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猟犬と道化師(後編)

「クラウス、レオナを」

「シツレイ、オジョウサマ」


 闇の中で、ゴソリとクラウスの動く気配がする。


「きゃっ」


 レオナを背後にかばっていたのが幸いして、そう苦労なく闇の中でも彼女を捕まえられたようだ。


「レオナ、クラウスと自分を魔法で守ってろ!」

「でもフミ」


 レオナが抗議の声を上げる。途端、銃声がひびき、文洋の左頬を熱い銃弾がかすめた。背後に魔方陣が一瞬浮かび緑の燐光を散らす。


「大丈夫か?」

「平気」


 ―― 向こうからは見えているのか。


 じとり、と冷たい汗が噴き出た。

 手探りでポケットから予備の弾倉マガジンを取り出す。

 空のマガジンを落とす。予備をグリップに叩き込みリリースレバーを下げた。

 チャキン! 金属音を響かせスライドが戻る。


 ―― 奴は一段高いところにいた、降りてくる階段は正面の一つ。


 落ち着いて情景を思い起こす。

 司令官席までの距離は十ヤード程だったはずだ。

 腕を真っ直ぐに突き出して、相手の動きを待つ。

 銃声が二発響き、再び目の端に緑の燐光が舞い散るのが目に入った。


「くそっ」


 毒づいて、文洋は発砲音のしたあたりに、七発の銃弾を角度を変えながら叩き込む。

 四十五口径の重い銃声があたりを圧する。

 着弾先で銃弾が金属音をたてて跳ねる、生き残りの魔術師達の悲鳴が響いた。

 

 ―― 魔方陣がはじける燐光は見えるが、着弾した火花は見えない、ならば……。


 正面、上方、たしかあのあたりに巨大な赤水晶があったはずだ。

 文洋は右目をつぶり、左の紅玉の瞳に意識を集中させる。

 ぼんやりと巨大な光の塊が姿を現した。


 頭痛と吐き気が襲ってくるのを、意志の力で押さえつけ、さらに意識を研ぎ澄ます。

 魔力が光の滝となって、台座へと流れこむのが見える。


 ―― まだだ。


 ぐいと目を見開き、集中する。

 光の流れが台座の下で箱形になり、中の小さな人型を通じて船の左右に流れてゆくのが見える。

 その光の根元あたりでカンテラのように弱い光が動いている。ルデウスの杖だ、文洋は直観した。

 弾切れの銃を捨て左手に短刀を握り直す。


     §


 偶然とは言えこちらへ銃口が向いた途端、ルデウスは司令席の後ろにとっさに身を隠した。

 重い銃声が響き、鉛弾が付近のものを弾き飛ばして大きな金属音を立てる。


 ―― まずはあの男を殺そう。そもそも、今日は想定外が多すぎる。


 最初にドラゴンに邪魔をされ、次にこの三人だ。

 セプテントリオン家は王の信頼も厚く、国民にも絶大な人気があった。

 だからこそ、手間暇かけて死んでもらったというのに、小娘の代になってなお、私の前に立ちはだかるというのか。

 ギリリと歯を食いしばり、司令席の影から身を乗り出す。

 司令室である『水晶宮』から連絡がなければ兵が来る、それまで嬲ってやればいい。

 そう思っていたのが間違いだったのだ。


 ―― 向こうはこちらが見えない、だから良く狙って撃てばいいだけではないか。


 手のひらの汗をズボンで拭うと、細工の聞いた銃をに切り直してルデウスは大きく息をすった。

 ふらりと立ち上がり、こちらをじっと見つめる男に銃を向ける。

 引鉄に指を書けた途端、男と目があった。


 ―― 見えるわけがない。


 躊躇した自分を叱咤するように微笑みを浮かべた。

 

 ―― 魔法で守られていない奴なら、私の敵ではない。


     §


 部屋を流れる魔力が、そして魔力を帯びたモノすべてが、光の輪郭をなして文洋の目に映る。

 強力すぎる赤水晶から漏れた魔力のおかげで、周りにある机や椅子までが仄暗い光を帯びていた。 

 そんな不思議な世界の中で、光に囲まれた人影が立ち上がるのが見える。

 人影が手にした杖を通して魔力が拡散され霧のように散らばってゆくのが見える。

 

 ―― それが、闇の正体か? そして、お前には俺が、見えているのだろう?


 獰猛な笑みを浮かべ、文洋は肩にかけた袋から手榴弾をとりだす。

 見せつけるように掲げると、大声で叫びながら男の足元めがけて放り投げた。


 「手榴弾グレネード!」


 文洋の声に部屋中から悲鳴があがった。

 

 「爆発するぞ、伏せろ」


 叫びながら文洋は、魔力の光に照らされた世界を、ルデウスめがけて全速で走る。

 ゴン、と手榴弾が床を叩き、ゴロゴロと重い音を立てて転がる。

 ルデウスが司令席のある壇上から慌てて飛び降り、バランスを崩して膝をついた。 


 「ルデウゥス!」


 文洋の叫びに薄く光る人影が顔を上げる。

 悪夢の中の亡霊のように、ポカリと黒い口を開け、驚愕の表情を浮かべたルデウスが文洋に銃を向ける。

 だが、一瞬早く、文洋の短刀がルデウスの右手に届いた。

 グリップを握る指を切り飛ばし、ガチンと、金属同士がぶつかり合う。


 「ひいっ」


 小さく悲鳴をあげて右手を抱え込んだルデウスの顎に、文洋はブーツのつま先を叩き込んだ。

 ゴキリと嫌な音がして、ルデウスが吹き飛ぶ。

 ピクリと痙攣して、ルデウスが動かなくなった。

 途端、あたりを包んでいた闇が晴れ、赤水晶の放つ暖かな光が『水晶宮』を照らしだした。


 「フミ!」

 

 レオナが駆け寄ってくる。

 急に戻った視界の明るさと、それに重なって見える魔力の光に文洋は目を細めた。

  

 「顔が真っ青よ? 大丈夫なの?」

 「ああ、大丈夫だ、それよりルネを」


 床に落ちていたルデウスの銃を取り上げるとベルトにさす。

 ベルトを抜いて後ろ手に縛りあげ、あたりを見回す。艦長は逃げたのだろう姿がない。


 「時間がないぞ、早くルネを」


 言いながら文洋もガラスの棺へと駆け寄った。途中、床に転がっていた手榴弾を拾い上げる。

 ピンを抜かずに投げたのだがそんなことは知るよしもない。手榴弾を投げられた。そう思ったのが運のつきだ。


 ―― 無事に帰れたら、中央広場のデパートで好きなだけキャンディをおごってやるよ、スカーレット。


 ジクリといたむこめかみを抑えて文洋は微笑んだ。まったく大した目だ。

 

 「クラウス!」

 「オマカセヲ」


 銀狼が力任せに棺の蓋をこじ開けにかかる。

 腕と背が盛り上がり、ボルトで止められた棺と床がミシリと音を立て持ち上がる。

 華奢に見えるガラスの蓋は、それでもなお、びくともしなかった。


 「開かないの、クラウス?」

 

 レオナの声に、肩で息をしながら再び挑もうとするクラウスを文洋は押しとどめる。


 「フミ?」

 「ルネの魔法はこの船全体を守ろうとした、そして棺も開かない」

 「だから何?」

 「彼は魔法で何かを守ってる、多分自分自身をだ」


 台座に据えられた巨大な赤水晶『第二の太陽』(ソーラ・セカレ)から、莫大な魔力が棺へと流れ込み、どこかへ分配されている。ブーツからナイフを引き抜いて、文洋は台座の塗装を削りとった。


 「ミスリル?」

 「ああ、そうだ、これは巨大な魔法の杖だ」

 「じゃあ、石を外せば」

 「ああ、そういうことだ」


 台座から外れないよう、細工の効いたミスリルの輪で抑えられ、輪は四本のボルトで止められている。

 棺と反対側へ回ると、文洋はクラウスの肩を借りて、よじ登った。


 「レオナ、こいつを吹き飛ばす、魔法で守ってくれ」

 「え? ちょっとフミ」


 先ほど拾った手榴弾をポケットから出すと、止め輪と赤水晶の間にグイと挟み込む。

 安全ピンに指をかけ、文洋はレオナを見つめた。


 「信じてるぞ」

 「どうなっても知らないんだから」


      §


 「怖いよ」

 「ルネったら、男の子でしょう?」


 そう言われて、ルネは頬をふくらませると毛布の中で丸くなった。

 いつだってそう。クラウスも同じことを言うのだ。


 ―― 男だからって強くなきゃいけないなんて、誰が決めたんだろう。僕は強くなんてなりたくないのに。


 温かい毛布にくるまって、ルネは遠くで響く雷の音を聞いていた。

 バン、バン、バン、風が窓を叩く風の音がする。

 

 稲妻が光り、雷鳴が響く。ビクリと震えてルネは毛布の中で丸くなる。


 ―― 騎士なんて、ぼくより強い人がなればいいんだ。


 「ルネ、ルネ」


 ―― うるさいなあ、僕はいつだって弱虫だ。騎士は僕じゃなくて姉様がなればいい、姉様はいつだって僕より強いんだ。


 「ルネ、起きて、ルネ」


 ―― わかったよ、起きるよ、姉様……。ねえ……さま……?


 「起きなさい! ルネ」

 「姉様?」


     §


 追いすがる海兵に最後の手榴弾を投げつける。

 背後で爆音と悲鳴が響いた。


 人質に取っていたルデウスを、クラウスが麦の袋のように甲板へ放り出す。

 風が吹きすさぶ飛行甲板を、一同は紫の翼めがけて駆け抜けた。

 文洋は操縦席に乗り込むとレオナから受け取った赤水晶をコンソールにはめこんだ。

 膝の上にレオナが滑りこんでくる。


 「クラウスとルネは後席に、急げ」

 「おまかせあれ」


 上半身裸に裸足の実にしまらない姿の老執事が、少年を抱き上げると後部座席へ大きな身体を押し込んだ。


 「外れてくれよ」


 文洋は言いながら、スロットルレバー横につけられた、親指ほどの太さのピンを力任せに引き抜く。

 バネ仕掛けのトリガーが作動すると、機体に取り付けられたワイヤーが火薬で根こそぎ吹き飛んだ。

 

 ―― 大したものだ、フリント整備中尉。


 「つかまっていろ」


 ワイヤーが外れた『スレイプニール』がズルズルと飛行甲板を滑ってゆく。

 スロットルレバーを握るレオナの小さな左手を上から包みこみ、スロットルを押し上げた。

 車輪のない水上機が火花を上げながら、飛行甲板を強引に滑走する。

 左翼下のフロートが何かに引っかかり、ギシリと軋んでちぎれ飛ぶと、くるくると回って落ちていった。

 

 「フミ! おちる!?」

 「堕ちないっ!」

 

 斜行して甲板から飛び出した機体を立て直し降下しながら速度を稼ぐ。

 魔法推進器が唸りをあげて、緑の光の尾を引いて急加速。

 左右のバランスが崩れたのと人数オーバーで、ヨタヨタと、それでも『スレイプニール』が高度を上げはじめると、背後でルネが歓声をあげた。


 「すごい、姉様、飛んでる」

 「ええ、約束したもの」


 少し得意げなレオナに、文洋は小さく笑って右旋回。

 『巨人』(アルビオン)の対空砲が火を吐く中、ドラグーン隊とハンドドッグ隊が、盾を失った『巨人』(アルビオン)に襲いかかり、推進器を狙い撃ちにしてゆく。


 ―― これで、負けはなくなった。


 海へ向けて高度を落とす飛行戦艦の姿に、文洋が安堵の吐息を吐いた時、


 ズガン!


 激しい振動がして、推進器が止まった……いや、正確にははじけ飛んだ。

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