普段は毎日実技の授業があるらしい。碧から聞いたことなので、間違いはないはずだ。
私たちにとっては高校レベルの実技などお遊びのようなものだろう。勉強だって、中学で有名私立に勧められていた私と青治にとっては、難しいはずもなかった。
この分なら、仕事で学校に来られなくても大丈夫そうだ。
青治も余裕のようで、思いっ切り寝ている。私たちはそれでもいいのだろう。
私も寝ようかな。でも、私って一度寝ちゃうとなかなか起きれないからな。こういう時は、寝起きのいい青治が少しうらやましくなる。
しかたない、私は私なりに授業を楽しもう。そう思って、私は佳苗ちゃんの方を向いた。
佳苗ちゃんは私たちとは違って、いたって真面目に授業を受けている。先生からすれば優等生だろう。
中学の頃も、私たちはあまり真面目に授業を受けていなかった。それでも、成績の方だけはかなり良かった。
私たちは手を掛けなければ優等生だっただろう。そのためか、二年生になったあたりからは、私たちが授業中に何をしていようと、どこに行こうとも先生たちは何も言わなくなった。
それはそれで気が楽なのだが、学校というものの意味がないのではないかと思ってしまう。いや、実際にそうなのだろう。やっていた本人が言えることではないが。
しかし、八重さんがいることもあって、私たちが学校に行かなくなることはなかった。
この学校でも、私たちは同じような立場なのかもしれない。だが、大きく違うことが一つだけある。
友達がいることだ。
学校に来れば、佳苗ちゃんや渚ちゃんに会うことができるし、学校に来るのが面白いと思うようにもなった。
ここに来る前はただ退屈なだけの場所だと思っていたけれど、ここでの三年間は思っていたよりも楽しめそうだ。
きっと、今の碧は昔の私と同じなのだろう。私は、碧の話を聞いたときそう思った。
学校はただ行くだけの場所で、そこに行く意味は何もない。ただ、行かなければいけないから行っているだけ。
それは、八重さんや青治も分かっている。だから、碧に対して友達を作るように言っているのだろう。学校を意味のある場所にするために。
実際、私と違って青治は中学校も楽しんでいたような気がする。クラスの連中とつるんでいろんないたずらをしたり、意味もない話をしたりと、私にはどれも楽しんでいるように見えた。
青治は気づいていたのだろう、学校を意味のある場所にする方法を。私にも教えてくれればよかったのに。いや、私が聞かなかったのだろう。あんな場所で楽しめるはずがないと信じ込んでいたから。
でも、今の私にはよく分かる。
そうだ、この気持ちを今度、碧に教えてあげよう。そうすれば、碧も分かってくれるかもしれない。前の話だけで納得したとは言い難いのは、私自身よく分かっていることなのだから。
その時、授業終了の鐘の音が鳴り響いた。
考え事をしている間に授業が終わったようだ。あれ、今の時間ってなんだったかな。後でちょっと青治に聞いてみよう。いや、寝ていた青治よりも佳苗ちゃん辺りに聞くべきだろう。
今日で、竜の行動変化から一週間か。これ以上エリアを封鎖し続けるのが厳しいのは、仕方がないか。
俺は授業終了後に、ちょうどよく電話をかけてきた人物、竜の渓谷に現れた謎のMobの退治を依頼してきたやつに、エリア封鎖が厳しくなってきたという報告を受けた。
ちょうどよくというよりは、知っていたのだろう、授業の終わる時間を。奴の孫もこの学園にいるのだから。
「つまり、今日中に依頼を達成して欲しいってことか。そのMobのことを話して混乱させるわけにはいかないからな。でもな、今日は碧が無理そうだからな。敵の正体が不明の中行くのは、かなり厳しい条件だな。」
そう、碧の使うスナイパーライフルによる敵の早期発見や、先制攻撃はかなり重宝しているのだ。代わりになるような奴なんて、ほかにいるとは思えない。
どうしても二人で行くしかないのだろうか。かなり厳しい事態が予想される。
「そうか、あの司書ちゃんがだめか。じゃったら、そこにいるわしの孫娘あたりでも引っ張って、連れて行ってもかまわんよ。わしの方から話はとおしておくから。」
容赦ねえな。自分の孫を、どう見ても危険な場所へ連れて行ってもいいとか。いや、自分の孫、渚のことを過大評価しているだけなのか。
どちらにせよ、あの渚が俺たちに手を貸してくれるとは思えないのだが。
「それでもいいが、そんな場所に行かせていいのか。大事な孫娘じゃなかったのかよ、渚は。天宮の爺さんよ。」
「渚はなかなかやる子じゃぞ。実力なら心配はいらん。わしが保証する。それに、ほかにも友達が居ったはずじゃろ、そろそろギルドを作ってもいいころじゃないか、芳清君も高校に入ってギルドを作ったはずだったぞ。」
そういや、爺さんは親父とも知り合いだったな。
親父が高校でギルドを作ったか。確かに、ここであったやつらは他のやつとは違って俺たちの力をあてにしているわけではない。
そんな奴らとチームを組めるのは今しかないかもしれないのだし、少し訊いてみるか、俺たちでギルドを作らないか、と。
だが、ギルドの名はどうすべきだろうか。後でみんなで話し合うか。
「考えてみるよ。じゃあ、仕事の方は任せてくれ。」
俺はそう言って、一方的に電話を切った。
そして、俺は皆が待っているだろう教室へと戻っていった。
ぼくは昭和新山の麓まで来ていた。
歩いていたら何十日、車を使ったとしても数日、飛行機でも数時間かかるような場所に、この世界では一言唱えるだけで数秒で来られる。
このシステムがなかったら、こんなところへはそうそう来られるものではなかっただろう。
「少し寒いなー。やっぱ北海道だね、もう少し厚手の装備にすればよかったかな。でも、この世界では風邪をひくことはないし、大丈夫かな。」
そうは言ったものの、寒いものはやはり寒い。周りの山の頂上には、春なのにまだ雪が残っているところも少なくない。
最近来てなかったからか、北の大地を甘く見ていたみたいだ。こういう時は、アイテムでどうにかするのが一番だ。
ぼくはアイテムストレージから厚手のコートを取り出した。念のために持ってきておいたのが功を奏したようだ。
コートを羽織ると寒さはだいぶ軽減された。これなら問題なさそうだ。コートのせいで動きは少し遅くなるけれど、そこまでの文句は言っていられない。
ぼくは昭和新山の麓にぽっかりと空いた洞窟に近づいた。
ここが昭和新山に存在するダンジョン、仲は氷で覆われており、極東帝国で3番目に寒いと言われているダンジョンだ。
ダンジョンにしては比較的狭く、Mobも一部を除けば、それほど強い相手ではない。主に中級者、商人プレイヤー向けのエリアだ。
ぼくはゆっくりと洞窟に入っていった。
ダンジョンの中は、火も何もないのに意外と明るい。お兄ちゃんによると、日の光が氷の表面で反射することで奥の方にまで光が届いているためらしい。
ただ、氷に光が反射するため周りの氷にぼくの姿が映り、まるでミラーハウスにいるような印象を与える。それが、いかにも何かが出てきそうな雰囲気を醸し出している気がする。
こんなところでぐずぐずしていたら日が暮れてしまう。急いでやつを探し出そう。
ぼくはそう思って洞窟の奥へと走った。
「本当なのか、あの双青の妹が一人でここに入っていったっていうのは。確か、ここは中級者用のエリア。いくら双青の妹と言っても、まだ子供じゃこのぐらいのレベルか。よし、動くぞ、野郎ども。」
男の号令と共に、総勢七人の男が碧に続き洞窟へと入っていった。
おそらく、碧を狙っているのだろう。碧を利用して双青からアイテムでも奪うつもりだろう。
確か、そんなギルドを犯罪ギルドと呼ぶんだったかな。そんなことはどうでもいいか。まずは連絡だ。
「姉さん、予定外の事態だよ。犯罪ギルドが碧の後を追っていったみたい。どうしたらいいかな。」
姉さんから答えが返ってくるまで、数秒の網があった。きっと、どう動くべきかを考えているのだろうと思った。
「お前はただ監視をしているだけでいい。手は一切出すな。私の言った通りに、距離を保ったまま監視していればいい。」
俺は姉さんの言葉に反論したくなった。確かに俺と彼女はあまり関わりはないが、学校のクラスメイトである彼女が危険な状況にあるのにかかわらず、放っておくなんて、考えられない。
しかし、俺が姉さんに反論するにはそれなりの覚悟がいる。殺すようなことはなくとも、姉さんのお仕置きはかなり恐ろしい。俺は、そのことをよく理解している。
ただ、何もせず見ているだけというのも、俺の良心が許さない。俺はどうすべきなのだろうか。考えれば考えるほどわからなくなってきた。
「で、でも姉さん、」
俺があいまいな返事を返すと、姉さんは嘲笑した。何もおかしなことを言った覚えはないのだが。
「そいつは仮にもあの双青の妹だぞ。ただの犯罪プレイヤーごと気がどうにかできる相手じゃないさ。お前もよく見ておけ、“精霊司書”の力を。」
確かに姉さんの言う通り、彼女は双青の妹だ。しかし、まだ中学生の彼女がプレイヤー七人を同時に相手にできるとは、俺には思えない。
俺だってそんなことはできるはずもないし、学校で碧のすごさはよく知っているが、碧にだって、できないことはいくらでもあるだろう。
プレイヤーとの戦いは、Mobとの戦いよりもはるかに危険を伴う。プレイヤーはどんな攻撃をしてくるかが分からないし、様々な作戦を考えてくるのもプレイヤーだけだからだ。
しかし、姉さんの口調にふざけている様子は全くない。本気で言っているのだ、彼女が七人のプレイヤーにも負けないと。
姉さんは、彼女のことを、そして、双青のことを俺よりもよく知っている。
昔からの知り合いなのだから、当然のことだろうが。
「俺はあくまで姉さんの協力をしているだけに過ぎない。もし危ないと感じたら、俺は手を出す。いいだろ。」
「別に、それなら構わない。彼女がやられるのは私の本意ではないからな。」
姉さんは即答した。
その口調からは、俺が手を出すことがないことを確信しているように思わせるほど、自分の考えに対する自信が感じられた。
そして、俺は通信を切ると、七人の男たちに続き、洞窟の中へと入っていった。
ここはさほど危険なダンジョンではない。奴ら七人に見つかったり、あの怪物と出合わない限りは大丈夫だろう。
このダンジョンに唯一存在する高位Mob、プレイヤーが30人近くも集まって相手をするような化け物がいる。
そいつと一人で合ってしまえば、生き残ることはかなり難しいだろう。たとえ、姉さんだとしても。
そいつの名はヘルハウンド、またの名を地獄の番犬という。
「それで、俺たちとギルドを作ってみないかってことなんだが、どうだ、入ってみるつもりはないか。」
私と真弥はHクラスに連れてこられたと思ったら、いきなりそんな話を切り出された。
今いるのは、昨日会長らと遭遇したときにいたメンバーだ。
事前に知っていたのは、私と蒼奈だけのようだった。皆の反応を見る限り、それは明らかだった。
それにしても、まさか、あのおじい様と双青の二人が知り合いだったなんて。ありえないことではないとは思うけれど。
しかも、おじい様から直々に依頼を受けるような相手だったとは、露ほども知らなかった。
私のお父様は現天宮家当主の天宮智成叔父様の兄であり、私は天宮の直系ではあるものの、智成様一家と比べれば、前当主である一誠おじい様とのつながりは少ないので、知らなくて当然なのかもしれないが。
しかし、いくらつながりが薄いとはいえ、天宮の一族である以上、おじい様の言葉を無視することなどできない。
私は双青とともにギルドを作ることを決心した。
ただし、おじい様のためだけではない、自分がこれからより強くなるために、天宮を背負っていくのにふさわしい人間になるために、双青とギルドを組むというのは、悪いことではない。むしろ、いいことだろうからだ。
二人の実力は昨日よく見ている。私では勝てるか分からないが、あの二人にとっては生徒会長など、学園五指など敵ではないのだろう。キングという男を除けば。
おじい様は私によく言った。強くなるために大切なのは、努力と、そして、心だと。きっと、あの二人の心を知ることで私はもっと強くなれる、そんな気がするのだ。
「渚が決めたなら、ぼくは止めないよ。でも、後悔はしないでよね。ぼくも全力でサポートするから。」
空が傍にいてくれるので、私は新たな挑戦も恐れずにしていける。私の無二のパートナーだ。
「うん、ありがとう。」
私は小さな声でつぶやいた。
まだ驚いている皆は気づいていないようだった。
もしかしたら、双青の二人は気づいているかもしれないが、あの二人なら別に問題はないだろう。
私が青治に言われたのは、ついさっきだった。まあ、青治があの人のそれを提案されたのも、ほんの少し前なのだから仕方ない。急な話だが、許すとしよう。
それに、渚ちゃんや佳苗ちゃんとギルドを組めるというのは、私にとっても悪いことではない。いや、むしろいいことだ。
でも、まだギルドの名前が決まっていない。正しく言えば、名前を考えるのが面倒だったので、今まではパーティーで済ませてきたのだ。名前など、決まっているはずもない。
青治が話したとき、皆、渚ちゃんは知っていたようだから除くけれど、私が聞かされた時以上に驚いていた。
まあ、私は青治と組むことにはすっかり慣れているので、それほどの驚きもなかったのだろう。
あまりギルドを作るのに乗り気ではないが、このみんなとなら構わないと思える。
それに、ギルドは一人一つしか入れないから、ギルドを作ることで、今までのようにギルドの勧誘を受けることもなくなると考えれば、潮時なのかもしれない。
(ねえ、ウンディーネはどう思う。ギルドを作るのは。賛成、それとも反対。)
ウンディーネは珍しく悩んでいた。この世界に関することなら、知らないことはほとんどないはずなのだが。おそらく、個人的な感情などがかかわってくることだからだろう。
「私の考えですが、作ってみるべきではないでしょうか。折角のいい機会ですし、人間のことわざには、やらずに後悔するよりやって後悔した方がマシと言いますし、どうでしょうか。」
ウンディーネが物知りなのは知っていたが、人間世界のことわざまで知っているというのは初耳だ。
いったい、どこから知識を取り入れているのだろうか。スーパーコンプュータなんかから取り入れているのではないのだろうか。もしそうなら、きっと計算速度はかなり早いだろう。今度試してみようかな。
(でも、人間のことわざには後悔先に立たず、というのもあるけどな。)
青治はからかうように話に入ってきた。
言っていることに間違いはないが、態度からからかっているだけだと、なんとなく分かる。
青治は提案した本人なのだから、本気で否定的な意見も言うはずがないだろうし。考えてみれば当然のことだ。
しかし、ウンディーネはかなりあわてているようだった。もう一度意見を考え直しているのだろう。律儀なものだ。
ウンディーネは、知識がある割には、人の感情を読むことがかなり苦手なのだ。そのため、からかっていったことでも本気にしてしまうことが多々ある。それを知っていてやるのだから、青治も人が悪い。
(ウンディーネ、気にしなくていいよ。青治はただからかってるだけだから。)
ウンディーネは、私の言葉で安心したようで、肩を撫で下した。
「そうだったのですか。私もまだまだですね、人の感情も読めないなんて、私はやはり未熟です。もっと精進しなければ。」
ウンディーネは、何にでも努力する。人の感情を読み取ることも、顔に出ていることならある程度はできるようになった。成長しているのだろう。
青治はこれを不思議だと言っていた。
青治曰く、従来のNPCというものは、決められた動きをただこなすだけで、感情や性格のようなんのはもっていないらしい。その最もたるものがMobだと。確かに、Mobはそんな感じだ。
それに、ウンディーネは人間と変わらない感情や性格のようなものがあるというのは、私自身も常日頃感じている。しかし、これはウンディーネだけでなく、妖精、精霊と呼ばれるこの世界唯一のMob以外のNPCすべてに共通するものだ。
NPCが存在しないはずのこの世界で、それらが存在するのは、そこに関係するのではないかと私は思っている。
妖精や精霊は人間と変わらない感情や性格を持ち、プレイヤーと変わらない力を持ち、主のサポートもできる。だから、この世界でも存在できたのだろう。
しかし、この存在を知らない者は、知る者よりもかなり少ない。
その理由は、妖精も精霊も主以外には見ることも、声を聴くこともふつうはできないからだ。
それは、索敵や聴力強化のスキルを持っていても変わらない。
特に、精霊を知らないものは多い。
精霊は妖精よりも数が少なく、世界に数体と言われている。それぞれ力が異なり、同じ力を持つものは存在しない。そして、その精霊自体は妖精よりもかなり高位らしい。そのため、心の中で話しかければ、こちらの言ったことが分かるらしい。
そして、このウンディーネは精霊の一体、水の精霊と呼ばれている。
ウンディーネの考えにしたがって、私もギルドを作ることに賛成しよう。碧に私たち以外の人とかかわらせるのにも、ちょうどいい機会になりそうだし。
もしかしたら、青治も同じようなことを考えて決めたのかもしれない。
あの爺さんも曲者だが、私が思うに、青治ほどの曲者は他にいないだろう。実の双子の兄なのに、何を考えているのかはさっぱり読めないことも少なくはない。戦っている時の考えはよく分かるが。
それなのに、私の考えていることが、青治には分かっているように感じる時もよくあるのだ。
それはあの人も同じだが。
青治さんに呼ばれて集まったけれど、まさか、ギルドを作らないかと誘われるなんて、予想外だった。
決して嫌なわけではない。むしろ、うれしいくらいだ。でも、私なんかがあの双青と同じギルドなんて、恐れ多い気もする。
私たちはすぐには何も言えず、ただ呆然としていた。いきなり言われれば誰でもそうなるのだと思い、少しばかり安心した。私だけじゃなくて良かったと。
呆然としていた私の耳に、再び幻聴が聞こえ始めたのを認識したのは、青治さんの言葉のすぐ後だった。
その声は、いつも渚さんの側で聞こえる少年のような声と、蒼奈さんの側で聞こえる女性の声だった。
その内容は、まるで今の話を聞いていたようなもので、渚さんが口を動かして何かを言っているのを見ると、まるで話をしているように思える。入学式の時と同じだ。
渚さんが私たちの方を見たので、どうにかぎりぎりで目をそらした。
渚さんは私に見られていたのを気づく様子もない。渡井はほっとして息を吐いた。
しかし、これは本当にただの幻聴なのだろうか、最近疑うようになってきたが、今回のことでそれは確信へと変わった。私に聞こえているのは、幻聴ではない、おそらく渚さんや蒼奈さんといる何者かの声なのだろう。そうならば、今までのことにも説明がつく。
しかし、私に聞こえる声はいったい何の声なのだろうか、私はそっちに興味がわいてきた。
でも、今はギルドのことだ。この話が終わった後で二人に聞いてみればいい。
もちろん私は入るつもりだ。皆はどうするつもりなのだろうか。
「僕は賛成かな。この学校で友達になれた皆と一緒にギルドを作るって、素晴らしい考えだと思うよ。」
最初に言葉を発したのはジャンだった。
渚さんと蒼奈さんは既に決まっているように見えるが、おそらく、先に知っていたのだろう。
「わ、私も賛成です。皆さんとギルドを組めたら、もっと楽しく過ごせると思うから。それに、皆さんはともっと仲良くなりたいから。」
ジャンが先に行ったことで、私は緊張が少しほぐれて、どうにか自分の意見を言うことができた。おそらく、今、私の顔は緊張で真っ赤になっていることだろう。
「俺もいいぜ。面白そうだしな。」
秀明は今まで呆然としていたのが嘘のように、昨日と同じような調子で言った。
後、まだ言っていないのは真弥だけだ。渚さんも言っていないが、反対はしないだろうと考えられる。
「あんたはどうするんだ。真弥っていったか。自由に決めていいぜ。」
青治に促されてか、真弥はゆっくりと口を開いた。
「私は、・・・別にかまわない。特に問題はないからな。」
私は顔には出さないようにしたが、内心ではすごくうれしかった。
真弥とは折角友達になれたのに、クラスが違うため普段はあまり会えないと考えられたから。
でも、同じギルドに入っていれば、一緒に活動することができると思われる。
私がじっと見ていたためか、真弥は私の府を向いた。そして、にっこりと微笑んだ。
もしかしたら、隠しきれずに顔に出てしまっていたのかもしれない。でも、別にかまわないと思えた。友達なのだから、気持ちを知られてもどうってことないだろう。
「全員大丈夫ってことでいいな。それじゃあ、ギルドの名前を決めるか。何か意見はないか。何でもいいぜ。」
「わ、私まだ何も言ってないよ。勝手に大丈夫にしないでよ。」
すかさず渚さんは反論した。
確かに、渚さんはまだ何も言っていない。
青治さんは、一歩渚さんに近づくとその肩に手を乗せて言った。
「そうか、お前があの爺さんに逆らうとは予想してなかった。お前は入らないってことだな。そう伝えておくよ。」
青治さんにそういわれると、渚さんは怯えたように、一瞬体を震わせた。
渚さんの言うおじい様、青治さんはあの爺さんと、知り合いのような言い方をしている人物、それは、おそらく前天宮家当主、現在は現役を退いたものの様々な活動をしていると言われている、あの天宮一誠のことだろう。
渚さんがあれほど怯えた様子を見せるなんて、そんなに恐ろしい人なのだろうか。
私が話できた限りでは、親を亡くした子供や、「アナザーアース」で死んでしまった人の支援を行うなど、優しそうな人物というイメージがあるのだが、家族からすれば、最も敬うべき人物であり、その言葉に逆らうことはできないのかもしれない。
「入らないなんて、一言も言ってないよ。ちゃんと入るつもりだよ。でも、まだ何も言ってないのに、勝手に決めないでよって言ってるの。」
「お前の言いたいことはよく分かった。だが、特に反対じゃないのなら、何も言う必要はなかったと思うけど。俺の言ってること、何か間違ってないと思うぜ。」
渚さんの反論が止まった。渚さんは青治さんから視線を逸らして、うつむいた姿勢になった。
「そんなに心配するなよ、爺さんにはお前がちゃんと参加したって伝えておくからな。それでいいんだろ。」
青治さんにそういわれると、渚さんはうつむいたまま頷いた。
後は、ギルドの名前か。てっきり決まっているものだと思っていたが、とくには決まっていないらしい。
どんな名前がいいのだろうか。私たちのギルドの名前だ。他人に聞かれても恥ずかしくないものにしたい。
しかし、そう思えば思うほど、なかなかいい名前というものは浮かんでこない。お母さんのギルドの名は「赤い十字」といったはずだ。これは昔の医療機関を表すマークのことらしく、医療ギルドであるお母さんのギルドとして相応しい名前だと思う。
では、私たちのギルドとはいったいどんなギルドなのだろうか。
まず、私たちは学生である。そして、あの双青のいるギルドでもある。そして、誰一人例外なく、初めてのギルドであるということくらいではないだろうか。
これらのことから考えられるもの、青、旅立ち、若い、始まり、学校など、いろいろあげられるが、どれもいまいちしっくりこない気がする。
いくら双青でも、こういうことまでは得意ではないのだろう。この世界に完璧な人間などいるはずがないのだから。
それにしても、私は何にもできないなんて、こんなんじゃダメなのに。どんなに思っても、いきなりできるようになることなんてないのだけれど。
「こんなのはどうだろう。」
最初に案を出したのはジャンだった。いったいどんな名前を考えたのだろうか。
ジャンの出した紙を見ると、そこには一言書いてあった。
「蒼き翼」
私はこの名前を見て、とてもしっくりくる感じがした。青というのは双青からとったのだろう。そして、翼が表わす意味は私にも分かった。
それを見ていると、とても素晴らしくふさわしい名前だと思えた。
とは言っても、あとから冷静になって考えると、こんなのでもよかったかも、と思うのが大抵だが。
「ジャン、これにはどういった思いが込められてるんだ。俺たちに教えてくれないか。」
私には、聞かなくても翼という言葉に込められている意味がなんとなく分かった。しかし、蒼(青)という言葉はただ双青から取っただけではないような気がする。蒼(青)の持つ意味には冷静、誠実、真面目などがあったと思うが、どれもしっくりとこない。私もジャンの真意を聞いてみたいと思った。
「分かったよ。まず、これはみんなも分かってると思うんだけど、翼は自由や旅立ち、そして、鳥は群れを成すことから連帯感を表すんだ。それで蒼(青)だけど、今はみんなも知ってる冷静という意味ではなく、海や空の色であることから連想される自由や冒険という意味を込めてみたんだ。どうかな。」
ジャンは、少しばかり照れくさそうにしていた。その気持ちは、私にはよく分かった。
「いいんじゃない。私は気に入ったよ、蒼き翼。すごくしっくり来ると思うし、自由ってところがいいと思う。」
最初に賛成の意を示したのは蒼奈さんだった。
「俺も、いいと思うぜ。」
続いて、青治さんが賛成の意を示した。
その後は、もちろん誰も反論するものはなく、全会一致でギルドの名前は決まった。
そう、ここに完成したのだ、私たちの最初のギルドが。後に、大きな伝説となるギルドが誕生した瞬間だった。この時の私たちには、そんなことは全く知らないことだったが。
青治はすでに準備は終えていたようで、名前が決まるとすぐにギルドが結成された。
初期人数は8人。あれ、一人多いような、私の気のせいではないことだけは確かだ。あの聞こえてくる声に関係しているのかもしれないと私は思った。
「なあ、青治。一人多くないか。俺たちは七人のはずだぞ。」
青治に対して問いかけたのは秀明だった。
他の皆(蒼奈さんを除く)も知らされていないことらしい。
「ああ、これか。俺たちの妹の碧も入れさせてもらったんだ。別にかまわないだろ。」
「まあ、お前たちの妹なら別にかまわないが、大丈夫なのか、俺たちと同じギルドで。まだ、中学生のはずだろ。子供用のギルドとかもあったはずだろ。」
私の考えは的外れだったらしい。
それは置いておいて、私にとってはこの二人に妹がいること自体、初耳だった。秀明はお父さんから聞いたのだろう。
二人の妹さん。いったいどんな子なのだろうか。
蒼奈さんの容姿から考えると、かなり美人な子ではないかと思われる。一度会ってみたいものだ。決して同性愛者だとかそういうことではない。
ちなみに、子供用ギルドとは、まだこの世界に不慣れな子供たちのために、様々な技術などを教える子供塾のようなものだ。極東帝国学園高校ではなく、そこで学ぶ高校生もいるらしい。
「心配はいらないさ。仮にも俺たちの妹だぜ。なめてると痛い目見るぞ。」
「そうかも、しれないな。」
確かに、中学生とはいえあの二人の妹さん、もしかしたら、私よりも強いのではないかと思える。いや、間違いなく私よりも強いだろう。
「でもね、今日はちょっと事情があって休みだから、明日紹介するね。」
今日は会えないのか。そう思うと少し残念だ。しかし、明日には会えるかもしれないのだし、そんなに落ち込むことでもないだろう。楽しみが増えたと考えればいいことだ。
なんだかこれは秀明のような考えの気がする。秀明の前向きさが移ってしまったのだろうか。
いや、ギルドができたことのうれしさで舞い上がっているからだろう。そうであって欲しい。
ギルドの話も一段落したことだし、そろそろあの声について聞いてみよう。
同じギルドのメンバーになったのだし、このくらいのことなら教えてくれるだろう。
謎の声、これは私がずっと悩まされてきたもの。その正体をようやく知ることができるのだと思うと、私は興奮せずにはいられず、心臓がバクバク言っている。すごく緊張してきた。
「あ、あの蒼奈さん。」
「どうしたの、佳苗ちゃん。」
「・・・そ、蒼奈さんの傍で聞こえる女性の声は、いったい誰の声なんですか。」
蒼奈さんは、ほんの一瞬だけ動揺した様子を見せた。
真弥やジャンたちには、何を言っているのかが分からないようだ。
「か、佳苗ちゃんにはウンディーネの声が聞こえてたんだね。ど、どうして、かな。」
蒼奈さんの言葉から察するに、普通の人には聞こえない声なのだろう。
何故かは分からない。でも、私にはその声が聞こえるのだ。
「は、はい。渚さんの傍でも少年の様な声が聞こえます。でも、何の声なのかは分からなくて。」
蒼奈さんはじっと私を見つめていた。
渚さんは驚いた様子で立ち尽くしていた。
もしかして、聞いてはいけないことだったのだろうか。
おもむろに、蒼奈さんが言葉を発した。
「佳苗が聞いたのは、精霊、そして妖精の声だよ。」
「・・・精霊と妖精・・・。」
まさか、ウンディーネの声が聞こえていたなんて、全く気付かなかった。いや、他人に聞こえることがあるとは、思ってもみなかった。青治だって、そんなことは一言も言ってなかったし。
様子を見る限り、渚ちゃんも特に知らないようだ。
私や青治、天宮家さえ知らない力。つまり、特殊遺伝スキルの力。しかも、その中でもかなり特殊なもの、もしかすると、青治や碧のスキルと同じくらいに。
特種遺伝スキルの場合は、本人でもその力を知ることはできない。使って覚えるしかない。
さらに、スキルは属性ごとにはわけられるものの、固有の名前を持たない、遺伝スキルの名前は自分で考えるか、既存の名前を転用することになる。
佳苗ちゃんの力は、精霊や妖精の声を聴く力。しかし、ただそれだけの力であるはずはない。いったいどんなスキルなのだろうか。
ここは青治の力に頼るしかない。
「青治、ちょっと見てみてくれない。これは多分、」
青治は、私が最後までいう前に言いたいことを察した、いや、青治も気づいていたようで、言い終える前に行動を始めた。
他の皆には青治が佳苗のことを見ているようにしか見えない。そして、この状況ではその行動は全く不自然でない。
しかし、二人で一人の称号スキル「双青」を持つ私には、青治がしていることの様子がよく分かった。
青治は基本属性スキルから、本人でもその力を使わずに知ることのできない特殊遺伝スキルまで、どんなスキルを持っていようと、見ている相手のスキルの力知ることができるのだ。
その力は、青治の持つ特殊遺伝スキルによって習得が可能になっている特別選択スキルによるもの、その名も「天眼」。敵のすべてを見通す目を意味する。
私的には名前が最初からあると便利だと思うし、力が本人でも分からないのはかなり不便だと思うのだが、管理側には管理側の事情というものがあるのだろう。私のような一プレイヤーが気にしても仕方のないことだ。
知りたいのなら、「アナザーアース」管理機関である仮想連合、略称UVNに入るしかないだろう。そこまでして知りたいと、私は思わないが。
そう言えば、結果はどうだったのだろうか。佳苗ちゃんの持つ特殊遺伝スキルは、いったいどのようなものだったのだろうか。もしかしたら、世界でたった一つのスキル、オリジナルの遺伝スキルかもしれない。青治や碧のスキルも現代では使い手が他にはいないらしいが、今まで存在すらしていなかった新たなスキルの可能性だってある。そうだったとしたら、本当にすごいことだ。
「ねえ、青治。見たところどうだったの、佳苗ちゃんのスキルは。特殊遺伝なのは確実だけど。」
「かなりのスキルだ。詳しいことは全員に話す。異論はないな。」
「別に。だってその力は青治のもの。私はどうこう指図はしないよ」
私たちは耳元でささやきあうように会話した。もちろん、他の人に聞こえないようにするためだ。
この中で唯一気づく可能性のあった渚ちゃんも、今は佳苗ちゃんの方にくぎ付けのようだ。
しかし、ここは学校の教室。いつだれが入ってくるかもわからない場所でこれからの話はできない。場所を移す必要がありそうだ。
渋谷にある少し高めの見かけだけのファミリーレストランなんかがうってつけだろう。依頼は主にトムのところを通すので、使うのは久しぶりだ。
「話の続きは場所を変えない。教室に長居するのもよくないと思うし。私いい店知ってるから。どうかな。」
昭和新山は奥の方に行けばいくほど熱くなってくる。この辺りでは、既に氷は見られなくなっている。しかし、気温はまだ20℃前後。熱くもなく寒くもなく、ちょうどいい気温だ。
ぼくはコートを脱いでストレージに仕舞い込んだ。
このダンジョンが奥に行けば熱くなっていくのは地熱、すなわち、マグマが原因だ。この辺りではまだ見られないが、さらに奥に行けば、直にマグマを見ることもできる。そのため、奥の方では松明はいらなくなる。便利ではある。
しかし、この辺りでは松明が必要になる。いつ、どこから、何が襲ってくるかは分からない。灯りは必要不可欠なのだ。スキルを使うのもいいが、ぼくのスキルでは、こういうことには向かない。
しかし、何かネズミが後ろを付けてきているようだが、手を出してこないうちは放っておこう。手を出すことも面倒だろうし。
「ギ、ギ―。」
岩の陰から突然襲い掛かってきたのは、岩トカゲだった。こいつは岩に擬態して襲ってくる頭のいいMobだ。
しかし、ぼくに手を出そうとするなんて、こいつは頭が悪いようだ。後ろのネズミと同じように。
ぼくは瞬間的に銃剣を振るった。そのため、岩トカゲは先の刃で急所を切られた。そして、すぐに絶滅して、消滅した。
私たちは、蒼奈さんの案内の元、渋谷のあるファミリーレストランらしき店にたどり着いた。雰囲気的には、なんだか少し高そうな店だ。今何円くらい持っていただろうか。私は、財布の中身が少しばかり心配になった。
私たちが店に入ると、一人の女性店員がやって来た。
「いらっしゃいませ。どの部屋をご利用になりますか。」
どの部屋をご利用、ファミレスの店員の質問としては、なんだかおかしい気がする。蒼奈さんの選んだ店だ、ただの店であるはずがないのだ。私の常識などでは通用しないのだろう。
そう思うと、お金の方がより心配になってきた。
「中部屋の方でよろしく。場所はどこでも構わないから、すぐに入れるところで。」
店員の女性は、一度頭を下げて言った。
「かしこまりました。では七名様ご案内です。」
私たちは、店員に案内されて店の奥の方の部屋へとたどり着いた。
部屋の中に入ると、いかにも高そうな店、というような雰囲気がした。私はますます心配になってきた。
「ご注文の方がありましたら、そちらのボタンでお呼びください。ごゆっくりどうぞ。」
店員の方は部屋のドアをしっかりと占めて部屋から出て行った。私たちはそれぞれ空いている席に腰を下ろした。
それにしても、この店には個室しかないのだろうか。歩いてきた途中には個室しか見なかったのだが。でも、それでは、外から見たファミレスのような雰囲気はいったいなんだったのだろうか。
「飲み物何か好きなもの頼んでいいよ。ここは私がおごるからさ。飲み物が来たら話を始めよう。」
蒼奈さんにそう言われて、私は少し悪いとは思いながらも、内心ではだいぶほっとしていた。
「佳苗はどうするつもりだ。私はこのお茶にしようと思うのだが。佳苗はやっぱり甘いジュースか。」
私は真弥からメニューを受け取り眺めてみた。値段は大体800円から2000円ほどのものまであった。飲み物一杯でこの値段とは、かなりの高額だ。さすがに飲み物だけなので、思っていたよりもよりも高額ではあったが、遠慮しすぎずに頼めそうだ。
「私は、・・・こ、これにしようかな。」
私はメニューの端の方に書いてあった、少し聞き慣れない名前の飲み物を指差した。それにもかかわらず、真弥さんの反応はいたって普通だった。もしかしたら、そこまで変な飲み物ではなかったのかもしれない。ただ私が知らなかっただけで。
「それで、このタピオカジュースっていったい何なのだ。訊いたことのない名前だが、もしかして、知らないもの選んだのか。やめといたほうがいいと思うぞ。知ってるものにしておくべきではないか。」
真弥の意見は最もだ。もしこれを頼んで、おいしくなかったとしても、おごってもらった立場上、残すというのは気が引けてできそうにない。ここは真弥の言う通り知っている飲み物にしよう。
「そ、そうだね。じゃあ、このフルーツジュースで。」
私たちのオーダーを聞くと蒼奈さんは店員を呼んで、すべての注文を一気に述べた。店員の女性は、それを次々とメモしていく。そのメモ速さはすごいものだった。私だったらいくつか聞き逃してしまいそうだった。
ほんの数分で飲み物は運ばれてきた。
青治さんと蒼奈さん、それに秀明さんはコーヒーを、ジャンは紅茶を頼んでいた。私には詳しい名前までは分からないが、三人のコーヒーは、それぞれが違うものであるというのは分かった。
そして、渚さんは意外なことに私と同じフルーツジュースだった。まあ、それは置いておいて、大切なのは話の続きだ。精霊、それに妖精って、いったい何なのだろうか。私はそれを知りたくて今ここにいるのだ。
わざわざ場所を変えたのは、この話が他の人にはあまり聞かれたくないような類のものだったからに違いない。もしかすると、聞かない方がよかったことなのかもしれない。私は少しばかり不安になった。
「そろそろ話の続きを始めようか。まず、精霊や妖精について知らない人はいるかな。もしいたら、手を挙げて。」
蒼奈さんに言われて手を挙げたのは、私とジャン、そして真弥の三人だった。秀明さんは知っているのだろう。
「ちょうどいいな。秀明、三人に説明してやってくれ。俺もフォローする。問題ないだろ。」
青治さんにいきなり振られたせいか、秀明さんははっきりとではなく、軽くうなずいた。
「じゃあ説明するぞ。妖精や精霊っていうのはこの世界に存在する唯一のNPCだ。主、正しく言えば契約者に力を与える。まあ、そんなに大きな力ではないし、精霊や妖精自体が何かをすることはできないって言われている。あくまで契約者のサポートをするのが主な役割らしい。そこのところは俺も見たことはないから詳しくは知らない。そして、契約者以外にはその姿を見ることも声を聴くこともできない。他にも、ペットなどとして持っている者もいるらしい。こんな感じで分かってもらえたか。」
秀明さんの説明で、何となくならわかったような気がする。ようするに、使い魔みたいなものと考えればいいのだろう。
今になってようやく分かった。普通は聞くことのできない声を聴けていたから、あんなにも驚いていたのだと。
「まあ、そんな感じだな。でも、精霊の力は妖精とは違うぜ。精霊の力を持っていれば、かなり強力な属性スキルを手に入れたようなもの、かなり強い力を得られる。それに、・・・いや、何でもない。」
妖精や精霊については、一応理解できた気がする。今考えると、蒼奈さんの傍にいるのは精霊なのだろう。だから、高位であるように感じたに違いない。
おそらく、重要なのはこの後、どうして、私に精霊や妖精の声が聞こえるかということだ。これが分からなければ意味がない。きっと蒼奈さんや青治さんには分かっているのだろう。どうしても、それを早く知りたくて仕方がない。
「それで、ここからが本題なんだけど。どうして、佳苗ちゃんには、聞こえるはずのない他人の妖精や精霊の声が聞こえるのかだけど、青治のスキルを使って調べてみたんだ。佳苗ちゃん、勝手にしてごめんね。」
「い、いえ。私が知りたいことですし、そのくらい別にかまいません。」
いきなり謝られてしまい、少々焦ってしまったが、どうにかしっかりと答えることができた。
「ありがとう。じゃあ話を続けるよ。青治の特別選択スキル天眼は他人のスキル情報を読み取るものなんだ。これによって、佳苗ちゃんの力について調べてみた。後の話は青治がするから。」
蒼奈さんはそう言うと席に座った。そして、代わりに青治さんが立ち上がった。スキル情報を知る力。つまり、私に声が聞こえるのは、私が持っているスキルのせいだということなのだろう。
しかし、私の遺伝スキルは治癒の力だし、選択スキルもふつうのものしか取っていないはず。いったい、どのスキルに原因があるのだろうか。
私は、青治さんが話し始めるのをじっと待っていた。
「いきなり結果から言うが、佳苗の精霊や妖精の声を聴く力は、佳苗の遺伝スキルによるものだ。そのスキルは特殊遺伝スキルだ。その力によって、佳苗には精霊や妖精の声が聞こえていた。スキルを磨いていけば、いずれは姿さえも捉えることができるようになるだろう。」
私の遺伝スキルが特殊遺伝スキルだったなんて。
しかし、本当に他人のスキルの力を知ることなんてできるのだろうか。青治さんを見た限りでは嘘をついているようには全く見えない。すべてが真実なのだろう。
だが、母は言っていた。スキル鑑定師に見てもらった結果では、私の力は治癒の属性を持つものだったと。母が嘘を言っていたとも思えない。それに、私は実際に人の傷を治すことができる。私の特殊遺伝スキルとは、いったいどのようなスキルなのだろうか。
「佳苗、この続きはお前にだけ聞く権利がある。自身のスキルの力が多くのものに知られることの危険性は、お前も分かっているだろう。それでも、皆に聞かれてもかまわないというのなら、俺はこのまま話を続ける。お前が選べ。」
この世界ではスキルを知られることが、多くの危険と隣り合わせの行為である。珍しいスキルを持つと知られれば、その力を狙って近づいてくる者もいるし、その力を妬み殺そうとしてくる者もいるらしい。
それは、この世界では強さがすべてだからだ。珍しいスキルを持つ者は例外なく待遇を受ける。しかし、そんな力を持つ者など全体のほんの数パーセントにしかすぎない。
母が私をだましていたのは、私が特殊遺伝スキルを持つことを知られないようにするためだったのかもしれない。情報を知る者が少なければ少ないほど、情報というものは流出しにくいものだから。
でも、私としては教えてほしかった。たとえ危険が増えようとも、自分のことは自分に知る責任がると思うから。そういう意味で、私の力のことを教えてくれた蒼奈さんや青治さんには感謝しなくてはなるまい。
それよりも今決めなくてはいけないのは、私の力を図分だけで聞くか、それともみんなで聞くかだ。いや、私の中で答えはもう出ている。最初から選択肢は一つしかない。だってみんなは仲間だから。
「皆で聞きます。だって皆は仲間だから、何を知られたって大丈夫だって信頼してるから。信頼し合うのが仲間だと思うから。それに、私は皆を信じたいから。どうぞ、このまま話を続けてください。」
青治さんは、私の言葉を聞くと微笑したように見えた。
「佳苗、お前はきっと最高のプレイヤーになれるよ。じゃあ、話の続きをするぜ。ちゃんと聞いてろよ。」
あの青治さんに、最高のプレイヤーになるって言ってもらえるなんて、夢ではないだろうか。私はとてもうれしく、大変誇らしい気持ちになった。私の考えが青治さんに認められたと思って。
「佳苗のスキルの力は主に3つある。一つは分かっての通り精霊や妖精といった特殊なNPCの存在を感じ取る力だ。次に治癒の力だ。普通の治癒とは違って自分の力を直接使うわけじゃない。自然にあるエネルギーを源にして人の傷を治すものだ。だから、普通の治癒以上の力を発揮できるだろう。最後に、自然にあるエネルギーを癒しではなく攻撃として使う力だ。佳苗の話を聞いた限りだと、この力はまだ使えてないみたいだな。俺の知る限り、このスキルを持つ者を他には知らない。」
私はとても安心していた。私が今まで悪いことだと思っていた幻聴がいいものであるとわかって。
折角知ることができたのだ。これからは、この力でみんなの役に立てるように頑張りたい。それが、今の私の一番の目標になった。私自身で決めた道だ。
今まで一緒にいながら、佳苗のスキルの存在に気が付かなかったとは、俺もまだまだだな。これからはより能力を磨いていかなくてはなるまい。
しかし、スキルを皆に知られたにもかかわらず、佳苗はうれしそうだ。人には人の考え方があるのだろう。
人には人の考え方がある。こんなのは5年前にとっくに知っていたことだ。今とは違う、悪い意味で。
あの時のことを考えると、佳苗の考えはとても清らかだ。これだけのスキル持つのに相応しい存在だとなんとなくわかる気がする。
もしかしたら、スキルには遺伝子だけでなくその人自身が反映されているのかもしれない。だとしたら俺のスキルは、いや、こんなこと今はどうでもいいことだ。
「俺のスキルは創造だ。特に刀、武器の生成が得意だ。武器を治すのなら、何でもできるぜ。」
いきなり秀明がそう言った。なるほど、これも面白い考えだ。ここに入るやつらはとても面白い。こいつらを選んで正解だった。そう思える。
秀明のいきなりの発言に皆は沈黙していた。しかしその意図がすぐに分かったようで、次に真弥が発言した。
「私のスキルは、半径150メートル以内の空間の位置情報を知るというものだ。物探しには便利だぞ。私に死角はない。佳苗が信じてくれるのだから、私も佳苗や皆を信じないわけにはいくまい。」
こんなこと、普通はあり得ないのだが。いや、これは今まで俺があってきた者たちの考えか。どっちが普通でも変でもない、どっちも考えの一つにしか過ぎないのだ。他にも考え方はいくらでもある。ただ、こいつらは今までのやつらとは違う、ただそれだけだ。
「僕も言わないとね。僕のスキルは光族熱、みんなとは違って基本属性なんだ。でも、けっこうやるよ、僕は。」
渚の警戒の眼差しは、いつの間にか佳苗から俺に映っているようだった。
天宮家という立場には、いろいろとあるのだろう。スキルなどはそう簡単に他人に話していいようなものであるはずがない。遺伝、つまり一族は似たようなスキルを持つことが多いのだから。例外もあるが。
俺たちだって、なかなか他人には言えない事情がある、昔のことを考えると。今すぐには言えない。だが、こいつらにならきっと言えるだろう。そう遠くないうちに。
「もうそろそろ3時か。最初の一週間が午前授業でよかった。ねえ、今から皆でギルド初クエスト行かない。場所は竜の渓谷。どうかな、面白そうでしょ。」
いきなり迷宮でやるとは、なかなかないことだろう。しかし、もとはといえば、そこでのある以来のためにということでギルドを作ることになったのだ。
蒼奈の意見に反対する者は誰もいなかった。渚は何かを言いたそうにはしていたが。
まあ、この面子ならあの程度のダンジョンは問題ないだろう。謎の一体を除けば。そいつこそが、今回の目的だ。油断はできない。
ここから始まるのだ。蒼き翼の始まりの冒険が。はたして、俺たちはどこまでいけるのだろうか。
双青の二人は、新しい仲間と共に、渋谷から、竜の渓谷に最も近い町である八王子へと転移ゲートを使い移動しようとしていた。
「双青、やっと学園にやって来たわね。この一年待っていたわ。私のことを思い出させてあげる。覚悟しておきなさい。」
私はずっと見つめていた。あいつが定位して消えるその瞬間まで。
俺たちは、竜の渓谷から最も近い町、八王子の町に来ていた。ここ八王子のフィールドには俺たちの家もある。現実世界での家は、また別の場所にあるが。
「みんな、準備の方はまだだったよな。これから行くのはダンジョン、入れば簡単には出られない。佳苗の力で回復はできるが、いろいろと必要なものが個人個人あるだろ。ちょうどいいし、ここで15分ほど準備のための時間を取る。その間にしっかりと準備を済ませてくれ。分かったな。」
俺としては、特に必要なものはないのだが、他の皆も同じとは限らない。ここはしっかりと準備をしておくに越したことはないだろう。相手は正体不明なうえ、かなり高位であるのは間違いがないのだから。
「ねえ、青治。これから行くダンジョンは洞窟だよね。松明とかはあった方がいいのかな。」
松明か。確かに竜の渓谷はまるで洞窟のようで、奥の方は完全に真っ暗だ。あって損はないか。
「あった方がいいな。まあ、判断はお前に任せる、ジャン。俺たちのギルドは全員が自由だ。」
「そうだね。じゃあ、一応持っていこうかな。ストレージの空きもだいぶあるし、ありがとう、青治。」
ジャンは笑顔で俺の方にお礼を言った。こういうのも悪くないかもしれない、俺はそのときそう思った。皆といるとあいつのことを思い出す。普通に話せる仲間、こっちの世界でそれができたのは、二度目だ。
俺たちは三人全員が特殊遺伝スキルを保有し、俺と碧のは、特に危険の大きいものであるため、昔からいろいろなプレイヤーに狙われてきた。そのため、一緒にいてくれる仲間などできなかった。
よく狙われるのが分かっていて、俺たちといたいという物好きは、そうそういるものではなかった。
ほんの一時、一緒に冒険したやつも、俺たちといることの危険を悟れば、すぐに俺たちから離れて行った。
そんな中、ただ一人だけ俺たちと一緒にいてくれたやつがいた。そいつが初めての俺たちの仲間、アリス。あいつだけは他のやつらとは違った。
あいつのことを思い出すなんて、俺は仲間を欲していたのだろうか。こいつらは、あいつと同じだと感じているのだろうか。不思議なものだ、自分でも自分のことがよく分からないなんて、そんなのは人間くらいのものだろうか。
「そういや蒼奈、今日は碧がいないから調理のいらない食べ物もっておけよ。俺は自分の分しか持っていかないからな。」
俺の言葉を聞くと、蒼奈はいきなり落ち込んだように暗くなった。毎度毎度めんどうくさい奴だ。これが俺の妹なのだが。
「碧がいないこと考えないようにしてたのに、青治のせいで思い出しちゃったよ。これじゃあやる気でないよ。これは青治のせいだからね。」
別に俺のせいで戦えないわけではないと思うのだが。原因は、お前の方にあるのではないか。碧がいないことを忘れようとしても、食事を取るときになれば、必ず思い出すことになるのだから。
食べ物を何も持たず、途中でCPが尽きたらどうするつもりだったのか。いや、何も考えないようにしていたのだろう。少しは碧なしでもやる気を出せるようにしてほしい。
そういえば、いい方法が見つかったかもしれない。
「蒼奈、渚や佳苗のことはいいのか。お前がちゃんとやらないと、二人が危険にさらされるぞ。お前はそれでもいいというのか。二人はその程度の相手だったのか。」
蒼奈は、町で準備をしている渚と佳苗を一瞬見つめた。そして、再び俺の方に向き直った。
「そんなわけないよ。渚ちゃんも佳苗ちゃんも大切だよ。私が絶対に2人を守るんだから。二人を危険にさらすわけがないじゃん。私を誰だと思ってるのかな。」
こいつの扱いは非常に楽でいい。闘志のある分昔よりもましだ。あのころの蒼奈といえば、いや、この話はいずれしよう。
蒼奈はやる気を取り戻し、近くの店に入っていった。
「青治も人が悪いですね。相手の弱みを突くなんて。でも、その手段を選ばないところが青治らしさですけど。」
ウンディーネが自分から話しかけてくるなんて、珍しいな。こいつにもいろいろな考えがあるのだろうが、ジャンたちとギルドを作ったことが関係しているのだろうか。
(お前から話しかけてくるなんて、ジャンたちが一緒にいるようになって存在が今よりも目立たなくなるとでも思ったのか。精霊にもいろいろあるんだな。ウンディーネ、お前の調子はどうだ。)
ウンディーネは俺の方に腰を下ろした。いつもは蒼奈に乗っているが、何か話でもあるのだろう。
精霊や妖精はかなり小さく、その身長は10㎝ほどしかない。そうでなければ、肩なんかに乗せられるはずもない。姿が他人には見えなくとも、重さや実体はちゃんとあるのだから。
「そんなではないです。これでも私は精霊、その存在はかなり強いものですよ。姿だって、見せようと思えば見せられます。それと、調子はいつでも万全ですよ、人間ではなく精霊ですから。」
まあ、NPCである精霊に調子がいい、悪いなんてあるわけないのは分かっていたことだ。さっきのは、ちょっとした冗談にすぎない。こいつもそれくらいは分かっているだろう。たぶん。
(それで、本題の方は。)
「さすが青治ですね。話が早くて助かります。いえ、竜の渓谷から感じる気配、なんだか知っているような気がするのです。」
ウンディーネが知っている気配、つまり俺たちも知っている気配ということか。
俺ではここから竜の渓谷の気配を感じることはできないが、そいつに会えば、正体が分かるかもしれないな。分かったら、あとは爺さんにでも任せればいいか。
(そうか、ありがとな。そいつに会えば、俺たちならわかるかもしれないな。他に気づいたことがあったらいつでも教えてくれ。)
「はい、わかりました。」
ウンディーネはそれだけ告げると、いつもの場所、蒼奈の肩の上に戻っていった。
ウンディーネの言葉が真実なら、今回のことは俺たちにとっても見過ごせないものかもしれない。
もしかすると、親父に関係する何か、親父を見つける手掛かりになるかもしれないのだから。
私のスキルは、特殊選択スキルだと青治さんは言っていた。他人のスキルを知ることができるスキル、そんなものは聞いたことがないが、青治さんの言っていることに嘘が合うとは思えない。いや、あるはずがない。
でも、なぜ私は特殊遺伝スキルを持っているのだろうか。
私の母の家系は、代々治癒のスキルを受け継いできたらしいし、父のスキルは平凡な基本属性のスキルらしい。
そして、この世界では遺伝子によってメインスキルが決まる。普通に考えれば、私が特殊遺伝スキルを持って生まれてくるなどと言うことはありえないのだ。でも、実際に私は特殊遺伝スキルを持っている。精霊の声が聞こえること、それが証拠だ。
平凡な基本属性スキルの両親二人の間から、特種遺伝スキルを持った子供が生まれたという例はいくつか存在するらしい。
ある研究者によると、それは遺伝子の突然変異、または二人の両親の遺伝子が混ざり合ったことで生まれた子供が両親とは別のスキルを持つか、によるらしい。もし私がそうだとして、何か問題があるというわけではないのだが。
私が最も恐れているのは、私が母と父の本当の娘ではない可能性もあるということだ。
もしそうだとしたら、私の本当の母親はいったい誰なのだろうか、私のこのスキルは誰から遺伝したのだろうか。
そんなことは今考えても仕方のないことだ。しかし、どうしても考えてしまう、私はいったい誰なのかと。私の居場所はどこにあるのかと。
「佳苗、どうしただ。必要なものはそれだけなのか。他にも必要なものはあるか。あるのなら付き合うぞ。」
私が思考を巡らせていると、真弥は突然話しかけてきた。私は、少し驚いてしまった。
「わ、なんだ、真弥か。ごめん。もう少し水を買おうかな。どこの店に売っているか分かる。」
「水だったら、さっきの店で買わなかったか。一日分は十分に買っていた気がするのだが。」
あれ、そうだっただろうか。私がストレージを確認すると、確かに水は十分に入っていた。考え事に集中するあまり、ちゃんと意識して買い物ができていなかったのか。それでよくちゃんと買い物ができていたものだ。
いや、これは真弥に感謝しなくてはいけない。私がぼーっとした中でもちゃんと買い物ができていたのは、真弥が引っ張って行ってくれたからに違いないだろうから。
「そう、みたいだね。ちょっと考え事してて、ごめん。今はこっちに集中しないとだめだよね。」
こんなことでは、足手まといになるし、いつやられてしまってもおかしくないだろう。私は、これから初のダンジョンへの冒険に行くのだから。こんな調子では絶対にいけない、行ってはいけない。
「考え事は、自分のスキルのことか。」
「ど、どうしてわかったの。」
自分でどうにかしないといけないことだと分かっていたのに、私は思わず言ってしまった。私はこんなにも隠し事が苦手だっただろうか。いや、安心してしまっているのだろう。この皆になら、隠し事なんかしなくてもいいと、正直にいられると。
「分かるさ、佳苗の気持ちは。自分が誰なのかが分からなくなる不安、本当は自分の居場所などないのかもしれないという不安。私は、里子なんだ。でもそれを知るまではずっと悩んでいた、私はいったい誰なのだろうかと。だって、私の両親は二人ともクリエイターで鍛冶職人をやっているんだぞ。その娘の私のスキルが、空間の把握なんておかしいと思うだろう。でも、父がこう言ったんだ、「「たとえ血がつながっていなくとも、俺たちは家族だ。お前の居場所はここにちゃんとある。お前を思ってくれるやつがいれば、そこがお前の居場所なんだ」」と。私はそれ聞いた時に思った。もし、本当の両親が現れたとしても私の居場所は変わらないだろうと、私にとって父と母が家族で、そこが私の居場所だって思えるのだから。佳苗はどうなんだ。」
そう言った真弥の顔は、とても寂しそうで、悲しそうで、いい話だと思うのだけど、なぜだろうか。
おそらく、真弥にとっては言いたくないことだっただろう。それでも、私のためになると思って言ってくれた。私にはこんなにもいい仲間がいるのだ、居場所ならもうここにある。恐れる必要なんてないのだ。何があろうと、私の家族はお母さんで、尊敬していることに変わりはないのだから。
「そうだね。私の居場所は変わらないよ。ありがとう、真弥。」
「友達として当然のことをしただけだ。それに、私が抱えていたのと同じ思いを抱えている佳苗が放っておけなかった。ただ、それだけだ。」
真弥は少し恥ずかしそうにそう答えた。
私はすごく幸せだと思えた。こんな仲間に出会えたことが。
「おーい、そろそろ時間だぞ。」
すっかり話し込んでしまっていた私たちに、秀明が声をかけてくれた。気づけば、予定時間の3分前だ。必要なものは既にそろっていてよかった。
「はーい、今行きます。」
私がそう答えると、秀明は一度頷いてから、集合場所へと向かっていった。
「真弥、一緒に行こう。」
「ああ、そうだな、佳苗。」
私たちは互いに笑って、皆のもとへと向かった。
これから、新しい仲間の皆と一緒の冒険が始まる。私たちの最初の旅、永遠に続くことを願って。
だいぶ深い辺りにまで来た。
狭いとは言っても、やはりダンジョン。普通のエリアとは比べ物にならないほど広く、複雑だ。
ここに来るのはもう23度目だが、いまだにすべての道までは覚えきれていない。一人で来たのは、六年ぶりだろうか。やはり、お兄ちゃんやお姉ちゃんがいないと心細い。別に嫌ではないけど、なんだか物足りない感じがする。
明日からは、お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒にいけるのだから、今日くらいは我慢しよう。
しかし、少しだけ気がかりなのは、明日からはお兄ちゃんやお姉ちゃんの友達も一緒だということだ。悪い人立ちではないとは思う。でも、ぼくがその人たちとうまく付き合えるかが不安なのだ。ぼくには友達と呼べる相手はいないし、クラスでもほとんど話さない。唯一の例外は裕輔くらいだろう。
クラスの中でぼくの次に腕の立つプレイヤーである彼とは、時々この世界の話をする。とは言っても、友達と言えるほどの中でないのは確かだ。
こんなぼくに、お兄ちゃんやお姉ちゃんの友達とうまくやっていける自信などあるはずもない。
そんなことを考えていると、通路の奥から今までのやつらよりも一回りほど大きいMobが現れた。炎を全身にまとったトカゲ、バーンリザードだ。しかも、3匹の群れだ。バーンリザードがいるということは、この奥にはマグマが露出している場所があるということか。
ぼくはすぐに銃剣を構えて、手前の二匹に銃弾を放った。銃弾は吸い込まれるようにバーンリザードの胸の中央目がけて進んだ。そして、銃弾は胸を貫通して後ろの方に消えていった。
その直後、二匹のバーンリザードはノイズを走らせて消滅した。
この世界では、プレイヤーにもMobにも体力ゲージはなく、倒す唯一の手段が、相手の心臓を止めることだ。そのため、いくら大きく、強力なMobであろうとも、的確に急所を狙えば一撃、または数撃で倒すことができる。
残ってしまった一匹のバーンリザードは突然奇声を上げた。怒り状態になったようだ。
Mobは攻撃を受け続けたり、群れの仲間がやられたりすると、一定の確率で怒りの状態になる。この状態では、Mobの能力値が上昇し、攻撃方法も大きく変化する。何よりも厄介なのが、心臓が止まりにくくなることだ。
Mobの強さにもよるが、怒り状態のMobは心臓を潰されても、少しの間だけ活動を続ける可能性も出てくる。それを知らないと、倒したと思い油断したところをやられることもある。しかし、この怒り状態は僕の狙い通りだ。
怒り状態の敵は相手をせずに逃げるプレイヤーも多い。もちろん、お兄ちゃんやお姉ちゃんは逃げたりなどしないが。
そのため、ぼくがここでこいつから逃げてもおかしくはない。
そして、ぼくがこいつから逃げれば、ぼくの後をつけてきている後ろのやつらとこいつを鉢合わせさせられる。そうすれば、いくらかは時間稼ぎができるだろう。ここの番人を倒すくらいの時間は。
ぼくは最初の考えていたように、すぐさまバーンリザードのもとから離れた。ぼくがある程度距離を開けると、バーンリザードは追ってこなくなった。これはプレイヤーとは違う。プレイヤーならばどこまでも追ってくるだろう。見失わない限り。それに対して、Mobは一定の距離が開くと、すぐに追いかけるのをやめる。プログラムに過ぎないのだから、仕方のないことだろう。
ぼくが逃げた先には、思った通りマグマの露出している場所を見つけた。ここから、さっきのやつらが生まれてきたのだろう。しかし、ここのはまだ水たまり程度のもの、最深まではまだいくらかありそうだ。奴らをまくために遠回りさえしなければ、とっくに最深部にたどり着いていただろうに。でも、こういいのもたまには面白い。
狙われている身でありながら、ぼくはこの状況を楽しんでいるようだ。少しお兄ちゃんに似てきたのかもしれない。きっと、昔のぼくだったら、すぐにでもそいつらを殺すか、殺しまではしなくとも、半殺しにはしていただろう。あの頃のぼくはそういうやつだった。でも、今のぼくは違う。もう、あの頃のぼくじゃない、
後ろからは叫び声が聞こえてきた。おそらく、奴らがバーンリザードと接触したのだろう。この程度で叫ぶなんて、初心者にも、尾行がばれるのではないか。その程度でぼくを狙っているなんて、かなりなめられているようだ。まあ、好きにさせておけばいいか。
それに比べて、奴らよりもさらに後ろにいる一人の尾行者は、気配を消すのはほとんど完璧だし、Mobの対処も上手だ。なかなかの手練れに違いない。そっちの狙いは分からないが、真に警戒すべきはこっちの方だろう。
折角稼いだ時間を無駄にしないためにも、ぼくは奥に向かって走った。これで撒ければいいのだが。
そういえば、お兄ちゃんとお姉ちゃんは何をしているのだろう。友達と行ってみるらしいことを言っているのは、昼ごろに来たメールに書いてあった。いったいどこに行っているのだろうか。
私たちは、竜の渓谷と呼ばれるダンジョンの入り口の前にいた。入り口と言っても、少し深い谷の隙間にある岩がぽっかりと空いたような、洞窟と変わらない場所だった。
「これがダンジョンなんですか。洞窟に似ていますけど、どこが違うんでしょうか。私は、迷路みたいな建物だと思ってました。でも、これはそんな感じではないですよね。」
佳苗の言う通り、私にもただの洞窟にしか見えない。本当にここがダンジョンなのだろうか。間違えた場所に来てしまったのではないだろうか。私にはそう思えてしまう。しかし、渚の様子を見るに、明らかに緊張している、やはり、ここがダンジョンだからなのだろうか。それとも、話すのが苦手なのに、これだけ多くの人が傍にいるからだろうか。
「ああ、ここがダンジョンだ。言っただろ、ダンジョンというのは中と外の様子がまるで違う、外観で判断しても意味ないんだ。真弥って言ったか、お前のスキルでこの中を見ようとしてみな。そうすれば、よく分かると思うぜ。」
中を見ても、私はダンジョンを見たことがないのだから、ダンジョンだとは分からないと思うのだが。しかし、こいつの知識は侮れないのは、既に承知のことだ。まずは、言われたとおりにしてみよう。
私はすぐにスキルを発動させた。とは言っても、みんなの前で話したのとは別のスキルだ。これが私の本当のおスキルだ。青治もまだ気づいていないようだ。この分なら誤魔化せるだろう。私は、スキルを知られるわけにはいかないのだ。
今は洞窟の手前に立っているので、本来ならば洞窟の入り口付近の様子が分かるはずだ。この方法で偵察をすることはよくある。しかし、たいていのエリアではそんな入り口付近にはMobなど存在しないので、洞窟内部の様子が分かるだけだ。それでも、ないよりはだいぶましだが。
スキルを発動させた瞬間、私は驚愕した。
探れるはずの洞窟の内部が探れなかったのだ。探れたのは、後ろにいる佳苗たちの様子だけ、前の方は私のスキルの力が届かない、まるで壁があるようだ。こんなことは初めてだった。
「これはいったいどういうことだ。中が何も見えない。何も存在してないように見えるぞ。どういうことだ。これが、」
「そう、ダンジョンだ。ダンジョンは中と外は繋がっていない。だから外観からは中の様子は分からない。そして、空間がつなげってないのだから、外からでは、空間認識のスキルでも見ることはできない。分かりやすいだろ、見分け方は。」
私は決して忘れないだろう。今までどんなに巨大な壁があっても、水の底でも私の力は自在に使えた。私の力が初めて拒まれた場所、それがダンジョンだった。おもしろい、私はそう思った。
私の力から逃れたダンジョン、必ず制覇してみせる。今度はこっちの番だ。私はそう心に誓った。
隣の真弥の雰囲気が変わったように感じた。すごい闘志を感じる。初めてのダンジョンだからだろうか。
私も始めてはこんなにやる気を出していたのだろうか。それとも、佳苗さんの様に緊張して固まっていたのだろうか。もう、覚えていない。でも、天宮家の一員として、前者であって欲しいと思った。私の性格から考えると、校舎の方がりえる気がするが、こんなことを考えるのは止めよう、今は集中しなければ。
しかし、双青、彼らはいったい何者なのだろうか。あまりにも圧倒鵜的な強さ、あまりにも豊富な知識、精霊を持ち特殊な選択スキルをも持つ、側にいればいるほど彼らが普通でないと感じる。
神谷、この名字に聞き覚えはない。この名字を持つトッププレイヤーは彼らを除いては、彼らの父親である「青の創造神」の称号を持つ神谷芳清しか存在しない。
彼は確かに超一流だとお父様も言っていたが、双青の二人ほどの異常さは持っていなかったし、特別な選択スキルも遺伝スキルも持っていなかった。つまり、彼らの秘密を知るには、彼らの母親が誰なのかを知る他にはないだろう。その人物こそが、彼らの異常さを知るための鍵となるだろうと、私は思う。しかし、双青の二人、特に青治の方がそんなことを探らせてくれるような隙を持つはずもない。
お爺様は言っていた、彼らが強いのはこの世界のことを真の意味で理解しているから、この世界の闇も光もすべてを知り、それでもここで生き続けられる強い意志を持つこと、それこそが彼らの真の強さだと。
お爺様の話はいつも難しい。この話も何を言っているのかがよく分からない。この世界の真の意味を知ることがどうして強さにつながるのだろうか。そもそも、この世界の真の意味とはいったい何なのだろうか。私は十年以上この世界で生きてきたが、この世界を嫌だと思ったことは一度もない。この世界ではいつもより自由だし、空もいる。そして、私は強くあれる。この世界の闇、それは犯罪プレイやーのことだろうか。いや、その程度のものではないだろう。きっと私の知らない何か、もっとこの世界の真の意味に近づいたものなのだろう。
お爺様は言っていた。それは知らない方がいいかもしれない。しかし、この世界で生き続ける限り、誰であろうと逃れることはできないと。
「おーい、渚ちゃん。どうしたの、立ち止まっちゃって。早く入るよ、ダンジョンに。」
私は蒼奈に名を呼ばれ、飛びつかれないだろうかと警戒し、声の聞こえた方を反射的に振り返った。しかし、そんな心配は不要だったようだ。蒼奈の目は先ほどとは違う、本気の目、仕事の時の目つきだった。私はこの目つきを一度見たことがある、覇者の集い本戦の時。この時も同じような目をしていた。例えるならば、熟練の狩人のような目つきを。これが、本当の双青、私はそう感じた。
「分かってる。お爺様の頼み、なんだから、私だって本気でやるよ。双青にだって、後れを取るつもりはないから。」
蒼奈は面白そうに笑みを浮かべた。しかし、目つきは変わらない、仕事の時の目つきのまま。
「面白い、ついて来れるものならついて来てみろ。渚の本気、私に見せてよ。私も本気見せてあげる。」
望むところだ。極東最強の天宮の強さ、目に焼き付けてあげるんだから。最強は天宮なんだって教えてやるんだから。
「渚、あんまり張り切りすぎるとドジするよ。ただでさえドジなんだから。それに、双青と張り合ったら、思い知らされるのは自分の方じゃないかな。僕はお勧めしないな。渚のためにも。」
空は、また私の心を読んだみたいだ。これが空の力、主の心を読んで、的確に導く。代々天宮家に仕えてきた高位妖精だ。しかし、いつもいつも嫌なことばかり言う。間違っていないことは分かるけれど。どうしてこんなのが、天宮家に仕える妖精なのだろうか。
「空は黙ってて。天宮家の妖精のくせに、天宮家に対する思いはないの。あんな二人に劣ってるなんて、私はそんなこと思いたくないの。天宮家の誇りとして。」
空は黙り込んだ。私が何か悪いことでも言っただろうか。いや、悪いことは何も言っていないはずだ。
私は皆の後に続いて竜の渓谷へ入ろうとした。いつものように、ダンジョンの入り口は真っ暗で中には何も見えない。ただのシステム上の設定に過ぎないはずなのに、いつも不気味に感じてしまう。でも、怖くなどは決してない。ただ、不気味に感じるだけに過ぎない。本当にただそれだけだ。
「・・・そうだね。」
入り口から入ろうとした瞬間、空が妙に歯切れ悪くそう呟いた。
しかし、私はそんなことは気にせず、竜の渓谷へと足を踏み入れた。空がこんなふうにあいまいに答えたのは初めてだと気づくこともなく。
竜の渓谷の中は真っ暗だった。すぐ側にいるみんなを見ることはできる程度の明かるさはあったものの、先に潜んでいるMobを見つけられるほどの明るさはない。これでは、いつ不意打ちを受けてもおかしくはない。
「松明を持ってきたのは正解だったみたいだな。佳苗、つけておいてくれないか。」
真弥と佳苗は先ほどの買い物の際に、松明の方をそろえていたようだ。そこまで考えが回るなんて、正直に感心する。ここに来るのが初めてではなかったようで、渚や青治もしっかりと持ってきているようだ。
松明によって、洞窟内は明るくなった。近くにMobらしき相手はいないようだ。ここではいったいどのようなMobが出てくるのだろうか。竜の渓谷の名の通り竜種のMobが出現するのだろうか。竜種といえば、普通のフィールドではボスクラスのMobとしてのみ出現する強敵のはず。それが何体も出てくるのだとしたら、かなり厳しい戦いになるのではないか。
僕だって、竜種のMobを倒したことは何回かあるけれど、どの時も一人ではなく3,4人でパーティーを組んで倒すことができたような相手だった。僕たちだけで倒せるのだろうか、僕は少し心配になってきた。
「どうした、ジャン。もしかしてビビってるのか。そんな心配はいらねえよ。俺たちの最初の冒険だ。絶対に失敗なんてするもんか。全員そろって帰れるさ、きっと。弱気になっていると、できることもできなくなる。前向きに行こうぜ。」
秀明は、いつでも前向きなのはどこでも変わらないようだ。いつもと変わらない様子の秀明を見ていると、少しだけ安心できる。
そう思ったとき、僕たちは広いドーム状の空間に出た。松明の明かりでは奥まで見えない。この空間はかなり広いようだ。まるで、何かがあるかのように、ここだけが広くなっている。
僕はなんだか嫌な予感を感じた。しかし、松明の明かりの届いている範囲にはMobらしき相手は存在しない。僕の予感は杞憂だったのだろうか。
「ここは、竜の巣だ。気をつけろ、どこかに竜が潜んでるはずだ。自身のない奴は下がってろ。危険だからな。」
ここが竜の巣、だから、ここだけ広くなっていたのか。僕の思っていた通り、竜種のMobが出現するようだ。しかし、竜がこの空間の明かりの届かない範囲に潜んでいるとなると、いつどこから攻撃してくるのだろうか。僕らはそれを防げるのだろうか。
「上から来るぞ。皆、上の方に注意しろ。竜は小型のようだ、きっとどうにかできるだろう。ブレスを吐く様子もない。今がチャンスだ。」
真弥には、竜の様子がはっきりと見えるようだ。つまり、竜は上空50m以内にいて、僕たちに向かって来ているというのは、確実のようだ。しかし、僕と佳苗以外の5人は全く慌てる様子を見せない。経験が違うのだろう。
真弥はダンジョンに入ったことがないと言っていたが、それでも、かなりの修羅場をくぐってきたのだろう。ダンジョンにも劣らないほどの。真弥の様子だけでそれがよく分かった。
「蒼奈、守備の方頼んだ。攻撃はこっちでやる。お前なら、朝飯前だろう。」
「当たり前じゃん。今回は守りで我慢してあげるから、さっさと倒せよ、こんな小さなやつ。」
青治と蒼奈は首尾よく役割を決めた。その時間は約3秒。全く無駄がない。双青は覇者の集いを勝ち抜いただけあって、ただ強いだけではないようだ。戦いに慣れている。そんな印象を持てる。
青治は、地面を蹴って上空に向かって跳んだ。竜に向かっていったということだ。全くためらいがない。いくらトッププレイヤーでも、竜の攻撃をまともに受ければ死もありえる。青治にはその恐れを感じない。よほどの自信が感じられる。
佳苗と僕は何が起きているのかを完全に把握でいないまま、青治たちを見ていた。秀明と渚は手を出す必要がないと確信しているようで傍観している。蒼奈と真弥は上空にいるだろう敵の方を見据え動く準備をしている。
「火球が来るぞ。気を付けろ。数は3つ、よく見ていれば避けられる速さだ。」
真弥は、ズキルを生かしていち早く敵の動きを察知したようだ。すると、蒼奈がすぐに動いた。僕ら全体を囲むように、水のドームが形成された。そのドームに触れると、火球はたちまち消えてしまった。すごい力だ。
水のドームが消えるのとほぼ同時に、真弥は弓に矢をつがえて放った。それは闇の中から現れた竜の目を射抜いた。竜は苦痛のためか、近づいてきている青治に気づいていない様子だ。青治はそのまま竜の腹に近づいた。
そして、青治の剣が竜の腹を切り裂いた。竜は落下する前に消滅した。青治は受け身を取ることなくきれいに着地した。
竜がこれほど簡単に倒されたのは初めて見る。今まで僕が参加した戦闘では、少なくとも10分はかかったはずだ。しかも、真弥は初めてにもかかわらず、青治たちとの連携は完璧だった。
このチームは、僕が今までは言ったどのチームよりも強い。本当に学生だけのチームとは思えないほどだ。でも、僕だってこのチームの一員だ。次は僕も頑張ろう。皆に負けないように。
真弥がこれほど強いなんて、予想以上だ。只者ではないと思っていたけど、もしかしたら、渚ちゃんよりも上かもしれない。いや、実戦慣れという意味では、確実に上だろう。
いったい何者なのだろうか。青治は何かに気づいている様子だが、教えてはくれまい。
青治はたとえ他人の秘密に気づいても、本人の許可なくそれを他人に教えるようなことは絶対にしない。それは私や碧であろうとも同じだ。
青治曰く、俺は情報屋ではないから、情報で商売をする気はないし、他人の秘密をばらすような悪趣味なことは好きじゃない。それに、恨みを買うのもごめんだ、という理由らしい。
青治がよく他人の秘密に気づくのは、青治の持つ特別選択スキル天眼によるものらしいが、私はそれ以外にも理由があると思っている。それが何かは教えてくれないが。しかし、それが悪いとは思わない。私だって、本当に隠しておきたいことは青治にだって、碧にだって話さないだろう。自分の心の中から外には決して出さない。それが本当の秘密というものだから。
「そろそろ奥に進まない。ここで立ち止まっていても意味ないし。急がないと、真夜中になっちゃうかもしれないし。」
「そうだな。ジャン、佳苗、もう奥に進んでもいいか。時間も無限じゃないからな。」
佳苗ちゃんとジャンは本当の意味でまだまだ初心者のようだし、ダンジョンはまだ厳しかったのかもしれない。さっき竜が現れた時も、二人は隙だらけだったし。青治が心配したのもよく分かる。
「大丈夫。今の戦いがすごくて、少し見とれてただけだよ。次は僕も頑張るよ。皆には負けてられないから。」
ジャンはすぐに答えた。怯えるのではなく、やる気が感じられる。私たちを見て負けてられないと思いを持っているのは本当だろう。この分なら大丈夫そうだ。
しかし、佳苗ちゃんの方はすぐには答えられずにいるようだ。大丈夫だろうか。
「わ、私も平気です。直接の戦闘は苦手ですが、みなさんのサポートを頑張ります。私には治癒の力もありますし。足手まといにはなりません。」
私が思っていたよりも、佳苗ちゃんは心が強いようだ。青治はこれが分かっていて佳苗ちゃんを加えたのだろうか。青治ならありえそうな気がしてくる。
青治の言うことに嘘はないだろうから、佳苗ちゃんのスキルはかなり役に立つだろう。でも、少し心配であるのは変わらない。佳苗ちゃんは私が守ってあげよう。一応ジャンも。
「みんな大丈夫みたいなら先に進もう。私も帰りが遅くなると困るから。」
天宮家は家柄が高いだけあって規則も厳しいのだろうか。門限とか。まあ、実際の体は家にあるのだろうけど。ここにいる私たちは仮想世界のデータにすぎないのだから。死はあるけれど。
私たちの方も門限はある。八重さんが決めたもので、遅くとも夜の9時には現実に戻って夕食を食べることになっている。食べ終わった後は自由だけれど。門限を破れば、八重さんのきついお仕置きが待っている。今の時間は午後5時なので、残りは4時間といったところ。これなら十分余裕がある。
竜の巣の奥に行くと2つの道に分かれていた。さすがはダンジョンといったところか。もう分かれ道が出現してきた。
しかし、ダンジョンではこの程度はまだまだ序の口、奥に進めば10本に分かれた道なんかも存在する。進むだけでも一苦労だ。まあ、私たちは道をすべて覚えているので、進む際に迷うことはないだろう。
最初の分かれ道は右が正しかったはずだ。左に行くと行き止まりになっていたのを覚えている。
「道は分かるから、みんな俺についてきてくれ。絶対にはぐれたりはするなよ。一度でもはぐれたら死もありえるからな。特に、ダンジョン初めてのやつは気をつけてくれ。死にたくなかったらな。」
青治の言い方は大げさにも思えるけれど、ダンジョンを深く知っている者ならよく分かることだ。決して大げさではない。場所によってはこれでも甘い可能性だってある。本当に危険なのだ、ダンジョンというものは。私はそれを身で知っている。
「分かった。私がスキルではぐれる人がいないように見張っている。私の視界から外には誰も出させない。それで大丈夫だろう、青治。」
「そうだな、じゃあ頼んだ。お前なら信頼できるだけの実力と意思がある。どうやって身に着けたのか知りたいくらいだ。」
確かに、先ほどの戦いでは初めてでありながら私たちにぴったりと合わせてきた。私には初めてとは思えなかったが、私は真弥に昔あった記憶はない。私たち兄妹3人以外でこれほどまでに連携があった相手は他にはアリスだけだ。
アリスは今頃何をしているのだろうか。今度機会があればまた会いたいな。私にとっては青治と同じくらい信用できる数少ない相手でもあるから。それに、命の恩人でもあるのだから。
青治は迷わずに右の道に進んだ。私の記憶に誤りはなかったようだ。青治には負けるが、私だって記憶力はかなりいい方なのだ。
「やはり、近づいていくほど感じます。どこかで感じたことのある気配を。この気配はいったいどこで感じたものでしょうか。どうしても思い出せません。しかし、嫌な予感がします。」
八王子の町でも同じようなことを言っていた。私には、まだ気配が感じられないが、ウンディーネが知っているのなら、私が知らないはずがない。竜の移動の原因はいったい何なのだろうか。
「また広くなってる。気をつけろ、竜の巣だ。」
青治の言った通り再び広い空間になっていた。ここ、竜の渓谷には百以上の竜の巣が存在している。すべての巣に常に竜がいるとは限らないが、一つの巣に一匹しか竜がいないとも限らない。私たちが今まで来た中で最も多かったのは、一つの巣に二匹の竜がいた時だ。それ以上が出たことはない。そういう風に設定されているのだろう。
「前方に二匹いる。大きさはさっきのと同じくらい、だと思う。相手は既にこちらを認識しているみたいだ。」
真弥のスキルはかなり便利だ。松明の明かりの範囲よりも外のことが分かるので、こちらも動きやすい。
「今度は僕もやるよ。みんなには負けてられないからね。それに、足でまといにはなりたくないから。」
「俺もやってやるか。何もしてないと、腕が鈍っちまうからな。」
ジャンは大型の銃を一丁、秀明は太刀を出して構えた。しかし、渚ちゃんだけは今回も動かないようだ。高みの見物といった様子だ。まだ、全員のスキルを把握しきれていないからだろうか。それとも、自分のスキルを使うことをためらっているのだろうか。
「わ、私も援護します。皆さんの役に立ちたいから。」
佳苗ちゃんの取り出した武器は笛の一種フルートだった。
武器の中には、音器と呼ばれる現実世界で言う楽器が存在するが、使用するには演奏技術が必要になり、直接的な攻撃ができないことから、使い手はかなり少ないらしい。
私は今までもいくつか音器を見てきたが、フルートの音器は初めてだ。音器はバラエティーがかなり多様なので、個人の差がかなり出る。ギターやバイオリンといった弦楽器が特に使い手が多く、逆に笛などの管楽器は使い手が少ない。
「面白い武器を使うのだな、佳苗は。援護頼んだぞ。」
敵の方を向いている状態だが、真弥には佳苗ちゃんの様子が手に取るようにわかっているのだろう。お手並みを拝見するとしよう。佳苗ちゃんの音器の使い方はどのようなものなのか。この目でしっかりと見ておこう。
「では、行きます。」
佳苗ちゃんはフルートに口を付けて演奏を始めた。音器からあたり全体にきれいな音色が響き渡った。佳苗ちゃんの演奏技術はかなりのものだ。小さいころから親しんできたのだろう。
佳苗ちゃんの行った演奏は能力強化のようだ。パラメータを見ると筋力値、敏捷値上昇の効果がついている。二つのパラメータを同時に強化できるなんて、佳苗ちゃんは自分で言っている以上に実力があるようだ。さすが、青治が選んだだけはある。
音器の強さは付加や治癒を、スキルを持たずとも行えることにある。しかし、演奏中に限られ効果も強くはないため個人戦にはかなり向かない。だが、集団戦になると大きな力を発揮する。
「佳苗に負けてはいられないね。」
ジャンは銃口を暗闇の中にいると思われる竜に向けた。しかし、暗闇の中にいる竜に正確に当てられるのだろうか。
ジャンが引き金を引くと、銃からは弾丸ではなく熱のレーザーが発射された。これはジャンのスキルのようだ。基本属性スキル光族熱、それがジャンのスキルだったはずだ。熱のレーザーは幾重にも別れ拡散して、二匹の竜を共にとらえたようだ。見た感じでは、かなり強力な基本属性スキルだ。これだけ強力な基本属性スキルの使い手も、なかなか見られないだろう。
秀明は太刀を構えて、熱のレーザーを受けてひるんでいる竜に向かって行った。青治は高みの見物をしているようだ。でも、これなら大丈夫そうだ。思っていた以上にみんな力がある。
秀明は、上段に構えていた太刀を一気に振り下ろした。目の前にいた一匹の竜は首がきれいに落とされてノイズを走らせた。それと同時にもう一匹の竜もノイズを走らせた。気が付くと、渚ちゃんが竜の脇にいて、手に持っている薙刀が、竜の腹を奥深くまで貫いていた。そして、二匹の竜は同時に消滅した。
今、渚ちゃんは瞬間移動のスキルを使ったのだろう。使った瞬間に気づいていたのは、青治と真弥だけのようだ。私でも気づけないなんて、スキルを使う時の気配が全くと言っていいほどなかったようだ。さすがは天宮一誠の孫と言えるだろう。
「皆さんすごいですね。竜がこんなにも簡単に倒せる相手だなんて知らなかったです。いえ、竜が弱いのではなく、皆さんが強いんですよね。私ももっと頑張らないとだめですね。」
佳苗ちゃんは意外と努力家なのかもしれない。この様子だと、これからどんどん強くなっていくのではないだろうか。自分の本当の力も知ったことだし。
誰かがここに入ってきたのだろうか。竜たちが騒がしい。これほどまでに騒がしくなったのは、先日、天宮の手の者が来た時以来だと思う。あの時は、一番奥の部屋までは入ってこなかったが、あの人は、偵察に来ていただけだったのかもしれない。
ちらっと見た限りだと、まだ高校生くらいの男女が合計7人。全員がかなりの手練れのようだった。このままだと、最深部に着くのも時間の問題のように思われる。私はどうするべきなのだろうか。まずは報告をしよう。
「あ、あの、響子さん、七人のプレイヤーがここを目指しているみたいですけど、どうすればですか。追い返さないとだめですか。あんまり、戦いたくはないのですけど、それはだめですよね。」
響子さんは、ここに現れた謎のMobについて調査するためにここにきている。私はその護衛としてここにきている。なぜ,突然現れたMobの調査を行っているのかということは、私には分からないけれど、かなり重要なことらしい。
調査のためにこのダンジョンに潜って早二か月、かなりの情報を入手できていると、響子さんは言っている。
ここに住む謎のMobは、極東帝国では普通は見られない種類らしい。これは響子さんが呟いていたのを聞いたことだ。強さで言えば、かなり高位のMobだが、あの七人なら倒せないことはないだろう。調査のためには、是が非でも私が止めるしかないのだろう。それが、私の役割なのだから。
「もう大丈夫よ。ここでの調査はほとんど終わったわ。ここはそろそろ離れて、別の地へ向かうのが最善だわ。ここの処理は今来ている七人に任せましょう。この子、もそろそろ目を覚ます頃でしょうしね。」
響子さんのすぐ目の前には、見ただけで逃げたす人もいそうなほど巨大な、高さ20メートルは優に超えるだろう怪鳥が眠っていた。響子さんが眠らせていなければ、暴れまわっているだろう。
これはは、確かヨーロッパの方に生息しているMobに似ている気がする。なぜ、こんなところに現れたのかは分からないが、異常だということだけは、私でもよく理解している。
「何しているの、早く行くわよ。」
気が付くと、響子さんはダンジョンの最深部にある脱出用の転移ゲートのすぐそばに立っていた。
「ごめんなさい。すぐに行きます。」
私は響子さんに駆け寄って、二人で転移ゲートに入った。脱出用の転移ゲートでは、ある言葉を言うことでダンジョンの外に出ることができる。
「エスケープ、竜の渓谷。」
響子さんがそう唱えると、転移ゲートは輝きだした。これは、普通の転移ゲートと変わらない。エスケープとは、離脱という意味の言葉らしい。
「エスケープ、竜の渓谷。」
響子さんに続いて私も同じように唱えた。すると、私の体も光に包まれた。私は少し気になっていた。あの七人がシムルグと戦う様子を思い描いて。なぜだろうか、私はあの七人が忘れられそうにない。
次の竜の巣では、先ほどよりも一回り大きな竜が現れたが、ジャンと真弥が打ち落とししたところを、秀明が刀で切りつけて、難なく倒すことができた。この調子なら、思っていたよりも早く奥までたどり着けそうだ。
しかし、少し気になっていることがある。他の皆は気づいていないようだったが、先ほど、前方百メートルほどのあたりに一人の少女がいたのが一瞬だけ確認できた。特に敵意はなかったようだが、少し気になっている。少女がこんなところにいたわけが。ここは、天宮一誠によって立ち入り禁止にされているはずだから、一般のプレイヤーが入れるはずがないのだ。
つまり、あの少女が幻覚などでないとすれば、天宮一誠の任務を受けてここにいるか、間違えてここに迷い込んだか、もしくは、許可なくここに侵入したかのいずれかであるということになる。
まず一つ目はないだろう。仮にそうだとしたら、あの爺さんが何も言わないはずがない。そのことは必ず伝えるはずだ。
二つ目は可能性がないわけでもない。しかし、もし迷子ならばあの竜たちをどのようにかいくぐったのかという疑問が残る。あの年齢のプレイヤーで、一人で竜を倒せる者は、俺でも碧ぐらいしか知らない。偶然迷い込んだ子供が、それほど強いはずがないのだ。
つまり、最も確率が高いのは侵入ということだが、こんな危険な場所に、いったい何の目的で侵入したのだろうか。見当もつかない。
何もわからない今は、皆には話さないで置くのが得策だろう。爺さんに話すか否かは、進みながら考えるとしよう。
「青治、立ち止まってないで早く行こうよ。さっき急ぐように言ったのは青治でしょ。置いていっちゃうよ。」
竜を倒し終えて、皆は既に次の道のすぐ前まで行っていた。入ったばかりとは違い、皆やる気は十分にあるようだ。
「分かったよ。そこの道は右から二つ目の道だ。この道は少し長いからな。あと、間違えてわき道にそれるなよ。」
「了解。」
ジャンがよく通った声でそう言うと、皆は俺の言った道に入っていった。俺はその後を軽く走って追った。
大体300メートルほど進むと再び開けた空間に出た。この空間は、今までのよりも一回りか二回り広い、半径200メートルといったとこか。おそらく、もともと住んでいた竜がかなり大型だったのだろう。洞窟の外にまで竜が出るようになった今は、どうなっているか分からないが。
俺たちは安全のために、いったん巣の手前で立ち止まった。さっきのように二体いた場合に挟み撃ちにされないためだ。
足音や息を吐く音は聞こえてこない。これだけ広い巣に一体もいないという可能性はかなり低いはずだし、息をひそめて機会をうかがっているのだろう。しかし、竜はもともと気高い生き物であり、息をひそめて機会をうかがうというのは稀だ。ここの竜はあまりにも用心深い。ここに現れた高位Mobの存在のせいだろうか。それとも、また別の存在のせいだろうか。
「真弥、何かあったか。」
「ここから確認できる範囲には、今のところ何の反応もない。だが、空気の流れが乱れていることから、息をひそめているのだと思う。」
やはり、真弥の空間認識範囲にはいないか。壁の端の方に、息を射染めてこちらをうかがっているのだろう。
「青治、大気の流れがおかしいよ。この乱れ方だと、少なくとも3体は竜がいると思う。でも、そんなことは今までなかったし、竜以外の大型の生き物ってここにいたかな。私には覚えがないんだけど。」
蒼奈が大気の流れを間違えて把握することは、まずないだろう。つまり、この空間には3体以上の竜がいるということか。生態系の乱れは、かなり深刻なようだ。爺さんが急いでやらせたがった理由が分かった気がする。
俺は、ストレージの中から一つのアイテムを取り出した。見た目はただの球にしか見えないだろう。しかし、かなり使えるアイテムの一つだ。特に、このような洞窟の中などでは重宝される。
「それは何ですか。小さな球に見えますけど、ただの球ではないんですよね。いったいどんなものなんですか。」
そういえば、佳苗にジャン、真弥はダンジョンに入るのは初めてだったな。それならば、知らなくても仕方がないか。このアイテムは日差しの当たる一般のフィールドでの使用機会はほとんどないのだから。
「これは蛍玉、洞窟などで一定の空間を光で照らすことができる。これがあれば、この空間全体の様子を確認できて、Mobの位置を把握できるってわけだ。そういうことでいいんだろ、青治。」
俺が答える前に、代わりに秀明が答えてくれた。知っているのは当然か。この蛍玉は、ダンジョン探検の必須アイテムの一つなのだから。
「ああ、間違いないよ。みんな、少し目を瞑っていてくれ。結構まぶしいからな、これを使った瞬間は。」
俺の言葉と共に皆は目を瞑り始めた。精霊であるウンディーネは、目を開けて辺りの様子をうかがっているようだが。
「じゃあ、行くぞ。」
俺は合図と共に、蛍玉を宙に放った。すると、蛍玉は頂点に達したところで強い光を放った。その光は、あたり一面に広がっていった。そして、発光元の蛍玉の光は薄れていき、あたりの様子が見えてきた。
「みんな、もう眼を開けていいぞ。」
俺はそう言ったとき、この空間の異様さに気づいた。空間の端に身をひそめていた竜は思っていた以上だった。右に二体、左に一体、奥に二体の合計五体もの竜がこの空間にはいたのだ。いきなりのピンチといったところか。
だが、これは面白くなってきた。本当に今までとは違う。ここは、俺の知らない竜の渓谷だ。
「こ、こんなのあり。一つの巣に五匹の竜なんて聞いたことない。」
渚もやはり知らないか。
あの爺さんは、このことを知っていて俺たちに来させたのだろうか。それとも、本当に知らなかったのだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいいことだ。今大切なのは、こいつらを倒すことだ。
「蒼奈、お前も攻撃に参加してくれ。この数には、お前の攻撃が有効だ。お前も分かっているだろ。」
「じゃあ、一撃だけだよ。後はそっちでやってよ。」
蒼奈は刃のない剣(杖)を取り出すと、それの先端を宙に向けた。すると、その先に大きな水の球ができた。あの技をやるつもりか。蒼奈の、味方さえも巻き込みかねない攻撃の一つ、貫水球だ。
「みんな、少しだけ伏せておいて、かなり危険だと思うから。体に穴が開いてもいいっていうなら構わないけど。」
ほとんど脅しに近い蒼奈の忠告を受けて、俺と蒼奈を除く全員は床に伏せた。それと同時に、警戒態勢を取っていた竜たちが攻撃態勢に移り、俺たちの方に向かってきた。
「愚かな竜たちだ。そんなに死に急ぐと言うなら、少しだけ手助けしてあげる。もちろん、死ぬための。」
蒼奈がそう言い終えると、空中に浮いていた水の球の表面に小さなこぶがいくつも現れた。そして、次の瞬間、こぶは鋭い棘に変わって四方八方に広がった。それらは竜の腹や翼だけでなくあたりの壁にさえ穴を穿った。屈んでいたジャンたちのすぐ上を通過したものもあった。
水が完全に動きを止めた時には、3体の竜は消滅し、残る2体も体のあちこちを貫かれていた。さすがは蒼奈、大技ならブレイカーズの中でもトップクラスを誇るだけはある。
さて、残ったやつらの始末は俺の仕事か。
二匹の竜は攻撃を受けて動きを止めているので、すぐに片が付きそうだ。
俺は、まず傷の浅い方に近づき首を切り落とした。それと同時に残った一体に向けて銃を撃った。弾は竜の頭の中央を貫いていった。
次の瞬間、二匹の竜はノイズを走らせて消滅した。これで仕事完了か。
「終わったからもう起きても大丈夫だぞ。予想外だったが、このくらいならまだ大丈夫そうだ。気を付けるのは謎のMobだけで大丈夫だろう。」
俺たちの戦いをしっかり見ていた渚に真弥、秀明はすぐに起き上ったが、伏せることに集中していたジャンと佳苗はすぐには起き上がらず、伏せた状態であたりを確認してから立ち上がった。
「これが双青の力か。さすがは世界に十二人しかいないブレイカーズの一角。竜なんて敵じゃないわけだな。」
「真弥の言う通りだね。僕たちとは次元が違うよ。正直ここまで強いなんて思ってなかった。ブレイカーズが一人いるだけで国の戦力が倍になるっていう噂は、あながち間違いでもないかもしれないって思えるよ。」
やっぱりよく見ているようだ。渚たちも高校生のレベルではない、用心しないと足元をすくわれるな。
俺のスキルがばれるのも時間の問題かもしれない。最初から分かっていたことだが。いや、もしかしたら渚はもう気づいているかもしれない。先日たった一度だが本人対して使ったのだから。うかつだったか。
俺と碧のスキルは使えることが知られればかなり危険な可能性もあるのだから。もう少し慎重に使うべきだな。反省しておこう。こいつらにならまだいいが、この世界の人間全員がいい奴というわけではないのだから。
「倍っていうのは言い過ぎだ、さすがに九国の戦力を倍にするほどの力は持ってないよ。もし持っているとしたらブレイカーズでも奴くらいだよ。ブレイカーズ最強の男、「「破壊神」」。」
破壊神の称号を持つブレイカーズ最強の男のことは皆知っているだろう。あいつはブレイカーズの中でも別格だ。まさしく破壊神と呼べる男だからな。
「確かに、あの男は最強だよね。一人で国一つと遣り合えるなんて言っている人もいるらしいし。」
「天宮家の息女が噂なんかを信じてるとは意外だったな。まあ、それだけ奴はすごいと思うが。」
「信じてるなんて、一言も言ってないよ。ただ聞いたことがあるだけなんだから。」
渚はあわてたように叫んだ。
渚のやつは、いつもは冷静そうに見えるが、意外と感情を表に出すやつだというのが今日の様子で分かった。
しかし、昔聞いた話では、天宮一誠の唯一の孫娘(渚)は感情を全く表に出さない冷徹女だと言われていたはずだ。
その話が嘘だったのだろうか、それとも最近変わったのだろうか。まあ、どちらにせよどうでもいいことに変わりはない。人のことを探ることは得意だが、あまり好きではないことなのだから。
それ以上に気になるのは真弥の方だ。
俺も人のことは言えないが、本当の力は隠しているようだし。かなりの実力を持ちながら、合うまで全く名前を聞いたことがなかったのだから。
それ以上に気になるのは、真弥の渚に対する視線。仲間に対するものとは違う、何か別の感情が含まれた視線だ。渚のやつは全く気付く様子もないが、俺が口出しすることでもないだろう。面倒事は勘弁しておいてほしいし。
「聞いたことがあるだけか。言い訳っぽくも聞こえるが、そういうことにしておくか。それよりも、そろそろ先に進もうぜ、遅くなると困るからな。」
「そうだね、中だと時間も分からないみたいだし。」
ジャンはこんかいだけでダンジョンの特性の一つを知ったようだ。中ではあらゆる時計は機能しなくなり、外の様子も見えない。この作りはダンジョン内での緊張感を高めることを目的としたものだろう。
他にもいくつかあるのだが、こういうのは自分で気づくことに意味がある。佳苗とジャンには気付くまで黙っておこう。
そういえば、実力はかなりのものだが、真弥もダンジョンは初めてだったか。真弥のやつならすでにそのほとんどに気づいている気もするが、一応黙っておこう。
俺たちは、その後一時間ほどかけて七つもの竜の巣を突破した。思っていたよりもスムーズに進んでいる。それは、初めての佳苗やジャンが足手まといになどならず、率先して戦っていたからだろう。
一度は撒いたみたいだけど、再び見つかったらしく、こちらへの視線が増えている。さっきの行動もあるし、ぼくが気付いていることを感づかれたかもしれない。まあ、大きな問題はないけれど。
それにしても、けっこう暑くなってきた。かなり下の方の階まで下りてきたのだろう。
いつもならちゃんと階数を数えているのだが、お兄ちゃんやお姉ちゃんがいないと少し気が抜けてしまう。これは僕の悪い癖だ。ばれる前にどうにかして直せるようにしよう。
そうしないと、お兄ちゃんにはいつかばれてしまうだろうから。お姉ちゃんなら許してくれるかもしれないけど、甘えてばかりではいけない。それを一番わかっているのはぼく自身だ。
まずは、気を引き締めて奴に挑もう。このダンジョンの主である、高位Mobのヘルハウンド、地獄の番犬に。
この辺りのマグマだまりの数からして、ここは最深部の一つ手前といったところだろう。
なら、次の階層でヘルハウンドが出現するはずだ。このMobとは何回もやりあったことがある。相手の動きはすべて覚えている。問題は何もない、たとえ後ろの連中が邪魔してきたとしても、ヘルハウンドを倒すのには何の支障も出ない。そのはずだ。
いざという時は、危険を覚悟で遺伝スキルを使えばいいだろう。その場合は、見た相手を生きて返すわけにはいかなくなるが、悪いのは邪魔してきたやつらの方になるのだし、殺されても文句は言えまい。
ぼくはまだ13歳なのだから、いくら強くともプレイヤーを殺すのをためらうだろうと彼らは思っているのかもしれないが、そんなことはない。ぼくはよく知っている、戦いの中で殺しをためらえば死ぬのは自分になると。学んだのは五年前だ。これでもぼくは双青の妹なのだ、なめてもらっては困る。
まあ、後ろを追っている人たちはぼくのことをなめているのだろうけど。その程度の実力でぼくを捕えられるなんて考えているようなのだから。
そんな彼らには、本当の恐怖を、死の恐怖を教えってやってもいいだろうか、ぼくの遺伝スキルの力を持って。
お姉ちゃんならそうしただろう、お兄ちゃんは、自分のために戦って相手を殺すことはないか。お兄ちゃんが他プレイヤーをキルしたのはたった一度だけ、お姉ちゃんとぼくのために戦った五年前だけなのだから。
いろいろ考えながら歩いているうちに下層へと降りる階段の前までたどり着いていた。
ここを降りれば、ヘルハウンドの巣食う最深部だとぼくの感は言っている。時間的にはまだ余裕はありそうだけれど、後ろに不確定要素がいることだし、早めにいくことにしよう。
ぼくが階段に一歩足を掛けると、同時に、周りでひっくり返っていた巨大な炎の蜘蛛十数ひきが一斉に消滅した。ぼくはそれを後ろに見ながら、階段をゆっくりと降りて行った。
意外だった。ぼくの考えでは、彼らはぼくが最深部に入る前に捕獲すると踏んでいたのだが、違ったようだ。ぼくが戦いを終えて弱っているところを狙うつもりらしい。頭の方はけっこう回るというべきか、それとも、悪知恵がよく働くというべきなのかはぼくには判断しかねるが、特に問題はない。
一番厄介なのは、戦闘中に最深部に入って来られることだ。ヘルハウンドと同時に相手はあまりしたくない。プレイヤーへの力の加減を誤ってしまいそうだから。
しかし、その心配は杞憂だったようだ。最深部に入った途端視線がなくなった。おそらく、弱るのを待つつもりなのだろう。最深部には脱出用ゲートが在沖しているが、存在するのはヘルハウンドの巣の最も奥、ぼくがそこまではいけないと、ぼくの目的はここでとれる鉱石だと考えているのだろう。
それはとても的外れな考えだ。ぼくの目的は元よりひとつ、ヘルハウンドを一人で倒すことなのだから。
さて、そろそろボスとのご対面だ。気を引き締めていかなくては、この世界では少しのミスが死を招く。死ねば二度と戻れない、ミスは一度も許されないのだ。
ぼくが巣まで向かっていると、大きな遠吠えが聞こえた。他のものを委縮させるような声、間違いなくヘルハウンドのものだ。
次の瞬間、不覚にもぼくは驚いて足を止めてしまった。岩の向こうから現れた巨大な炎のケルベロス、その炎の色はいつもの赤ではない、青色だ。一度だけ見たことがある。お兄ちゃんたちと倒しもした。
希少種のヘルハウンドだ。
「面白くなってきた。」
ぼくは、意識せずそう呟いていた。
お兄ちゃんに似てきたのかもしれない、戦いがこんなにも楽しみなんて。でも、悪くない気分だ。
「やっぱり鉱石が目当ての様ですね兄貴。最深部に入って行きました。ヘルハウンドにやられなければいいですが。」
ヘルハウンドか、俺たちでもどうしようもない相手だな。あんなガキではすぐにやられてしまうだろう。だが、やつは双青の妹、ヘルハウンドから逃れることくらいはできるだろう。
「そうだな、30分たっても戻らなければ下に降りてみるか。それまでは待機しておこう。いざという時のためにしっかり休んでおけ。」
「はい、ボス。」
この山賊ギルド、影の仕事屋が設立以来最も大きな仕事になるかもしれない今回の仕事は必ず成功させたい。そのために時間もかけてきた。作戦に抜かりはない。後は予定通りに進むのを待つだけだ。
あの双青から奪うなんて、他の誰が考え付くだろうか。だが、この作戦なら極東最強の双青からアイテム等を奪えるはずだ。
この作戦、必ず成功させてみせるぞ。
今まで10もの広い空間にて竜を倒してきて少し自信が湧いてきた。私でもちゃんと竜と戦えている、その事実が私を勇気づけてくれている。
この間までは、一人だったとはいえ会った途端に勝てないと思いすぐに逃げ出してしまっていたが、今なら逃げずに挑める自身さえある。これもすべて青治さんと蒼奈さんのおかげだ。
もし二人がいなかったら、あの時に私は死んでいただろうし、こんな私を二人がギルドに誘ってくれたからここにいられる。双青との出会いは、私にとってまさに運命の出会いだったと言えるだろう。そんな二人と、いや、ここにいるみんなともっと冒険をしたい。
「うれしそうだが、どうしたんだ。竜を倒せたことがそんなにうれしかったのか。佳苗は意外と戦い好きだったのだな。最初会ったときはおとなしい子だと思ったのだが、違っていたようだ。」
出したつもりはなかったのだが、意識しないうちに感情が顔に出ていたらしい。
「そんなじゃないよ。皆と一緒に冒険ができることが楽しいだけで、竜を倒せたのがうれしいとかそういうんじゃないよ。真弥も思うでしょ、もっとみんなで冒険したいって。だって、みんなといるだけで楽しい気持ちがするから。」
私が尋ねると、真弥は黙ってしまった。みしかして、真弥はそう思っていないのだろうか。そうだから言いづらくて黙ってしまったのかもしれない。
皆がみんな同じ考えではないのだから、それも仕方ないのかもしれないが、私はできれば真弥も同じ気持ちであって欲しいと心のどこかでは思っていた。
「真弥がそう思ってなくても、仕方ないよね。みんなで冒険するのは今日が初めてなんだし。私みたいにすぐには思えないよね。」
「いや、そう言うわけではないんだ。私もみんなといるのは楽しい。だが、・・・・・・いや、何でもない。気にしないでくれ。」
真弥は少し不思議なところがある気がする。
青治さんと蒼奈さんには及ばないと思うけど、すごい実力なのにまったく聞いたことがなかったし、ときどき妙にさびしそうな顔をしているように見える。ただの見間違いかもしれないけれど。
初めて会った入学式の時もそんなふうに見えたのを覚えている。あの時はステージ脇の方を見ながらそんな顔をしていた。いったい何を見ていたのだろうか。
友達とはいえ、勝手に詮索するのはよくないと思うし、これ以上考えるのは止そう。
「私も意外だったな、真弥が人をからかったりするなんて。クラスではいつも一人って聞いてたし。」
「そうなのか。人をからかうのが好きというわけではないが、友達とたわいもないことを話すのは嫌いじゃないぞ。クラスで話さないのは気の合う相手が見つかっていないというだけだ。佳苗を見ていて少しからかってみたくなったのは事実だが。意外だったか。」
私たちがそんなふうに話をしていると、青治さんが私たちの方に振り返った。
今はダンジョンの中なのだし、不謹慎だったのかもしれない。すぐに謝った方がいいかもしれない、私はそう思った。
「お前たち楽しそうだな。ダンジョンでこんなに楽しそうにしている奴は初めて見たよ。まあ、これはゲームなんだし、楽しむのは当然だよな。戦うことばかりに集中する方がおかしいって言えるかもしれないよな。俺も、もう少し楽しむことにするか、その方が面白いだろうしな。」
青治さんの言ったことは、私にとっては意外だった。ブレイカーズになれるほどのトッププレイヤーなのだから、戦いにすごく真剣な人だと思っていたのだが、そうではないのかもしれない。
「佳苗、今意外だって思ったでしょ。顔に書いてるよ。」
蒼奈さんにはすぐに思ったことが見破られてしまった。いや、きっと青治さんにもわかっていただろう。ただ声に出さなかっただけで。それとも、蒼奈さんに先に言われてしまったか。
「俺がそんなにまじめそうに見えるか、トッププレイヤーだからって皆が戦いにすべてをかけてるわけじゃないんだぜ。戦いが好きではあるが、それは楽しいからだしな。ブレイカーズは変わり者が多いっていうし、他にもそう思ってるやつの一人や二人いると思うけどな。」
青治さんは全く気にしている様子はなかった。そう思われることはよくあるのかもしれない。
「ゲームだから楽しむのが当然」、青治さんのその言葉が妙に心に残った。
「そろそろ次の巣に着くぜ。無駄話もそのくらいにしておいたらどうだ。今は何があるか分からないんだしさ。」
秀明さんの言う通りだ。今は何が起きるか分からないのだ、青治さんと蒼奈さんばかりをあてにするのもよくない。メリハリをしっかりとして気を引き締めていこう。
気づけば、真弥もさっきとは違い少し緊張した面持ちになっている。私もしっかりと気を引き締めないと。
私が気を引き締め直したのとほぼ同時に、先頭の青治さんが巣の中に入った。
前の7回は普段とあまり変わらなかったらしいが、次がどうなるかは分からない。それでも、私たちなら大丈夫だと思う。だって、私たちのギルドは私の知る中では最強のギルドなのだから。
またしても私は驚かされた。
11個目の巣にいたのは竜が一頭だけだった。そのため、初めての3人はあまり驚いている様子はなかったが、一度来たことのあるものなら驚くはずだ。案の定、秀明さんは驚いている様子だ。双青の二人はここが竜の渓谷とは別のダンジョンだと考えているようで、驚いた様子は見せていなかったが。そこはさすがと言うところなのだろう。あまり認めたくはないが。
なぜ、来たものならわかるのか。それはここにいる一頭が、普段はダンジョンの最深部に生息するここのボスだからだ。ダンジョンのボスの中では強い方には入らないが、かなり高位のMobであることに変わりはない。普通はダンジョンの途中で出たりはしないのだ。
双青のように別物と考えるべきなのだろう。ここはもう竜の渓谷ではない。いや、私の知っているダンジョンではない、そう考えるべきだ。
「予想はしていたが、実際に出てくるとここの異常性がよく分かるな。ジャン、佳苗、真弥、こいつがここの本来の主、ヤマタノオロチだ。今は頭が一つしか見えないが、暗闇の中に残り七つの頭がちゃんとある。」
青治がそう言った直後、それを主張するかのように四つの頭が闇の中から姿を見せた。
真弥には全体の姿がしっかり見えているのだろう、かなり緊張した面持ちをしている。
ヤマタノオロチは8つの頭を持つため、絶え間ない攻撃を繰り出す。それだけでもかなり厄介な相手だが、それ以上に厄介な点が一つある。それは、それぞれの首の付け根と体の中央に計九つの心臓を持つこと。つまり、こいつを倒すには9つの心臓すべてを破壊するか、致命傷になるほどの傷を負わせなければならない。簡単に言えば、今までの竜のようにはいかない。佳苗さんやジャンさんには荷が重い相手だと思われる。
先手必勝というかのように、青治が銃を撃った。銃弾は暗闇の中に消えていった。
その直後、ヤマタノオロチが大きな咆哮を放った。おそらく、青治の放った弾丸がこいつの要となる心臓、身体の中央の心臓を貫いたのだろう。
しかし、肉眼では先の見えない暗闇の中にある体の位置を把握できるはずがない。だが、まぐれ当たりとも思えない。銃弾は一発しか撃っていないのだから。つまり、青治には肉眼以外の敵を認識できる力があるということになる。この中でそれを持っている者は真弥もいる。昨日のことから考えると青治のスキルはやっぱり、しかし本当にあのスキルが備わっているとしたら・・・、いや、あの青治ならありえないことでもない。ブレイカーズになれるほどなのだから。
「ジャンと佳苗ちゃんは後方支援をお願い。こいつを相手しながら二人を守るのはかなり厳しいから、できるだけ前には出ないでおいてよ。」
蒼奈の指示はかなり的確なものだ。それに迷いがない。ダンジョンのボスクラスを相手にしながらになると、かなりの経験がないとここまでの指示はできないだろう。
私でも他人にまで気が回せる自信はない。
普段は抱き着いてくるしよく分からないところもあるが、戦いになると別人だ。味方としては心強いが、敵としては会いたくない。
初めて会ったときは本当にあの双青なのかと疑いもしたが、今日見ていてよく分かった。果てしなく強い。もしかしたらお爺様よりも強いかもしれない。双青を相手にしたらお爺様でも勝てないだろう。
まずは蛍玉で灯りをつけるべきだ。私はそう考え蛍玉をストレージから出そうとしたが、その時には既に青治が蛍玉を投げようとしていた。
だったら残る心臓の破壊に回ろう。私はすぐに行動に移した。
その時にはもうヤマタノオロチの体全体が明かりに照らされていた。
心臓は一つ一つ確実に潰していこう。まずは右端の方から狙おう。私はすぐに狙った首の付け根に瞬間移動をした。
これが私の遺伝スキルだ。自分だけでなくても無生物なら移動させることができる。瞬間移動系の遺伝スキルでは強力な方だと言われていて、ロスタイムもほとんどない。
私が首の付け根に現れると、ヤマタノオロチはすぐに隣の頭で私を攻撃してきた。巨大な体に反して、こいつの動きはかなり俊敏だ。
しかし、その巨体のせいで胴体は自由に動かせないようだ。普段いる最深部と比べてこの巣は10分の1の大きさもない。いつも通りに動けないのは当然と言えるだろう。
だが、逆の捉え方をすると、それは私たちの逃げ場が少ないということでもある。頭の一つに薙刀で応戦していると、背中がすぐに壁についてしまった。
秀明さんもかなり苦戦を強いられているようで、壁際で2つの頭部の攻撃をかろうじて防いでいる。いつ攻撃を受けてもおかしくない状態だ。
蒼奈は、後方からの攻撃を行っているダンジョン初の3人にブレスなどで攻撃を加えてきている3つの頭の攻撃を、一人で押さえていた。攻撃の時もすごかったが、守りもすごい。巨大な水の壁ですべての攻撃を抑えている。そのうえ、水による攻撃までくわえている。普通に見られる基本属性スキルの水属性スキルだが、スケールが違う。これほどまでの力を使役できる者は他に一人しか知らない。ブレイカーズの一人、電撃使いの「電撃銃の手」だけだ。
双青のもう一人青治はといえば、残る2つの頭を相手にしながらも見事な体さばきで攻撃をすべて受け流しつつ、襲ってきている頭に攻撃を加えている。それだけでなく、体の方へと近づいていってもいる。どうしたらそれだけの動きができるのだろうか。人間業とは思えなかった。
頭一つを相手に苦戦しているようでは天宮家の名折れだ。双青の二人には及ばないまでも、ヤマタノオロチに反撃してやらなければ。
そう思っていた時、秀明さんを襲っていた頭の一つの攻撃が秀明さんの左腕を捉えた。ヤマタノオロチは毒などを持たないので致命傷にはならないものの、攻撃はかなり強力だ。秀明さんはもう左腕を使えないだろう。
さらに、畳み掛けるようにもう一つの頭が秀明さんに襲いかかっている。このままではかなり危険だ。だが、私の瞬間移動なら間に合うはずだ。ここは私がやるしかない。
私は応戦していた頭から距離を取ってすぐにスキルを発動した。移動先はもちろん秀明さんを襲っている頭の後ろだ。私の瞬間移動は高さも移動できる。狙いは頭と首の付け根、鱗の薄い部位だ。
8つも頭があるのだから当然だが、私が移動したのにはすぐに気づかれたようで、狙っていた頭は攻撃を中断して防御態勢を取った。
そのせいで、狙いはずれて首に切り傷を一つ入れるだけになってしまったが、秀明さんのピンチはしのげたので上出来だろう。
「天宮、後ろだ。」
しかし、秀明さんが直後に行ったのはお礼ではなかった。その言葉で私はすぐに振り返った。
後ろに迫っていたのは火球だった。飛んできた方からしてさっきまで私が相手にしていた頭から放たれたものだろう。
そんなことはどうでもいい。問題はこの距離ではもう瞬間移動では間に合わないということ。そして、薙刀は小回りが利かず後ろへの攻撃が難しいことだ。
他人の危険ばかりに気を取られて、自分に迫っていた危険に気づかないなんて、とんだ失態だ。
私は当たる覚悟をした。死ぬことはないだろうが、かなりの傷を負うことは避けられないだろう。
しかし、火球は私のすぐ後ろで破裂した。そのおかげで、私は無事に地面に足をついた。
「大丈夫か、天宮さん。ぎりぎり間に合ったと思うのだが。」
今の言葉と弓を構えている様子から、私を助けてくれたのは真弥のようだ。おそらく、爆裂系の矢でも放ったのだろう。動いている火球を狙い撃つなんて、かなりの腕前だ。
「ありがとう。助かったよ。」
私はすぐにお礼を言えたが、心の中ではまったく別のことを考えていた。
他人を助けて自分がやられているようではまだまだ未熟だ。こんな失敗をしているようでは、またお父様に叱られてしまう。私は天宮家の一員なのだ。こんなんではだめだ。もっと強くならなくては、双青の二人のも負けないくらいに。天宮家は極東帝国最強、他のプレイヤーに劣っているようではいけないのだから。
今は気を取り直してヤマタノオロチとの戦いに集中しよう。また失態を起こさないためにも。
「天宮、助かったぜ。助けてくれてありがとな。それに悪かったな、俺のせいで危険にさらして。」
気を取り直すとすぐに秀明さんから少し遅いお礼をもらった。
さっきのは、完全に私の注意不足だ。秀明さんが悪いわけではない。それでも謝ってくるなんて、秀明さんはかなりのお人よしなのかもしれない。
「気にしないでいいよ。さっきのは完全に私のミスだから。秀明さんは悪くない。私がもっとしっかりしていたらよかっただけ。」
私はそう言って、すぐに元々相手をしていた頭の方に瞬間移動をした。
秀明さんひとりでは頭を2つ同時に相手にするのは厳しいと思われたが、それに気づいたようで真弥とジャンさんが援護を始めているので心配は不要だろう。私は自分のことに集中しよう。
ヤマタノオロチの頭部の攻撃は主に3パターンある。一つは噛み付き、次に叩き付け、最後にブレスだ。この中のどれを使ってくるか、先を読んで動くことで相手のすきを付けるはずだ。まずは相手の攻撃パターンを把握しよう。一説によると頭ごとにそれは変わっているらしい。
私が瞬間移動をしてすぐにきた攻撃は噛み付きだった。この攻撃は鼻先を武器で受け止めれば対処できる。
私は、薙刀の柄で鼻先を受け止めた。するとすぐに頭を引っ込めて、再び私に向かってきた。今度は口ではなく側頭部での叩きつけのようだ。これは受け止めるのは難しい。上手に受け流さないと勢いで飛ばされてしまうからだ。青治を見ていると簡単にできそうに見えるが、実際はかなり難しい。当たり前のようにやってのけている青治がすごいと言える。
私では成功率50%といったところが限界だろう。私はそれを自覚しているから、受け止めずに横に跳んで避けた。交わされたのを見るや、頭はすぐ上に上がり、攻撃のすきは与えられない。
「このままじゃらちが明かないよ。どうするつもりなの、渚。防戦一方になってるみたいだけど。」
空に言われなくても私だってそれくらいわかっている。だからこそ言われると気分が悪くなる。本当にただのおせっかい妖精ではないか。お爺様に仕えていた時もあったと言っていたが、本当だとは思えない。
「余計はお世話だよ。どうせ空はただ見てるだけなんだから、口出さないで。気が散っちゃうから。それとも、あなたに何かできるっていうの。」
空は私の服の中で大きなため息をついた。
「今まで多くの天宮家の人間を見てきたけど、渚はその中で一番口が悪いよ。そんなんだから友達もできないんだよ。それに力み過ぎだと思うよ。力は加減が大切なんだってことをわかってないよ。」
説教なんて止めてほしい。確かに私よりも経験が豊富で、多くのことを知っているだろう。でも、私が主なのだから説教するような立場ではないはずだ。
「余計な口出しはしないでといつも言ってるでしょ。私は私のやり方でやるから、空はただ静かに見てるだけでいいの。」
空はまたため息をついて何かを言おうとしたが、私は空が発言をする前に動いた。そのため、空はそれ以上何かを言うのはあきらめたようで黙った。
空にアドバイスなどもらわなくても、自分で作戦くらいは考えられる。私のスキルの利点、離れていてもすぐに近づけることを生かせばいいはず。だから、距離を取ってブレスを放たせればいい。その直後なら他の攻撃の後よりも大きな隙が生まれるのだから。
私は再び攻撃が来る前に数メートルの距離を取った。同じようなミスをもう一度するほどバカではない。他の頭の様子も確認済みだ。私に攻撃をしてくる気配はないので、今はこの一つの相手に集中できる。
ヤマタノオロチの頭の一つは、私の方を向いて口を開いた。その口の奥では炎がちらついているのが見える。私の予想通り、相手はブレス攻撃の準備をしているのは確実だろう。
後は放った直後に瞬間移動で相手に近づくだけだ。Mobはプレイヤーとは違い単純なので、私がミスさえしなければ攻撃は確実に決まる。そのために敵の動きを見逃さないように集中した。
口の奥にちらつく炎はだんだんと大きくなってきた。そして、口の中の炎はしだいに球のような形になっているように見えた。もうすぐブレスが放たれる、私は直感的にそう思った。次の瞬間、口の中で炎が爆発したかのように見えた。ブレスが放たれたのだ。
私はそのタイミングを逃さず、ブレスを放った頭の背後に瞬間移動をした。
頭は、ブレスを放った衝撃で自由に動けないはず、今なら攻撃を決められる。私は手に持った薙刀を振りかぶった。そして、頭と首の付け根あたりに振り下ろした。薙刀の刃はヤマタノオロチの首を切り裂いた。
しかし、刃が首から抜けず、ヤマタノオロチに食い込んだままになった。必然的に、私もその場から動けなくなった。予想外だった、刃が抜けなくなるなんて。
ヤマタノオロチはすぐに反撃に出た。私を壁に叩きつけようとして、首を大きく動かした。壁にぶつかる寸前、私は薙刀と一緒に瞬間移動をして、なんとか危機を逃れた。
「バカなのかお前は、ヤマタノオロチの肉は金属並みに硬いから、深く切り込むのは心臓のある首の付け根だけでいいんだぞ。あんなに深く切り込んだら、抜けなくなって当然だよ。そんなことも知らなかったのか。」
いつの間にかわたしの近くに来ていた青治が私にそう言った。相変わらず、頭二つを相手にしながらも余裕の様子だ。今の言葉もあって無性に腹が立つ。
「だって、今までは後方支援しかしてこなかったんだもん。だから、ヤマタノオロチに直接攻撃するのは今回が初めてで、だから、知らなく当然でしょ。」
言った自分でも、言い訳にしか聞こえない。言っていることに嘘はないが、ここに来ることは決まっていたのだから、こいつの情報を手に入れる時間は十分にあった。それを怠ったのはわたしなのだ。
「お嬢様は、危険な前線には出してもらえないってわけか。まあ、あの爺さんは唯一の直系の孫であるお前を溺愛してるし、それもあり得なくはないか。」
何でそんなことまで知っているのだろうか。いや、溺愛まではされていない。少し甘いだけに過ぎないはずだ。たぶん・・・、そうだと思う。
「そんなんじゃないよ。まだ私が力不足だから、前に出してもらえなかった、ただそれだけのことだから。勘違いしないでよね。」
「お前が力不足か、そうは見えないけどな。まあ、天宮家にもいろいろあるんだろうな。俺では知らないようなことも。」
それは当然だ。知っていたら大問題だ。ブレイカーズとはいえ、天宮家のものでない者には教えられることと教えられないことがあるはずだ。たぶん、私に教えられていないことも。天宮家のすべてを知っているのはお爺様くらいだろう。
「前線が初めてか。それにしてはなかなかやるじゃないか。かなりの手傷を負ってるみたいだぜ。」
青治に言われて、わたしは攻撃を加えたはずの頭を見た。後ろの首と頭の付け根からは絶え間なく血が流れている。そのためか、安定しないように首が左右に揺れている。
しかし、まさか褒められるとは思っていなかった。意外と悪い気分ではない。
だが、今の攻撃がよかった言えるものではないことくらい、自分自身がよく分かっている。これからはしっかりと敵のことを調べておこう。「知は力なり」とも言われるのだから。
「俺も負けてられないな。少しだけ本気でいってみるか。」
隣で敵と応戦していた青治がそう呟いたのが私には聞こえた。
私はすごく気になった。青治がどのように戦うのか。そして、青治のスキルの正体は本当にあれなのかと。私が相手をしていた頭は少しくらい放っておいても問題はなさそうだし、青治の戦いを見ておこう。
青治は頭の一つが噛み付き攻撃をしてくると、立て続けに二発の銃弾を放った。その二発は、それぞれ左右の目を打ち抜いた。最初の射撃もそうだったが、迷いがなく狙いが的確だ。
目を潰されたためだろう、頭は攻撃を中断して体勢を立て直そうと後ろに引いた。その時には、青治は宙に跳んで、その頭の上に見事に着地をした。まさかとは思うが、上に乗って戦うつもりらしい。私では立つことすらできないだろう。
青治は首の上を駆けて首の付け根へと向かっていた。狙いはやはり心臓一つのようだ。この状態なら、私のように首や頭に傷をつけて弱らせることもできるのだろうが、そのつもりは少しもないらしい。
当然だろうが、青治が相手をしていたもう一つの頭が首の上を駆けている青治目がけて襲いかかって来ていた。
青治は、再び引き金を二回連続で引いた。二発の銃弾はさっきと同じように、再び左右の目を潰した。青治はそれと同時に、乗っていた首を右手の剣で軽く刺した。首は痛みのためか少し上に上がった。そのため、目が潰されていることもあり、ヤマタノオロチは自分の頭で自分の首に噛み付くことになった。こんな戦法は見たことがない。
青治はその様子に目もくれず、首の付け根へと一気に駆けた。そして、首の付け根あたりにとたどり着くと心臓があるだろうあたりを剣で切り裂いた。同時に噛み付いた方の頭の首の付け根目がけて銃の引き金を引いた。銃弾が首の付け根を貫通すると、二つの首は力を失ったかのように地面に伏した。
蒼奈の大規模攻撃もすさまじかったが、青治の精密な動きもすごい。無駄がほとんどないのだ。あれだけの動きができるのもうなずける。いったい、どのようにしたらあれだけの技術を身に着けられるのだろうか。私には想像もつかない。
私が切り裂いた頭のふらつきがだんだん落ち着いてきている。傷の痛みに慣れてきたのだろう。動き出す前に仕留めておこう。
そう考えた私は、すぐに瞬間移動で首の付け根近くに移動した。痛みに気を取られているようで私にはまだ気づいていない。私は気づかれる前に薙刀の刃を突き立てた。
すると、首は力を失ったように地面に伏した。これで、残る心臓は5つだ。
渚ちゃんの戦い方は意外と豪快で、切ることにためらいがない。たぶん、青治よりも私の方に戦い方が似ている気がする。
最初はスキルを隠していたみたいだけど、もう見られることなどかまわずに使っている。
渚ちゃんも青治も自分の相手はしっかりと倒したみたいだし、そろそろ私も決めようかな。
秀明の方は、真弥に任せていて問題はなさそうな様子だし、そのまま任しておこう。
「真弥、そっちの一体はお願い。ジャンもそのまま秀明の援護。佳苗ちゃんは秀明の治癒の準備をしておいて。こっちは私がやっておくから。」
「分かった。こっちは任せくれ。」
真弥の返事にはためらいがない。これならきっとやってくれるだろう。
私は杖を取り出して、先に水の刃を発生させた。後は、これで一刀両断するだけだ。
その時、真弥の放った矢の一本が不規則に曲がったのが見えた。その矢は首を見事に避けて首の付け根に突き刺さった。その矢は爆裂矢だったようで、小さな爆発を起こした。これで心臓が破壊されたのだろう、その首は地面に伏した。
真弥は、私の方を見て軽くうなずいた。こっちはやったという合図のつもりだろう。
今の矢の曲がり方は、普通ではありあえないものだった。どれだけの名弓手であろうと絶対に再現することはできない、そう確信していた。
つまり、真弥にはまだ隠している力があるのだろう。隠す理由やその力までは分からないが、空間認識の力とは別の力であるのは間違いない。遺伝スキルに偽りはなく、これが特別選択スキルの力や技術によるものである可能性もある。しかし、私にはそうだとは思えなかった。理由は特にないが、これは遺伝スキルだと確信していた。
青治なら、既にその力をわかっているだろう。しかし、たとえ私にも他人の秘密を勝手に話したりはしないだろう。それが青治だから。
「蒼奈さん、攻撃が来ましたよ。」
私は、佳苗ちゃんの言葉で思考から抜け出した。今は戦いのさなかだ、考えるのは後にすべきだ。私はそれに気づき、戦いに意識を集中させた。
佳苗ちゃんの言う通り、敵は二つの頭からブレスを放とうとしていた。水の障壁は今だ健在、ブレスごときで破られることもないだろう。だが、相手が相手だ、何をしてくるか分からない、決して気を抜いていい時ではない。
「ジャン、佳苗ちゃん。二人とも少し後ろに下がっていてくれないかな。そこだと巻き込んじゃうかもしれないから。二人とも、それは嫌でしょ。だから、お願いね。下がってて。」
2人はすぐに言われたとおりに動いてくれた。これで周りへの配慮はいらない、最大の一撃をお見舞いできる。
「蒼奈、一人で大丈夫なの。三体も相手してるんだよ、たった一人でなんて、危険じゃないの。」
ジャンは私の心配をしてくれているようだ。だが、その心配は不要だ。ヤマタノオロチ程度に遅れを取るような私ではない。
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だよ。相手は、3体じゃなくて1体の一部、こっちの方が上でしょ。それに、私はブレイカーズ双青の片割れ、こんな相手にやられたりはしないよ。だから、そこでしっかり見ててよ、私の戦いを。」
私の言ったことちゃんと伝わったようで、ジャンは大きくうなずくと佳苗ちゃんと二人で私の方をじっと見つめた。
その時に、先ほどのブレスがちょうど水の障壁に激突した。すると、火はたちまちのうちに消え水の壁だけが残った。こんな攻撃なら、あと数百回であろうと耐えられる自信はある。しかし、あまり長引かせるわけにもいかない、さっさと決めさせてもらおう。
三つの頭は、再び水の壁目がけて攻撃を繰り出してきた。今度はブレスではなく、直接の打撃だ。これが機だ、今ならやれる。私はそう確信して攻撃を始めた。
三つの頭が水の障壁に触れると、その部分が熱を浴びた氷のように解け始めた。それを見るや、三つの頭は怯えたように後ろに下がった。
これは水を酸性の液体にしただけにすぎない。この程度では、まだ攻撃とは言えない。
私は上段に水の剣を構えた。
真弥も倒したのだ、ここでやれなくては双青の名折れだ。そうなっても別に気にしないが、なめられることは嫌だし、絶対に決めよう、この一撃をもって。
一度は怯んだものの、ヤマタノオロチはブレスでの破壊を試みてきた。判断としては適格だ。だが、それは戦う場合においてだけだ。今最も選ぶべき選択は、ここから逃げることだ。圧倒的な力の前で唯一とれるたった一つの手段だ。しかし、Mobであるこいつに逃げるなどと言う選択肢はないのだろう。可哀そうなことだ。
私はかまえていた水の剣、正しくは杖を横に一振りした。振り切った時には、水の刃は消えていた。
次の瞬間、水の障壁、ブレス、三つの頭、それらすべてが真っ二つになった。わずか一瞬でのことだ。
ヤマタノオロチは、水の刃によって頭だけでなく首の付け根にある心臓や体の一部さえも切り裂かれている様子だ。これで、残る心臓はあと一つ。だが、今のでかなりの傷を負ったので、心臓の一つが残っていようと死は免れないだろう。
「少しやりすぎちゃったかな。この技は加減が難しいからなー。」
後ろにいるジャンと佳苗ちゃんは、驚きのあまりか固まってしまっている。佳苗ちゃんは一度その目で見ているはずなのだが、今のはそれだけ衝撃が大きかったのだろう。相手が相手だけあって。
真弥と渚ちゃんもただただ唖然としている。当然だが、青治は別に驚いた様子は見せていない。
そして、秀明はまだ戦いに集中していて、私の攻撃を見てさえいないようだ。
「これで、終わりだ。」
私の一撃を受けて動きが鈍ったため、ヤマタノオロチの最後の心臓は秀明によって切り裂かれた。
その直後、部屋全体を占めるほど巨大なヤマタノオロチの体は、ノイズを走らせて消滅した。部屋は静寂に包まれた。
「おつかれ、みんなよくやったな、ここのボスを倒したんだ。まあ、今は違うかもしれないが。」
最初に声を発したのは青治だった。
青治の言葉で、みんなは戦いの緊張から解かれたようだった。
「だが、この奥にはこれよりも強いのがいるはずだろう。まだまだ気は抜けないな。」
「そうだよね、私ももっと頑張らないと。」
真弥の言う通り、この先にはヤマタノオロチを超える高位Mobが存在しているはずだ。今回は秀明が左手を怪我しただけだったが、次もそううまくいくとは限らない。このギルドはできたばかりで、連携などは全く取れていないのだから。
そう言えば・・・
「佳苗、次頑張る前に秀明のけがを治すのを頑張ってくれないか。」
秀明のけがのことを忘れていた。さいわい、青治はちゃんと覚えていたようだが。
佳苗ちゃんも今気づいたようで、慌てて秀明に駆け寄った。秀明は特に気にしていないようだが。
佳苗ちゃんが治癒、正しくは治癒系の特殊スキルを使い始めると、佳苗ちゃんの周りが光っているように見えてきた。普通の治癒の場合は回復している部位が緑の光に包まれるのだが、佳苗ちゃんの特殊遺伝スキルは自然の力、周りに存在する力を糧としているためだろう、周りが光っている。
術を行使してから十秒もたたないうちに秀明のけがは完全に治った。すごい回復能力だ。青治が治癒を超えると言っていたのも、大げさではなかったようだ。
「これが治癒か、見るのは初めてだ。こんなにもすぐに怪我が治るとは、便利なものだな。」
「マジかよ。それだけの実力がありながら治癒術も見たことがないなんて、そんな奴がいるのかよ。」
私も秀明と同意見だ。
真弥の実力は、ダンジョンでも十分に通用するほどはある。それだけの力があれば、普通は大規模戦闘なども経験していて、治癒術を一度や二度は見ているはずだ。私たちも、かなり前だが大規模戦闘に参加していた。
「まあ、見たことねえものは見たことねえだろ。それがダメってことではないんだからさ。そうだろ秀明。」
「確かにな。俺にも始めてはあったわけだし、遅いか早いかだけの違いか。」
秀明はやはり単純なようで、既に気にしていない様子だ。しかし、私は気にせずにはいられなかった。もしかしたら、真弥は私たち以上に大きな秘密を抱えているのかもしれない。そんな気がしてならない。
「蒼奈さん、どうかしましたか。難しい顔してますけど、何か考え事ですか。もしかして、この先にいる何かの正体が分かったとかですか。」
「ううん、そうじゃない。些細なことだから気にしなくていいよ。それよりも、そろそろ先に進まない」
「はい、そうですね。」
佳苗ちゃんは私の言葉に微塵の疑いも持っていないようだ。きっと佳苗ちゃんは、ここにいるみんなのことを信頼しているのだろう。仲間だから。
私も少しは見習わなくては。別に真弥が秘密を抱えていようが、私たちのように何か理由があってのことだろう。他人には言えない何かが。でも仲間なのだから、きっといつか話してくれるときが来ると、そう信じて待っていよう。
私たちは再び奥を目指して進み始めた。
今まで突破した巣は11、残る巣の数は3のはず、もうすぐでここに現れたMobの正体が分かる。久しぶりに本気でやれるのではないかと、少し期待している。覇者の集い以来、本気を出す機会がなかったから。
不安は全くなかった。自分の力に自信があるというのもあるが、みんなのことを信じようと決めたのが理由だ。私たちなら絶対に勝てる、私はそう信じるから。
ヤマタノオロチを倒した後、続く巣では二匹の竜、次に双頭の竜と出てきたが、蒼奈や青治の力を必要とせずに倒すことができた。
始まる前のことを考えると、私たちは強くなっている、そんな気がしている。個人としてではない、チームとして、いやギルドとして。
特に佳苗とジャンは個人的にも強くなっていると思われる。初めてのダンジョンでいい経験をしているのだろう。私も同じく初だが、これ以上の修羅場をいくつも潜り抜けてきた私にとっては、どうってことないことだった。
私は何を考えているのだろうか、今まで他人のことなど少しも気にしていなかったくせに。ここに入ったのも理由があってのことだ。でも、このみんなといるのが楽しいと感じているのは確かだ。
私は今までただひたすら強さを求めてきた。誰にも頼らず、自分一人で戦える強さを。こっちの世界では、仲間なんてこと一度も考えたことがなかった。でも、本当はさびしかったのかもしれない。だから、みんなと一緒にいるのが楽しいと感じているのかもしれない。
みんながいれば、私は一人じゃない。今までの私から変われるかもしれない。孤独だった、一人だったそんな自分が。
さっきも、とっさのことで反射的に天宮さんを助けてしまった。少し前までの私だったなら、他人になど目もくれなかっただろうに。ましてや、あの、天宮のものになど。
私が変われたのは、このみんなと出合えたのは、佳苗のおかげだろう。
入学式のあの日、佳苗と友達になれた、だから、私はみんなといられる。佳苗には感謝しなくてはいけないかもしれない。
しかし、私の野望にみんなを巻き込むわけにはいくまい。いつかは別れなければならないかもしれない。それは、仕方のないことだろう。
「次が最深部の前最後の一つだ。ヤマタノオロチよりもやばい奴は出ないと思うが、しっかり気を引き締めていけよ、何が起きるか分からないからな。」
もうそこまで進んでいたのか。思っていたよりもダンジョンとは短いものだったのだろうか。いや、青治のおかげで最短ルートを進んでこられたからだろう。もし私が一人で来ていたら、今日中には出られなかったに違いない。
私は常に前の空間を確認していたので、いち早く気が付いた。
「みんな、この先少し崩れているぞ。岩の破片が落ちている。危険かもしれないが、通り抜けられるとは思う。どうする。」
安全を第一に考えたら、別のルートを通るべきなのだろう。しかし、別のルートを行けば、敵Mobと多く出会うことになり、危険が増えることに変わりはない。どのような選択をすべきなのだろうか。
青治ならいい考えを思いついてくれるだろうと、少し頼っている部分もあったかもしれない。青治は多くのことを知っているようだから。
「そうだな、このまま進もうか。岩の方はどうにかなるし、あとは崩れてきたりしないかが心配だな。まあ、そう何度も崩れてきたりはしないだろう。一応、念のために、この先の巣ではあまり派手に戦わないようにしよう。それでいいか。」
青治の意見に反対するものなどだれもいなかった。今までのことから、青治の判断が信頼に足るものだと理解しているからだろう。
しかし、崩れている岩はかなり大きい。身体能力を強化できるタイプのスキルの使い手でないと動かすのは難しいと思われる。どのようにしてどかすつもりなのだろうか。蒼奈の力なら砕けるかもしれないが、それでは周りまで崩しかねないことは、青治ならわかっているはずだ。
「じゃあ、蒼奈溶かしてくれ。岩くらい問題ないだろ。」
溶かす、いったいどういうことだろうか。蒼奈の力は水、塩や砂糖ならともかく、岩を溶かせるとは。そういえば、先ほどのヤマタノオロチとの戦いで、蒼奈の作った水の障壁に触れたヤマタノオロチの皮膚が溶けたかのように見えた気がする。もしかして、蒼奈のスキルは、私が思っているものとは別物なのかもしれない。
「いいけど。このくらいのことは朝飯前だしね。」
蒼奈が右手を目に向けると、巨大な波が起きた。まさか、洞窟の中で波を見ることになるとは思わなかった。
その波は、流れている周りの床や壁を少しだが溶かしていた。削っているのとは違う、確かに溶かしている、それは確信できた。しかし、どうして。
「酸の大波、双青の最強の攻撃技の一つ。通った後に残るのは荒野だけ、それ以外のものは命もすべて溶けて消える、酸の波。」
解説してくれたのは天宮さんだった。この技はかなり有名なものらしい。覇者の集いを見ていない私には分からなかったが、見たものならきっと知っているのだろう。佳苗も知っている様子だ。
道をふさぐ岩に近づくと、床や壁の溶け方が激しくなっている。岩を溶かすために、酸が強くなっているのだろう。岩は目に見えるスピードで溶けてなくなっていく。これが同じプレイヤーの力とは思えない。しかし、実際にやっているのはプレイヤーだ。
数分足らずで岩は完全に溶けてなくなった。周りの床や壁も、溶けて歪んでしまっているが、崩れてきそうな様子はない。これなら問題ない。青治の言った通り、どうにかなったといえるだろう。
蒼奈のスキルは水ではなく液体なのだろうか。そうならば、酸を使えることにも納得できる。でも、なんだか少し違うような気がする。
「まさか実際に見られるとは思っていなかったな、あのメルトウェーブが。」
「まあ、この技は危険すぎるから使う機会はほとんどないからね。今回は4か月ぶりくらいかな、やったの。でも、やっぱり加減が難しいだよ、他の技より。」
確かに、今の技を一歩間違えば大惨事だ。これを扱えるようになるにはかなりの努力をしたのだろう。私も見習わなくては。
酸で溶けた床は溶けて整地されたため、意外と、普通の岩の床よりも歩きやすかった。
そして、私たちは最深部前、最後の一部屋にたどり着いた。そこで見たのは、驚くべき光景だった。さすがの双青も予想できなかったようで、青治はいつも通り冷静だが、蒼奈は驚きを隠しきれていない。私も同じかもしれないが。
「いったい、ここで何があったの。」
佳苗の言う通りだ。ここでいったい何があったのか、おそらく双青でも分からないだろう。イレギュラーな出来事なのに、間違いないのだから。
この部屋は氷におおわれていたのだ。元からではない。ここはそれほど寒くはないし、そこにいたのだろう竜さえも凍り付いているのだから。誰かがやったとしか考えられない。規模からして、かなり腕の立つ者が。いったい何のために。
青き翼の覇者双青の続きになりました。
私はやはりまだまだ未熟ですので、前作を読んでくださった方はこちらの感想もよろしくお願いします。
今作では題名の青き翼がなんであるかがわかっていただけたと思います。
そして、今回は前回とは変わり青冶たちの戦闘シーンが多くなってきましが、青冶たちの戦いぶりはどうですか。正直に言いますと、私的には見苦しいところも多いかもしれないと思っています。なにせ、視点がころころと変わっていき、だれの視点なのかがわかるなくなってしまうのではないかと危惧しているからです。それでも読んでいただいた皆さんにはとても感謝しています。
学園と言っておきながら、今回は学校での場面がかなり少なかった、そうお思いになる方もいると思います。正直に言います、学園はあまり出てこないし、後になると全く出てこない予定です。
まあ、なにはともあれ無事に書き終えられたことですし、これ以上自分の作品の批評をするのもあれなのでこの辺で終わりにしたいと思います。
ですが、あと少し予告だけ付き合ってください。
次作、双青完結です。とは言っても、この小説はまだまだ続きますよ。
竜の渓谷での冒険の終盤、そして新たなる事件が起きる予感も。ぜひ、楽しみにしていてください。