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群青の竜騎士 ~ 鈍色の巨人 ~  作者: ぬこげんさん


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猟犬と巨人(前編)

「ねえ、フミ……」


 水面に揺れる『スレイプニール』のコックピットで、レオナが文洋を見上げる。


「ん?」


 紅玉の左目で、南の空を睨みつけていた文洋が、レオナの声に視線を落とした。


「大丈夫?」

「ああ」


 心配そうに言うレオナに、文洋は赤い瞳を閉じてウィンクしてみせる。だが、正直な所、眼帯を外した途端になだれ込んできた情報の量に困惑していた。


 左目だけが倍ほど見通しが利く上に、普通なら見えないものが目に入ってくる。レオナが赤水晶を『スレイプニール』に取り付けた時など、コンソールからスロットルへ、スロットルから魔法推進器へと流れてゆく魔力の流れが見えたほどだ。

 

「ちょっと、色々見えすぎて困ってるだけだ。大丈夫、じきになれる」

「そう……」


 うつむくレオナの頭に、ぽん、と手を置くと文洋はもう一度笑ってみせた。


「連れて帰ろうな、レオナの家族を」

「うん、きっと」


 いずれにしろ生きて帰らなければな……。


 湖面で静かに揺れるスレイプニールのコックピットで、再び文洋は南の空を睨みつけた。


     §


 ―― どこで計画が狂った……。


 ルデウスは一路北を目指して、四十五ノットで空を征く『巨人』(アルビオン)の艦橋で自問自答していた。アリシアの経済は戦争が始まって以降、嘘のような好況をていしている。


 この戦争が長引けば長引くほどアリシアは潤い、その昔『中つ海』にその国ありといわれた海運国アリシアの復興も夢ではない。


「ルデウス卿、直掩に四機残していきます」


 そんな思索の時間は、クロード少佐の野太い声で断ち切られた。革のフライトコートに白いマフラー、ゴーグルを首からぶら下げた少佐が、水晶宮の投影板がら顔を上げ、こちらをじっと見ている。


 いまいましい男だが、三都同盟最大の港町を取り仕切る貴族の嫡男とあっては、無下にもできない。ルデウスはいつもの通り笑顔を浮かべ、ほのくらい思いを仮面の下に押し込める。


 なんにせよ、ここまで来たからには、成果を出すしかない。怠惰な王室や時代遅れの官僚たちに切り捨てられるトカゲの尻尾などになってたまるものか。


「ありがとう少佐、全機連れていって下さい。航空機銃では我々には傷ひとつ付けられはしませんよ」


 『巨人』(アルビオン)に搭載された戦闘機が十四機、同盟の飛行船二隻に搭載された戦闘機が四機ずつ。合計で二十二機。


 少ないようだが、敵も哨戒にでている機数を引けば数の差は問題にならない。情報部からはテルミア空軍は夏の戦いで自治区のダークエルフまで動員するほどに損耗しており、訓練の度合いも高くないとの報告を受けていた。


「しかし、ドラゴン相手にこの船だけでは、鈍重がすぎるでしょう」


 コツコツと床を鳴らし、クロード少佐がそう言いながら司令席までやってくる。


「ご心配はごもっともですが、巡洋艦の主砲より、おとぎ話のトカゲの方が強いはずもないでしょう、少佐」


 いつもの調子で笑顔の仮面を浮かべ、ルデウスはクロードに肩をすくめてみせる。青竜『フルメン』の襲撃は気がかりだが、その後、何度か同盟の艦隊が襲われたものの、最初の襲撃以上の損害は出ていない。


 さしもの青竜も人の叡智の前には力不足ということだ……。


「なるほど、ご配慮に感謝しますルデウス卿。我々は十五分後に出撃、貴艦に先行、戦闘にはいります」

「ご武運を、少佐」

「そちらこそ」


 かかとを鳴らして敬礼し、司令室から出てゆくクロード少佐の背中を見送って、ルデウスは自分の背後を振り返った。


 巨大な赤水晶の隣で、分厚いガラスに囲まれ幸せな夢を見続ける少年を。


「さあ、君のその幸せな世界ゆめを守るために、働いてくれたまえ、北の騎士殿(セプテントリオン)


     §


「哨戒飛行船、二十二号より、入電、敵戦闘機多数と交戦中!」

「二十二号の空域は?」

「レブログより方位一八五、距離五〇マイル!」


 通信士の声に、ロバルトは腕時計をちらりと見た。〇八四五時、赤竜公女殿下(スカーレット)の演説が始まるのは一〇〇〇時、敵の狙いがそれを邪魔する、もしくはラティーシャ王女殿下と公女殿下の命だとすれば、小一時間で、あの空飛ぶ怪物が姿を現すということだ。


「艦長、出撃準備が完了するまで南進しながら上昇を、通信士、レブログ空軍基地に全機出撃を送信」

「了解、レブログ空軍基地に全機出撃を送信」


 直掩の六機が灯火信号に反応して『竜翼の淑女」(メリュ・ジーヌ)を追い抜き上昇してゆく。真っ黒な翼、胴体に派手なチェック模様、操縦席の下にクロスした双剣と、黒い兎が誇らしげに描かれていた。


「諸君、仕事の時間だ」


 伝声管に向って、ロバルトは力を込め、声を響かせる。艦内にブザーが鳴り響き、白亜の巨体を唸らせて『竜翼の淑女』(メリュ・ジーヌ)が上昇を始めた。


     §


「来た」


 南の空に黒い翼が現れる。


「よく見えますな」


 後部座席からクラウスが感嘆の声を上げた。


「候補生、ロープを解いてくれ」


 フリント整備中尉が残していった少年兵に、文洋は声をかける。慌てて少年兵がもやい綱に駆け寄ると、機首のロープをほどく。


「これ、あげる。後で食べて」

「はっ、え?」


 『スレイプニール』をもやっていたロープを解き、フロートが当たらないよう、スレイプニールの主翼の付け根をそっと押し出す少年兵に、レオナが紙袋をさし出した。中身はローラのお弁当だ。


「レオナ」

「ええ、フミ」


 スレイプニールが桟橋から離れる。そっとレオナがスロットルに手を乗せると、ブンと低くうなって、コンソールが赤く光る。

 機体を巡る魔力の流れが、まばゆい光の線となって文洋の目に飛び込んでくる。一つ、二つ深呼吸して、文洋は左目に意識を集中する。


「フミ?」

「大丈夫だ」


 すうっ、と普段の視界が戻ってくる。待っている間の小一時間で、文洋は風の流れにのって踊るシルフィードや、水面に揺れるユリカモメを相手に、見なくて良い物を見えなくする練習をしていた。


 轟々とエンジン音を響かせ、ラディアの乗った『ハティ』が文洋たちの上をフライパス、緑の信号弾を空中に打ち上げる。誇らしげに操縦席コックピット下に描かれた黒兎のマークに文洋はニヤリと微笑んだ。


「行こう」


 レオナの左手を包むようにして、文洋はスロットルをゆっくりと開く。

 風上に機首を向け、加速する。

 ヒュイーンと高い音がして、緑の燐光を振りまき、飛沫をあげて紫の機体が駆ける。


 タン、タン、タタン!


 投げられた水切り石のように軽い衝撃を残し、ふわりと機体が浮かび上がった。操縦桿をひいて魔法推進器の力任せに上昇して、文洋はラディアと翼を並べる。

 魔力の流れまで見えるようになった目が、精霊を召喚する際の魔力の流れを捉え、ぼんやりとした光が操縦席の右でうず巻くのが見える。


「中尉、敵は真南から、まっすぐこっちに」


 うずの中から姿をあらわしたシルフから、ラディアの声が響く。初めて体験する風の囁き(ウインドウィスプ)で、不意に声をかけられたレオナが、文洋の膝の上でビクリと小さく飛び上がった。


「了解、他の連中は?」


 なるほど、魔力の流れが見えるのは便利なこともあるな……思いながら、スロットルを握るレオナの手を、ぽんとたたいて文洋は見上げるレオナに笑顔を向ける、顔を赤くした少女が頬をふくらませてすねてみせた。


うちの連中(ブラック・ラビッツ)は基地の上で待ってる、ハウンド・ドッグ隊の残りと、爆弾積んだ偵察機はまっすぐ南に出てったよ」

「そうか、俺達も行こう」


 スロットルを少し開けラディアの前に出る。数分で基地上空で六機の黒兎隊(ブラック・ラビッツ)と合流した。


「中尉、お借りしてます」


 今度はラディアの召喚したシルフと反対、左側にぼんやりと光がうずを巻き、フェデロ准尉の声がする。翼を振ってこちらに寄ってくるのは、群青色に白い狛犬が描かれた文洋の愛機だった。


「ああ、フェデロ、壊さないでくれよ」


 左手をあげて文洋が答えた。なるほど、一機でも戦力が欲しい今なら、遊ばせておく手はない。


「それで、どうするさね」


 右側のシルフからラディアの声。緑色の燐光りんこうを振りまき、コックピットの左右にシルフを従えた機体は、外から見ればさぞかし絵になることだろう。


「高度を上げながら南へ、『巨人』(アルビオン)は二〇〇〇フィートそこらしか上がれんが、護衛機は上からくるぞ」

「了解」


 空軍が全力で出撃はしているものの、航空機銃で何とかなるような相手ではない。頼みの綱はロバルト中佐率いるドラグーン隊の魔法攻撃くらいのものだ。


「そういや中尉はその銛で巨人アルビオンを狩ろうってのかい?」

「そうだ」

「大昔、ダークエルフの英雄にそんなのがいたっけね」

「なら、巨人を退治してたらお姫様のキスが貰えるな」


 ラディアの軽口に笑顔で答え、文洋は操縦桿を引いた。二体のシルフを左右に従え、紫色の機体が澄み渡った空を駆け上った。


     §


 レブログのテルミア神殿、この街で最も古く、公会堂としても使われてきた石造りの広間には、テルミア議会の主だった面々と、招かれた貴族たちが集まっていた。


「ひさしいの、ヘンドリクス」

「ええ、公女殿下、先日の舞踏会でお会いできませなんだので、かれこれ、十五年ぶりですかな」


 控えの間で懐かしい顔を見かけて、スカーレットは子供のように手を振ってみせる。


「殿下!」

「よいではないか、のうヘンドリクス」

「変わりませんな、相変わらずのお転婆のようで」

「お主ら人間がの、コロコロと変わりすぎるだけじゃ、うちの爺など三百年も変わらず、この調子でわらわに小言を言っておる」


 時代がかった老騎士の胸鎧を、拳でコンコンと叩いて、スカーレットは呵々と笑った。


「失礼します、近衛隊長」


 真っ白い近衛の制服を着た兵士が、そんなヘンドリクスに駆け寄ると、小さくたたんだメモを手渡す。


「なんと……」


 竜の目を通して、文洋とダークエルフたちが空を行く風景を見ていたスカーレットは、ラティーシャ王女を見て小さく頷いた。思ったとおり『巨人』(アルビオン)が姿を現した……。そういう事だ。


「よい、ヘンドリクス、このまま続けようではないか」


 なんでもお見通しだとばかり、スカーレットは老騎士に胸を張り、言った。


「しかし、危のうございます」

「ラティーシャ?」


 隣に立つ王女を見上げて、スカーレットは問いかけた。


「ヘンドリクス、ここで負けるようでは、王国に未来はありません」

「しかし姫様」

「全軍に打電なさい、『ラティーシャ・リア・ユーラスは、レブログのテルミア神殿にあり。女神に皆の武運長久を祈る』」


 小さくため息をついて、老騎士が伝令を呼ぶ。


「安心せい、ヘンドリクス、ここが一番安全じゃ」


 スカーレットは後ろに控える老執事を振り返ってニカリと歯を見せた。


「爺、わらわは腹をくくったぞ」


 小さくため息をついて、老執事がメガネを外す。


「それで、何をすればよろしいですかな?」

わらわに翼を与えてくれた者がの、いま『巨人』(アルビオン)と戦おうとしておる」

「手伝って来いと?」

「なに、八つ当たりの続きをしてまいれ」


 そういって、スカーレットは横に立つラティーシャと目を合わせる。


「わたくしからも、お願いします、女神テルミアの恋人さん」


 バツの悪そうな顔で照れる老執事に、王女と二人で顔を見合わせ、スカーレットは訳知り顔で微笑んだ。

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