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猟犬と道化師(前編)

「右舷より敵機、機数四!」


 戦闘が始まって何度目かの警告が指揮所に響く。指揮所を囲むように取り付けられた投影板に、召喚士が呼び出した小妖精ピクシーの視界を映し出す水晶宮には、テルミアの魔法使いたちが無駄な努力を繰り返すさまが映しだされている。


「何度来ても無駄なことです」


 司令席でアリシア執政官、ルデウス・ベリーニはほくそ笑んだ。第二の太陽(ソーラ・セカレ)の魔力をルネという少年の類まれなる能力を媒介にして引き出し、あらかじめ船の各部に刻まれた魔法式に流して防御陣を展開する。

 前回の戦いで防御を少年に任せた際は、判断の甘さで破られたが、今回は少年の意思など関係ない。あくまで彼を媒介に赤水晶の魔力を引き出し、全力で機械的に展開しているだけだ。


「ファリナ灯台上空を通過、目的地まで十五マイル!」

「進路そのまま」


 ルデウスの隣に座っている艦長も、落ち着き払った様子だ。三十分ほど前に平文で流された無電を思い出して、ルデウスは笑みを浮かべた。


『ラティーシャ・リア・ユーラスは、レブログの神殿にあり』


 愚かな王女よ、時代遅れの魔法騎士共と空飛ぶトカゲをたよりに蛮勇をふるうならば、後悔させてやろう。


「正面、殻の切れ目から一機接近、開閉器作動、術式展開!」


 ガシャン、と金属質の音がしてレバーが上げられる。地図を見ていたルデウスは、投影板に目もくれず残り時間を計算する。十五分もすればレブログの街が射程に入るだろう。


「直上! 雲の影に巨大な機影! いえ……ドラゴンです!」


 その時、防空指揮所の伝声管から悲鳴に近い声が響き渡った。


「対空戦闘用意!」

「まちなさい、艦長」


 立ち上がり、ルデウスは手を上げると艦長を押しとどめる。


「執政官殿、しかし!」

「進路そのまま、主砲の用意を」

「上空に主砲は撃てませんぞ」


 一気に慌ただしくなる艦橋で、ルデウスは一人、柔和な笑みを浮かべ艦長を見つめる。


「どうせ時代遅れのトカゲのすることです、騎士よろしく正面で名乗りを上げることでしょう」

「そこを撃てと?」

「ええ、彼らのカビの生えた価値観など、鉄の嵐の前に無力だと教えてやればよろしい」


 アリシアの中級貴族の出身だと聞く艦長が、一瞬、釈然としない顔をしてから、小さく息を吐いた。


「砲撃戦用意、主砲発射準備!」

「砲撃戦用意」


 そう、それでいいのだ。ドラゴンだの、魔法使いだの騎士だのには、昔話の中に帰ってもらえばいい。そう思いながら右手に持った赤水晶の杖に目をやって、ルデウスは自嘲する。


「ドラゴン、来ます正面!」


 闇を司る魔法、それ自体殺傷能力があるわけでもなく、防御能力があるわけでもない。それを得意とする下級貴族の家系ゆえ、ルデウスも子供の頃に覚えたそれだけは使える。

 だが、自分を一国の執政官へと成り上がらせ、アリシアの四騎士の上に立たせたのは、そんな魔法の力ではない。知恵と策謀、そして金と暴力だ。


『我が名はフルメン、女神の守護者』


 船体を震わせ古代語でドラゴンが名乗りを上げる。そうだ、それでいい、間抜けなトカゲめ。


「照準よし」


 砲雷長の声が響き渡る。


「撃て!」


 艦長の号令に『巨人』(アルビオン)が震える、艦首を閃光が包み、砲煙が視界を遮った。破裂音があたりを震わせる。


「やったか?」


 艦長が投影板を食いつくように見つめる。重巡洋艦の主砲と同じ十二インチ二連装砲の直撃に耐えられる生き物など居るものか。ルデウスは黒い歓喜と興奮を柔和な笑顔の仮面に押し込める。次の瞬間。


『下郎供どもめ! 思い知れ!』


 分厚い鋼鉄に守られた司令室を、古代語の叫びが揺らし、耳をつんざく轟音と衝撃が船を襲った。立ち上がっていたルデウスはよろめき、床にたたきつけられる。怯えた小妖精ピクシーが妖精界に逃げ出し、投影板がブラックアウトする。


「損害報告!」


 艦長の声が遠くで聞こえる、頭をぶつけたらしい。ぬるりとしたものが、頬を伝う。


「赤水晶への接続回路、安全装置が作動、いえ、焼き切れました!」

「応急班を呼べ! 召喚士、水晶宮の復旧急げ」

「無理です艦長、いまので怯えて、小妖精が召喚に応じません」


 ルデウスの様子に気付いた士官が駆け寄り、傷口をハンカチで抑える。


「執政官殿、大丈夫ですか? 衛生兵!」


 その士官を押しのけるように立ち上がり、ルデウスは声を荒らげた。 


「魔導技師を呼んで接続回路を修理させなさい、進路はそのまま!」

「執政官どの!」


 指揮を横取りされ、艦長が声を荒らげる。


「あんな大魔法、何度も使えるものではありません、艦長は艦橋にあがって指揮を」

「しかし!」


 なおも抗議する艦長にルデウスは右手の杖を振り上げた。


「アリシア王国執政官、ルデウス・ベリーニの名において、これ以上の抗命は王国に対する反逆とみなします」


 ただの脅しだ、ルデウスの使える魔法は二つしかない、ルネという少年を信用させるために、教えを請うた防御魔法と、子供の頃に覚えたあたり一面を闇で包む魔法。どちらも人を殺すには程遠い魔術だ。


「し、失礼しました、執政官どの」


 苦虫を噛み潰したような顔でそれでも艦長が返答する。


「召喚士と魔法防御に必要なものを残して、士官はブリッジに、対空戦闘用意、進路そのまま」


 矢継ぎ早に命令を出し、艦長と士官達が駆け足で司令室を出てゆく。がらんとした司令室で、ルデウスは背後の赤水晶を見上げて、ギリリと歯噛みした。


     §


 パラパラとあちこちから銃座目指して飛び出してくる兵士たちを、四機のドラグーン隊が蹴散らしてゆく。先ほどのドラゴンの特大の雷撃の後だ、ロバルト中佐含め、魔術師達が放つ雷は威力以上に敵の戦意をそいでいた。


「フミ! どうやって降りるつもり?」


 レオナの質問に文洋は、『スレイプニール』の機首を下げる。


「こうやってだ」


 『巨人』(アルビオン)の飛行甲板中央に狙いを定め、文洋は飛行甲板めがけて降下する。


「つかまってろ」

「墜ちる!」


 空港に無理におろした事を思い出したのだろう、レオナが悲鳴をあげた。


「墜ちない!」


 あの時と違う。今回は『巨人』(アルビオン)も四十ノットほどで動いているのだ。

 失速ギリギリまで追い込めば……。

 集中した文洋の指先に、翼から風が剥がれるのが伝わる。

 機首を上げ、ストンと甲板上に文洋は機体を落としこむ。

 それでも二十ノットはある速度差で、『スレイプニール』が甲板を滑りだす。


「フミ! 止まらない」


 時折、火花を上げながら機体が滑ってゆく。


「止まる!」


 操縦桿から手を放して、文洋はレオナを抱きしめると、スロットルの前に取り付けられたレバーを握りしめた。

 ズンッ!

 腹に響く爆発音ともに、操縦席の両側から銛が放たれ、甲板へと突き刺さる。


「つかまれ!」


 膝の上の少女を両腕で抱きしめ、文洋は衝撃に備える。


「うぐっ」


 ワイヤーが伸びきり、ガツンとした衝撃とともにベルトが肩に食い込む。離すまいと文洋は少女をしっかりと抱きしめた。


「フミ……、くるしい」


 レオナの声に、文洋は腕を緩める。


「おい!大丈夫か!?」


 整備兵だろうか、声を上げると慌てて数人が駆け寄ってきた。

 少女を膝に乗せ、三人乗りで戦場に出てくる奴などいない、その思い込みが油断だ。


「クラウス!」

「はい、お嬢様」


 レオナの声に、ひらりと舞い降りたクラウスが、瞬く間に三人の整備兵を叩き伏せる。


「さあ、お嬢様」

「ええ」


 『スレイプニール』から外した赤水晶を杖にはめ込むと、レオナが立ち上がる。文洋も座席の下から肩掛けのかばんを取り出した。


 右手に三十八口径のリボルバー、左手に愛用の短刀を握りしめる。かばんの中には手榴弾が五つ。


「レオナ」


 艦内へと続くハッチの前で文洋はレオナを呼び止める。


「?」


 怪訝な顔でレオナが文洋をみあげた。


「ここから先は戦場だ、見たくないものも見るしか無い」


 緊張した面持ちで少女がうなずく。


「だがひとつだけ、お願いがある」

 

 文洋の言葉に紫色水晶の瞳が、文洋をじっと見つめ返す。


「できるだけ、君は殺すな」

 

 甘い、それはわかっている。だが……そう思いながら文洋は言葉を継ぐ。


「君は俺達をしっかり守ってくれればいい」


 文洋の言葉にホッとした表情を浮かべて小さく頷くレオナの頭の上にポンと手を置いて、次に文洋はクラウスの髭面を見つめた。


「殺しは俺達の仕事だ、それでいいな、クラウス」


 甘い、それはわかっている。だが……一度殺せばもうそこは泥沼だ。


「くは」


 文洋の視線をとらえたクラウスが、額を抑えて声を上げて笑う。


「まったく、あなたという方は」


 言いながらクラウスが上着と靴を脱ぎ捨てる。


「アリシアの北壁の騎士を継ぐお嬢様に……ああ、まったく」


 獰猛な笑みを浮かべ、クラウスが唸り声をあげた。メキメキと音を立てて体が膨れ上がり、銀色の体毛が老執事の古傷だらけの体を覆い始める。


「カンシャヲ、サア、ユコウ、ワガ、トモ」


 牙を剥いて笑うクラウスを、レオナが目を丸くして見つめた。


「ああ、行こう、友よ、人殺しは大人の仕事だ、それでいい」


 『巨人』(アルビオン)は時速四十ノットで北へと駆けつづける。


 轟々と甲板を吹き抜ける風の中、空にむかって吠えたクラウスの長い長い遠吠えが、猛々しく、だが物悲しい響きで冬空に溶けていった。

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