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猟犬と巨人(後編)

「見つけた、一時の方角」


 十分ほど飛んだ所で、『巨人』《アルビオン》の姿を探し求める文洋の目に巨大な空中戦艦が飛び込んできた。


「ユウキ殿! 左上空!」


 下に気を取られている二人に背後からクラウスの声が響く。


「大丈夫、味方だ」


 クラウスが指さした方角に視線を走らせ、文洋はクラウスに返事をする。先頭のチョコレート色の機体に描かれた紋章はフクロウ、ロバルト中佐のドラグーン隊だ。


「ドラグーン隊の攻撃に乗じて、こちらも突入しよう」


 六機の編隊が一斉に散開すると、『巨人』(アルビオン)めがけて急降下してゆく。実際には初めて見る巨大な飛行戦艦の上空を、文洋は大きく弧を描いて旋回し、固唾を呑んで見守った。


「レオナ」

「なに?」


 二度、三度、ドラグーン隊が降下しては、機銃と雷撃魔法を叩きつける。弾丸があたったところに緑色の魔法陣が現れ、燐光を残して砕け散る。

 二機ずつペアになり、タイミングを合わせてプロペラのついた推進器を狙っているようだが、見事に魔法陣に遮られていた。


「あの防御魔法は、あんなに強力だったか?」

「あの飛行船の赤水晶は、アリシアの国宝『第二の太陽』(ソーラ・セカレ)、魔力は無限って言われてる」


 無限の魔力……か、それにしたって強力過ぎる。中佐の話では前回は機銃で崩した後に本体に魔法が届いたという話だったはずだ。


「クラウス、まわりを見張っててくれ」


 そう叫んでから、文洋は降下しながら左目に意識を集中する。ドクンと心臓が跳ね上がり、頭に光の渦が流れ込む。普段の数倍の情報を見せられて頭痛とめまいに襲われる。


「フミ? 顔が真っ青よ?」

「大丈夫だ」


 額に冷や汗が流れるのを感じながら、文洋は『巨人』(アルビオン)の周りに流れる魔力の流れを見よう(・・・)と目を凝らす。


「クソッ」

「なに? どうしたの?」

「あれは、もう魔法陣なんてもんじゃない、殻だ」


 霞がかかったような視界の中、巨大な船を包み込むように魔力が渦巻いているのが文洋に見える。


「だから攻撃してこないの?」

「ああ、あの様子じゃ外から攻撃出来ない代わりに、中からも攻撃出来ないからな」


 舷側にならんだ機銃座に兵は配置されていない、甲板の高射砲にもだ。九頭蛇ヒュードラの時の戦訓を得て、閉じこもる事にしたという訳だ。


「奴ら、あのままレブログまで行くつもりだ」

「フミ、でもおかしいわ」


 膝の上の少女が、身体をひねって文洋を見上げる。


「何が?」

「だって、あれ」


 レオナが『巨人』(アルビオン)の船体側面で回っているプロペラをさした。『スレイプニール』の機体ほどはあろうかという大きなプロペラが片側に三基回っている。


「もし『巨人』(アルビオン)があれで進んでいるなら、どこかから風出てなくちゃ、ダメなんじゃない?」

「ああ、そうだな、プロペラで進むならどこかに風の出入口が必要だ」


 完全に閉じた殻のなかでプロペラを回しても推進力は生まれない、なるほど、そいつは道理だ。だが、実際に進んでいるならどこかに風の出入口がある……。


「でも、どこにあるのか……。」

「俺の眼なら見えるさ、殻に開いた穴を見つければいいんだろ?」


 文洋はそう言ってスロットルを開いた。人間が作ったものなら、人間が作ったようにできているはずだ。ならば、艦首側に風の入り口が、艦尾に出口があるだろう。

 今度こそ、出来る事全てを尽くすのだ。何も出来なかった少年時代のように、レオナの希望が消えるのを、ただ見ているだけなど、出来るものか。


 業を煮やしたドラグーン隊が四機編隊で急降下して、弾丸の嵐と雷撃魔法を一か所に浴びせかけた。空気を切り裂く大音声とともに稲妻の束が走り、『巨人』(アルビオン)の一二〇ヤードほど手前で燐光を上げて消え去った。


     §


「母様、雷だ、怖いよ」


 屋敷の外で幾度となく響く雷鳴に、ルネは身体を小さく震わせて隣に座った母の膝に身を預けた。 


「あらあら、甘えん坊さん」

「だって雷は大きな音がするんだもの」


 甘えるルネの栗色の髪を、母の温かい手がゆっくりと撫でてくれる。


「ルネは男の子でしょう? 大きくなったら騎士になるんじゃなくて?」

「いいんだ、僕は騎士にならなくても、だって強くないし」


 目を閉じて、ベロア生地のソファーに寝転がり、母の膝に頬をのせた。


「そうね、ルネは優しい子だから」


 そう、僕は弱虫で強くないから、騎士は代わりに代わりに……。なにか忘れているような気がして、ルネはふと考えこむ。なんだろう? 何かを忘れている気がする。


 ぼくは強くないから……騎士は強い人がなればいいんだ。そう、いつだって強い……誰か……が。


     §


 左目の奥に広がる痛みと闘いながら、文洋は『巨人』(アルビオン)を包む魔力の切れ目を探す。血管というにはあまりに規則正しく枝分かれするその流れは、流線型の船体にそって流れ、十ヤードごとに生えているアンテナを基点に防御魔法を張っていた。


「見つけた」


 巨体を追い抜いて艦首の前まで出た文洋は、艦首前方に楕円形に口を開けた殻の切れ目を見つける。二十ヤードほどの円形の穴がぽっかりと殻の先端に開いていた。


「通れそう?」

「やってみるさ」


 四〇〇ヤード程距離を取り、『巨人』(アルビオン)に正対する。三〇〇、二〇〇。


「チッ」


 どこかで見ていたかのように、船体の表面を魔力がほとばしり、艦首のアンテナから防御魔法が展開される。


「きゃあっ」


 操縦桿を大きく引き、すんでの所で魔法防壁をかわす。


「ルネ……『スレイプニール』が見えないの? ルネ……」


 文洋の膝の上でレオナが小さく涙声を上げた。


「手を離すな、もう一度だ」


 レオナがスロットルから手を放せば『スレイプニール』の推進器は止まる。


「大丈夫、まだ負けてないもの」

「いい子だ」


 このままでは、らちがあかない。『巨人』(アルビオン)上空を飛び抜けて、文洋は後ろに回った。


 スレイプニールのスロットルはミスリル製だ、スロットルを開ければミスリル銀の接触面積が広くなり、スロットルを閉じれば狭くなる。推進器に刻まれた魔術式に、レオナを媒介にして赤水晶の魔力を流しているに過ぎない。


 アレが同じように、『第二の太陽』(ソーラ・セカレ)の魔力にまかせ、常に防御魔法を展開して、それを機械的に制御していたら? そこにルネの意思が介在する余地はない。

 『スレイプニール』を見てルネが動揺すれば、取り付く島があるかもしれない。そんな目論見自体が甘かったということだ。


「ファリナ灯台か」


 岩礁に設置された灯台はもうレブログまで、十五マイルほどしか無いことを示している。

 残された可能性は、敵が殻を解いて砲門を開き、砲爆撃を開始した時だけだ。

 文洋の脳裏に、アパートメントを出るときに、寂しげに手を振ったローラの瞳が浮かんだ。

 奴をあの街にたどり着かせてはならない。

 俺たちは、あそこに、そろって帰るのだ。


「くっ」


 また何も出来ないというのか……、文洋はギリと奥歯を噛み締めた。


「ユウキ殿、上空!」


 背後からクラウスの野太い声が響いた。

 反射的に機体を傾けると、文洋は機体を右にバンクさせ急旋回する。

 

「あれ!」


 レオナが目を丸くして上空を指さした。大きな翼の影が見えた。

 機体を水平に戻し文洋はその影めがけて上昇した。


     §


 青竜フルメンは、眼下で繰り広げられている定命の者達の戦いを上空から眺めていた。魔術師の乗った機械じかけの翼が六機、空を飛ぶ鉄の船に襲いかかっては、周囲にめぐらされた強力な防御魔法にむなしく跳ね返されている。


 ―― なに、八つ当たりの続きをしてまいれ


 いたずらっぽい笑みで殿下に、そう言って送り出されたものの、フルメンはいまだ踏ん切りがつかずにいた。本当にこれで良いのだろうか? 孤立を捨て、定命の者と関わり生きてゆくという殿下の決断を、自分は諌めるべきではなかったのだろうか?


「?」


 自分を見つけたのだろう、紫の機械じかけの翼が上昇してくる。目を凝らすと、小さな翼には三人乗っていた。『飴玉の君』……殿下がひどく気に入り、『瞳』をくれてやった若者だろう。


「フルメン、雷の竜、フルメンよ」


 地球テールスの裏側から来たという若者が呼びかけてくる。自分の横に並んだ若者の左目は、殿下と同じ紅玉だ。その目を通して、殿下は自分のことを見ているだろう。

 彼の膝の上に座る少女は、自分を見て怯えていた。そうだ、定命の者よ、我らは恐れられるからこそ、強きものだからこそ、貴様らに狩られず生きてきたのだ。


「問おう、異国の若者よ」


 フルメンはテルミア語で黒髪の若者に問いかけた。


「……」


 紅玉と、黒色の瞳が、無言でまっすぐに見つめ返してくる。そこに怯えも、怒りも無かった。あるのは少々の焦りといったところだろう。


「殿下は、貴様を手伝って来いとおっしゃった、故に汝に問う、なにゆえ戦うかと」


 ユウキ、確かそんな名前の若者は、その問いにゴーグルを上げて微笑んだ。


「あなたと同じだ、フルメン、愛しい者の、そして家族のためだ」


 照れること無く、恥ずかしげもなく言い切った若者の答えにフルメンは声を上げ笑った。なるほど、こいつはバカに違いない。


「よかろう、定命の者よ、望みを言うがよい」


 フルメンの言葉に、若者は小さくうなずいて、口をひらく。


「あの防御魔法を打ち消したい、魔力の源は「第二の太陽」(ソーラ・セカレ)

「忌々しい古代アリサリアの遺物か、船ごと壊してしまえばよいではないか」


 フルメンの姿を見て怯えていた少女が、その言葉に狼狽する。


「家族があれに乗っている、だから落とすなら助けた後だ」


 少女の肩をそっと抑えて、若者がそう言って首を振った。


「あれに、乗り込むと言うのか? 貴様らたった三人で?」

「ああ、必ず取り戻す、大事な家族だ」


 ああ、なるほど、こいつはバカ者だ。しかも飛び切りの。

 だが、こういうバカは嫌いではない。

 同胞の為に命を投げ出す馬鹿者。


「よかろう、貴様ら定命の者の始めた戦だが殿下の命だ、一度だけ手伝ってやろう。ケリは貴様らでつけろ。だが、殿下に事が及ぶなら貴様らごとあの船を焼き尽くしてくれる」

「恩に着る」


 離れていろ、と頭を振ったフルメンに一礼して、紫色の機体が翼をひるがえす。愛しい物のため……か……、ふわりと女神テルミアに鼻面を撫でられた気がして、フルメンは微笑んだ。

 

 翼を畳んでフルメンは急降下する。初めて目にする空を征く鉄の船、定命の者の力、いかほどのものか見せてもらおう。


 バサリ、と翼を広げて制動をかけると。巻き起こった風に煽られ、魔術師たちの乗った機械仕掛けの翼が一機、くるくると落ちて行った。慌てて散り散りに逃げ出す小さな翼を歯牙にもかけず、フルメンは溢れる魔力に意思をのせ目の前の鉄の船に叩きつける。


「我が名はフルメン、女神の守護者、雷の青竜。我が当主の命で貴様らを通すわけにはゆかぬ」


 フルメンの古風な名乗りを砲声がさえぎり、『巨人』(アルビオン)の艦首が砲煙を上げる。

 撃ちだされた砲弾は、フルメンの手前で稲妻に撃たれると紫の燐光をあげて砕け散った。


「下郎どもめ! 思い知れ!」


 怒声をあげてフルメンが唸る。

 雷雲が巻き起こり、神をも穿つ雷が『巨人』(アルビオン)叩きつけられた。

 千と余年にわたり蓄えらえた魔力の奔流が防御障壁が食い破り、鋼鉄の『巨人』(アルビオン)の装甲板を走って火花を散らす。


 それを待っていたかのように、陽光に翼をひらめかせ紫色の機体が飛び込んで行く。

 見送りながら、フルメンは自分が笑っていることに気が付いた。

 巨大な翼をひと振りして再び空高く舞い上がる。


 ―― 少々、あの若者にあてられたかも知れぬな。


 紫の翼を守るように取り囲み、魔術師たちが駆る翼が再び『巨人』(アリビオン)に挑みかかってゆく。


 ―― これでは殿下に小言もいえぬではないか。


 眼下に光る海の上、定命の物たちが争い続ける。その姿に胸躍らせている自分がおかしくて、 轟と吠え、フルメンは笑いながら羽ばたいた。


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