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猟犬と黒兎《ダークエルフ》

「坊主、機体の回収は三日後、修理はそれからだ」


 ブライアンと共に基地に戻った文洋は、翌朝、真っ先に機体の回収をフリント中尉に申し出るも、そう言われてため息をついた。

 戦死者二名、重軽傷者八名、稼働機の三分の一を失った第一航空隊は、使える機体と部品で戦力の回復をはかるのに手一杯で、戦力化出来るかどうか判らない機体の回収は後回しだ。


「おやっさん。この黒塗り、どこの?」


 つや消しの黒で塗られた偵察機が四機置かれているのを見て、文洋はフリントに声をかけた。


「そいつぁダークエルフ自治区からの増援だ、パイロットが足りないってんで頼んだらしい」


 北大陸最強の精鋭が聞いて呆れる有様だなと思いながら、文洋は二人乗りの機体を見上げる。


「まあ、生きてて良かったと思え、生きてりゃまた飛べる。」


 そうだな、まあそうだろう……。文洋は格納庫を後にした。


     §


「なんだと!」


 ブライアンを探して待機所を訪れた文洋が、ドアを開けるなり怒号が響いた。声の方向に目をやるとダークエルフの一団と補充要員として着任した新米の候補生の一人が睨み合っている。


「新米の坊やより、あたしらのほうが余程マシだって言ってんのさ」

「偵察機乗りが偉そうに、しかも黒兎ダークエルフの癖に」

「もう一回言ってみな、その童貞の粗チン切り取って喉に詰めてやろうか」


 中々の美人から出た、からかいの言葉に、待機所のパイロットたちから、どっと笑いが湧き起こる。真っ赤になった候補生が今にも殴りかからんばかりに拳を握りしめる。


 おいおい、穏やかじゃないな……、


 紳士の社交場が下町の安居酒屋と化しているのに苦笑いしながら、文洋は候補生に近づくと肩をたたいた。


「その辺でやめとかないか」

「黙れ、俺を誰だと思ってるんだ、この劣等……」


 肩を叩いた文洋を見て、真っ赤な顔をした候補生が暴言を吐く。

 肩に置かれた手を掴んだ候補生を、文洋は笑顔のまま片手取四方投げで床に転がした。


 おおっ! と、待機所に声が上がる。


「着任早々に営倉入りが嫌なら、口には気をつけろパトリック候補生」


 名札をチラリと見て、手首を極める手にグイと力を入れる。真顔に戻って言う文洋に、痛みと驚きで我に返った候補生が階級章を見て赤い顔を青くした。


「し、失礼しました……少尉」


 手を放すと、慌てて立ち上がり敬礼する候補生に答礼して、文洋はダークエルフの一団を振り返る。突然の闖入者に完全に気をそがれた様子だ。


「ナイトホーク偵察隊、派遣部隊小隊長、ラディア・ラエル・フェリアード准尉です」


 黒い肌に銀色にも見える薄い紫の髪、ラベンダー色の口紅をひいた唇を引き結び、准尉が敬礼する。


「フミヒロ・ユウキ少尉だ、これで手打ちで問題ないな?」


 答礼して文洋は問いかける。


「問題ありません」


 言ってから、ニヤリと笑うラディアに背を向ける。


「ユウキ少尉、先ほどの技、今度、教えていただけますか?」


 背後からのラディアの問いかけに、右手をあげて返事をすると、文洋は出口へと向かった。


「おい、フミ、上手くやったな、今度紹介しろよ」


 一部始終を見ていたブライアンが、親指を立てて満面の笑みを浮かべている。このダメ子爵だけは一度ローラに叱ってもらおうと文洋は肩をすくめた。


「ブライアン」

「どうした」

「医官殿曰く、二週間の飛行停止で傷病休暇だそうだ、俺の愛機、おやっさんに頼んどいてくれよ」

「まかせとけ、子供が遊んで怪我しても危ないしな」


 回復魔法を付呪した湿布と引き換えに二週間の飛行停止とか、ついてないな……。上手く行かない時はえてしてこんなものか。

 見様見真似の四方投げで部下を投げようとしては、逃げられているラディアを見ながら、文洋は待機所を後にした。


     §


 基地と王都を一日一往復する補給列車で、十三時に中央広場に到着した文洋は、劇場前に転がる飛行船の残骸を見上げた。


「鯨の丸焼きだな……まるで」


 新聞記事で読んではいたものの、実際に見るとその大きさは想像以上だ。記事の通りの轟沈ぶりなら、戦死者も沢山出たことだろう。

 『ハウンドドッグ隊』が全力でかかって、撤退させる事すらできなかった巨体を、一撃で轟沈させたドラゴンに戦慄を覚えながら、文洋は残骸の一角に沢山の花束が置かれているのに気がついて空を仰いだ。


 空軍の軍服を見た人々にドラグーン隊の活躍を賞賛されながら、文洋は中央広場からエルフ居住区行きのバスに乗る。

 石畳の道から見る町並みは、戦争などどこ吹く風とばかりに活気にあふれ、時折子供たちが青いドラゴンの人形を手にはしゃいでいるのが目に入る。


 城壁に蔦が絡んだエルフ居住区の入り口でバスを降りる。窓から手を振る子供たちに、お芝居じみた敬礼を返して、文洋はアパートメントへ向かった。

 傷病休暇と言えばローラは心配するだろう、どう言い訳したものだろうかと思いながら。

 

「フミ!」


 エルフ居住区の外れ、アパートメントの門の前で、文洋は出かけるところだったらしいローラとばったりでくわした。


「た、ただいま」

「どうしたんですか? 急に戻ってきたりして」


 ジトリと目を細めるローラに、文洋はとっさに嘘を付いた。


「ちょっと司令部に……」

「嘘おっしゃい」


 一発でバレた……、文洋は背中に冷たい汗をかく。


「こんなに湿布の匂いをさせて、それにその額の傷! どうしてそんなすぐにばれる嘘を私に付くんですか! そうやって、いつもフミは優しい嘘をついて……」


 ローラの剣幕に右手を前に出して、押し留めるようにしながら、今にも泣き出しそうなローラに文洋はしどろもどろに謝る。


「ゴメン、ちゃんと説明するから」

「当たり前ですっ、とりあえず私が戻るまでキッチンで待ってて下さいっ!」


 参ったな……と文洋は頭を掻きながら扉を開けて階段をのぼる。廊下を曲がった所で、名前を呼びながらローラが階下から駆けてくる音がする。


「フミ、待って」


 なんだろう? と思いつつも、まあキッチンまで行ってから落ち着いて話をしようと扉を開けたその時、首の後ろにチリリと電気が走った。


「レオナ! だめ」


 後ろからローラの悲鳴が飛んでくる。

 三ヤードほど先に、可愛らしい亜麻色の髪の少女がエプロン姿で銀色の杖を振り上げている。

 杖の先に赤水晶。

 考えるより早く身体が動いた。


 つい、っと膝の力を抜いて前に足を運ぶ。 

 一瞬で間合いを詰められ少女が驚愕の表情をみせた。

 振り下ろそうとする杖の先を右手で押し込む。

 左手でエプロンの襟元をつかんだまま脇を抜ける。  

 拔けざまに少女の膝裏に左足をかけて重心を落とし、文洋はストンと少女を床に転がした。


「いっつ」


 怪我をさせないように襟元をひいた途端、左肩に走った激痛に顔をしかめながら、文洋は目を丸くしたまま固まった少女を覗きこんだ。綺麗な紫の瞳。


「君……、もしかして……」


 パン!

 

 言いかけたところで、杖を離した少女の平手打ちが、綺麗に文洋の頬に入る。


「放しなさい、無礼者っ」


 大して痛くは無かったが、涙目の少女に必死の形相で睨まれ、文洋は左手をそっと手を放す。


「だめ、フミっ」


 放した所で、キッチンに飛び込んできたローラに勢い良く後ろから飛びつかれ、文洋はバランスを崩して少女の上におおいかぶさった。


「放して、放しなさいったら、この変態」

「変態っておい。ローラ、とりあえずどいて」

「だめ、フミ、レオナをいじめちゃだめっ」

「いや、とりあえず、痛い、痛い、そこ痛いから」


     §


「それで、フミはどうして急に帰ってきたんですか?」


 湯気の立つティーカップを前に、文洋はローラに情報部もかくやという尋問を受けていた。レオナはといえば、何やらキッチンで料理に励んでいる。


「えーとそれはデスネ」

「フミ?」


 仕方なしに、文洋は撃墜された経緯をポツポツとローラに話し始めた。


「それで、怪我をして、二週間の休暇を頂いたということですね?」

「ハイ……」


 ふうっと息をついて、ローラが目を伏せた。尖った耳が心持ちションボリとしている。


「良かった、生きて帰ってきてくれて」


 顔をあげて、いつものように優しくローラが微笑んだ。


「えーと、それで、彼女のことなんだけど……」


 メレンゲを泡立てていたレオナがギクリとして心配そうにこちらを見つめる。


「飛行船から落ちてきたから、私が保護しています」

「……なるほど」


 泡立て器を置いて、そーっと杖に手を伸ばすレオナに文洋は苦笑いして手を振った。


「大丈夫だよ、居住区の城壁からこっちは警察も軍も手を出せない」

「え……?」


 キツネに摘まれたような表情でレオナが文洋を見つめる。


「あの壁からこっちは。セレディア・エリフ共和国、軍にはなんの権限もないし、そもそもテルミア王国ですらない」


 ローラがカモミールティーを一口飲んで立ち上がると、レオナに歩み寄ってギュッと抱きしめた。


「だから言ったでしょう?ここは私のお家なんですから、安心して暮らしていいんです」

「ついでに言うと、君にこの間氷をぶつけられたけど、空の上の事は恨みっこなしだ」


 背後から抱きしめるローラと、そう言ってお茶を飲む文洋をレオナが表現しがたい表情で交互に見つめる。


「……くっ」 


 緊張が解けたのか、レオナが泡立て器を片手にポロポロと泣き始めた。


「フミ!」

「え、お、俺のせい?」

「怖かったのよね?」


 コクリとレオナが頷く。


「いや、うん、まあそれは、俺のせいではあるけれど」

「ほら、ご覧なさい」


 やりとりに、ローラに抱きしめられたレオナが、泣きながら笑う。


「まあ、どっちにしても小さな子を軍に突き出したりしないよ」


 その一言でレオナに睨まれた気がして、文洋はお茶をすすると、少女から目をそらした。

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