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青き翼の覇者(ブレイカーズ)  作者: 伊藤真之
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双青(1)

私はまだ高校生で、この小説は私の最初の作品です。なので、見苦しいところもあるとは思いますが、最後まで読んでいただき、今後の参考のために率直な感想をいただけたら嬉しいです。

西暦2023年、この世界に悪夢が訪れた。

その悪夢はある新型のペスト菌、DRYPによって引き起こされた。それらによって引き起こされる病気は新黒死病と呼ばれ中国で初めて感染が確認された。

そして、それは瞬く間に世界中へと広まっていき、それによって世界の人口の10分の9もの人がなくなった。たった一つの病気によりこれだけの人間が死に至ったのは、DRYPが既存の抗生物質や薬が全く効かなかったとからである。そのうえ、感染率、死亡率と共にこれまでのどんな病気よりも高かったという事実もある。      

数十年の努力によって、某アメリカ企業がワクチンの開発に成功し、日本を含む各国の協力もあり、一般的な普及も可能になった。

その成果により、それ以上の被害を食い止めることはできた。

それら一連の出来事は、「黒い悪夢」と呼ばれ、語り継がれることとなった。

「黒の悪夢」による被害は、言うまでもなくきわめて大きなものだった。しかし、それだけで終わりではなかった。

人類はきわめて大きなダメージを受けた。しかも、それだけでは終わらなかった。

 世界の人口は10分の一ほどまでの減少、「黒の悪夢」による世界中の混乱みより、食料の生産が追い付かない状況になり食糧難に陥った。そして世界の国々の間で食料と領土、人員を求めて戦争を始まった。

 最初に動いたのは、イラクだった。武力を用いて近隣諸国に攻め入ったのだ。もちろん、近隣諸国も武力で応戦を始めた。この戦いを皮切りに、世界中での大規模な戦争、第三次世界大戦の勃発が危惧された。

 しかし、それだけの事態になりながらも、主要先進国の努力により、第3世界大戦の勃発は防がれることとなった。

その要因は日本、アメリカ、ロシア、ヨーロッパ諸国、中国、オーストラリア、ブラジル、インド、アラブ諸国の共同でフルダイブ用インターフェースアナザーリンカー、フルダイブ空間「アナザーアース」の開発に成功したことだ。

「アナザーアース」とは、現実の地球そっくりに作られた仮想空間の名称である。意味はそのまま、もう一つの地球である。

「アナザーアース」の誕生により、「黒の悪夢」により激減した世界の人口をこれ以上減らさないために、戦争の舞台は現実世界から仮想世界へと移り変わった。

西暦2041年、「アナザーアース」の中で第一次仮想大戦が始まった。

 仮想大戦は仮想世界で手に入れた領土を現実世界でも手に入れることができるというルールのもと行われた。

「アナザーアース」製作にかかわった九か国は、多くの人口、様々な技術を持っていたため、日本は極東帝国、アメリカはNAU(北米連合)、ロシアはソビエト大帝国、中国は新中華皇国、オーストラリアはオセアニア連邦、アラブ諸国はエジプト・アラビア連合国、ブラジルはアンデス連邦、ヨーロッパ諸国は聖ローマ王国、インドはイスラム王国となりG9(主要9国)として世界の中心となったことは言うまでもない。

 その他にもいくつかの国は残ったが、世界の国は50近くにまで減少した。滅びた国のほとんどは発展途上国だった。

しかし、ただ征服された国は少数で、「黒の悪夢」のため、国を経済的に維持できなくなり、主要国に合併した国がほとんどだった。

そして、開始から42年後、主要九か国による、非交戦条約の締結により、2083年7月24日、第一次仮想大戦は終了した。

 人が死ぬことのない仮想世界での戦争であったにもかかわらず、第一次仮想大戦が永遠に続かなかったのは、あるルールによると考えられている。

そのルールとは、死者復活不可システムだ。   

その名の通り、この仮想世界で死んだ者は2度と戻ってくることはできないというものだ。もちろん、現実世界で死ぬわけではなく、ただコンティニューができないだけだ。

 第一次仮想大戦終了から50年、2133年現在では世界の食糧問題は完全に解決し、各国ともに「アナザーアース」においてのプレイヤーの育成に力を入れている。そのため仮想世界に学校まである。

 プレイヤーの育成の目的は、戦争のためではない。世界にいくつか存在するテロ組織やMobとの戦闘のためである。

 すなわち、現代での戦闘能力の向上は、自衛のためと、クエストを達成するために必要となるものとなっている。

 クエストの達成にどんな意味があるのかというと、報酬、つまりお金を得られることだ。「アナザーアース」で手に入れたお金は、現代主流となっている電子通貨と同様に、現実世界で使うことができるのだ。そのため、この世界で働いて生きている人も珍しくはない。

 その他にも、この「アナザーアース」は特殊なルールが存在する。

 まず「ジ・アース」には、Mobを除いたNPCがほとんど存在しない。唯一あるのは、個人用のNPCで、妖精、精霊と呼ばれている。

それはこの世界が国の力を競うために作られたものであるため、NPCは極力存在しない方がよいと考えられたからだ。そのため各ショップや宿屋、クエストの依頼まで全てがプレイヤーにより行われている。

 さらに、この世界でのスキルの在り方も変わっている。

スキルには大きく分けて3つある。

1つは遺伝スキル、これは各個人の遺伝子情報に基づき自動で決定されるスキルでメインスキルとも呼ばれる。

次に選択スキルと屋ばれるもので、一人3つまで選ぶことができる。選択スキルの中には特定の一族や、条件を満たしたものしか得られない特別選択スキルも存在する。これらはサブスキルとも呼ばれる。

そして最後に称号スキル、一定のノルマを達成することで得られるスキルで特定の称号を得られる。

 そしてこの世界ではスキルを使う際にはCPカロリーと呼ばれるポイントを消費する。これは移動したり、時間が過ぎるだけでも減少し、回復するには食料アイテムを食べなければならない。

 このゲームではCP以外の能力値は装備やスキルによって決まる攻撃力、防御力、敏捷性しか存在しない。

レベルはなく、HPもい。この世界で相手を倒す方法はただ一つ、この世界で相手の心臓を止めることだ。

 まさにこの世界はもう一つの現実だ。




 一人の少女が草原を駆けていた。少女は、ただひたすら駆けていた。一面草に覆われたフィールド、そこをただ一人で。

その理由は明瞭だった。少女は逃げていたのだ、自分を追って空を飛んでいる巨大な一匹の赤いドラゴンから。そのドラゴンは、少女だけを見据え、口には炎がちらついていて、明らかに少女を狙っていた。

そんな少女とドラゴンは、傍から見れば、完全に捕食者と獲物、少女にできることはただ逃げることだけだろうと思われる。それが事実であるようで、少女はただ駆けて逃げているだけだ。

しかし、逃げることに必死な少女と違い、ドラゴンの様子には大きな余裕が感じられるものだった。

ドラゴンはMobの中で知性が高い部類に入るほどだ。もちろん、ただ単純に追い回すだけのばかではない。

ドラゴンは炎のちらついている大きな口を開いた。口の中には、大きな炎の塊があり、それは恐ろしげにゆらゆらと揺れていた。しかし、少女はそれに気づく様子もない。まるで、後ろを振り向いた瞬間、すぐ後ろに迫っている竜に食べられてしまうと思っているかのようだ。

ドラゴンは、一度、鼻から息を吸い込むと、口のお腹の炎を火球にして、少女めがけて放った。その火球のスピードはお世辞にも早いとはいえるものではなかった。きっと、少女でもかわすことはできただろうと思われる。もし、少女に逃げる以外の余裕があったのならば。 

しかし、少女は逃げることに夢中で火球には気付かなかった。そしえ火球は少女を捉えた。

その火球自体に大した威力があったわけではなく、少女は当たった衝撃で1メートルほど宙を舞って倒れただけだった。だがドラゴンにとってはそれだけで十分だった。

少女が立ち上がろうとしている間にドラゴンは一気に少女に近づいた。そして少女は立ち上がった直後大きな影に包まれた。もちろん、その影はドラゴンのものである。少女はとうとうドラゴンに追いつかれた。

ドラゴンは右前足を振り上げた。少女は悟っただろう、自分はこのドラゴン殺されるのだと。このドラゴンに、自分の命が握られているのだと。

そして、ドラゴンは無慈悲にも、少女めがけて巨大な足の鉤爪を振り下ろした。


 この鉤爪が私の命を奪うのだろう。それを想像して、私は恐怖で目を瞑った。今の私は本当の私ではなくこの世界での仮の私であるとわかっていながらも、私は死に恐怖していた。

ドラゴンの鉤爪が迫ってきているのは肌で感じられた。しかしその鉤爪が私を殺すことはなかった。

目を瞑ってはいたが、音はよく聞こえた。ガンッ、という何か硬いものと硬いものがぶつかったような音。そして、その直後になり響いた銃声の音が。ドラゴンであるはずがない。誰かがいるのだ。それとも、恐怖のあまりの空耳だろうか。

私は恐る恐る、ゆっくりと目を開いた。すると、目の前には一人の少年が立っていて、さっきまで自分を追っていたドラゴンは、額から血を流し悲痛の声を上げていた。私の空耳ではなかったようだ。私は、なんて運がいいのだろう。

私はすぐに理解した、この少年が自分を助けてくれたのだと。

しかし、同時に不安にもなった。目の前にいる少年は、決してひ弱そうではないが、強そうにも見えない。ただの平凡な少年の様だった。失礼だが、この人じゃ一人でドラゴンを倒せるとは思えなかった。いや、正しく言えば、ドラゴンは人間のプレイヤー一人で倒せる相手ではない。普通は10数人のチームで相手をするものなのだ。

それに、ドラゴンと比べると、ゾウとアリを見ているようだ。大きさではなく、迫力というものが。

 「あんた、大丈夫だったか。」

 少年はドラゴンに目を向けたままではあったが私にやさしく声をかけてくれた。悪い人ではないようだ。助けてくれたのだから、当然かもしれないが。

私はあまり気を遣わせては悪いと思い、すぐに答えた。

 「大丈夫です。助けてくださってありがとうございます。あなたが助けてくださらなかったら、私は死んでいました。でも、一人でドラゴンを相手にするのは・・・」

 私が言い終える前に、待ちきれないとでもいうように、ドラゴンは雄叫びを上げて少年のことを睨んだ。しかし、少年はドラゴンが目の前にいながらも全く怯んでいる様子はなかった。

見た目ではそう見えないが、よっぽど腕に自信があるのか、それともドラゴンの強さを知らない新人なのか、私は前者であって欲しいと願った。

 「無事ならよかった。じゃあ少し待っててくれ、すぐにこいつを片付けるからな。」

 少年は、そう言って右手の剣を構えた。その姿は、様になっていて、新人には思えなかった。私は、少年一人でドラゴンに勝てるはずないと思いながらも、そこはかとない安心を感じていた。

ドラゴンは少年の動きに気づいたのか、剣を構えた少年めがけて火球を放った。火球が迫っているにもかかわらず、少年は動こうとしなかった。火球が危険なことくらい、新人を脱したばかりの私だって知っている。

もしかしたら、後者だったのかもしれないと思った。でも、少年の剣を構えた様子を見ていると、不思議と不安にはならなかった。次の瞬間、その直後少年の右手の剣が動いたような気がした。少年の構えは、先ほどと全く変わっていないというのに。

だが、それは間違いではなかったとすぐに分かった。

なぜなら、火球は少年ではなくドラゴンの右目に命中したからだ。私は、驚きのあまり言葉を失った。この少年は、いったい何者なのだ。

少年は、火球をドラゴンに打ち返していたのだ。見えなかった、でも少年は動いていたのだ。そう思ったとき、再び銃声が鳴り響きドラゴンの左目も失われた。

 ドラゴンは両目を失っても戦意を失ったりなどせずに、少年めがけて鉤爪を振るった。狙いが正確だったのは、においで判断したからだろう。ドラゴンの鼻はいいと聞く。 

少年の剣は、そんなドラゴンの鉤爪をあっさりと弾き返した。大きさは完全にドラゴンの方が大きい。少年にドラゴン以上の力があるとは思えない。ありえない、でも、今目の前で起こったのだ。

 「蒼奈、後は頼んだぞ。こいつを好きにしていいから。」

 私は少年が声をかけるまで気が付かなかった、少年以外に少年となんとなく似た感じのする少女が、私の後ろに立っていたことに。まるで、気配を消していたかのようだ。

 「青治、こんなのじゃウォーミングアップにもならないよ。まあでもこいつ気に食わないし、いいよ、やってあげる。」

 少女はそう言うと腰に下げていた刃のない剣?を手に持ってドラゴンに向けた。

すると刃のなかった剣に水の刃が生まれた。そして、少女は、刃がドラゴンに届くとは思えないのに剣を振るった。

すると、水の刃はドラゴンめがけて飛んでいき、ドラゴンは水の刃で頭を真二つに切り裂かれた。あまりに驚きの光景だった。ドラゴンがこんなにも簡単に倒されるなんて。

その直後、ノイズを走らせてドラゴンは消滅した。

 私は、二人の少年と少女を見た。今度は二人が私の方を向いていたので顔が見えた。その顔を見て、私は再び言葉を失った。私は、今になって気が付いた。

私は彼らを知っていた。いや、この世界の者ならほとんどが知っているだろう。知っていない者の方が少ないはずだ。

だって、彼らの通り名は「双青ダブルブルー」、この世界にいる12人の覇者ブレイカーズの一組だ。

 ブレイカーズは、2か月前、今年の1月に生まれたばかりの制度だ。

ブレイカーズになるためには、今年から始まった3年に一度の大会「覇者の集い」にて本戦を突破しなければならない。

参加できるのは運営側から実績を認められた1万人のプレイヤーのみである。その中の100名が本戦へと出場することができる。その中で今年ブレイカーズとなれたのはたった12組、15人だけである。

二人の組と一人の組があるのは簡単なことだ。この大会は称号で登録して参加するものであるため、二人で一つの称号を持つプレイヤーなら、二人で一組として参加することができるのだ。

 「双青」は極東帝国唯一のブレイカーズであり、」この国で知らないものはまずいないだろう名プレイヤーだ。また、彼らはこうも呼ばれている「極東の青覇者ブルーブレイカー」と。

 そんな彼らが、いま私の目の前にいる。私はこの状況は夢なのではないかと疑った。

 「蒼奈、このフィールドで竜種のMobなんか出たことあったか。」

 「私は見たことないよ。ここでドラゴンなんて、話も聞いたことないかな。」

 私がぽかんとして二人を見ている間に、2人は先ほどのドラゴンについての話をしてるようだった。

確かに、初心者向けのフィールドであるここには私もよく来るが、ドラゴンが出てきたのは今日が初めてだ。アップデートという話は聞いていないし、どういうことなのだろうか。

 「あんた、少し訊いてもいいか。ドラゴンが現れた時の状況とか。」

 少年の方が突然私に尋ねてきた。私は驚いてしまい、少しの間固まってしまった。

しかし、二人が不思議そうに私のことを見ているのに気づき、私はあわてて答えた。

 「獣種のMobと戦っていたら突然空から降りてきて、私はあわてて逃げたんです。まるでどこからかやって来たような現れ方でした。それに、なんだか怒っているような感じがしました。」

 少年は少女の方に振り返り、私には聞こえない小さな声で何かを話していた。

きっと、他人に聞かれるのはまずいことを話しているのだろう。

今思えば、ブレイカーズである彼らが何の用もなくこんな下位のフィールドに来るはずはないだろう。つまり、誰かの依頼を受けてきているのだ。

しかし、その依頼の内容が私なんかに理解できるはずもない、無駄に考えるのは止めておこう。

 少年は再び私の方を向いた。

 「まあ無事で何よりだ。これからここに来るときには気を付けてくれ。じゃあな。」

 「もしかしたらまた現れるかもしれないから。できれば近づかない方がいいと思うよ。じゃあね。」

 二人はそう言うと、フィールドの奥の方へと去って行った。

 私は、いまだに信じられなかった。私程度のプレイヤーが、あの双青に会えたということに。

そして、私は自分の頬をつねってみた。

 「痛い、夢じゃない。」

 私は本当に彼らに出会ったのだ。しかしこのときはまだ知らなかったこれが運命の出会いであったということを。

 

 「アナザーアース」の極東帝国には、他の「アナザーアース」内の国と同様に学校がある。これはもう世界では当たり前のことといってもよいものとなっている。

「アナザーアース」内の高校では一般の高校とは違い「アナザーアース」における技術を学ぶための場所になっている。もちろん、一般教養も最低限は学ぶことにはなっているが。

極東帝国には高校5つ大学2つが存在している。高校は関東、関西、東北、北海道、九州にそれぞれ一つずつ、大学は関東と関西に一つずつの配置である。

数が少なすぎるのではないか、と疑問に思うかもしれない。しかし、仮想世界である「アナザーアース」では、転移ゲートがいくつも存在するため、遠方でもすぐに行くことができるのである。すなわち、敷地さえあればそれほどたくさんの学校がる必要はないのだ。 

さすがに、戦争のために作られた世界だけあって、国と国の間での転移ゲートは存在しないのだが。

高校以前は「アナザーアース」で死んだときのために、現実世界で通うことになっているのだ。つまり、義務教育までは普通に行うことは昔と変わっていないのである。

高校の名は極東帝国学園高校といい、北海道は北高、東北は東高、関西は西港、九州は南高となっている。

大学は極東帝国学園大学といい、関東は戦闘系、関西は非戦闘系のプレイヤーと分けられている。

極東帝国学園高校は大きく戦闘科と商業科に分かれている。この科は2年時に分けられることになっていて、1年時は共にこの世界で生きていくために必要な基本的な戦闘技術を学ぶことになっている。東西南北の分校も同様である。

商業系プレイヤーでもフィールドに出て戦うことはあるのだから当然ともいえる。

今も現実世界の学校に行く生徒は仮想世界の学校に行く生徒よりも多いが、大学生では10%が高校生では5%の学生が極東帝国学園に通うほどになっている。

その理由は、この世界で稼いだマネーは現実世界で電子マネーとして使用することができるということにある。すなわち、この世界で働くことで稼ぐことができるからだ。

これは国の戦力を高めるためにどこの国でもやっていることだ。それは戦争の終った今でも変わらない。


今日は2133年4月7日、極東帝国学園高校の入学式当日だ。

そして、私は今日から極東帝国学園高校に通うことになるのだ。新しい仲間との学園生活はとても楽しみだ。

私たち新入生は入学式の会場である大ホールに集められていた。

この大ホールは1学年全員が入れるほどに広い極東学園高校最大の施設だ。昔あったらしい世界最小の国バチカンよりも大きいらしい。バチカンがどれほどの大きさかを知らないので、それがどれほどすごいことなのかはさっぱり分からない。

入学式開始までまだ少し時間がある。今のうちに友達を作るために他の人とお話でもしていようと思い、私は右隣の人を見た。

右隣の少女は私が見ているのに気付いたようで私の方に顔を向けてきた。

「は、初めまして。私は吉田佳苗って言います。よろしくお願いします。」

少し噛んでしまった。初対面の挨拶で噛んでしまうなんて印象を悪くしてしまったかもしれないと、私は少し不安になった。

しかし、その心配は不要だったようで、その少女は笑顔で答えてくれた。

「こちらこそ、よろしく頼む、佳苗。私の名前は三浦真弥。真弥って呼んでくれてかまわない。」

話しかけた相手が真弥さんでよかったと思った、私はそう思った。私なんかにも丁寧に話してくれたし、かなりいい人そうだ。

この調子でもっと友達を増やしていけたらいいな、なんて思っていると入学式は始まった。

 

 学園長先生の話がようやく終わった。学園長の話かなり長く、他の人たちも聞くことに飽きてきていた様子で、暇そうにしている者もいた。

しかし、次の生徒会長の挨拶が始まると暇そうにしていた人たちもステージに向き直った。

極東帝国学園高校の現生徒会長は、名を花開院椎名さんといい、容姿端麗であり、さらに現学園五指に選ばれるほどの実力もある。まさに、学園の代表にふさわしい人だ。

しかも、学園生徒のあこがれの的であるだけでなく、学園外にも知らないものはそうそういないほどの有名人である。

皆が注目するのは当然のことだ。

 そして、ステージに上った生徒会長の話が始まった。

「皆さん、おはようございます。私は46代生徒会長の花開院椎名です。今年も我が学園にこれほどの生徒の皆さんが入学してくださったことを大変うれしく思います。皆さんはこの学園がどのようなものであるかをよく理解して入ってくださっていると思っています。私は、皆さんにこの学園にて自身力を存分に伸ばして欲しいと思っています。そのためのこの学園だからです。そして、学びも大切ですが、仲間も大切だと私は思います。なので、多くの仲間を作り学園生活を有意義なものにしてください。一人ではつらいことでも仲間と一緒なら必ず成し遂げられるはずです。仲間とともに自身を磨いていってください。これで生徒会長の挨拶を終わります。」

 生徒会長はそう言うとステージを降りて行った。

 思っていたよりも話がかなり短かった。おそらく学園長の話が長くなりすぎたせいなのだろう。

 「続きましては、新入生代表の言葉です。新入生代表、天宮渚さんお願いします。」

 視界の言葉に続いて一人の新入生がステージに上がった。

その少女は長い黒髪で、一言でいうなら日本人形のようなというのがふさわしいと思われる少女だった。

 会場の新入生たちはざわついていた。

それは当然だろう。あの天宮あまのみや家の人間が同じ学年だということを、今の今まで聞かされていなかったのだから。

 天宮家とは現在極東帝国にて最も力を持っている名家の一つなのだから。

最も代表的な名家は5つあり、それらは五代家と呼ばれている。

天宮、海神わだつみ藤原ふじわら烏丸からすま桜坂さくらざかの五つが五代家である。

 五台家はそれぞれ一族に伝わる特別選択スキルを持っているらしい。極東帝国では五台家以外にもいくつかの家系で特別選択スキルを持っているので、五台家だけが特別というのではなく。ただ力を持っているというのが正しいのだろう。

 「し、新入生代表、天宮渚。わわ、私はこ、この学園に、にゅ、入学できたことをここ、光栄に思います。・・・・・・。」

 何度も噛んだと思ったら話が止まってしまった。そうとう緊張しているのだろうか。それにしても緊張しすぎだという気がするが。

そう考えていると傍で話している声が聞こえた。

 「新入生代表本当は別のやつで、そいつが来てないみたいだから急遽代わりにやることになったらしいぜ。本当はやるはずだった奴は神谷青治っていうらしいよ。」

 確かに、今聞こえた話が本当ならあの緊張具合も納得できる。

私だって、いきなりやってと言われたらあれだけ緊張してしまうかもしれない。いや、それ以上に緊張してしまうかもしれない。

そういえば、青治といえば最近聞いた気がする名前だ。どこでいつ聞いたのだったかはうまく思い出せない。

 「・・・に話してよ、くう。私こんな大勢の前で・・・・・・。」

 「それはさすがにダメだろ。ちゃんと自分でやらなきゃ。」

 ステージ上では何を言っているかはっきりは聞こえないが、天宮さんは何かを話しているように見えた.

 しかし、ステージ上には渚さん以外の姿は見当たらない。もしかしたら、またいつもの耳鳴りかもしれない。


 私はどうしてステージの上に立っているのだろう。

昔から人とはほとんど会うことがなかった私が、なぜこんなにも多くの人から見られているのだろうか。

これも全部、あの二人のせいだ。今日の朝になっていきなり電話で新入生代表の言葉を代わりに言えと言われても、できることとできないことがあるのだ。人間はそんなに万能ではない。

あの二人と私の関係は、一度この学園の特別選抜入試の時に会っただけだというのに。

しかも、どこからか私の電話番号を探り出してまでいるなんて。

 「後であったら仕返ししてやる。」

 私は誰にも聞こえないようにそう呟いて再び正面を向いた。

 やはりまだ皆が私の方を見ていた。

やっぱり話を終えてここから降りないと、これは終わらないのだろう。こうなったらやけくそでもやるしかないのだろう。

もうどうにでもなれ、そう思って私は再び話を始めた。しかし、自分でもはっきりとわかるほど、しっかりと言えたとは言えないものだったということは明らかだった。泣きたい気分だった。


 なんかいろいろとあったみたいだけど、どうにか新入生代表の挨拶は無事?に終わったみたいだ。

入学式も残るは閉会の挨拶だけとなった。

入学式の後は、各自自分の教室に移動することになっている。真弥さんと一緒だといいな。

 「閉会の挨拶、これにて第48回極東学園入学式を・・・・・・」

 なぜか閉会の挨拶を言っていた生徒が突然止まった。そしてホール奥の扉を凝視していた。

不審に思い私も扉の方に振り返った。他の生徒も同じように思ったようで、私と同様に扉の方に振り返った。

なんと、扉には剣で切られたような十字傷が入っていた。そして、次の瞬間扉は勢いよく吹き飛んだ。

幸い、学校は安全エリアなのでけが人が出ることはないだろう。そして、扉が吹き飛んだ犯人はすぐにわかることとなった。

 「遅れました。元新入生代表の神谷青治です。ぎりぎり間に合ったみたいだな。」

 「扉開かなかったので、吹き飛ばさせてもらいました。新入生の神谷蒼奈です。」

 吹き飛んだ扉から入ってきたのは一人の少年と少女だった。

少年は淡い青色の髪で、剣1つに銃1つという変わったスタイルをしていた。

なぜこのスタイルが変わっているのかというと、武器を2種類装備する場合、選択スキルの3つのスロットを2つも使うことになるからだ。

 少女の方は少年よりも色の少しばかり濃い色の髪で青というよりも藍色に近い髪の色だった。

その容姿は、先ほどの生徒会長と比べても劣らないほど、そして同じくスタイルは変わっていてウィザードタイプの格好ながら武器は刃のない剣だけだった。

 この世界での姿は現実世界の姿と同じに設定されているが、髪色と目の色だけはアイテムによって変えることができる。おそらく二人はそれを使っているのだろう。

 そういえば、同じような姿の二人に最近あったはずだ。そう、あれは私がドラゴンに襲われて死にかけたとき、あの二人は・・・

 「双青だ。極東の青覇者ブルーブレイカーだ。」

 私が叫んでしまう前に、どこかの男子がそう叫んだ。そのおかげで、私は何とか言葉を飲み込んだ。

しかし、皆落ち着かない様子であり、周りも私と同じことを思っているだろうことは、そのざわめき具合で解った。

なぜ、彼らのようなプレイヤーがこんな学校ごときに入学してきたのだろうかと。

 皆がまだざわついている中、二人は平然とステージの方に歩み寄っていた。きっと、二人にとってこのようなことは何度も経験していて慣れっこなのだろう。覇者の一組ともなれば当然のことだろうが。

 「よう天宮、悪かったないきなり挨拶の代わりを頼んで。でもお前はちゃんとできただろう。」

 少年、神谷青治はステージ袖でずっと彼を睨んでいた天宮渚に話しかけていた。

 「当然のこと。あなたの代わりくらい私にとっては何の問題もない。」

 「いや、問題あっただろ。」

 天宮渚がしゃべった後に彼女の背後ですごく小さな声が聞こえた気がした。しかし彼女の後ろには誰もいない、私の気のせいだろうか。だが、天宮渚も自分の背後を一瞬振り返り睨んだように見えた。

 「さすが、渚ちゃん。私が気に入っただけのことはあるね。」

 神谷蒼奈のその一言の後、天宮渚が一瞬身震いしたように見えたが、おそらく気のせいだろう。

 きっと、彼女は天宮家の者だけあって、代わりを頼まれたのにうまくやれなかったなどと言うのは、プライドが許さないのだろう。それとも、本人はあれでちゃんとできているつもりだったのか。

 「二人とも、いったん席に着いてくださいますか。式はまだ途中なので。」

 その時、生徒会長花開院椎奈が二人に近寄ってそう話しかけた。さすがと言うべきか、あの状態の中あの二人に対しても堂々と話しかけられるのだから。

 「時間的にはもう終わっているはずなんだけどな。」

 神谷青治の方は生徒会長の方に反応をしたが、蒼奈の方は眼中にないのか天宮渚の方を向いたままだった。

 「そっか、あの校長やたらと話長いからな、それで長引いたのか。誰か寝てたんじゃないか、退屈して。」

 神谷青治はそう言うと神谷蒼奈の肩をたたいた。神谷蒼奈は仕方なさそうに頷いた。

もしかして、今のだけで相手の言いたいことが分かったのだろうか。

私は一人っ子なのでよくは解らないが、兄弟というのはそういうものなのかもしれない。それが双子となればなおさらに。

 そして、二人は後ろの方の空いていた席に腰を下ろした。

止まっていた閉会の言葉がもう一度読まれて、入学式は終了した。


 面倒くさい、という思いはあったが、俺たちは仕方なく教室へと向かっていた。

今日だって、入学式がなければ今も依頼の続きをしていたはずなのだ。もうすぐ今の依頼も終わると思われるのに、こんなところで時間を過ごさなければならないと思うと気分が悪くなってくる。

 なぜ、俺たち二人が高校なんかに入学することになったのかというと、ある人に命令されたからだ。 

その人は元「アナザーアース」のプレイヤーで、こっちの世界で死んでしまった後、親父に雇われて俺たちの家で家事などをやるようになった。

 その人のことは八重さんと呼んでいて、今はもう60過ぎのおばあさん、だが体も心もまだまだ元気なようで、俺たちを強制的に高校へ入学させた。

本人いわく「集団の中での経験はとても大切なもので、それは学校でしか経験できないものだから。」らしい。

 まあ、仮想世界の高校だし、中学まで通っていた現実世界の学校よりはかなりましだろう。

碧も早く高校に入りたいと言っていたくらいだ。ここは妹の言葉を信じて、ここは面白い場所だと考えておこう。

 それに、生徒会長の花開院椎奈をはじめ、かなり楽しめそうな相手も何人かいるようだし、少しは楽しめるだろう。

 「蒼奈。」

 俺は機嫌の悪そうなもう一人の妹に話しかけた。双子なので歳は変わらないが。

 「何か用なの、青治。」

 蒼奈はかなり機嫌が悪いようだ。その理由は明白だ。天宮渚とは別のクラスだったことだろう。 

かなりあいつのことを気に入っていたようだし。その相手の方はクラスを聞いて逆にほっとしていた様子だったが。

 「初日からそんなどんよりとした空気出すなよ。同じ学校にいるんだからいつでも会えるだろ。それに、同じクラスにもお前が気に入るような奴はいるかもしれないだろ。」

 ちなみに、蒼奈が気に入る相手というのは蒼奈がかわいいと思った少女だ。

こいつは男には目もくれないが、かわいい少女だけは好きなのだ。まあはっきりと言えば同性愛者と言えるだろう。

 これはずっと前からなので俺はとっくに慣れているが、変な奴だとは思う。

 しかし、その原因を知っているからこそ、しょうじきなところかなり複雑な気分だ。

クラスのやつらがこれを知ったらどんな反応をするかは楽しみだが、蒼奈と争うのは勘弁したいので黙っておこう。

どうせすぐにばれるとは思うが、それは俺の責任ではない。

 「そうだね。渚ちゃんほどではないにしてもかわいい子はいるかも知れないのは確かだし、学校が終われば碧に会えるし。」

 ちなみにこいつが一番気に入っている相手は妹の碧である。

まあ本人が嫌がっていないからいいが、あまり感心できることでないのは確かだ。確かこういうやつを世間ではシスコンなどと言うはずだ。

 「碧をかわいがるのはいいが、ほどほどにしておけよ。」

 「分かってるよ。碧は妹なわけだし、それに歳は2つしか違わないけどまだ中学生だしね。」

 それを聞いて俺は少しばかり安心した。こいつにも一般常識程度の理性はあるようで。 

今までも碧にだけは手を出していないので、前からにある程度安心はしていたが。

 ちなみに、裏を返すと碧以外には手を出したことがあるという意味ではあるが、その話は相手のプライドのために黙っておかねばなるまい。

 「この学校にはたくさんの生徒がいるらしいし、お前が気に入るやつも一人、二人は見つかるだろ。」

 「じゃあ今度探すのを手伝ってよ。バイト代は出すから。自給一万マネーでどう。かなり割のいいバイトだと思うけど。」

 「誘うなら他のやつに当たってくれ。そんなバイトに頼らなければならないほどお金に困ってないからな。」

 というよりも、被害者をあまり増やしたくはないので、手伝いたくないというのが本音だ。

 そんな話をしているうちに、俺たちは自分たちのクラスの教室、1―Hの教室の前に着いた。

 

100年ほど前と比べると極東帝国の人口も元には近づいてきたが、まだまだ元の人口の数には及ばない。現在、極東帝国にいる15~18歳の子供は約50万人で、極東帝国学園高校ではその1%、約5千人の学生がA~Zとα~Ωまでの計55クラスに分けられていて、2年次からはA~Hクラスが戦闘系、α~Ωクラスが商業系に分けられる。


俺たちが教室に入った時には既にほかのクラスメイトは全員が教室にいて、担任の先生も来ているようだった。

クラスの人数は大体100人ほど、人数が多いとは聞いていたが、まさかこれほどとは思わなかった。

俺たちの行っていた中学校の1学年の全徒数とさして変わらない人数が1クラスの収まっているのか。さすがは5つしかない極東帝国の高校だ。

担任の先生は俺たちを待っていたようで、早く席に着くように身振りで伝えてきた。教師でさえも俺たちの前ではだいぶ緊張しているようだった。

特別扱いみたいなのは好きではないが、この学校では仕方ないのかもしれない。今のところはその扱いに甘んじよう。

この世界にはレベルがないため、子供が大人よりも強いということは多々ある。そのため、毎年何人かは飛び抜けて優集な生徒が数人は入学する。

そんな生徒を他の生徒と同じように教育したところで意味がないことは当たり前で、特別扱いになるのもいたしかたないのだろう。

まあ、この情報自体は全て自分で探ったのではなく、ここにすごい興味を持っていて、学園事情に詳しい碧に聞いたことだが。

俺たちが空いている席に座ると、担任だと思われる先生が話を始めた。

「Hクラスの皆入学おめでとう。僕はこのクラスの担任を務める須崎栄一だ。よろしく頼む。このクラスは一年だけのものだけど、皆このクラスで楽しい思い出をたくさん作り、そして仲間と力を合わせて強くなってほしいと思う。」

見た目からしてこの先生の歳はだいたい20代後半あたりか。仮想世界の講師の平均的年齢は40代前半あたりだから、講師にしてはだいぶ若い、つまりかなり優秀だということだろう。

これも碧から聞いた話だが、極東帝国学園の講師の多くは元トッププレイヤーが、歳をとって前線を退いてなることが多いらしい。そのため講師の平均年齢が高いんだとか。

「じゃあ、今日は授業もないからそろそろ解散にしよう。明日からは本格的な授業が始まるから覚悟しておくんだぞ。」

そういうと須崎は教室を出て行った。

俺はクラスをざっと見まわしてみた。俺が知っているやつはとくにいなさそうだ。

天宮以外にもそれなりに名前の通っている奴はいるはずだったし、全員が別のクラスというわけか。

クラスの一部の者は既に立ち上がり帰ろうとしている。俺たちもさっさと帰るか、長居してもいいことはなさそうだ。

「蒼奈、もう帰るぞ。碧はまだ帰ってきてないだろうから寄り道はしてもいいが。」

蒼奈はクラスの他の生徒を一人一人見ながら首だけを縦に振った。

早速探し始めたか。

気に入ったやつが見つかればこいつが少しはおとなしくなるので助かるが、その相手となった人には申し訳ないな。そう思っても何かをするわけではないが。

「あ、あの神谷青治さんに蒼奈さん、この間は助けていただき本当にありがとうございました。」

俺たちは突然後ろから話しかけられた。

俺たちは、反射的に話しかけてきたやつの方を見た。そこに立っていたのは、クラスの女子の一人らしかった。

そういや、こいつは確か・・・、そうだ、先日竜に襲われていたやつだ。わざわざもう一度礼をしに来るとは律儀な奴だ。

「礼はいい。あれは仕事の一環だ。前にも言わなかったか。」

その女子は少しうつむいて小さな声を発した。

「は、はい。でも私はすごく感謝をしているので、それに同じクラスになれたので仲良くしたいなと思いまして。」

なるほど、話しかけるきっかけとしたわけか。

でも、なぜうつむいたのだろうか。そんな恥ずかしいことを言ったようには思えないが。

理由は左を向いて気付いた。蒼奈もやつはじっと彼女を見つめていたのだ。そりゃ、うつむきもするだろう。

「ねえねえ、あなた名前はなんていうの。教えてくれない。」

クラスで親しくなった相手に名前を聞くのは普通のことだろう。だが、今蒼奈のやつが名前を聞いているのは気に入ったからだ。ご愁傷様とだけ心の中で言っておこう。

「わ、私は吉田佳苗といいます。これからよろしくお願いします。」

蒼奈はだいぶ吉田佳苗を気に入ったらしく、ちょっとした談笑を始めた。

「ねえ、君たちがあの双青って言うのは本当なの。失礼かもしれないけど、僕は君たちのこと名前しか聞いたことなくて、顔はよく知らなかったから、ブレイカーズがまさか高校生だったことに驚いて。話できるかな。」

俺に話しかけてきた相手は、クラスを見まわしたとき少し目に留まったやつだった。目に留まった理由は彼を見た感じで、異国人もしくはハーフだと考えられたからだ。

いまどきは休戦条約もあり国同士の関係は悪くはないが、他国に所属しようというプレイヤーはかなり少ない。

まあ、そう言うやつに会うのは初めてではないが。あいつもそうだったからな。

「そうか、まあそれも無理はないだろ。よく言われる。でもブレイカーズの年齢ってけっこうみんな若いんだぜ。あまり知られてないけどな。」

「そうなんだ。でもレベルはないんだし、ありえないことでもないよね。僕はジャン・ラスター、英国人だけど日本生まれなんだ。よろしく、青治。」

ジャンはそういうと先に帰って行った。蒼奈と佳苗の話はまだ続いているらしい。女の話はやはり長いようだ。

佳苗もジャンもパーティーなどで会うやつらとは違って嫌な感じはしない。たぶん二人とも俺たちの力が目当てとかではなく、ただ友達のような感じで話してくるからだろう。

ここは俺が思っていたよりも俺たちにとって居心地のいい場所かもしれない。ここでの生活も悪くないかもしれない。

当分は通い続けるとしよう。八重さんにいろいろと言われるのも面倒だし。


 ぼくは空を眺めていた。

窓の外に見える空では1羽の鳥が飛んでいる。空を自由に、弧を描きながら飛んでいる。

ぼくはこの鳥に憧れる。自分の力で自分の行きたいところまで行くことができているから。ぼくにもそんな翼があればいいのに。

 ぼくが見ていることなどお構いなしに、鳥は自由気ままに次第に遠く離れていき、山の向こうへと消えて行った。

 「神谷、どこを見てる。授業中だぞ。」

 ぼくが今いるのは現実という狭い檻の中。ぼくはここでは自由に飛べない、多くのものに縛られているから。この学校もその一つだ。

 なぜこんなところに通わなくてはならないのだろうか。僕はいつも不思議に思う。この国以外では学校に行かずともよいところがほとんどなのに。

ここで習うようなことぐらいはお兄ちゃんやお姉ちゃんが教えてくれる。ここに来る意味というものが分からない。

 今頃お兄ちゃんとお姉ちゃんはあの自由な世界の学校にいるのだろう。ぼくも早くここから離れてあちらへ行きたい。

 「空を見ているだけです。なにか、質問ですか。」

 先生はぼくのことを強くにらんだ。そして、黒板に書かれている問題の一つを指差した。

 「大山は解らなかったから、お前が代わりに解いてみろ。話も聞いてなかったお前にできるのなら、だけどな。」

 ぼくは問題を見るために、一瞬だけ黒板の方を向いた。黒板に書いてあったのは多少難しめの計算問題だった。

だが、お兄ちゃんやお姉ちゃんにはもっと難しい内容も教わっているので、解くことに苦労はしない程度だ。

 そして、答える前に再び空を眺めた。僕はその体勢で答えた。

 「38だと思います。」

 「せ、正解だ。」

 どの教師もだが、ぼくが真面目に授業を受けていないにもかかわらず問題を正解すると、決まって不快そうな顔をする。

 ぼくの知ったことではないけれど。

 ぼくの名前は神谷碧。ぼくのお兄ちゃんとお姉ちゃんは双青と呼ばれている。

 ぼくは、この世界があまり好きではない。この世界で唯一好きな場所があるとしたら、それはお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒にいられる我が家くらいだ。

 ぼくは「アナザーアース」の世界が好きだ。あの世界でならぼくは自由だ。お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒にどこまでもいける。何にも縛られることはない。

 なぜ、現実というものがあるのだろうか。

こんな鎖に縛られた世界が本当に現実なのだろうか。

 ぼくは時々考えてしまう。本当はこっちの世界が作られたもので、あっちの世界こそが本当の現実なのではないのかと。


佳苗ちゃんは少し気が弱そうな感じだが、そこがまたいい。なんだか守ってあげたくなってしまうところが。

 「ご機嫌だな。ついさっきまでは不機嫌だったくせに。よくそんなころころと変わるもんだ。」

 反論したい、しかし反論ができないのは自分でもわかっていた。

 確かに、私は感情の起伏が激しいのだろう。それは自覚している。

だからと言って、直そうと思うわけではないが。だってこれも私のアイデンティティーの一つなのだから、変える必要など全くないだろう。

 「だって、気に入った子が見つかったんだよ。佳苗ちゃんには渚ちゃんとはまた違うかわいさがあるよ。」

 私は、昔のこともあり、私は男というものに興味を持てない。嫌いとまでは言わないが。

中学校ではクラスの女子の多くが好きな男の話をよくしていたのだが、私にはその気持ちがよく理解できなかった。

 私は周りからよくきれいだと言われるし、そのため男から告白されたことは少なからずあった。

しかし、一度として承諾したことはない。だって、男と付き合うと考えただけで気分が悪くなるのだから。

 こんな私をおかしいとかいうやつにはいやというほど出くわした。

しかし私は思うのだ。男性は女性を好きになるのには理由があるはずだ。ならば、同じようなことを女性が思えば女性が女性を好きになってもおかしくなどないのではないかと。

 そう、ただ私の観点が女性よりも男性に近い、ただそれだけにすぎないのだと。

 「碧はまだ授業中か。どうする、何して時間潰そうか。」

 確かに青治の言うとおり、今日は早く学校が終わったので、碧を待つまでにまだだいぶ時間がある。

 「じゃあ、あの人のところに行って依頼探してくるとか、それとも少しお茶でもする。」

 今も受けている途中の依頼はあるが、他の依頼を受けられないわけではない。

この世界では個人だと一度に一つしか受けられないが。パーティーでなら5つまで、ギルドになるとその大きさによっては30以上も依頼を掛け持ちできるらしい。

 「依頼か。今受けてるのは三つだったな。後二つ何かないか見てくるか。それでも時間が余ったらお茶でもするか。」

 青治は意外と付き合いはいいし、私や碧に対してはかなりやさしい。

 まあ、青治は元から性格は悪くないし、やさしいのは普通かもしれない。ただ、少しばかり落ち着きが足りないところもある。

 強そうな相手を見つけると戦いたくなるようなのだ。

 私にもその気持ちは分からなくもないが、青治は思うだけでなく実際にデュエルを挑んでしまうところがせっかちというかなんというか。

まあ、今はそんなことどうでもいいだろう。早速あの人のところへ行って新しい依頼を

受けよう。

 私と青治は、学校の校門のすぐ側にある転移ゲートに立って言った。

 「転移、上野。」

 

 俺たちは上野の町に来ていた。

ちなみに、俺たち二人は頭まですっぽりと覆うフードの付いたローブを着ている。

町に行くときは、決まっていつもこの格好をしている。そうしないと、目立ちすぎてしまい、用事どころではなくなってしまうからだ。

俺たちがいつも依頼を仲介してもらっている人は上野でとある仕事をしている。そのため依頼を受けるのはいつもここになる。

俺たちは大通りからわき道にそれて、路地裏の道を進んだ。

路地裏ではたまにからまれることがあるが、そんな時はその相手をふっ飛ばせば済むことだ。主に蒼奈が。

路地裏の道を何度も曲がり奥へと進んでいく。毎回思うのだが、なぜこんな面倒な場所で仕事をしているのだろうかやつは。

まあ、そのおかげで人に会うことも少ないので、それはいいことなのだが。碧にはあまり来させたくない場所だ。いろいろな意味で。

俺たちがたどりついたのは一見バーのように見える建物だ。ここには、「Tom‘s bar」と書かれた看板がぶら下がっており、見た目だけならそこいらのバーと遜色がない。

だが、ここは普通のバーではない。

まず一つは、常に出ている休業中の立札、そしてもう1つは、暗号を知らないと入れないところだ。

「いつ見ても変わった店だよね、ここ。これでよく秘密の依頼仲介だってばれないものだよね。」

「こんな路地裏の奥にあるからなんじゃねえ。」

俺はそういいながら、いつものリズムでドアを7回ノックした。

すると、ゆっくりと扉が開いた。

このドアの仕組みはいつ見てもよくわからない。ここには俺の知らない何らかのスキルの力がかかっているのかもしれない。

ここの内装はまさにバーである。内装にここまで凝るのだったら、わざわざ入れないようにする必要はないのではないのだろうかと毎度思う。

俺たちはカウンター席の一番奥に腰を下ろした。

ここはいつも俺たちの座る指定席のようなものになっている。そのためか、ほかのプレイヤーがこの席に座っているのを最近は全く見ない。

俺たちが席に着くと、一人の男が俺たちの方にやって来た。

その男が、ここの経営者のトムだ。名前はおそらく偽名だろう。こいつは見た感じ若そうに見える。だが、ある人の話によると既に40過ぎらしい。

「今日は何の用かな、双青のお二人。」

トムは俺たちにカクテルを出しながら尋ねてきた。

この男がカクテルを作ることから考えると、ここの内装はこの男の趣味によるものなのかもしれない。

「今日も依頼を受けにきた。どのくらい溜まってる。」

トムは思い出そうとしているようだ。つまり、それなりの数はあると考えるべきか。

「双青は人気だからな。今のところは、27だな。ちなみにこの数はこの店では断トツのトップだ。」

今の言葉からわかるかもしれないが、この仲介所は登録されているプレイヤーに対して個人的に依頼が来る。

このような場所は、トッププレイヤーが効率的に依頼を受けるために存在していると言えるだろう。

「そうか、じゃあそれ全部見せてくれ。」

俺がそういうと、トムはカウンターの中から資料を持ってきて俺に手渡した。

俺たちは、二人でそれらを一枚一枚確認していった。

「またあの人からだ。この人やたらと依頼多いよね。こっちとしては助かるからいいけど。」

「そうだな。今回は遺跡での素材探しか。こいつの依頼は素材集めが多いし、こいつは商人だろうな。」

俺たちが一枚一枚確認していると、とある人物からの依頼を発見した。

俺たちは顔をしかめた。その理由は、この人の依頼が毎度のことながら、かなり面倒なものであるからだ。

例えば、この間は4か月ほど前に受けたのだが、その時の依頼内容はある幼稚園の遠足の護衛依頼だったのだが、内容自体はたいして難しくないにもかかわらず、子供の相手までしなければならなかったためかなり苦労させられた。

「今回の依頼内容はMobの討伐か。討伐対象は不明、また面倒そうな依頼だな。」

蒼奈もじっと依頼容姿を見ながらうなずいた。

「竜の渓谷において何らかのMobが発生したために、竜たちが付近の様々なエリアにまで現れるようになったから、その原因を排除せよ、だってさ。」

確かにこの間佳苗を助けたが、あそこも竜はもともと現れないはずのエリアで、なおかつ竜の渓谷に近いエリアだ。

それにしても、よく掴んだものだ。あの行動の原因がMobによるものだと。それでも俺たちに頼んだと言うことは、かなり厳しい内容であるのは間違いないか。

「受けるのはこれにするか。これは早めに片づけた方がよさそうだしな。現に佳苗も襲われているわけだし。」

「そうだね。いま途中のやつが終わったらすぐに片付けよう。」

トムは俺たちの会話を聞くと、俺の持っていた依頼容姿を引っ手繰り、受注の判を押した。

「これで受注は完了したよ。依頼の方、頑張ってね。」

俺と蒼奈はトムの出してくれたカクテルを一気に飲み干した。この世界では、酔うということはないので、酒類に年齢制限は特にない。

そして、俺たちはこの依頼仲介所をあとにした。


私たちは、碧が来るまでまだ時間が余っていたので、近くにあったカフェでお茶をすることにした。

「ねえ、青治は何を頼む。ケーキ、それともプリン。それともまた別のもの。」

青治はメニューを睨みながら黙っていた。おそらく、まだ決まっていないのだろう。

碧だったら迷わず和菓子を選ぶだろう。碧は和菓子がすごい好きなのだから。私はあまりこだわりがないので、このような場面では必ずと言っていいほど悩むことになる。それは青治も同様だ。

ここは店の言葉を信じてみよう。

「じゃあ、私は店の一押しのプリンアラモードにするね。」

青治は私が決めた直後にメニューを閉じて置いた。

「なら、俺はモンブランにでもするか。」

私たちはテーブル上のウィンドウからプリンアラモード、モンブラン、ダージリンティーを二つ選んで注文した。

すると、数分経って頼んだ品がプレイヤーによって運ばれてきた。

「「いただきます。」」

私たちは挨拶をしてからお茶を始めた。

店を信じて間違いはなかったらしい。プリンアラモードはかなり絶品だった。ここのシェフはかなりの腕前のようだ。

この世界での料理は、現実世界とほとんど変わらない。そのため、プレイヤー本人の料理の腕前がこの世界の料理には強く影響される。

少し面倒なところは、選択スキルの料理を持っているプレイヤーでないと料理を作ることができず、料理スキルの熟練度によって扱える食材のレベルが変わってくるということだ。

お茶の方は誰にでも作れるが、やはり味には本人の腕が影響する。

私たちはゆっくりと店のメニューを堪能した。

「そろそろ碧も来るころだな。あそこに戻るか、蒼奈。」

青治は食べ終えると、時計を確認して言った。

確かに、そろそろ中学校の終わる時間だ。今から行けばちょうどいいかもしれない。

「そうだね。そろそろ行こうか。」

 私たちは会計を済ませて店を後にした。


 私は、あの二人のことを考えていた。

 あの二人と初めて会ったのは、偶然のことだったに違いない。

 私がドラゴンに襲われていたから助けてくれた、ただそれだけだったはずだ。

 しかし、今日再び同じ教室であの二人と会った時、私は運命のようものを感じてしまった。あの出会いは、偶然ではなかったのではないのかと。これもまた、偶然にしか過ぎないことかもしれないけれど。

 私は正直言って、戦うことはかなり苦手だ。極東帝国学園高校に入ったのは、2年次から商業系の分野を学びある職業に就くためだった。

 その職業とは、医者だ。

 この世界において傷を治すためのアイテムはいくつも存在する。ただし、どんな回復アイテムであっても、短時間で完全に傷を治癒できるものはない。現実世界で言えば、薬のようなものだ。

 だが、この世界において唯一短時間で完全に傷を治す方法が、一つだけ存在する。

 それは遺伝スキルの治癒またはその系統に近い特殊遺伝スキルと呼ばれるものによる治療だ。そして、私はその治癒のスキルを持っているのだ。だから、私は医者を目指している。

 この世界において遺伝スキルの種類は何百とある。しかし、スキルによって珍しさがかなり変わってくる。

 基本的にほとんどの人が6族18種の基本スキルに分類されるらしい。

 6族は水属、光族、空気族、土族、雷族、無族に分類される。

 そして、水属は水・氷・雪に、光族は光・熱・闇に、空気族は空気・風・重力に、土族は土・岩・植物に、雷族は雷・操作・火に、無族は念動・変身・幻術に分けられる。

 その他の遺伝スキルには、治癒や付加術、創造などがあり、さらに珍しく、他の類がほとんど見られないスキルを特殊遺伝スキルと呼ぶこともある。

 ブレイカーズのほとんどがその、特種遺伝スキルの使い手らしいといううわさを聞くこともある。

 その理由は、基本スキルの攻略法がほぼ世界中に知れ渡っていることだ。

 攻略方が知られているスキルよりも知られていないスキルが有利なのは当然である。

 ちなみに、治癒のスキルを持つ者はその総称として治癒術師ヒーラーと呼ばれているらしい。

 まだほとんど無名の私がそう呼ばれたことは一度としてないが。いつかは多くの人から認められるようなヒーラーになるのが私の夢だ。

 私は今年の2月初めごろに行われた「覇者の集い」の試合を見ていた。

 そこに参加しているプレイヤーは当然のことながら、全員が私とは比べようにならないほどのプレイヤーだと思った。いや、比べること自体間違っているかもしれない。

 しかし、私はその中で多くのプレイヤーが傷を負って隠れたり、逃げたりする姿を何度か見た。

 そして、思っていた。こんな私でも、これほどのトッププレイヤーの力になれるのではないかと、私の力で傷を癒してあげられるのにと。

 今日、青治さん、蒼奈さんと出合い私は同じことを思っていた。

 もしかしたら、こんな私でも、この二人の力になることができるのではないかと。この二人といたら、何かが変わるかもしれないと、そう思っていたのだ。

 明日も2人に話しかけてみよう。

 きっと、私から動かなければあの2人の力になることなんてできない。

 元プレイヤーでヒーラーだったおばあちゃんが言っていたのだ。ヒーラーにとって最も大切なのは、誰かの役に立ちたいという気持ちなのだと。

 私だって、きっとおばあちゃんのような名ヒーラーになって見せるんだ。


 俺たちはこの世界における我が家に帰還していた。

 この世界でも、相当な額のお金さえあれば家やら車やらを買うことはできる。家には一戸建てとマンションがあるのも現実の世界と同じだ。

 俺たちは、今の八王子の西の端の森の中にある家を、3年ほど前に購入した。

 その時は単なる物好きでこんな人のいないような場所に家を建てたのだが、今となってはそれが功を奏したようだ。

 町中になんか家を買っていたら、ほかのプレイヤーが押し寄せて大変なことになっていただろう。

 この家は東京地区のはずれにあるためか、あまり人が通らず、自分たちが住んでいることが広まらずに済んでいるわけだ。

 ブレイカーズとて苦労はいろいろとあるのだ。

 最近になって俺は、有名人がよく言っていたことが理解できるようになった。有名人には有名人なりの苦労があり、いくらお金があっても楽な生活はできないという。

 確かに、その通りだった。有名になるということには、必ず注目を浴びるという苦労が付いてくるのだから。

 俺たちが着いた時には、まだ碧は来ていなかった。もしかしたら少し長引いているのかもしれない。

 碧ならば、成績が悪くて補習を受けることもないだろうし、まだ受験生でない碧が成績に関係ない補習を受けることはないだろう。

 蒼奈はソファーの上で丸くなって眠り始めた。ここはいつもの蒼奈の指定席になっている。蒼奈はソファーの上を、俺はデスク前の椅子をいつも使っており、ほぼ指定席のような状態になっていた。

 碧はと言えば、台所の椅子を移動して俺か蒼奈の傍に座ることが常になっている。

 三人で暮らし始めて三年、この静かな家はもう一つの我が家と言っても過言ではないものになっている。

 だからだろうか、この家にいるといつもよりもすごく気が楽なのだ。きっと、自分たちだけの空間だという思いがそう感じさせているのだろう。

 「蒼奈、なんでいきなり予告もなしに竜の渓谷で新Mobが出現したと思う。しかも、それに加えて竜の移動現象だ。全くの予告なしなんて、不自然だと思わないか。」

 蒼奈はソファーに横になりながら、閉じていた眼を開いた。

 「それは私も思うよ。あまりにもおかしいって。この間だって、大雪山や屋久島とかでも謎の新Mobが現れたって噂も聞いたしさ、最近いろいろとおかしいのは確実だね。」

 そういや、ブレイカーズの他のやつらの中で最も仲のいい奴が言っていた。今、様々な国で謎のMobが出現していると。原因は解らないが、ブレイカーズができたこともあり、大幅なアップデートでも行われているのだろうかとも言っていた。

 その当人の仕事柄、そのせいで暇が全くといっていほどなくてまいっているとぼやいていた。

 とうとうその火の粉が俺たちにもかかってきたようだ。依頼という形で。

 国土が広くない分、数はまだ少ないだろうが、おそらく認知度が低い。そこが最も懸念されることだ。

 「とうとう極東帝国でも起こり始めたわけか。ゲームマスターたちはいったい何を考えてるんだろうな。」

 「もしかしたら、新規アップデート前の実験かもね。アップデートの噂の方は本当みたいだし。」

 「そうだとしたら、たちの悪い実験この上ないな。こっちもいい迷惑だ。」

 戦争のために作られたこの世界にもゲームマスターだけは存在している。

 ゲームマスターはUVN(国際仮想連盟)というこの世界の最高機関に所属している。

 GMは主要9国からそれぞれ一人ずつ選ばれている。戦争のために作られたこの世界で、権力の一極集中を防ぐためにそうされたのだろうと俺は考えている。本当のところは知らないが。

 GMの主な役割としては、エリアやMobのアップデートやゲームのシステムトラブルの解消、特別選択スキルの付与などがあげられる。ほかにも、「覇者の集い」等のイベントの企画なども行っており、戦争の終わった今では以前よりもかなり仕事が多くなっているらしい。

 俺たちがそんな話をしていると、家の台所の方に淡い光が現れた。この光はログイン・ログアウト時に発せられる光で、装備を出したときなどにも同じような光が発せられる。

 「お兄ちゃん、お姉ちゃん遅れてごめん。帰るまでに少し長引いちゃって、急いできたんだよ。」

 蒼奈は現れたばかりの碧に駆け寄った。そして、碧に抱き着いた。

 「碧、遅れたのなんて全然気にしてないよ。お姉ちゃんは碧がいてくれるだけでいいんだから。」

 蒼奈はそういいながら碧に頬をこすり付けた。当の碧も、全く嫌がっている様子は見せない。

 碧は蒼奈に抱きしめられたまま俺の方を向いてきた。そして、俺は碧と目が合った。

 「俺も気にしてないよ。今からでも十分間に合うからな。それに、気になんかしなくていいのは当たり前だろ、俺はお前の兄なんだから。」

 碧は軽く頷いて、蒼奈に視線を戻した。

 その後も数分の間、蒼奈の碧に対するスキンシップは続いた。碧はそのスキンシップを喜んでいるようで、終始笑顔で対応していた。

 蒼奈の碧への溺愛も相当なものだが、碧の俺たち二人に対する敬愛の度合いも、相当なものである。

 慕ってくれるのはうれしいが、少し俺たちに甘え過ぎなのではないかと思う時もある。     

しかし、それも仕方のないことなのかもしれない。母さんは碧を産んですぐ亡くなったらしいし、親父も8年前に出て行ったきり、帰ってこないのだから。

親父がいなくなったとき、碧はまだ5歳だった。そんな碧の親代わりのようなことを俺たちはしてきたのだから、碧はこれほど俺たちになついてくれているのだろう。

「ねえ、お兄ちゃん、今日はどんな依頼をやるの。討伐、採集、それとも救助。」

そう言えば、碧はまだ来たばかりだったのでパーティーに加えていなかった。まずはそれが先だな。

パーティーは基本、一時期の仲間に過ぎないものであるため、一度ログアウトすると登録は解除されてしまう。

そして、パーティーは4人までであるため、5人以上でチームを組む場合は同じギルドに所属しなければならない。

そのため、多人数でパーティーを組むために作られる一時的なギルドを、パーティーギルドなどと呼ぶこともある。

ギルドは、一つで30人を超えるものもある。つまり、一つのチームが30人以上で構成されるわけだ。

ただし、ボス級のMobの中には100人近くで挑まなければ苦戦を強いられるような相手も存在する。そんな相手に対しては、複数のギルドでギルド連合を作り挑むことになる。

ギルドに所属したことのない俺たちにはわからないことも多くあるが、大体はこれで合っているだろう。

「まずはパーティーに入ってからだ。話はその後な。」

「うん、分かった。」

俺は、メニューを呼び出しパーティー招待で碧を選択した。

すぐに州抱く画面が出たようで、碧は指を動かした。直後、パーティーメンバー一覧の一番下に碧の名前が表示された。

碧もパーティー参加を確認したようで、蒼奈の方に視線を移した。

「じゃあ話を始めよう。お願いね、青治。」

「了解。」

碧はすぐに俺の方に視線を移した。

「今日は昨日の続きで竜の素材集めだ。最近は竜が様々なエリアに出るようになったから、初心者レベルの場所に現れたやつでも倒そう。放っておいたらどうなるか分からないからな。それでいいか。」

「分かった、ドラゴン退治だね。ぼくも頑張ってお兄ちゃんやお姉ちゃんの力になるからね。」

碧に抱き着いたまま、蒼奈は碧の頭を撫でた。

「私は碧がいるだけで力貰ってるんだよ。だから無理はしなくていいからね。」

碧は蒼奈の言葉を聞いて、うれしそうに頷いていた。

「じゃあ行くか。目的地は多摩付近にある平原でいいだろう。」

そして、俺たちは竜の渓谷にほど近い初心者用のフィールドへと向かった。

そこに行くまで蒼奈のスキンシップは続いていたのは、言うまでもない。


ぼくは、丘の上からドラゴンを見ていた。

今、平原にいるのは、黄色い鱗を持った10メートル少しの小柄な竜だ。

その竜の前に立つのはお兄ちゃんとお姉ちゃん。今ぼくたちはドラゴンを狩っているのだ。

まず、お姉ちゃんが竜に対して水の帯を放った。その水の帯は、かわす暇も与えずに竜を縛り上げた。

さすがはお姉ちゃん。

竜にとって最も大きなアドバンテージの一つは、空を飛べることなのだ。空を飛べる竜は、主に飛竜と呼ばれる。

ぼくは、竜が動きを封じられたのを確認して引き金を引いた。

甲高い銃声とともに、ぼくの持つ銃から銃弾が竜めがけて放たれた。弾は、竜の顔のどの中央に命中した。

「やった、狙い通りだ。」

ぼくは思わず声を上げてしまった。別に悪いことではないのだが、戦闘中だ、気を抜いてはいけない。

竜はすぐさま僕の方を向いた。攻撃されたのだから当然だろう。

しかし、その隙をお兄ちゃんが逃すはずもない。お兄ちゃんはすかさず竜に近づいて跳んだ。

 お兄ちゃんは、空中で器用に剣を取り出した。その剣は、竜が反応するよりも早く竜の首を切り裂いた。

 その直後、竜は派手な効果音とともに消滅

した。

「やったね、これで今日5匹目。最近は、竜が出ること分かってるのかな、ほかのプレイヤーは全く見かけないね。」

確かに、お姉ちゃんの言う通りだ。今まで一人たりとも他のプレイヤーを見ていない。

「あの爺さんが、どうにかしてここを制限区域にしたんだろ。手回しの早いことだ。こっちとしてはやりやすくなってありがたいけどな。」

お兄ちゃんが言っている爺さんとは、あの人のことだろうか。いや、そうに違いない。 

ぼくの知る限り、これほどの権限をこの辺りで行使できるのは、あの人くらいだ。

「あの人の依頼もあるんだ。また大変な依頼なの。」

あの人からの依頼は、かなり面倒なものが多い。それはそれでやりがいもあるのだが、いくらお兄ちゃんとお姉ちゃんが強くとも、ぼくたちは1パーティーだけなので、人数的に厳しくなる時もあるのだ。

もちろん、負けたことなどは一度もないけれど。やはり、時間はかかってしまう。その分、お兄ちゃんたちと一緒に戦えるのはいいことだが。

その時、丘の上にいたぼくには、一匹のドラゴンの姿が見えた。こちらに向かってきているようだ。

ドラゴンの鱗は赤銅色、大きさはさっきのやつの1.5倍ほどだ。ある程度高位のドラゴンのようだ。おそらくは中級フィールドのボスクラスはあるだろう。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、東の方向から一体のドラゴンがやって来てるよ。さっきのやつよりもかなり強い個体みたい。気を付けて。」

お兄ちゃんは剣と銃を抜き、お姉ちゃんはいつもの武器に水の刃を付けた。戦闘への切り替えが早い、さすがお兄ちゃんたちだ。

ぼくは、お兄ちゃんたちに少し遅れてドラゴンをスコープの視界にとらえた。

ドラゴンは飛んで向かって来ている。ここはまず打ち落とすのがセオリーだ。

これはぼくがやらなくてはならない。そして、失敗は許されない。双青の妹として。

ぼくは、射程圏内にドラゴンが入ってくるまで、集中を切らしてはいけない。一瞬の隙が命取りになるから。

相手の速度を考えると、射程圏内に入ったら、すぐさま撃たないとかなり危ないことがはっきりわかる。

ぼくは、スコープの狭い視界のなかでドラゴンを見失わないように追い続けながら、同時に狙いを定めてその辺りにスコープの中心を持っていかねばならない。

ドラゴンは確実に近づいてきている。スコープが捉えているのは、既にドラゴンの一部だけだ。拡大化されたスコープの視界では距離感がなかなか掴みづらい。

だが、これは僕がお父さんからもらったものだ。すなわち、8年以上使い続けている、いわば相棒のようなものだ。これならば、たとえスコープの視界でも相手の動きが手を取るようにわかる。

数秒後、ドラゴンが射程圏内に入った、ぼくはそう確信して引き金を引いた。

銃声と同時に一発の弾丸がぼくの愛器から放たれる。その弾丸は真っ直ぐと進んでいきドラゴンの右目に命中したのは、スコープの中ではっきりと見えた。

ドラゴンは苦痛の咆哮を上げながら落下していった。うまくいったことの安心から、まだ戦いは始まったばかりにもかかわらず、ぼくはほっと息をついた。

しかし、ドラゴンが落ちたところは地面ではなかった。水の中、荒れ狂う波の中だった。もちろん、そこに池や湖があったわけではない、お姉ちゃんの攻撃だ。

ドラゴンは水の中でもがいていた。ぼくには見えていた、ドラゴンの翼膜は溶け、体のあちこちも溶けてきている。

これはただの水ではない、強力な酸だ。その溶かす速度から、おそらく硝酸以上に強力な酸だと思われる。

これはお姉ちゃんの得意とする技の一つ、溶波メルトウェーブだ。

これは、双青を知る者の多くから死波、死へと導く波と呼ばれているのを、ぼくは知っている。

こうなった以上、ドラゴンが死ぬのも時間の問題だろう。

だが、ドランに暴れられて、酸が飛び散るのはこちらにとって好ましくないのは分かっている。だから、ぼくは再びドラゴンに銃口を向けた。

しかし、その時には、お兄ちゃんが既に銃を向けていた。

直後、銃声が辺りに響いた。

お兄ちゃんが放った弾丸はドラゴンの左目を潰した。

これは、ぼくが右目を潰したのとは、比べ物にならないくらいすごいことだ。

なぜなら、お兄ちゃんの銃は僕のとは違い短銃だ。スコープを付けることもできないし、威力も低い。代わりに片手で扱え、反動や音が小さいのだが。

そんな銃で、ぼくの両手用の銃と変わらない命中性をたたき出したのだ。

だが、ドラゴンの鱗を破り、体の奥にある心臓を打ち抜くことは、ぼくの銃でないとできない。

ドラゴンの心臓があるおおよその位置は、今までの経験から知っている。

ぼくは、狙いを定めて引き金を引いた。

直後、ドラゴンの動きも咆哮も止まった。そして、ノイズを走らせ、消滅した。

狙いは体の中心、しっかりと捉えられたようだ。

ぼくはほっとして緊張を解いた。

その時、背後で足音が聞こえた。ぼくはすぐさま振り返った。そこにいたのは下位のゴブリン三体だった。

スナイパーにとってこの距離はかなり危険な距離だ。レベルのないこの世界では、いくら下位のMobだからと言って、やられないとは限らない。

ゴブリンたちはぼくがスナイパーだと理解してか、一気に距離を詰めて襲いかかってきた。

だが、あいにくぼくはただのスナイパーではない。襲ってきたゴブリンはぼくの愛器の先に付いた刃によって切り裂かれてれて、全員消滅した。

そう、ぼくは銃剣使いなのだ。

丘の下のお兄ちゃんたちを見ると、ぼくと同じように10対近いゴブリンを一瞬のうちに倒していた。

「ゴブリンの群れと行き会ったようだな。そろそろここも移動するか。他のMobも近づいてきているかもしれない。」

「そうだね。それに、ここだけに何度もドラゴンが現れるとは思えないし。」

ぼくたちはお兄ちゃんの言葉に従って、場所を移動することにした。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん今だよ。」

碧はいつも通りの正確な射撃によってドラゴンの両目を潰し、俺たちに向かってそう叫んだ。

「流石だ、碧。後は任せろ。」

俺は、目が潰されているために暴れまわっているドラゴンの足元へと駆け寄った。

俺の武器は両方とも片手用武器、攻撃の範囲や威力は、お世辞にも高いとは言えないものだ。

だが、これは親父が作った武器だけあって、普通の片手用武器を超える攻撃力は持っている。目の前にあるものくらいは、十分に切断できる。俺の剣の一振りで、ドラゴンの右足は切断された。

その影響により、ドラゴンはバランスを失い転倒した。

「とどめは任せるぞ、蒼奈。お前なら問題ないだろう。」

「言われなくても分かってるよ。こいつを真二つにしてあげる。」

蒼奈は刃のない剣、正確には形の変わった杖に、水の刃を作り出した。

俺の攻撃に対して、蒼奈の攻撃は正確性には少し欠けるが、高威力、広範囲の絶対的な一撃がメインだ。

蒼奈は、水の刃を得た杖を一振りした。すると、水の刃は杖から放たれ、真っ直ぐにドラゴンへと向かっていった。

バランスを崩しているドラゴンに、それをかわすすべなどあるはずもない。ドラゴンは水の刃によって、先ほどの宣言通り、真二つになった。

そして、ドラゴンはノイズを走らせ消滅した。

「お兄ちゃん、お姉ちゃん、ナイスコンビネーションだったよ。」

その直後、緑ヶ丘の上から降りてきた。

丘の上にいたにしては降りてくるのがあまりにも早い。つまりそういうことか。

「碧、」

「な、何かなお兄ちゃん。」

碧は、俺が何を言おうとしているかを察したようで、俺から目をそらした。つまり、解っていて行動したのか。

「お前、俺たちが倒す前に丘から降り始めてたな。もし、あれで倒せてなかったら、どうするつもりだった。いつも言ってるだろ、フォーメーションを崩すことは、命取りだって。」

碧は俺の説教を受けてうつむいていた。

「ご、ごめん。でも、お兄ちゃんたちなら倒せるって信じてたから、つい。」

信頼してくれているのは、仲間としていいことなんだが、もう少し気を付けることを覚えてほしい。

「信じてくれているのはうれしいが、だからって早く降りてくること・・・」

「もういいじゃん、青治。倒せてたんだから、何の問題もないんだしさ。」

いつものことだが、俺の説教は蒼奈の乱入によって終わることとなった。

いつもながら、蒼奈は碧にかなり甘い。そんなに甘いと碧のためにもならないと思うのだが。そんなことを言ったところで、意味はないだろう。

「分かったよ。でも、あと一つだけ言っておくぞ。俺たちだから信頼していいが、誰でも必ず同じことができるわけじゃないからな。覚えておけよ。」

「うん、分かった。でも、ぼくはお兄ちゃんとお姉ちゃんとしか、一緒には戦わないから大丈夫だよ。たぶんね。」

俺たちばかりではなく、少しくらいは友達を作ってそっちと一緒に行って欲しいとも思うのだが、仕方がないかもしれない。碧には、少し事情があるわけだし。

「もう遅いし、今日はここまでにするか。」

この「アナザーアース」の中の時間は現実と同じなので、現実での時間もわかりやすくて便利だ。

「後は、竜の爪1つと竜の肝二つか。明日には集まりそうだね。」

「そうだな。そしたら次は森での討伐依頼だな。目標Mobは確かロアグリズリーだったか。」


俺たちは、一度「アナザーアース」での我が家に戻り、それからログアウトした。

俺の意識は一瞬途絶え、次の瞬間には現実の世界で覚醒した。

俺は眠っていたベッドから起き上がった。目の前には、見慣れた自分の部屋の壁が広がっていた。

覚醒したばかりのためか、少しばかり身体に慣れない。だが、すぐに普通に動けるだろう。いつものことだし、身体に悪いわけではないのだから。

なぜ、何の機器も使わずにフルダイブが可能なのかと、そう思うかもしれない。だが、今の時代ではこれが普通なのだ。

もちろん、何も使っていないわけではない。

現代では、脳に埋め込まれたリンクチップの作動によってフルダイブすることができるのだ。

このリンクチップは、世界中のほとんどの人が生まれてすぐに脳に入れられる。そのわけは、世界中のほとんどの人がアナザーアースで活動をしているほど、フルダイブは当たり前のものになっているからだ。つまり、いちいち機械を付けるよりも、どこでもすぐにフルダイブできることが求められた結果ということだ。

初期の頃は、いちいち付けるタイプの機器が用いられていたらしいが。

俺は、少しして落ち着いてから部屋から出た。すると、ちょうど蒼奈と鉢合わせた。

「お前も休んでたのか。」

「そうだけど、あの感覚にはいつになっても慣れないんだもの。」

碧は先に部屋を出たのだろうか。いつもなら、俺たちが出てくるのに合わせて出てくるのだが。

部屋からも、人の気配はしない。やはり、既に下に行ったのか。

俺は、蒼奈と一緒に下の階へと降りた。

一回には碧と八重さんがいた。食卓には、既にいくつもの料理が出されていた。

しかし、八重さんと碧は食卓とは別の場所にいた。いったい何をしているのだろうか。

俺たちは不思議に思い、二人の方へ近づいた。二人の様子から、八重さんが碧に対して何かを言っているようだった。

「どうしたの、八重さん。」

俺は、少し離れた位置から、八重さんに、問いかけて見た。

「青治くん。それがね、碧ちゃんが授業のとき空ばかり見ていて、ちゃんと受けていないって、スーパーで先生に会って言われたのよ。相変わらず、友達が一人もいないみたいだし。」

なるほど、つまりはお説教というわけか。まあ、碧が学校であまりいい生徒でないのは俺もよく知っている。

そして、その理由もなんとなくわかる。

「八重さん、碧をあまり責めないでやってくれ。こいつは病弱で、学校を休むことが多いから、まだ慣れてないんだよ、学校に。」

まあ、学校でよく騒ぎを起こしていた俺が言えることではないが。

「それはそうだけど。もう一年たつんだし、そろそろ友達の一人くらいは。友達ができれば、学校が楽しくなって、授業への意欲も出るかもしれないし。」

それには俺も一理ある。だが、碧は俺たち以外の人間に対してはかなりの警戒心を持っていて、それが仲良くなる妨げになっているのだろう。

昨年までは、俺たちが学校にいたため、碧の相手はしてやれたし、授業態度も今ほどは悪くなかったはずだ。

しかし、俺たちは今年から高校生。碧とは別の学校に通っているわけだ。きっと、碧は学校で孤独なのだろう。どうしたものか。

「まずはご飯にしない。話の続きはその後でどう。」

八重さんは、蒼奈の方を向いて頷いた。

「そうね。冷めてしまってはもったいないし、ご飯を食べましょうか。」

蒼奈のおかげでいったんは話が終わった。以外と気の利くやつだ、蒼奈は。俺たちや気に入った少女に対してだけだが。

もし、こいつが常に気が利いていたら、今以上にもてていたことだろう。そうでなくとも、その容姿だけでもよくもてるのだから。


私は夕食を食べ終えて、すぐに部屋へ戻った。少し考え事をしたかったから。

碧が友達を作れないのは、もしかしたら私のせいかもしれない。最近は、少しそう思っている。

私があまりにも碧に甘いから、碧は、私たちがいれば友達はいなくてもいいと、そう思っているのではないかと。

私がもう少し厳しくしたら、少しは友達を作る気になってくれるのではないだろうか。でも、あの碧に厳しくするなんて、私にはできない。

私は、どうすればいいのだろうか。

こういう時は、やはり青治に聞いてみるのがいいかもしれない。青治は意外と頼りになるのだ。相談したら、何かいい考えを教えてくれるかもしれない。

でも、こんなことを聞くのは、なんだか少し恥ずかしい。他人に相談をするなんて、私らしくないし。

「どうすればいいんだろう、私。」

私は、ベッドに倒れ込みながらそう呟いてみた。口に出してみたら、誰かが答えてくれるとでも思っていたのだろうか。誰も聞いているはずないのに。

コンコン。

その時、私の部屋のドアがノックされる音が聞こえ、私はベッドから跳ね起きた。ノックの仕方で誰が来たのかが分かったからだ。

だが、こんな夜遅くに、いったい何の用だろうか。私は不思議に思いながらも、ドアへと近づいた。

「お姉ちゃん、入ってもいい。少し相談があるの。」

ドアの向こうからは、私が思った通りの相手の声が聞こえてきた。

私は、声がした直後にドアを開いた。

「入っていいよ。それで碧、相談って何かな。お姉ちゃんでいいなら聞くけど。」

碧は、そっと私の部屋に入った。おそらく、青治には知られたくなかったのだろう。

青治の部屋は、私の部屋の右隣、2階で一番奥の部屋だ。碧の部屋は左隣、一番階段に近い部屋だ。この他にも、私たちの部屋の向かいにも同じように部屋が三つある。

家は広い割に音が漏れやすい。そのため、碧はそっと入ったのだろう。

音が漏れやすいのは当然である。なぜなら、我が家はこの辺りでは唯一の木造家屋なのだから。今では木造の一般住居はほとんどないといってもいいくらいなのに、父は好き好んでこの家を買ったらしい。その理由は、私には全く理解できない。

「あ、あのね、お姉ちゃん・・・」

碧は自分から私の部屋にきたものの、まだ、話す決心がつかないようだった。私が少し話しやすくしてあげよう、姉らしく。

「誰にも言わないから、言ってごらん。言わないと何も解決しないよ。これでも食べながらさ。」

私は、部屋に置いておいた煎餅を一枚碧に渡した。そして、自分も同じものを一枚出して、袋から出した。

すると、碧も同じように袋から出して、二人で煎餅を食べた。

すると、少し緊張が解けたようで、碧は私の方を向いてくれた。おそらく、話す決心がついたのだろう。ならば、私はちゃんと聞いてあげなければ。

「あ、あのね、お姉ちゃん。ぼくは友達をつくった方がいいのかな。お兄ちゃんも八重おばあちゃんも友達を作るべきだって言うし。でも、友達ってなんなのかな。」

友達がどういうものか、私も真剣に考えたことないし、どういえばいいんだろう。こういうことは青治の方が得意な気がする。

でも、相談されているのは私なんだし、私が答えるべきなんだろう。

とはいえ、私だって友達が多かったわけではない。ただ「アナザーアース」の中で気の合うプレイヤーとは時々一緒にクエストに行ったりはするけれど、今思えば、現実での友達と言える相手はいないかもしれない。

なので、今は思ったことを言ってみるしかない。

「友達か、気の合う人とか、仲のいい人とかじゃないかな。」

これが、今の私に言える精一杯だが、これだけでは納得できないだろう。自分でもそれが分かった。

「でも、その人が本当に仲がいいって、どうやったらわかるのかな。それは、自分が一方的に思ってるだけかもしれないし、お姉ちゃんたちに近づいてくる人たちみたいに、力が目当てで仲良くしてるだけかもしれないし。お姉ちゃんは、そういうこと考えたことないの。」

碧はこんなに疑り深かっただろうか。もしかしたら、私たちに近づいてくる人たちを見ている間にそんな考えを抱くようになったのかもしれない。

実際、私たちの妹だと知って碧に近づいてくるプレイヤーもいたことだし。

でも、今日学校で話をした佳苗ちゃんは、私たちの力とかそういうものは関係なく接してくれていた気がする。あくまで私がそう思っただけに過ぎないので、本当のところは分からないが。

「碧がそう思う気落ちもわかるよ。でもね、そういう相手のことだけ考えて人を避けてたら、そうじゃない人にも自分を知ってもらえないよ。それだと、友達はできないと思うよ。本当の友達を作るには、まず本当の自分を知ってもらわないと。それからもう少し他人に近づいてみたらどう。そうしないと、相手のことだってわからないでしょ。」

少し説教くさくなってしまったかもしれない、でも、これで私の言いたいことは分かってくれたと思う、いや思いたい。

碧は、私を見て小さくうなずいた。

「うん、わかった。少しは頑張ってみる。」

碧はそう言い終えると、自分の部屋に駆け戻っていった。

碧の部屋のドアを閉める音を聞いて、私はベッドに倒れ込んだ。

「はあ~、疲れた。」

柄でもないようなことを考えたせいで、一気に疲れがたまった気がする。けれど、碧のためだと思えばこれしきのことどうってことない。

時計を見ると既に日にちは変わっていた。

明日も学校があることだし、もうそろそろ寝るとしよう。

寝坊でもしたら、八重さんの説教をくらう羽目になってしまう。それだけは、どうしても避けたいものだ。


俺は、いつも通り午前7時に目を覚ました。目覚まし時計の類は使っていない。

中学ではよく意外だと言われていたが、俺はこう見えて、結構規則正しのだ。家の中では。その理由は、言うまでもない。

隣の部屋からは、絶えず目覚ましの音が聞こえている。よくあることだが、蒼奈のやつは、寝坊しているのだろう。

せめて、目覚ましを止めてから、二度寝をしてほしい。

この木造住宅では、隣の部屋の音はかなり聞こえるので、隣の部屋からの音がうるさくてしょうがない。きっと、碧も起きているだろう。この音のせいで。

仕方がない、ここは俺が止めに行くしかなさそうだ。

俺は自分の部屋を出て、すぐに隣の部屋の前に向かった。

もう一つ向こうの部屋からは、碧がドアの隙間からこちらを覗いているのが見えた。おそらく、目覚ましを止めたいけれど、蒼奈の部屋で鳴っているために、止めることをためらっているのだろう。そして、俺が止めるのを待っているに違いない。

俺が碧に向かって頷くと、碧は少し安心したような顔をして頷き返した。

その直後、蒼奈の部屋の前に立った俺は、勢いよく扉を開いた。

先ほどの通り、この家は木造である。そのため、部屋に鍵の類はついていない。不便と思うかもしれないが、こういう時には便利である。

「蒼奈、起きろ。」

俺は、たいして大きな声は出さず、そう一言つぶやいた。すると、蒼奈がかすかに動いた。

そして、次の瞬間、俺めがけて枕が勢いよく飛んできた。さっきまで寝てたやつの反応とは思えないほど俊敏だ。

とはいえ、毎度のことなので、予測していた俺にとっては、よけることはたやすいものだった。

俺によけられたのを見ると、蒼奈は不満そうな顔をした。

「いつも言ってるよね、頼むのはいいけど命令はするなって。私は命令されるが大嫌いななんだよ。知ってるでしょ。」

もちろん、俺はこのことを承知している。そのうえで、あえて命令したのだ。

こいつの命令嫌いは半端なく、目覚ましでも起きないのに、命令されると必ず起きるのだ。もちろん攻撃するために。

「そうだったな。じゃあ、今度からは命令せずに放っておくよ。それでかまわないんだろう、お前は。」

いつものことだけど、俺がこういうと蒼奈はあわてる。

蒼奈も分かっているのだ。自分が起きるのが苦手なことを。そして、俺がやった方法が最も有効であるということを。

「しょうがないから、今回は許してあげてもいいよ。だから、これからもちゃんと起こしてね。忘れたりしたら、承知しないから。覚えておいてよ。」

さて、このセリフを聞くのはいったい何度目だろうか。少なくとも、百回以上は聞いているだろう。

つまりは、それほどに恐ろしいのだ、八重さんの説教というものは。昨日碧にしたのは、ただの注意にしか過ぎないのだ。

別に八重さんが怖い人というわけではない。八重さんは、俺たちのことを考えてくれているのだ。親父がいなくなった俺たちを支えてくれているのは八重さん、なわけだし。厳しいのだって、俺たちの将来を考えてのことだろう。

それが分かっているからこそ、俺たちも文句は言えない。

「まあ、寝坊も仕方ないか。昨日は夜遅くに、どうにか柄でもないようなことを考えてたみたいだし、疲れてたんだろ。結構頑張ってたと思うぜ、なかなかいい考えだった。お前にしてはな。」

昨日のことが俺の部屋にまで聞こえていたことに、今気づいたようだ。もしかしたら、言わなかった方が良かったかもしれない。隣の部屋では、碧が完全に引っ込んでしまっている。

そろそろ朝食の時間だ。

八重さんに寝坊だと思われる前に、急いで下に行こう。

蒼奈と碧も同じように考えたらしく、まずは相談を聞かれてたことは忘れることにしたようだ。俺たちは素早く着替えを終えて、下への階段を駆け下りた


現在時刻は8時、碧は既に学校へと行っている。俺は、自分の部屋で、ベッドの上に横になっていた。

隣の部屋では、蒼奈も同じような状態だろう。

俺たちの学校は「アナザーアース」に存在する。だから、フルダイブをして、行くことになるのだ。

「青治、こっちは準備できたよ。そっちはもう大丈夫。」

隣の部屋から、壁越しに声が聞こえた。準備が終わったようだ。

「終わってるよ。じゃあ、そろそろ行こうか。あっちの世界へ。」

俺は、ゆっくりと目を瞑った。俺の視界が真っ暗になった。今は何も見えない。だが、あの言葉一つで、もう一つの世界が俺たちの前に現れる。

俺は、腕輪のような電子機器を操作し、エアディスプレイを開いた。そこには、電話、メール、検索など、様々なメニューが付いている。

これは、リンクチップと同様に、現代では主流になっている機器の一つだ。

この機器はDLディスプレイリングと呼ばれ、空中にディスプレイを表示するための機械だ。様々な機能が付いていて、昔あったらしい携帯用の電話、時計というものは、これの開発により使われなくなったという話だ。

俺はメニューの一つにあった「フルダイブリンク」のボタンを押した。このDLは脳内のリンクチップとつながっているのだ。

次の瞬間、俺の視界はまぶしい光に包まれていった。

そして、気が付くとマイホームのベッドに寝ていた。隣のベッドには、ちょうど蒼奈も来たようだった。

俺と蒼奈は、ほとんど同時にベッドから起き上がった。

「じゃあ、学校に向かうか。近くにあるゲートは八王子の側だったよな。ここから10分といったところか。」

「そうだね。これなら余裕を持っていけそうだね。」

俺たちはこちらの世界での支度を10分で済ませ、それから八王子へと向かった。

途中にMobと何度かあったが、ここで出てくるような相手は数秒のうちに倒せるので時間の浪費にはならなかった。

俺たちは、予定通り10分で、8時20分にはゲートの前へと着いた。

俺たちはいつものようにゲートに乗った。

「「転移、極東帝国学園高校。」」

俺たち二人は、同時にそう唱えた。すると、俺たちは淡い光に包まれて、気が付くと学校の前に立っていた。

ちょうど登校ラッシュのようで、この学校に通う10000人以上のプレイヤーが、次々とゲートから現れては、学校の中へと入っていく。

俺たちもそれに倣って校門をくぐった。

多少注目されているのは、周りを確認せずとも明らかだった。だからといって、何か反応することが意味ないことだとわかっている俺たちは、平然と歩いている。

こんなことは今まで何度もあったので慣れている。

さすがに、こんなところで依頼をしてくる奴はいないだろうし。それ以前に、俺たちに話しかけてこようというやつさえいない。

俺たちはそのままと歩き、1―Hの教室に入った。

「おはようございます。」

俺たちが教室に入って最初に挨拶をしたのは、予想通り佳苗だった。

「おはよう。今日も元気だな。」

蒼奈はといえば、佳苗の方へと近づいていき、そして佳苗に抱き着いた。

「な、何をしてるんですか、蒼奈さん。」

佳苗へはかなりあわてた様子でいた。まあ、普通はそうだろうな。いくら同性でも、いきなり抱きつかれればあわてるだろう。

「大丈夫、ただの朝の挨拶だよ。」

そう言って、蒼奈は佳苗のおでこにキスをした。佳苗は顔を真っ赤にして固まっていた。

蒼奈の言ったことを正しく言うと、気に入った相手への朝の挨拶だ。家では、碧にすることはよくある。碧の場合は喜んでいるが。

「おはよう青治、妹さんは変わった挨拶だね。英国人のぼくが言うのも変かもしれないけど、僕はずっとこの国で暮らしてるから。」

確かに、英国などでは親しい相手には、挨拶として普通にキスをする習慣もあったはずだ。蒼奈がそのまねをしているわけではないが。

アメリカの方でも同じ習慣があったはずだ。もしかしたら、蒼奈のこのあいさつはあいつの影響かもしれない。あいつも俺たちへの挨拶によくやっていたことだし。

「同感だ。おはようジャン。」

ジャンは挨拶だけすると自分の席の方へ去っていった。それもそのはずである、現在の時刻は8時30分、始業の時間だ。

「蒼奈、時間だぞ。席に着いたらどうだ。」

「あっ、本当だ。そうしておくよ。」

俺の声はちゃんと聞こえたようで、蒼奈は返事をすると佳苗から離れて自分の席に着いた。

佳苗も、解放されるとすぐに、自分の席へ着いた。

今立っているのは俺だけのようだ。俺も急いで席に着くとしよう。


僕は正直のところ大変緊張していた。表面上は普通に振舞えたが、内心では。あのブレイカーズにあったのだ、緊張せずにいられないわけがない。

でも、ブレイカーズと言ってもやはり僕たちと同じ高校生であることには変わりないようで、話してみると普通の男子と変わらないように感じる。

僕は、彼らと友達になりたいと思っている。だって、同じクラスになれたのだし、できるだけ仲良くしたいと思うのは当然である。

それに、彼とは気が合うような気がするのだ。何となくだが。

僕は英国人であることもあり、昔から周りの人には珍しがられ、近づいてくる人も少なくはなかった。だからこそ、彼らの大変さがよくわかるのだ。

でも、だから、僕は彼らと友達になりたいと思っている。本当の意味での友達に。

僕がそう考えていると、担任の須崎先生が前のドアから教室に入ってきた。

「皆おはよう、今日も元気か。初日とあって、ちゃんと全員来ているようだな、安心した。実は、今日大事なことがあるんだ。」

大事なこと、いったいなんだろうか。初日からテストをするようなことはないと願いたい。正直言うと、勉強の方はあまり得意ではない。

周りの皆も知らなかったようで、教室全体がざわついていた。彼らだけは平然とふるまっているが。きっと、この程度のことでは揺らがないような、強い精神力を持っているのだろう。

青治の方を見ると、欠伸までしている。すごい余裕だと、感心させられる。

「この学校は3学年、165クラスとたくさんのクラスがある。そのため、自然と学校も広くなるんだ。その象徴が、入学式をやったホールになるわけだが。そこで、今日は校舎を覚えてもらうために、簡単なレクリエーションをしたいと思っている。皆はそれでいいか。」

この先生は、けっこう面白いことを考えるものだ。普通校舎案内ぐらいは、まじめにやる先生も多いだろうに。しかし、レクリエーションとはいったい何をやるのだろうか。もし、バトルに近いことをやれば、彼らが勝つのはほぼ確実だろう。それをわかったうえで言っているはずだし、バトルとは違うものになるだろう。

「やる内容は簡単だ。まず、一チーム5人で20チームを作ってもらう。そして、そのチームごとに宝探しのようなものをやってもらう。学校では、このゲームのことを迷宮探索と呼んでいる。この学校は迷宮と呼ぶにふさわしいからな。地図はチームに一枚ずつ渡すが、いかに校舎を理解しているかが勝利の鍵になる。ちなみに、宝は水晶玉を用意してある。一番多く集めたチームが優勝だ。奪うのは、なしだ。優勝チームには商品もでる、期待していてくれ。」

5人でチームとは考えられている。他の人と仲良くなる機会も作っているわけだし。学校ではということから、すべてのクラスで行うことなのだろう。

先生の話が終わると、クラスではどんどんと5人チームができていた。あぶれることはないはずだが、最後に余るのもいい気分ではない。急いでチームを作らないと。

そんな時、僕の目に留まったのは、青治と蒼奈、佳苗のチームだった。彼らはまだ三人、勇気を出して尋ねてみよう、一緒にチームを組めないか。

「青治、僕も君たちのチームに加えてもらえるかな。まだチームが決まってないんだ。」

ぼくが話しかけると、青治はぼくの方を向いてくれた。

「お前がよければかまわないぜ、ジャン。お前たちもいいだろ。」

青治はすぐに許してくれた。しかしあとの二人はどうだろうか、少し不安も感じる。でも、それ以上に、青治が許可してくれたことへの喜びの方が大きかった。

「私は別にいいよ。特に断る理湯もないし。悪い人でもなさそうだしね。」

「わ、私も、ダメなんてことはこれっぽっちもないです。よろしくお願いします。ジャンさん。」

僕は青治たちのチームに入れてもらえたことで、一気に落ち着いた。

これをきっかけに、もっと青治たちと仲良くしていけたらいいと思う。僕も精一杯頑張ろう。

「こちらこそよろしく、佳苗。僕のことはジャンで、呼び捨てでかまわないよ。その方がぼくも気が楽でいいから。」

佳苗は僕の方を見て、一度頷いた。了承してくれたようだ。

「はい、よろしくジャン。一緒に頑張りましょう。」

僕は、相手のことに、さん、くん、などと付けて呼んだことがない。そのため英国育ちなのではないかと疑われることがある。だが、これは母と父の影響だ。二人は、結婚するまではイギリス、「アナザーアース」では聖ローマ王国に住んでいたからだ。

二人が言うには、こっちに来て驚いたことは、数えきれないほどあるらしい。今では、ちょっとしたことでは驚かなくなったそうだが。

そのため、なんで移住をしたのかを聞いたことが何度もあった。

二人は決まってこう答えた。「日本では、「アナザーアース」の世界で生きていく者にも教育を行っている。もし、僕が「アナザーアース」の世界で死ぬようなことがあっても、不自由なく暮らして欲しいから、そのために移住してきたのだ。」と。

「これで四人か。あと一人はどうする。」

青治の言葉が僕に振られたものだと気づくまで少し時間がかかった。あまり気にしていなかったのだが、青治に言われてみて気づいた。確かに僕たちの班はまだ4人だ。

「僕は誰でも構わないよ。」

きっと彼らに話しかけづらくて、ほかのクラスメイトが寄ってこないのだろう。

既に大抵の人はチームが決まっているようだし、誰か余った人が加わることになるのだろうか。

「ちょっといいか。」

そう思っていた時に、僕たちは背後から話しかけられた。

僕と佳苗は少しばかり驚いて、振り返るのが遅れた。それに対して、青治と蒼奈は冷静に、無駄なく振り返った。さすがはトッププレイヤーと感じさせられた。

2人からしたら、こんなことで驚いる方がおかしいのかもしれないが。

「俺も入れてもらえないか。あぶれたみたいでさ、お前たちはまだ4人みたいだしさ。いいだろ。」

彼らに対しても全く臆することなく話せるなんて、すごい度胸のあるやつなのか、それとも彼らのことをよく分かっていないだけなのか。

口調は丁寧とは言い難いが、不思議と嫌な感じがしない。逆に、その口調が似あっているとさえ感じる。

只者ではないのかもしれない。そうならば、彼らへの態度も納得がいく。

青治と蒼奈は、彼のことを確かめるかのように見つめている。佳苗は最初から青治たちの決定にゆだねるつもりのようで、青治たちを見ている。僕も青治たちに任せるとしよう。

青治は何かを蒼奈の耳元で話していた。声は小さく、僕には聞き取ることはできなかった。だが、蒼奈が頷いていることだけは、見ていて分かった。

「いいぜ。名刀工と言われている滝川孝秀の息子で、将来を期待されてる刀工の滝川秀明とチームとは光栄だ。」

やはり只者ではなかったようだ。僕は、今聞いた2つの名前は聞いたことはないが、青治たちの知っていたほどの相手だ。かなり有名な人に違いない。

青治の今の発言で最も驚いていたのは言われた本人のようだった。たっぷり10秒間の沈黙の後、秀明は青治に詰め寄った。とは言っても、手を出すためではない。むしろ、手を出してやられるのは秀明の方に違いないのだから。

「なんで俺の名前を知ってるんだ。まだ本名で仕事をしたことはないはずなのに。いったいどこから情報を得たんだ。」

今のから本人が驚いていた理由がなんとなく分かった。

確かに、いきなりあったことのない相手に名前を呼ばれたら驚くだろう。自分が有名だと思っていないものほど、その驚きは大きいだろう。

彼らにはわからないことかもしれないが。

「お前の親父さんに聞いた。写真も見せてもらったよ。親父さんとときどき会うけど、いつもお前の話をしている。」

秀明は先ほどまでの陽気な調子とは打って変わって、がっくりとうなだれた。

「親父のせいか、そのせいか、街であんなに見られてたのは。人の許可とらずに勝手に広めるとか、マジ勘弁してほしいわ。」

本人の知らないところで勝手に広められていたらしい。僕が秀明の立場だったらと思うと、少し同情してやりたくなる。

「まあ、今考えても仕方ねえか。この話は後で親父の直接言おう。教えてくれてありがとな、青治。」

秀明は立ち直るのが異常に早い。かなり前向きな性格なのだろう。


今日は授業初日、校舎見学を行う予定だったはずだ。それがなぜこんなことをする羽目になっているのだろうか。

私たちは、学校の中を駆けていた。

「それにしても、あれはいったい何なのだ。何も聞いてないぞ。レクリエーションの仕掛けなのか。」

私、天宮渚は、クラスメイトの三浦真弥と共に、ゾンビみたいな生き物から逃げている最中だった。

「し、知らないよ、学校にあんなのがいるなんて、知ってたら、絶対にあんなところに入ったりしないもん。」

ゾンビみたいな生き物はたいして強くはないように思える。しかし、武器の所持は校舎内では禁止、私たちは二人ともスキルでの直接的な攻撃はできない。つまり、抵抗手段が逃げるしかない状況なのだ。

この状況へと至った原因、それは5分ほど前にさかのぼる。

私たちはレクリエーションとして宝探しをすることになった。これは、毎年、新入生に対して行われていることらしい。

私は、人と話す、いや、接すること自体が大変苦手だ。自分でも分かってはいるが、積極的にやろうとしても、いつもうまくいかない。私からしてみれば、普通に歩対面の相手に話しかけられる人がおかしいと思う。

そのせいで、クラス内で5人チームがどんどん決まっていく中、私は一人のままだった。

どうにか話しかけてみようとは思うのだが、やってみようとすると、なかなか話しかける勇気が出ない。

そんな私に話しかけてくれたのが、同じクラスの三浦真弥だった。彼女のことを私は全く知らなかった。

まあ、天宮家の人間としての付き合いがあるような人物や、双青のような本当に有名なプレイヤーくらいしか知らない。

だって、中学までの教育は全て家庭教師によって行っていたので、普通の友達もいなかったのだから、知らなくても当然なのだが。相手は自分を知っていて、自分は相手を知らないというのは気分が悪い。

別に嫌というわけではなく、まるで相手に興味を持っていないかのようで、相手に悪い気がしてしまうからだ。

お兄ちゃんからは、考え過ぎだとよく言われる。

しかし、考えてみてほしい、12になるまで現実世界、仮想世界のどちらにおいても、一度だって家から出たことがなかったのだ。そんな私にとって、人付き合いは、常に慎重に考えないとうまくできないことなのだ。

なんだか話がずれてきた気がするので、話を元に戻そう。

真弥のおかげで私は一人ではなくなった。しかし、私たちBクラスは102人。つまり、5人チームを作れば、必然的に二人余ることになるのだ。そして、それは私たちになったわけだ。私としては藩の人数が少なくてありがたいのだが、競技上は不利になることは明確だった。

そして、宝探しが始まり15分ほどが経過した頃、私たちは第4生物室へと足を運んだ。まだ、誰も探索していないようだったので、きっと水晶があるに違いないと思い、足を踏み入れたのだ。しかし、それこそが間違いだった。

生物室に入って探索をすると、ほどなくして水晶が3つも見つかった。この時までは、私たちの選択は正しかったと思っていた。次の瞬間、今から5分前にそれは間違いだったと知ることになるが。

突然、生物室の後ろの方から奴は現れたのだ。最初、私たちは先生がいるのだと思った。なぜなら、ゾンビみたいなそいつは、身長や体つきは人と変わらなかったからだ。

その姿が視認できるようになると、私たちはようやくやつが人でないことに気づいた。

そして、今の逃走劇が始まったわけだ。

「どうしてこんな時に限って人に会わないんだ。やっぱり、それだけここが広いってことなのか。」

真弥の遺伝スキルは「空間の把握」らしい。本人が言うには、半径50メートル以内の空間を、物体や人の位置なども含めてわかるらしい。そんな真弥が誰もいないというのだ。本当に近くには誰もいないのだろう。

私の力を使えば、こいつから逃れることは容易だろう。しかし、父に言われているのだ、人前ではあまり自分の力を見せるなと。

「なんで、初日からこんな目に合わないといけないの。」

私は心からの叫びを口にした。


俺たちは、実習室で新たに2個の水晶を発見した。これで合計19個の水晶を見つけたことになる。開始から約30分、ペースとしてはかなり早いはずだ。何事にも負けるのが嫌な俺としてはどうしても勝ちたいので、この調子でどんどん集めていこう。

「ねえ青治、校舎ってこんなに広かったっけ、外観だと普通の学校よりだいぶ大きく感じたけど、せいぜい大学くらいの大きさだったと思うんだよね。でも、それにしては広すぎない。」

蒼奈ならば分かるとは思うのだが、まだ気づいていないのか。確かに、意外と気づきにくいことかもしれない。碧は知っているだろうけど。

まずはヒントから与えていってみよう。蒼奈なら、すぐに分かってしまうかもしれないが。

「ここは仮想世界の中だ。見た目だけでの判断は正しいとは限らないぞ。」

蒼奈と秀明は、今の一言でこの学校の仕組みを理解したようだ。ちなみに、世界中どこの学校でも同じシステムが使われているらしい。多少の違いはあれども。

佳苗とジャンには難しかったようだ。二人は一般の学生なわけだし、知らなくても不思議ではない。

「ここは、迷宮エリアってことか。しかも、エリア全体が安全地帯に設定されている。そういうことでいいんだろ、青治。」

これを聞いても二人はまだわからないようだった。まあ、迷宮は入った者にしかわからないことが多いのでしかたないかもしれない。二人は、迷宮での冒険には経験がないのだろう。

「迷宮エリアは外観と実際の広さがまるで違うんだ。迷宮っていうのは文字通り迷うほど複雑で広い、最も危険度の高いエリアだ。でも、その広さを確保するための土地が実際の土地だけでは足りない。特に極東帝国のようなあまり広くない国ではな。だから、極東帝国の迷宮は、外観と実際の広さが世界で最も違うらしいぜ。」

二人はなんとなくだが理解はしたようで、軽くうなずいた。

これは親父に聞いたことだが、昔あったゲームというものでは、その中の世界の建物は外観と実際の広さが違うことは当たり前だったらしい。昔の基準で言うと「アナザーアース」もゲームの一種に含まれるとも言っていた。

俺からしてみると、この世界はゲームなんてものではなく、俺たちの生きるもう一つの世界だ。だが、楽しめるというところは変わらないとは思った。

その時、向かっている先から誰かの駆けてくる足音が聞こえてきた。普通の学校と違って、廊下を走るのが校則違反になることはないだろうが、わざわざ走る必要性はないと思うのだが。

その足音が俺たちの方に向かって来ているのには、聞こえてきて5秒ほどで分かった。

そして、俺たちは足を止めた。

「二人と、少し離れてもう一人か。そいつが二人を追っていると考えるべきか。だが、いったいなぜ。他者への攻撃は禁止のはずだった気がするが。」

蒼奈は足音を聞いて何かに気づいたようだった。

「この足音、逃げてる方の一人は渚ちゃんだよ。何があったんだろう。」

相変わらずすごいものだ、気に入った相手なら足音やにおいで解るのだから。まるで、主人に忠実な犬みたいだ。

それにしても、あの天宮が逃げているということは、相当切羽詰った状況にあるのだろうか。

そして、蒼奈の予想通りに天宮ともう一人名前は分からないが、天宮と同じクラスのやつだろうと思われる女子が廊下の奥の方から現れた。その直後、二人の後ろに妙なものが追いかけてくるのも見えた。

「ゾ、ゾンビ。でもなんで校舎内に。ここにMobは出ないはずじゃ。」

二人は必死にこっちへと逃げてくる。二人とも俺たちには気付いていないようだ。逃げる時はもう少し周りに気を配った方がいいと思うのだが、今はそんなことを言っている場合ではないだろう。

しかし、あの追って来ているのは本当にあれなのか。ありえないことではないが、いったい誰が。

「あ、真弥さん。いったい何があったの。そいつはいったい。」

佳苗はもう一人の女のことを知っているのか。もしかして、同じ中学だったのだろうか。それとも、昨日仲良くなったのだろうか。

佳苗の声で、二人はようやく俺たちのことに気づいたようだった。そして、懸命に俺たちの方へと向かってきた。

なるほど、二人とも武器がないと戦えないタイプか。そういや、天宮のスキルはそうだったはずだな、俺としたことが、武器を持てない状況だということを忘れていた。次からは気を付けないとな。

後ろのやつと二人のスピードは拮抗しているようで、差が全くと言っていいほど開かない。

「どうするつもり青治。」

ジャンは、俺が何かをしようとしていると感じたらしい。意外と鋭い奴だ。

「まあ、ちょっと見ていてくれ。」

天宮と真弥はだんだん近づいてきた。

天宮ならあいつがなんだか気づけると思うのだが、あんなものに追いかけられてたら、考える余裕も生まれないか。

「さて、助けてやるとするか。」

蒼奈はもう気づいているようで、手を出してこようとはしてこない。この場面では、自分のスキルは向いていないと判断したのだろう。その判断は適格だ。蒼奈の攻撃だと二人を巻き込みかねないからな。

他の三人は、ゾンビみたいなやつを見て腰が引けているか、俺の邪魔をしないようにと考えているのか、蒼奈よりも後ろに立って見守っていた。

「も、もうあんたでいいから助けて。」

まだ、昨日のことを根に持っているらしい。意外と根に持つタイプなのか。それでも妥協して、助けを求めるということは、どうしようもない状況だからか。

「はい、バトンタッチ。」

俺がふざけて手を出すと、天宮は俺の横を通り過ぎながら俺の手にハイタッチをした。意外につられやすいようだ。

真弥はそんな余裕もないのか、普通に横を過ぎていった。

「な、何をさせるの、こんな時に。」

俺の後ろに下がって少し冷静になったようで、いきなり怒り出した。助けてやっているのだから、いちいち怒らないでもらいたい。

だが、それ以上の怒りを買うことはなかった。なぜなら、天宮のやつが蒼奈に気づいたからだ。

しかし、時すでに遅し。天宮は逃げる間もなく蒼奈に抱き着かれた。

真弥のやつは不謹慎だとでもいうように蒼奈を見つめていた。蒼奈の方は全く気にしていない様子だが。

まあ、奴に気づいてないものならそう思っても仕方がないだろう。

俺は瞬間移動をして、ゾンビに見えるやつの目の前に移動した。

いきなりのことで、ゾンビに反応する暇などあるはずもなかった。俺の一打はゾンビを捉え、ゾンビはその場に伸びてしまった。

「少しやり過ぎたか。まあ、仕方ないか。」

後ろを向くと、渚だけは驚いた顔をしていた。しかし、ジャンたちの視線は俺の方に集中していて、その様子には気付いていないようだった。

まあ、渚が驚くのも無理はないだろう。少し勝手に借りてしまったからな。

渚は何かを言おうとしたようだが、躊躇したようだ。今言ったところで、俺にも渚にもよくないだろうし、懸命な判断だったと思う。

「それにしても、こいつはいったいなんだったのだ。あまり強くはなかったみたいだが。Mob、ではないようだが。」

真弥が倒れていたゾンビ?に触れようとした時、ゾンビ?はボンっという音を立てて、小さな人形へと変化した。

「まさかこれって、」

それを見て、渚だけはゾンビみたいなやつの正体が分かったようだった。さすがは天宮の家系だけあって、知識はかなりあるのだろう。

「やっと気づいたんだ。そう、パペットだったんだよ、これは。」

渚は苦い表情をした。おそらく、今まで気付けなかったことを悔やんでいるのだろう。

まあ、こんなグロテスクな奴がいきなり現れたら、冷静に行動するのもかなり度胸がいると思うが。

「パペットって、いったいなんだい。」

やはりジャンたちはこのことも知らなかったらしい。少しわかりやすく教えてやるか。あまり俺の柄ではないが。

「パペットは雷族操作系のプレイヤーが操っている媒体の総称のことだ。雷族操作系のプレイヤーの使う媒体は2種類あって、1つは武器や防具の一種となる機械系の媒体、もう一つは武器ではない石や木、人形などの媒体だ。機械を媒体に使うものを主に機械使、そうでないものを媒体に使うものを主に人形使というが、パペットを使うのは人形使の方だ。」

人形に戻った時に大きさが変化したのは、おそらく、この人形が何らかの魔法品マジックアイテムだからだろう。

しかし、これを操っていた者はいったい何者なんだ。普通は操っている媒体の見える位置にいないと操作が困難なはずだが、かなりの手練れだ。それほどの使い手が、一体何のためにこんなことを。

まあ、それはやつに聞いてみればはっきりするだろう。少し暴れるとするか。


あんなグロテスクなのが現れても、動揺しないなんて、やはりあの二人は私たちとは次元が違うように感じる。いや、最初から比べること自体が間違っているのだろう。

それにしても、真弥が渚さんと仲が良かったとは知らなかった。

「ねえ、真弥、どうしてパペットに追われてたの。パペットに追われるってことは、誰かに狙われてたってことなんだよね、青治さんの話から考えると。心当たりはないの。」

蒼奈さんは相変わらず渚さんに抱き着いたままで、それをどうすべきか分からないといった様子だった真弥は、私の方を向いてくれた。

「たぶんだが、狙われていたのは私ではなく、天宮さんの方だと思われる。普通に考えても、そっちの方が確率的にも高い。私なんかが狙われる理由を持っているとは思えないのだ。そうだろう。」

真弥の言い分は最もだ。あの天宮家の一員なら、狙われる理由はいくらでもありそうだ。

あの二人も狙われることはよくありそうだが。今回は関係ないのは明白だ。

「そうだよね。でも、ここで襲ってこれる相手って生徒か先生くらいだよね。それにここは安全エリアなんでしょ。襲っても意味がないんじゃないのかな。」

これは青治からの受け売りだ。宝探し中に教わったのだ、ここが迷宮の安全エリアだと。

真弥には分かりにくかったかな。だとしたらもっとわかりやすく言った方がいいのかもしれない。けれど、私なんかに上手な説明ができるだろうか。

「あ、安全エリアっていうのは・・・」

「大丈夫だ、解っている。天宮さんが教えてくれたからな。佳苗はあの二人に聞いたのか。まあ、そうだろうな。私たちじゃわからないことだ。あの三人なら何か分かっていても不思議ではないが。」

真弥は青治さんや蒼奈さん、渚さんの方を見てそう言った。確かに、あの三人なら私たちには分からないようなことも知っているだろう。

「そうだね。」

私がそう言っていると、真弥は上の方を向いた。

その直後、大きな金属音が辺り一帯に響き渡った。その音源は、青治さんのいた方だ。

「どうも、何の用ですか、生徒会長様、いや死神さん。今宵も誰かの魂狩りに来たんですか。」

青治さんの皮肉で、相手の方は、少しばつの悪そうな顔をしたのが私にもわかった。

しかし、人の丈よりも大きな鎌を目の前で受けながらもこの余裕、それほどの余裕はどこから生まれてくるのだろうか。

それよりも、襲ってきた相手の方に驚きを感じずにはいられなかった。青治さんは少し前から、真弥はついさっき気づいたようだが、まさか上からあの生徒会長、開花院椎奈さんが現れるなんて。しかも、青治さんは会長に対して死神っていうなんて、どうして。」

「校則では校内の武器の使用は禁止じゃなかったかしら。物騒ね、いきなり撃とうとしてくるなんて。こっちはただ見てただけじゃないの。」

会長の言ったことから考えると、青治さんは会長がいるのに気づいて撃とうとした。だから、それを阻止するために攻撃をしてきたということだろうか。

じゃあ、なぜ青治さんは会長を撃とうとしたのだろうか。いや、なぜ会長は私たちを見ていたのだ。まさか、あのパペットは。

「先輩だって武器もってるのは同じじゃないですか。それとも死神にとっては日常品だったりしますか。まあ、俺にとってもこいつは日常うですけど。それと、俺が撃とうとしたのは先輩じゃないですよ。」

また死神って、どうしてそんなことを言うのだろうか。私には喧嘩を売っているようにしか思えない。

「青治のやつあの死神と遣り合うつもりなのかな。やり過ぎなければいいけど。言っても無駄かな。」

蒼奈さんの気が青治さんと会長の方にそれた一瞬を利用して、渚さんは蒼奈さんの胸から顔を出して、青治たちの方を向いた。あの二人も気になっているのか。

「あの死神が、無謀な賭けに出るとは思えない。たぶん引くと思う。何もなければ、だけど。」

「そうだね、渚ちゃん。」

意外とあの二人は仲がいいのかもしれない。抱き着かれたりするのを嫌っているだけで。

それにしても、あの二人まで会長を死神って呼ぶなんて、いったいどうして。青治につられるなんてこと、あの二人にはあり得ないいと思うのだが。

私の困った様子に気づいたようで、秀明さんが話しかけてくれた。

「何を気にしてるんだ。青治なら心配ないと思うけど。」

「い、いえ、そんなことではなくて。皆が会長のことを死神って呼ぶから。」

秀明には少し意外そうな顔をされた。どうしてだろうか。私は何か変なことを言っていたのだろうか。

「知らないのか、会長の異名を。会長は自分のスキルの力でどこからともなく現れて、その大鎌で敵を狩ることから死神って呼ばれてるんだ。学園五指には例外なく異名があるからな。覚えておいた方がいいぜ。」

少し考えてみれば、異名だってことくらいわかったかもしれないと思い、少し恥ずかしくなった。今後はちゃんと情報を集めておこう。私だけが知らなかったみたいだし。

「じゃあ、そろそろもう一人にも出てきてもらえませんかね、先輩。こそこそされるのは好みじゃないんで。何しても構わないっていうなら、別にいいんですが。それに、パペットを使っていたのはそっちの方でしょう、少し話も聞きたいな、なんて思ったりもするんですよね。」

青治さんの言葉は見かけ上はオブラートに包まれているが、その裏にはすごい殺気が込められているように感じた。まるで、相手を脅しているように。

会長は、無言で青治さんを見つめていた。隙をうかがうかのように。

もしかしたら、この事態は会長の望んでいたものとは異なっているのかもしれない。私が聞いた会長から考えると、こんな無謀なことを挑んでくるような人物ではないはずだ。

パペットが追っていた相手が渚さんだったのだし、もしかしたら、私たちと出合ったことは、想定外のことだったのかもしれない。特に、青治さんと蒼奈さんと会うのは。

もう一人の人はなかなか出てこない。何か作戦でもあるのだろうか。それとも、単にもう一人を出したくないだけなのか。

その時、青治さんに10体ものパペットが襲いかかってきた。しかも、さっきのゾンビみたいなやつとは違う。巨大な体躯で、いかにも力のありそうな感じだ。これらは完全な戦闘用なのかもしれない。

「蒼奈、どうします。青治にすべて任せますか。それとも、力を使いますか。使うのなら思いっ切りどうぞ。」

私には、聞いたことのないきれいな女性の声が聞こえた。しかも、蒼奈さんのすぐ傍で。

その声はあまりにきれいで、そしてはかなくて、私は魅入られてしまいそうになった。決して入ってはいけない悪魔の罠ではないだろうから、魅入られても問題はないかもしれないが、さすがにこの場面では不謹慎だろう。蒼奈さんの態度も、十分にそうかもしれないけど。いまだに渚さんに抱き着いていて。

それに、正体のわからない謎の声が、不気味に感じられていることも理由だが。

そういえば、入学式のときに渚さんの側からも謎の声が聞こえた気がする。あの時の声は今のとは違い、なんだか子供っぽい感じの声だった。でも、これらもきっといつもの耳鳴りに過ぎないのだろう。

「青治ばかりずるくない。私にもやらせてもらうからね。文句は言わせないよ。」

蒼奈さんがそう言って手をかざすと、青治さんの周りに水が噴き上げた。それはパペットたちを阻み、そして、溶かしていた。

・・・・・・、溶けている、パペットたちは液体に触れたところから溶け出している。一部が溶けたパペットたちは、さっきのゾンビのパペットよりもグロテスクなものに見える。

いくらか溶けると、パペットは小さくなって普通の人形に戻った。相変わらず溶けてはいたが。

「双青の溶解姫メルトプリンセス、この力は酸によるもの。しかも、かなり強力な。」

真弥さんの言った言葉、メルトプリンセスは聞いたことがあるような気がする。まさか、双青である蒼奈さんのことだったとは思わなかった。

しかし、今思えばあの二人は個人でもかなりの強さだ。個人で異名を持っていても不思議ではない。では、青治さんも何か異名を持っているのだろうか。もし持っているなら、それはどういうものなのだろうか。

私がそんなことを考えていると、どこかから悲鳴が聞こえてきた。しかし、私たちの知らない声だ。

だが、会長だけは知っていたようだ。今の悲鳴を聞いて、明らかに動揺した。そして、無理やりにでも青治さんを抜こうと動いた。

しかし、青治さんがその決定的な隙を逃すはずもなく、青治さんは鎌を受け止めていた拳銃で会長を殴り飛ばした。

会長はすぐに壁にぶつかって止まったが、銃口を向けられては、動くことなどできるはずもなかった。相手はあの双青なのだから。

あまりのことに、私はここが安全エリアであることを忘れそうになった。

「心配いりませんよ。酸は使ってませんから。酸を人に使うのは、相手を殺す時だけです。」

さっきの悲鳴は、パペットを操っていた会長の仲間なのかもしれない。きっと、蒼奈さんが何かをしたのだろう。

「あっちは気絶しちゃったよ。自分はゾンビを使うくせに、意外と臆病だったみたい。もうちょっと手ごたえあると思ったんだけど。会長もすぐ動揺するし。やっぱ五指って言っても、学生レベルなのかな。」

あの時わざわざ人形に酸を使ったのは、会長への心理攻撃のためだったのかもしれない。だとしたら、これまでのことは全て、あの二人の掌の上で行われていたのかもしれない。

改めて、双青のすごさを知らしめされた気がした。


蒼奈が仕留めたのは、生徒会で会計をやっている聖和奏先輩らしい。

青治たちは、生徒会長を相手にいろいろと問いただしている最中だった。入学早々、生徒会長を倒し尋問まがいのことをしているなんて、ここは何があってもおかしくないかもしれないと思える。と、いうか、そんなことをして大丈夫なのだろうか。

やっているのはあの二人なので、僕らはもちろん見学だ。僕は襲ってきた理由にかなり興味があるのでどうしても知りたかった。

生徒会長が新入生を襲うのには、よほどの事情があるのだろう。

「分かっているわ、話せばいいんでしょ。ここまでやられたんだから、正直に話すわ。簡単なことよ、新入生の調査をしていたの。目的は、生徒会として有能な人物の見極め、次期学園五指や時期生徒会員としてふさわしい人間の選抜、最後に新入生の危険度の確認よ。」

最初の二つは理解できる。しかし、新入生の危険度とは、どういうことだろうか。学園の一員なのだから、危険も何もないのではないか。しかも、ここは安全エリア、プレイヤーキルなどできるはずがないのだから。

佳苗も不思議に思っているようだ。僕一人だけではなくて少し安心した。この中では、僕と佳苗だけが一般の高校生なのかもしれない。たぶん、他の皆はただのプレイヤーではないのだろう。

「なるほど、危険度、ですか。面白い言い方ですね。この学校の選挙前に行われる、あれに関することですか。生徒会としては、大変重大なことですよね。それで、調査の結果はどうでした。」

さらりと別の情報まで引き出そうとしている。でも、青治の口ぶりからすると、他人のことではなく、おそらく、自分たちをどう捉えたかということを、聞いているつもりなのだろう。

会長は一度ため息をついた。そして、少し黙っていたが唐突に言い出した。

「ねえ、あなたたちが他人の評価を気にするような人には、どうしても見えないのだけど。訊いて何になるのかしら。」

僕も青治が、そして蒼奈が他人の目など気にするようには思えない。

いや、もし気にしているのなら、いきなり会長たちに攻撃を加えたりはしてないだろう。

じゃあ、青治たちはただ聞いてみたい、それだけなのだろうか。

「何で、ですか。特に理由はないですが、強いて言うのなら、ただ何となく、ですかね。先輩の言う通り、他人の目なんて気にしてないので。」

青治がそう言った直後、会長はどこか遠くを見つめているようだった。

そして、突然笑い出した。僕らの目も気にせず。

そして笑い終えると、蒼奈の方を見て、それから、再び視線を青治に向けた

「やっぱり思った通りだわ。あなたたちはあの男に似ている。そう、一言でいうなら怪物かしら。まるで底が見えない、本当に同じ人間なのかと、疑いたくなってしまうわ。ブレイカーズって皆こうなのかしら。あんなのが他に何人もいるなんて、世界って思っていたより広いのね。」

誰のことを言っているのだろう。

きっと僕たちの知らないような相手だろうから、考えたところで分かるはずもないか。

青治も今の話には興味を持ったのか、先ほどよりも、いや、鎌を受け止めていた時よりも真剣な表情になった。

「あの男はね、あなたたちと同じように入学早々2代前の会長を倒したの。その場には私もいたわ。私も一年の時は逆の立場だったんだから。」

青治たちは黙って会長の話を聞いていた。もちろん、僕たちも黙っていた。

「あなたたちを見たときに思ったわ、あの男と同じ、私たちとは違うオーラを纏っているって。それは、間違ってなかったわ。あなたたちもいずれ会えるわ、ここにいれば。あの男はこう呼ばれているわ、キングとね。学園最強のプレイヤーよ。」


途中トラブルもあったが、宝探しのレクリエーションは無事終わり、俺たちのグループは見事に優勝した。商品は何もなかったが。

あの後、青治はあっさりと会長らを解放した。

俺の予想では、キングと呼ばれている男の話を聞いたからだろうと思っている。あの二人はキングのことを知っているのだろうか。それは、俺には分からないことだった。

だけど、マジでビビった。会長ともう一人の会計の先輩だって、学園トップクラス、すなわち、極東帝国の中でもかなり腕の立つプレイヤーのはずだ。それをいとも簡単に手玉に取るなんて、双青ってのは、マジでやべえな。

親父のところに来てるのは知ってたが、まさか同じクラスのやつだったとは、何かの縁でもあるのかと思いたくなる。まあ、そんなわけないだろうが。

俺は、そんなことを考えながら転移ゲートに入った。

「転移、会津。」

俺が一言唱えると淡い光に包まれ、次の瞬間には現実でも、この世界でも家のある会津に移動していた。

こんな便利なものが現実世界にも存在していたら、移動に時間をかける必要がなくなるだろう。そこまでの技術があるはずもないのだが。


さて、今日は家に帰ったら、まず親父に問い詰めなければなるまい。なぜ、人のことを勝手に広めているのか。そして、願わくば、止めさせよう。これ以上広まる前に。

ここ会津の人間は遠い昔、新黒死病による大災害よりもさらに昔、国に刃向い戦場になったらしい。

そのためか、今では天宮家と海神家の二つの五代家が共に分拠点としている。それは、他の町よりも強力に監視されているかららしい。

それ以外にも、数少ない街中迷宮が存在する街だからとも言われている。

その迷宮の名は鶴ヶ城、町中にそびえたつ巨大な迷宮だ。

俺も一度入ったことがあるが、かなりの難易度で、途中帰還を強いられた。それ以来訪れたことはない。

親父が言っていたが、双青はある依頼を受けて鶴ヶ城に入ったらしい。入る前に、親父のところに寄って話をしていたようだ。あの二人なら、きっと天守閣までたどり着いたに違いない。俺は、そう確信していた。

明日にでも、そのことを聞いてみてもいいかもしれない。天守閣からは俺たちの会津が一望できるらしいから、眺めはさぞかしよかっただろう。

他にも、皇居や東京スカイツリー、姫路城などの街中迷宮がこの極東帝国には存在する。

だが、世界にはもっとすごい迷宮も存在しているらしい。機会があれば、一度は見てみたいものだ。

俺はいつもの道を通り家へと向かった。途中で何人かの人に話しかけられるのだが、親父のせいなのだろうと思われる相手も中にはいた。

そんなことがありながらも、数十分ほど歩けば家の近くまで来ていた。

目を瞑っていてもよく分かる。いつもの規則正しい金属をたたくこの音、そして、高温で溶かされた金属のにおい、これらは全て小さいころから住んでる家の工房から発せられている。

俺の一家は代々金属を打ち続けてきた刀鍛冶だ。

この世界では、俺たちのような物を作り出す遺伝スキルの持ち主を、創造者クリエイターと呼ぶ。

世界に一つだけの一品を作る、それが俺たちクリエイターの誇りだ。


「どうしよう、どうしよう。ねえ、青治。碧が、碧が。」

蒼奈は泣きそうな顔をして、いきなり俺の部屋に飛び込んできた。






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